3.船出

 キソ山脈の峻厳な山と山に挟まれた深き谷間に、ジオン蒼龍会の日本における本拠地はあった。そして今、蒼龍会のキソ基地は、出撃の準備に沸きかえっていた。
 そんな中、蒼龍会独自の青いジオン軍服に身を纏った少年が、格納庫の中を息を弾ませて駆けている。
「若、いかがなされました?」
 そんな少年の姿に気付いた巨漢の兵士が、野太い声を投げかける。四角い顔の中に細い目と薄い唇が納まっている。ジオン蒼龍会の副官を務めるリウ・バイフー少尉である。
「バイフーか。兄上に話があるんだ。兄上は今、イフリートの所か?」
 若と呼ばれた少年──セイガ・ツルギ軍曹は、バイフーが頷くのを確認すると、格納庫の最奥部に鎮座している青い巨人の下へと駆けていった。
「兄上!」
 青いMSの足元まで辿り着いたセイガは、息を整えると、声を張り上げてMSのコクピット内で調整を行っていた兄のマサミツに呼びかける。
「セイガか。如何した?」
 セイガに気付いたマサミツは、降下ワイヤーに手をかけた。
「兄上、お聞きしたいことがあります! 此度の作戦にシャークサッカー隊を使うというのは本当なんですか!?」
 マサミツが地上に降り立つのも待ちきれず、セイガが興奮した声を兄に投げかける。
「セイガよ、先程オルカ・ヤシロ博士より入電のあったのは知っていよう。エスカなる少女、海路ホンコンに向かうのだ。この期にエスカを手にできねば、蒼龍会の名折れ。ザ・ファイブのダヤン中尉にも会わせる顔がない」
「しかし兄上、シャークサッカー隊はジオンの名を騙るだけの、只の海賊です。あのような連中の手を借りることこそ、蒼龍会の名を貶めることになるんじゃないですか!?」
 ようやく大地に足をつけたマサミツは、興奮する弟を宥めるように、セイガの肩に手を置いた。
「セイガよ。武人の役目とは、まずその任を果たすことにある。そのためには、他の部隊も使ってみせるだけの器量も必要ということだ。威風堂々たる戦は武士の役目。我等ツルギ家は代々忍びの家系であること、ゆめゆめ忘れてはならぬ」
「ですが、シャークサッカーは志を持たぬ海賊です。手柄を横取りされたらどうするんです?」
「それはない」
 きっぱりと言いきるマサミツに、セイガはきょとんとした顔を向けた。まだ幼さの残る顔立ちのセイガには、そのような表情が良く似合う。
「過去の戦いから見れば、あの空飛ぶガンダムもどきを有する部隊の実力は本物だ。シャークサッカー如きの及ぶ相手ではない。連中には、囮の役割を果たしてもらえればそれでよい」
「囮……シャークサッカーは囮ですか?」
「そうだ。利用できるものは最大限に利用し、任務を遂行するが蒼龍会のやり方。よく心に留めておくのだ、セイガ」
「は、はい!」
 意気込んで返事をするセイガに、マサミツは満足そうに頷いてみせた。

 ティターンズの突然の訪問から3日後、機動試験部隊は、二隻のサロニカ級大型空母に分乗し、海上に乗り出していた。むろん、エスカをシャンハイまで護衛していくためである。
 そのサロニカ級空母二番艦の甲板で、永劫の運動を繰り返す青い波涛を、マルス少尉はただ漫然と見つめていた。心地よい海風が、マルスの栗色の髪を躍らせているが、マルスの心は沈んだままだった。
「あれ? マルス少尉、こんなとこで何やってるんです?」
 聞きなれた声に振り向いたマルスが見たのは、エスカの車椅子を押すレイジの姿だった。
「レイジに、エスカさんか……。君達も、風に当たりにきたのかい?」
「船室にずっと篭もりっぱなしじゃ、息が詰まりますからね。それより少尉、顔が暗いですよ。レダ大尉と別の船になったのが、そんなに不安ですか?」
 そう、そのこともマルスの心を重くしている要素であることは間違いない。サロニカ級空母にはMSは3機までしか搭載できないため、機動試験部隊は2グループに分かれて艦に搭乗しているのだ。1番艦にはレダ大尉とアレク軍曹が、2番艦にはマルスとレイジ、それにイアン准尉がそれぞれの愛機とともに乗りこんでいる。
「……僕はずっとレダ大尉に頼り切りで、だからちょっと離れてるだけで、こんなに不安になっちゃうのかな」
「何弱気なこと言ってんですか。エスカがこっちの艦に乗ってるってことは、それだけ大尉が少尉を信頼してるって証でしょ?ま、エスカは何かあってもオレが絶対に守り抜きますけどね」
「そうだよね、守る者がある限り、人は強くなれる。エスカさん、レイジはちょっと無茶な奴だけど、でも、言ったことはどんなことがあっても実行する奴だ。連邦軍人の僕達は信じられないかもしれないけど、レイジだけは信じてやってくれないかな」
 マルスの言葉に、エスカがわずかに笑みを浮かべて頷いた。
「分かります。わたしみたいに皆から狙われている、記憶も持たない人間を本気で守るっていってくれるレイジさんは信じられる人です。記憶を失ったわたしには、頼るべき人が必要なんです」
「いや、オレ、そんな大したもんじゃないけどな……」
 照れて頬をかいているレイジと、そんなレイジの様子を見て微笑むエスカを見て、マルスは多少心が和むのを感じた。
「レイジ、エスカさんは絶対に守ってあげるんだ。でないと、永遠に後悔することになる」
「マルス少尉?」
 マルスの声がいつもと違う重いものを含んでいるのを感じて、レイジが怪訝そうな表情を浮かべる。そんなレイジに、マルスは独白でもするかのように淡々と語り始めた。
「……一年戦争の時にさ、月のグラナダはジオンの支配下にあったんだけど、やっぱりジオンに反抗するゲリラってのがあって、結構物騒だったんだ。でさ、ジオンは見せしめのためにMSを出してきてゲリラの鎮圧に当たったことがあった。派手な市街戦になってさ、一般市民もたくさん巻き込まれた。……僕の一家もね」
 エスカが、まるでマルスの心の内の凍りついた思い出に直接触れたかの様に、肩を抱いて身を振るわせる。
「僕は妹と一緒に逃げてたんだけど、爆風に巻き込まれてさ、妹とはぐれちゃったんだ。……全てが終わった後でさ、病院に並べられた犠牲者の死体の群の中に妹の姿を見つけた時、僕はどうして妹を守りきれなかったのかって、さんざん自分を責めたよ。戦争と何の関係もない僕らが何でこんな目に遭わなければいけないんだって、本気で思った」
「マルス少尉……」
「僕が軍人になったのは、戦争で死ぬのは軍人だけであるべきだって考えたからなんだ。戦争に無関係な人達を守る、そんな軍人になりたいって、今でも僕は思っている」
 きっぱりとそう言いきったマルスに、普段の大人しさからは想像できない強さを感じ、レイジは心が熱くなるのを感じた。
「マルス少尉……」
 レイジがマルスに何か言わんとしたのと、エスカが青い顔でレイジの袖を掴んだのは、ほぼ同時だっただろうか。
「エスカ!?」
 エスカのただならぬ様子にレイジが驚いて彼女の手を握り締めた時。
 爆音と震動が、艦を襲った。
「なんだ!?」
 たちまち艦内が騒然とし始める。
「マルス少尉! レイジ軍曹! ここだったか!!」
 甲板に駆けあがってきたイアンの絶叫が響き渡った。
「イアン准尉! 何があったんですか!?」
「ジオンの奇襲だ! 敵機はズゴック1、ハイゴッグ2! 奴等、水中から仕掛けて来たぞ!」
「水中から!?」
 水中戦の経験のあるパイロットは、機動試験部隊には一人もいない。しかも、水中ではビーム兵器は使用できないのだ。不利な状況下での死闘の予感に、マルスは震えた。

「レダ大尉! 止めて下さい、そんな体で出撃するなんて、無理っすよ!」
 アレク軍曹は、スカイナイトガンダム1号機に乗りこもうとするレダ大尉を止めるのに必死になっていた。レダが、いつもの発作を押して出撃しようとしているからである。
「レダ大尉! アレクの言う通りじゃわい。そんなフラフラな状態で出撃しても、皆の足を引っ張るだけじゃ!」
 クルパが、震える手で昇降ワイヤーを掴もうとするレダを、半ば取り押さえるように背後から捕まえた。レダには抵抗するだけの力はなく、あっさりと地面に片膝を突いた。
「大尉はそこで休んでて下さいよ! ジオンはオレ達でなんとかするっすから!」
 水中戦用の魚雷ポッドを抱えたアレクのジムUが機動を開始する。レダはその様子を、無念の思いで見つめていた。
「いやー、無理言ってヨコハマ基地から水中戦用の装備を借りてきておいて良かったですねえ」
 いつの間に格納庫に来ていたのか、ヤムヤ少佐がレダの傍らでしみじみともらす。
「レダ大尉、いつまでもあなたが出張っていては、部下達が成長できませんよ。たまには彼らを信じて、彼らに全てを任せてみることです」
「……」
 レダが答えることができなかったのは、言うべき言葉を見出すことができなかったからだろうか、それとも襲いかかってきた咳のためだろうか。
 どのみち、彼にはもはや、この戦いを見守る以外の道は残されていないように思えた。

「なんてこった! これが水中かよ!」
 初めての水中の重みある浮遊感に、レイジは戸惑いを隠せなかった。
「! 来るのか!? 魚雷だって!? うあっ!」
 ズゴックの放った魚雷弾が、レイジのパワードジムを直撃する。
「レイジ、無事か! くそっ、この感触は宇宙とも違う! やりにくい!」
 ベテランのイアンも、水中での戦いは初めてである。
「ハイゴッグ!? 馬鹿な、なんて速さだ!」
 ガルバルディβのシールドからミサイルが放たれるが、ハイゴッグはそれを軽々とかわし、逆に急接近すると、強烈なクローの一撃を繰り出してきた。
「!! こうもあっけなく、もうやられるのか!?」
 イアンが愕然としながらも敗北を覚悟した時。ハイゴッグの背後で爆発が起きた。水流が変わり、流れに飲まれたハイゴッグがガルバルディβとの距離を離していく。
「イアン准尉、大丈夫っすか?」
 モニターに目を向けたイアンが見たのは、魚雷ポッドを抱えたジムUの姿だった。
「アレクか、助かった。だが、この戦い、あまりに不利すぎる!」
「不利でもなんでも、やるしかないでしょ!」
 マルスのスカイナイトガンダムは、海上を飛びまわりながらセンサーの機能を最大限に活用して、水中の敵の動きを捉えようとしていた。スカイナイトガンダムは水中への対応が全く想定されていないため、海中で戦うことはできない。このように海上から援護するしかないのだ。
「! そこか!!」
 センサーが捉えたMSの反応を逃さず、マルスはハイパーバズーカの引き金を引いた。反動で機体が大きく流されるが、気にしてはいられない。
 上空からの攻撃はさすがに予測していなかったのか、ズゴックの反応がわずかに遅れた。ズゴックの背中に炸裂したバズーカの弾頭が、水中に局所的な渦巻きを引き起こす。だが、水中ではバズーカの威力もかなり相殺されてしまうのか、致命傷にはいたらなかったようだ。
「だめか! やっぱ水中じゃ思うようには戦えな……!? マルス少尉、イアン准尉、レイジ! レーダーを見て!」
 アレクの悲痛な絶叫に、機動試験部隊のパイロット達はレーダーに目を向け、そして息を飲んだ。
 新たに6機のMSの反応が、空中から迫ってきていたからである。
「新手!? もしかしてこの水中MS部隊は、僕達を艦から引き離すための囮!?」
 マルスの推測に、レイジは歯軋りするとパワードジムを180度回頭させ、空母に戻らせようとした。
「エスカはオレが守るって約束したんだ! ジオンにやらせるものかよ!」
 だが、そのパワードジムの脚を、ハイゴッグの長い腕がガッシと掴む。その細い体型に似合わないパワーに、パワードジムは動きを封じられてしまった。
「くそ、離せよ! 今はお前とやりあってる暇なんかないんだ!! エスカーッ!」
 そう絶叫した瞬間。
 レイジの脳裏に、瞬時にある映像がよぎった。
 ──轟く銃声。全身を貫く激痛。少女の悲鳴。近寄って来る小柄なノーマルスーツの影。再度響き渡る銃声──
「……!?」
 まったく見覚えの無いはずなのに、心にどうしようもない苦い痛みを走らせる、それは見知らぬ思い出だった。

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