VANKの広報用東海ページ詳細


はじめに

東海宣伝文その1
英語原文
日本語訳
原 文訳文併記
反論

東海宣伝文その2
英語原文
日本語訳
原文訳文併記
反論



別項
韓国が「日本海」を否定する理由の考察
思想的理由
民族的理由
政治的理由


http://www.prkorea.com/english/eastsea.htmlへの反論
 


 
はじめに

こちらは、韓国のNGO団体「VANK」と韓国政府運営の広報サイトKOREA.netが掲載している、「日本海」ではなく「東海」が国際名称として相応しいとする理由等を説明したページ、「The Historical precedent」「How to name the sea」 に対する、疑問点や反論を挙げたページです。
これらの文章を18に分割し、韓国側の主張(原文)を灰色、こちらの主張を白で記載しました。



1.
East Sea の歴史的な先例

今日国際的に使われている世界地図のほとんどが、Korea の East Sea を Sea of Japan と記している。
従って早急な修正は正当なものだ。このために、"East Sea" という用語の歴史的な背景と、Korea の East Sea が過去に近隣諸国や西洋の国からどのように認識されていたかを調べなおす必要がある。
また、"Sea of Japan" という名前を "East Sea" に戻す戦略を準備するために、どのように"East Sea" が20世紀に不当に "Sea of Japan" へ変えられたか見なおす必要がある。

問題となっている水域は日本、朝鮮半島、ロシアに面し、日本列島によって太平洋から隔てられている公海である。
現在、大多数の地図では「日本海」と表記され定着しているが、韓国が1992年に「『東海』こそ正当な名称である」と公式に異議を申し立てたのが、この名称紛争の始まりとなった。 この一連の文章は、韓国政府が「東海」を正当とする理由として広報用に作成したものだが、ミスリードが多用されている上、誤っている点も幾つか見受けられる。
よって、韓国国内で使用されるのはともかく、現在国際名称として使用されている「日本海」の名称を否定するには至らないと私は考える。
韓国側の主張を、こちらの付けた注釈や反論と併せてご覧頂きながら、今一度どちらが国際名称として相応しいのかを考えて頂きたい。
また、「不当に『日本海』へと変えられた」とあるが、韓国が不当に変更されたと述べる理由、及びそれに対するこちらの考察は
【9】を参照。


2.
Korea の文献と古地図に現れる "East Sea" の名前

歴史的には、Korea は "East Sea" という用語を紀元前59年から使ってきた。
実例は、広開土王碑 (411)、三国史記 (三王国の歴史, 1145)、三国遺事 (三王国の重要記事, 1284) を含む、数え切れないほどの記録の中に見つかる。
さらに、新増東国與地勝覧 (増強された Korea の地理の調査の改訂版, 1530) 中の現存する「八道総図」も "East Sea" という用語を使っている。
加えて、16世紀には東国地図 (Korea の地図) が「東抵大海」という用語を使っている。
1740年代に製作された嶺南地図と、18世紀半ばに公式に作られた Korea の地図も、"East Sea" という名前を使っている。
そういう訳で、"East Sea" が何世紀もの間使われてきたという証拠がたくさんある。
また、18世紀以降に作られた数え切れないほどの地図が絶えず "East Sea" と呼んでいる。20世紀初期の日本による韓国併合以前に出版され使用された多くの地理テキストが、"East Sea"、"Sea of Chosun"、"Sea of Korea" と呼んでいる。
だが、20世紀初期までに既に "Sea of Japan" と呼ぶテキストがいくつかある。1910年以降に出版されたテキストは全て East Sea を "Sea of Japan" と呼んでいる。

この時期の資料は漢文で書かれている為、「東海」を固有名詞としてか、「東にある海」と位置を述べているだけか、どちらであっても全く同じ単語になってしまうので、具体的に何時から使われていたのかと特定する事は難しいが、「東海」の名が朝鮮半島内においては何世紀もの間使われていた事が伺える記述である
ただ、「東抵大海」という名を「東海」が使われていた例として挙げるのは、韓国においての「東海」以外の古地図上の類似表記例としてならともかく、いささか相応しくない様に思える。
また、全く成り立ちや意味が違う名称を「東海」と同一視している記述も、後記の
【5】 【6】 【7】 に見受けられる。


(三国史記関連の資料否定は、やるとすれば別項でやったほうがすっきりするかと思い、削りました。 また、東抵大海は、指している海域が違うという話があるのですが、詳細なソースをあげられないので、簡単に触れるに留めました)


3.
中国、ロシア、日本における「東海」表記の使用

中国の記録によると、「東海」という名称は唐の時代から中国で知られていたが、単に「海」や「大海」と呼ぶことが多かった。
698年に朝鮮人による渤海王朝が成立すると、中国で「渤海」という名称が使われ始めた。
中国では、遼 (947-1125)、宋(960-1279)金(1122- 1234)元 (1271-1368)明(1368-1644),清(1644-1912)の時代に「東海」表記を使用していた。
元と明の時代には、中国で東海を「鯨海」を意味する「Ching Hai」という名称で呼んでいた。この海域に鯨が多かったことに由来する。
明から清にかけての時代には、東海の東北部分を「東海」、南の部分を「南海」と呼んでいた。
1884年ごろの清では、一部の学者や官僚が一部の文書で「日本海」表記を使用していた。
しかしながら、政府レベルにおける「日本海」表記の使用は1905年の日露講和条約が初めての例である。

「東海」を記載していた時代が細かく書かれてはいるが、具体的な資料名が出ておらず、現時点ではこれの裏付けとなる地図もみかけた事がない。
ただ、全くありえない話と否定する事はできない。
その理由は以下の通り。

中国は現在「東シナ海」を「東海」と呼んでいる。
これは、文字通り「自国の東にある海」の意である。
また、韓国が「中国が「東海」表記を使用していた」と述べている時代、中国の大陸支配は朝鮮半島よりも更に北にまで及んでいた。
つまり、問題の水域は、その当時、中国から見て東に存在したのだ。
先に述べたとおり中国は、「東海」を自国基準で東にある水域を指す為に使用しているが、これが古来からの慣習ならば、韓国側の主張する通り、中国は問題の水域を「東海」と呼んでいてもおかしくない。

ただ、
【13】
にて、詳しく説明しているが、韓国が問題の水域を「東海」と呼んでいるのは、中国と同じく「自国の東にある海」という意味からである。
つまり、韓国、中国共に「自国から見て東の海」という意味で使用している事になるので、この仮説が正しいとしても、名称発祥の起点は全く異なったものとなる。

なお、「渤海」は国名に由来して問題の水域に付けられた名称ではなく、黄海河口周辺の水域名「渤海」から国名を取ったというのが一般的な見解である。
現在、韓国と中国は「渤海王朝」がどちらの国の歴史に属するかで論争しており、この誤解もその争いに端を発するものであろうと思われる。


4.
Kunyuwanguoditu」は北京で1602年に印刷された地図である。

この地図は、イエズス会宣教師Matteo Ricci(マテオ・リッチ)によって持ち込まれた世界地図の中国語訳で、「日本海」表記を採用している。
この地図が、中国における「日本海」表記の現存する最古の例である。
しかしながら、この地図は外国人によって中国に持ち込まれた地図の中国語訳であるから、あまり問題にはならない。
さらに、この地図の作成に当たっては日本からの情報の影響が朝鮮からの情報よりも強かったと考えられている。
この地図は、中国でその後発行された地図にそれほど影響を与えなかった。次に「日本海」表記が中国語の地図に現れるのは1875年のことである。

マテオ・リッチの「坤與万国全図」は世界で初めて作成された中国語の世界地図であり、歴史的には軽視されるべきものではない。
また、日本からの影響を受けこの地図を作成されたと推測しているが、当時の日本は、問題の水域を自発的に「日本海」とは呼んではいなかった。(参照:
【6】)
当時の「日本海」使用状況を考えると、「坤與万国全図」が「日本海」表記であるのは、日本からの影響でなく、諸外国の影響だと考える方が自然である。(参照:【12】)


5.
ロシアの東アジアの地図は全て、ロシア人が初めて太平洋岸地方に辿りついた1639年以降に作成された。
1687年に、Nic Witzen の "Noord en Oost Tartarye" は East Sea を "Oceanus Orientalis" と呼んでいる。
N. Gomanによる1725年の地図は "Eastern Ocean" という用語を使い、1734年の地図では、I. Kirilov が East Sea を "east sea" を意味する "Vostochnoe" と呼んでいる。
有名なペテルスブルグ科学アカデミーが1745年に出版したアジア地図も、East Sea を "Koreiskoe Mope" すなわち "Sea of Korea" と呼んだ。
ロシアで1745年から1791年にかけて出版された他の著名な地図は、"Sea of Korea" という用語を使っている。
East Sea を探検したロシア人 Adam Johann von Krusenstern (1770-1846) は、1787年に East Sea を探検したフランス人探検家 La Perouse (1741-c. 1788) と同じく "Sea of Japan" と呼んだ。
しかし、ロシア人は1844年の最後に当局が出版した地図で East Sea を "Sea of Korea" と呼んだ。
従って、ロシア海軍と数え切れないほどの地図は、地理的な呼び方を作るという点でヨーロッパ方式に従ったと思われる。

文中では「東海」と「東洋海」「朝鮮海」を同一視している表現が多々あるが、「東海」が主に韓国の視点のみから名付けられた名称である事に対し(参照:【13】)、「東洋海」「朝鮮海」は諸外国から見た、問題の海域の客観的な位置を示す名であり、「東海」とは全く別の意や由来を持つ名称である。
さらに、「東海」そのものの使用例として挙げられている「Vostochnoe」という単語は、「東」という方角のみを指す単語であり、「海」の意を持つ単語「More」が欠如している。
したがって、いずれもロシアにおける「東海」の使用例には適さない。
また、「東洋海」「朝鮮海」を記載する地図はこちらでも幾枚か確認したが、「東海」そのものの使用例は見つからなかった。
問題の水域付近のロシア語の古地図集はこちらを参照。(*後でリンク貼ります)



6.
"Sea of Japan" という用語は、18世紀以降日本で製作された多くの有名な地図で使われた。
1870年までは、日本の地図でさえ East Sea を "Sea of Choson" と呼んでいる。
次の地図は全て East Sea を "Sea of Choson" と呼んでいる。
高橋景保の1810年の「新訂万国全図」、阿部喜任の1838年の「万国全図」、杉田玄端の1850年の「地学世宗図」、松田龍山の「地球万国全図」、そして1870年の「明治改訂万国與地分図」。
しかし、その後日本で出版された地図は East Sea を "Sea of Japan" と呼んでいる。
これにより、日本政府は政策として、"Sea of Japan" という名前を使うことを命じたと推測できる。
特に、地理的名称が、松田龍山の1854年の地図と、1871年の「万国全図」で変わっている。
橋本澄月の1871年の「新刊輿地全図」は East Sea を "Sea of Japan" と呼んでいる。
これにより、この頃変更がなされたと推測できる。
なぜなら、"East Sea" という用語が、1871 年以降に出版されたどの日本の地図にも見つからないからだ。
また、この頃 "Sea of Japan" という呼び方は、中国の地図にも現れ始める。

日本で「朝鮮海」と表記された地図が存在する事は事実である。
だが、その名称の由来は日本から見て「朝鮮(韓国)の方角にある海」だからである。 故に、日本から見れば西方に位置する問題の水域を、たとえ「朝鮮海」と呼んでいたからと言って「東海」使用例として挙げるのは不適当。
(同様のミスリード例は
【5】 【7】 参照)
同じ理由で日本から見ると東方にある太平洋を「東海」と記載した地図はあっても、日本人が作成した地図に問題の水域を「東海」と記載したものは見つかっていない。
また、韓国は1870年以前に日本海表記である日本制作の地図は存在しないと書いているが、「坤與万国全図」(参照:4)の影響を受け、「日本海」表記をした日本制作の地図が存在する。
1792年の司馬江漢「地球全図」がその一例である。

後に問題の水域名が「日本海」に移り変わった事については、日本政府が推進したと韓国が推測しているが、1854年に開国した事により入ってくるようになった「日本海」と名が入った諸外国の地図や情報を元に、そのまま地図作成者が使うようになったとも考えられる。
諸外国の「日本海」使用例は【12】にて後述する。



7.
西洋の古地図中の "East Sea"

ポルトガルの Godhino de Eredia が 1615 年に作成した地図が、初めてヨーロッパで出版された、East Sea を "Mar Coria" (Sea of Korea) と呼んだ地図だ。
さらに、East Sea は、イングランドで作られた Sir Robert Dudley の1647年の "Carta Particolare della Isola de Giapone" の中で、"Mare di Corai" (Sea of Korea) と呼ばれている。
1744年と1752年の E. Bowen の世界地図中にあるアジア地図も、East Sea を "Sea of Korea" と呼んでいる。
J.N. Delise が北東アジアを探検した後1750年に出版された北太平洋図も、East Sea を "Mer De Coree" と呼んでいる。
さらに、"Sea of Korea" は1771年のブリタニカ百科辞典の初版にも登場する。

すべての前述の地図は、East Sea が 17,18世紀に "Sea of Korea" として知られていたことを立証している。

「韓国海」が古くから用いられている名称である事は異論無いが、:【3】 【5】 【6】と同様に「東海」とは全くの別名称として見るべきである(理由は【5】を参照)。
また、「西洋の古地図中の "East Sea"」というタイトルにも関わらず【5】 【6】と同じく「東海」そのものの使用例が一切出ていない事にも注目して頂きたい。



8.
しかし、East Sea が1797年の La Perouse の地図で "Sea of Japan" と呼ばれてから、その後ヨーロッパで製作された地図は高い頻度で "Sea of Japan" という用語を使い始めた。
しかし、"Sea of Korea" と "Sea of Japan" の両方が、19世紀前半まで共存していた。
現存する全ての古地図を再検証し終えたわけではないので、どのようにして "Sea of Japan" が19世紀後半に "Sea of Korea" を置き換えたのか解明するのは難しい。
しかし、日本の軍事力が膨張し、日本に対する認識が国際社会で深まったから、Korea よりも日本に関する情報が早く手に入ったことを反映して、そのような置き換えがなされたと考えられる。


「日本海」「朝鮮海」の名は当時共存していたものの、「日本海」の使用が「東海」「朝鮮海」よりも広範囲、高頻度に上っていた事は、外務省の地図調査結果からも伺える。

(参照:
【12】)

日本が世界に対して鎖国を続け、諸外国に情報を発信する事も受け取る事も大幅に制限された時代ですら、これほどの使用例が残されている。
「日本海」がほぼ世界中の地図にて使用されるようになった経緯については、元々の使用頻度の高さに加え、日本が開国した事により国際社会の片隅に加わった日本が、諸外国に徐々にその知名度を広げていった事も確かに一因ではあるかもしれない。
開国時の日本と諸外国との交流についてはこちらを。(日本語)



9.
1929年国際水路機関によって公認された "Sea of Japan"

20世紀初頭、Korea が日本の植民地支配下にあった間、East Sea という名前は世界の地図から根絶された。
East Sea という呼び方の根絶は、ある決議が国際水路機関の第一回の会議で承認された時に始まった。
国際水路機関は、大洋と海の境界を確立し、安全な航海のために適当な地名をつける。
日本の代表団はこの会議に出席したが、Korea の代表団はいなかった。
この決議によると、East Sea は日本によって "Sea of Japan" として登録された。
他の加盟国はどこも異議を申し立てなかった。
その結果、1929年のモナコ会議は、以前に収集されたデータを基にした、大洋と海の境界 (The Limits of Oceans and Seas) という題名の Special Publication No.23 を出版し、この公布を国際的に承認された文書とする、という決定を採択した。
その後、世界の地図作成者は、この公布を基に標準化された地名を使い、"East Sea" は世界地図から姿を消した。
「大洋と海の境界」の新版は、1937、1952、1986年そして現在まで出版され、East Sea は依然 "Sea of Japan" のままである。

日韓併合時(韓国が述べる所の植民地支配)以前に「東海」の名が優勢であった事実は、韓国内以外では今の所確認出来ない。

(参照:
【12】)

しかし、韓国が1945年の独立まで日本の領土として扱われた故に会議に参加できなかった事もまた事実である。

ここからは仮定の話になるが、もし日韓併合が行われず、韓国が第1回の会議に出席し、韓国のローカル名である「東海」を主張したとして、果たして「日本海」以上に認められたのだろうか?
韓国の主張する通り、「東海」が常に「日本海」よりも広く諸外国にて認識されていたのであれば、その可能性も大いにあっただろう。
しかし、上記でも述べたように、「日本海」が欧米においては「東海」よりも遥かに知名度を持ち、かつ会議上で異議が出なかった事から考えても、日韓併合により「東海」が世界から駆逐されたのではなく、日韓併合以前の「日本海」の使用状況が会議において反映され、そのまま継続されたと見る方が自然ではないだろうか。



10.
世界地図上に East Sea を取り戻す Korean の努力

歴史的に言えば、East Sea は長い間、Korea のみならず、支那、ロシア、日本といった近隣諸国や、ヨーロッパでも使われてきた。
つまり、"East Sea"は、単に方角を指し示すというよりは、ヨーロッパにおける「北海」とまったく同様に確立された海の名前だ。
さらに、"Sea of Japan" という用語を使いつづけるのを認めるのは、適切ではないだろう。
例えば、多くの国に囲まれた地中海を考えてみてください。
1970年代始めから書かれた文書において、多くの市民や学者たちが、East Seaを "Sea of Japan" と呼ぶ不当さを指摘してきた。
国連加盟直後、1992年の第六回国連地名標準化会議 (U.N. Conference on the Standardization of Geographical Names) の間、Korean 政府は、この間違った用法を正すことを要請した。
その時は、国連は関係各国に相談するよう助言した。もちろん日本は、いかなるものであれ、この名前を変更することに反対した。
その後、1994年のニューヨーク、1996年のジェノバの国連地名専門家会議 (U.N. Group of Experts on Geographical Names) の会合で、Korea は "Sea of Japan" という名を使うことの不当さを発表した。
1997年4月、Korea は、モナコで開催された第15回国際水路会議で、「大洋と海の境界」中の "Sea of Japan" を"East Sea" に変えるよう要請した。
その結果、「大洋と海の境界」の1999年版で Korea の要請が反映されることが期待される。

さらに、Korean 政府は、世界中の有名な地図出版社、放送会社、新聞社、雑誌出版社と接触し、"Sea of Japan" の代わりに "East Sea" という名前を使うよう要請し続けている。
合衆国の地図会社、Rand McNally は、最新の地図で "East Sea" と "Sea of Japan" の両方を使い始めた。

【12】にて詳細を述べているが、現段階の日本外務省調査では欧米に限定されるものの「東海」を使用していたのは韓国国内と、他にあるとすれば中国の一時期とほぼ限定しても差し支えない結果が出ている。
上記で述べた通り、韓国が「東海」を正しいとする歴史的根拠としてあげている諸外国における使用例のうち中国を除く全ての例(参照:【5】 【6】 【7】)にも一切の「東海」使用例が挙げられていない事も裏づけとなるだろう。
また、韓国は「北海」を「東海」が使用されるに値する証拠として例に出しているが、これに関しては【13】にて考察しているので、こちらもご覧頂きたい。