原理主義入門

小川 忠(国際交流基金企画課長)

 

 「キリスト教原理主義」、「イスラム原理主義」などの言葉が、「テロとの戦い」などの言葉と共に飛び交っている今日この頃であるが、それらは往々にして内容を吟味することなく乱暴に使われているといえる。そこで、「一神教の功罪」(勉誠出版)の中から標題の論文を紹介することとする。(石田)

 

「原理主義」の特徴

 

 イスラム研究者を中心に「原理主義」用法を批判する声がある一方、世界的な宗教復興現象のなかで、異なる宗教のあいだで、宗教と政治、社会の関係を比較する尺度として「原理主義」を使ってみようという研究者も存在する。

 その代表的かつ最も包括的な試みが、シカゴ大学のマーティン・マ−ティ教授らが中心となって九〇年代初めに行われた原理主義研究プロジェクトである。このプロジェクトは、イスラム教、キリスト教、ユダヤ教などの一神教のみならず、ヒンドウー教、仏教、儒教、神道なども取り上げ、教義、教団組織、社会的背景など様々な面で違いがあるにもかかわらず、見いだされる「原理主義」の特質を抽出している。シカゴ大学プロジェクトの研究者たちが挙げる「原理主義」のイデオロギー的特質は、@「近代化による宗教危機に対する反応」A「選択的な教義の構築」B「善悪二元論的な世界観」C「聖典の無謬性の主張」D「終末観的世界認識と救世思想」の五点である。

 若干の補足をしておきたい。原理主義のイデオロギー的特徴の最たるものは、世俗化、近代化の進展とそれがもたらす社会変化を宗教の危機と断じ、世俗化、近代化への対抗を試みる思想軸をもっているということだ。世俗主義は、西洋近代が民主主義、人権とともに育んできた政治理念に他ならない。特定の宗教が国家へ介入したり、国家が特定の宗教を肩入れしたり、もしくは特定の宗教を迫害したりすることを排し、宗教に対する国家権力、公権力の中立性を保つ、いわゆる政教分離をさす。これに対して「近代化や世俗主義の進展は、近代以前において絶大な権力を誇った宗教の地位を相対的に低下させ、弱体化させる」と原理主義者たちは危機感をつのらせるのである。宗教は違えども、イスラム教原理主義者、キリスト教原理主義者が唱える共通の主張は、現在の社会が堕落した状態にあるのは、近代化の進展とともに、宗教が軽んじられて、近代以前にあった神に対する畏敬の念、道徳心が忘れられてしまったからに他にならない、という点である。学校等の公教育の場で、宗教、伝統が締め出されているのは問題である、というのだ。近代化、今日の言葉で言えばグローバリゼーションによって、外国の堕落した文化、宗教が流人して、社会は汚れた状態にある。本来あるべき姿に立ち戻るには、「他者」の影響を排除し、純潔性を取り戻すしかない。これが原理主義者の共通する認識である。

 「シカゴ大プロジェクト」によれば、原理主義者は「選択的」に教義を構築しているという。イスラム教であれ、キリスト教であれ、多くの宗教の教義には相反する要素、論理的に矛盾する教義がある。例えばキリスト教は愛と赦しの宗教であるとされるが、その教義のなかには厳しい裁きを説く部分もある。キリスト教原理主義者が固執するのは裁きの神としてのキリストである。多様な教義が混在するなかから、原理主義者は選択的に自らの奉じる教えを選び出している。原理主義者が直面する政治状況、社会状況に応じて、最も都合の良い教義、聖典が引用され、肯定、否定も状況によって、解釈は変えられるのである。

 原理主義思想の第三の特徴は、神が支配する光の世界と、邪悪が支配する闇の世界との闘いが繰り広げられているという、善悪の二項対立的な世界観である。そうした原理主義的思考に基づけば、彼らが構築した宗教共同体から一歩外にでると、それは罪深き悪魔が支配する世界であり、それはやがて神によってうち滅ぼされる終末が近づく世界だ。したがって原理主義者は、こうした外部から侵入を図ってくる汚れた悪魔から、仲間を守り、やがて来る神の世界を実現するために切磋琢磨していかねばならないとするのである。

 要するに原理主義においては、善と悪、ウチとソトというわかりやすい構図が描かれ、「他者」「外部者」「異人」イコール「邪悪なる者」という位置付けがなされる。

 原理主義の第四の特徴として、原理主義者は、聖典の無謬性を強調する。一九二〇年代米国のキリスト教原理主義者は、科学的合理性に沿うような聖書の解釈を認めず、「聖書に書かれた一句、一句を文字通りの事実として受けとめるべき」と主張したが、米国社会において、その主張はあまりに狂信的として長く白眼視されてきた。聖典を絶対視するのが原理主義の特徴である。しかし、聖典の無謬性を原理主義の特徴とすることに、イスラム専門家は否定的だ。なぜなら、ムスリムにとって、コーランの無謬性は自明の理であって、聖典の無謬性を主張する者を「原理主義者」とよぶなら、イスラム教徒は全て「原理主義者」となり、イスラムに対する偏見を助長することにつながるからである。

 

核戦争による終末を待ち望む人々

 

 シカゴ大学プロジェクトが挙げた五つの思想的特徴に照らし合わせてみると、原理主義は決してイスラムの占有物ではなく、キリスト教やユダヤ教など他の宗教にも同様の思潮が存在することを確認できる。いま一度、米国のキリスト教原理主義者について目を向けてみよう。キリスト教右派が主催するエルサレム聖地巡礼ツアーに潜入取材したジャーナリスト、グレース・ハルセルは、巡礼ツアー参加者が核戦争ハルマゲドンをしかけて地球という惑星を破壊すべきだと信じていた、という驚愕の記録を残している。

 彼女によれば、「新冷戦」と呼ばれ米ソが核戦力をめぐって厳しく対立した1980年代、当時のレーガン米国大統領は聖書に記された「ハルマゲドンを世界最終核戦争に結びつけ、その必然性を信じる解釈を少なくとも一九八六年まで受け入れていた」という。シカゴ大学研究があげた原理主義の特質である「終末観的世界認識と救世思想」は、米国社会において隠然たる影響力を持っているのである。

 九五年のオクラホマ連邦政府ビル爆破を引き起こしたテロリスト、ティモシー・マクベイに思想的影響を与えたとされるのが「クリスチャン・アイデンティティー」というキリスト教過激派である。米国の宗教社会学者ユルゲンスマイヤーが、この一派の活動家にインタビューを試み、彼らの思想の一端を明らかにしている。「クリスチャン・アイデンティティー」の活動家たちは、米国社会の原則である教会と国家の分離を覆し、「宗教と国家」を融合させて「宗教法」によって支配される新しい社会を作りたいと望んでいるという。彼らによれば、「国連と民主党は世界を支配し個人の自由を奪おうと目論むユダヤ人フリーメーソン連合の共犯者」であり、「ユダヤ・国連・リベラル連合」は銃規制によって、中央集権化された政府権力に対する個人の抵抗を抑え込もうとしている、と信じている。彼らは「キリストが地上に降臨する前にキリスト教王国を地上に建設しなければならない」と確信しており、キリスト教が支配する社会という宗教政治を米国において実現すべく、真剣に取り組んでいるのである。こうした思想のなかで彼らが奉じるのは、「私が来たのは地上に平和をもたらすためだ、と思ってはならない。平和ではなく、剣をもたらすために来たのだ」(マタイ福音書1034節)に見られるように悪を厳しく断罪する神としてのキリストである。

 

原理主義は一神教世界の占有物か

 

 さて、以上見てきたとおり、シカゴ大学研究があげる原理主義の思想的特質、すなわち「近代化による宗教危機に対する反応」「選択的な教義の構築」「善悪二九論的な世界観」「聖典の無謬性の主張」「終末観的世界認識と救世思想」は、キリスト教やイスラム教などアブラハム宗教とよばれる一神教にはよくあてはまる。しかし仏教や神道などの多神教宗教は、コーランや聖書にあたる絶対の聖典は存在せず、教義そのものに統一性がなく明確でない。このため、多神教には原理主義はあてはまらない、多神教は異なる宗教に対して寛容な性格を有する、という言説が、近年日本やインドなどでしばしば語られる。しかし、果たして多神教は、一神教と比較して常に「他者」に対して寛容であると言い切ることができるだろうか。ここでインドで近年台頭しているヒンドゥー・ナショナリズム思想を一瞥しておきたい。

 インドは世界有数の多宗教国家である。国民のほぼ八割がヒンドゥー教徒であり、一割はイスラム教徒である。一割とはいえ、イスラム教徒の数は一億を越え、社会的、文化的影響力は大きい。それ以外に、シィク教、ジャイナ教、仏教、キリスト教など様々な宗教が混在し「精神世界の国インド」というイメージ形成に一役買ってきた。こうしたインドの多宗教状況を反映して採用されてきた国是が「世俗主義」である。国家が特定の宗教を肩入れすることなく中立を保つ。英領インドから印パ分離独立の際、ヒンドゥー、ムスリム間で大規模な宗派閥暴力が発生し、多くの犠牲者を出したインドにおいて国民統合を進めるためには、「世俗主義」は、ネルー首相ら新生国家インド指導部にとってこれしかないという選択肢であった。しかし、こうしたインドの国是、世俗主義に異を唱え、インドをヒンドゥーの国にしようという政治、社会運動が、ヒンドゥー・ナショナリズムである。メディアでは「ヒンドゥー至上主義」「ヒンドゥー原理主義」とも呼ばれたりする。

 建国の父マハトマ・ガンディーがヒンドゥー・ナショナリズム団体に所属した青年に暗殺されたこともあり、独立以来長く「ヒンドゥー・ナショナリズム」は危険思想として白眼視され、政治的にも少数の異端派的立場に甘んじてきた。しかしヒンドゥー・ナショナリズム政党インド人民党は八〇年代、九〇年代と急速に勢力を拡大し、ついに九八年には議会第一党として本格的な連立政権を樹立し、以来五年に渡って政権の中枢の座を占めてきた。

 従来ヒンドゥー教はあまりにも多様であるがゆえに、確固たる原理原則に基づく偏狭で攻撃的な原理主義は生まれないと考えられてきた。ヒンドゥー教は、キリスト教やイスラム教のような一神教とはどこが異なるのだろうか。

 まず大きな違いは、キリスト教の聖書やイスラム教のコーランにあたる絶対的な聖典が存在しない。絶対の聖典が存在しないため、様々な教義が存在する。そうなると宗教原理そのものが確立されない。さらにキリストやムハンマドにあたる創始者が誰かはっきりしない。またヒンドゥー教は、キリスト教、イスラム教のような世界に広がる宗教と違って、民族と宗派がほぼ一致する民族宗教である。

 ヒンドゥー教とは、インドで生まれた多種多様な信仰とこれに結びついた生活、文化様式の総称をさす。英語のヒンドウーイズムは、複雑多様なインドの宗教実態を、インドにやってきた西洋人が自らの文化背景に引き寄せて表現するために作り出した術語であって、ヒンドウー教はこれを日本語に翻訳したものである。元来インドにおいてキリスト教やイスラム教といった異質な外来宗教がインドに入ってくる前は、「ヒンドウー教」「ヒンドウー教徒」という概念はなかった。「ウチ」と「ソト」、「我々」と「他者」という関係性意識が芽生えることによって、「ヒンドウー教徒」という意識は生まれたのだ。ヒンドウーという集団意識が生じにくいもう一つの理由は、「カースト」という独特の社会制度だ。ヒンドウー教は、強固な教団組織をもたないが、カーストという社会統合の仕組みを作り出した。カースト制度は細かく規定された階層の上下関係によって構築された世襲的社会制度である。上位カーストと下位カーストの宗教意識の相違は顕著である。

 バラモンなどヒンドウー社会の知識層は、ヴェーダやスートラのような難解で哲学的な文献に依拠する教えを奉じた。そのなかで様々な哲学や教義が発生し、師(グル)から弟子へと伝承されるにつれて多数の教団が結成されていった。教団はそれぞれにライバル関係にあって、強力な教義と富裕なパトロン獲得を競いあい、結果としてヒンドウーの一体性はますます弱められることになった。

 一方下位カーストの民衆のあいだでは、より土俗的で、素朴な地母神崇拝、太陽崇拝、呪術などが広く流布していた。サンスクリット・ヒンドゥー教を奉じる上位カーストは、こうした民衆信仰を野卑な習俗として、これをしりぞけた。

 神々の多様性と複雑な社会階層ゆえに、ヒンドゥー内部において「我々」意識は形成されにくく、それゆえヒンドゥー教が組織化される動機は近代に入るまで弱いものだったのである。

 このようにヒンドゥー同胞意識が希薄であったインドにおいて、共通の「敵」を設定することによって同胞意識を強化し、これをてこにヒンドゥー教徒を組織化することでインド社会のなかに多数派を形成していこうというのが、独立民族闘争の一角を占めたヒンドゥー・ナショナリズムのアイデンティティー政治論である。

 ヒンドゥーー・ナショナリズムの根幹をなす思想が、創設者サーヴァルカルが唱えた「ヒンドゥトゥバ」である。「ヒンドゥトゥバ」とは「ヒンドゥーの原理」を意味する。サーヴァルカルは、「インドは古来からアーリヤ文明が栄え、ヒンドゥー教徒の国として発展してきた」という歴史認識を語る。「ヒンドゥー教徒とは、インダス河から大洋に至るまでのインドの大地を、父祖の地かつ聖地と考える人間である」

 ここで注意すべきは、彼の唱える「ヒンドゥトゥバ」はインド伝統の純粋性を主張しつつ、内実を吟味すると多分に西洋的な国家概念が持ち込まれているという点である。たとえば「聖地」という宗教概念とともに語られるのは、「父祖の地」という西洋の領土概念である。宗教とリンクした領土要求、すなわち近代国家の根幹をなす領域国家という概念が、宗教的世界観と合体して独特のヒンドゥー国家という概念が構築されているのである。

 そもそも近代以前において、他のアジア諸国同様インドでも厳密な意味での国境という概念は乏しかった。これに対してサーヴァルカルは、「インドの領土とヒンドゥー文化、ヒンドゥーの国民を切り離すことはできない」と断言する。

 ところで意外なことに、サーヴァルカルは、宗教には大きな役割を与えていない。領域、国民、文化という三つの国民国家原則において構成される「ヒンドゥトゥバ」理論において、サーヴァルカルは「ヒンドゥー教は、ヒンドゥー原理の、様々な属性の一つにすぎない」と語っている。サーヴァルカルにとって、宗数的価値を現世において実現することが最終目的ではなかったわけだ。彼にとって宗教は、敵なる他者(イスラム、西洋)との対峙のなかで、「国民」に自己認識を持たせる手段の一つにすぎなかったのである。

 サーヴァルカルは、「(中国を除いて)インドほど古代から膨大なスケールと活力を保ちながら一つの単一民族によって構成されてきた国はない」と、今日語られる世界有数の多民族・多文化国家というインド像とはかけ離れたインド民族像を描こうとした。こうして「イスラム教徒やキリスト教徒は一つの宗派であっても民族ではない。唯一、ヒンドゥーのみが広大で豊かな神に祝福された国土と古代から栄えた宗教、文化を奉じる一つの民族なのである」とサーヴァルカルは他民族と比較しながら、ヒンドゥーの優位性を主張したのだった。

 以上見てきた通り、ヒンドゥー・ナショナリズムが、狭義の意味での「原理主義」と区別されるのは、政教分離によって宗教を個人の領域に押し込めようという近代に対して宗教の側から反発し、宗教指導者による宗教法に基づく統治をめざすという「原理主義」と違って、非西洋地域において西洋的な国民国家を樹立するため、ナショナリズム、すなわち政治の側が宗教を国民統合に利用する、もしくは政治と宗教が一体化して近代的な国家建設をめざすという点において、政治と宗教の関係が異なるからである。宗教とナショナリズムを一体化させようという動きを「宗教ナショナリズム」と呼び、宗教が世俗ナショナリズムに反抗する「原理主義」と区別しておきたい。

 

日本における仏教と神道

 

 平安朝から鎌倉時代にかけて、日本の仏教も時代を「末世」と認識して、危機感を持ち、法然、親鸞、日蓮などが排出したが、「善悪二元論」のような極端な教理を広めようとはしなかったようで、その意味では「原理主義」とはいえないようだ。

 一方、明治以来の「皇国史観」に基づく「国家神道」は、終末思想は持っていなかったかもしれないが、「善悪二元論と」「聖典無謬論」を持ち合わせ、国家権力と合体した形で、明らかな「神道原理主義」といえるのではなかろうか。(この項、石田望)

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おがわ・ただし 1959年神戸生まれ。早稲田大学卒。82年国際交流基金入社、インドネシア、インド駐在などを経て2002年より企画課長。著書に「インドネシア多民族国家の模索」(岩波新書)、「ヒンドゥーナショナリズムの台頭」(NTT出版)、「原理主義とは何か」(講談社現代新書)など。