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備前焼の説明

備前焼は、平安末期和気郡香登荘伊部(わけぐんかがとのしょういんべ)《現在の岡山県備前市伊部》で成立したと言われています。それ以前は須恵器と呼ばれる焼き物を生産していましたが、現在のような備前焼の形になったのは、この頃(平安末期)から鎌倉時代にかけてのことと思われます。(平安時代から鎌倉時代初期までは還元炎焼成で灰色の壷や瓶が焼かれていました。鎌倉時代後半から、現在のような酸化炎焼成の茶褐色の地肌の陶器が焼かれるようになりました。)従って備前焼の歴史はおよそ1000年ということになります。

当初は熊山に窯があったそうですが、大量生産が行われるようになると、平地の伊部でやかれるようになったようです。室町時代の備前窯跡は広範囲に見つかっています。瓶、壷、鉢類、鬼桶、片口、徳利などの生活雑器が主に焼かれていました。室町時代後期になると、わび茶の流行から、茶器も焼かれるようになり、桃山期に備前焼の最盛期を迎えます。主な備前焼の技術や形は、既にこの頃完成されました。江戸中期になると藩の保護を受けるようになり、釉薬や絵付けをほどこした、彩色備前や白備前、絵備前なども製作されました。天保年間(1830-1844)には、天保窯と呼ばれる小型の窯も築かれ、注文にもすぐに応じるようになります。最盛期の販路は近畿・中国・四国・九州・沖縄におよんだようです。やがて江戸時代後期から流入しだした有田や瀬戸の磁器に押され、明治期に入って交通が整備されて安価な磁器が出回り始めると、当時はまだ、あくまで生活雑器だった備前焼は急速に衰退します。昭和31年(1956)、金重陶陽氏が重要無形文化財(人間国宝)になられたのを期に、備前焼を美術品と認識する動きが出て、再び備前焼のブームになります。(現在は、美術品の備前焼から、また雑器の備前焼に関心が移っているようです。)

備前焼の土は、冬の間に水田を掘り下げて、下層部にあるやや鉄分の多い「干寄(ひよせ)」という粘土を主として用いています。掘り出した粘土は2-3年風雨にさらします。これを水で戻して精製し、粘土(陶土)にします。土は作陶まで8年くらい寝かせるのが通常です。

備前焼は現在も大半が登り窯や穴窯で焼成されています。

日本には数えきれないほどの焼き物及びその産地があります。多くの産地は、文化や陶材の変化を理由に、産地本来の作り方や色を変えてきました。

備前焼は1000年の歴史を持ちながら、その焼成方法や製作方法が、ほとんど変わっていない珍しい焼き物のひとつです。

その理由はいくつかありますが、第一に、備前の土は耐火度が弱いため、時間をかけてゆっくりと焼かなければ、へたったり、火膨れが出来たり、割れやすいこと、また鉄分が多いなどの理由で、釉薬をかけても、収縮率が合わず薬がのらなかったり発色がうまくいかなかったりで、施釉に不向きであったことが考えられます。

また、長時間かけて無釉焼き締めで焼き上げた備前焼は、その色や技法で、胡麻(ゴマ)桟切(サンギリ)緋襷(ヒダスキ)など分類はされるものの、つまるところ、いずれの焼き色も自然が作るもので、「侘び」「寂び」を感じる日本人には受け入れやすく、しっとりとした土味が親しみを覚えさせてくれるので、伝統を絶やすことなく作り続けることが出来たのだと思われます。更に言うと、備前は使えば使うほどしっとりとした色合いや艶が出て変化すること、水が腐りにくいので水を使う器としては機能的に大変優れていることなど、備前ならではの特徴も人々から愛され続けた理由です。

1000年の間、独特の陶土があることで、続いた伝統の備前焼も、肝心の陶土が激減し今までどうりの無釉焼き締めが難しくなってきています。人によっては、あと100年備前焼を今のまま作ることは難しいと言う人もいます。事実備前独特の本来の紫蘇色が出る土は確実に採土出来なくなっていますし、陶土そのものも少なくなったため大変高価なものになっています。

備前焼は窯変の種類でさまざまな色がでるので、とかく派手な窯変ばかりに目がいくのですが、やはり、一番の特徴は、素地の色とも言える紫蘇色です。奇麗な紫蘇色を出すことは本当に難しく、土が悪くては絶対に出ませんし、焚く時間、温度、湿度、還元にする時の空気量など、色々な条件がそろわないと、まず出てくれません。

言わば、紫蘇色は、備前焼の基本の色です。良い土の少なくなった今日、その大切な紫蘇色が出難くなっているのは確かです。土味の悪い、しその葉の紫蘇色ではなく、むしろ茶色の備前焼を見ると、備前を愛する者の一人として、とても淋しい気持ちになります。もちろん新しい備前焼を求めて、新たな色や土味の異なるものをお作りの方もいらっしゃいますが、私は好きな紫蘇色にこだわらないわけにはいきません。幸い、師匠(榊原貢)も力になって下さっています。《風月窯の紫蘇》と言って頂けるよう頑張りたいと思っています。

皆さんも、備前焼をご覧になる時、是非、備前焼独特の紫蘇色と土味に、お気を止めて頂けたらと思います。

参考までに一般的に言われる備前焼の窯変の種類を記しておきます。

桟切り:窯変の代表的なもの。窯の中で薪が燃えて炭にになり、その炭火や灰の中に作品が埋もれて地肌が変化したもの。暗灰色や青黒色などのさまざまな色になる。

胡麻:焼成中に燃料の灰が作品に降りかかり、ブツブツとゴマのような地肌になったもの。高温でゴマが流れたものや、流れて垂れたものもある。

緋だすき:昔は器同士が溶結しないように器の間に藁をいれたり、器がくずれないようにまとめて縄で縛って窯入れをした。そのような藁が燃えて、素地と化学反応を起こし、赤・朱色・茶色などの襷をかけたような模様を呈したものを緋たすきと呼んだ。今は藁を人為的にかけることによって作っている。

牡丹:牡丹もちともいう。窯入れの際に、器同士を重ねると、炎や灰が当たらない部分ができて、赤や茶色の模様ができる。形状が牡丹もちに似ているので名付けられた。

青備前:備前焼は酸化炎焼成だが、窯の火加減で一部還元炎焼成になることがある。青黒く焼けるので、昔はこれを青備前と呼んだ。現在青備前と呼ばれているのは、焼き上げの際に食塩を窯に投入して、窯を密閉しておき、化学反応で青黒く焼き上がる技法のものを言う。

伏せ焼:器の上部と下部の色が異なった物。窯入れの際、器の口を下にして伏せて焼くとこのような物になる。伏せた部分で藁が焼き付いて緋だすきになった物もある。

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