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インドネシアの民話「ミナンカバウ」(Minangkabauまたは水牛の勝利)

ミナンカバウ(Minangkabauまたは水牛の勝利)

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地図:西スマトラ 西スマトラ州のミナンカバウ族にまつわるお話です。
 西スマトラの建物の屋根は、天に向かった水牛の角のような出っ張りが特徴的で、またこの地の人々は自分たちの地域を"Minangkabau" (The Buffalo's Victory)と呼んでいます。
 なぜ、"Minangkabau" と呼ぶようになったのか? その起源のお話です。

 600 年くらい昔のことです。ジャワには強い王国があり、ジャワの王様は西スマトラを征服しようと考えていました。そこで、ジャワの王様は西スマトラの人々に使者を送り、「服従か?死か?」選択するように迫りました。 

 西スマトラの人々は、「征服されたくはないし、死ぬのも嫌だ」と悩みましたが、ついによい考えを思いつきました。彼らは、ジャワの王様の使者に次のように提案しました。
「戦えば、死者もでるし、町も破壊される。水牛の試合で決着をつけましょう。あなた方の水牛が勝てば、我々はすすんで服従します。しかし、我々の水牛が勝ったら、我々を征服しようという野心を捨て、我々をこれまで通り自由にさせて下さい。」
 ジャワの王様はこの提案を受け入れました。そして、強そうな水牛を国内から探し出し、代表として西スマトラへ送り込みました。 ジャワから来たとても強そうな水牛を見て、西スマトラの人々は、落胆してしまいました。「これでは、我々の国の水牛では勝てない」と。 しかし彼らのうちの一人が名案を思い付きました。 まだ生まれて間もない子供の水牛を親から引き離し、その子供の水牛の角に鋭い鉄製の角をかぶせて3日間乳を与えずにおいたのです。 そして、「我々の水牛も準備が出来た」と、試合に臨みました。

 さて、試合が始まると、お腹を空かした子供の水牛は一目散にジャワの水牛へ突進し、お腹の下に頭を突っ込んで乳を探しました。すると、かぶせてあった鉄製の角がジャワの水牛のお腹を突き上げ、ジャワの水牛はあえなく鳴声を上げて逃げてしまったのです。

 意外な結果に終わりましたが、約束は約束です。 ジャワの王様は、征服の野望を諦めました。

 これが、彼の地を"Minangkabau"(The Buffalo's Victory)と呼ぶようになった理由とのことです。

パダン空港
パダン空港のメインビル

 水牛の角の模倣した屋根を持つミナンカバウ式の建築物は、ジャカルタのタマン・ミニ・インドネシア・インダーにもありますし、パダン料理店の装飾にも使われています。ご覧になった方も結構いるのでは。

 ミナンカバウ族は、一時期スマトラの中央部(ブンクル、ジャンビ、パレンバンまで)まで勢力を振るったそうですが、14世紀頃から始まったイスラム勢力の浸透で、現在の本拠地(ブキ・ティンギ)まで後退したとのこと。現在は彼らの多くがムスリムですけど、財産を女系の家族が相続していくというのは、彼らが元々持っていた習俗なのでしょう。イスラム教を信じながら女性が家督を継ぐというのは、不思議な組み合わせですね。(最近では、必ずしも女性が家督を継ぐ、というわけではないらしいですが...それから、マレー半島のミナンカバウ族では、女性が家で占めている権利・権限も、ブキ・ティンギのそれより狭い範囲にとどまっている、ということです。)


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