アルバイト編 犬の散歩


経緯

 私は、大学院で博士号を取ったものの能力の限界を感じ、研究職は諦めることにした。私は一人っ子だったために、数年前からいつかは地元の山梨に帰らねばならんと思い始めていた。しかし、山梨県は化学で就職できる企業が少ないのが悩みの種で、色々考えていたがなかなか決断することができなかった。ただ、京都で一つやり残したことがある。最後の研究を論文にすることだ。この研究は、比較的他の研究者に頼らず自分で推し進めたテーマだったので、そのまま放棄して出て行くとおそらく他の人の名前の論文になってしまう。私は、悩んだ末にフリーターで生計を立てながら論文を書いて出て行くことに決めた。しばらくは論文、アルバイト、就職活動の三本柱で過ごそうという訳だ。先生からは、安月給ながら研究員として籍を残して下さるとのありがたいお言葉をかけていただいたが、私は踏ん切りをつけるために断った。その代わり研究室に一応机だけは残しておいてもらった。本当にありがたいことである。
 これを予測して、少し前から奨学金の一部を蓄えておいたので、しばらくは何とかそのお金でやりくりすることになった。すぐに月15000円のアパートに引っ越したので、アルバイトをすれば生活は何とかなりそうだった。
 そんなときに、知り合いから犬の散歩のバイトを紹介された。何でも、飼い主のご主人はその犬を大変にかわいがっていたのだが、数年前に亡くなってしまったそうだ。残された奥さんはあまり犬が好きではなかったが、ご主人がかわいがっていた犬なので手放すこともできず、また仕事が忙しい方だったので、散歩に行く機会も少なくかわいそうな状態になっているという。
 一日一回、一時間ほど散歩させればよいとのことだった。私はそれまで犬を飼ったことがなかったのだが、これも勉強の一つと私は引き受けることにした。

初めての散歩

 私は、飼い主の家に挨拶に行くと、その犬はいた。真っ黒なラブラドール。盲導犬でよく見る犬だ。名前は「ヤマト」(仮名)。人見知りせず、一目見たその日から私に懐いてくれた。私は嬉しかったが、その後、この犬は誰にでも懐くことがわかった。私は、飼い主に散歩のポイントを幾つか教えてもらい、第一回目の散歩に行くことになった。
 しかし、犬がこんなにかわいいものだとは思わなかった。しばらく散歩に出かけていなかったらしく、大はしゃぎである。私は大文字山に登るルートを選んだ。運動不足も解消されて一石二鳥である。銀閣寺の横道から小川に沿って登山道になっている。しばらく進むと、彼は小川のほとりに向かった。水を飲みたいのだろうと私も一緒にそこに佇んでいると、彼は突然川に飛び込んだ。紐でつながっている私も当然、飛び込まねばならなかった。と言うより転落である。私の衣類は全て吸水率100%に高められた。私の愕然とする様子は彼には全く見えていないようで川の中で戯れている。あまりにも楽しそうなので、怒ることはやめ見守ることにした。しばらく遊んでいたが、飽きてきたらしく上陸して、「何やってんの早く行こうよ!」という目で私を誘っている。私は大変なバイトを引き受けてしまったのではないかと思った。
 さて、再び山道を歩き始めると、お尻を地面にこすりつけ始めた。これは、奥様に教えられた「ウンコさん」のときが迫っている証拠だ。京都ではウンコにも「さん」をつけて呼ぶ習わしがある。大変丁寧だ。こんな民族がほかにあるだろうか。さて、あらかじめ用意した新聞紙とビニール袋の出番である。私は彼の分身を拾っている間、待つように指示した。しかし、その意図は全く伝わっていなかったのだ。いきなりそばにいた小鳥に向かってダッシュ。
「あっ!」
ずっこけた私は、美しいまでに彼の分身まみれになった。ただでさえビショ濡れである。まだ300円ほどしか稼いでいないのに、この有様だった。
 無邪気な喜びいっぱいのヤマトと、鬼瓦のような表情になった私との散歩は続いていた。大文字の火床までは20分もあれば到着する。そこで少し休んだ後、同じ道を通って下山し、哲学の道沿いに帰ろうとしていた。ヤマトは植え込みに何かを見つけたようだ。顔を突っ込み何か食べ始めた。私はこういうときどうすればいいのかよくわからなかったが、まあ食べたいのならそうするのが良かろうと、なすがままにさせていた。しかし、大変においしそうにガツガツ食べているので、私も少し興味が出てきて覗いてみると、ほかの犬のウンコさんだった。私は慌ててリードを引っ張り引き離した。
 私はもう帰ることにして家の犬小屋に入れ、たらふく水を飲ませた。彼は久しぶりの散歩に満足したらしく、「クーン、クーン」と言いながら、私の顔をペロペロなめて、感謝の気持ちを表してくれる。本当にかわいい。でも、お前さっき何食ってた? 

二回目

 もう私が散歩に連れ行ってくれるのがわかったのか、次の日に行ったときなど私が来る臭いを遠くから察知して、鎖を引きちぎらんばかりにダッシュして迎えてくれた。あまりのダッシュぶりに首が絞まって
「ガッ!ゲガッ!」 
なんて、お侍に切られた町人みたいな声を出している。自転車から降りて犬小屋に向かうと、もう「オンオン、バウバウ」すごい喜びようである。しかも、オシッコまで漏らしている。
「ああ今世界で一番私を愛してくれているのはこの犬だ」
と言う実感が湧いて、私の母性本能をくすぐる。
 首輪を散歩用のリードに付け替えようとするが、興奮して鎖を引っ張るのではずせないほどだ。「ほれ、おとなしくしてろ」というが、全く効果なしだ。私が再び行ってしまわないようにということか、Tシャツの右袖に食らいついた。「あっ」と思ったが、Tシャツがミリミリと引っ張られて延びていく。私ははずそうと引っ張り返した。もうすぐはずれそうになったその瞬間、犬はもう一度Tシャツを噛み直したのだ。私の腕と一緒に。カプッと。
「ぎゃー!!」
これは痛かった。私の腕に数カ所の見事な穴が開いている。犬は
「あ、間違っちゃった」
という感じですぐ口を開き、再びTシャツだけを引っ張り直す。私は、リードがつけられるようおとなしくなるまで、5分程待ち続けた。とんでもない執念である。ヤマトは決して、私を故意に噛むことはしなかったが、シャツを引っ張るときはどうしてもこれをやってしまう。しばらくこのパターンで腕をやられたので、私の腕は入れ墨のように紫色に染め上がった。
 彼は、しばらく前に皮膚病を患っていたらしく、ブラッシングしたところゴソッと毛が抜けて牡丹灯籠のようになっていたが、しばらくすると回復に向かってきてほっとした。

水浴び

 散歩コースは基本的に哲学の道周辺であった。後日、本屋で調べたところ、「ラブラドールは水遊びが大好き!やんちゃが大好き」と書いてある通り、水が大好きですぐ飛び込もうとする。だんだんわかってきたので、用心するようになったがそれでもその後一回、失敗したことがある。私がよそ見をしながら歩いていたとき1.5メートルの高さから琵琶湖疎水に飛び込んだ。勿論私も一緒にである。運の悪いことにちょうど、大勢の観光客が歩いている時間帯だった。私は膝下まで水に浸かりながら、上陸できる場所まで疎水の中を犬を引っ張って歩いた。台風で流された西郷隆盛像のような姿であったが、観光客の人々には指を指して
「あれ見てみい、犬も涼しそうやわ」
と言われ、大好評だった。毎日やっていたら、おそらくTVの取材も来たに違いない。
 その後、私が「犬散歩の達人」の領域に達すると、もうこのようなことはさせなかった。しまいには、犬が飛び込むと同時にリードを引っ張って、空中で引き上げられるようになった。鰹の一本釣りとほとんど変わらない姿だ。鍛えられたものである。 

私の研究 その1

 散歩の後は餌を十分あげていたが、どうしても散歩中に何かあると食ってしまう。特にほかの犬のウンコさんを食べてしまうのは、なぜなのかわからない。餌の量が足りないのだろうか。研究者の血が騒いだ私は、飼い主に黙って実験を行うことにした。
 一度「満腹でもう食べられない」という所まで食べさせたらどうだろうか。私は、近所のホームセンターで自腹をきって、袋入りのドッグフードを買い込んできた。ある日、散歩の後こっそりと、好きなだけ食べさせてみた。大喜びである。普段の三倍くらい食べてもペースが落ちない。やはり普段の量が足りなかったのと思い、私はわんこそばのように皿にドッグフードをどんどん盛っていった(私は今大変おもしろいことを言った)。ところが、ふと気付くとこの袋の中身が半分くらいになっているのだ。犬は全く変わらぬペースで食べているが、彼のおなかの形が変わってきている。妊娠九ヶ月といったところだろうか。オスなのに。触ってみるとドックフードの形がそのまま手に感じられる。恐ろしくなった私は、むりやり餌を引き離した。まだ食べたがっているが、もうこのくらいでいいだろう。私は、今後の変化を期待して、残りのドッグフードを持って帰路についた。
 そして、今後の変化はあったのである!……入院した。
 次の日行ってみると、犬がいない。すると、奥様が出てきて
「ヤマトなあ入院したで。昨日の夜、げーげー吐いて、しかもものすごい下痢してたんや。昨日なんか変わったことなかったか?」
私は全身に鳥肌が立ったが、きわめて冷静に回答した。
「いや特にかわりありませんでしたよ。少し御飯を多めに食べたようでしたが。」
 実験は無惨な結果に終わった。入院中は収入なしになり、はっきり認識したのである。私はこの犬のおかげで生活できているのだと。その後、知り合いから聞いた話では、犬は満腹中枢がないので、好きなだけ与えるなんてもってのほかであると怒られた。
 数日後退院した後、再び散歩は開始された。

お犬様脱走ス その1

 ある日、犬が脱走した。首輪がとうとうちぎれたらしい。飼い主から連絡を受けた私は、町内を自転車で探し回ったが見つからなかった。「彼の犬生にとってはそれの方が良いのかもしれんな」などとも考えたが、次の日保健所に連絡すると見事に保護されていた。何でも深夜のコンビニに入っていって棚の団子を食い始めたらしいのである。なんとスケールの小さい犬よ。その光景を想像すると失笑したが、笑ってる場合ではない。私は、知り合いの車に乗って京都市郊外の施設に行った。
 そこは野良犬や捨て犬が集められる施設だった。私は係の人に案内されて、檻に入れら れた彼と対面した。檻と言うよりほんとに監獄のようなつくりになっている。なんと私のアパートの四畳半より広いではないか。そこに一匹でうろうろしていたヤマトは、私の臭いを嗅ぎつけると、いつものように失禁しながら大喜びだ。
「ベオーン、ベオーン!」
と狂ったように吠えている。補導された不良息子を迎えに行くお母さんの気持ちがよくわかった。「馬鹿な息子ほどカワイイ」という言葉の意味を、初めて身体で理解することになった。私もいつからか、この大馬鹿ヤマトが大好きになっていたのだ。
 私は係員に檻を開けてもらい、壁につながれた鎖をはずしてリードに付け替えようとしたが、やはりいつものように私に飛びかかるわ、シャツに噛みついて離さないわでなかなか鎖がはずせない。檻の入り口でずっと待っていた係員は、余りに時間がかかるのでしびれを切らしたようだった。
「あなた、ほんとに飼い主ですか?」
私は
「ええ…まあそんもんです」
と答えた。
 私は施設に料金を払い、その後補導されたコンビニエンスストアまで団子の代金を持って謝り行った。女性の店長さんが出てきて
「いえ、いいんですよ。私も犬大好きですから。かわいいワンちゃんね。」
と言って下さり、ほっとしたのを覚えている。

お犬様脱走ス その2

 二度目の脱走はその半年後ぐらいだったか、鎖のつなぎ方が悪かったらしく、再びあっさりと脱獄してどこかに行ってしまった。どういう経緯で発見されたのか忘れたが、川端警察に保護されているということで、自転車に乗って引き取りに行った。
 川端警察の受付に聞いて、指示された部屋に入ると品の良いご婦人が対応してくれた。この方は警察官ではなく、職員さんだろう。
「ああ、あのラブちゃんね。待ってますよ。」
とにこやか親切に案内して下さった。歩きながら話を聞くと
「なんでも、深夜のコンビニに入って大騒ぎだったらしいわよ。」
…またコンビニかい。しかも、お客がきて自動ドアが開くまで入り口で待っていたらしい。こういうところはしっかりしている。しかも警察が捕まえようとしたときも、餌に釣られてあっさりと車に乗せられたらしい。番犬には最も不向きなタイプである。彼女に案内されて通路を歩いていくと、そのご婦人はお巡りさんとすれ違うたびに彼らに向かって話しかけた。
「あのラブちゃんの飼い主の方がお見えになったわよ。」
そうすると、皆「おおっ」と言った表情になり、一緒についてきてくれた。なぜか警察署で大人気らしい。お巡りさん二人と婦人警官さん一人も一行に加わり、逮捕された強盗犯人のような格好になりながら庭に出た。やはり檻に入れられている。その後は前回と全く同じ流れであるので省略させていただこう。
 さて、Tシャツがボロボロになり腕に新しい穴が開いた私は、出口に向かった。皆さん一様にヤマトに向かって、
「よかったわね」
「よかったな」
と声をかけてくれたうえに、門で手を振って見送ってくだすった。私は深々を頭を下げたが、ヤマトはもう見向きもしない。
 実は、お礼状出すのをすっかり忘れてしまい、このことは今でも心残りである。この場を借りてお礼を言いたい。川端警察の皆さんありがとうございました。
 警察の方々は、仕事の時は厳しい顔をしているが、普段の表情はとても穏やかな人々であった。私は今までお巡りさんに大変お世話になった。昔、ノーヘルでバイクに乗って捕まったときも素直な態度で出頭したら、罪をまけて下さったこともある。新聞などで犯罪を犯した警察官が報道されると、市民の敵のような扱いを受けるのが私は悲しい。ほとんどの警察の方はこんなにいい人である(早朝四時にたたき起こさなければ)。犯罪人を苦労して捕まえても当然のように扱われ、捕まえなければ市民から怒られ、本当に大変な仕事をなさっていると思う。応援しております。

お犬様の破壊力

 とにかくご主人が亡くなってからはきちんとした躾がしていないとのことで、辺りの観光客や散歩中のほかの犬など、気に入ったものがいると猛然とアタックを繰り返す。低い重心から繰り出される、四つ足ダッシュの破壊力はすさまじい。このダッシュの影響を述べてみたい。
 糞の始末をしている間、彼は地面に座り両前足を着いて待っていてくれるのだが、興味があるものが視界に入った時は別だ。特に雌犬の場合はそうだ。しゃがんで糞の始末をしている私の方向に犬が現れたらしい。彼は猛然とクラウチングスタートをきり、私の顔面に頭突きを食らわせた。鈍い音と共に、私の片眼にピカッと閃光のようなものが走る。鼻血こそ出さなかったが、私はしばらく記憶が飛んだ。ヤマトは地面にうずくまる私と、向こうの雌犬に対して注意を五分五分に割いたようだ。私の顔を「クーンクーン」と舐めていたわりながら、視線は遠くの雌犬に向けられている。犬も結構器用なまねが出来るのだなあと感心した。

 この突発的なダッシュを押さえる私の腕もみるみるうちに筋肉がついて行ったのは嬉しいのだが、異変が起きた。綱を握る手の小指が動かなくなってしまったのだ。じゃんけんでグーを出して、広げると小指だけきちんと曲がったままだ。周りの人からは「岩瀧君器用やわー」と褒められたが、あまり嬉しくなかった。余りに引っ張られて筋がやられてしまったらしい。
 私はもう片手で彼を制御するのは不可能とわかり、長いリードを買ってきて腰に巻くことにした。これはなかなか効果的で、犬がダッシュしても腰をかがめ「フンッ」と力を入れると、犬の方が吹っ飛ぶくらいだ。しかも大文字山に登るときなどは、彼を牽引車にすればあっという間に登っていける。彼の運動不足も解消されるし、牛車でも引かせたいくらいだった。しかし、この犬のコントロールに成功したと思ったのは完全な間違いだった。彼の筋力もアップしていたのである。
 ある日、私がよそ見をして犬のダッシュを食らったとき悲劇はおきた。ちょうど脊椎が、だるま落としのように一個ポーンと抜けた感覚がした。ここから私の腰痛人生が始まるのである。身体の均整が悪くなったために、以前事故で痛めた膝まで痛くなってきた。
 その話を、アパートの大家のおばさんにしたところ、
「いやー、私も犬の散歩で毎日右手を引っ張られていたら、右側の鎖骨が前に飛び出てきちゃって治らないのよ。」
と教えてくれた。ちなみに大家さん家の犬は小型犬である。こんな小さな犬でさえ鎖骨を飛び出させるパワーがあるのである。ましてや、アホラブラドールなら推して知るべしである。
 私は整体に行くことになった。一回五千円。犬の散歩一回千円である。爪で拾って箕で零すとはこのことだろうか。というかマッチポンプ?

犬の教育

 ある日、私の後輩が
「この間、テレビで犬の訓練所の話を見ましたよ。どんな馬鹿犬でもおとなしく言うことを聞くようになる方法やってましたよ」
と話しかけてきた。私は脅すようにして彼から詳細を聞き出した。なんでも、犬が悪さをしたときには、リードを持って犬をぐるぐる回すのだそうだ。犬は空中メリーゴーランド状態の恐怖に怯え、それからはピタッとおとなしくなっていたとのこと。
 この素晴らしい情報を手に入れた。私は、次の散歩で実行することにした。嬉しいことに早速、ほかの散歩中の犬に飛びかかってくれた。
「ほら、ダメだぞ。…ダメだって…あかん、ゆうとるやろが!!」
私はその場で、ハンマー投げの室伏選手のような体勢に入り、犬を空中で回転させた!これはなかなか壮観な姿であったらしい。見せ物と間違えたのか、遠くから写真を撮っている観光客もいる。
 四回…五回…私の方が目が回ってきたが、犬の様子を見ると、うっとりとするような顔で景色を眺めている。無事着地させたが、どうもことのほか楽しかったらしく尻尾を振って大喜びである。もっと回して欲しそうな澄んだ目で私を見つめていた。やはり、どうにもならんなこの犬は。

犬の研究 その2

 散歩は一時間が目安だったが、私の都合で短縮されるときもあった。そんなときは面白い。普段は散歩の後、比較的素直に小屋にはいるのだが、時間が短縮されると、家の前をすっとぼけて素通りするのだ。あたかも
「あれ、ここら辺なんか来たことありますね。まいっか」
といった感じである。折り返して二、三回往復してみたが、わざとらしいくらい正面を向いて家には一瞥もくれない。これには笑ったが、時間がないので引きずって小屋まで引っ張っていくことになる。

 散歩中はとにかく家から離れた所に行こうとする。帰りたくないのだ。これに興味を抱いた私は、ある試みを実行した。犬が行きたいところまで行こうじゃないか。
 通常よりだいぶ早い時間に出発した我々は、すたすた歩き始めた。いつもの哲学の道にはいかず、進路を南にとった。ここら辺はお屋敷がいっぱいある落ち着いた町並みだ。永観堂を通り過ぎ、野村美術館や南禅寺界隈をうろうろすると、普段なら引き返すぐらいの距離を歩いたことになる。さて、今日はここからが本番だ、どこでも行くがいい!
 すると、ヤマトは
「黙って俺についてこい」
と言った風貌で、さらに南下を開始した。頼もしい。しばらく行くと、蹴上の駅前である。こちらに何か思い出でもあるのか、脇目もふらず県道を突き進む。ところが、日ノ岡に入り御陵駅を越えたあたりで、彼の様子に変化があらわれた。しょっちゅうこちらを振り向くのである。あのときの情けなさそうな表情と言ったらない。
「いいんですか、行っちゃっても。僕はいいけど、あなた後悔しませんか?」
といった風である。私は知らん顔して無視して歩いていると、とうとう京都薬科大付近で足を止めた。もうすぐ山科駅である。
「クーン、クーン、ゼーゼーハーハー」
とうとう道でしゃがみ込んでしまったのだ。どうも
「タクシー呼んで下さい、タクシー」
と言いたそうな目で私を見上げ観念したようだった。近くの自動販売機でミネラルウォーターを買って掌に汲んで与えると、二週間漂流したイカ釣り漁船乗組員のようになってうまそうに飲んでいる。
 ここで主導権は完全に私に移った。私が引き返そうとリードを引っ張ると、初めて私に素直に従ったのである。私は勝利の美酒に酔いながら、薄暮の街をトボトボと歩いて引き返した。
 この日の散歩は時給換算すると250円程になった。

私の悩み

 しばらくこの仕事をしていたところ、私の衣類が全て犬臭くなった。部屋に帰るとムワッとした臭気で満たされている。当時はパン屋の早朝アルバイトもしていたので、夕方の犬の散歩を終えるとその格好で疲れ果てて寝てしまうことが原因であろう。大学に行っても、「最近なんか部屋が獣臭くないですか」などという会話が聞こえて、大変に緊張した。私は洗濯の回数を倍増させてこれに対処した。

黒犬と夏の関係

 たまに時間の都合で、夏の昼間に散歩させなければならないときがあった。ヤマトはいつ行っても私を大歓迎してくれたが、ペース配分というものを知らない。完全に先行逃げ切りタイプである。いつものように銀閣寺から大文字山の登山道に入ると、五山の送り火の火床まで一気に駆け上がる。私は引っ張られるようにして後をついていく。そこでしばらく休憩すると、今度は南側の登山道から転げ落ちるように下山しノートルダム女学院のそばに出る。ここでヤマトに異変が生じた。動きがだんだん緩慢になっている。途中からは、スローモーションを見ているようだった。足を一歩前に出すのもつらそうな様子で、息も絶え絶えである。この炎天下に、黒い毛皮を羽織っているせいだろう。脱げばいいのに。犬は汗腺を持たないため体から汗が出ない。体温が高まると舌を出して体温を下げるしかないのである。彼は道端の植え込みにわずかに影があるのを発見し、20センチくらいの幅の日影の道を選んで歩いた。私は犬がちゃんと日影を理解していることに感心していたが、家までもう少しというところでとうとう無条件降伏した。目が完全にイッている。もう全く動く様子を見せないので、私は彼を胸に抱えて家に連れて帰った。情けない男である。いやオスである。家に帰り水を浴びせるように飲ませ、身体を洗ってやると瞬く間に回復したのでほっとしたが、それからというもの、散歩の際には常に水道水を詰めたペットボトルを携帯するようにした。

別れのとき

 このバイトは一年ほど続けていたが、だんだん大学の最後の仕事が忙しくなり、腰痛も悪化したのでやめることになった。ヤマトにはまことに気の毒だったが、どっちみち私が京都にいる時間はもう長くない。私は決心した。
 最後の散歩を全くいつも通りに終えると、涙がこみ上げてくる。ヤマトは全くこのことを理解していない様子である。いつものように私の顔をペロペロなめて、お別れした。近所の人の話だと、次ぎの日からは夕方になると私が来るのを待ちわびて良く吠えていたそうだ。そばを通ると私の臭いを嗅ぎつけて吠える声が聞こえてきたこともあり、大変に悲しかった。
 しかし、その後犬好きの知り合いに飼ってもらえることになり、引っ越していったそうである。彼は新しい飼い主さんの家の中で暮らすことになり、しかも今ではお嫁さんももらって幸せに暮らしているそうである。ラブラドールは身体は大きいが室内犬で、本来は家の中で飼い主と共に暮らすのが正しい飼い方だそうだ。聞くところによると、むかしのアホ犬の面影はないくらい躾の行き届いた犬に生まれ変わったそうである。
 やはり、一日数時間の世話で精神がどうにかなるものではなく、普段の生活がいかに大事かがよくわかる例である。人間でもきっとそうだろう。子供が問題を起こして学校に怒鳴り込んでくる親がいるが、ほとんどの場合、学校の責任じゃなくて親の責任の方が大きいんじゃないのか。もうテレビで校長を謝らせるような風習はやめた方がいい。そんなことするくらいなら親を出した方が良い(勿論例外もあるだろうが)。そんなことを考えさせられた、ちょっと切ないアルバイトだった。