ペルーの日本大使館占拠事件について
──およびフジモリ政権について
小川 紀
「死者に鞭打つ」という感じためらわれますが、しかしやはり書かずにいられません。書きます。
1
まず、ああした行動の虚しさ、無力さが、あらためてはっきりと示された。
「辛辣ではあるが」そのことをわれわれははっきりと断言すべきだ、ということをわれわれは『ing』創刊号で書いた。その際われわれは、これをはっきりと断言せず情緒的に支持に流れることは「60年代、70年代の日本の新左翼の水準に逆もどりすることだ」と書いた。
しかし単なる逆もどりにとどまるものでないことが、今回示された。
60年代、70年代の日本の新左翼の錯誤は、後進国の「根拠地」や「都市ゲリラ」を先進国日本に当てはめようとしたことにあった。しかしそれは言い換えれば、先進国日本では錯誤だったが、当時、後進国の農村やジャングルや、後進国のある種の都市では、そうした活動が現実性をもった、ということである。実際、フィリピンやインドネシアのジャングルで支配地域を広げたり、中南米の都市で神出鬼没のゲリラ活動をおこなうことは、当時、それなりに現実性をもった。
しかし時は流れた。
「先進国では不可能、後進国では可能」は、「後進国でも不可能」となったが、その意味は、「60年代、70年代の先進国で不可能だっように」後進国でも不可能となった、というにとどまらかった。「さらにまったく新しい意味で」後進国でも不可能となったのだ。
すなわち、今回われわれを瞠目させたのは、「情報」というものの恐るべき発展であった。建物の中のMRTAおよび人質の行動、会話は全部、24時間、時々刻々、捉えられていた。威力を発揮したのは極小マイクをはじめとしたハイテク機器の数々であった。
われわれはこの間、新左翼の「後進国主義」を批判し、われわれは資本主義の最先端にこそ目を向ける必要があるとし、そこでは重厚長大の第2次産業中心から、知識や情報中心への歴史的移行が見られるとして、何よりもそこに目を向けようとしてきたが、情報の発展といったことは資本主義の最先端の地域・国にとどまりはしなかったのだ。
またわれわれは、資本主義の発展にともなって「国境」といったものがますます形骸化し、地球が、人類がますます1つに融合しつつある時の流れに目を向けてきたが、その点でも今回、注目すべき事態が見られた。すなわち、今回のペルーの軍、情報部の行動はアメリカCIA、およびイギリス情報部からの密接な協力のもとに進められたという。湾岸戦争のときの対フセイン行動もそうだった。阪神大震災のときも、ハイテク機器や特殊な訓練を受けた犬を連れて各国の協力部隊が馳せ参じた。かつて日本国内で、田舎の警察や消防で間に合わないとき、警視庁その他が駆けつけたが、そういうことが、いまや全地球規模でおこなわれる時代となったのだ。
MRTAは敗れるべくして敗れた。
力の違いは、単なる人数の違い、武器の数の違い、武器の性能の違いではなかった。「情報」という力の違いであり、しかもそれはMRTAの情報の力とペルー国家の情報の力との違いにとどまらず(それだけでも決定的だった)、アメリカやイギリスといった巨大国家の力を加えた力との違いだった。
それを前にしては、権力を握っているフセインや金正日でさえ、勝ち目はない。いわんや、小さな国の小さな1集団をや。
以上の意味を、MRTAは理解していなかった。彼らはゲバラを信奉していたが、時代に対する認識はゲバラの頃のままだっただろう。
MRTAを支持した日本の新左翼も、そういうことを真剣に、徹底して考えぬこうとはしていなかった。「情緒的に」支持に「流れる」とわれわれが書いたのは、そういうことだ。
しかしそのわれわれも、上記のように、「60年代、70年代の日本」で不可能であったのと同じように、というくらいの意味でしか、事態を見ていなかった。
事態をありのままに見ていたのは、現実を知っていたのは、フジモリであり、アメリカやイギリスの情報部であった。
2
一つ、情緒的なことを書けば(書かずにいられないのは)、あそこには子どものような少年や少女が加わっていたが、彼ら彼女らがセルパらからどういうオルグを受けて、あそこに加わっていたかということである。
人質の証言として新聞の伝えるところによれば、この子どもらは、政治的な意識や知識も乏しく、当初、人質と議論していたが、論破され逆に説得されそうになるので、やがてセルパらが議論を禁止したという。
彼らは、金を得て、故郷に帰ったり、外国に行くことを夢み、信じていた。「キューバに行ってコンピューターを学びたい」とか「日本に行って警官になりたい」とか言っていたという。
新左翼はまた「マスコミのデマだ」とかいうかもしれないが、しかしたぶん、報道の通りだろう。
のみならず、ある少女などは、事件後母親と弟が証言したところによれば、ある日MRTAに拉致されて消えたのだという。もちろん、連れ去った後、オルグしたのだろうが、まるでオウムだ。
貧乏で、教育の機会も与えられず、不満と憤りをもった子どもらに、素朴で情緒的なオルグをして(「独裁者をやっつけよう」「搾取者から金を取ることは正義だ」「その金を、故郷の貧しい親兄弟に持ち帰れ」「外国に行けば自由で貧しくない暮らしができる」等々か)、セルパらは彼ら彼女らをバクチに引き込んだのだ。
僕はセルパらの無責任さに憤りを感じる。
と同時に、それ以上に、自分は危険も何もないところにいて、無責任にも「支持」を煽っていた日本の新左翼に、もっともっと大きな憤りを感じる。
3
何も殺すことはなかったではないか、とわれわれはフジモリに憤る。
しかし他方、殺されることを想定せずにああした行動がありうるなどと考えていたとしたら、その程度の認識で「支持」を煽っていたのだとしたら、無責任もはなはだしい。
町のしろうと将棋なら、駒を打って、相手が次の手を打って、それを見て、「ちょっと待ってくれ。前の手はなかったことにしてくれ。もういちどやり直しをさせてくれ」と言える。
が、銃をもって銀行に押し入り、人質をとって大金をまき上げようとして、失敗してから、「なかったことにしてくれ」はありえない。
今度のMRTAの行動も、うまく行けば、仲間を釈放させ、とてつもない大金を得て、逃走することができるというものであった。しかし他方、失敗した場合に「なかったことにしてくれ」で済むような行動でないことは、初めから明々白々だったではないか。
ここでもういちど繰り返せば、あの行動に引き入れられた子どもたちが、事の深刻さをどこまで理解していたか、それは判らない。
が、われわれ大人には、「成功して大成果を上げるか、それとも殺されるか」、どちらかしかないことは明々白々であった。
4
MRTAという組織がペルーの人民からどれほどの支持、共鳴を得ている組織だったか、われわれには判らないが、僕はたぶん、日本の新左翼がはやしたてるほど支持されている組織ではない、いや、のみならず、テロ、拉致、金のまきあげといった戦術で都市労働者や市民からはむしろ近年、ますます反発さえ買いつつある組織ではないかと想像するが(逆に考えて、支持、影響力を着実に伸ばしているような組織なら、ああしたバクチ的行動に出る必要はない)、これに加えて、今回の行動で僕がまったく疑問に思ったのは、その要求である。
その行動に共感できないでも、それが貧しく抑圧された人民全体の願い、要求を掲げたものであるなら、少なからぬペルーの人々が、自分の問題でもあるとして、ある程度は理解を示しただろう。国際世論だってまた違った反応を示す。すなわち、「労働者の最低賃金をこれこれに引き上げろ」とか、「ストライキの権利を認めろ」とか、「集会、デモ、結社の自由を認めろ」とか、等々。
だが他の要求もいちおう掲げていたとはいえ、MRTAが実質的に第1に掲げ、最後まで固執した要求は「MRTAという組織のメンバーを釈放しろ」という、自分たちの組織の要求、つまり普通の労働者、農民、市民にとっては「ひとごと」である要求、はっきり言ってセクト的要求であった。
そういう意味でも、この組織は、初めから、戦わずして負けていたと思う。
5
フジモリという男の非情、冷徹さをわれわれは見せつけられた。
しかしわれわれが確認しうるのは、独裁者は非情、冷徹だが、歴史はもっと非情、冷徹だということである。フジモリのもとでペルー資本主義は発展し、するとやがて歴史は──非情、冷徹にも──今度はフジモリを見捨てるであろう。
非情、冷徹な人間が権力についたから独裁がおこなわれる、政治権力が独裁的になる、と多くの人は思っているが、そうではない。
資本主義のある発展段階は、有無をいわせぬ独裁を要請するのであり、このとき、非情、冷徹でない人間、つまり普通の感覚をもった人間は、権力になどつけぬのである。
非情、冷徹な人間が権力についたから独裁がおこなわれるのではなく、独裁をおこなうにふさわしい非情、冷徹な人間が、選ばれて、ふるいに掛けられて、権力への階段をのぼっていき、権力の座につくのだ。
セルパの死体の横を通りぬけたとき、フジモリは顔色ひとつ変えていなかったが、あそこで顔をそむけたり腰をぬかしているような人間では、つまり普通の人間では、そもそも権力になどつけていないのだ。
しかしこうして資本主義は発展していく。
するとある時点で、発展した資本主義は独裁を必要としなくなり、のみならずそれを桎梏と感じるようになる。
ペルーも、紆余曲折はあるだろうが、結局はそう進んでいくだろう。その過程で、非特権的な資本家層や、知識人や、組織労働者や等々が育ち、数を増し、その圧力で独裁は徐々に、やがては急激に追いつめられていく。
そのときまでフジモリが政権の座にあるかどうか分からぬが、もしあったとすれば、事は2つに1つである。すなわち、この歴史的変化を素早く読みとるほど彼が賢明で、かつそれに対応しうるほど柔軟であったなら、彼は自身を別の人格に変身させるか、または別の人格に政権をバトンタッチして、この移行をスムースにおこなうだろう。
そうでない場合は、悪あがきをしつつ、彼は力ずくで打倒される。
6
「ある時点で」と上に書いたが、非特権的な資本家層や、知識人や、組織労働者や等々がそれまでは黙っていて、その時点で初めて闘いはじめる、ということではもちろんない。闘いはずっと続いていく。
われわれが「政治的・経済的にひどい状態に置かれたペルー人民に心を寄せつつ」、MRTAのようなあのような組織、あのような行動を支持しない、あのような組織、あのような行動に未来はないと、辛辣ではあるがはっきりと断言すべきだと言ったのは、ペルー人民に未来はないという意味ではなく、いま指摘したような闘いはずっと続いていく、そして上で述べたようにこれは発展し、やがて独裁を崩壊させていく、ここには未来があると考えるからだ。そういう意味でだ。
7
最後に、もういちど、重ねて繰り返さずにはいらない。
事の意味、予想される結果を徹底して、真剣に問い詰め、考えぬくということをしないで、いとも安易に「支持」を煽るだけだった人々(しかも自分は安穏な日本に身を置いて)の無責任さに、僕はあらためて、腹の底からの憤りをおぼえる。
これからの長い道のりのなかで、われわれもまた何度も間違いをおかすだろうが、しかし少なくとも、安易さ、無責任さということだけとは無縁であらねばならぬ、とそう自戒します。
(97年5月)
