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山崎ハコによろしく 石川誠壱 【mail】 【home】 [返信]
《近田春夫のオールナイトニッポン》25周年を記念して、
2002年の夏に開設された、このBBSですが、
4月からは
【オール・アバウト・近田春夫(金曜第1部)】
というタイトルで、さらに続行いたします。
で、たぶん、今年の9月には、
すっぱり無くならせちゃおう…と思っているのだが、
ここのBBSシステムの閉鎖のしかたというのが、よく分からない。
開設者の意志による閉鎖、というのは、
できないの? ここ?No.87 2004年03月24日 (水) 18時43分
ビブラトーンズ最高 西原 遼太郎 【mail】 [返信]
学生時代、渋谷エッグマンで見たビブラ最高でした。本当にかっこよくてお洒落なバンドでした。あの時のテープを友人に貸したのですが、今だに返ってきません。だれか持ってないかな。近田さんCD化お願いします。 No.86 2003年11月03日 (月) 17時32分
本当に最高だった春夫ちゃん ROCKIND [返信]
近田春夫のオールナイトを聞いたのは確かマークボランの追悼で
T-REXの曲をかけまくってた回からです。その後はほぼ毎週
歌謡曲に徹していましたよね。でもそのセンスのよさは抜群で
高校生のときほぼ徹夜状態で学校に行ったものです。
それからラップに入るころまで近田春夫一本やりでした。
相当変人扱いされましたがね..
B級GSなんかも早かったですね
その後パックインミュージックまで本当最高でした。
金曜一部のコッペとやってたときはいまいちの記憶が...No.75 2003年04月12日 (土) 01時42分
Re: 本当に最高だった春夫ちゃん 石川誠壱 【mail】 【home】
コッペとコンビのオールナイト金曜1部が終わって、
TBSに移って月曜パックが始まるまでの間、
(1979年10月〜1980年6月)
ニッポン放送では土曜日の夕方に
近田春夫&マナの『西武ミュージックフレンドショップ』という番組がありました。
オレは、それも好きでね〜。
というか、この時期(79年ナイターオフ)のLFって、
土曜ヨル枠のラインナップが最強で。
17:10〜18:00 近田春夫
18:30〜19:30 欽ちゃん
19:30〜21:30 タモリ
21:30〜22:30 所ジョージ
23:00〜25:00 せんだみつお
25:00〜29:00 鶴光
この頃のサタデーナイトは、ラジオを聴くのに忙しくて、
実を言うとオレ、
知佳ちゃんの『ご近所の星』さえ観ているヒマがないほどだった。No.76 2003年04月12日 (土) 04時26分
Re: 本当に最高だった春夫ちゃん 石川誠壱 【mail】 【home】
ちなみに、18:00〜18:30には、
アニメ声優の人たちが総出演でお送りする、
何かよく分からないけどコント番組。
(オープニングのテーマ曲がデーボ『ビックリハウス音頭』で、
何かよく分からないけど毎週フルコーラス流れていた)
22:30〜23:00は、ムッシュかまやつひろしの音楽番組でした。
なるべく、この間の時間に、
食事とか入浴とかセンズリとかの
日常事を済ませておかないといけない。
その他の時間は、もうベッタリとラジオに釘づけだったから。
(センズリはラジオを聴きながらでも出来るが。)No.77 2003年04月12日 (土) 04時34分
Re: 本当に最高だった春夫ちゃん 石川誠壱 【mail】 【home】
『西武ミュージックフレンドショップ』という番組じたいは、
1980年の秋になるまで続きましたが、
終わる頃には、パーソナリティーがダディ竹千代&マナ、に替わっていた。
途中で、6月いっぱいで近田春夫が降板して、
メインがダディに替わる、という交替劇があったんですね。
近田春夫担当の最後の回は、
ゲストが「まだデビューしたばかり、これから売り出すところ」という
新人バンド【ジューシィ・フルーツ】という人たちでした。
してみると、それ以後の近田春夫の「80年代の展開」は、
もう、LFのラジオとは完全に関係が断ち切られたところから
始まっていたんだなあ…ということが、よく分かる。
(ダディの番組に替わってからも、
とりあえずオレは続けて聴いていて、
新しくリスナーからの電話アンケート企画なども始まったので
それにオレは電話して、番組に出演したことなどもあった)No.78 2003年04月12日 (土) 04時51分
Re: 本当に最高だった春夫ちゃん 石川誠壱 【mail】 【home】
オールナイトニッポンの歴史における、
パーソナリティー・近田春夫の「最後の言葉」とは何か。
つまり、コッペとやっていた金曜1部での、最終回の、
最後の瞬間に近田春夫が発した言葉とは何か。
あの最終回は、関係者、友人、知人が大勢スタジオに集まった、
「お別れパーティー」的な演出で、
最後のゾーンの最後の時間にも、非常にバタバタしていた。
その本当に最後、エンディングのテーマが流れる中、
(←たしか、この曲)
残りの10秒ぐらいで、近田春夫が告知を入れた。
近田「来週から、この時間は長淵剛のオールナイトニッポンをお送りします。」
コッペ「今まで水曜2部をやってた人だ!?」
近田「そう、移ってくるの。」
コッペ「じゃあ今度からの、水曜2部は誰がやるの?」
近田「知らないよ。どうでもいいよ」
〜F・O
これでオシマイ。No.80 2003年04月12日 (土) 05時01分
Re: 本当に最高だった春夫ちゃん 石川誠壱 【mail】 【home】
それでは、コッペさんが謎を抱いたまま番組を去っていった、
パーソナリティーとしての最後の疑問に、
あれから24年、ようやくオレがお答えしましょう。
(ああいう、まったく空気の読めない、天然丸出しなところが
コッペ嬢の魅力だったわけだから、
このエピソードにも「ああ、最後までコッペらしいな」とは思いこそすれ、
腹を立てるようなスジアイはない)
金曜1部に移ってくる長淵剛に替わって、
新しく1979年10月から水曜2部のパーソナリティーを務めるのは
【清須邦義】さんです。
「NEWSレコード」の「E」担当の人。
(もちろん「N」は松山千春、「W」は岡林信康。
「S」は…募集していたけど、けっきょく決まらなかったんだっけ?)No.81 2003年04月12日 (土) 05時13分
すごく嬉しかった話 石川誠壱 【mail】 【home】 [返信]
最近、オレが読んだ本の中で、
ものすごく嬉しかった一節がありますので、御紹介します。
(最近といっても、読んだのは年末だけど)
ナンシー関が、亡くなるまで「CREA」誌上で連載していた、
リリー・フランキーとの対談ページが、
昨年末に単行本にまとまったんですよ。
『リリー&ナンシーの小さなスナック』(文藝春秋)。
その中の一部分を以下に引用します。
「クルマの中で聴く音楽」についての話題。
ちなみにナンシーは、亡くなる直前、39歳になってから初めて運転免許を取り、
いきなり新車を買って、ビクビクしながら転がしていました。
その当時の会話です。No.71 2003年03月04日 (火) 04時25分
引用(P228〜P229) 石川誠壱 【mail】 【home】
ナンシー「私は、運転中に音楽を聴いてる余裕はまだない。
CDチェンジャーに6枚入るんだけど、換えるの
が面倒臭くて、近田春夫とかを入れたまま。それ
も20年ぐらい前のハルヲフォン(笑)。」
リリー「新車にハルヲフォンは、一国一城の主な感じがしま
すね。好き勝手やってる感じが出てる。」
ナンシー「何かけても私の勝手だから。でも車を買ったばか
りの頃、チェンジャーにシブがき隊を入れてあっ
てさ(笑)。」
リリー「いきなりシブがきですか、新車のゴルフも気の毒だ
なぁ(笑)。」
ナンシー「勝手つっても限度はあるね。別に正解もないんだ
けど、とりあえず不正解だった。」
リリー「車で音楽聴くと、歌の世界に入りますよね。必ず歌
いませんか?」
ナンシー「絶対歌ってる。YMOの『ソリッド・ステイト・
サヴァイヴァー』とか、歌詞のない曲でも歌いま
すからね。また例が古いけどさ。」No.73 2003年03月04日 (火) 04時38分
Re: すごく嬉しかった話 石川誠壱 【mail】 【home】
これから、何ヶ月もしないうちに、
ナンシーは急逝してしまうわけですが、
もし「面倒臭い」というのが、そのままだったとしたら、
こういうことが言えます。
「ナンシー関が買った新車のCDチェンジャーには、
死ぬまでハルヲフォンが入れっぱなしだった。」
これは、ものすごくイイ話、嬉しい話だと思うのですが、
みなさん如何でしょうか。
さて、そこで気になるのが
ハルヲフォンの「何」をチョイスしていたのだろうか、というところです。
カラオケ自慢の超絶ボーカリストとしても有名だったナンシーですから、
やはり「歌いたい」アルバムだったのではないか。
そこで、やはり、
←コレだったのではないか、と思います。
(YMOでも歌詞を作って歌う、というぐらいですから、
あまりアテにはなりませんが。)No.74 2003年03月04日 (火) 04時40分
「私はなっちゃん、歌って踊る」 石川誠壱 【mail】 【home】 [返信]
この2月からオンエアされている、
サントリー【なっちゃん】のCMソングは、
近田春夫:作曲によるものだそうです。
http://www.suntory.co.jp/news/2003/8349.html
作詞:秋元康、作曲:近田春夫。
この2人が、こうやって正式に作詞・作曲でコンビを組むのは、
もしかしたらコレが最初ではないだろうか。
この「3代目なっちゃん」であるところの
「星井七瀬」嬢は、
この曲で、春先にCDデビューも予定されているらしい。
近田作品の新曲がCDで発売される、というのも、
ずいぶんと久しぶりなことである。
ましてや、それが新人アイドルのデビュー盤である…となると、
これはもう何年ぶりになるのやら。
相当に珍しい話ではなかろうか。
このところ、横山剣が歌うCMソングが、やたらと世間にあふれていて、
「もう近田サンは、CMの仕事は、ぜんぶ後輩に譲ってしまったのだろうか?」とも思っていたのだが、
まだまだ「近田CMソング」業界で健在だったんですな。
頼もしい限りである。No.70 2003年02月21日 (金) 01時54分
Re: 「私はなっちゃん、歌って踊る」 石川誠壱 【mail】 【home】
星井七瀬嬢は、【なっちゃん】名義でCDデビューするらしい。
2003年6月18日、
東芝EMIから発売予定のマキシシングル
『ガラスのクツ』。
作詞:秋元康、作曲:近田春夫、編曲:河野圭。
初回盤にはDVDのオマケが附いて、
「なっちゃん」CMのメイキング映像や、インタビュー等が収録されるトカ。
(近田CMのDVD…といえば、
以前にあった「サッポロ黒ラベル」のキャンペーン景品を入手しそこねているので、
今回は楽しみにしておこう。)No.82 2003年05月26日 (月) 13時12分
ここでも「近田春男」かよ! 石川誠壱 【mail】 【home】
サントリー「なっちゃん」のCM映像は、
こんなところで。
http://www.suntory.co.jp/softdrink/natchan/cm.htmlNo.83 2003年05月26日 (月) 13時26分
Re: 「私はなっちゃん、歌って踊る」 石川誠壱 【mail】 【home】
あ、なるほど。
『ガラスのクツ〜なっちゃん』までがタイトルだったのか。
http://www.yomiuri.co.jp/hochi/geinou/jun/o20030605_50.htm
http://www.sanspo.com/geino/top/gt200306/gt2003060608.html
http://www.sponichi.co.jp/entertainment/kiji/2003/06/06/04.html
http://www.nikkansports.com/ns/entertainment/f-et-tp0-030605-0023.html
No.84 2003年06月06日 (金) 08時50分
Re: 「私はなっちゃん、歌って踊る」 石川誠壱 【mail】 【home】
東芝EMIのサイト内にある、【なっちゃん】ページ。
http://www.toshiba-emi.co.jp/vd/natchan/
ここでは、デビュー曲の『ガラスのクツ〜なっちゃん』も、
45秒ぶんだけ試聴ができる。
それを聴かされた後で、
『いいのかこれで』の華原朋美の項目を読み直してみると、さらに感慨深い。
(近田春夫の「まず他人を批判しておいて、後で自分がソックリ同じことをやってみせる」という態度は、
『ぼんちシート』以来、一貫しております。)No.85 2003年06月07日 (土) 09時32分
今こそ 石川誠壱 【mail】 【home】 [返信]
沖山優司『翔けコロンビア』をリクエスト。
未CD化が残念。
陣内孝則さん、今年はこっちもカバーしてみてください。No.69 2003年02月03日 (月) 21時10分
どっかにテープが・・・。 NoriPie 【mail】 [返信]
近田春夫のオールナイトニッポンを、途中からカセットテープに録り出した。なにせ「100曲かける」って世界だから貴重な資料と思ったのだ。しかし、今となってはテープの発掘が困難だ。
当時、ライブにも行ったが、その後の活躍はあまり知らないのだ。ファンであることには変わりなく、CD化されたときには大喜びした。JCBのような情報を教えてくだされ。
アイコンにCOME ON LET'S GOが欲しい・・・。No.67 2002年11月09日 (土) 02時50分
Re: どっかにテープが・・・。 石川誠壱 【mail】 【home】
『カモン・レッツゴー』の頃は、
オールナイトやってなかったじゃないですか。
なので、『ハルヲフォンレコード』の時代から
歴史が始まっている、というわけなのです。
(それを言い出したら、
『レディハリケーン』以降の画像が入っているのも
妙といえば妙なのだが。
妙と・ビート。
妙と舟。
妙と茶碗 by 吉田照美&リリーズ。ジャケ写撮影:佐々木教。)No.68 2002年11月09日 (土) 21時06分
元ネタを捜せ 石川誠壱 【mail】 【home】 [返信]
かつて日テレの《ごちそうさま》出演時にも、
高島忠夫にイジラれていた
LP『天然の美』帯コピー。
「'79の新しいスーパースター」
このフレーズの、
おそらく元ネタではないのかと思われる物件を見つけました。
ひょっとして間違っているのかも知れませんが、
実は何の関係もなかったりするのかも知れませんが、
とりあえず御報告申し上げます。
講談社ヤングレディコミックス。
阿久悠:原作/上村一夫:画『悪魔のようなあいつ』全2巻。
あの大々々名作ドラマの、唯一の原作本である。
ノベライズされた小説版とか、シナリオ出版とか、
そんなものは一切この世に残されていないので、
ヤングレディに連載されていた、この漫画版が、唯一の「原作」なのであった。
(それを言ったら佐野洋とか三好徹とかの「三億円事件」ドキュメントは、
あのドラマの「原作」ではないのか、という意見もあろうが、
それらを「原作」と呼ぶわけにはいかない。
そのへんは、あくまでも「参考資料」にすぎない。)No.63 2002年10月11日 (金) 16時36分
Re: 元ネタを捜せ 石川誠壱 【mail】 【home】
(それを言ったら『時の過ぎゆくままに』の「歌詞」が、
あのドラマの「原作」にあたるのではないか、という意見もあろうが、
そのあたりは「歌詞を原作にしたドラマ」なのか「ドラマを原作にした歌詞」なのかが、
どっちがどっちだか分からず、複雑になる一方なので不問に付す。)No.64 2002年10月11日 (金) 16時37分
Re: 元ネタを捜せ 石川誠壱 【mail】 【home】
(ノベライズは出版されていないと言うが、
栗本薫の『真夜中の鎮魂歌』というものがあるではないか、という意見もあろうが、
あの小説は、あのドラマ直接のノベライズなのではなく、
キャラクターだけを借りて後に勝手に書かれた「やおいパロ」であるから無関係。)
(しかし、同じ栗本薫の短篇『探偵(哀しきチェイサー)』(『天国への階段』収録)は、
ジュリーがゲスト主演した『新・七人の刑事』の、
ホントの「原作」なのであるから要注意。)
No.65 2002年10月11日 (金) 16時41分
Re: 元ネタを捜せ 石川誠壱 【mail】 【home】
で!
そのコミックス『悪魔のようなあいつ』第1巻のオビには、
ジュリーの写真と並んで、こんなコピーが載っていた。
「'75のスーパースター
沢田研二 主演!」
どうでしょう。
こんな紋切り型の、ありがちなコピーをとらえて
「'79の新しいスーパースター」の、元ネタではないのか? と主張するのは
無理があることだけれど、気になってしまったものは仕方がない。No.66 2002年10月11日 (金) 16時43分
トモロヲ氏かとも思うのだが。 石川誠壱 【mail】 【home】 [返信]
すでに皆様ご案内の通り、
中山美穂の【JCBカード】のCMには、
近田春夫:作曲によるオリジナル音楽が使われております。
ただ、あのCMに出てくる、
電車の車掌を演じている人物が、
近田春夫本人であるのかどうか? そこまでは分かりません。
最初にCMを観た時には「あれ、そうなの?」と思ったのだが、
どうも違うような気もするし。
なんか誰か、ああいう顔をした役者が、いたような記憶もあるし。
もし、あれが、本人なのだとしたら、
それは歴史上初めての「近田春夫本人の顔が出ているCM」ということになるが、
さあ。どうなんでしょうね。No.56 2002年08月19日 (月) 01時52分
Re: トモロヲ氏かとも思うのだが。 石川誠壱 【mail】 【home】
CM本篇の御確認は、こちらでどうぞ。
http://www.jcb.co.jp/cm/index.html
どうなんだろう。この車掌サン、歌まで歌ってるわけだしなあ。No.57 2002年08月19日 (月) 02時02分
Re: トモロヲ氏かとも思うのだが。 石川誠壱 【mail】 【home】
はい、解決〜。
やっぱり、あの車掌は、田口トモロヲでした。
http://homepage3.nifty.com/tomorowo/
それでは皆様さようなら。No.58 2002年08月19日 (月) 02時20分
【火曜2部】の想い出 石川誠壱 【mail】 【home】 [返信]
オレが覚えている限りのことを、
思い出せる限り書き残しておきたい。
*
1978年の早春ごろだったと思うが、
「今日の番組では、2時間で100曲かける」と宣言して、
それを見事に達成。
達成できた後の、5時前ギリギリの最後のゾーンで、
近田が「感激して泣き出した」ということがあった。
それは、後に「わざと泣いてみせた」というのが
明らかになる。
「感激して番組中に泣く」ということを、
一度やってみたかったから「わざと泣いた」というのですな。
*
それから10年後。
橋本治が『恋愛論』で、
「泣き落としで論理を通す」というのをやっていたが、
オレには、それは近田春夫のマネのように思えて、仕方なかった。
橋本治が、近田の過去を知っていて、
マネした…わけじゃないだろうけどね。
放っておいても、なぜか同じようなことを思いつくような、
似たようなメンタリティを持つ両名だ、ということだ。
おすぎとピーコと、
4人あわせて「2丁目の四姉妹(シシマイ)」というぐらいだ。No.11 2002年07月31日 (水) 03時13分
【近田春夫と貴方】募集! 石川誠壱 【mail】 【home】 [返信]
《近田春夫のオールナイトニッポン》開始から、いよいよ25周年。
この時を記念して、期間限定BBSを開設します。
あなたの記憶に残る【近田春夫と私】エピソードの数々を、お寄せください。
正式スタートは7月31日・水曜日早朝。(30日・火曜の深夜)
午前3時からです。No.10 2002年07月27日 (土) 12時48分