第3話 邂逅の街

 人と人の出会いとは、果たして偶然の産物なのだろうか。出会いが人生に及ぼす影響を考える時、人はその背後に人智を超越した意志の力を感じずにはいられない。少なくとも、人の人生が出会いの連続によって方向付けられるものだとするならば、良き出会いに巡り会えた者は幸いである。そして、望まざる出会いすらも、遥か未来から振り返る時、人はそれが自分にとってなくてはならないものだという事に気付くだろう。人の革新が、人と人を繋げることだというならば、人はいずれ、出会いと別れすら支配できるようになるかもしれないという希望も沸いてくる。
 そして、私にとってホワイトベースの仲間達との出会いがその運命を決定付けたように、運命を決定付ける出会いというものは、いつか必ず巡り来るものなのだ。

カイ・シデン著『永遠の遺産』より

1.休暇

 ルウム宙域──かつてはサイド5と呼ばれたコロニー群のあったこの宙域に、その小惑星はあった。バルトアンデルスと名づけられたその小惑星は、かつてはサイド5開発用の資源衛星として利用されていた。だが、ルウム戦役によってサイド5が壊滅した今、その存在は誰からも忘れ去られていた──少なくとも、連邦の人間の中に、戦後この小惑星のことを省みるものはいなかった。
 だが、その誰からも忘れ去られたはずの小惑星に、身を隠す者達がいた。自らを赤い亡霊──レッドファントムと名乗るジオン軍の残存部隊である。

「エス・コアの回収にハインツ少尉を向かわせてよろしかったのですかしら、閣下? 万一の場合、エス・コアのスペアとなり得るハインツをエス・コア回収に向かわせるのは、リスクが大きすぎるのではありませんこと?」
 バルトアンデルス内に設えられた豪奢な造りの司令室で、3人の男女が円卓を囲んで向かいあっていた。円卓には5つの座席が設けられているが、今は3つの席しか埋まっていない。そして今言葉を発したのは、貴族的な顔立ちの、上品な貴婦人だった。年齢でいえば30代の後半といったところであろうが、手入れの行き届いた肌にはしわの一つもない。このような華麗な婦人が、ジオンの軍服に身を包んでいるというのは、違和感のある光景ではある。
「そなたのいうことはもっともだがな、フュー少佐。我らの内にハインツ以上にエス・コアの回収をうまく行える人材はおるまいて」
 貴婦人──シャムシェル・フュー少佐にそう答えたのは、頭髪の一切ない大きな頭部が印象的な、彫りの深い顔立ちの老人だった。彼こそが、レッドファントムの指導者であり、幹部集団ザ・ファイブの筆頭たるクライド・シャンドラー准将である。
「覚えておくのだな、二人とも。エスの発動なくして我らの勝利は有り得ぬということを」
「全く。期待していたシャア・アズナブルからは合流を拒否されるわ、エス・コアは失われるわ、挙句にティターンズに我らの存在を勘付かれるわ、ことごとく物事というのは計画通りいかぬものでありますな、閣下」
 そう発言したのは残る1人、艶やかな黒髪を腰まで伸ばした、美しい顔立ちと透き通るような白い肌を持った男性だった。彼──ケルナー・ハン中佐の、一見女性と見紛う外観と、尊大な態度と物言いのギャップは、対面する者に戸惑いを与えるには充分だった。
「おまけに、いつティターンズにこの場所を発見されるかも知れぬという重要な時期に、ザ・ファイブのうち2名が、地球に降りてしまっているとは! 彼らが帰ってきた時には、すでにレッドファントムは壊滅していたなどといったら、笑い話としては面白いものかもしれませんな?」
「口がすぎようぞ、ハン中佐。ハインツ少尉にはエス・コアの回収を、ダヤン中尉には地上の同志の結集を、それぞれ託して地球へ降ろしたのだ。どちらも、我らの勝利のためには欠かすべからざる任務である」
 威厳ある声でシャンドラーにたしなめられ、ハン中佐はムッと眉をしかめた。それから、肩を竦めると退屈したように椅子にふんぞりかえる。
「ジオン蒼龍会、オクトパス隊、デザート・ロンメル隊。果たしてその“地上の同志”がどれほどのものなのでしょうな。せいぜい足手まといにならねばよろしいのですが。それに、『シャア・アズナブルを旗印にしたジオンの継承者』という我等の売り文句が無用の長物となった今、連中が我等に賛同するとも限らない」
 ハン中佐の言うように、本来レッドファントムは、シャア大佐をジオン再興のシンボルとして、決起するつもりでいたのだ。そもそもレッドファントムという名称自体が、シャアの“赤い彗星”という異名を意識したものである。だが、肝心のシャア・アズナブルは、地球圏に帰還したにも関わらず、彼らとの合流を拒んだのだ。
「……シャア・アズナブルはキシリア様には多大な恩があるはず。キシリア様の意志を継ぐ我らの呼びかけに、必ずや応じてくれると信じていたのだがな」
「シャア大佐はジオン・ズム・ダイクンの忘れ形見という噂もありますわ。一説には、ガルマ様やキシリア様を謀殺したともいわれています。それが事実ならシャア大佐は、もはやジオンと関わろうとはしないのではありませんこと?」
 フュー少佐の語る噂のことは、シャンドラーも聞き及んでいた。そして、それが恐らく事実であろう事も、承知していた。
「クルス・ジールは、我等との訣別を告げる贈り物だったというのか」
 シャンドラーは、円卓の中心のホロ・ディスプレイに、1機のモビルアーマーの設計図を表示させた。十字架を思わせる姿をしたそのMAは、はるかアステロイド・ベルトにいるジオンの同志・アクシズから贈られたものだ。
「エス・コアの回収ならなかった場合、このクルス・ジールによるA計画の発動も検討せねばならぬかもしれぬ」
 シャンドラーは疲れたように首を振った。どのような作戦を行うにせよ、レッドファントムの戦力はあまりに乏しい。行動は、慎重を期さねばならぬ。さもなくば、2年前のデラーズ・フリートの二の舞となろう。
「レッドファントムの、明けること無き真紅の夜に乾杯」
 薄笑いを浮かべたハン中佐のその言葉が、司令室内に不吉に響き渡った。

「あっちゃー。おやっさん、やっぱり右肩のコンデンサが焼き切れてるっすよ。あ、それに関節部のベアリングにも水が入っちゃってるっすね」
「もともとジムUは水中戦用の機体ではないからの、無理が祟ったんじゃろ。全く、整備班の仕事ばかりが増えてたまらんわい」
「おやっさん、悪いっすけど、スペアのアクチュエーター取ってもらえます? ここ、交換しちゃうっすから」
「それよりアレクよ、少々休憩せんか。集中力が続かんと思わぬ整備ミスを招くぞ」
「それもそうっすね」
 地球連邦軍ホンコン基地のMS整備デッキで、自らの愛機・ジムUの整備をしていたマルスが、タラップから降りてくる。
「ほれ、コーヒーでも飲んで息を抜け」
 そんなアレクに缶コーヒーを放ったのは、整備班班長のクルパ・ジェンド中尉である。
「それにしてもアレクよ、お前さんは近頃の若い者としては珍しく、感心な奴じゃ。全くうちの隊の連中ときたら、お前以外は誰も自分の機体の整備を手伝おうという気がないんじゃから嘆かわしい。レイジやイアンなどは、MSを壊すのがパイロットの仕事と勘違いしておるとしか思えん」
 脚部の半壊したレイジのパワード・ジムと、頭部に大きな損傷を負っているイアンのガルバルディβを見上げ、クルパは溜息をついた。
「まあ、オレは元々メカいじりが好きっすからね。整備するのも結構楽しんでやってるんすよ」
「その言葉を、他の連中に聞かせてやりたいわい」
 クルパが盛大な溜息を吐いた時、基地内に機動試験部隊の召集を告げる放送が流れた。
『極東方面軍機動試験部隊のメンバーは総員直ちに第3ブリーフィングルームへ集合して下さい。繰り返します、極東方面軍機動試験部隊のメンバーは……』
「全員召集?」
 クルパとアレクは顔を見合わせた。機動試験部隊のメンバーは通信班や整備班のメンバーを加えると、総勢50人近い大所帯である。が、その全員に召集がかけられることなど滅多にない。
「また、新しい厄介な命令が下りたわけじゃないでしょうねえ」
 顔を引きつらせて尋ねるアレクに、クルパは難しい顔で首を振ってみせただけだった。

「休暇、ですか?」
 アレクと同じように緊張して集まった面々は、だからヤムヤ少佐の意外な発言に、すっかり拍子抜けしてしまったのも無理はない。ただひとり、飄々とした様子で自分の発言がもたらした影響を眺めているヤムヤ少佐だけが平然とジャスミン茶をすすっている。
「そうです。みなさんここのところ戦闘に継ぐ戦闘、任務に継ぐ任務で大変でしたからね。幸い、ガルダ輸送機の出立まではまだ3日あります。せっかくホンコンまで来たことですし、これから明日の13時までまる1日間、ゆっくりと休暇を取ってください」
 ようやく少佐の言葉の意味が飲みこめたのか、隊員達から歓声が上がった。だが、レイジ軍曹だけは困惑した表情をヤムヤに向けている。
「あの、少佐。エスカの護衛の任務はどうするんです?まさか、護衛の任務まで休暇に入るなんて、できないでしょう?」
「いい質問です、レイジ軍曹。そこで、君達に相談があるんですが……」
 表情の読めないヤムヤのサングラス越しの視線を向けられ、レイジ軍曹は思わず顔が引きつるのを感じた。ヤムヤ少佐の“相談”には、今までろくなことがあったためしがない。ある意味、命令より恐ろしかったりする。
「もしホンコン市街に繰り出す予定があるなら、エスカ君も連れていってもらいたいんですよ。休暇は彼女にも必要だ、そうは思いませんか?」
 この“相談”に、再びその場の空気が凍りついた。

「サリア少尉、マルス少尉達を知らないか?」
 ホンコン基地内の廊下で、後ろから声をかけられた通信班のサリア少尉は、長い髪をうっとうしそうにかきあげながら振り向いた。その長髪に隠された目に映ったのは、見事な巨躯をGジャンに包んだ男の姿だった。
「……イアン准尉、その格好、似合ってない……」
「……悪かったな」
 イアン准尉は気を悪くしたように自分の着ているGジャンをしげしげと眺めている。それを見て、サリア少尉はクスクスと小さく笑った。
「それより、俺の質問に答えてほしいんだが? マルス少尉やレイジ、アレクはどこへ行ったか知らんか?」
「……マルス少尉達なら、とっくにエレカで市街地の方へ行ったわ。もちろん、エスカを連れて」
「なんだ、俺は置き去りか」
「……それはそうよ。あんなにエスカを街へ連れ出すことに反対してたんだから」
 サリアから非難がましい目を向けられ、イアンは顔をしかめた。
「当然だろう。あの娘はジオンとティターンズの両方から狙われているんだ。それに、例の謎のMSの件もある。街中に出て行くなど危険過ぎる。違うか?」
「……違いはしないけど、冷たすぎる」
「冷たい?」
「あの年頃の若い娘が、軍の部隊の中で自由のない生活を続けるっていうことがどのくらい息苦しいことかぐらい分からない? しかも、自分が何者かも分からないっていう不安を抱えたまま。たまには気晴らしをしないと、あの娘潰れてしまうわ。そう思ったからこそ、ヤムヤ少佐もエスカに街へ出るよう勧めたの」
 イアンはむすっとした表情を浮かべ腕を組んだ。そういう気持ちも分からないではないのだが、どうしても合理的な考え方が先行してしまう。それが生まれつきのものなのか、長い軍隊生活の中で自然に身に付いてしまったものなのかは、イアン自身にも判然としない疑問だった。
「仕方ないな。奴等と出かけるのは諦めるか。ではレダ大尉と飲みにでも……」
「……大尉なら、さっき出かけた。旧友と会う約束があるんだって」
「う……。なら、おやっさんは……」
「クルパ中尉なら、今頃デッキでMSの整備中。整備をほったらかして、休暇なんて取れるわけないって怒鳴ってたわ。あの分だと整備班は休暇無しね、可哀相に」
 イアンは、お手上げというように肩を竦めた。
「参ったな。せっかくの休暇を1人きりで寂しく過ごせっていうのか?」
「……そういうこと。ご愁傷様」
 サリアがクスクスと暗い笑みを浮かべて答える。イアンは恨めしげにそんなサリアを睨みつけた。
 その時、ふと2人の目があった。
「サリア少尉と、か……」
「イアン准尉と、ね……」
 一瞬2人は、顔を見合わせたまま本気で思い悩んだ様子だった。
「……あまり面白くはなさそうだが、ここでダラダラしているよりはましか。サリア少尉、一緒に飲みにでも行くか?」
「……ごつい男は好みじゃないけど、ここでブラブラしてるよりはましかも。いいわ、一緒に行きましょう」

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