第4話 散りゆく者

 別れというものは、それが突然のものであればあるほど人の心に大きな空白を生む。考えても見て欲しい。つい先程まで隣にいた人が、ある日唐突に、姿を消してしまうのだ。本来いるべき人がいない、その不自然な状況を自然のものと感じられるようになるまでに、人は一体どれほどの時間を必要とするのだろう。ましてや、それが永劫の別れ──死別ならば。例え全ての人間が変革し、ニュータイプの時代が訪れたとしても、別れの生む喪失感だけは埋めることができないのではないか、私にはそう思えてならない。

カイ・シデン著『永遠の遺産』より

1.攻略戦

 ルウム宙域に浮かぶ資源衛星バルトアンデルスは今、紅蓮の炎に包まれていた。ジオンの残党部隊“レッドファントム”の本拠地と目されるこの小惑星に、ティターンズのエレスハート・トワイゼル中佐旗下の艦隊が強襲をかけたのだ。もっとも、トワイゼル中佐自身はこの作戦に参加していなかった。彼女は別の作戦の為に、地上に降りていたからである。もしトワイゼル中佐自らが指揮を取っていれば、レッドファントムはこの日この場で壊滅していたかもしれなかったが、現実はそうはならなかった。

「フンッ。ティターンズめ、なかなかに動きが良いが、今一歩と言うところだな。後半日早く攻め来られていれば、我等は壊滅していたかもしれんが……、一足遅かった。本隊はとうにこの宙域を後にしているわ。後は、殿《しんがり》として、ここにティターンズを釘付けにすればよし! 本隊が脱出したことを勘付かせるわけにはいかんからなあ! さあ、我輩の戦い、見せてやろうぞ!!」
 レッドファントムの幹部集団“ザ・ファイブ”の1人、ケルナー・ハン中佐は、その女性のような整った顔を不気味に歪ませて、クククッと笑った。
 彼のMSは今、バルトアンデルスの登頂部──あくまで先の尖った部分を上と仮定しての話だが──に仁王立ちしてティターンズのMS隊を待ち構えている。彼に従うのは、わずかに3機のゲルググのみ。二個中隊はいるであろうティターンズのMS隊を迎え撃つにはあまりに貧弱な戦力と言えた。
「良いかあ、レッドファントム親衛隊! 今こそ我らの真価を見せる時! 武人は戦ってこその武人、実戦も知らずにエリートを気取るお馬鹿なティターンズに、身の程を思い知らせてやれ!」
 ケルナー中佐の号令の下、3機のゲルググは一斉にティターンズの部隊目掛けて突撃を開始した。
 たちまち、これまで沈黙と暗黒が支配していた宇宙空間に巨大な閃光がいくつも沸き起こる。
 3機のゲルググは、その圧倒的な戦力差を感じさせない驚異的な戦果を上げていた。迫り来るティターンズのハイザック、ジム・クウェルが次々と撃墜されていく。だがそれでも、圧倒的な戦力差は覆うべくもなく、3機はやがて包囲され、ほぼ3機同時に撃墜された。
 その様子を黙って見つめていたケルナーは、わずかに眉をしかめると、口元に不気味な薄笑いを浮かべた。
「クックックッ、これこそが武人の死に様、武人の心意気である! さあ、そろそろ我輩も、己が武人の魂を戦いの歓びにて満たすとするか。飛べよや、アルティメット・ザク!!」
 ケルナーの覇気に応じるように、彼の駆る異様なMSが宙に舞った。ザクの頭部・胸部とドムの脚部、グフの肩部アーマーとゲルググの腕を備え、背中に不釣合いなほど巨大なバックパックを背負ったその機体は、ケルナーが自らの為に作らせたMSである。ジオンのMSの長所を選り集めたMS──ケルナーはこのハンドメイドの機体に、アルティメット・ザクという名をつけた。ライトグリーンの機体に、赤く染め上げられた両肩が異彩を放つ。
 ようやく動き出したアルティメット・ザクに、3機のゲルググを撃墜し勢いに乗ったティターンズのMS部隊が迫ってきた。ケルナーは、至福の笑みを浮かべると、己の真紅の唇をなめた。
「ハッハッハッ、多勢に無勢、絶体絶命! いいぞ、これぞ武人の戦場に相応しい!」
 アルティメット・ザクの右腕に装備されたジャイアント・バズが火を吹き、前方から迫り来たハイザックを撃墜する。反動で後方に流されたアルティメット・ザクは、その反動を利用してクルクルと道化師のように回転しつつビームライフルを乱射した。
「さすがはゲルググのジェネレーター。ザクのものとは出力が違う。ビームライフルもこのように連射ができる!」
 でたらめに乱射しているように見えて、ケルナーの射撃は実に正確だった。全ての光条が、確実にティターンズのMSの頭部を、腕部を、そしてコクピットを貫いていく。
 だがそれでも、ティターンズのMSの数は圧倒的だった。アルティメット・ザクはいつしか、突破不可能なほどの完全な包囲網の中に捕われていた。しかしそのような状況でも、ケルナーの顔から笑みが消えることはない。
「ハッハッハッ、笑止千万、笑止千万! この程度の包囲網で、我輩を捕らえたつもりか!」
 ケルナーは素早く火器制御パネルを操作し、迷わずトリガーに手をかけた。
「死出の旅路のその前に、然とその目に焼き付けよ! 必殺の、全! 包! 囲! ミサイルである!!」
 その瞬間、アルティメット・ザクの背負っていた巨大なキューブ状のバックパックが弾けた。その内部から、無数のマイクロミサイルがあらゆる包囲に向けて飛び出していく。アルティメット・ザクを狙って密集していたティターンズのMS部隊には、そのミサイル群を回避する余裕など無かった。たちまちルウム宙域に無数の光芒が連鎖的に巻き起こる。
「ハッハッハッ、命が燃えて宇宙を焦がす花火となる! 素晴らしい、これこそ究極の美の形!!」
 だが、ケルナーが優勢を保っていられたのもここまでだった。いつしかジャイアント・バズもビームライフルも弾薬が尽き、元より使い捨ての切り札である全包囲ミサイルも失ったケルナーには、勝機など残されていようはずもない。
「だが! 白兵戦もこなせるのがMSという兵器の特性である!」
 アルティメット・ザクは腰に下げていたビーム・ナギナタに手をかけると、ビームの刃を展開させ、自らティターンズのMS部隊の只中に突撃していった。その尋常ならざるスピードに戸惑うティターンズのMSの間を、ビームの刃が付き抜けていく。
「一つ、二つ、三つ! ハーッハッハッハッ、まだまだ行けるぞ! 斬! 突! 薙―っ!!」
 ジム・クウェルのビームサーベルとハイザックのヒートホークの攻撃を紙一重で全て回避しつつ、アルティメット・ザクは緑の旋風となって次々と敵MSを撃破していった。
 だが、ケルナーが4機目の獲物に攻撃をしかけようとしたその時。突如アルティメット・ザクの動きが鈍った。次いで、機体の各所から煙が吹き上がる。ケルナーの卓越した操縦技術に、機体がついていけなかったのである。
「お・の・れーっ!! このようなことで、この我輩がーっ!!」
 最早ほとんど機能停止したアルティメット・ザクに、ティターンズのMS隊が群がっていく。

 宇宙世紀0085.6.17。レッドファントムの拠点であった小惑星バルトアンデルスは陥落し、幹部の1人ケルナー・ハン中佐は捕えられティターンズの捕虜となった。
 だが、肝心のレッドファントム本隊は既にバルトアンデルスから退避した後であり、その消息は杳として掴めなかった……

 宇宙でそのような戦いが繰り広げられていたその頃、地上でも連邦とジオンの激しい戦いが繰り広げられていた。

「……アレク軍曹、35度の方角に敵影。イアン准尉、レイジ軍曹は既に交戦中」
「了解っす、サリア少尉。敵の位置の割り出しをお願いします!」
 アレクはジム2のフェダーインライフルを構え、照準を安定させるためにしゃがみこんで銃身を固定させた。
「……アレク軍曹、イアンやレイジに間違って当てないようにね」
「それはサリア少尉の誘導次第っすよ」
 サリアの乗るホバートラックからの索敵データを下に、アレクが引き金を引く。背の高い木立の林立する幽玄なる渓谷を、ビームの奔流が走っていった。
「……駄目、外れた。アレク軍曹、下手くそ」
「……うるさいっすね。サリア少尉の誘導が悪いんすよ」
「バカなことを言い合ってるんじゃない! 今の攻撃でそっちの位置がばれたぞ! グフが1機そちらに向かった、注意しろ!!」
 高濃度のミノフスキー粒子を縫って、ひどい雑音混じりのイアンの怒声がジム2とホバートラックのコクピットに響き渡る。
「げっ……。オレ、グフは苦手なんすよ」
 アレクの顔がわずかに引きつったのは、前回のホンコン沖の孤島での戦いでグフに苦戦した記憶がいまだ生生しく残っているからだ。
「……大丈夫。今回ジム2はチョバムアーマーを装備してるんだから。グフなんて楽勝でしょう?」
 サリアの言う通り、現在アレクのジム2はチョバムアーマーと呼ばれる増加装甲を身にまとっていた。本来、機動試験部隊でテスト予定だった『ジム2フルアーマーオペレーション』の一環である。
「チョバムアーマーだけあったって、ビームキャノンとグレネードランチャーの追加兵装がなくっちゃ、ただ重いだけっすって!」
 連射の利かないフェダーインライフルを投げ捨て、ビームライフルを装備し直したアレクが悪態をつく。本来なら、チョバムアーマーの他にビームキャノンとグレネードランチャー内蔵専用シールドが合わさって始めて『ジム2フルアーマーテストタイプ』と呼ばれる形態になるのである。
「……しょうがないでしょ、今回の作戦は急すぎて、充分に武装も整えてる暇なんてなかったんだから」
「うちの隊の作戦は、いつだって急じゃないっすか。……来た!」
 次の瞬間、グフの放った五連装マシンガンが、豪雨となってジム2に襲いかかってきた。だが、弾丸は全てチョバムアーマーに阻まれ、ジム2本体には全くダメージを与えることはできない。
「くっそー! 当たれーっ!!」
 迫り来るグフに向かって、ビームライフルを連射する。だがグフは、林立する木々をうまく盾代わりにして、ジム2の攻撃を巧みに回避しつつ接近してきた。至近距離まで接近してきたグフが、ヒートロッドを振りかぶる。
「う……重くて動きが遅い、避けられない!!」
 電撃の衝撃に備え、アレクが思わず身を硬くしたその時。
「よっしゃーっ! 必殺のハイパービームサーベル、食らいやがれ!!」
 いつのまにかグフの背後に忍び寄っていたレイジのパワードジムが、通常のサーベルの倍の出力を誇るハイパービームサーベルを、グフめがけて思いきり振り下ろしていた。
 高出力のビームサーベルは、かざされたシールドもろともグフを真っ二つにする。
「わ、悪いレイジ、助かった」
「全く、こんなとこで手間取ってる暇ないんだぞ! 早くエスカを助けださなくっちゃいけないんだからな!」
 そう、機動試験部隊は今、エスカを救出すべく、ジオン蒼龍会の秘密基地攻略戦に参加していたのである。

「では、作戦の概略を再確認しときましょう。蒼龍会の秘密基地への正面攻撃はペキン基地の連邦軍部隊が受け持ちます。その隙にティターンズの部隊が基地内に潜入してHLVを確保。我々は遊撃部隊として適宜ペキン基地部隊とティターンズ部隊の援護にあたります。何か質問は?」
 エスカをまんまと蒼龍会に誘拐されてしまった機動試験部隊の下に、ジオン蒼龍会の秘密基地が発見されたとの報が飛び込んで来たのは、孤島での死闘直後のことだった。直ちに部隊司令のクチュト・ヤムヤ少佐は、ペキン基地の発動した蒼龍会基地攻略戦に参戦することを決定。中国大陸内陸部の渓谷地帯に設けられたベースキャンプにてペキン基地部隊との合流を果たしたのが、それから約1日後。作戦の発動はそれからさらに半日後のことだった。機動試験部隊の面々には休む暇も無い強行軍だったが、ほとんどの隊員達には憔悴は見られなかった。特に、エスカ救出に全てを賭けるレイジには。
「ヤムヤ少佐、遊撃部隊ってことは、勝手に行動してもいいってことですよね?」
「……まあ、そういう考え方もできますが」
 ヤムヤが苦笑を浮かべる。逸るレイジをいさめたのは、レダ大尉だった。
「レイジ軍曹、焦る気持ちは分かるが、大規模な作戦行動において自分勝手な行動は己のみならず、隊全体に危機を招くぞ。我々もエスカ救出には全面的に協力するつもりだ。だからあくまで隊の指揮には従ってもらおう」
「ティターンズに出し抜かれる訳にはいきませんからね」
 イアンの言葉に、レダが表情を凍りつかせて頷く。ベースキャンプに、エレスハート・トワイゼル中佐率いるティターンズ部隊が機動試験部隊にわずかに遅れてやってきたことは、確かに誰にとっても予想外の出来事だった。
「……僕達の後を付けて来たとしか、考えられないですね」
 普段はあまり人を疑うことの無いマルスまでがそう考えたのだから、恐らくそれは間違いのない事実だろう。
「……ともかく、我が部隊は、2隊に分かれて蒼龍会基地に向かう。私とマルス少尉のガンダムはその機動性を活かして空から、残るもう一体は地上から、それぞれ蒼龍会基地に向かう」
「地上部隊はフォワードがイアン准尉のガルバルディとレイジ軍曹のパワード・ジム。バックスがアレク軍曹のジム2。支援にはサリア少尉率いる通信班のホバートラックをつけます。いいですね、あくまでこれは作戦行動ですから、勝手な行動は認めませんよ、レイジ軍曹」
「……なんでオレだけ名指しで注意されなきゃいけないんですか」
「当然、一番暴走しそうな可能性があるからです」
 さらりとヤムヤに切り返され、レイジは言葉に詰まった。
「と、とにかく、僕達の最優先目標は蒼龍会の持ってるHLVロケットですよね。蒼龍会の目的は、宇宙に出てレッドファントムに合流することなんですから」
 マルスの言葉に、レダが無表情のまま頷いた。
「そうだ。そしてそのHLVロケットにエスカも一緒に乗っている可能性が高い」
 そして、蒼龍会がHLVでの脱出を目論んでいることはほぼ間違い無かった。そもそも今回蒼龍会の秘密基地を発見したのは、HLVのロケット燃料を奪った蒼龍会部隊の後を尾けていたペキン基地の偵察機なのである。
「HLVのロケット燃料が連邦軍基地から奪取されたのとエスカが攫われたのがほぼ同時期。偶然とは思えませんねえ」
 これが、機動試験部隊がこの作戦に参加した、真の理由なのである。

 連邦軍部隊の強襲から遡ること半日。深夜だというにもかかわらず、ジオン蒼龍会基地の地下ドックは喧騒に包まれていた。
「ザクとドムのHLVへの積み込み作業、急げ! いつ連邦がここへ攻め寄せてくるとも知れないんだからな!」
「グフ3番機整備完了! 1番機、整備遅れてるぞ!」
「マゼラアタック隊への弾薬の充填、忘れるな。ドップ編隊の整備はどうか!」
「ハッ! 第1、第2ドップ編隊、出撃準備完了いたしました。いつでも離陸可能です!」
「班長! 旧ザクやアッガイはともかく、本当にあのザクタンクも出撃させるんですか!? あれには武装なんてありませんよ!」
「今は1機でも戦力が欲しい時だ。機体の選り好みなんてしていられるか! あれでもマゼラトップ砲あたりを背負わせておけば移動砲台程度の役には立つ!」
「それだったら、いっそのことザクの上半身外してマゼラアタックとして運用した方がいいんじゃ……」
「バカやろう! そんな悠長なことやってる暇がどこにある!」
「おい、例のウロボロスはどうするんだ?」
「あの卵戦車か? あんな欠陥品ほっとけ! ……いや、一応エネルギーの充填だけはしておくか。突撃用ぐらいには使えるかもしれん」
 そんな怒声が満ちる地下ドックの中を、セイガ・ツルギは兄──マサミツ・ツルギの姿を探して歩いていた。そして、予想通り兄の姿をイフリートの整備用ハンガーの前で見つけたセイガは、すぐさま兄の下へ駆け寄っていた。
「兄上! もうすぐHLVの発進準備が完了します。長年慣れ親しんできた愛機との別れが辛いのは分かりますが、イフリートは陸戦用の機体。宇宙へは持っていけません」
「セイガか……」
 腕を組んで己の愛機を見上げていたマサミツが振りかえる。
「勘違いをせぬことだ、セイガ。私はこの機体との別れを惜しんでいるのではない。この機体とて、連邦がこの基地へ攻撃を仕掛けてきた暁には戦力として出撃せねばならぬ。故に整備に怠りがないか確認に来たまでのこと」
「しかし兄上……、この機体は兄上以外の者に乗りこなすことなど……」
 このイフリートはマサミツが自分専用にチェーンナップしたものだ。他のパイロットではその性能の半分も引き出すことはできないだろうことは、マサミツ自身が誰よりも良く知っているはずのことだった。
「! まさか、兄上は……」
 不意に嫌な予感に駆られたセイガは、思わず兄の顔を凝視していた。

 そして今、連邦の総攻撃が基地を揺るがす時になってセイガは、自分の嫌な予感が的中していたことを知ることになる。
「兄上、お考え直し下さい! HLV発進直前に、兄上がイフリートで出撃する必要はありません!」
 イフリートのコクピットから伸びる昇降用ワイヤーに足をかけたマサミツを、セイガは必死で説得しようとした。
「御館様、セイガ様の仰る通りです。今出撃なさってはシャトルに乗り遅れてしまいます。この場は我等残留部隊にお任せくだされ。御館様は宇宙に出てレッドファントムとの合流を!」
 蒼龍会の副官を務める大男・バイフー少尉も、セイガと共にマサミツの説得に加わる。だが、マサミツの決意は変わらなかった。
「此度はレッドファントムのダヤン中尉、ハインツ少尉及びMSを宇宙へ上げられればそれで良い。人1人が宇宙へ上がる手段などいくらでもある。今の蒼龍会最大の任務は、3機のHLV及び要人の乗りしシャトルを無事宇宙へと上げること。棟梁たる私がその先陣に立たぬでは義理が立たぬ」
「しかし、兄上が宇宙へ上がらなければ、宇宙へ上がった蒼龍会を導く者がいなくなります!」
「なれば、宇宙へ上がった蒼龍会の指揮はお前が執ればよい。セイガ、お前とてツルギ家の男。蒼龍会を束ねる資格は充分にある」
 それだけ言い放つと、マサミツはそれ以上話す事はないとでもいうように、昇降用ワイヤーを上昇させた。
「兄上!」
 なおも追いすがろうとしたセイガの肩を、バイフーの無骨な手が掴む。キッと振りかえったセイガに、バイフーは静かに首を左右に振ってみせた。
 バイフーには分かってしまったのだ。マサミツの真意が。
(御館様は、セイガ様の自立を促そうとしておられるのだ……)
 自分と一緒にいては、セイガは自分に頼りきりとなり、いつまで経っても1人立ちできない──そのことを危惧したマサミツは、あえて物理的に自分からセイガを引き離そうとしているのではないか。バイフーには、そう思えたのだ。
(もっとも、理由はそれだけではあるまいが)
 武人の血が騒ぐ、とでもいうのか。その感覚は、バイフーにもよく分かる。蒼龍会始まって以来の大戦を前にして、血のたぎりを抑え切れなかったというのも、この強引な出撃の一つの要因であろう。
 イフリートのモノアイに光が点り、各部のスラスターが蒸気を吐き出す。動き始めたイフリートに目をやって、バイフーは溜息を吐いた。こうなっては、マサミツを止めることなど誰にもできまい。
 そうしてバイフーが全身の力を抜いた、そのほんの一瞬。突如セイガが肩に置かれたバイフーの手を跳ね除け、駆け出した。
「セイガ様!?」
 慌ててバイフーがセイガの後を追う。セイガの向かう先、そこにあるものは……
「まさかセイガ様はご自分のMSに?」
 もしそうだとしたら、それはマサミツの決意を無にすることになりかねない。今セイガまでMSで出撃し、地上に残ることになっては、マサミツの行動が無為に終わってしまう。
「セイガ様、なりませぬ!」
 バイフーがそう絶叫した時。突如目を焼く閃光が周囲に満ち、次いで激しい爆音と爆風が、辺りを揺るがした。
「ぐぬ! 連邦の爆撃か! あやつらめ、すでにここまで!」
 爆風に姿勢を崩しながらも、バイフーの目はすでに、歴戦の戦士のそれに変わっていた。

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