2.出会い

「……だめだ、全然分からないや。もういいや、注文はみんなに任せる」
 食堂のメニューとにらめっこしていたマルス少尉が、お手上げというようにメニューを投げ出す。
「任せるって言われたって、オレだって困るっすよ。ここは、漢字の得意なレイジに一任したらどうっすか?」
 アレクのその発言に、レイジは自らの黒髪をかきむしった。
「……あのなあ。漢字が読めるったって、中国の漢字は日本とは色々違うんだぞ。ああもう、わけ分からん! こうなったら、片っ端から適当に頼んでくしかないって」
「別にいいよ、それでも。レイジのおごりっていうんなら」
「な、なぜですかーっ!! 普通こういう時は、上官がおごるもんじゃないですか!?」
 必死になってマルスに抗議する、そんなレイジの様子が可笑しくて、エスカは思わずクスッと笑った。
 思わぬ休暇をもらったマルス・アレク・レイジの三人は、エスカを伴ってホンコンの街に出てきていた。ちょうどお昼時だったこともあり、まずは腹ごしらえをしようと、それなりに繁盛していそうな中華料理店に足を踏み入れ……そしてこの騒ぎになったのである。
 エスカは笑いながら、そういえばもう随分長い間、こんなように心から楽しく笑った覚えのないことに気付いた。もうずっと──記憶を失うずっと前から、こんな風に笑ったことはなかった気がする。
(記憶なんて、戻らなくてもいいのかもしれない。こんなに楽しい時を過ごすことができるなら)
 ふと、そんなことを考えても見る。辛いだけの過去の記憶より、こうして心の底から安心して笑っていられるこの一瞬の方がずっと大事なもののように、今のエスカには思えるのだ。たとえそれが、束の間の夢だとしても。
 マルス少尉、アレク軍曹、そしてレイジ軍曹……みな、裏表なくエスカに接してくれる、かけがえのない人達だ。他の人達は、ヤムヤ少佐もサリア少尉もイアン准尉も、どこかでエスカを警戒し、また何らかの思惑を持って接しているのを感じる。だが、この三人は違う。それは、分析の結果得られた結論ではなく、直感というのとも又違っていた。ただ、そうであることが“分かる”のだ。
 ──いつまでこんな関係でいられるのか分からない。でも今だけは、この幸せな時間に身を委ねていよう。
 そんなエスカの物思いを破ったのは、聞き覚えのない柔らかい男性の声だった。
「あの〜、すいませんが相席よろしいでしょうか?」
 顔を上げたエスカはそこに、きっちりとスーツに身を包んだビジネスマン風の青年の姿を見た。東洋人種らしい黄色い肌と黒い髪を持ったその痩せた青年は、年代的にはレダ大尉と同じ位か、少々上程度に見えた。
「相席、ですか?」
 マルスが首を巡らせて店内の様子を確認する。いつのまにか店内は、満席に近い状態になっていた。たまたま、マルス達の陣取っていた団体用の丸テーブルには、二つほど席に余裕がある。
「あ、遠慮なくどうぞ」
 マルスが言うと、青年は顔に東洋系人種特有の感情の読めない曖昧な笑みを浮かべて、丸眼鏡の奥の目を細めた。
「ど〜もど〜も、すみませんねえ。仲間内でおくつろぎのところ」
 マルスはその笑みを見て、顔が引きつるのを感じた。その笑みといい、やけに慇懃無礼な物腰といい、この青年はどこかヤムヤ少佐を思わせる。
 ──東洋系の人は、どうも苦手だ。
 マルスは思った。さらに東洋系には、レイジのように無謀で向こう見ずな面もある。それもまた、別の意味でマルスは苦手だった。
 そんなマルスの引きつった表情に気付いているのかいないのか、青年は店の入り口の方を向いて手を振った。
「お〜い、リゼ! こっち、こっちです! 空いてる席がありましたよ〜」
 青年の呼びかけに、ショーケースに飾られたメニューを眺めていた、これまたスーツ姿のまだ少女と言ってもよさそうな若い女性が、タタタッと駆け寄ってきた。
「ねねね、ウォン! ここのチンジャオロースすっごくおいしそうなんだよ〜。それからね、あの点心もね……」
 薄茶色の髪の少女は、青年の前に来るなり、子供っぽい口調と甲高い声でまくしたてた。
「こらこらリゼ、はしたないですよ。まずはここの皆さんにお礼しなくちゃいけません」
 青年にたしなめられ、リゼと呼ばれた少女はエヘッと舌を出し、ペコッと頭を下げた。
「どうもすいませんねえ、躾がなってなくて。あ、申し遅れましたが、ワタクシこういうものです」
 青年は相変わらずの慇懃無礼な物腰で、マルス、アレク、イアン、エスカに次々と名詞を配っていく。それを真似るように、少女もポケットから名刺入れを取り出し、慌てて配り出した。
「アナハイム・エレクトロニクス 機動機器開発部 特別営業2課 係長ウォン・ヤンファンさんと、同課所属のリゼリア・シードさん……っすか?」
 アレクが驚いた声を上げた。アナハイム・エレクトロニクスと言えば、月面のフォン・ブラウンシティを拠点とした巨大複合企業だ。特に、MSや宇宙船のような重機械の開発にかけては、軍をも上回るノウハウを持っている。『機動機器開発部』というのは、要はMSの開発を行っている部門のはずだ。だが、ウォンはそんな一同の驚きを全く意に介さぬ風に、リゼリアとメニューを見て何やら話し込んでいる。
 それから、おもむろに顔を上げて、一同を見回した。
「時にみなさん」
 緊張した顔の面々に、ウォンはまたあの曖昧な笑みを向けた。
「もうメニューはお決まりですか?」

 イアンとサリアは、町外れの小さな酒場で、静かに盃を傾けていた。
「……」
「……」
 本当に静かだった。お互い、話すべき話題は最初の二十分ほどで尽きてしまい、後は2人とも黙々と紹興酒を飲み続けている。
「……おい、サリア少尉」
 ついに、沈黙に耐え切れなくなったイアンが口を開いた。
「な〜にぃ?」
 すでにろれつが回らなくなってきたらしいサリアが、とろんとした目をイアンに向ける。普段は蒼白と言っていいくらい白すぎる顔に、今日はほんのりと朱が差し、不思議な色気を醸し出している。
「あ、いや……」
 その艶めかしさに瞬間見とれてしまい、イアンは思わずどもった。
「……用がにゃいんだっちゃら、話しきゃけないでぇ。せっかく人が酒を楽しんでりゅ時にぃ……」
 首を巡らせながらそこまで言った時、サリアの様子に劇的な変化が起こった。いままでとろんとろんとしていた目が、猫のようにすうっと細められ、次いで長い黒髪の下に隠れ、見えなくなった。肌から急速に朱が退いていき、いつも通りの病的な白さに戻る。
「ど、そうしたんだ、サリアしょ……」
 その突然の変化に驚いたイアンの開きかけた口に、サリアの細い指が押しつけられ、イアンはそれ以上何も言えなくなった。状況が分からず、困惑するイアンの耳元に、サリアが囁く。
「……酒場の奥の席、レダ大尉が来てる。……あなたみたいな巨漢の男と一緒に」
 そう言った時のサリアの細められた目は、まるで獲物を狙うネコ科の肉食動物のようだった。イアンは、サリアが元諜報部である事を今更ながらに思い出していた。

 まさか同じ酒場にイアンとサリアがいるとは夢にも思わないレダは、実に5年ぶりにフレスベルク中隊時代の親友パライヤ・ダヤンと再会していた。
「まさかお前が生きていたとはな、ダヤン」
「生憎、おれは悪運だけは強くてな。しかしオレの方こそ驚いたぜ。あの時連邦に投降したお前が、まさか未だに連邦軍で軍人やってたとはな」
 5年前、一年戦争の終結直後に、連邦軍エース部隊“フレスベルク中隊”は反乱の罪を問われ、味方であるはずの連邦軍の攻撃を受け、壊滅した。ただし、戦後の混乱の中でこの事実を示す記録は失われ、今ではフレスベルク中隊はジオンのグラナダ駐屯軍との戦いで壊滅したという事にされている。もっとも、これが意図的に改竄されたものだと考える者は、レダも含めて大勢いるはずだ。
「……フレスベルク中隊が反乱を起こしたという記録がない以上、俺達投降した人間を軍法会議にかけることもできない。結果投降した者は強制的に退役させられるか、俺みたいに有名無実の部隊に飛ばされるか、どちらかだった」
 レダは遠い目をして、自嘲気味に語った。
「そうかい。やっぱ色々と大変だったんだなあ。おおそうそう、生きてたといやあ、お前の隊のマイッツァーな、奴も生きてやがったぜ」
「マイッツァーが!?」
 マイッツァーとは、レダの所属する3番隊にいたフレスベルク中隊最年少のパイロットだ。
「ああ、あいつとは、月でばったり会ったんだ。今はジャンク屋の手伝いをしてるらしいが、いずれ事業を起こして金を貯めて、それを元手にフレスベルクの理想を実現させるんだと言っていた」
「……あいつらしいな」
 確かに、誰よりも真剣にフレスベルク中隊の理想を追い求めていたマイッツァーらしい生き方かもしれない。
「それより、お前はこの5年間、どうしていたんだ、ダヤン?」
「おれか? 聞いて驚くなよ。おれはこの5年間、シャンドラー隊と共にいた。今では、レッド・ファントムと呼ばれる部隊とな」
 レダは驚愕して顔を上げた。それでも、声を上げたり思わず席を立ったりしなかったのは、レダの生来の冷静さのゆえだろう。
「ダヤン、お前、ジオン軍にいたのか!」
「おうよ。今じゃおれはレッド・ファントム ザ・ファイブの1人、パライヤ・ダヤン中尉様だ」
 ごつい髭面に笑みを浮かべ、半ば得意そうにダヤンは言いきった。

「レダ大尉が、ジオンと密会している!?」
 席が離れていることもあり、イアンにはレダとダヤンの会話はほとんど聞き取れなかった。それでも、ダヤンがレッドファントムと名乗った部分だけは、はっきりと聞き取ることができた。
「しっ! ……声が大きい」
 すかさずサリアの細い指がイアンの唇に押し当てられる。そうしている間も、サリアの目はレダから離されることはない。どうやら唇の動きを読んでいるらしいことは、イアンにも分かった。

「……レッドファントムは確か宇宙で軍を挙げたはずだ。それがなぜ、地球にいるんだ、ダヤン?」
 レダの問いに、ダヤンは太い指で頬を掻いた。
「おいおいレダよ、何勘違いしてやがる。レッドファントムはまだ決起もしていなければ宣戦布告もしちゃいないんだぜ。軍を挙げたも何もねえよ。……正直、まだ蜂起するにゃぁ戦力が足りなさすぎるんだ」
「? ではなぜレッドファントムの名はこうも知れ渡っているのだ?」
 確かレッドファントムの名はマルスやアレク達も知っていた。少なくとも連邦軍では、下士官の間の噂にもなるくらいにレッドファントムの名は知れ渡っている。
「ああ、シャア大佐を迎え入れて決起するってんで、大分あちこちのジオンの残党部隊に声かけて回ったからな。多分その時連邦軍に情報が漏れたんだろ。実際、今おれが地球にいるのも、地上の同志を結集させるためなんだ。今接触をかけてるのがジオン蒼龍会ってとこなんだが……知ってるか?」
「……ああ」

「……知ってるもなにも、ここ3ヶ月で3回も戦ってる」
 サリアがボソッと呟いたが、傍で聞いているイアンには、今の会話の内容は聞き取れなかった。
 そして、その後の話の内容もイアンには聞き取ることはできなかったのである。
 だがそれは、イアンにとっては、幸運なことかも知れなかった。

 球形のコクピット内に閃光が走る。飛来したマシンガンの炸裂弾が直撃したのだ。
「うわあ! くそ、敵はどこなんだ?」
 マルスは素早く全周囲モニターに目を走らせたが、なかなか敵の姿を捉えられない。
「そ、そうだ。確かセンサーがあったはず……このボタン?」
 ようやくセンサーを作動させたマルスは、センサーモニターに点る“WANINNG”の表示と、響き渡る警告音に愕然とした。
「う、上!?」
 目を上げたマルスが見たのは、巨大なビームアクスを振りかぶる、ザクに良く似た機体の姿だった。
「うわあああああっ!!」
 激しい衝撃がコクピットを襲い、一瞬モニターがブラックアウトする。
 次いでモニターに現れたのは、『GAME OVER』の文字だった。

「マルス少尉、何やってんですか! やられっぱなしじゃなかったですか!」
 ホンコン最大のアミューズメント施設・トウロンラントに設置された最新のゲーム筐体“モビルマスター”から這い出すように出てきたマルスの耳を打ったのは、幾分興奮したレイジの声だった。
「そんなこと言ったってさ。MSのコクピットにそっくりなのに操縦方法が微妙に違うんだよ? かえって混乱しちゃうんだ」
「だめっすねえ。こういうもんはゲームって割りきるんすよ。そうすりゃ楽勝ですって」
 そういうアレクはマルスの前にプレイし、なかなかのスコアを出している。
 食堂で食事を済ませた後、マルス達はウォンとリゼリアというアナハイム社の2人組に誘われ、ここトウロンラントに遊びに来たのだ。ウォンの話では、このトウロンラントはアナハイム社の子会社が経営しているらしい。
「この“モビルマスター”はですね、いわゆる対戦型の3Dアクションゲームなんですが。ここがMSメーカーの強みでして、このゲームの筐体は本物のMSのリニアシート式コクピットに瓜二つに作られているんです。だから、本物のMSを操縦しているような臨場感を味わえるんですよ。ま、軍事技術の民間への応用ってやつです」
 さすがは営業マンというべきか、ウォンは笑顔を張りつけたまま、聞いていないことまで早口で解説したものである。
 “モビルマスター”は最大8名までがバトルロイヤル形式で対戦できるようになっている。8台の筐体の並んだ背後には巨大なスクリーンがあり、そこに戦況が刻一刻と映し出される為、ゲーム参加者以外でも楽しめるという仕組みだ。
「よーし! 今度はオレがハイスコアにチャレンジしてやるぜ!」
 レイジが腕まくりしながら筐体に身を滑り込ませる。
 その隣の筐体には、リゼリアに伴われたエスカが入っていくところだった。モビルマスターの筐体は複座式になっており、設定を変更すれば2人で操作を分担してプレイすることも可能なのだ。
「わ〜い、ワクワクするー! エスカちゃん、ガンバローね!!」
「はい、頑張りましょう」
 食堂で共に食事をした、その短い間に、エスカとリゼリアはすっかり打ち解けていた。エスカにとって、リゼリアは地球に降りてきた後に始めて出会った同年代の少女なのである。それに、リゼリアの持つ天性の明るさに惹かれたというのもあるのだろう。
「同年代といっても、リゼの方がエスカさんよりはずっと年上だと思いますがねえ」
 ウォンがそう言って戻ってきたマルスに苦笑を向けた。普段は曖昧な笑みしか浮かべないウォンが、苦笑とはいえ感情をその表情に出したのをマルスは初めて見た。
「ずっと上って……リゼリアさんは15,6歳くらいでしょう? エスカは多分17歳くらいだから……」
「だからずっと上なんですよ。リゼは今年で21歳ですから」
「え? ええっ!?」
 だとすると、二十歳のマルスよりも年上ということになる。が、とてもそうは見えない。
「そうは見えないでしょう? 童顔の上に、精神年齢がちょおっと低めですからねえ……。でも、さすがに15,6じゃあアナハイムの正社員にはなれません」
 マルスは思わずリゼリアとエスカの入っていった筐体に目を向けた。だが、すでに筐体のハッチは閉じられ、リゼリアの姿を再確認することはできなかった。
「あ、ゲームが始まったみたいっすよ」
 アレクの言葉に、ウォンとマルスはゲームのスクリーンに目を向けた。丁度画面には、『GAME START』の文字が踊ったところだった。

「これがロックオンで、これがモニター切り替え……トリガーは当然ここで、武器の換装はこれっと……うっしゃあっ! 完璧!! やってやるぜ!」
 ゲーム開始から1分余りで、レイジは大まかな操縦を把握していた。レイジが選んだ機体は、中世の騎士の甲冑を思わせるデザインのMSだった。どうやらジオンの試作MS・ギャンをイメージした機体らしいが、両肩のいかついスパイクアーマーと右腕内蔵のヒートロッドは明らかにグフをイメージしたものだろう。要は、白兵戦用のMSなのだ。
「!! 敵機の反応? 右……いや、正面か!!」
 正面からビームサーベルを振りかぶって突き進んできた青と白のカラーリングのMS──恐らくガンダムを意識した機体だろう──に、レイジは慌てることなくヒートロッドを放った。相手はまだゲームに慣れていないのか、あっさりヒートロッドに絡み取られてしまう。
「まずは1機!」
 動けない敵に、左腕に握ったビームランスを突きたてる。相手は見る間に爆発を起こし、そして反応が消えた。これだけの至近距離で爆発が起きれば本来ならこちらも機体に尋常でない損傷を負いそうなものだが、そこはやはりゲームである。
「よーし! 次は……ん? あれはエスカの機体か?」
 レイジの目に止まったのは、ピンクとホワイトというカラーリングの、細身のジムといった印象の機体だった。明らかに女性型を意識したものらしく、後頭部と腰部にはリボンを象ったオプションまでついている。
 そのエスカのMSは、レイジが目を向けた丁度その時、ビームガンで敵機を撃破したところだった。その狙いは、レイジが見ても息を飲むほど正確で素早いものだ。
「たしか機体操縦担当がリゼリアさんで、砲手がエスカって割り振りだとか言ってたが……じゃあ今のはエスカなのか?」
 今の攻撃は、素人のものなどでは絶対にない。やはりエスカはジオンのパイロットだったのだろうか。記憶を失ってはいても、体は戦い方を覚えていたということか。
 そんな思いに捕われていたレイジは、エスカのMSに背後から近づくMSの存在に気付くのが一瞬遅れた。エスカの機体は敵を1機撃破した直後で気が緩んでいるのか、その敵の存在に気付く様子はない。
「エスカ! 危ねえっ!!」
 レイジは咄嗟にシールド内蔵のミサイルをその敵に向けて発射した。だが、その敵機は、シールドミサイルが着弾する前に降り注いだ無数のビームの帯によって打ち貫かれていた。
「!?」
 新たな敵の登場に、レイジの全身に緊張が走った。が、
「なんだ、今の奴は……エスカを守ったのか?」
 今のビームは、まるでエスカを敵機から守るように飛来した──そうもレイジには思えたのだ。
 サブモニターに映る新たな機体は、異様な姿をしていた。脚部がないのだ。それは、ジオン最後のMSと言われるあのジオングをイメージした機体らしかった。
「!! 今度はこっちを狙ってくるのか!?」
 ジオングもどきは、有線式のビーム砲を自在に操り、あらゆる方角からレイジに攻撃を浴びせてきた。
「ちっ!」
 レイジは回避運動を取りつつも、左腕内蔵の速射砲をジオングもどきに向け連射した。だが、ジオングもどきはまるで攻撃を事前に見切っているかのようにすいすいとかわしていく。
「!? なんだ、こいつの戦い方……オレはこの戦い方を知っているぞ?」
 強烈な既視感に、レイジは一瞬目眩を感じた。そして、ゲーム中の一瞬の目眩というのは、いかにも致命的だった。
 コクピットに衝撃が走ったと思った次の瞬間には、モニターはブラックアウトし、『GAME OVER』の文字が踊っていた。

「わーい、面白かったねえ、エスカちゃん……どしたのエスカちゃん? 顔色悪いよ、乗り物酔い?」
 ゲームが終了し、筐体から出たエスカに、リゼリアが心配そうな声をかけてきた。
「え? あ、いえ……なんでもありません、大丈夫です」
 せっかく友達になれたリゼリアを心配させたくなかったエスカは咄嗟にそう言うと、笑みを形作って見せた。たぶん、リゼリアのスカッとした笑みと比べると、自分のそれは相当ぎこちないものだろうと思う。
 だが、エスカには恐かったのだ。自分が、こうも戦えてしまえることが。記憶を失う前の本当の自分は、きっと戦うことが当然な環境で育った人間だったのだ。そう思うと、急に今の自分が嘘のように思えて、エスカは寒気を覚えた。
「エスカちゃん、本当に大丈夫? あのね、ウォンはお医者さんの真似事も出来るの。だから、診てもらった方がいいよ?」
「いえ、本当に大丈夫ですから……」
 そう言って顔を上げた時、エスカは自分たちの方にツカツカと歩み寄ってくる少年の姿を認めた。その少年も今、別の筐体から出てきた所らしい。エスカと同じように、伸ばした髪を片耳の脇でまとめた、背格好もエスカと同じ位の少年──。ただその少年が異常なのは、目に異様な形のバイザーをつけていることだろう。まるで素顔を覆い隠そうとするかのような、曲線的で大きなバイザー。
 少年は、エスカの前まで迷いもなく歩いてくると、歓喜を満面に浮かべて口を開いた。
「久しぶりだね、エスカ」
「え!?」
 エスカは混乱した。この少年は、わたしのことを知っているのだろうか。わたしはこの少年のことなど何も知らないのに──知らない? それは違う気がした。いや、確かにわたしはこの少年を知っている。先程の足のないMSの戦い方、そして、この異様なバイザー……では、この少年の名は?
「どうしたんだい、エスカ? ボクだよ、ハインツ・エルマンだよ。君を迎えに来たんだ。さあ、一緒に帰ろう」
 ハインツと名乗った少年はエスカの反応に多分に戸惑っているようだった。だが、少年の態度には、それでもなお、絶対的な自信が感じられた。そう、エスカなら必ず自分の言うことを聞いてくれるという、そういった自信が……
「おーい、エスカ。どうしたんだ?」
 この場の不可思議な緊張を破ったのは、エスカの様子を見にやってきたレイジの声だった。エスカは得体の知れぬ状況からとにかくも解放されたことで、ほっと息をついた。
 ハインツが忌々しげに視線をいらざる来訪者に向け、そしてハインツの動きが凍りついた。
「お前は……リョウマ? バカなバカなバカな、あいつがこんな所にいるわけがない、あいつがエスカと一緒にいていいわけがない!」
「? 何言ってんだ? 誰だお前?」
 レイジが困惑したようにハインツに目を向ける。だが、そう言いながらもレイジは、またもあの既視感に襲われていた。そんなレイジを睨みつけながら、ハインツは激昂したように叫んだ。
「そうか、お前か、リョウマ! お前がエスカを惑わしたんだな。お前がいるといつもそうなんだ。いつもエスカはおかしくなる。3年前のあの時だってそうだ。お前がエスカを惑わすんだ! 消えろ!!」
 ハインツがそう言って懐に手を入れたのと、レイジがエスカをかばうように立ちはだかったのと、駆けつけて来たウォンが素早い身のこなしでハインツを押さえつけたのは、ほぼ同時だった。
「警備員の人、何やってるんです! 早くこの人を捕まえてください。他のお客様に迷惑をかけるような人を補導するのが警備員の仕事でしょうに!」
 ウォンに促され、慌てて駆けつけた三名の警備員が、ハインツを取り押さえ、引きずっていった。
「は、離せ! ボクはエスカを迎えに来たんだ! なんで邪魔するんだ! お前達もボクの敵か? 敵なのか?」
 激昂した叫びを上げつつも、屈強な警備員三名に押さえこまれては身動きすらままならず、ハインツは引きずられるように、連れていかれてしまった。
「全く……時折いるんですよねえ。ゲームと現実の区別がつかなくなる人って。困ったもんです」
 ウォンが肩をほぐしながらそうぼやいたが、それが的外れのものであることは、エスカにはよく分かっていた。

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