日置流印西派をまなぶ

 

一世の師と仰がれた 浦上栄 先生を慕う  

稲城 紅葉会

 

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浦上栄先生の思い出の言葉

 

 

「栄先生の思い出の言葉の数々」

 

 その1.  物見とは、やよとて人の呼ぶ時に、いると答えて見向く姿よ”

  私が日置流を学び始めたころは、まだまだ前の本田琉の引き方がたくさん残っていたようで、無理やり、いっぱいに物見をして窮屈そうにしていたようです。それを見て先生は教歌で何回も何回も、教えておられたようです。ニコニコしながら、(〜さん、と言われて私の左側に立たれ手をポンとたたかれ、こうやって人から急に呼ばれた時に、ハイと言ってそちらを見る時のように向くんですよ!)と親切に教えてくださっていました。これが日置流の「眼尻・目頭」の教えです。

 

その2.はい!伸びて…伸びて…チィ,チィ、チィ,チィ、チィ ,チィ、 チィ,  チィ… パン!

   これは栄先生に、教わった人なら決して忘れることのできない大切な言葉です。

先生はいつも引き手の前に立たれ、詰合いの状態に入った射手の胸弦を指で押さえて、”はい!伸びて…伸びて…チィ,チィ、チィ,チィ、チィ ,チィ、 チィ,  チィ… パン!といわれ私たちに伸び合いと胸割りを、いつも指導しておられました。 うまく離れた時は、顔を覗き込んでニコニコしながら、「あ…うまくいった!」 と言われ本当にうれしそうな顔をされて私たちを励まされていました。また反対に詰合いでゆるみが出はじめたら、すぐに大きな声で「ゆるむ、ゆるむ、のびてー」と活を入れられました。本当に素晴らしい教え手でした。

私達は自分にも、新人にも、この日置流の基本的な教えを適用して頑張っています。

 

その3. 「私達のホームページみて懐かしい昔の同志からメールをいただきました」

   初めて便りします。稲城紅葉会のホームページを拝見して懐かしく思いました。私も昭和3810月頃から武蔵工大で浦上道場に通わせて頂いた……と申します。同期の者より遅く始めたため、早く追いつきたい一心で夢中で道場に通いました。道場に入ると浦上先生が道場の掃除をされていました、「先生、私がします」と言って箒を受け取ろうとすると、あなたは一射でも多く引きなさいといわれ、大先生に掃除をさせて弓など引けないとオロオロしたことなど思い出します。

 また福留先生、小野先生、米山先生、懐かしく思います

その友人が手つくりのギリ粉入れを送ってくれました。

わたしの宝物です!

 

 

その4.「栄先生は本当に弓がお好きでした!」

上の言葉を見ていて思い出しました。私達が道場に言って練習していると、

先生はよくよし!私も引いてみようと言われ、傍の練習用の弱い弓もってこられ、一緒に的前を引かれました。弓が弱いので、みな的の下に行くか、ハケ矢でしたが決して前後には矢は行きませんでした。御年になられても弛んだり、取られたりすることなく

気力のある伸び合いと離れをしておられました。 

私たちも年をとって弓を引くのを、やめてしまうのではなく、

弱い弓でも皆と一緒に引きたいと思う気持ちを、持ち続けたら、いいですね。

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その5.練習中によくよく聞かされた栄先生の言葉を思い出しました。

○○さん、人の後ろから、そのひとのツケ(ねらい)を見ると、昔は無礼討ちに(切り殺される)されたんですよ…、とよく親父からいわれたましたよ!」

とニコニコされながらよく言われていました。

こういった弓引きの常識を事あるごとに教えられました。

現在で、頼まれもしないのに人のツケを後ろから覗いている非常識な人をよく見かけますね。

 

「○○さん、私の親父はねー、ある百射会に行ったとき、カケを忘れてきたのに気付き、どうしようかと考えたんですが、取りに戻ると、大切なカケを忘れたんだ〜と思われるのも嫌なので、そのまま素手で、とうとう百射を引いたんですよ〜」

と、これもまたニコニコしながらよく話されていました。

昔の人が引く弓は現在のような薄い弓ではなく、相当、分のある強い弓でしたから相当の豪傑であったことが、推測されますね。

 

「○○さん、私のおやじはね〜、よく中ったんですよ!親父が射会に行くと、他の人は今日は一位は無理だから弐位を狙おうと、言っていたそうですよ!」

これはまじめな顔で、自分の父親に誇りを持っておられるように話しておられました。

 

「○○さん、私の親父はかわいそうだったんですよ!昔から四つカケを引いていたから三つカケを使うことができなかったんですよ…でも良く中ったんですよ…」 

これは先生のお父さんは備前岡山藩士で堂射もやられていたそうなので、その関係で四つカケで引かれていたとのことでした、その後四つカケでも近的で引く、取り掛けを説明してくださいました。

しかし近的には三つカケが有利であることは言うまでもありません。

昨今、人まねをして若い人たちが四つカケを使っているのをよく目にします。

 

ここで、浦上栄先生が、武徳会設立のときに三つカケを推奨された文章を抜粋してみます

「三本カケは帽子短く、離れも軽く、中りにも有利なり、離れに際しては引き込みたるまま離しうる…

それに反し四つカケは帽子長く、外へ捻りを戻して離すを法となすが故に肘の力がぬけ、肘が下がり或いはゆるむ等の原因となる欠点あり。四つカケ使用者の言い分としては三つカケよりは立派に見ゆる事、強弓が引き得ることなどを挙げるも馬手計り強くするとも限りある弓手の力を強くすることは絶対不可能なり。されば射は弓手を原動力となし弓手と馬手は平均することを主とする以上、不平均は禁物なること明らかなり。要するに馬手は弓手の力に堪ふるをもって足れりとなす。価格の点においても…」  「もみじの春秋」より

 

その5.栄先生の直弟子からお聞きした言葉

       「心の鏡を見なさい」

 

昨今、多くの道場には姿見などの鏡が設置されていることがよくあります。

鏡を見ながら引くと、引取りが楽で、なんだかうまく引けてるような気がすることがあります。

しかし顔を戻して引くと今度はなんだか不安になって、又見る。と言った悪循環に陥りやすいですね。

私も弱い人間の一人ですので、そのようなことが良くありました。

しかしそれは良い練習とはいえないようですね!

   心の中の鏡に自分を照らして練習頑張ります!

 

   http://www.geocities.jp/inagi_momiji/urakamidoujyou10.jpg

 

浦上道場にはそのような物はありません。ただ一つ小さな丸い鏡がかけてありますが、それはこの言葉を私に伝えてくださった方が、由緒ある鏡なのでお家の中のどこかにおいていただければ幸いと思い、お持ちした物だそうです。

 

   

 

そういえば、私たちがここで練習しているころは、これがありませんでしたので

ガラス戸に移る自分を横目で見ながら引いたのを思い出しました。

 

    もうひとつ話してくださいました。

  「栄先生は決して4つ矢を引かされなかった。いつも一手だけでした…。」

         

 

その6.栄先生はいつもご自分が率先して物事を行っておられました。

 

  私たちが練習に行くと、ご自分が何を行っていてもすぐに片付けて

まず、ご自身が巻き藁の前に立たれ一射引かれ模範を示され、それに続いて私たちが順番に引き、ご指導を受けた物です。そして、ふた周りしてから的前にたちました。

これは先生がお元気な頃は、いつものことでした。

 

また、夕方になると多くのベテランの方たちが練習に来られると「大前落とし」が始まります。

そのときは、ご自身がいつも「矢振り」を行ってくださいました。

 

    yahuri.jpg

本当に懐かしい場面です。

私も仲間に入れていただきましたが、決して大前に出る機会はなく、また矢取りに行くことも余りありませんでした。下手ほどその辺でウロウロしている競技です。

先生は名札を並べて一人一人の射をご覧になり、よい射が出たときは大きくうなづいておられました。

また、「源平合戦」や「二人一組の競技」などを行うときも、必ず矢振りをしてくださいました。

 

思い出してみると,このような場面は二度と味わえない貴重な経験だったと思います。

 

 床に敷いてあるカーペットも大変懐かしいものです。

 

 その6.「栄先生は道具の扱い方も親切に教えてくださいました!」 

 

「○○さん、カケはこのようにしてよい癖をつけておくと、あとで使うときに調子がいいですよ!」

このカケは勿論栄先生が「紅葉重ね」のなかで推奨されている作り方に従ったものです。

浦上栄先生の教えを学ぼうとする人は、このようなカケでないと到底学べません。

 

 

袴のたたみ方についても、きちんと教えてくださいました。

「こうしてしまっておくと場所を取らずに便利ですよ…」と。

 

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