二号発刊にあたって 

   改めて、なぜ今「同人誌」なのか
                                                         伊藤 芳博

 多くの同人誌を読みながら、なぜ「同人誌」なのだろう、と思うことがよくある。同人の多い少ないは問わず、作品を並べ、エッセイを載せているだけのものがほとんどだ。読み手の僕も、送ってくれた詩人、知っている詩人の作品を読むだけで終わってしまう。なぜ同人誌なのか、と問うことは、なぜ「書く」のか、書いて「発表」するのか、ということにも関わりを持ってくるはずだ。かつて北川透は、同人誌のおもしろい時期は、戦後に二度ほどあったとして、まず『荒地』『列島』『櫂』『今日』を挙げ、そして次のように続けた。

  二番目に同人誌のおもしろい時期は、いう までもなく六〇年代のはじめである。この時
 期、前にも述べた『暴走』『バッテン』『ドラムカン』『長帽子』『ぎゃあ』そして『凶区』
 などの、二十歳代の若い詩人たちの結集した同人誌は、同時代のことばのラジカリズムの
 最先端を切った。それらのことばたちは、どこまで自覚されていたかどうかは別として、
 ともかく戦後的な理念や価値の崩壊を体現した、当時の学生運動の行動的ラジカリズムと、
 時代の感性の深部で呼吸していたのである。  
                                     (『詩的メディアの感受性』85年)

 時代と共に呼吸することば。僕らはその時代にやっとことばを覚え、小さな世界を生きはじめたのだった。さらに、七〇年代について、荒川洋治は次のように指摘した。

  …七〇年代に入ってからの傾向として、同人制を組み同人だけが作品を書くという、オ
 ーソドックスな同人誌が影をひそめ、リトル・マガジンと呼ばれる寄稿誌的性格のつよいも
のが目立つようになった。(略)政治の季節が終わりを告げた一般状況を反映して、「ス
ローガン」的詩誌は明らかに後退しつつある。それと入れ替わるようにして、リトル・マガ
ジンが隆盛をみるようになったわけだ。(略)「仮想敵国」を見定めにくくなった同人誌は、
それぞれ自分の庭で商業誌の模型を作りそこで詩の問題をとりあつかうという風潮がでて
きた。(略)同人誌活動が担うべき精神的な面はぼかされてしまった感じである。
                                     (『詩は自転車に乗って』81年)

 僕が意識的に詩を書きはじめたのは、七〇年代後半であるが、八〇年から参加した同人誌『舟』(編集同人、相沢史郎、遠山信男、西一知、中正敏)の扉には、次のような「覚え書」が記されていた。僕は、この「覚え書」に強い共鳴を受け参加し、一世代上の一色真理、仙石まこと、日原正彦、大家正志らの作品や発言に刺激を受けつづけた。詩を書きはじめたその当時は、時代的な情況には全く無頓着であったが、今思えば、荒川洋治が指摘した詩誌情況下での、七五年創刊『舟』の意味合いは大きなものがあったように思う。

  詩は、感受性において深く人間の内奥にかかわるものであり、それはまた、全人間的な
 ものであるがゆえにこそ時間と共にしか熟成 され得ないものである。詩人の営為は、言葉
 の厳密な意味において、「沈黙=想像力」の中にしかない、といえるからである。(略)真に
 生命的なものを失ってしまった既成のモラルと美学への抵抗、そして、生きるということ
 が本来、あらゆる形骸化したものによる庇護を拒絶し、みずからの内なるものを顕在化す
 るその創造行為の中にあるとするならば、詩人の行為はおのずから最も厳しい前衛性を帯
 びてくるであろう。(略)?なぜ同人誌なのか?いや、同人誌でなければならないのか?。
 これは、発足にあたって、私たちが私たち自身に向かって発した鋭い問いでもある。

 僕は91年に、個人誌『ライト&ヘヴィ』(後に『CASTER』と改題)を創刊した。個人誌というものは、その当時それほど多くなかったと思う。ワープロ等で手軽に編集・印刷が出来るようになったということも大きいが、方向性の見えない混沌とした詩的情況の中で、他とは違う自分を示したいという思いが強かった。「書く」ということが、「発信(発表)」するという行為と結びつき、つまり、見知らぬ「読み手」を求めようとした。藤富保男は「現代詩手帖・年鑑94」の「今年度の収穫」で「今個人誌が何といっても、ぼくには興味をよぶ」と早い時期から個人誌に注目を示したが、個人誌はそのころからどんどん増えてきた。「ミッドナイト・プレス」夏号の座談会のテーマが「いま、個人誌を出すこと」であり、今年8月号の「詩学」でも、宇佐美孝二は「詩の世界では特に個人誌、二人誌がけっこう流行りで…封を開けると、『読んでよ』と言っている気持ちが強く伝わってきて、なんだか良いなあ」と書いていた。僕が個人誌を発刊したときも、「読んでくれ」という思いを発信していたんだと思う。当然ながら「個(孤)」にこだわった。そうして、ゲストを招きながら「個」と「個」をぶつかり合わせ、新しい詩の場を創ろうと考えた。
 その後、『CASTER』は94年12月に34号を出した後、理由あって休刊しているが、それがなぜ今「同人誌」なのか。金井さんから誘われたとき、僕は案外すんなりと同意した。そしてそのとき最初に出た言葉が「世代」だった。人生半ばを通り過ぎようとしている今、もう一度自分を確かめたいという思いがあった。そうして前へ進みたいと思った。前へ進むとは「現実」と向かい合うということである。今「同人誌」をやるならば、詩を発表するだけのもの、仲のいい者が集っているだけのものはやりたくなかった。僕たちはなぜ今「同人誌」なのか。その意味を問わずして新しい雑誌を作ることは、単に詩人世界に名を連ね、居場所を確保するという無意味を示すだけだ。敢えて一九五九年生まれが三人集まり、「59(ゴクウ)」と詩誌を命名した意図は前号に書いたが、かと言って、世代論にどれだけ有効性があるかは疑問だ。〇〇年代詩人という括り方が、その時代のある先端しか示さないように、「世代」という意識の仕方には当然多くの疑問と反発があるはずだ。そのことを充分承知した上で、なおかつ、「世代」として自分たちの位置、表現を捉え直そうという試みは無駄ではないと思う。六〇年代の運動体としての同人誌、七〇年代(特に半ばから)のリトル・マガジンの動き、そして現在の個人誌の隆盛、さらに、インターネット、ホームページへの新たな流れ。そんな時代の流れに逆行するかのように、なぜ今「同人誌」なのか。その不自由さと無意味さを改めて問い直したい。