3.ジオン蒼龍会

「行くぞ、マルス少尉!」
 号令と共に、レダ大尉の駆るスカイナイトガンダム1号機がブースターを大きく展開し、宙に舞った。1号機は、ヴァイオレットのカラーリングである点を除いては、マルスの駆る2号機と全くの同型機である。その1号機の後を追って、RX−78を模した青と白のカラーリングの2号機が、ブースターから光と熱を噴き出しながら天に走った。
「マルス少尉、君のガンダムは先程レイジ軍曹に激突された際のダメージが残っている。無理はするな」
「はい。……でも、頑張ります!」
 レダの気遣いは嬉しかったが、マルスには早く実戦でもレダに認めてもらいたいという焦りがある。レダの言葉に甘えてばかりいるわけにもいかなかった。
 一方、地上に残されたイアン准尉とアレク軍曹も、それぞれに戦闘準備を整えていた。
 イアンの愛機は、RMS−117ガルバルディβである。かつてジオンが開発していたMS−17Aガルバルディを終戦後連邦軍が改修し、局地戦用MSとして完成させたものだ。ジオン軍後期の傑作機であるゲルググとギャンの特徴を併せ持つこの機体は、白兵戦、射撃戦双方において高い性能を誇っている。
 一方のアレクの機体は、連邦軍の標準的量産機ジムの改修型であるジムUである。現在連邦軍においてもっとも大量に使われている機体であるが、性能面においては優秀とは言いがたい。ただし、アレクのジムUには試験的に長射程のビーム兵器であるフェダーインライフルが装備されている。出力の関係で連射は出来ないが、威力と射程は通常のビームライフルを遥かに凌ぐ狙撃用兵器である。
「ホバー走行で来るってことは、相手はドム系統ってことだよな……。なら、近寄って来る前に!」
 アレクは、フェダーインライフルを敵の移動予測点に向けた。周囲に森や林が多く有視界で敵影を捉えられない上に、ミノフスキー粒子の濃度が濃いのでどうしても遠距離攻撃はコンピューターの算出した予測データに基づかなければならない。だが、アレクは構わずライフルの引き金を引いた。
「当たらなくっても、牽制にはなるはずだろ!」
 射撃の腕だけなら、アレクは隊内ではレダ大尉に準ずる才能を持っている。その狙いは素早く正確だった。
 ビームの帯が、光の粒子を撒き散らしながら木々の間を駆け抜けて行く。その一撃が、開戦の狼煙となった。

「何と!この距離からのビーム攻撃とはっ!?」
 至近距離を駆け抜けたビームの奔流をモノアイの隅に捉え、ジオンのMS部隊を率いるマサミツ・ツルギ中尉の精悍な顔に驚きの色が広がった。
 マサミツの率いるジオンのMS部隊──通称“ジオン蒼龍会”は、極東地区に勢力を張るジオンの残党部隊である。かつて一年戦争の折に、極東方面に降下したジオン軍と地元の闇社会の有力者が結んで結成した特殊部隊であり、戦時中は破壊工作や奇襲・偵察を得意とする部隊として、敵味方に恐れられていた。その名の通り青いカラーリングに統一されたMSは、今でも極東方面においては畏怖の対象となっている。
 そのジオン蒼龍会を率いる若き棟梁マサミツは、愛機たるMS−08TXイフリートのホバーを全開にし、ザクの降下地点へと駆け進んでいた。その背後からは、青く塗装された2機のドワッジが付き従っている。イフリートは、グフとドムの中間に位置する試作MSであり、高い白兵戦能力を持つ機体だ。
「我等がザクに近づく前に仕留めんとする魂胆か。だが、ザクのパイロットを捕らえるまでは、やられる訳にはいかぬ。我等蒼龍会の恐怖、其の身を以って知るがよし!」
 マサミツはイフリートの両腕に装備された2本のヒートサーベルを、高々と振り上げて見せた。その合図に応えるかのように、背後に付き従っていた2機のドワッジがジャイアント・バズを構え、ビームの発射地点へと向けて砲弾を放った。数瞬の後、爆発が大地を揺るがしていく。
「う、うわあああっ!」
 無論直撃を受けたわけではなかったが、アレクのジムUは砲弾の爆風に巻き込まれ、思わず姿勢を崩してしまった。
「何をしている、アレク軍曹!射撃後は敵に居場所を感づかれないよう、すぐに移動するのは戦場の鉄則だぞ!」
 叫びつつもイアンは、ガルバルディβを機敏に動かしながらビームライフルの攻撃を巧みに繰り出している。互いに武器の射程内に入りこんだ以上、イアンとしては乱戦に持ちこみ、敵にザクの元までたどり着く猶予を与えないつもりだった。
「……ほう、連邦にも少しはましなパイロットがいると見ゆる。だがしかしっ!!」
 イアンのガルバルディβを視認したマサミツは、二刀流のヒートブレードを大きく振りかぶり、勢いをつけて跳躍した。
「イフリートの刀に裂けぬものなし!ジオンの魂のこもりし一撃、其の身に受けてみよ!」
「!」
 イアンの目に、頭上から二刀のヒートブレードを構えて迫る青いMSの姿が映った。陽光を反射するヒートブレードの輝きが、イアンの目を撃つ。
「何っ!?」
 予想外の攻撃に驚愕しつつも、イアンは冷静にシールドをかざし、攻撃に備えていた。一年戦争に学徒兵として参戦して以来、ずっとパイロットとして活躍してきた叩き上げのイアンにとって、MSの操縦はもはや手足を動かす延長のようなものだ。
 ヒートサーベルとシールドの激突が奏で出す、澄んだ金属音が樹海に木霊した。

 その頃、空中では2機のガンダムと、ドダイに乗ったジオンのMS部隊との壮絶なる空中戦が繰り広げられていた。
 レダのスカイナイトガンダムがガトリングガンを斉射しつつ、ザクの放ったクラッカーを華麗に宙返りして回避する。そのままザクの乗るドダイの背後に回り込んだスカイナイトガンダム1号機は、頭部のバルカン砲を、ドダイのジェットノズルに向け連続して叩きこんだ。バルカンの弾道は見事にノズル内部に吸い込まれ、誘爆を引き起こしたドダイは上に乗っていたザクもろとも爆発し、富士の樹海へと落ちていった。
 そしてマルスは、長大なヒートランサーを構え、グフ・カスタムを乗せたドダイに突撃をかけていた。だがその一撃は、グフ・カスタムにあっさりとかわされてしまう。先刻のレイジとの模擬戦のダメージが残っているために、通常時の機動性が出せていないのだ。すかさずグフからヒートロッドが飛ぶ。そのヒートロッドは見事にガンダムのヒートランサーに絡みついた。
「やった!もらったぞぉ!」
 グフ・カスタムのコクピットの中でそう喝采を上げたのは、マサミツの実弟たるセイガ・ツルギ曹長である。セイガはすぐさまヒートロッドに電撃を走らせた。
「うわあっ!」
 その電撃は即座にスカイナイトガンダム2号機のコクピットまで伝わり、マルスに直接ダメージを与えてきた。全身に痺れの走る嫌な感覚の中で、咄嗟にマルスはガンダムにヒートランサーを捨てさせていた。慌てて間合いを取るマルスのガンダムに、セイガのグフが追いすがる。
 空中での戦いは、まだまだ終わりそうもなかった。

 地上では、アレクのジムUが2機のドワッジに翻弄されていた。一旦距離を詰められてしまえば、連射の利かないフェダーインライフルは扱いにくい武器である。アレクは早々にフェダーインライフルを捨て、通常のビームライフルに持ち替えていた。
「ドム系のMSはスピードとパワーは物凄いけど、小回りが利かない!行動の予測は簡単に立てられる!」
 ジムUのビームライフルが火を噴き、見事にドワッジの1機に命中した。だが、ドムの厚い装甲に阻まれ、致命的なダメージを与えることができない。
 お返しとばかりに、ドワッジからバズーカのロケット弾が飛んでくる。
「当たるかっ!」
 横っ飛びに攻撃をかわしたアレクだったが、その隙に接近してきていたもう1機のドワッジにタックルを仕掛けられ、無様にすっ飛んでしまった。
「う、うわあああっ!」
 ここぞとばかりにヒートソードを振り上げて肉薄してくるドワッジの姿に、アレクは恐怖した。
「この!来るな来るな来るなぁっ!」
 照準を合わせることも忘れて、ビームライフルを乱射する。その至近距離の一撃が、ドワッジの頭部に炸裂した。ドワッジはモノアイを潰され、思わずのけぞる。その間にアレクは素早く機体を立ちあがらせ、急速後退をかけて近くの森に逃げ込んだ。
「ハア、ハア、ハア……。冗談じゃないっすよ!1人で2機のドワッジ相手はいくらなんでもハードだって。イアン准尉は何やってるんすかーっ!」
 通信マイクに向けて、アレクは思わず絶叫していた。
 だが、イアンはとてもアレクの救援に向かえる状況ではなかったのだ。
「さすがに噂に聞くジオン蒼龍会……できる!」
 連続で撃ちこまれて来るイフリートの二刀流の剣戟を辛うじてかわし、あるいはシールドで防ぎながら、イアンは内心冷や汗をかいていた。
「だめだ、接近戦では奴には勝てん!」
 マサミツの白兵戦能力が自分を遥かに凌いでいることを知ったイアンは、なんとかイフリートとの間合いを取ろうとした。だがマサミツのイフリートは2本のヒートブレードを巧みに使いこなし、イアンのガルバルディβに追いすがってくる。
「中々に見事な戦振り、汝、見事な武人ぞ。だがその程度では、拙者とイフリートの敵とは成り得ぬ!」
「くっ、なめるなよ!」
 イフリートが一気に決着をつけるべく、2本のヒートブレードを振りかぶったのを見たイアンは、シールドに内蔵されたミサイルを撃ち放った。
「何と!」
 マサミツは咄嗟に後退をかけてミサイルの直撃をかわしたものの、爆風に巻き込まれ、瞬間ガルバルディβを見失ってしまった。その間にイアンは、可能な限りイフリートとの間合いをあけている。
「白兵戦では向こうに分があったが、銃撃戦に持ちこんでしまえば、勝てない相手ではないはず……」
 その判断からイアンは大きく間合いをとったのだが、すぐに彼はその判断が間違っていたことを思い知ることになった。
「なにやってんすか、イアン准尉!あの二刀流の奴、この戦域から離れてまっすぐザクの方に向かってるっすよ!」
「何!?」
 アレクからの通信に、イアンは愕然となった。敵将の戦い振りから見て、目の前の戦いを投げ出していくような相手ではないと、勝手に思いこんでいたのだ。
「ふっ、武人たる者、目先の戦いに心奪われ、本来の任務を忘れることはせぬもの。わざわざ道を開けてもらったのだ。ザクのパイロットは拙者が預かっていこう!」
 そんなマサミツの声が聞こえたわけではないだろうが、イアンは拳を握り締め、自嘲気味につぶやいた。
「……やられたな。奴め、本物のプロフェッショナルだったようだ。アレク軍曹!ドワッジは俺が引きつける!その間に軍曹はフェダーインライフルであのイフリートを撃て!」
「無茶っすよ!今撃ったらあの落ちてきたザクや、レイジのパワードジムに当たりかねない!」
「くっ、狡猾な……」
 アレクからの返答に、イアンが思わず歯軋りする。だが、ここで呆っと事の成り行きを見守っているわけにもいかなかった。イアンは、通信回線を開くと、マイクに向かって声を振り絞り叫んだ。
「レイジ軍曹!そちらにジオンのMSが1機向かった!すぐに応援に駆けつけるが、それまでなんとか粘ってくれ!」

「なんとかしろったって……パワードジムは本調子じゃないんだぞ。イアン准尉が苦戦したような相手に勝てるのかよ……」
 パワードジムのコクピットで、レイジはぶつぶつと毒づいていた。コクピットシートの背後のスペースには、エスカと名乗ったザクのパイロットが寝かされている。戦闘が始まったのを知ったレイジが、駆動モーターの爆発の衝撃で気を失った少女をなんとかジムのコクピット内に運び込んだのだ。
「狭くて窮屈だろうけど、壊れたザクの中よりはマシだよな」
 1人うんうんと頷くレイジ。だが、今はそんな事態ではなかった。マサミツのイフリートが、すでに目前まで迫ってきていたのだ。
「そこを退け!ザクのパイロットを大人しく渡すのであれば命までは取らぬ!」
「く、なんて悪役くさい台詞なんだ。さすがにジオンって感じだよな」
「戯言を!」
 蒼い弾丸となって迫り来るイフリート向けて、レイジはマシンガンの連射を浴びせ掛けた。脚部が不調の上、怪我人を乗せたパワードジムでは、とてもホバー走行が可能なイフリートからは逃げ切れるものではない。だがマサミツは、巧みにマシンガンの嵐を潜り抜け、ジムの目前まで接近してきていた。
「あたら若い命を散らすとは、愚かな奴!拙者を敵に回しし事、後悔しながら朽ち果てるがよい!」
 イフリートの2本の刀を大きく振り上げ、必殺の一撃をジム目掛けて放たんとする。だが、マサミツとて、万能ではなかった。そのジムのコクピットの中に、自分の最大の目的たるザクのパイロットが乗っていることなど、分かろうはずもなく、そして……
「みすみすやられてたまるかーっ!」
 レイジは、至近距離まで迫ってきたイフリート目掛けて、右腕の拳を突き出したのである。
「な!?」
 まさか、素手で殴りかかってくるなどとは、マサミツも考えていなかった。刀を振り上げた姿勢のまま、イフリートは下腹部にジムのパンチの直撃を受けていた。
「馬鹿な、徒手空拳で戦おうなどと……、うおっ!?」
 マサミツは、突如機体を走った衝撃に目を見張った。凄まじい電流が、機体を駆け抜けていったのだ。
「これは、まさか……!?」
「どうだ!必殺ヒートナックルは!!痺れてくたばっちまえーっ!」
 レイジが絶叫する。ヒートナックルは、白兵戦用に改造を施されたパワードジムに装備された試験兵器の一つである。理屈はヒートロッドと同じで、機体のマニュピレーターから直接相手に電流を流し込む兵器だ。ただ、あまりに射程が短すぎるために、実際に使用できる機会はほとんどない。今回のようなケースは、例外中の例外というべきだろう。
「小癪な真似をしてくれる!」
 毒づきつつ、マサミツのイフリートがヒートナックルから逃れようと後方へ飛び退いた時。
『未確認飛行物体、高速接近中!!』
 緊迫した絶叫が、この戦場の全てのMSのコクピットに響き渡った。それは、連邦側はサリア少尉が、ジオン側はセイガ曹長が発したものであった。
 一瞬、全ての戦闘行為が中断し、全員が空の一点を注視した。

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