2.戦局

 渓谷の岩肌に刻まれた、蒼龍会のMSデッキと思われるところにハイパーバズーカの弾頭を撃ちこんだマルスのスカイナイトガンダム2号機は、反動で態勢を大きく崩していた。そのマルスのガンダムに向けて、渓谷のそこかしこから対空迎撃の砲弾が降り注いでくる。
「くそっ! そんな攻撃じゃ、ガンダムは落ちないんだ!」
 ブースターを逆噴射させ、強引に姿勢を立て直したマルスは、渓谷の至る所に設置された対空砲座や、谷あいの細い道を走るマゼラアタックに向かってガトリングガンを撃ちこんでいった。
「マルス少尉! そんなものをいちいち相手にしていてはきりがない! それよりも今は、HLVの発射口を探す方が優先だ!」
 2号機よりもやや高空でドップの編隊を相手にしているレダ大尉の1号機からの通信に、マルスは頷くと機体を上昇させた。そんなマルスの動きに気付いたドップ編隊の一部が、スカイナイトガンダム2号機に向かってきたが、マルスは巧みにドップのバルカン砲を回避しつつ、頭部バルカンとガトリングガンでドップ部隊を撃墜していった。
「HLVほどの巨大な物体ならば、いくら谷そのものを改造した要塞といえど、隠せる場所は限られているはずだが……」
「やっぱり、発進直前まで姿を見せない気なんでしょうか?」
「だろうな。先程からの抵抗の激しさといい、奴らも必死ということだ。……ならば!」
 レダは覚悟を決めたように、スロットルレバーを全開に入れた。スカイナイトガンダム1号機のブースターが火を吐いたと思った次の瞬間、ガンダム1号機はまるで墜落していくかのように地表への急降下を開始した。
「な!? レダ大尉、どうするつもりなんです!?」
「お前が先程空けたデッキらしき穴から、基地内部に侵入する! 基地内部からの方が、HLVを見つけやすいかもしれん」
「そんな!? 無茶です、レダ大尉!」
 言いながらもマルスは、自分もブースターを全開にし、レダの後を追っていた。今レダ大尉を1人にしてはいけない、その思いがマルスにはあったからだ。急速に高まっていくGの重圧に耐えるマルスの脳裏には、ありありと昨晩の光景が映し出されていた。

「レ、レダ大尉!? どうしたんです、しっかりして下さい!」
 ベースキャンプでの作戦会議が終わり、割り当てられたテントへ戻ろうとしていたマルスは、突如激しい咳と共にうずくまったレダに、慌てて駆け寄った。レダが咳の発作に見舞われるのを見たのは今日が始めてではない。だが、機動試験部隊でレダと出会って以来何度となく目にした光景ではあっても、決してそれに慣れる事が出来るものではなかった。
「……大丈夫だ。お前が気にすることではない。それよりもお前は、作戦の準備を……ゴフッ!」
 蒼ざめた顔で咳き込みながらそのようなことを言われて放っておけるわけがない。マルスは自分より遥かに長身のレダを担ぐようにして、機動試験部隊に割り当てられたテントに向かった。専属の軍医であるキリーク・カトーならば、レダの発作に効く薬を持っていたはずだ。
「……すまないな、マルス。全く情けない話だ。小隊を率いるべき隊長の地位にある者が、こうして部下にすがるようにしなければ動くこともままならないとは」
 普段は決して己の心情を表面に表さないレダの弱気な台詞に、マルスは悲しくなった。レダ大尉にはいつでも強くあって欲しい、いつまでもその背中を追い続けていたいという思いがマルスにはある。
「レダ大尉は病気なだけです。発作が直れば、またいつもみたいに活躍できますよ。僕なんかが及ぶもんじゃありません」
 努めて明るい声でマルスは言葉を搾り出した。
「……それでは困るな」
 だが、レダの答えはマルスの予想に反して冷たいものだった。
「お前は、幹部候補生だ。人の上に立とうという人間が、いつまでも人の背を追いかけているものではない。そんなことをしている内は絶対にその相手を超えられない。お前の成長はそこで止まってしまう」
「……」
 何も言い返せないマルスには構わず、レダは血の気の失せた顔のまま、しかし決然と話を続ける。
「真に己の成長を望むなら、お前は私を追い越していかねばならない。私は己の成長を放棄した人間だ。お前には、私のような人間にはなってほしくない……」
 レダの意外な言葉に、マルスは息を呑んだ。マルスにとってレダは、もっとも理想とする軍人であり、もっとも尊敬する人間である。そのレダが、自分自身を否定するような発言をする。それでは、マルスは今後何を信じ、何処へ向かっていけばいいのか。
「マルス。お前はまだ、自分が何の為に生き、何の為に戦っているのか分かっていない。それではお前はただの兵士に過ぎない。いいか、マルス。戦いには、確たる信念が必要だ。理想、と置き換えてもいい。人はその信念のために戦うべきだと、私は思う」
「信念……理想……」
「そうだ。それを持つ者だけが、己の意思で戦う者──戦士となれる。だが、信念を貫き通すためには、犠牲を恐れぬ覚悟が必要だ。もし何者かがその信念の前に立ちはだかったなら、それが例えよく見知った人間だとしても、そう、例えその相手が私だとしても、打ち倒して突き進んでいく覚悟。マルス、私は君なら、そんな信念を持った誇り高き戦士になれると信じている」
 マルスは我知らず俯いていた。駄目だ、自分はそんな立派な人間ではない。レダ大尉のような、誇り高き戦士になどなれない。
「……そう難しく考えるな。信念とは、己の胸の内で燃え続ける、いくら消そうとしても決して消せぬ炎。いつかきっとそれがなんなのか気付く日が来る。少なくともお前には、その信念を捨てるような負け犬にはなってほしくない。そう、私のような負け犬にはな……」
 ──レダ大尉が負け犬!?
 マルスは驚いてレダの顔を覗きこんだ。だが、レダの青く澄んだ顔はまるで仮面のようで、一片の感情すら読み取ることができない。
 そして、マルスがレダの言葉の意味を真に理解したのは、それから大分後のことになる──

「エスカ、もうすぐだよ。もうすぐ宇宙に帰れるんだ。そうしたら、地上であった嫌なことなんかみんな忘れちゃうさ」
 発射を目前に控えたシャトルの中で、レッドファントムのハインツ・エルマン少尉は、上機嫌で隣のシートに座る少女に話しかけた。
 だがその少女──エスカは、沈んだ表情で窓の外に目を向けたきり、全く反応を返さない。窓の外に見えるのは、単調な洞窟の岩肌だけだというのに。ハインツはエスカの態度に苛立ち、やや乱暴にエスカの顎に手をかけ、無理矢理自分の方を向かせた。
「なんで、なんでエスカはボクを無視するんだ!? ボクが、ボクがボクがボクがこんなにエスカのことを心配してるのに、どうしてエスカは分かってくれないんだ!?」
 エスカの虚ろな瞳には、幼さを多分に含んだ顔立ちの、奇妙なバイザーをかけた少年の激昂した姿が映っている。他ならぬ、ハインツ自身の姿だ。
「……放して下さい」
 エスカがわずかに眉をしかめているのに気付き、ハインツはようやく我を取り戻し、力なく手を放した。
「……ごめん、エスカ。エスカに怒鳴りつけるなんて、ボクはどうかしてたんだ。……ねえ、エスカ。ボクを許してよ、ボクを嫌いにならないでよ」
 エスカの目が、初めて自分の意思でハインツに向けられた。その瞳に映るのは、明らかな同情の色。
「ハインツさん……ですよね。私とあなたがどういう関係だったのかは分かりませんが、私は本当に記憶を無くしてるんです。だからあなたのことも思い出せないんです。……ごめんなさい」
 エスカの言葉に、ハインツは絶望と悲哀と行き場のない怒りに表情を歪めた。
「本当に、本当にボクのことも思い出せないのかい? なら、これなら……」
 ハインツは意を決したように、自らのバイザーに手をかけ、バイザーを外そうとした。
 その時。 
「よお、ハインツ少尉。無事“彼女”は取り戻せたみてえだな」
 パライヤ・ダヤン中尉の豪快な声が、ハインツのその行為を止めさせた。ハインツは残念そうな、しかしどこかほっとした表情で、シャトルの狭い廊下をこちらに向かってくる巨漢に目を向けた。
「そういう中尉は苦戦気味だったみたいじゃないか。結局地上の同志は蒼龍会だけしか捕まえられなかったのかい?」
「そういうなよ。なんせ俺達にゃウリがないからな。シャア大佐に合流を拒否されちまった以上、勧誘の決め手にかけてんだよ」
 だが、そういうダヤンの顔にはさして残念がる色は見えない。何事にもさっぱりした性格なのだ。
「もっとも、その嬢ちゃんがいれば“エス計画”の方は発動できるんだろうから、まだまだ絶望的ってわけじゃないがな」
 そのダヤンの言葉に、エスカの肩がビクッと震えた。それを見たハインツの表情が険悪なものに変わる。
「おっと、なんかまじいこと言っちまったみたいだな。……ん? どうしたハインツ少尉、顔色が悪いぞ」
 ダヤンはハインツの表情の変化に驚いた。それは、単にダヤンの台詞やエスカの態度がもたらしたものとは明らかに違っている。
「……レイジが、来てる」
 小さな声で、しかし多分に安堵を含んだ声でエスカが呟く。ハインツは、表情をますます厳しくすると、バッと立ちあがった。
「レイジ……あいつか、この気持ち悪さの原因は! そうか、あいつが、あいつがエスカを惑わしてるんだ! だからエスカはボクのことまで忘れちゃったんだ! 待っててね、エスカ。ボクがあいつをやっつけてきてあげる。あいつにエスカを惑わせたりさせない!」
 そう言って廊下を駆け出そうとするハインツを、ダヤンが慌てて制止する。
「お、おい、ハインツ少尉! もうすぐシャトルは発射するんだぞ!? 一体何処へ行こうってんだ!?」
 だが、ハインツはダヤンの制止を振り切り、駆け出した。
「ダヤン中尉! エスカのことは任せたよ! ボクはあいつとケリをつけなきゃいけないんだ!」

 それから数分の後。ハインツは蒼龍会基地に格納されていた試作モビルアーマー“ウロボロス”のコクピットに潜り込んでいた。
「ハインツ少尉、無茶です! そのウロボロスは欠陥品です。戦闘なんてできやしませんよ!」
「ちゃんとエネルギーも弾薬も充填されてるじゃないか。動けるんなら戦えないことなんてないんだよぉ!」
 ウロボロスは、巨大な卵型のMAである。簡単に言えば、卵にキャタピラと砲台を取りつけた重戦車といった外見だ。もっとも、キャタピラはいかにも取ってつけたといった感がある。
「ハインツ少尉! その機体は元々宇宙用の試作機なんです。地上での運用テストなんか欠片もやってないんですよ! 大体、狭い渓谷にそんな大型MA持ち出して、何しようってんです!」
 なおも食い下がる整備兵を無視して、ハインツはウロボロスを起動させた。
「待ってろよリョウマ! エスカを惑わせる奴は、みんなボクがやっつけてやるさ!」

「いいか、ユー達の目的はあくまでエスカっていうガールの確保だけだ。バトルはペキン・ベースの連中に任せて、ユー達はHLVの制圧に向かう! OK?」
 ウィッテ・エレンスキー中尉率いるティターンズのMS小隊は、ウィッテのアッシマーを先頭に、渓谷を縫うようにして蒼龍会基地の後方へ回り込むべく飛行していた。アッシマーの背後には、ベース・ジャバーに乗った2機のハイザックが続いている。
「そ〜れから、マヴァイ少尉!」
「は、はは!」
 突然名指しで呼ばれ、マヴァイ少尉は硬直し、危うく渓谷の岸壁に激突するところだった。マヴァイには、先日ホンコンで上官たるウィッテを出し抜いて手柄を1人占めしようとしたという負い目がある。
「今度もしこの前のようなことをしたら……」
 突如ウィッテのアッシマーがその円盤状の機体を急上昇させ、次いでまるで墜落するかのように急降下し、マヴァイのハイザックの背後へ回り込んだ。
「Bang! だぜ」
 ウィッテの冷たい声に、マヴァイは戦慄した。ウィッテは常に人をくったような態度を取ってはいるが、こういうことは冗談で済まさない男である。
「おっと、ジオンのお迎えだぜ。では諸君、Go Fight!」
 前方から迫り来たドップの編隊に、ウィッテのアッシマーが向かっていく。背中に感じる薄ら寒いものを拭いきれないまま、マヴァイもその後に続いていった。

 そんな地上の混戦の様子を、遥か高高度から見下ろす機影があった。コアブースターによく似た空間戦闘機と、その上に腕を組んだ姿勢で乗るMS。それは、セフィ・マリスと呼ばれる謎のMSに違いなかった。
「うーん。なかなかの大激戦ですが、どうします、リゼ?」
「しばらく静観するのが正解だと思います。私達の目的はあくまでエス・コアの排除。連邦やティターンズとジオンには、潰し合いをしてもらった方が私達にとっては好都合です」
「そうですねえ。どのみちジオンはHLVかシャトルで脱出しようとするはずです。それさえ撃沈してしまえば私達は晴れて任務完了し、月に帰れますからねえ」
 眼下では、セフィ・マリスの姿に気付きもしない者達が、未だに戦火を拡大させ続けていた。

 そしてもうひとり、この戦いを中立の視点で見つめる者がいた。フリージャーナリストのカイ・シデンである。
「……で、どうしてあなたがこれに乗ってるの?」
 我が物顔でホバートラックのサブシートに身を預けているカイに、サリアがその伏し目がちの細い目を向けた。その顔は、いかにも迷惑そうにしかめられている。だが、カイ・シデンはその視線を平然と受け流した。
「民間人が生身で前線に行くわけにゃいかんでしょうが。ほら、ちゃんと司令官殿からも取材の許可証が出てるし、あんたらの隊長さんからもこのトラックへの同乗許可はもらってる。なんにも問題なしってわけ」
「……でも、邪魔」
 パッシブ・ソナーに目を走らせつつ、サリアがぼそりとつぶやく。
「邪魔ったってねえ、おれもこれ、お仕事なのよね」
「……こんな戦い取材して、面白いの?」
「面白いっていうかねえ、今回のあのエスカって娘を巡る一連の事件の裏にあるものを知りたくってね」
「裏?」
 瞬間、長い前髪の下のサリアの瞳が鋭く光った。だがカイはそれには気づかず、話を続ける。
「そ。今回の事件は偶然が勝ち過ぎてる。たまたまあんたらが演習してた近くにあの娘のザクが落ちてきて、たまたまその近くに展開してた蒼龍会が駆けつけて、しかもたまたまティターンズがその件を嗅ぎ付けた……。出来過ぎてるとは思わないかい?」
「……」
「まだあるんだぜ。例えば、あんたらの行動が蒼龍会に筒抜けだった事とか、彼女の誘拐が出来過ぎてるってこととか。今回の蒼龍会の秘密基地が発見されたタイミングだってそうだ。たまたま彼女が誘拐された直後に、これまで5年間、ペキン基地の連中が血眼になって探しても見つからなかった秘密基地があっさり発見されてる」
「……スパイでもいると言いたいの?」
 確かに、カイの話を聞いているとそんな気もしてくる。こんな重大な事に今まで気づかなかった迂闊さに、サリアは内心歯噛みをしていた。だが、カイの答えはさらにサリアの想像の上をいった。
「スパイなもんかい。両方の陣営の情報に精通してて、しかも両軍に惜しげもなく情報を流してるような二重スパイがいるなら、お目にかかりたいね、オレは。あのねえ、スパイだとすると、今回の情報の流し方に説明ができないの。今回のこれはまるで……そう、ゲームか何かを楽しんでるような感じだな。どちらかが有利になりすぎないように、常に絶妙のバランスを保ち続けるように、裏で画策してる奴がいる……そんな気がするのよね」
「……なんのために?」
 サリアには、そんなことをする人間がいるとは信じられなかった。そんなことをして、一体何の利があるというのだろう?
 だがそれはカイにも分からないらしく、彼は狭い操縦席の中でお手上げというように両手を上げて見せた。
「知るもんかい。たんにゲームを楽しんでるだけなのか、何らかの目的があるのか、そしてこの悪趣味なゲームの仕掛け人が何者なのか。オレは、それを知りたいんだよ」
 カイの言葉に、サリアは長い髪の下の目を細めた。
 ──もしかして、その人物は……。すると今回の私の任務は……。
 一筋縄ではいかないかもしれない。サリアは自分の想像が行きついた可能性に、眉をひそめた。
 その時。
『天安門、天安門、こちら丑寅! ジオンの新手と交戦中! 敵は……イフリート・タイプだ。すでに2機やられた! 至急救援を求む! 繰り返す、こちら丑寅……グアッ!』
 突如ホバートラック内に響き渡った通信に、サリアの表情は一瞬の内に引き締まった。そう、ここは戦場なのだ。余計な詮索は、生き残った後にすればいい。
「イアン准尉、アレク軍曹、レイジ軍曹。今の緊急通信、聞こえた? 今すぐ丑寅の救援に向かって」
『了解した。イフリートといえば、例の奴かもしれん。奴には借りがあるからな』
『了解っす。位置の特定頼みます』
 すぐにイアンとアレクから返事が返ってくる。だが、いつまで待ってもレイジからの返答はなかった。
「レイジ軍曹、レイジ軍曹? ……もう、あのクラッシャーはどこ行っちゃったの? ……まさか、もうやられちゃった?」

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