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ローデシア軍の装備

ローデシアは、南部アフリカ地域では南アフリカ共和国に次いで、相対的には工業化の進んだ国ではあったが、英国など欧米諸国に比べると絶対的に工業化が遅れていた。そのため、経済制裁を受けたローデシアは物資不足に陥る。そのため、ローデシア軍はあらゆる方法で装備を確保したため、雑多な装備が使用された。

ローデシア軍装備の特徴

ローデシア軍兵士の多くが、やかましい服装規定などには従わず、自分にとって快適で機能的だと思う服装や装備を使用していた。

ローデシア軍兵士の中には、なんと、半袖Tシャツに半ズボン、踝丈のスニーカーといった、他の正規軍ではありえないような服装の者もいた。

セルース・スカウツなどの特殊部隊では、特にそのような傾向が強かった。もちろん、多くの兵士は、そこまでの軽装ではなく、ローデシア軍迷彩服の上下に、スニーカーより頑丈な靴を履いていた。

ローデシア軍兵士の多くは、弾薬などを携行するための装備も、官給品の装備をそのまま使用することはほとんどなかった。多くの場合、支給されたベルトキット(腰に装備を吊すためのベルトとサスペンダー)に、自分が使いやすいと思う様々なポーチ類を付け足し、不要だと考える物を取り外して使用するか、民間業者が製造したチェスト・ポーチ、ファイヤー・フォース・ベスト、ロードベアリング・ウエスト・ジャケットを使用していた。

半袖半ズボンのローデシア軍兵士

民間業者製の装備は、ローデシア軍兵士が自らの戦闘経験で得た戦訓や、ゲリラ部隊が使用していた優れた装備を参考にして、民間業者に依頼して製作させたものだった。

また、ゲリラ軍部隊から鹵獲した装備を、そのまま使用したりもしていた。例えば、鹵獲したAK用チェスト・ポーチや、AK47やSKS用のスリング、中国製軍用水筒を、多くのローデシア軍兵士が好んで使用していた。

ローデシア軍は機動性を重視していたため、ローデシア軍兵士は軽装備を好んだ。そのため、ローデシア軍兵士は携行品を削る傾向があったが、弾薬と水は多く携行した。

ローデシア軍部隊が、ゲリラ軍部隊よりも、装備の点で優れていたのは、無線機と緊急医療パックを装備していることだった。それ以外の装備では、ゲリラ部隊よりもローデシア軍が優れているとは言えなかった。

また、ローデシアは経済制裁を受けていたため、物資不足に陥っており、ローデシア軍兵士には、十分な装備が支給されていたとは言えず、装備品を破損や紛失した場合、再支給を受けられることは無かったようである。実際に、ローデシア軍の入隊手引書"National Service in the Rhodesian Army"にも「支給されたものは大切に保管し、壊したり盗難にあってはならない。装備の大半は再支給が困難、もしくは不可能である」と書いてあったようである。

ローデシア軍が使用した被服

制服

グリーン・ドレス・ユニフォーム

ローデシア陸軍の将兵がパレードなどで着用する制服は、グリーン・ドレス・ユニフォーム(No.1 Green Dress Uniform)という深緑色の制服である。制服には兵下士官用と将校用があり、ボタンの配置などデザインが異なる。

カーキ色のシャツにグリーンのネクタイを締め、各部隊で定められたベレー帽を被り、腰には部隊で定められたベルトを着ける。靴は黒革の短ブーツを履く。また、パレード時の軍旗係は襷を着用する。

グリーン・ドレス・ユニフォームは、ローデシア・ライト・インファントリーの制服として採用された物だったが、元々採用されいていた、サンド・ユニフォームに替わり、すべてのローデシア陸軍部隊で使われるようになった。ちなみに、サンド・ユニフォームはカーキ色の生地で製作されており、靴はVELDSKOENまたはVELLIESと呼ばれる革靴を履いた。ブリティッシュ・サウス・アフリカ・ポリスもサンド・ユニフォームを採用していた。

迷彩服

ローデシア軍迷彩服

ローデシア軍が使用した迷彩服には、英軍のDPM迷彩に似た、ローデシア迷彩が採用されている。迷彩服の製造メーカーには、Statesman社、Paramount社、Trevain社、STUD社、James Low&Son社の製品が多く見られるようである。また、ローデシア迷彩の服地は、台湾などでも製造されていた。

ローデシア軍迷彩服の着こなしは、迷彩ジャケットに、迷彩またはOD色のシャツ、迷彩ズボンというものだ。英軍迷彩服の着こなしと同じく、迷彩シャツを迷彩ズボンに入れて着る。その際、ピストルベルトを迷彩ズボンのベルトとして着用する。

迷彩ジャケットには、初期型と後期型があり、初期型は肘に厚いラバー板が入っていたため、着にくくローデシア兵からは評判が悪かった。

迷彩ズボンには、空挺用ズボンも存在しており、普通の迷彩ズボンよりも薄手の生地で製作され、裁断も普通迷彩ズボンとは異なる。他にも迷彩Tシャツや迷彩半ズボンなどを履いているローデシア兵の写真も残っている。

ローデシア軍では、通常の場合、兵士に2セットの迷彩服を支給し、着古したものと交換することで、新しいものを支給する方式をとっていた。また、ローデシアの物資不足を反映してか、迷彩服の上下が一度に支給されず、ズボンから先に支給されたりもしていたようだ。迷彩シャツが支給されていない兵士は、OD色のシャツを着ていた。

1977年からは迷彩ジャンプ・スーツが支給されており、ローデシア兵からは好評だった。空挺用迷彩つなぎには、初期型のジッパー開閉タイプと、後期型のボタンによる開閉タイプが存在している。

ローデシア軍の軍用セーターはOD色で、その形は、肘や肩などに補強の布が縫いつけてある、一般的な軍用セーターだった。Vネックは兵下士官用で、Uネックは将校用だったそうだ。

迷彩帽

ローデシア軍の官給品の迷彩帽は、ローデシア迷彩を使用した、フラップ・キャップと呼ばれる独特の形状をした帽子で、首筋を日焼けから守る伸長式の帽垂れが付いている。

他にも、ローデシア軍では、ローデシア迷彩を使用した、ブッシュ・ハットと呼ばれる、幅広で円形のつばの付いた迷彩帽も使われていたが、ブッシュ・ハットは官給品では無く、民間業者が製造した兵士の私物だった。

ヘルメット

ヘルメットを被った兵士

ローデシア軍が使用していたヘルメットには、M63ヘルメットと空挺用ヘルメットがある。M63ヘルメットとは、南アフリカ軍が装備していたヘルメットで、M51 OTANヘルメット(フランス型M1ヘルメット)が原型である。

空挺用のヘルメットには、グラスファイバー製とスチール製があった。英軍や南アフリカ軍など様々な空挺用ヘルメットが使用されていた。しかし、パラシュート降下時の空挺用ヘルメット以外、ほとんどの兵士が、あまりヘルメットを被ってはいなかったようだ。

ローデシア軍の官給品ブーツは、茶革か黒革の2バックルブーツで、特殊部隊用には靴底にトレッドが無く、地面に靴底のトレッド跡が残らないようにした物もある。しかし、すぐにゲリラ側は、靴底のトレッド跡の無い足跡は、ローデシア軍の足跡だと気付き、結局はゲリラと同じブーツを履くことが、最大の偽装になった。

ローデシア軍ではキャンバス製のブーツも使用されたが、これは、ポルトガル軍がモザンビークを放棄した時、ローデシアに供与したものだった。パラディウム社製とデザインが似ているが無関係である。

こうした各種ブーツの他に市販の運動靴や、VELDSKOENまたはVELLIESと呼ばれる革靴も履かれており、BATA社製が有名だった。

ローデシア軍が使用した装備

ローデシア軍P69装備

ローデシア軍装備

ローデシア軍P69装備は、経済制裁によるローデシアの物資不足のため、非常に雑な作りだった。

装備自体の構造は、英軍や南アフリカ軍のコピー品で、英軍P37風のピストルベルトに、FALのマガジン1本が収まるマガジンポーチを4つ、キドニーポーチ2つ1組(2つ1組の右側のみを使用する者が多かった)、ポーチ入り水筒2つ、などを取り付け、それに南ア軍P61/64装備に似たサスペンダーを連結したものだ。

ピストルベルトへのサスペンダーやポーチの取り付け方は、ループにピストルベルトを通すだけだったため、サスペンダーやポーチの位置を固定出来ず、頻繁にずれてしまったようだ。

ローデシア軍野戦装備の素材は、薄いキャンバス生地で、品質は極めて劣悪だったため、数日の連続使用でボロボロになってしまったそうだ。また、ローデシア軍が支給した装備には、30リットルほどの容量を持つリュックサックもあるが、大変粗末な作りで、非常にほつれやすく、ストラップも切れやすかった。

この、ローデシア軍野戦装備には、前期型、後期型など、いくつかのバリエーションがあるようだが、詳細は不明である。

南アフリカ軍P61/64装備

南アフリカ軍P61/64装備

南アフリカ軍P61/64装備(Pattern 61/64)は、南アフリカ軍が採用していた装備で、南アフリカ共和国から、ローデシアに供給されて、ローデシア軍によって使用された装備である。

南アフリカ軍の装備は、細かな仕様変更が行われることが多いため、P61型とP64型が存在するようである。

だが、全くの別物では無い。この装備は厚手のキャンバス地で作られており、ローデシア軍野戦装備よりもずっと優れた装備だった。

P61/64装備は、宗主国であった英軍のP58装備に大変良く似た構造をしているが、マガジンポーチやキドニーポーチの形に特徴がある。

また、P61/64装備はP58装備と似ているが、P61/64装備は度重なる戦闘をくぐり抜けてきた南アフリカが製作しただけに、P58装備よりも性能は良いと言われている。

南アフリカ軍P70/73装備

南アフリカ軍P70/73装備(Pattern 70/73)も南アフリカからローデシア軍に供与された装備である。この装備にもP70型とP73型があるようで、少しずつ仕様が異なっているようである。

この装備もやはり、構成がP58装備に似通っている。P58装備とは異なる、P73装備の特徴としては、FAL用のマガジンポーチがバックパックやキドニーポーチに縫いつけられているため、P73装備だけでFAL用マガジンを20本携帯することが出来ることと、水筒を左右のキドニーポーチの間に取り付けることだ。

P73装備の使用方法としては、ピストルベルトのマガジンポーチを外し、替わりに水筒ポーチを付けても良い。P73装備は、キドニーポーチに、マガジンポーチが縫いつけられているため、ピストルベルトのマガジンポーチを外しても、マガジンを持つことが出来るからだ。こうすれば、水筒を多く装備することが出来る。

英軍P37装備

P37装は、英軍が第一次世界大戦中に使用した、パターン1908装備の後継装備で、英軍が第二次世界大戦中に使用していた。正確にはパターン1937(Pattern 1937 Web Equipment)と言う。P37装備は、英連邦諸国や連合国軍でも広く使用された。ローデシア軍でも英国植民地時代から使用されており、その後も継続して使用された。ローデシア軍では物資不足のため、新旧装備が混用されている。

P37装備は、かなり明るいカーキー色の綿で作られていた。これは、砂漠では好都合だったが、ヨーロッパやジャングルの戦場ではかなり目立った。そのため、一時的な措置として、P39装備が採用され、P44装備の開発を促した。P37装備は、1980年代においても、いくつかの国防義勇軍部隊と英海軍で使用されていた。

英軍P44装備

英軍P44装備(Pattern 44 Web Equipment)は、P37装備からP58装備への過渡的な装備とも言える。そのため、P37装備より生産数は少なく、P58装備より使用期間は短い。P44装備は英連邦諸国でも採用され、英軍がP58装備を採用した後も、英連邦諸国ではP44装備は使用されていた。

ローデシア軍でも、英国植民地時代から使用されていた。また、英国で使用されなくなったP44装備を、大量に買い付けたりもしていたようである。

P44装備ではジャングルや熱帯で使用することが想定されている。そのため、温度と湿度の高い、温帯や熱帯地域での使用を考え、素材の変更と水捌けの改良を図り、色もカーキ色から緑色へ変更されている。

P44装備はP58装備よりも、吸水性が低く水捌けがよかったので、ベリーズの英軍には1990年まで支給されていた。しかし、P44装備は、水筒ポーチ以外の評価が非常に低い。なぜなら、P44装備は全体的に強度が低かったため、過度な重量の装備品を運ぼうとすると、重量に耐えきれず分解してしまうからだ。

英軍P58装備

イギリス軍P58装備

英軍P58装備(Pattern 55 Web Equipment)は、英軍P37装備の後継として英軍に採用された装備である。ローデシア軍ではP58装備は使用されていないが、ローデシア軍野戦装備は、P58装備のコピー品だったため、P58装備はローデシア軍野戦装備の代用品としてよく用いられる。

時折、P58装備をローデシア軍が使用していたとする説を見かけるが、それは、P58装備と外見が似ている、ローデシア軍野戦装備、南アフリカ軍P61/64装備、英軍P44装備などを、P58装備と誤認していると思われる。

P58装備を、ローデシア軍装備の代用として使用する場合は、水筒をP44装備の物に、ホルスターをP37装備と交換して使うと良い。英軍兵士の間でも、P58装備の水筒と水筒ポーチは評判が悪く、P44装備の水筒と水筒ポーチを使用する者がいた。

また、P58装備のマガジンポーチは非常に汎用性に富んでいる。FALやAK47のマガジンなら3本、M16のマガジンで4本、UZIのマガジンも8本を収納することが出来る。この、P58装備のマガジンポーチには、全長が短い物と長い物が存在する。

全長が短くピストルベルトに対して、マガジンポーチを直角に取り付ける物はFN FAL用で、全長が長くピストルベルトに対して斜めに装着するようになっているものは、スターリング短機関銃用である。

P58装備には、携行品の異なる二つの形態があり、戦闘時の装備はCEFO(Combat Equipment Fighting Order)で、行軍時の装備はCEMO(Combat Equipment Marching Order)と呼ばれていた。

P58装備は頑丈で非常に良く考えられた装備だったが、様々な欠点を持っていた。そのため、P58装備のナイロン版であるP72装備が試作されるが、非常に出来が悪かったため、1988年にPLCE(Personal Load Carrying Equipment)が採用されるまで、P58装備は現役で使用されることとなる。

PLCEはナイロン製だったため、重量が軽く水濡れに強い。だが、P58装備は綿製のため重量が重く、さらに水に濡れた場合には重量が増す。そのうえ、水に濡れたP58装備はポーチの蓋を固定する布製タブが膨張して、金属の留め金に差し込めなくなり、ポーチの蓋を閉めることが出来なくなったりもした。ナイロン製のPLCEではそのようなことは無い。

また、ナイロン製のPLCEは、綿製のP58装備よりも、化学兵器や放射能の汚染を除去するのが容易である。だが、PLCEはP58装備で重視されていた、破砕性や防炎対策は限られた範囲でしか考慮されていない。

チェスト・ポーチ

チェスト・ポーチ

ローデシア軍は、アフリカ人解放組織が使用していたチェスト・ポーチから影響を受けて、多くのチェスト・ポーチを使用していた。しかし、ローデシア軍が使用していたチェスト・ポーチは、ローデシア軍の支給品ではない。

ローデシア軍が使用していたチェスト・ポーチには、アフリカ人解放組織からの鹵獲品と、ローデシアの民間業者が製造した物の2種類が存在する。

アフリカ人解放組織からの鹵獲品は中国製で、中国政府がアフリカ人解放組織へ物資援助として供給した物だ。中国製のチェスト・ポーチには、AK47の弾倉を3本収納することが出来た。

ローデシアの民間業者が製造した物には、FEREDAY&SONS社製やJAMES NORTH社製、FITWELL社製が存在する。

ローデシア製のチェスト・ポーチには、FN FALやG3の弾倉を収納する物と、AK47のマガジンやSKSのクリップを収納する物が存在する。収納出来る弾倉の個数は、物によってまちまちである。

ファイヤー・フォース・ベスト

ファイヤー・フォース・ベスト

ファイヤー・フォース・ベスト(Fire Force Vest)は、ローデシアの民間業者が製造した物で、FEREDAY&SONS社製やJAMES NORTH社製が多い。

ファイヤー・フォース・ベストには、ローデシア迷彩生地が使用された物と、OD色の生地が使用された物がある。

標準的な物としては、FN FALかG3の弾倉1本を収納できるポーチ6つに、水筒を1個を収納できるポーチ2つと、バックパックとキドニーポーチが縫いつけられている。

他にも、FN MAG用の物や、AK47用マガジンを収納できる物も存在している。

ローデシア軍が使用していたファイヤー・フォース・ベストは、現在、世界各国の軍・警察で使用されている、タクティカル・ベストが持つ特徴をおおむね備えているため、タクティカル・ベストの元祖とも言える。

コンバット・ハーネス

コンバット・ハーネス

コンバット・ハーネスは、ファイヤー・フォース・ベストと同様に、FEREDAY&SONS社などローデシアの民間業者が製造していた。

コンバット・ハーネスの特徴は、胸の部分と、背中の部分にはポーチが存在せず、腰回りにのみ弾倉ポーチや水筒ポーチ、寝袋を取り付けるループなどが縫いつけられている。

ちょうど、ローデシア軍野戦装備などのサスペンダーとピストルベルトで構成された装備の、サスペンダーとピストルベルト組み合わせて、ジャケットにしたような形状である。このデザインは、南アフリカ軍のP83ベストに大きな影響を与えている。

また、現在、Arktis社が製造している、アドバンスド・チェストリグは、コンバット・ハーネスと同じような構造をしており、アドバンスド・チェストリグの元祖とも言える。

M1956/61装備、M1961/41装備

M1956/61装備

ローデシア軍で使用されていた、珍しい装備としては、ベトナム戦争で米陸軍が使用していたM1956装備と、同じく米海兵隊が使用した1961装備を挙げることが出来る。これは、ベトナム戦争に従軍経験のある、アメリカ人傭兵達が持ち込んだもので、極少数が使用された。

M1956装備は、H型サスペンダーとピストルベルトを中心とし、各種ポーチなど必要な装備を脱着することにより、様々な任務に使用することが出来る、大変機能的な装備であり、各国の歩兵用個人装備に大きな影響を与えた。なお、M1956装備は何度も改良を加えられたため、様々なバリエーションが存在している。そのため、M1956/61装備と表記される場合もある。

M1961装備は米海兵隊が使用した装備で、M1956装備が採用される以前に使用されていた、M1941装備や、それよりも古い1910装備の一部を交換した装備であり、M1961装備の部分は新型ピストルベルトとM14ライフル用のマガジンポーチのみだった。そのため、M1961/41装備と表記される場合もある。

アメリカ人傭兵の中には、ローデシア迷彩のTシャツを着て、リーフパターン迷彩のズボンとジャングルブーツを履いた者も居た。