4.謎のMS

 高速で戦闘領域に接近してきたのは、コアブースターを思わせるフライサポートメカに乗った、褐色のMSだった。背中に2門のビーム砲らしきものを背負ったその機体は、悠然と腕を組んだ姿勢でサポートメカの上に佇んでいる。その丸みを帯びた頭部と、腰の辺りが引き締まったシルエットが、どことなく女性的な印象を与えるMSだ。
「なんだ、あの機体は……。あのような機体、見たことはないぞ」
 レダ大尉の呟きに、その隣に自分の機体を寄せたマルスが尋ねた。
「ジオンの新手でしょうか、大尉?」
「そうとも見えないが……、味方とも思えないな」
 一方、戸惑いを隠しきれぬのはジオン蒼龍会側も同じだった。
「あ、兄上……何者でしょう、あやつは?」
 セイガの問いに、マサミツは充分な答えを持ってはいなかった。
「この連邦側の戸惑い方を見れば、あやつが連邦の増援でないことは分かるが、とすれば一体何者なのだ?」
 機動試験部隊、ジオン蒼龍会双方の疑問に答えるように、謎のMSの外部スピーカーから声が発せられたのはこの時である。
「連邦、ジオン双方のMS部隊に告げます。早急にあの大破したザクUのパイロットを引き渡し、この場から去りなさい」
 淡々と告げられたその言葉に、戦場は騒然となった。
「若い女の声……?いや、それよりも、奴もザクのパイロットを狙っているのか?」
 イアンの呟きは、この場にいる全員の思いを代弁したものであったろう。
「ど、どうするの、兄上?」
 セイガ・ツルギは想像もしていなかった事態に、助けを求めるように兄に答えを求めた。
「何者かは知らぬ。だが、いきなり戦場に現れて獲物を横取りせんとするは盗賊にも劣る行為。その勝手な要求に応じてやる義理はあるまい」
 皮肉なことに、寸前までマサミツと戦っていたレイジも、今はマサミツと同じ気持ちだった。
「誰だか知らないが、みんなでよってたかってこの娘を取り合って……!本人の気持ちはお構いなしなのかよ!」
 レイジが思わず胸の内の憤りを怒声に込めて吐き出している間に、ドダイに乗った蒼龍会のザク改が、ザクマシンガンを連射しつつ謎のMSに戦闘を仕掛けていた。マサミツの言葉を聞いて、相手を完全に敵と判断したのだ。対する褐色のMSは、頭部を突撃してくるザクに巡らしただけで、組んでいる腕を解こうとすらしない。
「なめやがって!」
 ザク改のパイロットは、マシンガンをますます激しく撃ち放ったが、褐色のMSの装甲はそれらの攻撃をことごとく弾き返してしまった。
「!いかん、逃げろ!!」
 マサミツがそう叫んだのは、褐色のMSのバックパックに取り付けられたビーム砲が動き出すのを見たからだ。ビーム砲は背後から褐色の機体の脇の下を潜る様にして、その照準をザク改に合わせた。そして次の瞬間、そのビーム砲から放たれた光の粒子の奔流がザク改を包み込み……そして焼き尽くした。謎のMSは、悠然と腕を組んだ姿勢のままザクを1機撃墜してみせたのである。
「す、凄い……。あのビームキャノン、オレのフェダーインライフルと同じか、それ以上の威力がある……」
 ジムUのコクピットで、アレクは唸った。ビーム砲の恐ろしい破壊力を見せ付けられ、凍りつくような緊張感の漂う戦場に、再び抑揚のない、若い女性の声が流れた。
「私はあなた方にお願いをしているのではありません。命令しているのです。もう一度言います。ザクのパイロットを渡して下さい。もし拒否された場合、あなた方は先程のザク改と同じ運命を辿ることになります」
 淡々としてはいるが、恐ろしく高慢な物言いに、マルスの頭に血が上っていく。
「!!勝手なことを言う!お前みたいな奴はーっ!」
 マルスはスカイナイトガンダム2号機のハイパーバズーカを、褐色のMSに向けた。謎のMSの頭部が巡り、ガンダムの姿を捉えた瞬間。バズーカから発射されたロケット弾が、褐色のMSの肩に命中し、炸裂した。
「やったの!?」
 マルスは目を凝らして爆風の向こうを見つめた。と、その爆風をかき分けるように、周囲に耳を劈く怒声が轟いた。
「……人が下手に出てやってりゃあつけあがりやがって、このゴミクズどもがーっ!!」
 それは、確かに爆風の中から発せられた声だった。その声に吹き流されるように、爆風が晴れていく。そこには、肩に多少の損傷を負ったものの、ほとんど無傷の褐色の機体の姿があった。
「アタイのセフィ・マリスを傷つけやがって!もう許さねえ!お前等もエスカっていう小娘も、皆殺しだぁっ!!」
 先程の抑揚のない声とは打って変わった激情を込めた叫びに答えるように、褐色のMS──セフィ・マリスは組んでいた腕を大きく広げ、機体全体を振るわせた。セフィ・マリスの頭部と肩の放熱フィンが、勢いよくはね上がる。同時に、腰部と脚部の装甲が膨れ上がるようにせり出した。最後に、ジムのモニターのようなバイザー状だったモニターにモノアイが点り、胸部の装甲が開いてメガ粒子砲の砲身が姿を現した時、セフィ・マリスは先程までの女性的なイメージとはかけ離れた狂暴なイメージの機体へと変貌を遂げていた。
「馬鹿な……!変形しただと!?」
 イアンが目を見開きながら驚愕のうめきをもらす。
「くったばりやがれーっ!!」
 狂暴さを含んだ女性の声に合わせて、セフィ・マリスの胸に光が収束していく。次の瞬間、眼下の樹林目掛けて、目を焼く光の激流が、滝となって放たれた。
「何と!?」
「くっそーっ!」
 その滝の落下点にいたレイジとマサミツは、辛うじて回避に成功していた。
 レイジには、敵の悪意が自分に迫っていることが直感的に理解できたのである。そのために、メガ粒子砲が放たれるより早く回避行動に移ることができたのだ。だが、メガ粒子砲の一撃は、エスカの乗っていたザクUを、跡形もなく吹き飛ばしてしまった。
「!?あいつ、エスカを殺そうとしているのか?」
 レイジは、セフィ・マリスのパイロットの悪意が、今はパワードジムのコクピットで眠りについている少女に向けられているということを悟り、愕然とした。
 一方、マサミツ・ツルギも長年の戦士としての勘で、セフィ・マリスの恐ろしさを肌で感じ取っていた。
「セイガ、ドワッジ隊、速やかに戦線から離脱するぞ!」
「え!?本気なのですか、兄上?」
 勇敢な兄の口から発せられたとも思えぬ命令に、セイガが戸惑いを隠しきれずに問い返す。
「……あのMSは尋常のものではない。無念だが、我等の力及ばぬ存在だ。なれば、無駄死にをするは武人の勇にあらず。任務未完にての撤退は本意ではないが、ここは退く勇気を示す時ぞ」
 それだけ言うと、マサミツはイフリートのホバーを全開にし、戦場から姿を消していった。その後を、秩序正しく2機のドワッジとセイガのグフ・カスタムが追っていく。
 蒼龍会の撤退を、セフィ・マリスのパイロットは見逃していたわけではなかった。だが、彼女は蒼龍会の動きにまで対応できなかったのである。何故なら、ヴァイオレット・カラーのガンダムが、セフィ・マリスに挑んできていたのだから。
「この巨大なプレッシャー……お前は危険すぎる!」
 レダのスカイナイトガンダムはヒートソードを構え、驚異的なスピードでセフィ・マリスに接近し、切りかかった。だが、セフィ・マリスはわずかに身を捻っただけでその攻撃をかわすと、逆に抜き打ち様にビームサーベルでガンダムに切りつけた。
「馬鹿な!速すぎる!」
 その抜き打ちを、完全に回避することができず、レダのガンダムは脚部にダメージを負ってしまった。機体のバランスが崩れ、機体が下降を始める。
「ガンダムが、この私が全く太刀打ちできない……。一体どのような機体とパイロットなのだ!」
 それでもレダは、ガトリングガンをセフィ・マリスに向け、斉射していた。
「く、弱っちいくせにしつこい奴!うざいんだよーっ!!」
 セフィ・マリスの背中のビームキャノンが、レダのスカイナイトガンダムに向けられる。
「やめろーっ!!」
 そこに飛び込んで来たのは、マルスのスカイナイトガンダム2号機だった。2機のガンダムからガトリングガンの同時攻撃を受け、さすがのセフィ・マリスも一瞬たじろいだかに見えた。だが、
「うざいっつってんだろーっ!!」
 セフィ・マリスはそれでもビームキャノンを発射したのである。
「負ける?この私が!?」 
 迫り来るビームを、咄嗟に肩に装備されたシールドで受け止めたレダだったが、ビームは数瞬でシールドを溶かし去ってしまった。
「ハッハッハッっ、連邦の犬め、くたばれってんだよーっ!!」
 再び1号機に向けてビームキャノンを放とうとしたセフィ・マリスはこの一瞬、完全にもう1機のガンダムの存在を忘れていた。
「今だーっ!」
 その間に、セフィ・マリスに照準を合わせていたマルスは、全ての弾を撃ち尽くそうとするかのように、ガトリングガンを連射した。銃身が悲鳴を上げるほどの一斉射が、セフィ・マリスの一点に向けて集中する。それは、先程バズーカの直撃を受けて損傷を負った、右肩だった。
「伊達にガンダムを名乗ってるわけじゃないんだ!お前なんか!!」
 ついにダメージに耐え切れなくなった肩の装甲が、放熱フィンもろとも吹き飛び、肩の関節部が剥き出しになる。
「!!犬コロの分際で、アタイのセフィ・マリスをここまで傷つけた!?許さねえぞ、てめえ!!」
 セフィ・マリスは、赤く不気味に輝くモノアイをガンダム2号機に向けると、1号機に合わせていたビームキャノンの照準をマルスの2号機にセットし直した。
 マルスはすぐに回避運動に入ろうとしたが、機体がいうことを聞かない。レイジとの模擬戦で受けたダメージが残っているためだ。
「……しまった!やられる!?」
 マルスが恐怖に凍てついた時。予想外のことが起こった。セフィ・マリスを乗せたフライサポートメカがいきなり急速後退をかけたのだ。
「!?」
 何が起きたのか分からず茫然とする機動試験部隊の面々を尻目に、セフィ・マリスは出現した時と同じ唐突さで、あっという間に姿を消していった。

「何で撤退したんだウォン!アタイは、奴等をぶっ飛ばしてやらねえと気がすまねえんだよ!」
 高速で戦場から離れていくセフィ・マリスのコクピットで、金髪の女性が、顔一面に怒気を漲らせ、叫んでいた。
「どうどう、落ち着いて下さい、リゼ。セフィ・マリスは大気圏突入の衝撃で結構無茶してるんです。その上ハイパーモードにまでなっちゃったもんですから、ほら、機体各部がオーバーロードで煙を吹いちゃってるじゃないですか。あのまま戦ってたらあなたの負けでしたよ、リゼ」
 そんな怒声をいなすようになだめているのは、コアブースターM(マーベラス)と名づけられたフライサポートメカのパイロットシートに座る青年だった。
「……そうですね」
 急に、セフィ・マリスのパイロットの声のトーンが落ち、感情のこもらない抑揚のないものに変わる。まるで、先程までの猛々しさとは別人のようだ。
「エスカという少女を暗殺するチャンスは、まだまだあります。今焦ることもないでしょう。ねえ、リゼ」
「はい」
 そのままセフィ・マリスを乗せたコアブースターMは、遥か南方の空に吸い込まれていった。

「一体、なんだったんすかね、あのMS……」
 ヨコハマ基地への帰途、ホバートラックの中でアレクがぼそっと疑問を口にした。
「どうやら我々やジオン蒼龍会と同じく狙いはザクのパイロットだったらしいな。一体、エスカとか言うあの少女は何者なんだ?なぜ連邦、ジオン、それに謎のMSにまで狙われる?」
 イアンもまた、心の中の疑問を吐き出した。それを聞いてマルスが思い出すようにトラックの天井を見上げる。
「……でも、あのセフィ・マリスとかいうMSは僕たちや蒼龍会とは根本的に異なるよ。あのMSは、エスカって娘を明らかに殺そうとしてたもの。……それにしても、どうして急に撤退しちゃったんだろう?」
「それなら多少は予測がつく。あの機体、撤退する時全身から煙を吹いていた。恐らく、肩の放熱フィンが破壊されたことで、機体に限界以上の熱が発生し、オーバーヒートを起こしたのだろう。だが、できれば2度とあのような機体とは戦いたくないものだな……」
 レダ大尉は、青い瞳に憂いの色を込めて外の景色を見つめている。一年戦争以来、ずっとエースとして戦場を駆け抜けてきたレダにとって、敗北から来る挫折感というものは、マルス達の想像の及ばないものだった。
「……ところで、レイジはどうしてるんだ?またおやっさんにどやされているのか?」
 イアンの問いに、アレクが意味深な笑みを浮かべて答えた。
「ああ、レイジなら後方のトレーラーでサリア少尉と一緒にエスカって娘の看病してるっすよ。俺が思うに、一目惚れっすね、あれは。いやー、これからどうなるか、楽しみっすよね」
 アレクは完全に興味本意で言っているようだったが、マルスにはその話は気の重い話であった。エスカという少女は、ジオンにも謎のMSにも狙われている身なのだ。そのエスカにレイジが一目惚れしたのだとしたら、レイジはこれからかなり辛い思いをしなければならないかもしれない。
(参ったな……レダ大尉は落ちこんじゃってるし、レイジは空から落ちて来た女の子に一目惚れか。ああ、僕はこんな時何をすればいいんだろう)

 そんなマルスの悩みなど知る由もなく、レイジは必死にエスカの看病をしていた。そんなレイジの横では、多少は医療の心得があるサリア少尉が、エスカの脈を取っている。
「……脈拍以上無し。…………残念」
「残念ってなんですかーっ!縁起でもないこと言わないで下さい!」
「……冗談。あなたをからかうと面白いから」
「……」
 レイジは押し黙った。どうもサリア少尉と喋っていると調子が狂う。
 と、今の騒ぎに反応したかのように、エスカの眉がわずかに動いた。
「!!エスカ!?おい、しっかりしろ、エスカ!」
 レイジは思わず少女の肩を掴み、揺さぶっていた。そんなレイジの必死の思いに反応したかのように、エスカの目が静かに開かれていく。
「よかった、気付いたか、エスカ」
 レイジが心底安堵したように吐息をついた。だがエスカは、その神秘的な澄んだ瞳で不思議そうにレイジを見つめたきり、ぼうっとしている。
「エスカ?どうしたんだ?安心しろ、お前はもう助かったんだぞ」
 エスカの様子に不審を抱いたレイジが、彼女を安心させるように可能な限り優しい声で話し掛ける。
「……ジオンの兵士が連邦軍に捕まったっていう状況が、『助かった』って言えるのかしら……」
 サリアが小声でぼそりと呟いたが、当然レイジは聞いていなかった。
「おい、エスカ。返事ぐらいしてくれよ。なあ、エスカってば」
 必死で呼びかけるレイジを、エスカは不思議なものを見るような目つきで見返した。
「……あなたは、誰?エスカって……わたしのこと?」
「!?何言ってんだよ。エスカって名乗ったのはお前自身だぜ。……おい、ほんとにどうしたんだ?しっかりしてくれよ」
 レイジに真剣な眼差しを向けられ、エスカは困惑しきったように首を左右に振った。
「……わたしはなぜ、ここにいるの?わたしは一体何者なの?ダメ、思い出せない。何も思い出せない……」
 衝撃が、レイジの全身を駆けぬけた。
 謎の少女・エスカは、過去の全てを失っていたのだ。
 

To be Continued 


次回予告

宇宙から堕ちて来たザクに乗っていた謎の少女・エスカ。彼女はしかし、全ての記憶を失っていた。
そして、基地に戻った機動試験部隊を待っていたのは、ティターンズの高圧的な出迎えであった。
連邦、ジオン、ティターンズ……渦巻く策謀が、エスカを中心に動き出す。
そしてレダ大尉は、そこに忌まわしき己の過去の幻影を見る……

過去が現在に繋がるものである以上、人はその深淵から逃れることはできないのだろうか。
見知らぬ過去の記憶に悩むレイジ。
忘れられない過去と共に歩むマルス。

「わたしは過去を失った。では、今のわたしはどこへ向かえばいいの?」

過去は、未来を決める道標なのだろうか。

次回、機動戦士ガンダム0085第2話
『過去が呼ぶ』

進むべき道は、まだ見えない……

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