9話 悪意、宇宙に満ちて

 人はどこまで非情になれるのかという点において、私は未だ答えを得られないでいる。私は一年戦争で軍に巻き込まれるまで、もちろん人を殺したことなどなかった。が、戦争の中で私は多くの人を殺した。何人殺したのかなど、覚えてもいない。そして、まさに殺人を行っている瞬間でも、私に『人を殺している』という意識はなかった。ただ、生き残る為に戦っただけだ。それが立派な人殺しであったことに気付いたのは戦後である。しかし、正直にいうなら私はそのことに罪悪感を抱いていない。かように人が同族を殺すことに無頓着である生き物であるというのなら、人類史上空前の大虐殺であったコロニー落としも、理解できぬものではない。生きる為、理想の為、大儀の為、私利の為。『人殺しはいけないこと』という道徳観を超越するだけの理由があれば、人は容易に殺人者となる。ましてや、自らが手を下すものでないのなら、1人を殺すのも100億の人間を殺すのも同じことなのだ。その、人の生き物としての欠陥──業が、ティターンズという悪意の集合体の手によって再び現出したとて、不思議なことではない。後に『13バンチ事件』と呼ばれる悲劇の形を取って──

カイ・シデン著『永遠の遺産』より

.疵痕

「エスカか」
 強襲揚陸艦スレイプニルの医務室でエスカを迎えたのは、軍医キリーク・カトーの穏やかだが鋭い視線だった。多くの生と死を見守り続けてきたその黒曜の瞳の直視に耐えられず、エスカはやや目を逸らした。
「クルパさんの容態は、どうですか・・・・・・?」
 消え入りそうな声で、ようやくそれだけ口にする。
「厳しいな」
 カトーから帰ってきたのは、その一言だけだった。彼は患者にも見舞い人にも、決して嘘や希望的観測は口にしない。ありのままに客観的事実を告げるだけ、そういう医師だった。
「全力を尽くしてはいるが、助かる可能性は3割以下といったところだ。不時着時に強く頭を打ち付けたらしい。下手すると植物人間ということもあり得る」
「そんな・・・・・・私のせいで・・・・・・」
 元はと言えば、エスカがあの時コロニーに行きたいなどと言い出さなければ、こんなことにはならなかったのだ。エスカは自責の念に囚われ、目を伏せた。
「それは違うな」
 だが、カトーから帰ってきたのは予想外の言葉だった。
「戦場では、個人の勝手な判断による行動は許されない。それがとりもなおさず部隊の作戦行動を乱し、部隊を危機に陥れることになるからだ。だから軍では上官の命令は絶対だ。それを破ればどうなるか、軍人なら皆知っている。民間人のお前が知らないのは無理もないが、クルパはその事を知っていた。その上で無断出撃したのだ。どんな目に遭おうと自業自得という事だ」
「そんな!」
 カトーの言葉に反感を覚える。確かにそれが事実かもしれない。しかし、今まさに生死の境を彷徨っている人間に対して、あまりにむごい言葉ではないだろうか。
「・・・・・・だから、お前には何の責任もないと言っている」
「え・・・・・・?」
「そんなに自分を責めるものじゃない。いずれ心が耐え切れず、押し潰されるぞ」
 その一言で、これが彼なりの精一杯の優しさなのだと気づく。
「クルパのことは私に任せておけ。それよりもお前は、レイジの奴の側にいてやれ。あいつも命令違反で独房入りなのだろう?」
「・・・・・・はい」
 確かに、これ以上ここにいても、自分にできることは何もないのだ。エスカはカトーの言葉に従い、退出することにした。
「ところで・・・・・・」
 部屋を去っていこうとするエスカの車椅子に、カトーの迷いを含んだ声がかかった。エスカは車椅子を止め、背後を顧みた。
「エスカ、お前はいつまでそうやって・・・・・・」
 それだけ言うと、カトーは言葉を切り、黙り込んでしまった。エスカは、自分の心拍数がわずかに上がってきているのを感じた。
「・・・・・・いや、やっぱりいい。忘れてくれ」
 エスカは何も答えず、医務室を後にした。

 

「ハーイ、アレク。調子はどう?」
 場違いな声に顔を上げたアレクは、そこにティターンズの濃紺の制服に身を包んだメディナ・シティリーノ軍曹の姿を見た。
「最悪。っていうより、独房に閉じ込められて気分良いわけないって」
「でしょうねー。そんなあなたに、はい、食事を持ってきてあげたから」
 鉄格子の隙間から差し入れられる食事のトレイを受け取る。
「・・・・・・にしても、なんで君がこの艦の手伝いやってんの? 一応客なんだからさ、ゆったりしてればいいのに」
「ただ居候してるだけって居心地悪いじゃない。いかにもエリートですよ〜って、お高くとまってる感じでさ。それに、あなたってあたし達の部隊助ける為に無断出撃して、独房入りになったんでしょ? なんか責任感じちゃうし」
 そばかすの浮いた頬をかきながらのメディナの言葉に、アレクはなぜか頬が紅潮してくるのを感じた。
「べ、別にメディナがいるって分かってて飛び出したわけじゃないけどさ」
「? 何慌ててるの?」
 紅くなった頬を見られまいと顔をそむけたアレクを、メディナが珍しいものでも見るように覗き込む。
「べ、別になんでもないって」
「ふーん? ま、いいか。じゃ、お隣さんにも食事届けないといけないから。またね〜」
「え!? ちょっと待って・・・・・・」
 呆気なく去っていこうとするメディナを、アレクは咄嗟に呼び止めていた。
「何?」
「あ、いや・・・・・・。やっぱ一人だと寂しいからさ、もう少し話していかない?」
「OK。あたしもこの艦には知り合い居ないし、正直心細かったのよね。話し相手にでもなんでもなってあげるわ」
 安堵感にアレクは息を吐いた。彼女を助けに行った選択は間違ってなかった。少なくともアレクには、そう思えた。

「どうです、状況は?」
 フランクフルトを頬張りながらブリッジに入ってきたクチュト・ヤムヤの姿に、スレイプニルの艦長を務めるヘンケン・ベッケナーは眉をしかめた。
「最悪ですな」
「やっぱり、最悪ですか」
 とても最悪の状況を話しているとは思えないヤムヤののんびりとした話し方は、聞く者の神経を逆撫でする効果があるようだ。それが故意なのか無自覚なのかは判然としないが。
「先刻の戦いで、メインエンジンに深刻なダメージを負ってます。これでは月への帰還は絶望的ですな。おまけに、パイロット二人は独房入り、整備班長は生死の境を彷徨い、ガンダムは2機ともボロボロときてます。この状況でレッドファントムに襲われたら、ひとたまりもありませんな」
「まあ、最悪の場合はティターンズの彼女にも出撃してもらうとしましょう」
「それも心配の種です。彼女の本来の所属艦とも連絡がとれません。例の無人MSにやられたのか、すでにこの空域を離脱していったのか・・・・・・どのみち、彼女一人の捜索の為に戻ってくるとも思えんですな」
「救難信号は?」
「発信してますが、この空域はデブリも多いですし、ミノフスキー粒子の濃度も高いですから、見つけてもらえる可能性は低いでしょう」
「仕方ありませんねえ。こうなったら応急処置だけして、手近なコロニーまで移動し、救助要請をしますか」
「それが最良の策でしょうな。しかし、クルパ中尉を欠いた状況で、整備班がどこまで動いてくれるか・・・・・・」
「そうそう、その件なんですが。クルパ中尉不在の整備班は、ラーハイト博士がうまくまとめてくれているようですよ」
「ラーハイト博士!? あの男が?」
 意外な人間の名が挙がったことに、ヘンケンは驚いた。ヘンケンの見る限り、ミューゼル・ラーハイトという男は自分の研究のみに没頭するタイプで、とても人をまとめていくような人間には見えない。
「クルパ中尉の無断出撃を止めることが出来なかった責任でも、感じているんじゃないですかねえ。まあ、彼も元は技術畑の出身だそうですし、整備班とは結構気が合うのかもしれませんね」
「そういうものですか」
「そういうものですよ」
 世の中とは難しいものだとヘンケンが嘆息したとき、通信担当のオペレーターの叫びが、ブリッジに木霊した。
「連邦軍所属マゼラン級戦艦キャニオンより入電! 『貴艦ノ救難信号ヲキャッチセリ。コレヨリ救助ニ向カウ』とのことです!」
「本当か! ははは、我々も、完全に天に見捨てられたわけではなかったようですな」
 予想外の吉報に、ヘンケンが思わず歓声を上げる。だが、この吉報が気に入らないのか、ヤムヤは難しい顔をして顎鬚をなでた。
「? どうかしましたか?」
「マゼラン級キャニオン・・・・・・。私の記憶が確かなら、ブレックス・フォーラ准将の艦のはずです。ブレックス准将といえば連邦軍内の革新派。我々の上に居る保守派の参謀本部の方々とは犬猿の仲の御仁ですよ。これはちょっと、難しいことになるかもしれませんねえ」

 

 

『ダミーバルーン射出OK!』
『ミノフスキー粒子、予定濃度到達!』
『ゲルググ、ピステリカとも配置完了!』
 ゲルググのコクピットに時折流れ込む通信も、ミノフスキー粒子の影響か雑音がひどく、聞き取りにくい。
 ブランド・キス伍長は一回だけ大きく深呼吸し、気を落ち着かせた。先の戦闘終了後に、あの嫌味なイスマ・キールギュント少尉に言われた言葉が脳裏をよぎる。
『戦闘中に感情的になっているようでは、いくら腕が立つといっても使い物にならん。足手まといなだけだ』
(あたしは、足手まといなんかじゃない!)
 強い反感を覚えると同時に、感情に流されてレダ大尉の力になれなかったという事実も合わせて思い起こした。
 
──あたしは、シミュレーションではいつもトップだった。実戦経験のあるパイロットにも負けなかった。冷静に戦えば、誰にも負けない!
 暗示のように心の中で繰り返す。
 これから始まる演習は、実機を使った本格的なものだ。訓練とはいえ、気を抜けば命を落とす事だって有り得る。まして、相手は
ザ・ファイブの一人、ハインツ・エルマン少尉なのだ。
 
──ニュータイプだかなんだか知らないけど、所詮は女の子じゃない。あたしと何が違うのさ。
 見たところ、自分とそれほど年も違うとは思えないハインツが少尉待遇で、しかも幹部集団である
ザ・ファイブの一員であるということに、納得がいかないのがキスである。
 
──今日の演習で、あたしの方が上だってこと、分からせてやる! そうすればレダ大尉も、あたしを認めてくれる!
 あらためてモニターに写るハインツのMSに目をやる。それは、特異なフォルムを持った機体だった。一見して、手足がないのだ。本来脚部のあるべき所は巨大なスカート状のバーニアになっており、腕部は上半身全体を覆うマントのような装甲に隠されている。
 念の為、相手のデータをモニターに表示させる。MSZ−02Rピステリカ。大戦末期に開発されたニュータイプ専用MSジオングの簡易量産モデルだそうだ。簡易というだけあって、宇宙専用機とすることで脚部を排除しているし、腕部もAMBAC機動時や白兵戦時のみに使う補助的なものとなっている。武装も簡略化され、頭部にあったメガ粒子砲は排され、代わりに2門のバルカン砲が装備されている。どちらかというとMSというよりMAに近いコンセプトの機体なのだろう。大戦時に、キシリア少将がニュータイプ部隊専用機として開発を進めさせていた機体だったらしいが、肝心のニュータイプが予定通り数を揃えられなかったことと、試作型であるジオングすら未完成なままで終戦を迎えた為に、設計段階で開発を中止された機体・・・・・・のはずだった。
 その機体がなぜ完成した状態で今目の前にあるのか、そんなことはキスにはどうでもいいことだった。

 ──あいつを倒して、レダ大尉に認めてもらうんだ! あたしが役に立つってこと、分かってもらうんだ!
 キスが心の中でそう叫んだ時。
 演習開始のアラームが鳴った。

 

 演習の開始を告げるアラームが鳴ると同時に、ハインツは暗礁空域に機体を潜り込ませた。今ハインツの駆っているピステリカは、どちらかというと相手と距離を置いて戦うことを主眼においた機体だ。一応白兵戦用にビームサーベルは装備しているが、あくまでも非常用にすぎない。ましてゲルググが相手では、分が悪すぎる。
 ミノフスキー粒子の濃度が濃い上にこのデブリでは、センサーは当てに出来ない。しかしハインツは、確実に相手の存在を感じていた。
 
──リョウマの奴みたいに真っ直ぐ過ぎる意思・・・・・・捉えたよ、キスって奴!
 演習前に顔を合わせた年下の少女の姿が脳裏をよぎる。周りから馬鹿にされまいと、精一杯つっぱって、背伸びをしていた栗色の髪の娘。どこかで、見たことがあるような気がした。はじめは、リョウマに似ているのだと思った。でも、そうじゃない。彼女は
──自分に似ているんだ。
 ピステリカの肩から、2門の有線ビームキャノンが射出される。ジオングでは腕部に装着されていた有線サイコミュ兵器だが、ピステリカでは腕とは別個の構造になっている。
 射出されたビームキャノンは、デブリの影を縫いながら、ゲルググに迫る。余りに真っ直ぐすぎて、読み易すぎる気配の源に
──
 ──ボクもあの娘みたいに、背伸びしてたのかな? どうして? エスカに認めてもらいたいから?
(違う)
 自分の中で誰かが答える。
 
──捉えたっ!
 思った瞬間には、サイコミュが反応していた。二門のビームキャノンが火を吹き、ビーム光がゲルググに迫る。あくまで演習なので、実際のビームではなく無害な発光レーザーだが、命中すればゲルググ側のコンピューターがダメージを判定するはずだ。
 だが、予想外の方位からの攻撃だったはずのその一撃を、ゲルググは回避していた。
 
──!? こいつ!
 続けて、二撃、三撃。だが、そのことごとくをかわされてしまう。
 
──なんだ、こいつ!? ボクの攻撃を読んでるのか!?
 そんなはずはなかった。相手はニュータイプではないのだ。そうでないものが、ハインツの攻撃を先取りするなど、あり得ない。
「こいつ、こいつ、こいつはーっ!」
 焦りで集中が乱れる。見る間にゲルググは接近してきている。
「なんで当たんないんだ、お前はーっ!!」
『お前、うるさい!』
 ソプラノの声が頭に響いた、と思った瞬間には、ゲルググはもう目前に迫っていた。
「生意気なんだよ、お前っ!」
 接近戦に持ち込まれては有線ビームキャノンは使用できない。ハインツは有線ビームキャノンを格納すると腕部に内蔵されたビームサーベルを展開した。
『ニュータイプって言ったって大した事ない! もらった!』
 ビームの刃と刃が交叉すると同時に、キスの勝ち誇った声が流れ込んでくる。
「お嬢ちゃんは、甘いんだよぉっ!」
 ピステリカの腕部はあくまで補助的なもので、ほとんどフレームが剥き出しの構造になっている。当然、パワーもない。鍔迫り合いになれば押し込まれるのは当然の結果なのだが、ハインツは白兵戦に拘るつもりはなかった。
 接近したままの状態で、腹部のメガ粒子砲を放つ。予想外の攻撃に、ゲルググはシールドをかざす間もなく脚部に直撃を受け、吹っ飛んだ。
 同時に、演習の終了を告げるアラームが鳴る。辛うじて、ハインツの勝利という事らしい。
「フン。腕はいいみたいだけど、経験がなさすぎなんだよ。咄嗟の事態への反応が鈍すぎる」
 大きく息を吐きながら、ハインツは先ほどのゲルググの動きを思い出していた。まるで、ビームの弾道を読んでいるかのような動き。あんな動きをするパイロットを、ハインツは二人しか知らなかった。エスカと、リョウマである。
「あのお嬢ちゃんがニュータイプ? ふ、まさかね・・・・・・」
 ふと頭に浮かんだそんな思いをすぐに打ち消す。ニュータイプとは、選ばれた存在
──特別な人間なのだ。そうそう存在するわけがない。
「特別な人間は、ボクたちだけで充分だよね」
 ハインツのその呟きは、コクピットにわだかまる虚空に飲み込まれていった。

「レダ大尉、ピステリカ及びゲルググの回収、完了しました。これより、この空域を離脱します」
イスマ・キールギュント少尉の報告に、レダは頷いた。
「概ね予想通りの結果ではあったが……キス伍長のあの動き、真似できるか、キールギュント少尉?」
「まさか。相手の位置が掴めているのであればある程度予測回避はできますが、サイコミュとやらのオールレンジからの攻撃をかわすことなど、できません。もっとも、自分であればもう少しうまくデブリを利用しますが」
「だが、キス伍長はあの攻撃をかわしてみせた……。彼女はニュータイプかもしれないというザ・ファイブの判断も、あながち希望的観測ではなかったということか」
 もともと、今回の演習もそれを確認したいが為に、“エスの相続人”達に無理をいって実現させたものなのだ。ニュータイプであるとされるハインツ少尉をぶつければ、キスの真価を知ることが出来る……その意図は、ほぼ達成されたとみていい。ただ、同時にキスの実戦経験の乏しさから来る欠点も露呈してしまった。A計画発動までにキス伍長を“使える”状態にしなければ、A計画自体の成否に関わってくる。頭の痛い所だ。
「私か君にニュータイプの素質があれば、こうも悩まずに済んだのだがな?」
「自分は御免ですな。人間以上のものになど、なりたいとは思いません。それに、人の革新といったところで、現状では異端児でしかない。畸形ですよ、人類という種の」
 ──スペースノイドでも、こういう考え方をする人間もいるのか。
 レダは意外な思いでキールギュントの言葉を聞いた。スペースノイド──特にジオンの人間は皆、人類の革新に憧れと希望を抱いているものだと思っていたからだ。
 アースノイドの中には、ニュータイプという存在そのものを否定する者もいる。それはナンセンスだ。それがジオン・ダイクンの定義した本来的な意味でのものかどうかは別として、ニュータイプは確かに実在する。それはハインツ・エルマンという実例を見れば明らかだ。
 では、本当にニュータイプは人類の革新なのか……と問われれば、それはレダにも分からない。もし本当にニュータイプが宇宙空間に適応した人類の進化形だとするならば、スペースノイドはやがて全てニュータイプとなるのだろうが、それも百年や二百年で成る話ではあるまい。恐らく、何千年、何万年先の話だ。そしてもし、ニュータイプがキールギュントの言うような人類の畸形に過ぎないのだとしたら……遥か未来には、ニュータイプと呼ばれた存在のいたことなど忘れ去られてしまうのだろう。
 そんな遥か未来のことに思いを馳せると、今自分達のやろうとしている戦いが、ささやかで卑小な、何の価値もないものに思えてくる。実際、千年後の歴史はおろか、百年後の歴史にすら影響を与えない、ちっぽけな反抗であるのかもしれない。
 しかし、それでも。自分達のやろうとしていることは無意味ではない。
 所詮、歴史という物は積み重ねなのだ。一つ一つの事象に意味がないと同時に、ひとつでも欠けていれば今という時代はあり得ない。
 ──そして私は、想いを未来に繋げばいい。
 いつの間にか感傷的になっていた自分に決別するように、レダはシートから立ち上がった。
「どちらへ?」
 背後からぴったりとキールギュントが付いてくる。
「ティターンズの動きが気になる。“エスの相続人”達が何か掴んでいないか、聞きに行く」
 そう答えた時には、レダの頭はすでに“現在”の状況に対処すべく、目まぐるしく動き始めていた。

 

 

「ペガサス級強襲揚陸艦スレイプニル、目視圏内に入りました」
 オペレーターの報告に、連邦宇宙軍准将ブレックス・フォーラは小さく頷くと、背後にいる客人に目を向けた。
「本当なら、近くのコロニーに救難信号を伝達するだけにして、我々は13バンチに急ぎたかったのだがね。寄り道していては待ち合わせに遅れてしまう」
「申し訳ございません、准将。彼らとは多少縁のある間柄なもので」
 背後に控えていたグレーのスーツを纏った痩身の男が、顔に笑みを貼り付けたまま応じる。
「まあ、君は人を見る目がある男だ。その君が、彼らのことをこうも気にかけるのであれば、私も会っておきたいと思うのだよ」
 そう言うと、ブレックス准将は表情を和らげた。
「それに……彼らにとっても今の宇宙の実態を知っておくということは悪いことではあるまい。今は、同志が一人でも多く欲しい時期だ」
 それに、と准将は何気ない口調で付け足す。
「私もエス・コアとやらに興味があるのでね」


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