保安林問題まとめ

このページでは、西表リゾート問題の重要な争点の一つ、
保安林問題について概略説明いたします。

保安林制度の基礎や、各種用語などについて知りたい方へ
保安林問題Q&A
(07.02.12UP)

保安林問題に関する、原告・被告・裁判所の主張などの抜粋
保安林関連、各者主張など
(07.02.13UP)

控訴審判決を受け、県知事宛てに監督処分を要請
県知事宛要請文
(2007年2月6日提出)

 

<保安林の無断伐採?>

まず、下の図面をご覧ください。赤線枠内が、ユニマット系列のホテル「ニラカナイ」及び付属施設です。ピンク色の部分が、保安林です(という事実認識自体が争点となったのですが、取りあえず読み進めて下さい)

1-3の土地、及び2-2の土地については、保安林を伐採して開発が行われたことになります。保安林を伐採するには、法律で決められた手続きが必要になりますが、ユニマット側はその手続きを行いませんでした。なぜでしょう。

<保安林ではない!?>

実は1-3と2-2の土地は、現在の保安林台帳には記載されていなかったのです。保安林台帳に記載されていないということは、これらの土地は保安林ではない、というのが沖縄県建築指導課ユニマット側の理解でした。
また不動産登記簿にも、1-3は「原野」、2-2は「雑種地」という地目で記載されておりました。

<いつの間にか、保安林じゃなくなってた!?>

しかし原告側は、これらの土地は保安林だと主張しました。下の不動産登記の変遷(概略)をご覧ください。

1-3(かつての登記は1)
2-2
(下の日付以前) 地目「保安林」 (下の日付以前) 地目「保安林」
2003年1月15日 「原野」に変更 1984年4月20日 「雑種地」に変更

1-3も2-2も、もともと保安林だったのです。かつての保安林台帳にも、はっきりと記載されておりました。
ひとたび保安林として指定された土地は、適切な理由があって、適切な「指定解除」手続きを経なければ、他の地目になることはありません。
ところが1-3も2-2も、「指定解除」手続きを経ずに、いつの間にか保安林台帳から消えてしまっていたことが明らかとなったのです!
保安林台帳には記載がなく、登記簿にだけ地目「保安林」と記載されている時期が長らくあって、後に保安林台帳に合わせる形で、上表のような地目変更がなされたのです。

<沖縄復帰時の職務怠慢?>

なぜ、このような異常事態が生じたのでしょう。それは、沖縄の復帰(1972年)と関わりのあることでした。
1-3も2-2も、復帰以前に、沖縄の森林法で指定された保安林でした。これら保安林は復帰時、日本の法律に基づく保安林だとみなして、そのまま引き継がれました(「みなし保安林」)。
「みなし保安林」は、復帰後3年以内に、日本の森林法に合わせた手続きを行うことになっていました。
ところが1-3と2-2の土地は、なぜかこの手続きが行われず、復帰後の新しい保安林台帳からも漏れ落ちていたのです。単なる職務怠慢だったのか、それ以上の意図があったのかは不明ですが、明らかな違反行為でしょう。

こうした経緯から、原告側は「保安林指定解除していないのだから、1-3も2-2も保安林だ」と主張しました。一方で被告側は、前述のように、「現在保安林台帳に記載されていないのだから、保安林ではない」と主張しました。
一審判決では、被告側の主張が認められました。
しかし控訴審判決では、一転して原告側の主張が、実質的に認められました。1-3も2-2も「みなし保安林」であること、これら土地での開発は森林法違反だった可能性があること、が認められたのです。

<「みなし保安林」が認められて>

この控訴審判決を受け、原告側は、「ユニマット不動産に対し、ホテル営業停止・ホテル建物撤去・保安林復旧を命じること」(「監督処分」)を、沖縄県知事に要請しました。
当初は「県は保安林指定していない」として、ユニマット側に開発許可をした沖縄県ですが、その見解が控訴審で否定されたことを受けて、どのように対応するかが注目されます。