平均律クラヴィーア曲集
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スヴャトスラフ・リヒテルとグレン・グールドは傑出した天才です。
このふたりはバッハの音楽をピアノによって創出させました。
リヒテルやグールドに匹敵する演奏は他のピアニストには無理かと思います。

スヴャトスラフ・リヒテルの平均律クラヴィーア曲集演奏の記録

スヴャトスラフ・リヒテルは平均律を1980年代や1990年代には公開で演奏しませんでした。
出典:「リヒテル ノートブックと会話」ブルーノ・モンサンジョン 1998
グラフと表で少し食い違いがあるかも知れません。

コンサートのプログラム(平均律についてのみ)
場所123456789 101112131415161718192021222324
1937Conservatory? ???????????? ????????????
194610Moscow1 & 2 oooooooooooo oooooooooooo
1954510 Budapest 1oooo oo
196211 Perugia 1oooooooo
196211Perugia1 oooooooo
196212Paris1 oooooooo
196322London1 oooooooo
196329Brussels1 oooooooo
1963223Geneva1 oooooooo
196342Bern1 oooooooo
196344Strasbourg1 oooooooo
1969117 Leningrad 1 oooooooooooo
1969118 Leningrad 1 oooooooooooo
196942Paris1 oooooooooooo
196943Leningrad1 oooooooooooo
1969420Moscow1 oooooooooooo
1969421Moscow1 oooooooooooo
1969529Turin1 oooooooooooo
1969530Turin1 oooooooooooo
196965 Bologna 1 oooo oooo
1969616 Florence 1 oooo oooo
1969620Lausanne1 oooo oooo
196975Tours1 oooooooooooo
196976Tours1 oooooooooooo
1969820 Locarno 1 oooooooo oooooooo
1969104King's Lynn1 oooo oooo
1969107Newcastle1 oooo oooo
1969109Northhampton1 oooo oooo
19691015Ely oooo oooo
yearmondaylocationBook 123456789 101112131415161718192021222324
197335Vienna2 oooooooooooo o
1973311Vienna2 oooooooooooo
1973316Budapest2 oooooooooooo o
1973318Budapest2 oooooooooooo
1973511Turku2 oooooooo
1973513Helsinki2 oooooooo
1973515Leningrad2 oooooooo
1973628Paris2 oooooooooooo
1973630Meslay2 oooooooooooo
197377Meslay2 oooooooooooo
1973710Paris2 oooooooooooo
1973712Gourdon2 oooo oooo
1973715Carcassonne2 oooo oooo
1973718Provence2 oooooooooooo
1973726Innsbruck2 oooooooooooo
1973728Innsbruck2 oooooooooooo
197387Innsbruck1 oooooooooooo
1973810Innsbruck1 oooooooooooo
1973730Ansbach2 oooooooooooo
1973731Ansbach2 oooooooooooo
197575Tours1&2 121 121
場所123456789 101112131415161718192021222324


スヴャトスラフ・リヒテルは平均律クラヴィーア曲集を生涯で2回録音しています。ひとつは1970年のもので、いまひとつは1973年のもので、コンサートの生収録です。最初の録音は1日か2日で済ませています。2回目の録音は巻ごとにに2日かけてコンサートで収録しています。特段の編集作業などはなされていないようです。リヒテルは真正のコンサートピアニストなのでしょう。2回目の録音は、「スヴャトスラフ・リヒテルの偉大なる遺産」という全集的なものに含まれる平均律全曲集です。これは、リヒテル自身によって「次の世代のために」(リヒテル自身の言葉)として後の亡くなる少し前の1995年ごろ選ばれたものです。

スヴャトスラフ・リヒテルは1915年3月20日、ウクライナの生まれです。彼の先生になったネイガウスは、「いま、私が生涯をかけてずっと待ちつづけた生徒が来た。彼は天才だと思う。」と感激したのです。それでも、1960年になるまで、リヒテルは西側に出ることは許されませんでした。ニューヨークのジュリアード音楽院の主席ピアノ指導官のロジーナ・レーヴィンは、「リヒテルは音楽の霊感を受けた詩人だ。20世紀の傑出した存在だ。」と賞賛しました。リヒテルは初見で弾くことに卓越していて、いままで見たことも聴いたこともない曲でも即座に演奏しました。 リヒテルは1997年に亡くなりました。

リヒテルは他の人が、特定の曲をとてもうまく弾くことと思うことがあって、そのときには彼には付け加えることがないと感じられたようです。それで、リヒテルは、ゴールドベルク変奏曲(ゴルトベルク変奏曲)やクライスレリアーナをあえて演奏しませんでした。演奏しないからと言って、嫌いだったのではなく。この2作品を愛していました。バッハとシューマンのほとんど全てのピアノ作品を演奏し、また録音したのですが、この2作品はその例外です。リヒテルは決して弾かなかったのです。

ところで他の人とは誰でしょう?
「私はGGの演奏をコンサートホールでも、レコードでも聴いたことがあります。いつか将来、私自身でも(ゴールドベルク変奏曲を)演奏したいと思います。最後まで弾き通せればですが。」と1973年のノートには記されています。*

1972年の記述では、「平均律クラヴィーア曲集第1巻の録音は第2巻に比べて間違いなく成功している。第2巻では、最重要な前奏曲とフーガが最悪の録音になってしまっている。変ホ短調(第8番)と嬰へ短調(第14番)だ。このことは私の良心の重荷になっている。」*

1975年にもリヒテルは自身のレコードを聴いて、再度、悔やんでいます。「かなりの成功だった第1部と違って、残念なことに、第2部の録音はミスで穴だらけだ。特に重要な嬰へ短調と変ロ短調だ。」*
出典:"Sviatoslav Richiter Notebooks and Conversations"
Bruno Monsaingeon 著 1998
英訳 Stewart Spencer

第2巻第14番嬰へ短調前奏曲とフーガの2つのヴァージョンの録音を比べてみると、筆者としては、1973年のライブ録音版によって、リヒテルは平均律が彼だけの作品になったことを確信できたのではないかと推察しています。それはあたかもグールドがゴールドベルク変奏曲に対して持っている位置と同じに思えるのです。


聴く!−リヒテル1版−−−−−−−グールド−−−−−−−リヒテル2版−聴く!


グレン・グールドの平均律クラヴィーア曲集演奏の記録

コンサートプログラム、放送及び録音から
(ただし、平均律に関する部分についてのみ)
yearmondaylocationBook 123456789 101112131415161718192021222324
1946410Toronto2 o
1947410Toronto2 o o
19521021Radio2 o
1953216Ottawa2 o
1954226Radio2 o oo
1954114Montreal2 o o
195778Recording2 o o
19626,9-Recording1 oooooooo
196334TV2 f
19636,8-Recording1 oooo oooo
19652,8-Recording1 oooooooo
19668,9-Recording2 oooooooo
19661113Radio1 p
19661129Radio2 ffff
19671,2-Rec Again2 oooooooo
1967312Radio1 oooo
19699,1210Recording2 oooo oooo
1970218TV2 o oo
19711-Recording2 oooooooo
yearmondaylocationBook 123456789 101112131415161718192021222324

p:前奏曲のみ、 f:フーガのみ
出典:Glenn Gould Life and Variations
Otto Friedrich 著 1989

グレン・グールドはカナダのトロントに1932年に生まれました。1946年にはピアノ・トロフィー賞を受けています。そのときには、平均律の第1巻から変ロ短調の前奏曲とフーガを演奏しました。これがグールドが参加した最初で最後のコンクールでした。

それ以降は、グールドは平均律第1巻からはどの前奏曲とフーガもコンサートでは取り上げませんでした。リヒテルとは大分違います。また、リヒテルは若いとき第2巻から練習をはじめたにもかかわらず、第2巻より第1巻の方を多くの回数、コンサートで演奏しているのです。

1962年にグールドは平均律の録音をコロンビアのニューヨーク・スタディオで開始しました。全体の録音が完了するまで、実に9年を要したのです。第1巻はそれでも1965年にリリースされました。第2巻は1972年になってからです。
彼だったらこんなことを言ったかも知れません。「私がリヒテルの録音プロデューサーをしてあげてもいいな。彼がそうして欲しいと言うならだけれど。リヒテルの音楽は素晴らしいけれど、録音はひどいからね。」リヒテルはきっと、こう答えたでしょう。「わたしはコンサートで演奏するピアニストなんだ。録音はあくまでも演奏の記録であるべきだ。」
とにかく残念なのは、リヒテルの平均律第2巻の美しい第14番嬰ヘ短調の最高の演奏は1973年のインスブルックでのライブ録音なのですが、グールドの場合の楽しげなうなり声のかわりに聴衆の咳がとても多く聞こえることです。
グールドはリヒテルよりずっと早く1982年に亡くなってしまいました。

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