2.ティターンズ

 ヨコハマ基地内の食堂は、当然機動試験部隊のみならず他の部隊も使用する施設だが、おのずと隊ごとに着く卓というのは決まってくる。ジオン蒼龍会との実戦の翌朝、機動試験部隊の面々はいつも使っている食堂の片隅の卓を囲んで、朝食を取っていた。
「だからっすね、今回のジオン蒼龍会の行動は、レッドファントムと密接な関わりがあるみたいなんすよ」
 目玉焼きを乗せたパンを口に運びながら、アレク軍曹が独自のルートで調べあげた知識を得意そうに話す。
「レッドファントム?何だい、それ……あ、サリア少尉、僕にもコーヒーお願いします」
 サリアにカップを差し出しながら首を捻ったのはマルス少尉だ。
「シャア・アズナブルが地球圏に帰還したという噂に引かれて集まってきた、ジオンの残党のことだろう?だが、肝心のシャアが一向に現れないので、早くも空中分解寸前だという話だが?」
 朝刊に目を通しながら、イアン准尉もしっかり会話には参加していた。
「そうそう。だから、焦ったレッドファントムは各地のジオン残党に、戦力の結集を呼びかけてるそうなんすよ。今の内になんとか手を打たないと、ティターンズに目を付けられてあっという間に壊滅させられかねないっすからね」
「そうか。じゃ、蒼龍会もレッドファントムと合流しようとしてるかもしれないわけだ。それで、レッドファントムから逃げてきたあのエスカって娘を手土産にしようとしてた?」
「あり得る話だな」
 マルスの推論に、イアンが頷いて見せる。
「……噂じゃレッドファントムは、ジオンの遺産の鍵を握ってるそうだけど?」
 サリアが陰気な表情でマルスのカップにコーヒーを注ぎながら、朝の雰囲気に似合わない暗い声でポツリと呟く。
「ジオンの遺産?なんのことだ?」
 イアンの顔に不審そうな色が浮かんだ。そのイアンの疑問に答えたのはサリアではなくアレクである。
「あれ、イアン准尉もマルス少尉も知らないんすか?一年戦争の時にキシリア少将が隠したっていうお宝のことっすよ。もっとも、知られているのはその遺産が“エス”って呼ばれてるってことだけで、それが財宝の類なのか新兵器か何かなのか、全然分からないんすけどね。まあ、国が滅んだって時には必ずこの手の話は出てくるもんすから、単なるデマかも知れないんすけど」
「……相変わらず、変な情報に詳しいね、アレクって」
 感心半分呆れ半分でマルスがそう言うと、その横でイアンが同感だというように頷いた。アレクが雑学、特に軍事関係の知識に長けているのは隊内のみならずヨコハマ基地では有名な話だ。
 と、そんな話題で盛り上がっていた卓に、朝食の乗ったトレーを手にしたクチュト・ヤムヤ少佐が歩み寄ってきた。
「おや、今日はレダ大尉とレイジ軍曹はどうしました?ちょっとばかり重要な話が二つほどあるので、わざわざ食堂まで出向いたのですが」
 ヤムヤの緊張感のない口調は、どこまでが本気なのか判別がつきにくい。確かに普段は高級士官用のカフェで朝食を済ませるヤムヤがわざわざ食堂に出向いたのだから只事ではないのだろうが、それならば皆を司令室に呼び出せば済むだけの話である。
「ま、いいでしょ。彼らには改めて説明すればいいだけですから」
 ヤムヤは空いていた席に腰を下ろし、緑茶をズズッとすすった。
「で、重要な話とはなんです、司令?」
 皆を代表してのイアンの問いに、ヤムヤが口髭を軽く撫でながら答える。
「なに、大したことじゃないんですけどね。機動試験部隊はこれからジャブローに向かうことになりましたんで、一応知らせに来たんですよ」
 さらりと重要なことを口にされ、どう反応していいのか分からずにその場にいた4人は凍りついた。
「そ、それはまた、どう言う理由があってのことなんです?」
 ようやくマルスが戸惑いを押し殺して尋ねる。連邦軍の本拠地ジャブローに部隊全体で向かうなど、只事であろうはずがない。だが、そんな緊迫した空気などお構いなしに、ヤムヤは溶いた生卵を白飯にかけている。
「理由は単純です。昨日救出したエスカという少女の護送ですよ。エスカを無事にジャブローに送り届ける。それが今回の我々の任務です」
「だけどそれって、本来のうちの部隊の趣旨とはかけ離れた任務じゃないっすか?そういう仕事は実戦部隊の仕事でしょ?」
 アレクの正論に、ヤムヤは眉根を寄せて困った顔をしてみせた。
「文句なら参謀本部に言って下さい。これは連邦軍参謀本部直々の命令なんですから」
「参謀本部?なぜ参謀本部がわざわざあの少女1人にそれほどこだわるのです?」
「イアン准尉、我々軍人は任務を忠実にこなすのが仕事です。その任務の裏にある意味まで考える必要はないんですよ。考えるのは上のお仕事なんですから」
 イアンが眉根を寄せたのに気付いているのかどうか。ヤムヤは構わず先を続けた。
「それよりも、我々の移動ルートなんですけどね。まずは海路ホンコンを目指します。そして、そこに停泊中のガルダ級大型輸送機スードリに便乗させてもらってジャブローに向かう、と。はい、ここまでで何か質問は?」
「納得できません」
「それは質問ではありませんね、イアン准尉」
 苦笑を浮かべたヤムヤに、今度はマルスが問いを発する。
「司令は先程、重要な話が二つあるっておっしゃいましたけど、もう一つはなんなんですか?」
「ああ、そうそう、忘れるところでした。例のムラサメ研究所のトゥ・ヴィレイン准尉ですけどね。いよいよ正式に我が隊にやってくることになりましたよ」
 ヤムヤの答えに、みるみるマルスの顔が緊張に強張っていった。到着の遅れていたヴィレイン准尉が合流し、MS小隊の隊員が6名になった時点で機動試験部隊は2小隊制に移行し、レダ大尉が第1小隊の隊長に、そしてマルスが第2小隊の隊長になることになっているのである。
(いよいよだ、いよいよ僕が隊長になる……。僕に務まるんだろうか?僕に、レダ大尉のように皆を率いていくことができるんだろうか)
 そう考えると、マルスは責任感と重圧に押しつぶされ、頭が真っ白になってしまうのだ。
「……もっとも、先程も言ったように、我々はジャブローに向かわねばなりませんから、合流するのはジャブローでということになりそうなんですが、……って、聞いてます?マルス少尉」
 ヤムヤが緊張にがちがちになっているマルスにそう聞き返した時。
 突然の轟音が食堂を、いや、ヨコハマ基地全体を揺るがした。
「なんだ!?」
 たちまち食堂内が騒然となる。くつろいでいてもここにいるのは皆軍人である。突発的な事態にも1人1人が比較的冷静さを保ったため、パニックに陥ることはなかった。
「おい!窓の外を見ろ!」
 窓際に陣取っていた一団が、窓の外を指差して叫ぶ。
 その声に導かれるように窓の外に目を向けた機動試験部隊の面々が見たのは、朝焼けのまだ残る空から降下してくる、巨大な黄色い円盤の姿だった。
「な、何だあれは!?」
 普段はあまり動じることのないイアン准尉が、目を見開いてその異様な円盤を見つめたまま凍り付いている。
「……まさか、アッシマーっていう奴かしら、あれ?」
 1人だけ少しも慌てた様子のないサリア少尉が、いつも通りの暗い声で呟き、軽く首を傾げた。
「え!?アッシマーって、噂の可変型モビルアーマーって奴っすか!?うわ、まさかこんなところで実物が見れるなんて!」
 目を輝かせたアレクが、野次馬根性丸出しで食堂の窓際に駆け寄る。
 その瞬間、着地寸前だった黄色い円盤の形状が、突然崩れた。まるで、内側から弾けたように円盤の外周が膨れ上がったかと思うと、それらが個々に回転・伸縮し、瞬く間に腕に脚に、そして頭部に形を変えていったのである。
 ヨコハマ基地のエアポートに着陸を果たした時、そこにいたのは巨大な円盤ではなく、モノアイを持った巨大な重量級MSだった。
 その可変型MAの後に続き、濃紺のVIP用VTOL機が、そしてハイザックを乗せた2機のベースジャバーが、次々とエアポートに着陸する。
「……アッシマー、それにハイザック。全部ティターンズの装備のはずね」
「そうですねえ。ティターンズがこの基地に、一体何の用なんでしょう?」
 サリアの暗い呟きに、ヤムヤの場違いに呑気な声が応じる。
「まさか、奴等も昨日のザクのパイロット狙いではないだろうな」
 眉をしかめてそう呟いたイアンは、まさか自分のその言葉が真実であることなど知る由もなかった。

「ふん!何が可変型MAじゃい。変形せんと空も飛べんような機体は、うちのスカイナイトガンダムの足元にも及ばんわ」
 エアポートを我が物顔で陣取っているアッシマーを睨みつけるようにして、機動試験部隊の整備班班長であるクルパ・ジェンド中尉が毒づく。はみ出し者の集団である機動試験部隊には、エリート部隊であるティターンズへの反発心が他の部隊に較べて色濃い。特に、アッシマーが単独飛行型MS開発計画におけるスカイナイトガンダムの競合機であり、しかもいち早く量産が決まったことに密かに不満を感じているのがクルパなのである。
「おやっさん、ティターンズが来たって本当ですか?」
 聞き慣れた声に振り向いたクルパが見たのは、神秘的な容貌の少女が乗る車椅子を押したレイジの姿だった。
「おう、レイジか。……ほう、その娘が昨日の?」
「おやっさん、仇を見るような目でエスカを見ないで下さいよ。……気にしなくていいからな、エスカ」
 レイジの優しい微笑みに、不安そうに周囲を見まわしていたエスカがぎこちなく微笑み返す。
「分かってます。レイジさんはわたしを守ってくれると約束してくれました。記憶を無くした私には、今頼れる人はレイジさんしかいませんから」
「あ、いや、そんな風に言われると照れるけどな」
 顔を赤らめ頬を掻いているレイジの姿に、クルパは呆れた。
「おいレイジ。確かにその娘は可愛いし、足も不自由で記憶も失っとるとなれば守ってやりたくなる気持ちも分からんではないが、忘れるな、その娘はジオンなんじゃぞ」
「……どう言う意味ですか、おやっさん」
「言葉通りの意味じゃ。その娘は立場上、捕虜なんじゃ。あまり深入りせんほうがいい」
「おやっさん!そんなこと、本人の前で言うことはないでしょう!」
 激情に駆られたレイジの怒声に、クルパは自分が少し言いすぎたことに気付き、口を閉ざした。
「ごめんな、エスカ。クルパ中尉だって悪い人じゃないんだ。でも……」
「わかります。わたしだって自分自身が何者か分からないんです。他の人がわたしを疑うのは無理がありません」
「オレはエスカを疑ったりしてない!」
 真剣にそう言ってのけるレイジに、エスカは瞬間不思議そうな表情を浮かべ、それから微笑みを浮かべた。
「……ありがとうございます、レイジさん。見ず知らずの、本当は敵かも知れないわたしのためにこうまでしてくれる。優しいんですね、レイジさんって」
「いやあ、別にそういうわけじゃあ……」
 柄にも無く照れていたレイジを我に返させたのは、イアンの唸るような声だった。
「……どうやら、ティターンズのお出ましのようだぞ」
「え!?」
 振り向いたレイジが見たのは、アッシマーのコクピットから昇降ワイヤーを使って降下している、ティターンズの青年仕官の姿だった。長いウェーブのかかった髪を無造作に首の後ろに束ね、顎には不精髭を生やしながら、それでもどことなく洒落た色男といった雰囲気をまとった青年である。その、やや垂れ気味の細い目の奥に光る青い瞳には、どこか斜に構えた輝きが宿っていた。
 エアポートに降り立ったその青年は、そのまま濃紺のVTOL機のハッチの前まで進むと、その場で直立不動の姿勢を取った。ハイザックから降りてきた二人のパイロットも、青年の横で同じように直立不動の姿勢を取る。
「随分と大仰な御登場だな。これもティターンズ得意の示威行動の一部ということか」
 いつの間にやってきていたのか、レダ大尉がクルパ中尉の方へ歩み寄りながら、不快そうに秀麗な顔を歪めた。ティターンズ嫌いの多い機動試験部隊において、もっともティターンズに嫌悪を感じているのがレダなのである。
「……あの人達、なにか嫌な感じがします」
 エスカが自分の肩を抱きながらそんな言葉を口にする。レイジも、その感じ方には同感だった。
 4人の見守る中、VTOL機のハッチがゆっくりと開かれていく。機内から現れたのは、高級士官服を身に纏った、30代半ば位の長身の女性だった。肩まで伸びる淡い金色の髪と、強い意思を感じさせる凛とした顔立ちの美女である。彼女がタラップを降り始めると、直立不動で控えていた3人のパイロット達が一糸乱れぬ動きで敬礼の姿勢を取った。
「ふん、軍人の見本のような連中じゃが、ああいう計算され尽くした動きというものは気に食わんな。のうレダ大尉……どうした、大尉?」
 クルパがそう尋ねたのは、レダが顔をわずかに蒼ざめさせ、唇をわななかせながらある一点を凝視していることに気付いたからだ。レダの見つめるその一点──それは、ティターンズの女性士官に向けられていた。
「エレスハート……」
 レダが心の奥底から搾り出したその名に、レイジはレダの内に渦巻く複雑な感情の嵐を感じ取り、肌が粟立つような感覚を味わった。

「エスカを引き渡して欲しい、と?」
 余りに唐突なティターンズの申し出に、ヤムヤ少佐は困ったように腕組みすると、ソファにもたれかかった。ヤムヤの背後には、隊の代表として同席しているレダ大尉とマルス少尉の姿がある。
「あの少女はジオンの人間だ。ならば、ジオン残党狩りを任務とする我々が引渡しを要求するのも不思議ではありますまい?」
 出された紅茶の香を嗅ぎながら、金色の髪の女性士官がさも当然といった顔でヤムヤに鋭い視線を投げかける。
「う〜ん。しかしエレスハート・トワイゼル中佐、それは難しい問題ですねえ」
「Why?なぜです少佐。大破したザクからレスキューされたガール1人の引渡しが、そう難しいプロブレムとは思えませんが?」
 大仰な身振りを交えてそう口を挟んだのは、先程の可変型MAのパイロットだった青い瞳の青年士官だった。
「ウィッテ中尉、余計な口は挟まなくてよい」
「But、トワイゼル中佐……」
 なおも言い募りかけたウィッテ・エレンスキー中尉は、トワイゼル中佐の冷たい一瞥を浴び、大袈裟に肩を竦めると口を閉ざした。
「部下が余計な口を聞き、失礼した。だが私としても、たかが少女1人の引渡しに難色を示されると、何故とその理由を問いたくもなるのだが?」
「……そのたかが少女1人の引渡し要求のために、ティターンズの幹部たるあなたが最新鋭MAを伴ってこの基地までやってきた。しかも基地司令も通さず直接我々との交渉にあたってくる。こちらも少々疑問を感じずにはいられませんが」
 事務的な口調で切り返したレダの目と、トワイゼル中佐の視線が一瞬絡み合う。
「!?」
 マルスはその一瞬、レダの全身を細かい震えが走ったように感じ、驚いてレダの顔色を盗み見た。だがレダの表情は、通常通りの冷静と沈着の仮面に覆われ、とてもその内心までを伺い知ることができない。だからマルスには、レダが一瞬見せた動揺の意味は理解できなかった。
「なるほど、確かに大尉の言うことももっともだ。ならばこちらも正直に答えよう。あの少女は、例のレッドファントムに関するある重要機密を握っている。ティターンズとしては、レッドファントム討滅のためにどうしてもその機密を聞き出す必要があるのだ。これで、私自ら出向いた理由として納得してはもらえるかな?」
「納得はしましょう。ですが、それならばあなた方は徒労に終わったとしか言いようがありませんね」
「What!?」
 ヤムヤの答えに、思わずウィッテ中尉が眉を吊り上げる。だがヤムヤは、そんなウィッテの様子を気にも留めていない。
「あのエスカという少女は、大気圏降下の衝撃で記憶を失っているということです。機密どころか、自分がレッドファントムに居たことすら覚えていないのですよ」
 レダが淡々とした口調でヤムヤの言葉を補足する。その間、レダは決してトワイゼル中佐と目を合わせようとはしなかった。
「それは……予想外としか言いようがないが……。だが記憶喪失など、いくらでも回復させる手段はある」
「そうかもしれませんねえ。でも、やっぱり引渡しはできかねます」
「……少佐、ミー達はティターンズなんですぜ。ティターンズに逆らうってのは、連邦軍人としてクレバーな生き方とはいえないってこと、お分かりでしょう?」
 ウィッテが研ぎ澄まされた冷たい笑みを浮かべて、牽制するようにヤムヤを見据えた。しかしそれでも動じる所が無いのが、ヤムヤという男である。
「引き渡せない理由はそれだけではないのです、トワイゼル中佐、エレンスキー中尉。エスカの保護とジャブローへの護衛は参謀本部から直々に与えられた命令なんですよ。だから、たとえティターンズからの要請であっても、応じることはできないということです。もしどうしてもあの少女を確保したいなら、直接参謀本部と交渉して下さい。何せ、私のような下っ端には判断できかねる問題ですから」
 それだけ言うと、ヤムヤは話を打ち切るように席を立った。
 こうして、機動試験部隊とティターンズの緊張に満ちた、しかしどこか茶番じみた交渉劇は幕を下ろした。

「マルス少尉、ティターンズの話はなんだったのだ?」
 ティターンズとの会談を終え、スカイナイトガンダムの整備が行われている格納庫に戻ってきたマルスの姿を見つけたイアンは、さっそく気になっていたことをマルスに尋ねた。
「……なんとなく分かるでしょ?蒼龍会と同じ理由ですよ」
 疲れた笑みを浮かべてマルスが答える。彼が敢えて遠回しな表現をしたのは、その場に車椅子に乗ったエスカがいたからである。
「……どいつもこいつも、勝手なことを!一体エスカのことをなんだと思ってやがるんだ!」
 エスカの車椅子を押していたレイジが歯軋りする。
「でも、それだけのためにわざわざアッシマーまで持ち出してきたっての、変じゃありません?ま、オレとしてはアッシマーの実物が見られてラッキーでしたけどね」
 そういうアレクは、今もチラチラと、外のエアポートを陣取っているアッシマーに目を向けている。よほど新型というものが気になるらしい。
「ヘイ、ユー。そんなにアッシマーが気になるんなら、特別にライドさせてやってもいいんだぜ」
 突然格納庫に響き渡った良く通るハスキーボイスに、全員の視線が一点に集中した。その視線の向こう、格納庫の入り口に寄りかかりながらキザな仕草で髪をかきあげているのは、ウィッテ・エレンスキー中尉であった。その隣には、ハイザックのパイロットを務めていた小柄で目つきの悪い男が控えている。
「……ティターンズが、何の用じゃい。ガンダムをスパイしに来たというんなら、只ではすまさんぞい」
 ティターンズに対する警戒心と敵対心を剥き出しにしたクルパ中尉が、形相凄まじくウィッテを睨みつける。だがウィッテは、悠然と薄い笑みを浮かべたまま、格納庫内に足を踏み入れてきた。そのままレイジの押す車椅子の方へ、ズカズカと近寄って来る。
「ふ〜ん。このガールがエスカっていうのかい?」
 そう言って、まるで品定めでもするかのように不躾な視線を車椅子のエスカに投げかける。おびえるように身を竦めるエスカを見て、レイジがエスカとウィッテの間に立ちはだかった。
「エスカを物みたいに見るな!」
「オー、勇敢なボーイだねえ。ティターンズ相手に物怖じしないってのはいい。いいパイロットになれるぜ、ユーは」
 大仰に肩を竦めながらのウィッテの言葉に、馬鹿にされたと感じたレイジが顔を赤くする。
「ヘイ、そんな恐い顔すんなよボーイ。安心しな、軍の上層部が絡んでるんじゃ、そのガールにはミー達は手は出せないよ」
「……それじゃ、なんでこんなとこまで来たんです?」
 マルスの問いに、ウィッテは今度はスカイナイトガンダムを遥かに見上げてみせた。
「せっかくヨコハマベースに来たんだ。噂のガンダムを一目見ておこうって思ってな。いいMSだ。一度勝負してみたいぜ」
 シニカルな笑みを浮かべたままそう言うウィッテ中尉の表情からは、何処までが本気なのか判然としない。
「ウィッテ中尉、もうすぐ、出立の時間になりますぜぇ」
 そんなウィッテに、後方に控えていた小男が耳打ちした。
「OK。グッバイ、諸君。ユー達とは、また会えそうな気がするぜ。……行くぞ、マヴァイ少尉」
 軽く片手を挙げてみせ、ウィッテは悠然と小男を従え、格納庫を出ていった。
 後には、煙に巻かれた形の機動試験部隊の面々が、それぞれに難しい顔で残されただけだった。

 一方その頃、基地内の高級士官用カフェでは、ソーク・レダ大尉とティターンズのエレスハート・トワイゼル中佐が緊張を孕んだ沈黙の内に向き合っていた。コーヒーをすするわずかな音と、クラシックのBGMが、逆に静けさを際立たせている。
「……なぜ今頃になって現れたのです、トワイゼル中佐」
 先に沈黙を破ったのは、レダの方だった。
「ソーク、2人だけの時にはそんな格式ばった態度を取る必要はないと、何度も言っていただろう」
 エレスハートの昔のままの艶のある声。
「なぜ再びオレの前に現れた、エレス!あなたには、オレ達は用済みではなかったのか!」
 その懐かしい声が昔の記憶を呼び覚ましたのか、常の冷静さからは程遠い、激したレダの深い声がカフェ内に反響した。
「……レダ、フレスベルク中隊のことはすまなかったと思っている。だがあの時はああしなければ、私達の理想そのものが消滅したかもしれなかったのだ。分かってくれソーク。私はなんとしてもお前と見た夢を実現したかったのだよ」
 エレスハートは目を伏せ、深い憂いを込めた声で囁くようにそう告げた。それから、意を決したように顔を上げ、レダの顔を正面から見据える。カフェに入って初めて、2人の視線が互いの瞳を捉えた。
「……レダ。今日は、私はお前を迎えに来たのだ」
「!?」
 その言葉は、間違い無くレダに大きな衝撃を与えたようだった。エレスハートは畳み込んだ。
「私と共にティターンズに来い、ソーク。ティターンズの力はフレスベルク中隊以上だ。そしてお前となら、バスク大佐を追い落としてティターンズを掌握できる。ティターンズなら、再び理想に向けて走り出せるのだ」
 レダが目を伏せる。エレスハートは静かにコーヒーカップに口をつけながらレダの言葉を待った。レダには、決断のための時間が必要だと考えたからだ。だが、レダの答えはエレスハートの期待とは全く逆のものだった。
「言いたいことはそれだけか、エレス。オレはもう、お前と同じ理想を追い続ける事はできない」
 エレスハートの表情がわずかに動いた。その顔に浮かんだのは怒りだったのか悲しみだったのか、エレスハート自身にも判然としない。
「さらばだエレス。もうお前とは、二度と会うことはないだろう」
「! 待て、ソーク!」
 席を立ち、ためらいもなくエレスハートに背を向けたレダに投げかけられた声は、しかしレダの心までは届かない。
「オレにはもう、夢も理想も追う権利は無い。それは、お前も同じだエレス。自身の理想のために他者を切り捨てた瞬間に、理想はただの野心に変わり果てた」
 その言葉が与えた衝撃ゆえか、エレスハートは思わずコーヒーカップを取り落とした。澄んだ破砕音が静かにカフェに鳴り響く。
 それは、かつてともに理想を語り合った2人の、決別の音色だった。

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