2.ハイジャック

 

ガルダ級大型輸送機スードリのブリッジに、ガンペリー級小型輸送艇からの救難信号が入ったのは、ジャブローまで後6時間を切った頃のことだった。
『こちら連邦軍ハワイ基地所属ガンペリー級輸送艇ブルーレイ! ジオンの残党の攻撃を受けている! 救援および貴艦への着艦許可を求む! 繰り返す、こちら……』
 悲痛な声で繰り返される救援の要請に、スードリの機長は眉をしかめた。
「……どう思う、ヤムヤ少佐。ガンペリー級がこんな高度を飛行しているというのは如何にも不自然だ。何かの罠かも知れん」
 機長に意見を求められ、バナナを頬張っていたヤムヤは口の中のバナナを喉の奥に押し流してから、額に右手を当てて考え込んで見せた。
「そうですねえ。罠というのも考えられますが、ジオンから逃れるためにこの高度までやむ無く上がってきたとも考えられます」
「ふむ……」
 ヤムヤの答えに、機長が思案を巡らせかけた時。
「こちらガルダ級輸送機スードリ。ブルーレイの着艦を許可する!」
 スードリの副長が、機長を差し置いてそう返答して見せたのである。
「副長! 分を弁えたまえ! もしこれが罠であったらどうするつもりだ!?」
「だからといって、友軍を見殺しにはできないでしょう!」
 副長のいつにない強い態度に、機長はそれ以上言葉を継げなかった。
「機長。こうなったらガンペリーを収容し、ジオンを迎撃してしまいましょう。それがもっともオーソドックスなやり方では?」
 ヤムヤに最後の後押しをされ、機長も覚悟を決めたようだった。
「……そうだな。よし、ハッチ開け! ガンペリー回収準備! セイバーフィッシュ隊、発進準備させろ!!」

 

 ガンペリー級輸送艇ブルーレイの回収は、ことの外順調に進んだ。ブルーレイ自体には損傷はほとんど無く、パイロットの腕も確かで、ほとんど問題なく着艦できた。それに、追撃していたドップ編隊は、スードリから空間戦闘機のセイバーフィッシュ隊が発進したのを見て取るや、撤退していってしまったのだ。
「すみません、おかげで助かりました」
 ガンペリーのパイロットは、甲板で待ち受けていたスードリの士官に向かって丁寧に礼を述べた。
「気にするなよ。それよりあんたら、何を輸送してたんだ? ジオンに狙われるような、重要なものなのか?」
「そんなこたあないですよ。ただのジム用の予備パーツと弾薬です」
「じゃあ、なんでジオンに狙われたか、分からんわけだ」
「もう、さっぱりですよ。まったくついちゃいないんだから」
「はっはっはっ、運が無かったな。だが一応、積荷の点検はさせてもらうぞ。規則は規則だからな」
「もちろんですよ。ご自由にどうぞ」
 ブルーレイのコンテナが開き、内部に山積みされている積荷が剥き出しになる。その積荷をさっそく調べようとしたスードリの士官は、しかしその任務を全うすることはできなかった。背後から、ガンペリーのパイロットに胸を撃ち抜かれた為である。
 次の瞬間、ガンペリーの積荷が次々と内側から弾けるように開き、中からジオンの軍服に身を包んだ一団が姿を表した。
「な、なんじゃ! 貴様らは!?」
 格納庫で機体整備をしつつ様子を見ていたクルパ・ジェンド中尉がそう叫んだ頃には、格納庫は既にガンペリーから現れた一団に占拠されていた。
「お静かに。抵抗せねば殺しはせん」
 ジオンの軍服姿の巨漢が、サブマシンガンの銃口をクルパに付きつけ、それでクルパは身動きできなくなった。だがそれでも、気丈にクルパは巨漢のジオン士官を睨み付けた。
「……お前さんら、見たところジオンのようじゃが、この機に何の用じゃ?」
 その問いに答えたのは、巨漢の男の背後にいた、右目に眼帯を巻いた少年だった。
「僕はセイガ・ツルギ。ジオン蒼龍会を束ねる者だ! 先の戦いで散っていった同志達の、何より兄マサミツの、弔い合戦をさせてもらう!」

 

 無論、格納庫での異変は即座にブリッジに伝わっていた。
「おい、格納庫! 一体何が起きている! 答えろ、格納庫!」
 機長の必死の呼びかけにも、格納庫からの返答は無い。それだけでも、変事が起きたことを察するには十分だった。
「結果論ですが、やはり先程のガンペリーは罠だったようですねえ」
 こんな状況にも関わらず、のんびりとした口調でそう言い切るヤムヤに、機長は苛立った視線を向けた。
「何を呑気な事を! 元はと言えばあなたと副長が、敵を招いたようなもの……」
 機長は、最後まで言葉を続けることができなかった。突然背後から、拳銃を突きつけられたからである。
「!? 副長、君は何を……」
 機長は信じられない思いで自分に銃を突きつけている張本人──副長に言葉を投げた。返ってきたのは──嘲笑だった。

「クックックッ、ジオンが敗北してより早5年……。こうして連邦軍人に身をやつし、耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍んできた忍耐の日々が、今日この日に報われる!」
「!! 副長、君は!」
「そう、私はジオンの者です。機長、今この瞬間から、この機はジオン蒼龍会のものだ!」
 予想もしていなかった事態に、機長は力尽きたように機長席にへたりこんだ。
 異変を察したイアンとサリアがブリッジに駆けつけてきたのは、間の悪いことにまさにこの瞬間だったのである。
「!? ヤムヤ少佐、これは一体……」
 状況を掴みかねて立ち竦む二人に、副長の鋭い声が飛んだ。
「全員動くな! 武器を捨てて両手を頭の後ろで組め! この機と海の真ん中に心中したくなかったらな!」

 

 副長の裏切りでブリッジが無力化したのも手伝い、蒼龍会によるスードリの制圧は、極めて迅速に行われた。
「動くな! 抵抗しなければ、殺しはしない!」
 乗務員室の一つに駆け込んだ蒼龍会兵士は、室内から何の反応もないのに戸惑った。一瞬、無人なのかとも思ったが、そうではなかった。よく見れば、その部屋に備え付けられた簡易ベットの上に、連邦の尉官の軍服に身を包んだ青年が横たわっている。
「おい、貴様! 腕を上に上げて立ち上がれ! おい! 聞こえているのか!?」
 だが、蒼龍会兵士の怒声にも、その青年は全く動く気配を見せなかった。
「……こいつ!?」
 何の抵抗も無いのを確認した兵士は、その青年を無理矢理立ち上がらせると、後ろ手に縛り上げ、再び乱暴にベットの上に突き倒した。
「腑抜けが! 我らの乱入に怯えたか!? こんな奴らにマサミツ様がやられたなど、認めたくも無い!」
 蒼龍会の兵士はそうはき捨てると、乱暴にドアを閉め、乗務員室を後にした。再び部屋に一人残された青年──エリオット・マルスは、虚ろな目で天井を見上げたまま、一人呟いていた。
「レダ大尉……僕はこれから、どうすればいいんです……」

 

 そしてジオン蒼龍会の手は、無論医務室にも伸びていた。
「全員動くな! この輸送機は、我らジオン蒼龍会が占拠した!」
 突然マシンガンを抱えて部屋に飛び込んできたジオンの集団に、レイジは目を剥いた。
「ジオンだあ!? なんでジオンがこの船に!?」
「動くなと言った!」
 兵士の一人が、マシンガンの銃床でレイジの肩を殴りつける。怪我の癒えきっていないレイジは、苦痛に声すら発することが出来ず、ベットに倒れこんだ。
「レイジさん!」
 レイジをかばうようにレイジと兵士の間に割って入ったエスカに、別の兵士が銃口を突きつける。
「車椅子の少女……間違いない、エス・コアだ」
「バイフー少尉、聞こえますか? こちら龍玉班! エス・コアの確保に成功しました!」
 蒼龍会の兵士達の言葉に、歯軋りしかできないレイジは、悔しさと無力感に震えた。

 

 だが、このような状況下でも、ジオン蒼龍会の目を逃れた者も存在した。
「あ〜あ、まいったなあ。これからどうしよ?」
 蒼龍会が格納庫に乗り込んできたその一瞬に、咄嗟に空きコンテナの中に潜り込んで難を逃れたアレクは、途方にくれたように呟いた。

「どうするもこうするもないわ。何とかジオンを追い出さなきゃ」
隣で息を潜めているメディナが、囁くような声で、しかし力強くそう答える。

「追い出すって、どうやってさ?」
質問に質問で返しながらも、アレクは肌が触れ合うほど近くにいるメディナの息遣いに、顔が紅潮するのを感じていた。

 

 そしてもう一人、蒼龍会の目を逃れ、隠れおおせた者がいた。

「やれやれ。困った事態になっちゃいましたねえ。リゼも無事だといいんですが」
排気ダクトに潜り込んだウォンは、顔に苦笑を浮かべたまま、そう呟いた。

「ともかく、リゼと合流しないことには始まりませんね。それに、考えようによってはいいチャンスかも知れません」
 ブツブツと呟きながら、ウォンはとりあえずダクトの中を移動していくことにした。

「……それにしても狭いですねえ。せっかくのブランド物のスーツが煤まみれになっちゃうじゃないですか」

 

 

「ガンダムを取り戻す? どうやって?」
「いや、それはこれから考えるんだけどね」
 ジオンの目を逃れることに成功したアレクとメディナは、慎重に反撃の機会を窺いつつ、今後の行動方針をあれこれ考えていた。
「スカイナイトガンダムを取り戻せれば、とりあえず外に脱出するなり、中から敵を牽制するなりできるしさ。いざとなれば外側からブリッジに脅しをかけることもできる」
「アレクの考えは理解できるけど、どうやって取り戻すかを考えてないんじゃ机上の空論だわ」
 外の様子を窺っていたメディナの肩に、アレクはそっと手を置いた。
「とりあえずさ、向こうのコンテナに移ろう。あっちの方がガンダムに近いよ」
「了解。こんなとこで息を潜めてるのって、性に合わないのよね」
 さすがに少人数でガルダ級の輸送機全体を制圧するのには人手が足りていないらしく、機内の見張りはまばらで、その気になれば見張りの目を逃れる術はいくらでもある。アレクとメディナは、潜り込んでいたコンテナをそっと抜け出し、別のコンテナの陰に潜り込んだ。
「ん? このコンテナ、ロックされてて中には入れないや」
「しょうがないわね。ねえ、あっちにエア・ダクトの吹き出し口があるわ。あっちに隠れましょ」
「ちょっと待って
……このコンテナの中身、何かおかしいな。MSの部品みたいだけど、連邦系のものでもジオン系のものでもないみたいだ……
 通気の為にわずかに開けられた窓から中を覗き込み、アレクは首を傾げた。好奇心に駆られたらしく、メディナも隣から覗き込む。

「どれどれ……。ホント、こんなパーツは見たことないわね。新型機のパーツかしら?」
「いや
……なんか嫌な予感するんだけど。おれ、この機体見たことあるかも知れない……。でも、なんでこいつがここに?」
 アレクの脳裏によぎったのは、数日前、宇宙から落ちてきたエスカを救出した時の戦いで姿を見せた、褐色のMSの姿だった。あのレダ大尉をも圧倒して見せた、所属不明の超高性能MS
──
「それは、私達が持ち込んだものですよ」
 突然、何処からとも無く聞こえてきた声に、アレクははっと我に帰り周囲を見渡した。
「アレク! エア・ダクトの方!」
 メディナの言葉に、エア・ダクトに目を向けたアレクが見たのは、エア・ダクトから飛び降りてこちらに銃を向けたウォン・ヤンファンと、今にもエア・ダクトから身を乗り出そうとしているリゼリア・シードの姿だった。
「全く。困った所で困った人に会ってしまったものですねえ」
 油断無くこちらに銃を突きつけたままの姿勢で、ウォンが苦笑を浮かべる。その横では、格納庫に着地したリゼリアが、ぞっとするような無表情で、同じように銃をアレク達に向けていた。
「!? もしかして、このコンテナの中身はアナハイムの?」
「そうです。現在の技術で作り得る最高水準のMSを目指し、採算を度外視し、GP計画で得たノウハウを最大限活かして開発されたMS。それがこのセフィ・マリスです」
 幾分得意そうにウォンが答える。その答えに、メディナが目を大きく見開いた。
「GP計画って、新型ガンダム開発計画のことでしょ? その計画に連なるMSなの、これって?」
「おや。連邦軍はGP計画を封印したはずですが、中には詳しい人もいるようですね」
……その、連邦が封印した計画の続きをやってるあんた達はなんなのさ? 一体、目的はなんなんだ?」
 アレクはすぐさまここから逃げ出したい衝動を必死に堪えていた。実際、一人ならそうしていたかもしれないが、メディナの前で無様な姿を見せたくないという思いが、彼を踏みとどまらせていた。

「……私たちは、とある反連邦組織に属しています」
「!!」
 ウォンの言葉に、アレクとメディナが息を飲む。
「ウォン。この二人は余計な事を知り過ぎました。処分すべきです」
 ウォンの隣に立つリゼリアが、相変わらずの無表情のまま、淡々とした口調で言い放った。普段の快活なリゼリアを知っているアレクには、まるで今のリゼリアは別人のように映る。
「ちょ、ちょっと待ってよ! 勝手にベラベラ喋っておいて、それで知りすぎたから処分するって勝手すぎない?」
 気丈にも食ってかかるメディナに、しかしリゼリアは表情一つ変えずに銃口を向けた。だが、そんなリゼリアを遮ったのは意外にもウォンだった。
「まあちょっと待ちなさい、リゼ。今は彼らのことより先に、解決しなければならない問題があります。ここで騒ぎを起こすのは控えた方がいいでしょう」
……了解しました」
 リゼリアは淡々と応じると、銃を下げた。それを見て、アレクは思わず胸を撫で下ろしていた。
「さて、お二方。今は状況が状況です。ここはひとまず、手を組みませんか?」
「手を
……組む?」
「私たちだって、ジオンにセフィ・マリスを渡したくはないということですよ。今は、仲間は一人でも多い方がいい。でしょ?」
……そうね。分かったわ、手を組みましょ」
 いやにあっさりウォンの申し出を受けたメディナに、アレクは驚きの視線を向けた。
「いいのかい、メディナ?」
「いいも悪いも、申し出を拒絶したらその場で始末されちゃいそうな雰囲気じゃない。それに、確かに今は仲間が多い方がいいし」
「呉越同舟ってやつ? しょうがないか」
「交渉成立ですね」
 ウォンがニコッと笑って銃を下ろす。
……たいした交渉術っすね。さすがにアナハイムの凄腕営業マン」
「お褒めに預かり光栄です」
 そして、彼ら4人によるスードリ奪回作戦は始まった。

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