私がインド映画を好きになった理由

日本ではメジャーとは言えないインド映画。いったいどのような経緯でファンになるのだろうか?
インド映画を好きになった人は大まかに以下の理由が多いのではないかと思われる。

 『ムトゥ 踊るマハラジャ』(あるいは他の日本語字幕化されているインド映画)を観てファンになった。
 インド(またはその近隣諸国)を旅行した時に映画、テレビを観てファンになった。

次に続くのが
 インドが好きになりインド映画のことを知った。あるいはヒンディー語の勉強をするために観てはまった。
 友人、知人、恋人、伴侶がインド人(もしくはインド映画を観られる国の人)で影響された。
 もともとの映画好き。行き着いたのがアジア映画でありインド映画。 


「なぜインド映画を好きになったのか?」と聞かれることがたびたびあり、実はそのたびに答えに困っていた。
この分類で言えば私の場合はAに当たる。
「インドのテレビで見たミュージカルシーンが面白かったから」というのが簡潔な答えだが、
そこからインド映画にたどりつくまで長い道のりがあった。
それをひとことで片付けてしまいたくないという思いはあったが、
説明が長くなるのであまりはっきりと答えたことはなかった。
だがここは私のサイトなので、思う存分自分語りをしてしまおうと思う。
以下、そんな管理人のつぶやきに興味がある人はお付き合いください。

ありがちな海外旅行好きOL
私は海外旅行が好きだった。
香港、ハワイ、ヨーロッパに行き、観光しておいしいものを食べてブランドもののバッグなんかを買ってしまう。
どこにでもいる、ありがちなOLの夏休みを過ごしていた。
同じ場所に何回も行くよりは新しい場所に行きたがる私としては、次なる目的地はトルコでありエジプトでありケニアだった。
ブランドショッピングも好きだが、世界の名所旧跡やちょっと秘境チックな所に行くのもとても楽しかった。
「インド」という選択肢はその一つだった。しかも優先順位はかなり後。
「あまり興味がないけど人生観変わるとか言うしな〜。ちょっくら行ってみるかな。」程度の思いだった。
デリー、アグラ、ジャイプール、といういわゆるゴールデントライアングル。
パックツアーの5日間で十分だと思った。

つまらなかった初めてのインド旅行
全食事、全観光付き、高級ホテルに滞在するそのツアーは面白いとは言えなかった。
確かにタージマハル、アグラ城はすばらしかったけど、それだけだった。
ちなみに私はそのツアーに一人で参加したのだが、同じツアーの人が
「街の中に行ってみたい」と申し出たところ、現地係員のインド人に「危ないから」とあえなく却下されてしまった。
ツアー自体は大手日本の旅行代理店だが、たいていそれらは現地の旅行代理店が請け負っている。
万が一何かのトラブルに会っては、現地係員にとどまらず現地の会社自体が受注できなくなってしまう。
そんなリスクを負うくらいなら、杓子定規にホテルと観光地の送迎だけで済ませている方がいいわけだ。
係員によってはいろいろな所に連れて行ってくれたという話も聞くが、
ハードスケジュールなツアーでは日程どおりにスケジュールをこなすことが最優先となる。

車の中から見るインドの街中の風景は雑然とし、人と車でごった返しており、
インド人の人を凝視する鋭い視線には恐怖さえ感じた。
こんな中に飛び込んで行かなくったって、美しい遺跡を見るだけでいいと思った。
というわけで、そのインド旅行は単なる観光地巡りで終わってしまった。
それで十分だと思った。そしてもう来ることもないと思った。
しかし、そこで私はヘンな菌をもらってしまったのだった。
「インド映画」という強力な菌は長い潜伏期間を経てその後発病することになる。

インドのテレビ
一人参加だったので、夜はグループでの食事を終えると部屋に戻り次の日の荷物整理なんかをしていた。
つけっぱなしにしていたテレビからは例のインド映画のミュージカルシーンが流れていた。
当時は今ほど垢抜けたものではなく、サリー姿の女優と濃い俳優が芝生の上をくるくると抱き合いながら
転げ落ちてくるといった手合いのものだった。
甘ったるいソプラノと暑苦しいテノールのデュエットに合わせて。
「インドってこんなテレビをやってるんだ」
なんだか妙に面白いと思った。
こんなの日本で見たことない。気にはなったけどそれだけ。
外国のテレビを見てちょっと新鮮に感じる程度。

インドに行って人生観が変わる?
インドに行くと人生観が変わるなどと言われる。
人生観が変わると言われているもの、ダイビング(体験ダイビングだったが)やピラミッドを見たが、すばらしいとは思ったが
「そんなに簡単に人生観なんて変わるはずないよね。」
というのが正直な感想だった。

しかし今にして思えば、インドに行って、くやしいことに、めちゃくちゃ人生観が変わってしまったのだった。
そう、インドに行って私は変わってしまった。
「人生」は大げさかもしれないが、少なくとも趣味、生活やものの見方は間違いなく変わった。
でもこれこそが人生ってヤツかも。
何年後かにインド映画にうつつを抜かし、サイトを作って、ヒンディー語を習うなんて、
この時はそんなことなどわかるはずもなかった。

タイで何かがはじける
インド旅行から2年後。
インドのことなど全く忘れて私は友人とタイに旅行に来ていた。普通に観光やビーチなどで楽しんだ。
友人は先に寝てしまい、眠りにつくまでの間、何気なくテレビを見ていた。
そこに流れていたのは例の濃い男女が踊りまくる、なんとなく見覚えのあるビデオ。
「あ・・・これは!?」「タイでもこんなのがあるの?」
いや、でも画面に出ているのは明らかにタイ人とは思われなかった。
これ、インド人じゃない?インドで見たアレじゃない?
その番組の最後で、よくは覚えていないが、とにかくそれが「インド」のものであるというテロップが出た。
「このミュージカルシーンはインド国内だけでなく、国際的なマーケットになっているんだ。」
私の中で何かがはじけた瞬間だった。

ペルーにて
今でこそ歌って踊ってはインド映画の代名詞ともなっているが、当時の私はそれが何ものであるのかさっぱりわからなかった。
もやもやとした気持ちをどこかに抱えながらも、その数ヵ月後、私はペルーに旅行をしていた。
現地係員は日本人だった。
マチュピチュへ向かう登山列車の中、私は彼と隣同士になった。
世界中を旅しながら添乗員をしているという彼に私は、
当時夢中になって読んでいた蔵前仁一氏の著書「ゴーゴー・インド」の話をした。
彼は思わぬ告白をした。「ヤク中になっている話あるでしょ、あれ僕なんですよ」
(帰国後、本のイラストを見返してみたが確かに似てなくもない。)
その真偽のほどはわからない。ともかくインドに詳しそうな彼に
「インドのテレビで見た男女が歌いながら踊るヤツ、あれ面白いですね。」と話したところ、
「あれはインド映画に挿入されているんですよ。」
・・・あの歌いながら踊るヤツは映画のシーン?
このスタートラインに立つまでにどれほどの時間がかかったことか。
今ならネットで探せばこんな情報は簡単に手に入ったろう。
点と線がつながっていった。

ようやく読んだガイドブック

最初からインドのガイドブックを見ればもっと簡単にわかったかもしれない。
初めてそれがインド映画のものとわかってようやく本屋で『インド大発見読本』(宝島社)という本を手に取った。
松岡環さんの詳しいインド映画の解説が載っていた。
「これだ!!でもどうやって観ればいいの?」
たまたまマレーシアのクアラルンプールに行く友人に、その本のコピーを渡して
「もしあったら何でもいいからインド映画のビデオ買ってきて。」と頼んだ。
とにかく一度確認したかった。
帰国した友人は「添乗員に聞いたけど、そういうのはしかるべき場所にいかないとないみたい。」とのことだった。
日本で手に入れるのは絶望的かと思われた。あきらめるしかないのか。

「ラジュー出世する」
翌年のこと。
その時の私は仕事をしていなくて、昼夜ひっくり返った生活をしていた。
たまたまつけていた明け方のテレビ東京のCMでインド映画上映のお知らせが流れた。
一瞬のことだった。
これは今思えば運命的な出会いだった。
あの時あの時間に起きていてあのCMを見ていなかったら今の私はなかったかもしれない。
家から遠くない東京、中野の名画座チックな狭く古い映画館で上映された「ラジュー出世する」。
作品自体は特別に感動したというものではなかったが、私としては

やっと会えたね

という感慨深い思いで一杯だった。
最初インドでテレビを見てから3年の月日が過ぎていた。

ジュヒー・チャウラーがシャールク・カーンからもらったドレスをまとってのミュージカルシーン。
後に松岡環さんのコメントを読んだ時、日本人はこのシーンに照れてしまい笑ってしまうんだそうだ。
松岡さんはゾクっとしたと書いてあった。
私も身震いがするほどセクシーだと思った。

池袋のビデオ屋
「もっと観たい!!」
私はハローページでインド料理のページを広げ、片っ端から調べ、そして池袋に「ビデオ」と書いてある1件の店を発見した。
雑居ビルの4階にあるその店は、入るのに少し勇気がいった。
パキスタン人が店長を勤めるその店には随分お世話になったものだ。
今思えばその店長のお薦めはなかなかいい作品が揃っていた。
当時仕事をしていなかったこともあり、、山のように借りては一日中言葉もわからずに観ふけっていた。
最初は誰が誰だか俳優の区別もつかなかったが、当時全盛のシャールク・カーンに心引かれていった。
いかにもテレビから録画したビデオは画像も最悪、時には全く見られないこともある。
見られてもCMのテロップが始終入っているようなひどいものだったが、
遠く離れた国の映画が見られるというだけで満足していた。
借りてきたビデオから気に入ったシーンや歌をダビングし、繰り返し何度も見続けた。
何度見ても飽きなかった。自分でも不思議なくらいに。

さらに深みはまるも
その後はインターネットの前身とも言うべきパソコン通信でインド映画情報を得たり、
松岡環さん主催するインド映画上映会に足を運んだり(現在は休止)、
ご存知、『ムトゥ』の大ブレーク、インド映画祭などをはさみ、少しずつ日本でインド映画を観る機会に恵まれてきた。
観れば観るほど、その楽しさにのめり込んでいった。
しかし世の中のインド映画ブームは長くは続かなかった。
せっかくつかんだ糸が途切れそう・・・
ならば方法は1つ!インドへ行くしかない!

2回目のインドは憧れのムンバイに
もう来ることがないと思っていたインド。この頃の私はインド映画に恋した真っ只中。
「どうせ行くならボリウッドの聖地ムンバイヘ行きたい!」

そして私は2回目のインド、ムンバイへ来ていた。
初めてムンバイで観た映画もよかった。
それはシャールク・カーンの大ヒット作の一つ、『Kuch Kuch Hota Hai』。

私はタクシーの運転手に映画館の名前が入った新聞の切り抜きを見せてここに行ってくれと告げると
運転手は「その作品のチケットは売り切れだ」と言う。
だが300ルピー(くらいだったと思う)よこせば、どうにかするという。
初めてのインドでの映画で、値段も勝手もわからなかった私は運転手に言われるままにお金を差し出した。
とにもかくにも運転手はチケットを手に入れ、
そしてなぜかその運転手と一緒に1階席の隣同士で映画を観た。
ちょっと心配ではあったが、家族づれなど人が大勢いる映画館だったし、少し身を固くしながら映画を観始めた。
映画はすばらしいもので私は3時間弱、映画そのものとムンバイでボリウッドを観ているというシチュエーションに酔っていた。
帰りもその運転手のタクシーでホテルまで帰ったが、運転手は帰りのタクシー代はいらないと受け取らなかった。
彼は単に映画が観たかったのかもしれない。
騙されたのか、いい人だったのかよくわからないが、これがインドでのインド映画デビューとなった。


勝手がなんとなくわかり、ほぼ1週間という短い滞在で毎日のように映画を観に行き、KKHHは最終日も観に行ってしまった。
今ならDVDやインターネット等がありそんなにがっつく必要もないが、
当時はインドに行くしかインド映画を観られる機会がないと思われた。
むさぼるように映画を観ていた。
よくインド旅行へは「インドに呼ばれる」という表現をするが、私は「インド映画に呼ばれた」のだと思う。

2005年サイトを立ち上げる
年数がたつにつれ、あのブレークはどこにいったやらでいくつか開設されたインド映画を中心とするサイトがトーンダウンしていった。
私自身もその時々でインド映画に対する熱のアップダウンはあったが、忘れることはなかった。
あるときシバ神が夢枕に立ち「インド映画を世に広めよ」というお告げがあった・・・というのは冗談であるが、
ならば自分でサイトを作ってしまえ!この面白さを伝えるんだ!と思い立った。
今はインターネットの普及により世界中の情報が簡単に手に入る世の中だ。
しかし英語で書かれたサイトは星の数ほどあるが、日本語で書かれたサイトは思いの他少ない。
私の踏んできた面倒臭さを少しでもなくせればという思いでサイトを立ち上げた。

*****
それはウソではない。
でも本当はその時、自分自身が人生で最も苦しい時期だった。
何かにすがりたいのは私の方だった。
病気と長期に渡る入院を終え、心が空っぽになったまま人生の再出発となった。
友人が趣味のサイトを持ち充実しているのを見て、私もやってみようかと思った。
ほとんど衝動的にホームページを作るソフトを買ってきた。右も左もわからないサイト作りに没頭した。
サイトを作り出すとしばし不安なことが忘れられた。
このときほど趣味があってよかったと思ったことはない。


誰にでもわかるサイトを
どんなジャンルでもそうかもしれないが、わかる人だけがわかるものは確かにマニアっぽくて面白い。
しかし私はインド映画をそんな風に扱いたくはなかった。
誰だって最初は初心者から入る。
初心者は気遅れして基本的と思われることを聞きにくい。
例えば言葉の壁、俳優さんや作品の名前など・・・それは私も経験済みだ。
「私だってヒンディー語わからないしさ、普通シャールク・カーンとか知らないし。でもまずは観てみようよ。」
いや、実は日本ではどうやって観るかが一番難しかったりする。ならば私が得た情報の範囲でも提供できれば。
そんなおせっかいを焼いているようなサイトなのだ。
便宜的に使っているが、初心者って言う言葉もあまり好きではない。
1本しか見てなくても100本見ててもどっちがエライってわけではない。楽しんだもの勝ち。
私よりインド映画に詳しい人はたくさんいるからそういう知識は他の人たちにおまかして、
なんとなく興味を持った人に私のような遠回りをせず、
さらなる興味を持ってもらえるようなヒントを提供できればと思った。

サイトを立ち上げることにより、以前より多くのインド映画情報をチェックする日々が多くなった。
そしてますますインド映画の魅力を再認識している。
どんなジャンルであれ趣味を持つことはその人の生活に彩り以上のものを加える。
私はインド映画のファンになって本当によかったと思っている。

遠距離恋愛
こうして私とインド映画が出会い、今日にいたった。
手に入るまでが長かったからこそ、そしていまだに手に入りづらいからこそ、こうした思いが続いているのかもしれない。
それはあたかもなかなか愛しい人に会えない遠距離恋愛のように、離れている時間が思いを募らせているのかもしれない。
だからこそたまに日本で、日本語字幕つきで上映されると私はその映画の面白さよりも会えたうれしさに感動してしまう。
そして何年かに一度あちら(インド)に会いに行くと、疲れも忘れて毎日のように逢瀬を繰り返すのだ。

「インド」という国
インドという国を好きになってインド映画に興味を持った人も多いと思うが、
私の場合はインドそのものが好きになってきたのはかなり後である。
インド映画をより理解するにはインドという国、ヒンディー語、ヒンドゥー教などの宗教、文化を理解する必要がある。
そうして徐々にインドへの興味が沸いてきたという感じ。

「インド映画はまあまあ好きだけどね、インド自体はどうかなぁ。」
少し前まではこんな風に答えていた。インド好きをカミングアウトするのも相手を見てからにしていた。
なぜなら以前はある宗教団体の事件の影響が大きく、
インドへの誤った印象を持っている人がいるらしいこともわかっていたのでヘンな誤解を与えたくなかった。
インド好き=ちょっと変わった人という概念は正直今もなくはないと思う。
マスコミなどの報道を筆頭に、どうしてもインドをヘンなものにしたいという意図がある気がしてならない。
でもITを筆頭にインドのイメージも随分と変わってきた。
どんな情報であれ「インド」という文字を目にすると反応している自分がいる。

言訳じみたことを言っていても、本当は自分が思っているより遥かにインドが好きなのだろう。
自分でも薄々わかっている。そして周りは私以上にもっとわかっている。
本当に好きなものに対しては、気恥ずかしさもあってなかなか「好き」とは言えないものなのだ。

ミュージカルシーンに魅かれた理由
私は昔からフィギュアスケートの、特にアイスダンスが大好きだった。
美しい音楽に合わせ優雅な舞をする・・・
しかし実は高度なステップを取り入れて、数分間という短い時間に一つのドラマを作り上げる。
アイスダンスの伝説的カップル、審査員全員が満点をつけたイギリスはトービル・ディーン組の「ボレロ」の衝撃は今でも忘れない。
そういえばマイケル・ジャクソンの『スリラー』のミュージカルシーンにも驚かされた。
当時はスゴイ!と思ったが、マイケルがインド映画のミュージカルシーンにヒントを得たというのは結構有名な話。
そのくせハリウッドのミュージカルには特段心を動かされたことがない。

なぜインド映画のミュージカルシーンにこれほど心動かされたのはわからない。
それは恋した者が誰かを好きになった理由をうまく言えないようなものかもしれない。
素晴らしいミュージカルシーンでも、これはヒドイというミュージカルシーンでも、結構それなりに楽しんでいる。
楽しむポイントはたくさんある。
俳優陣、バックダンサー、彼らの衣装、音楽、歌、振り付け、ロケ地、映画本編との絡みなどなど。
映画の流れを壊すことなく(壊すこともある)、シーンを盛り上げ(意味不明なことも)、
美しい男女がさりげなく高度なステップを踏みながらも
(美しくない人、高度なステップが踏めない人にはその人のキャラクターと技量にあったステップを踏みながら)
とにかく今度はどんなミュージカルシーンを見せてくれるのか、
もっともっと見たいと思って今日にいたっている。
映画が駄作でも、ミュージカルシーンがよければなんとなく許せてしまう。

映画好きじゃなくてインド映画好き
私は元々映画好きではなかった。
映画館へはその時の流行の映画を誘われて観に行くくらい。
テレビやレンタルを含めても年間で数本といったところ。この数字は平均以下であろう。
もちろん面白いと思う映画はいくつもあったが、ハリウッド映画にのめりこむことはなかった。
エンターテイメントにかけてはアメリカは抜群にすばらしい。
ハラハラドキドキ、派手な爆発とアクション、アメリカ万歳的、恋愛映画でも自己主張が強い男女が登場する映画・・・
それらはもう一つ私の心の中には入ってこなかった。

ミュージカルシーンから入ったインド映画ではあるが、映画そのものがつまらなかったらここまでのめりこむこともなかったろう。
ちょっと気恥ずかしくなるようなストーリーがインド映画には健在だ。
恋愛、家族、祖国愛、正義・・・本当は誰もが持っているものなのに、
それが古臭い、時代遅れかのように嘲笑されるがゆえに失ってしまいつつある。

もっと言ってしまえば、少女時代に読んだ少女マンガの映画化がインド映画には残されている。
「いつもケンカばかりしているアイツ。でもなぜか気になる。」
これはもうインド映画の定番中の定番。
その最たるものがいわゆるDDLJと呼ばれている『Dilwale Dulhania Le Jayenge』。
そんなアイツこそが実は白馬に乗った王子様で私をさらっていってしまう。
女性なら漠然と一度は思い描いたことがある夢物語。
純粋な「好き」がインド映画にはたくさん詰まっている。それは私をとても幸せな気分にさせてくれる。

ハリウッド映画は観終わった後にすっきり感がある。インド映画にはじ〜んとした感じが残る。
最近ではインド映画も随分とハリウッド映画化されてきてはいるが、
根本にあるものはそう大きく変わらないと思うし、変わらないでいてほしいと思う。

それにしても映画好きでない私がよくぞ毎度3時間近くも鑑賞していることに我ながら驚く。

日本でのインド映画公開を夢見て
インドではインド映画は本当にポピュラーの存在だ。
「インド映画なんて」というインド人だって、人気俳優は知っているし、ヒット作を見ている。
それなのに日本人で「インド映画が好きだ」というと、そのマイノリティーさからなんだかマニアっぽいイメージがつきまとう。
韓流とまでは言わないけど、年に数本でも、ロードショーでなくていい、単館上映してくれないかなぁというささやかな願い。
興行的、権利関係の問題があるゆえに公開が難しいとされているが、
これだけ在日のインド人、その近隣諸国の人々、インド映画ファンが増えつつある今日、
もう少し前向きに検討してもらってもいいと思う。
そのためにも、少しでもお手伝いできればと思っている。

ちなみに・・・
私がこれまで観た映画の中でのベスト3は
『Dilwale Dulhania Le Jayenge』
『Hum Dil De Chuke Sanam (ミモラ)』
『Rangeela』

あ〜完全に趣味がわかってしまって恥ずかしい(汗)。甘ったるい作品ばかりだ。
でもどれも名作なので機会があったら是非ご覧頂きたい。
シンプルなストーリーだが登場人物がとても活き活きとしていて、ミュージカルシーンもすばらしい。
観終わった後はきっと優しく幸せな気分になれる。