平 均 律 ク ラ ヴ ィ ー ア 曲 集 教 本
ヨハン・セバスティアン・バッハ 2001著
--- これは創作です ---
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ようこそ。私はヨハン・セバスティアン・バッハ2001です。
本書は平均律クラヴィーア曲集教本です。1744年にまとめました。

The Well Tempered Clavier
or
Preludes and
Fugues through all the tones and semitones
including those with a major third or Ut Re Mi
as well as those with a minor third or Re
Mi Fa. For the profit and use of
musical youth desirous of learning
and especially for the pastime
of those already skilled in
this study composed and prepared by
Johann Sebastian Bach
at present
Capellmeister to
His Serene
Highness
the Prince
of Anhalt-Cothen,
and director
of His
Chamber Music.
Anno
1722

まえがき(−それより早くMIDIで聴くことをお望みでしたらこちらへ−)
お話しておきたい点が3つあります。

まず、はじめに
適切に調律された鍵盤楽器(a well-tempered clavier)を使ってほしいということです。

本書をまとめた1722年頃には、鍵盤楽器の調律を安定させておくことは皆さんにとって、私にとってさえ難しいことでした。良家の子女が邸宅の一室で私の作品を弾こうと調子の外れた鍵盤楽器の前で悪戦苦闘している音を、通りがかりに窓の下で聴いたことがあるでしょう。これは悲惨です。オルガンの場合には演奏する前に毎回、調律について心配する必要はありません。オルガンの調律はパイプの製作時にきちんと調整されるからです。しかしオルガン以外の鍵盤楽器は何本もの強く張った鋼製の弦をそれぞれ調律のピンで押さえているのです。温度や湿度、機械的ショック、粗雑な扱い、そして最も大きな要素である時間が調律の状況に影響を与えます。専門の調律師が適切に調律をしたとしても、次の日にはいくつかの弦が滑ってしまうかもしれません。1週間後には音がまったく、ずれてしまうこともあるでしょう。ですから、音の状態について非常に気をつけていることが必要です。ご自分の鍵盤楽器の調律法を皆さんがご存知であればそれが一番です。ヴァイオリニストは当然ながら楽器の調律を自分でします。管楽器などの単音楽器の奏者は鍵盤楽器の調律のような悩みはないでしょう。

お持ちの鍵盤楽器が良い楽器であれば、練習とそして音楽そのものを楽しむことができます。しかし、音の外れた鍵盤楽器ではこの平均律クラヴィーア曲集の練習や研究はうまくいきません。ひどい場合には、音の高さや和音の構造についての判断能力を阻害してしまうかもしれません。そして、音や音のつながりを理解できなくなって、平均律クラヴィーア曲集への興味を失ってしまうことにもなりましょう。さもなくば、この前奏曲とフーガはただ音がごちゃごちゃしているだけだと、おっしゃるようになるかも知れません。こうなる前に、もう一度ご自身の鍵盤楽器を調べてみていただきたいと思います。平均律クラヴィーア曲集は、適切に調律された鍵盤楽器を必要とする新しい音楽作品です。将来は長期間安定した調律を保てるように鋼製の頑丈な枠で補強された鍵盤楽器ができるでしょう。21世紀頃には自動的に調律ができる鍵盤楽器も登場して調律の悩みから解放されるでしょう。

ところで、どんな調律法というか音律を使いますか。等分平均律ですか。等分平均律ではひとつ上の半音との周波数の比率が常に一定で、その値は2の12乗根です。冗談だって。それはまあ、皆さんにとってはどんな楽器でも2の12乗根を使う等分平均律で調律することなどできないでしょう。周波数測定器などありませんから。1722年でも1744年でも、周波数測定器どころか二つの音の間のうなりの数が毎秒いくつならいいかという値を出すに必要な対数計算法もそんなに普及していませんでした。すなわち等分平均律は当時はもとより今(1744年)でも理論上のものです。そこで、皆さんはヴェルクマイスター氏が考案された調律法などをお使いになられるでしょう。鍵盤楽器の調律においては、全ての音や調性がきれいに心地よく響くようにすることが必要です。

鍵盤楽器では、独立した3度と5度が必要です。ハ長調であれば、ハ―ホ(C-E)、ハ―ト(C-G)です。純正律では、ホ音(E)とト音(G)は根音のハ音(C)の近隣倍音になります。鍵盤楽器のそれぞれの音が同等の性格を持つべきと考えます。音の多声的動きの中では、根音と完全に共鳴する3度と5度は旋律の動きにおいてその力をそぎ、安定した流れを阻害します。それぞれの音には独立性が必要なのです。私の弟子の一人、フリードリヒ・ウィルヘルム・マルプークには、全ての3度を高くするようにと指導したことがあります。合唱や弦楽合奏では各声部はそれぞれの音の性格を持ち、空間的位置も違うので、完全に共鳴する3度や5度でも聴き手として独立した音と認識できるでしょう。

ご自身の鍵盤楽器をお調べになるなら、最後のフーガの主題、すなわちフーガ第24番ロ短調を弾いて、12音の全てがどのように響くか、を聴かれるとよいでしょう。

聴く 聴く
ト―嬰ヘ(G-Fis)、ロ―嬰イ(H-Ais)、 ホ―嬰ニ(E-Dis)、ハ―ロ(C-H)、嬰ヘ―ヘ(Fis-F)、ニ―嬰ハ―ハ(D-Cis-C)、ハ―嬰ハ(C-Cis)、トリルのなかでイ―嬰ト(A-Gis)という半音進行がロ短調主和音、ロ―ニ―嬰ヘ(H-D-Fis)の上に展開しています。全ての半音階は自然に響かなくてはなりません。皆さんがこの主題のはっきりとした形を把握されれば、心の中でも再生できるようになり、皆さん自身の「適切な調律」を体得されるでしょう。

音階上の音は、音の自然な共鳴や倍音に基づいて構築されるものと考えられています。もちろん、自然な共鳴を大事にしなくてはなりません。また、もし、等分平均律が現実のものとなったとしても、声楽や交響楽ではなじまないでしょう。しかし、鍵盤楽器に関しては始めに音の葉ありきと私は確信したのです。いろいろ理由はあります。まず、ドイツでは「B」が「変ロ」として使われていますが、これは英語圏では「B♭」です。等分平均律では「嬰イ」と同じです。ご存知とは思いますが、我が家名は「BACH」ですから、英語圏の音楽表記でいえば、「B♭、A、C、B」(変ロ、イ、ハ、ロ)です。この音の繋がり、しいて言えばテーマの原型のような存在は、どんな調性においても、同一であるべきだと考えました。だいたい、我が祖国ドイツにおいて「H」が英語圏の「B」の意味を持つのは、一種の謎でしょう。きっと、ハ長調の音階、ハニホヘトイロハ(CDEFGABC)の小文字表記(cdefgabc)で、ドイツのみんなは「b」を書くのが下手で、下の部分が開いて「h」になってしまったと考えられます。その上、「b」は「♭」に似ているので、それらをきちんと識別するために、「h」を使うことにしたのでしょう。バッハ家にとっては幸運でしょうか、「h」もBachに含まれますから、Bachという姓そのものが旋律的主題となりうることとなったのです。「Bach」は名前であると同時に音楽にもなりました。

ところで、等分平均律はまったくの妥協の産物であって、それぞれの音はそれぞれ傷つき、ひとつも完全に調律できないこととなり、鍵盤楽器のための音楽を作曲家がつくろうとするとき、調性による違いを完全に葬り去るものだと多くの方が言っています。私はこの考えに賛同できません。私が思いますに、等分平均律という音律なり調律法は、妥協の産物などではありません。これはきっと先験的に与えられたものではないでしょうか。表紙で示しましたように、「始めに音の葉ありき」です。一年はぴったり三百六十五日ではありません。また、ぴったり52週でもありません。しかし、やはり1年は365日であり、52週です。これを妥協の産物という人はおりますまい。思うに、他の音律ないし調律法こそ妥協の産物ではないでしょうか。言葉でいえば、「始めに言葉ありき」ですし、音楽で言えば、「始めに音の葉ありき」でしょう。宇宙のことを考えますと、そこには空気がないのですから、音もありません。でも、たとえ宇宙においてでも、すなわち音が存在しなくても音楽は、音の葉の情報として、言い換えれば、音符を基礎とする情報として、存在すべきです。調性による違いもそれはありますでしょう。でも、それは、音律や調律法によってもたらされるものでなく、旋律なり主題の音の高さそのものの違いであるでしょう。一つ一つの旋律は固有の音高を持っています。皆さんはどんな旋律でも必要に応じて移調することができます。でも、旋律のもとの音高はそれ固有のものです。作曲家はたとえば7つのシャープを要する嬰ハ長調や7つのフラットの変イ短調の曲を書こうとするときそれなりの気分というか雰囲気を想定するかもしれません。楽譜はそれはもう変わっています。そうした楽譜を前にすれば、演奏家も緊張するでしょう。「ハ長調を半音あげたとか、イ短調を半音下げた」などとは言ってはいけないのでしょう。

全音音階には長音階と短音階の2種類があります。楽譜の作り方からして15種類の長音階があります。それぞれの長音階には対応した第6音からスタートする短音階(自然短音階)があります。短音階にはこの他にも和声短音階と旋律短音階があります。そうすると、60種類の音階があって、そのうち15種類が長音階ということになります。でも、短音階の3種類はまあ、短音階内部の種類わけの範囲と言ってもいいでしょう。

また、エンハーモニック関係からロ長調は変ハ長調と同じであり、嬰ヘ長調は変ト長調と同じく、嬰ハ長調は変ニ長調と同じとします。短調でも、嬰トと変イ、嬰ニと変ホ、嬰イと変ロは同じとできます。私は第3番の前奏曲とフーガを変ニ長調でなく嬰ハ長調で作曲しました。また、変ハ長調でなく、嬰イ長調(H−dur)で、また、嬰ニ短調の代わりに変ホ短調にしました。

等分平均律にまだ賛同できないのであれば、それはまるで、未だに太陽が地球の周りを廻っていると思うようなものです。そして、15の長音階と15の短音階を残すことになります。等分平均律によって、12の長音階と12の短音階に収束できるのです。等分平均律は単に調律の技法ではありません。それによって、音の葉、要すれば音符が世界における、また、宇宙における音楽の言葉として、また、情報言語として確立されるのです。

約百年後になるでしょうか、ハンス・フォン・ビューロウとかいう方が私をほめてくださって、「ピアニストにとってバッハ氏の平均律クラヴィーア曲集は旧約聖書であり、Be***のソナタ集は新約聖書である」などと言ってくださるそうですが、私としてはいい迷惑です。平均律クラヴィーア曲集をありがたくも聖書になぞらえていただけるなら、「バッハ氏の平均律クラヴィーア曲集は新約聖書である」といってほしいのです。旧約聖書に相当するのはグレゴリアン聖歌でしょうか。


つぎに、
聴くだけではなくて、やはりこれらの前奏曲とフーガを演奏することこそが必要です。

この平均律クラヴィーア曲集は「学習熱心な若い音楽家の卵の教材となり向上をもたらしまた、熟達した演奏家の音楽の楽しみに供するため」に作曲しました。ですから、もし、鍵盤楽器が弾けない方がいたら、是非練習していただきたい。それがだめなら、鍵盤楽器を弾く代わりに皆さん自身のために、この曲集を読んで写譜をしてはどうでしょうか。書店で売っているから写譜などする必要がないって、まだ出版していないのに。まあ、ともかく、心のなかにでも写譜してみてください。

約百年後に、ロベルト・シューマンという方が私の平均律クラヴィーア曲集を「音楽家の心にとって日々の糧」と言って下さるようです。私はとても嬉しく思います。シューマンさんはさらに、「大好きなバッハの平均律クラヴィーア曲集のフーガを詳細に分析している。この研究は私に多くのことを与えてくれ、心と頭を理論的観点から強くしてくれる。バッハは素晴らしい人だ。不完全なところや弱いところが全くない。全てが永遠のために書かれている。」とも言われるようです。いまここにロベルトがいたら、いっぱい音楽について話したいことがあるのにと思います。

学習熱心な若い音楽家の卵の皆さんが最初から演奏技術にあわせて音楽的思考力を身に付けて欲しい、ということが私の望みです。私の最年長の息子であるウィルヘルム・フリーデマンは1722年当時11才でしたか、この平均律クラヴィーア曲集によって、作曲について学びました。聴くだけというのは学ぶためには受身に過ぎます。もっと音楽に参加する必要があります。いちいち音符を入れなくても考えるだけで自動的に演奏してくれる、鍵盤の必要のない楽器が発明されたら、これは素晴らしいことでしょう。でも、今のところ私にとって最も重要な事実は、一オクターヴに、物理的であろうと、想像のなかであろうと、12の鍵があることです。音の葉、音符は音楽の言葉です。全ての音の葉を使うことにしました。

2番目の妻である最愛のアンナ・マグダレーナは素敵なソプラノの声の持ち主であり、同時によく家事をこなしてくれました。そのうえ、私の仕事にも生き生きとした興味を持ち、よく私の手稿楽譜の写譜を上手にしてくれました。この平均律クラヴィーア曲集も弟子たちのために何度か写譜をしています。こうした写譜の作業を通してアンナ・マグダレーナも私の音楽の理解を深めていったものと思います。


最後に、
この平均律クラヴィーア曲集は第1巻ではありません

確かに、もう一つの新しい平均律クラヴィーア曲集をまとめる計画はあります。が、私の考えでは、第2巻とか第2部は必要ないのです。この20年間に平均律クラヴィーア曲集は十分に役立ってきたし、いまでもよく機能しています。いま、多少の改訂が可能であれば、私としては例えば、第14番嬰ヘ短調の前奏曲とフーガを、最近作曲した 別の美しい前奏曲とフーガに差し替えたいと思っています。でも、2番目の妻である最愛のアンナ・マグダレーナのことも気遣わなくてはとも思います。アンナ・マグダレーナは前妻の子供たちにも常に本当によくしてくれています。皆さんもご存知かもしれませんが、1725年にアンナに、表紙に A M B と名前を刻印したうす緑の美しい音楽帖を贈りました。そんなこともあって、アンナはきっと私との間にできた子供たちにも新しいまとまった音楽の勉強の曲集を期待していたのです。1722年の平均律クラヴィーア曲集を前妻マリア・バルバラの息子ウィルヘルム・フリーデマンが勉強したように。アンナの気持ちもわかります。そこで、アンナと私の新しい弟子で娘の伴侶になるかもしれないヨハン・クリストフ・アルトニコルが将来の義理の母を手伝って新しく24の前奏曲とフーガをまとめています。どうも、その表紙に平均律クラヴィーア曲集第2巻という名が記されているようです。私は反対はしません。でも、元の平均律クラヴィーア曲集は「第1巻」ではないのです。このことは最愛の妻、アンナ・マグダレーナには内緒です。

平均律クラヴィーア曲集は12の音と24の調をもって音楽の宇宙を把握しようという試みです。この意味で全く別の観点からのものであればともかく、曲は違うけれども、ただもうひとつのということであれば、第2巻は必要ないのです。比較の問題ではないのですから。

長口上にお付き合いいただきありがとうございました。それでは、平均律クラヴィーア曲集を弾いてお楽しみください。

平均律クラヴィーア曲集(第1巻)目次

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あるいは 
WMPでの全曲連続演奏 はこちらをどうぞ。

前奏曲フーガKey( Key )調BWV
前奏曲 No. 1midmp3 フーガ No. 1midmp3 C MajorC-durハ長調846
前奏曲 No. 2midmp3 フーガ No. 2midmp3 C Minorc-mollハ短調847
前奏曲 No. 3midmp3 フーガ No. 3midmp3 C# MajorCis-dur嬰ハ長調848
前奏曲 No. 4midmp3 フーガ No. 4midmp3 C# Minorcis-moll嬰ハ短調849
前奏曲 No. 5midmp3 フーガ No. 5midmp3 D MajorD-durニ長調850
前奏曲 No. 6midmp3 フーガ No. 6midmp3 D Minord-mollニ短調851
前奏曲 No. 7midmp3 フーガ No. 7midmp3 Eb MajorEs-dur変ホ長調852
前奏曲 No. 8midmp3 フーガ No. 8midmp3 Eb Minor
D# Minor
es-moll
dis-moll
変ホ短調
嬰ニ短調
853
前奏曲 No. 9midmp3 フーガ No. 9midmp3 E MajorE-durホ長調854
前奏曲 No.10midmp3 フーガ No.10midmp3 E Minore-mollホ短調855
前奏曲 No.11midmp3 フーガ No.11midmp3 F MajorF-durヘ長調856
前奏曲 No.12midmp3 フーガ No.12midmp3 F Minorf-mollヘ短調857
前奏曲 No.13midmp3 フーガ No.13midmp3 F# MajorFis-dur嬰ヘ長調858
前奏曲 No.14midmp3 フーガ No.14midmp3 F# Minorfis-moll嬰ヘ短調859
前奏曲 No.15midmp3 フーガ No.15midmp3 G MajorG-durト長調860
前奏曲 No.16midmp3 フーガ No.16midmp3 G Minorg-mollト短調861
前奏曲 No.17midmp3 フーガ No.17midmp3 Ab MajorAs-dur変イ長調862
前奏曲 No.18midmp3 フーガ No.18 midmp3 G# Minorgis-moll嬰ト短調863
前奏曲 No.19midmp3 フーガ No.19midmp3 A MajorA-durイ長調864
前奏曲 No.20midmp3 フーガ No.20midmp3 A Minora-mollイ短調865
前奏曲 No.21midmp3 フーガ No.21midmp3 Bb MajorB-dur変ロ長調866
前奏曲 No.22midmp3 フーガ No.22midmp3 Bb Minorb-moll変ロ短調867
前奏曲 No.23midmp3 フーガ No.23midmp3 B MajorH-durロ長調868
前奏曲 No.24midmp3 フーガ No.24midmp3 B Minorh-mollロ短調869
前奏曲フーガKey( Key )調BWV
mp3 by TruePianos

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