その他

:日本のスクリーンで、:日本で発売されたDVD、:テレビで視聴)

マザー・テレサ
(2005)
深く、静かに、心にしみる

マザー・テレサの生涯を描いた作品。
所属する教会、様々な誤解やあつれきにも負けず、テレサの貧しい人々を救済しようという信念が周りの人々の心をうち、その輪が少しずつ広がっていく。すべてがうまくいき過ぎてしまうのだが、過剰な演出がない分淡々と静かな感動を呼ぶ。

世の中せちがらいことばかりで俗世間にまみれてしまった心が、リセットされるようだ。生きること、死ぬこと、信仰心、他の人を救済するということ・・・映画を観ながらぼんやりと考える。ひとりひとりのすることは本当に小さい事なのだが、まず自分ができることから始めてみることが大事だと思わされる。少しだけ、ピュアな気持ちを取り戻せたような気がした。たまにはこんな映画を静かに観るのもいい。

最後にちょっと気になった点を3つ。1:テレサの英語がrを強調するインドなまりで話していた。発音の指導を受けたのであろう。2:カルカッタの最下層の人々が英語を話している。いくらイギリスの植民地だったとはいえ、ちょっと不自然な感じがした。また、ヒンディー語で「急げ」の「ジャルディー」が出たが、場所はカルカッタだからベンガル語の方が自然な気がする。そんなこと気にするヤツは普通いないだろうが。3:テレサたちが作った塀を壊す重機に「○○建設梶vと漢字で書いてあった。インドでも日本の重機が使われているのだろうか。
ベッカムに恋して
(2002)
さわやかな青春元気ストーリー。でも意外と深いかも。

イギリス在住のインド人少女の女子サッカー選手としての夢や希望、恋愛とインド人家族との関係を中心にしたストーリー。

イギリス映画だったこととベッカムに興味がなかったので、公開されていたのは知っていたが見たことがなかった。そう、ある意味このタイトルがクセモノだった。公開当時はまさにベッカムブームの最高潮時、特に良い評判も聞かなかったのだが、これはおそらくベッカムの登場などを期待して見た人はがっかりしたのだろうと思われる。サッカーファンでない私の足も遠のいていた。実は各種の賞を受賞している作品だ。

しかし!結構イインじゃない。イギリスでも「女の子なのにサッカーなんて!」と思われるのに、まして保守的なインド人家庭では・・・。全体的にさわやかなストーリーではあるが、人種の問題やインド人の家族の問題も含まれている。

先日見た『Bride & Prejudice』はいまいちイギリス人とインド人の描き方が甘かったような気がするが、逆にこちらはイギリスに暮らすインド人社会がよく描かれていた。アヌパム・ケールなどインド映画ではお馴染みのメンツも登場している。特にミュージカルシーンはないが、結婚式ではやっぱり踊っていたりする。このあたりはイギリス映画ではあるが、インドらしさも満喫できる。

大作というわけではないが、見終わった後に爽快感がある作品。日本語字幕つきのDVDも発売されているので、レンタルショップなどで見つけたら借りても損はないと思う。
リトル・ブッダ
(1993)
*アメリカで普通に暮らす少年のもとに高僧が訪れ、彼こそがブッダの魂を受け継ぐラマの生まれ変わりであると告げられる。少年が聞かされたのは古代インドのシッダールタ王子の物語であった。両親と少年は僧らとともにブータンへ行く決意をする。他にも2人の少年少女が生まれ変わりの候補として呼び寄せられた。

仏教というイメージを映像化した作品

大変感想が書きづらい作品だった。軸になるストーリーは一応あるのだが、抽象的概念のようなものを言葉ではなく、映像という手段で訴えていくという映画であった。

私たち日本人は、個々人では信仰心が厚い人はそう多くはないかもしれないが、それでもやはり他の宗教に比べると仏教にはなじみがある。チベット仏教はもちろん日本のそれとはだいぶ異なるが、輪廻転生の思想や死生観、悟り、無の境地のようなものはうまくは説明できなくとも、漠然とではあるが概念で理解しているような気がする。

余談であるが知り合いのアメリカ人に寺で座っているのは何だ?と聞かれて座禅をして無の境地にいたるということを説明するのがとても難しかった。

「寝てるのか?」 寝てないよ(笑)
「何も考えていないのか」Nothing? う〜ん、まあそうなんだけどね。
「メディテーション?」ビミョーに違う気もするが、そういうことにしておこうか。

わび、さび、粋なんて説明も難しい。粋はcoolでいいのだろうか。
めんどくさくなると「それが日本の習慣なんだよ」とごまかしている。

しかしこうしたことは西洋人からみるとエキゾチックなものとして写るのだろう。
この作品はまさに西洋人からみた仏教やアジアを描いていた。
ネパールなどのロケもすばらしく、ちょっとした観光気分にさせられる。

キアヌ・リーブス演じるシッダールタは大変美しかった。
むしろ彼を主役にしたシッダールタの物語をもっと見ていたかった。

個人的な好みで言えば、起承転結がはっきりしているインド映画を見慣れた私にとってはなんともつかみどころがない映画だった。しかし仏教やシッダールタを扱う映画を見る機会はほとんどないので、そういう意味では貴重な映画かもしれない。

監督は『ラスト・エンペラー』のベルナルド・ベルトルッチ。音楽は坂本龍一。
インドへの道
(1984)
1984年度アカデミー賞;助演女優賞、オリジナル作曲賞受賞

*英国植民地時代、インドで働く婚約者に会いに彼の母と訪れた主人公。お上品な英国上流社会に飽き飽きした彼女と彼の母は、知り合ったインド人医師とともに小旅行に出かける。しかし主人公と医師の2人はイギリスとインドの敵対の象徴に祭り上げられる。

イギリス映画。「旅情」「戦場にかける橋」「アラビアのロレンス」などで有名なデイビッド・リーン監督の遺作。

インドの雑踏と美しい景色をバックに植民地時代のインドとイギリスの文化的違い・・というよりもインドを見下すイギリス人が描かれていた。そんなイギリス上流社会に嫌気をさした主人公、というよりも婚約者の母に、映画の半ばまでは面白く見られたが、その主人公が途中で「はぁ?」というような事件を起こす。あまりにも不可思議だったので、そこからははっきり言って内容がよくわからなくなってしまった。

帯には
>>植民地時代のインドで起こった反英運動を壮大なスケールで描く

っとなっている。当時のインドとイギリスの構図を象徴的に描こうとしているのはわかるのだが、「なんだこの妄想虚言癖女は」と思ってからは「こりゃ反映運動じゃないだろう」と納得がいかないまま終わってしまった。

また、インド人医師役がどうしてもインド人に見えなかったのだけれど、コルカタ出身のれっきとしたインド人で現在もボリウッド映画に出演していた。

どうも名作はダメだな。私のセンスがヘンなのかもしれない。「アラビアのロレンス」もなんかもう一つ納得いかなかったのを思い出した。どちらも映像はきれいだったけど。
ストーリー・ビギンズ・
アット・ジ・エンド

(映画祭出品作)

監督:ムラリ・ナイール
*農場主として妻と子供と平穏に暮らしていた男。ある日口の下にホクロを発見する。周囲は切除の手術を勧めるが、男は薬草で治そうとする。しかしホクロはどんどんと大きくなっていく。

ユニークだとは思うけど・・・

インドとNHKの共同制作作品でNHKアジア・フィルム・フェスティバル、またカンヌ映画祭ある視点部門参加作品。ミュージカルシーンがない芸術色の強い作品。

ホクロが大きくなっていく男の悲劇というユニークなテーマ。ホクロは次第にイボのような大きさになり、さらには岩のようになっていく。そしてついには意思を持ったかのように男を支配する。南インドの美しい田園風景をバックに途中までは不思議な現象を興味深く観ていたが、最後ホラーじみた展開になってしまった。

家族は去り、心身ともに弱っていく男を優しく支えた使用人と女中が、ホクロに支配された男に殺されてしまう。なぜ理由なく二人は殺されてしまったのか、ホクロは何を意味しているのか、なぜこの男にこのような悲劇が訪れたのか私にはわからなかった。

インド映画は娯楽作品でも実は道徳的な話やセリフ回しがあったりするのだが、この作品で一体監督は何を訴えたかったのだろうか。ラストではホクロは美しい象に姿を変え、男が倒れているところで映画は終わる。実は映画の出だしもこのシーンからであり、タイトルの意味が表されている。

抽象的すぎる内容と、理由なき死、不可解な結末に個人的には良い印象を持てなかった。 
アマル
(映画祭出品作)
実直で真面目なリキシャ運転手のアマル。ある時一人の老人を乗せる。行き先を途中で変えても「自分は最初からそう言った」と言い張ったり、値切ったり、でもアマルは親切に対応した。途中渋滞に巻き込まれた時、

老人「渋滞か・・」
アマル「デリーはいつも『Kuch Kuch Hota Hai(何かが起こっている)』。
シャールクの新作はご覧になりました?」

というくだりがある。インド映画を知っているとこうした小ネタがわかってちょっと得した気分になる。

そして1年後、アマルの前に一人の女性が現れる。老人の弁護士だという彼女はいったい?

身寄りのない老人は遺言状を女性弁護士に託していた。
「せちがらいデリーでアマルの優しさに感動した。遺産をすべてアマルに譲る。」

女性がアマルにその紙を渡すも、目を通しただけでアマルは立ち去り、遺言状を物乞いの少女に渡してしまう。
少女がアマルの友人に「何か書いてある。あの人の大切なものかもしれないわ。」と言うと、
友人「彼は字が読めないんだ。」

アマルはきょうもリキシャで走る。
サンガム
(映画祭出品作)
NYでエンジニアをしているインド人と、渡米2週間のインド人が偶然地下鉄で出会う。ヒンディー語で話しかける渡米男。ヒンディー語がわかりながらも英語で返答するNY男。でもNY男の胸元にはインドの神様のネックレスが・・・

渡米男「好きな女性は白人か?」 NY男「マードゥリーだ。」
すると急に♪エークドーティーン♪とマードゥリーの大ヒット映画の挿入歌『Tezaab』‘Ek Do Teen’ を渡米男は歌い出し、引き続き‘僕達は友達さ〜’という内容の『Sholay(炎)』‘Yeh Dosti’を歌う。バックの映像にはまさにこの歌のシーン、バイク二人乗りの場面が映る。最後には二人で♪僕の靴は日本製・・・それでも心はインド人♪という『Shree420(詐欺師)』‘Mera Joota Hai Japani’を合唱する。この3曲はいずれも超有名な曲。私は一人でニヤニヤしてしまった。

また初対面のインド人が必ず行う相手の仕事や結婚、出身地を聞きまくるというシーンやNY男が渡米男のマフラーを褒めると、渡米男はそのマフラーをNY男の首に巻きつけ、お金を払おうとするNY男の手をさえぎるなど、映画のシーンを含め、いわゆるインド人らしさが表に出ていて大変面白かった。

サンガムとは聖なる川同士が合流するインドの地名。大都会の地下鉄で同郷の男たちの間に芽生えた友情にも似た感情の行き先は・・・

渡米男がNY男にきょう泊めてくれなどと、ちょっとホモっ気のような雰囲気で尋ねたところ、NY男は地下鉄から降りてしまう。
そう、何事もなかったかのように元に戻っただけだ。そこで「サンガム」の説明テロップ。
‘川の合流地点にあるも、お互いの川同士の色は混じり合うことはない。’

スター・ウォーズ
『エピソード3シスの復讐』

(2005)
巨額の製作費をかけ、巨匠ジョージ・ルーカスのもと、一流のスタッフが現在における最高水準の映像技術を駆使して作りあげた作品だということが素人目にも明らか。細かな特殊撮影、特殊メイクにも一切妥協を許さず「どうだ見たか、これこそがハリウッド映画だ」という感じ。特に‘ヨーダ’の動きと表情はすばらしい。その見事なSFXは映画上映中ずっと体感ライドのアトラクションを味わっているようである。

でも、なぜだろう。何も残らないのだ。
スター・ウォーズシリーズはビデオではあるが、ほとんど観たはずだ。そのときは結構おもしろかった気もするが、よく覚えていない。ストーリーはもちろんあるが、今回は以前にも増してもかなりの時間が特殊撮影を駆使した戦闘シーンに費やされている。

何が足りない?そう、こちらの感情に訴えてくるものがないのだ。
これは人の好みもあるし、音楽でもレゲエと民謡が比べられないように、どちらがいいとかいう問題ではない。そういう意味ではこの作品は感動をしに行くのではなく、すごい映像を見て楽しむのが正解なのだろう。

無機質で精巧なロボットたちの宇宙戦闘シーンは見事だったが、そういうのを特にかっこいいとも思えない私としては、やはり人間味あふれる映画の方が好きだなと再認識した。
ハリー・ポッターと
炎のゴブレット
(2005)
話題の『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』を観に行った。同僚たちの評判がすこぶるよかったのだ。ネットの映画レビューでも絶賛の嵐だ。第1作目の小説を読みDVDまで買ってはみたものの全く興味が持てなかったが、もしかしたら・・・の期待を込めた。なんといっても世界中に熱狂的なファンがいる作品だ。

結論から言おう。私とは相性が合わなかった。「つまらなかった」のではない。「合わなかった」のだ。
スクリーンの中に生み出されたファンタジーの世界。スピード感あふれる映像はさながら体感アトラクションのようだ。衣装、背景、小道具など細部まで神経が行き届き、大変完成度が高いものとなっている。「こういった分野ではインド映画は太刀打ちできないよなぁ。」とぼんやり考えていた。

でも、それだけなのだ。こちらの心に響いてこない。『スター・ウォーズ』の時に感じたことと全く同じだった。上映の何時間かを異次元空間にいるような錯覚にさせるこういった作品は「見て」楽しむものであり、インド映画を観た時の心に「感じる」感覚がない。

つまらないインド映画であれば「なんだこの設定」「あり得ないよ」などとつっこみを入れながら観れるのだが、『ハリー・ポッター』の場合完璧すぎてつっこみを入れるスキもない。

個人的なことを言えば、どうも暗い色調の映画が苦手だ。まぶしいくらいの太陽の日差しと原色のサリーの乱舞を見慣れてしまったせいかもしれない。『バッドマン』の時は夜のシーンが多すぎて寝た。今回もうとっとしかけた。

アメリカ映画が得意とする現実味や人間味を排除したところに成立するおとぎの世界の作品、あるいは爆弾使いまくりのスカッと爽快アクション作品などは、ねちっこい人間関係の上に成り立つインド映画とは対極的なところにあるのかもしれない。もっともインド人にしてみればそんなインド映画も一種のおとぎの世界ではあるのだが。どちらが良い悪いの問題ではない。その人のすきずきだ。こうした映画も時にはいいが、やはり私は「人」を描いた作品の方が好きだ。

2時間40分の上映時間に「歌と踊りはないのか」と冗談で言ったら友人にあきれられた。その中で偶然にもインド人とおぼしき女の子が登場したのはダンスパーティーのシーンだった。そして踊らない男の子たちにつまらなそうにしていた。

この数日後、偶然テレビで放送されているハリー・ポッターの2作目を3度目の正直で見てみたがやっぱりダメで途中でチャンネルを変えてしまった。なんか気持ち悪い生き物がいっぱいでてきてイヤだ。これがファンタジーなのだろうか?

ディズニーランドにもハマれなかった。ハリー・ポッターにものれなかった。ちょっと残念だ。
プライドと偏見
(2005)
アイシュワリア・ラーイ主演の『Bride & Prejudice(ブライドと偏見)』と比較して観てみたかった。
原作は同じであるが、Bride~の方は現代風にコメディタッチで演出してある。

それに対してこちらは正統派英国純愛物語といった感じ。英国の田舎町が舞台であり美しい風景、家具、衣装、小物といったディテールにまで古き英国調のイメージが再現されていて、見ているだけでも優雅な気分になってくる。

濃い家族関係や身分違いの恋など、インド映画と共通するところも多い。だからこそこの原作を元にBride~の方も撮られたのだろう。

主演のキーラ・ナイトレイは瞳がとても美しくチャーミングで日本人受けしそうなタイプだ。そしてその相手役のマシュー・マクファディンは・・・
スイマセン、私だめなんです。アゴ割れ&もみあげ系の人って・・・

お互いどの部分のプライドと偏見が恋愛感情を邪魔していたのか、わかるようなわからないような感じ。にしても、「君のお母さんと妹は下品だ」なんて好きな彼女の前で言ってしまうような男はプライドが高いとかいう以前の問題だ。実はお金を工面していたというくだりも成金ぽくて私好みの恋愛表現ではない。ということで外見上も内面も最後までこの男性に好感を持つことができなかった。

しかし一緒に観た女性の友人は大絶賛であり、DVDも買う!と言っていた。世間の評判も良く「アカデミー賞有力候補」と伝えられていた。まあどの作品も公開時にはこのキャッチフレーズがつくものだが。

全体的には美しくまとまっているので、特に大人の女性を中心にウケがよさそうな作品である。
プロデューサーズ
(2005)
本気でおバカな映画って最高にオモシロイ!!

この映画はトニー賞12部門に輝いたミュージカルを映画化したものであり、舞台版のキャストが勢ぞろいしているとのこと。インド映画というミュージカル映画の呼吸はだいぶつかめてきているが、さてアメリカのミュージカルはどうだろうかという思いで観に行ってきた。

インド映画を知る前のミュージカルといえば、子供の頃にテレビで観た『マイ・フェア・レディ』や『サウンド・オブ・ミュージック』くらいのものだ。その頃は、急に踊り出したりセリフで言えばいいものを歌にしたりするのが不思議で、さらにちょっと気取った感じがした。まあ標準的な日本人の子供の感想であろう。

今回の映画の前評判は上々であったが、ちょっとした不安があった。実は先日、劇団四季の『キャッツ』を見てきた。
「私は既にミュージカル好きになっているのかもしれない。さて日本最高峰のミュージカルはどんなもんだろうか?」と見に行ったのだが・・・・・・寝た。もはや自分はインド映画以外には適応しなくなっているのではあるまいか!?

しかし!きょうは久しぶりに時間を忘れて楽しめた。
これぞアメリカのエンターテイメントという感じ。
下品でお色気で、ばかばかしくて、くだらなくて・・・
・・・でも最高に面白かった

最初こそ、アメリカンミュージカル独特の歌い方にとまどったものの(これはインド映画でも同様。あの甘ったるく甲高いソプラノは慣れないととまどうだろう。)途中からはミュージカル映画ということすら忘れて見入ってしまった。

演じる役者はみなすばらしい。
ダンスはもちろんうまいのだが、それ以上に体での表現力やリズム感が抜群なのだ。やはりどんなに優れたCGよりも、生身の人間の演技にはかなわないのだと思った。私は途中で何度も心の中で拍手を送っていた。

ただ、衣装の派手さとエキストラやダンサーの数はインド映画の方が勝っているかもしれない。「このシーンはダンサーがこの倍の人数いたらもっとゴージャスになるのになあ」などと考えていた。

ハリウッド映画はどうもいつも辛口な感想になってしまうが、この映画に関してはインド映画好きの人はもちろん、ミュージカル映画が苦手な人でも楽しめると思う。
こうしてひとときスクリーンの中に日常を忘れてのめりこむ・・・
これこそ娯楽映画の神髄だ。観るものをとことん楽しませようとするサービス精神があふれたエンターテイメント。レディースデーの千円では申し訳ないような感じすらした。

ちなみに映画の最後にはアンコールのお楽しみもついている。