Tödliche Kantaten  Ein Musikkrimi Sebastian Knauer
最新ドイツミステリーです。
「バッハ 死のカンタータ」 というタイトルで翻訳出版しました。
Amazonでも探せます。


聖 律 の 音 楽
始めに音の葉ありき

全ての音楽は音の葉により造られた。
そして音の葉がなければ、いかなる音楽も造られなかった。
神によりひとりの伝達者が遣わされた。名をヨハネという。
その人は示すために来たのである。音楽の光を。
昼には、光は太陽からもたらされる。
夜には、影は星の光からもたらされる。
一日は昼の12時間と夜の12時間をもって造られた。
音楽も同じである。
音の葉は12の音、すなわち全ての全音と半音をもって造られた。
そして、長調と短調により繋がれた。
音楽は24の調のうちにあった。それがなければ、いかなる音楽も造られなかった。
In the beginning was the Note.
Email : mocfujita@aol.com
アンナ・マグダレーナ -
カール・フィリップ・エマニエル
第24番前奏曲
- 不確定性 -
ヨハン・アドルフ・シャイベ
(日本語版)
- カイザーリンク伯 前奏曲 - カイザーリンク伯 フーガ

目次 - 次頁 - english version
楽律の音楽 平均律クラヴィーア曲集第2巻 へ
あるいは 知の音楽 ゴールドベルク変奏曲 へ

平 均 律 ク ラ ヴ ィ ー ア 曲 集
すなわち
前 奏 曲 と
遁 走 曲 全ての全音と半音を通して
長三度すなわちド、レ、ミとレ、ミ、ファの
短三度を含めて
学習熱心な若い音楽家の卵の
教材となり向上をもたらし
また、熟達した演奏家の
音楽の楽しみに
供するための
ヨハン・セバスティアン・バッハ
Johann Sebastian Bach
ケーテン宮廷楽長
構想、作曲
の曲集
1722


...... 新約の音楽 ......

第1巻の全曲をすぐに聴きたい方は

こちらでどうぞ!


平 均 律 ク ラ ヴ ィ ー ア 曲 集
ヨハン・セバスティアン・バッハ作曲 1722年
text and data arranged by Iori Fujita
2002年4月
表紙 - 目次 - 次頁

平均律クラヴィーア曲集についてお話しましょう。

一巻 あるいは? バッハの平均律クラヴィーア曲集には、第1巻と第2巻と呼ばれる二つの曲集があります。どちらが好きですか? 私は両方とも大好きです。でも、同じ曲番・調でいくつかの前奏曲やフーガは1巻より2巻のほうが気にいっているとか、また逆に2巻はどうも、ということがあります。歴史を調べてみると、第2巻はバッハ自身がそう名づけた曲集ではありません。バッハの娘婿のヨハン・クリストフ・アルトニコルによって名づけられました。どうして、バッハは第2巻を平均律クラヴィーア曲集を完成してから20年後にあらたに作ったのでしょうか?

自然 多くの方々が「平均律」という曲集の名称について議論をされています。バッハの「平均律」は「等分平均律」のことではない、と主張される方もおられます。「(12音)等分平均律」は妥協の産物だという考えです。しかし、自然にはしばしば、とらえ難い面もあります。1927年に発表されたドイツの物理学者ハイゼンベルクの不確定性原理では、原子より小さい粒子の位置と速度は同時に正確に測定することは理論においても不可能である、とされています。位置の測定精度を上げようとすれば速度の測定値が大きな誤差を持つというようなことでしょうか。きっと、将来、どなたかが音楽の音律問題にも新しい理論を見出すことでしょう。

ここからは日本語版のみ
音楽の宇宙をこの平均律クラヴィーア曲集は構築するものと考えます。宇宙とは、「宇とは天地四方の広がりの意、宙とは昔と今、つまり時間を表す。宇宙とは読んで字の如く。宇と宙、則ち空間と時間で成り立っている」と、京極夏彦著「姑獲鳥の夏」の中で中禅寺秋彦、通称「京極堂」は述べています。音楽は他の芸術とは異なり、時間を土台にしています。時間の推移がなければ空間の気体の振動である音はいずこへも伝わりません。また、伝わったとして、バッハが感動的演奏をしてもその実態はすぐに減衰して跡形も残りません。したがって私たちがバッハ自身の演奏を聴くことは、かなわぬ夢でしかありません。それは、時間が一切の遡行性を拒否しているからでもあります。空間であれば移動できます。作品との距離の観点からすれば俵屋宗達が「風神雷神図屏風」を描いていた作品から1メートルとかの同じ場所にたって宗達自身と同じように見るなり鑑賞するなりができます。音楽では楽譜と誰々の演奏についての伝承という記憶しかありません。20世紀後半になって、演奏家が楽譜から音波に変換したものが物理的媒体に定着されるようになり、再生と保存が可能になりました。それでも、レコード盤やCDを見て音楽を感じる人はいないでしょう。

それでは何をもって音楽の宇宙というかということになります。それは音楽のよって立つ根拠が記号あるいは「しるし」だということです。音楽には質量がありません。もちろんピアノやバイオリンには質量がありますが、そうした楽器そのものは音楽ではありません。そういう意味で音楽は哲学や数学や文学と一緒です。 文学はともかく哲学や数学との違いは、音楽が存在の最終形を音波という形式で現し、それが人間の身体的感覚そのものに伝わってくるということです。現在の物理学ではエネルギーと質量の変換を扱います。しかし、地上の空気の振動エネルギーである音楽の音波が質量に変換され、どこかに音楽そのものの物質的記憶として定着することは期待できません。とにかく、音楽を記述する観点から音楽の宇宙を隙間なくうめるという作業を通じて音楽の宇宙を構築するとバッハは考えたのだと思います。12種類の音、24種類の調、これで音楽の宇宙がくまなく表現できるというのです。

12等分平均律が妥協の産物とお考えの方々は、2m=3nを満たす自然数 m と n を探し続けているように見えます。別の言い方をすれば、基音に対してその2倍音の系列(オクターブ)のどこかで、3倍音の系列(5度)のはてが完全に重なることを求めているのです。それはあるはずがありません。
ここまでは日本語版のみ

私たち自身 バッハは平均律クラヴィーア曲集を「学習熱心な若い音楽家の卵の教材となり向上をもたらし、また、熟達した演奏家の音楽の楽しみに供するため」として作曲しました。それでは、今、私たちはなぜ大演奏家の演奏に耳を傾けなくてはならないのでしょうか。平均律クラヴィーア曲集の価値は、私たちが教会で賛美歌を歌うように、自ら演奏することによって立ち現れるものだと考えます。そうは言っても、私にはピアノが十分に弾けないのです。道はあります。自分の手帖に平均律クラヴィーア曲集を写譜するのです。そして、写譜することそのものを楽しむのです。それでは音楽を聴くことができない。そうです。でも、楽譜をMIDI データとして写譜すれば、あとはそれを自由に聴いて楽しむことができるでしょう。

天才 スヴィアトスラフ・リヒテルとグレン・グールドは傑出した天才です。二人はピアノを通してバッハの音楽を創造しました。他の演奏家はかなわないでしょう。ともかく、私たちは決してヨハン・セバスティアン・バッハ自身の演奏を聴くことはできません。それで、リヒテルとグールドは聖律の伝達者になったのです。それでも、リヒテルとグールドと他の演奏家との違いを理解したらいいのでしょう。
スヴィアトスラフ・リヒテルとグレン・グールド
と平均律についてもっと知りたい?

実際多くのことが未だに謎です。

平均律クラヴィーア曲集
前頁 - 次頁

スヴャトスラフ・リヒテルとグレン・グールドは傑出した天才です。
このふたりはバッハの音楽をピアノによって創出させました。
リヒテルやグールドに匹敵する演奏は他のピアニストには無理かと思います。

スヴャトスラフ・リヒテルの平均律クラヴィーア曲集演奏の記録

スヴャトスラフ・リヒテルは平均律を1980年代や1990年代には公開で演奏しませんでした。
出典:「リヒテル ノートブックと会話」ブルーノ・モンサンジョン 1998
グラフと表で少し食い違いがあるかも知れません。

コンサートのプログラム(平均律についてのみ)
場所123456789 101112131415161718192021222324
1937Conservatory? ???????????? ????????????
194610Moscow1 & 2 oooooooooooo oooooooooooo
1954510 Budapest 1oooo oo
196211 Perugia 1oooooooo
196211Perugia1 oooooooo
196212Paris1 oooooooo
196322London1 oooooooo
196329Brussels1 oooooooo
1963223Geneva1 oooooooo
196342Bern1 oooooooo
196344Strasbourg1 oooooooo
1969117 Leningrad 1 oooooooooooo
1969118 Leningrad 1 oooooooooooo
196942Paris1 oooooooooooo
196943Leningrad1 oooooooooooo
1969420Moscow1 oooooooooooo
1969421Moscow1 oooooooooooo
1969529Turin1 oooooooooooo
1969530Turin1 oooooooooooo
196965 Bologna 1 oooo oooo
1969616 Florence 1 oooo oooo
1969620Lausanne1 oooo oooo
196975Tours1 oooooooooooo
196976Tours1 oooooooooooo
1969820 Locarno 1 oooooooo oooooooo
1969104King's Lynn1 oooo oooo
1969107Newcastle1 oooo oooo
1969109Northhampton1 oooo oooo
19691015Ely oooo oooo
yearmondaylocationBook 123456789 101112131415161718192021222324
197335Vienna2 oooooooooooo o
1973311Vienna2 oooooooooooo
1973316Budapest2 oooooooooooo o
1973318Budapest2 oooooooooooo
1973511Turku2 oooooooo
1973513Helsinki2 oooooooo
1973515Leningrad2 oooooooo
1973628Paris2 oooooooooooo
1973630Meslay2 oooooooooooo
197377Meslay2 oooooooooooo
1973710Paris2 oooooooooooo
1973712Gourdon2 oooo oooo
1973715Carcassonne2 oooo oooo
1973718Provence2 oooooooooooo
1973726Innsbruck2 oooooooooooo
1973728Innsbruck2 oooooooooooo
197387Innsbruck1 oooooooooooo
1973810Innsbruck1 oooooooooooo
1973730Ansbach2 oooooooooooo
1973731Ansbach2 oooooooooooo
197575Tours1&2 121 121
場所123456789 101112131415161718192021222324


スヴャトスラフ・リヒテルは平均律クラヴィーア曲集を生涯で2回録音しています。ひとつは1970年のもので、いまひとつは1973年のもので、コンサートの生収録です。最初の録音は1日か2日で済ませています。2回目の録音は巻ごとにに2日かけてコンサートで収録しています。特段の編集作業などはなされていないようです。リヒテルは真正のコンサートピアニストなのでしょう。2回目の録音は、「スヴャトスラフ・リヒテルの偉大なる遺産」という全集的なものに含まれる平均律全曲集です。これは、リヒテル自身によって「次の世代のために」(リヒテル自身の言葉)として後の亡くなる少し前の1995年ごろ選ばれたものです。

スヴャトスラフ・リヒテルは1915年3月20日、ウクライナの生まれです。彼の先生になったネイガウスは、「いま、私が生涯をかけてずっと待ちつづけた生徒が来た。彼は天才だと思う。」と感激したのです。それでも、1960年になるまで、リヒテルは西側に出ることは許されませんでした。ニューヨークのジュリアード音楽院の主席ピアノ指導官のロジーナ・レーヴィンは、「リヒテルは音楽の霊感を受けた詩人だ。20世紀の傑出した存在だ。」と賞賛しました。リヒテルは初見で弾くことに卓越していて、いままで見たことも聴いたこともない曲でも即座に演奏しました。 リヒテルは1997年に亡くなりました。

リヒテルは他の人が、特定の曲をとてもうまく弾くことと思うことがあって、そのときには彼には付け加えることがないと感じられたようです。それで、リヒテルは、ゴールドベルク変奏曲(ゴルトベルク変奏曲)やクライスレリアーナをあえて演奏しませんでした。演奏しないからと言って、嫌いだったのではなく。この2作品を愛していました。バッハとシューマンのほとんど全てのピアノ作品を演奏し、また録音したのですが、この2作品はその例外です。リヒテルは決して弾かなかったのです。

ところで他の人とは誰でしょう?
「私はGGの演奏をコンサートホールでも、レコードでも聴いたことがあります。いつか将来、私自身でも(ゴールドベルク変奏曲を)演奏したいと思います。最後まで弾き通せればですが。」と1973年のノートには記されています。*

1972年の記述では、「平均律クラヴィーア曲集第1巻の録音は第2巻に比べて間違いなく成功している。第2巻では、最重要な前奏曲とフーガが最悪の録音になってしまっている。変ホ短調(第8番)と嬰へ短調(第14番)だ。このことは私の良心の重荷になっている。」*

1975年にもリヒテルは自身のレコードを聴いて、再度、悔やんでいます。「かなりの成功だった第1部と違って、残念なことに、第2部の録音はミスで穴だらけだ。特に重要な嬰へ短調と変ロ短調だ。」*
出典:"Sviatoslav Richiter Notebooks and Conversations"
Bruno Monsaingeon 著 1998
英訳 Stewart Spencer

第2巻第14番嬰へ短調前奏曲とフーガの2つのヴァージョンの録音を比べてみると、筆者としては、1973年のライブ録音版によって、リヒテルは平均律が彼だけの作品になったことを確信できたのではないかと推察しています。それはあたかもグールドがゴールドベルク変奏曲に対して持っている位置と同じに思えるのです。


聴く!−リヒテル1版−−−−−−−グールド−−−−−−−リヒテル2版−聴く!


グレン・グールドの平均律クラヴィーア曲集演奏の記録

コンサートプログラム、放送及び録音から
(ただし、平均律に関する部分についてのみ)
yearmondaylocationBook 123456789 101112131415161718192021222324
1946410Toronto2 o
1947410Toronto2 o o
19521021Radio2 o
1953216Ottawa2 o
1954226Radio2 o oo
1954114Montreal2 o o
195778Recording2 o o
19626,9-Recording1 oooooooo
196334TV2 f
19636,8-Recording1 oooo oooo
19652,8-Recording1 oooooooo
19668,9-Recording2 oooooooo
19661113Radio1 p
19661129Radio2 ffff
19671,2-Rec Again2 oooooooo
1967312Radio1 oooo
19699,1210Recording2 oooo oooo
1970218TV2 o oo
19711-Recording2 oooooooo
yearmondaylocationBook 123456789 101112131415161718192021222324

p:前奏曲のみ、 f:フーガのみ
出典:Glenn Gould Life and Variations
Otto Friedrich 著 1989

グレン・グールドはカナダのトロントに1932年に生まれました。1946年にはピアノ・トロフィー賞を受けています。そのときには、平均律の第1巻から変ロ短調の前奏曲とフーガを演奏しました。これがグールドが参加した最初で最後のコンクールでした。

それ以降は、グールドは平均律第1巻からはどの前奏曲とフーガもコンサートでは取り上げませんでした。リヒテルとは大分違います。また、リヒテルは若いとき第2巻から練習をはじめたにもかかわらず、第2巻より第1巻の方を多くの回数、コンサートで演奏しているのです。

1962年にグールドは平均律の録音をコロンビアのニューヨーク・スタディオで開始しました。全体の録音が完了するまで、実に9年を要したのです。第1巻はそれでも1965年にリリースされました。第2巻は1972年になってからです。
彼だったらこんなことを言ったかも知れません。「私がリヒテルの録音プロデューサーをしてあげてもいいな。彼がそうして欲しいと言うならだけれど。リヒテルの音楽は素晴らしいけれど、録音はひどいからね。」リヒテルはきっと、こう答えたでしょう。「わたしはコンサートで演奏するピアニストなんだ。録音はあくまでも演奏の記録であるべきだ。」
とにかく残念なのは、リヒテルの平均律第2巻の美しい第14番嬰ヘ短調の最高の演奏は1973年のインスブルックでのライブ録音なのですが、グールドの場合の楽しげなうなり声のかわりに聴衆の咳がとても多く聞こえることです。
グールドはリヒテルよりずっと早く1982年に亡くなってしまいました。

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ケーテン時代 1717年から1723年

バッハはケーテンの小さな宮廷で楽長として働いていました。1720年の夏、バッハが皇太子と街を出ている間に、奥さんのマリア・バルバラが突然なくなってしまったのです。バッハが不在の間にマリア・バルバラは埋葬されてしまいました。あとには4人の子供たちが残されていました。

しかし、バッハは仕事を続けて、皇太子にカンタータを作曲し演奏しました。こうした作品を上演するために、近隣の宮廷から歌手が何人かケーテンにやってきました。その中のひとりがアンナ・マグダレーナでした。アンナは美しいソプラノの声でバッハの興味を引きました。1721年に20才のアンナは35才のバッハと結婚しました。バッハの2番目の妻としてアンナ・マグダレーナは先妻の子供たちのいる家庭に幸せをもたらし、また、自分の子供も授かりました。エリザベート・ウリアナはアンナとバッハとの間に生まれた娘で、大きくなってから、バッハの弟子のヨハン・クリストフ・アルトニコルと結婚しました。このアルトニコルが世にいう平均律クラヴィーア曲集「第2巻」を命名したのです。

アンナ・マグダレーナは楽譜の写譜に熱心に取り組み、バッハの重要な助手となったのです。

1723年、バッハは一家でライプツィヒに移り、そこで、ずっと過ごすこととなったのです。

「第2巻」の頃

1744年頃、バッハは、フーガの技法(BWV 1080)など深遠な意味をこめた作品の作曲に没頭していました。そこでは、バッハにとってすでに調性間の違いなどを超えた音楽的思索の仕事でした。また、すでに巨匠として、多くの来訪者を迎える有名人でした。カール・フィリップ・エマヌエルは、「どんな経緯であれ、ライプツィヒを訪れる音楽家で、父のもとに立ち寄らぬものはいなかった。」と書いています。


平 均 律 ク ラ ヴ ィ ー ア 曲 集
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1 音律の秘密
2 大演奏家の調律法
3 ピアノのインハーモニシティ
4 聖なる音律

1 音律の秘密@


前奏曲第1番 ハ長調
***** *****
各小節のアルペジオの前半の部分(緑色)は、(12)等分平均律( Equal Temperament)に調律してあります。各小節のアルペジオの後半の部分(青色)は、純正律( Pure Temperament )に調律してあります。違いがわかりますか?


(冒頭のアルペジオ)
緑の音は面白みがあります。青の音はいい意味で簡素に聞こえます。私は緑の音に馴染んでいます。緑の音には自然な振るえと緊張があるからです。一方、青の音は調和しています。そこではいくつかの音が合わさってひとつの音のようになっています。それはそれで、きれいな音といえます。しかし筆者は、音楽の構造を感じるために多声音楽として、一つ一つの音をより明確に聞き分けたいと思っています。緑の音においてはそれぞれの音は独立しています。同時に、和音としても感じることができます。

緑の波形にうなりを見る―(12等分)平均律
CとEの関係は調律によって、特に違いが出てきます。

どちらにしても、違いはとても微妙です。この問題に興味がある方にとってはこの違いが大きな意味を持つはずです。このデモの最後の部分を注意して聴いてみてください。茶の部分には緑と青を混ぜてあります。変な響きでしょう。違いは確かに存在します。

調律には様々な方式があります。たとえば純正律、中全律、キルムベルガー1、キルムベルガー3、ヴェルクマイスター3( Werckmeister3 )、シルバーマン、その他があります。現在では、一般的に使用されている鍵盤楽器は基本的に平均律(12等分平均律)に調律されています。

(注:この純正律(青)は、ハ音を基準音として形成されています。すなわち、ハ調純正律です。ですから、各音を基準音とする12種類の純正律があることになります。このデモの場合、前奏曲第1番はハ長調ですから、ハ調純正律でうまく響きました。しかし、これでは全ての調を扱うのはとても困難です。それで、他の調律法が工夫されたのです。平均律(12等分平均律)を適用すれば、前奏曲第1番を半音あげて嬰ハ長調に移調して演奏しても響きの上での不具合は発生しません。)

CC#DD#EFF#GG#AA#BC
平均律 (Hz)261.62277.18293.66311.12329.62349.22369.99391.99415.30440.00466.16493.88523.25
純正律(Hz)261.62279.06294.32313.94327.03348.83367.90392.43418.59436.03470.92490.54523.24
ヴェ3(Hz)261.62275.62292.50310.07328.04348.83367.91391.22413.43437.99465.11492.07523.25

それでは、C−E−Gの和音を聴いてみましょう。


これらの音は特定の周波数の正弦波を発生させて作りました。そして重ねあわせて和音にしました。最初の部分は純正律によっています。2番目の部分、すなわち真ん中の部分はヴェルクマイスター3で、最後の部分は平均律によっています。最初の部分は和音というより、ひとつの音のようです。完全に倍音構成に合致しているからです。しかし、これでは和音として認識することができません。したがって、筆者にはこの和音は面白みを感じません。2番目すなわち真ん中の部分と最後の部分の違いはうなりの数や質です。どちらが好きですか。


2 大演奏家の調律法@
(1)ヘルムート・ヴァルヒャ

ヘルムート・ヴァルヒャは歴史的チェンバロである1640年製作のJan Ruckers der Jungereを1974年に弾いて平均律を録音しました。

このチェンバロの調律を平均律と周波数で比較しました。

CC#DD#EFF#GG#AA#BC
平均律(Hz)261.62277.18293.66311.12329.62349.22369.99391.99415.30440.00466.16493.88523.25
ヴァルヒャ(Hz)246.81261.13276.26293.03311.05329.06348.94369.44391.18415.15439.01465.72493.68

周波数は第1巻の第24番のフーガから取り出しました。

ここでは単音の旋律がありますので、一つ一つの音からウエーブデータを取り出すことが容易です。そして周波数の特定にはFFT(高速フーリエ変換)法を適用しました。
イ(A)音大きくして見ると

ここでわかってくるのは、音名ごとに全ての周波数がそれぞれ違うことです。しかし、ヴァルヒャのイ(A)音は、標準のイ(A)音(440Hz)と比較すると随分と低いことです。そして、このチェンバロはほぼ半音低く調律されていることがわかりました。すなわち、ヴァルヒャの嬰イ(A#)音が、標準のイ(A)音だということです。

CC#DD#EFF#GG#AA#BC
平均律(Hz)261.62277.18293.66311.12329.62349.22369.99391.99415.30440.00466.16493.88523.25
ウ゛ァルヒャ+半音(Hz)261.13276.26293.03311.05329.06348.94369.44391.18415.15439.01465,72493.68
+- (Hz)-0.49-0.92-0.53-0.07-0.56-0.28-0.55-0.81-0.15-0.99-0.44-0.22

結果は明確です。 ヴァルヒャは平均律に調律されたチェンバロを使っていました。 もちろん、専門家による微妙で繊細な調律が行われているはずです。

さて、もう一度、最初の前奏曲を聴きます。筆者としては、ヴァルヒャのチェンバロは半音低く調律されていることを確認しました。すなわち、前奏曲第1番はハ長調でなく、ロ長調に移調され演奏されたと同じと考えました。そう考えていいでしょうか?

(2)スヴィアトスラフ・リヒテル

スヴィアトスラフ・リヒテルは平均律第1巻をピアノで演奏しています。その音は印象的で精神的響きをもっています。周波数分析においてはチェンバロよりより複雑なピアノの音になっています。

CC#DD#EFF#GG#AA#BC
平均律(Hz)261.62277.18293.66311.12329.62349.22369.99391.99415.30440.00466.16493.88523.25
リヒテル267.87283.00302.40317.49336.17357.54378.50401.46425.48449.05476.85505.29537.17
リヒテル-2.39%261.62276.40295.34310.08328.33349.20369.18392.09415.55438.57465.72493.50525.15
+-0.00-0.78+1.82-1.04-1.29-0.02-0.81+0.10+0.20-1.43-0.44-0.33+1.90
ヴェ3+-0.00-1.56-1.66-1.05-1.58-0.39-2.08-0.77-1.87-2.01-1.05-1.810.00
ヴェ3は、ハを基音とするヴェルクマイスター3です。ヴェ3+-はリヒテル-2.39%とヴェ3との差です。

筆者は、リヒテルが弾いているのは標準より少し高めの平均律に調律されたピアノだと考えています。

(3)グレン・グールド
グレン・グールドは1962年から1965年にかけてニューヨークでコンサートグランドピアノで平均律第1巻を録音しました。次にそのデータを示します。

CC#DD#EFF#GG#AA#BC
平均律(Hz)261.62277.18293.66311.12329.62349.22369.99391.99415.30440.00466.16493.88523.25
グールド(Hz)264.23280.08297.38315.04333.41355.77375.65396.77421.00444.42474.42499.89528.46
+- (Hz)+2.61+2.90+3.72+3.92+3.79+6.55+5.66+4.78+5.70+4.42+8.26+6.01+5.21

どう思われます。イ(A)音を見てみましょう。グールドのイ(A)音は標準より少し高めです。そこで、 グールドの調律を1.045 % 下げたデータで比較してみました。

CC#DD#EFF#GG#AA#BC
平均律(Hz)261.62277.18293.66 311.12329.62349.22369.99391.99415.30440.00466.16493.88523.25
ク゛ールト゛-1.045% (Hz)261.50277.18294.30311.78329.96352.09371.76392.66416.64440.00469.51494.72522.99
+- (hz)-0.120.00-0.64+0.66-0.34+1.87+1.77+0.67+1.340.00+3.35+1.84-1.26

ここで採用したグールドの音は、それぞれスタッカートなので、音長が短く、またひずみが出て、周波数カウントが難しい面がありました。
しかし、「グールドは平均律に調律されたピアノで演奏した」と筆者は言わせていただきます。

(4)ヴェルクマイスター3のためのデータ
ちなみに、多くの方が最も適切な音律と考えているヴェルクマイスター3で、ハ(C)音を基音とするものを示します。

CC#DD#EFF#GG#AA#BC
平均律(Hz)261.62277.18293.66311.12329.62349.22369.99391.99415.30440.00466.16493.88523.25
ヴェ3(Hz)261.62275.62292.50310.07328.04348.83367.91391.22413.43437.99465.11492.07523.25
+- (Hz)0.00-1.56-1.66-1.05-1.58-0.39-2.08-0.77-1.87-2.01-1.05-1.810.00
+- (Cent)0.00-9.77-6.84-5.86-8.31-1.93-9.77-3.42-7.82-10.26-3.90-6.350.00



3 ピアノのインハーモニシティ@
(1)ピアノの弦の実際の太さ

ピアノの弦は理論的に考察する際の理想的弦とは違って実際はとても太いものが使われています。その太さや実際の堅さの関係で、その弦からでる音は、完全な自然倍音で構成されるものにはなっていません。倍音は理論的に計算される(といってもただの整数倍ですが)倍音より幾分か高く出てきます。この現象は、熟練された調律師の方にはオクターブの拡張として知られています。その程度は、各々のピアノとその各々の弦の条件によって異なります。おおまかに言えば、例えば、「中央のCの実際の倍音は周波数を倍にした計算の高さより1.2セント高くなります。」中央のCを基準にすると最高音部のC音は、普通の計算より20〜30セント高くなっていました。今までは、この「オクターブの拡張」は、良い響きを求め、音楽をより輝かしく、また生き生きとするための方便と考えられてきました。しかし、実際はより弦の太さや堅さといった具体的な物理学的意味付けで解明されるようになりつつあります。

1964年に、フレッチャー氏は次の式を提案しています。

fn = n * f0 * ( 1 + B * n2)1/2 fn : n次の実際の倍音
B : ピアノとその各弦に固有の値

実際の調律・計測例

結果として、ピアノの音高構成には非整数的性格が免れないと考えます。ピタゴラス以来、整数比が音の協和をもたらすものだという古来の考え方は、ピアノにはあてはまりません。やっと、これで純正律の呪縛を打ち壊すことが出来そうです。

(2)一つの鍵に複数の弦

鍵を押すと、ハンマーが同時に2ないし3本の弦を叩きます。これらの弦は完全に共鳴するようには調律されません。意図的にすこしずつ音の高さをかえて、微妙なうなりを発生させています。これによって、音の持続が図られ、また響きが豊かになります。こうしないと複数の弦で音が大きくはなっても急速に減衰してしまって、信じられないほどつまらない音になってしまいます。よく聴いてみると、単音で伸ばされた音には微妙なうなりとそれによる音の持続がはっきりとわかります。

(3)ピアノの音律

ピアノでは、上下にオクターブが拡張された調律によってより豊かな音楽が生まれることがわかりました。素敵なうなりがたくさんあります。そこには必要不可欠なインハーモニシティすなわち不協和があります。そのうえで、音楽が存在するのです。等分平均律ですら、最終的回答ではありませんでした。


4 聖なる音律@

ところで、現在でも12等分平均律は妥協の産物だと主張される方がたくさんおられます。純正律が本当の音律で、また、整数比が音の調和の根本だから、12等分平均律はそれとはかけ離れた響きの汚いものという考えです。筆者は純正律と12等分平均律が基であって、それ以外の音律こそ妥協の産物だと考えています。さらに言えば、純正律も12等分平均律から少しずれた変形の音律だとさえ考えます。クラッシック音楽を専門とする皆さん、特にバッハやモーツァルト作品の演奏家やピアノの調律師の方々は、12等分平均律を現実には基本にしながらも、「響きが汚い」という先験的刷り込みに惑わされつつ、平均律を使わざるを得ないことに何かしら後ろめたさを感じているのではないでしょうか。そうはいっても、12等分平均律を毛嫌いする方々も、それぞれお好きな音律を論じるのにセントという単位を使うことが便利なせいか多いのです。このセントこそ対数的指標であって、整数比の調和とはまったく程遠いものなのです。また、「うなり」の程度で2つの音の協和を考える方もおられます。もし、A=440Hzのあたりのオクターブ内での2つの音のうなりが調和の許容の限度にあるとしても、その2つの音をオクターブあげれば、うなりは2つの音の周波数の差によるのでうなりの周波数も2倍になります。1秒間に例えば5回だったとすれば、オクターブ上では10回のうなりとなります。

まずは、音階の基本に立ち返ってみましょう。まず、共通な理解としてはオクターブの存在です。一つの音とそのオクターブが、インハーモニシティの場合は別として、完全に調和することは一つの真理といってもよいでしょう。それでは、2オクターブ上の音は元の音の3倍の周波数でしょうか。違います。元の音をCとすれば、周波数が3倍の音は純正のGです。実際には2オクターブ上の音は元の音の4倍の周波数です。言い換えれば、2倍です。3オクターブの場合は2倍すなわち8倍です。オクターブの比率は1,2,3・・というような自然数倍ではなくて、2倍という指数倍でした。1オクターブ下は2−1倍です。
音階の基本がオクターブだとして、

x2 ( nは整数) ただし、は基音の周波数(Hz)
とすれば、音は物理現象なので、離散的にいくつの音にするかの議論は後にして、この「n」を拡張することが自然な展開に思えます。そしてその指数曲線上に音が配置されるとするのでしょう。そして、オクターブの中を指数的に等間隔に12の音を選ぶとすれば、素直に等分平均律が出てきます。
= x 2m/12 ( mは0〜11の自然数)ただし、はあるオクターブの始めの音。
をCとすれば、は、Dで、がG11がBです。隣り合う音の周波数の比は2の12乗根(1.0594631)になります。mを12とすれば1オクターブ上の音Cになります。また、24や36とすれば、2オクターブや3オクターブ上の音になりますから、この式はオクターブとの完全な整合が取れています。

人間の聴覚は音の高さと強さについて指数的(逆から見ると、対数的)な感度を持っていることが知られています。音の強さに関しては、「人間の聴覚は、物理的な刺激が2倍、4倍、8倍・・・というように倍増すると、はじめて等間隔で音の感覚が大きくなったように感じる。すなわち、感覚が物理量に比例する対数的性質を持っている。」というWever-Fechnerの法則があります。ですからよくdB(デシベル)という単位が使用されます。 また、人間の聴覚は、音量と同様、音の高さにも指数的感覚を感覚を持っています。特に音の高さが2倍、4倍、8倍・・・の場合にはオクターブですから、音の強さ以上に明確に意識されます。一つのオクターブの中の2つの音の高さの違いも指数的に感覚されています。この音とこの音との高さの違いはあの音とあの音との違いと同じだと認識できるのです。


n等分平均律
しかし、何で1オクターブが12の異なる音で構成されるのかは、ここまでの話では出てきません。6,7,9,10,17,19,22,・・・・・・・・・360の音で構成される音階の提案があり、なかでも53の音で構成される53音律を提案して、実際にその鍵盤楽器を作成した方もいます。1週間が7日であることが先験的に決まっているように1オクターブも最初から12音と決まっていたのかも知れません。

左の図をご覧ください。2から13までの等分平均律の音高の配置を示しました。赤い線はそれぞれ、Cからの純正2度、純正3度及び純正5度を示します。特に純正5度を見ますと、12等分平均律のGがはじめて「ほとんど同じ」になります。Dもほぼ一致しています。Dの場合は6等分平均律でもほぼ一致なのですが、これは12等分平均律のうちの半分そのものですから当然です。なお、6等分平均律ではGの音は出てきません。

ピタゴラスによる音律理論は、音が12種類で構成されることを西欧世界に確信させるという偉大な功績を残しました。しかし、本当はなぜ12音で構成されるかわからないのです。ドレミファソラシと単純にいえば7音です。この音程には全音と半音があって、全音の間に半音をおけばやはり12音になります。世界にはこの12音からいくつか選択した特定の音のみを使う音程もありますが、音楽的な豊かさをもたらす微妙な差を踏まえつつおおまかに分類すれば大体はこの12音の中に落ち着かせることが出来ます。とにかく、西欧音楽では、12音という前提で和声理論がうまれ、音楽形式が発展してきたのです。

しかし、音律そのものについては、根音の周波数の3/2倍の音がたまたま平均律の5度の周波数に近かったため、それを音律の基準にしようとしたことが、ピタゴラスの時代から続く音楽の歴史的な誤謬を生んだのです。純正5度の代わりに根音のオクターブ以外で次に倍音で出てくる5/4の音すなわち純正3度を基準に積み重ねて見れば、うまくいかないことはすぐに明らかになるはずだったと考えられます。純正3度を12回重ねても、途中にそこそこましなの音程が現れないばかりでなく、最後にオクターブとは縁のない音程にたどり着きます。それなのに、純正5度がオクターブ以外の最初の倍音だから、音律の基礎に違いないという本来意味のない理屈にとらわれてしまったのでした。つまり、根音のオクターブ以外の倍音で最初のもの、すなわち純正5度の重ね合わせが音律を構成し、オクターブとどこかで整合すべきだという仮定そのものに根拠がなかったのです。人間が音楽的経験で認識できたことは、12等分平均律の5度や3度、さらに4度が、自然倍音から作られる5度や3度、さらに4度に音楽的に十分に近かったことと、ヴァイオリンや鍵盤楽器などの調律の道具としての5度の役割だけです。もっとも、ギターでは基本的に4度で調律します。Cから純正5度としてGが導かれますが、そのGから純正5度として導かれるDは、Cの9倍音です。これはまだ、根音に強く関連し意味があるが、そのDの純正5度のAはCの27倍音に相当し、オクターブ下げて比較すると13.5倍音ですから、Cの自然13倍音として出てくるAとは別のものになります。つまり、純正5度を重ねることは2回までは根音の自然倍音と相容れるのですが、3回目からは異質なものとなることに注意すべきでした。そして、こうして得られるAの純正5度に至っては、Dを根音とする自然倍音に他ならず、Cの倍音系列とはいえないものです。もともとそういう状況であるのに、純正5度音程を12回連続することに何らかの意味を想定し、オクターブに合致しないことを問題にしてしまったのです。

ピタゴラスの定理で、直角三角形の3辺が整数比の場合は、「3、4、5」、「5、12、13」、「8、15、17」などがあり、有理数に拡張してもこれらの例に帰結します。これらの整数の組合せはピタゴラス数とよばれ、無限個あることが証明されていて、次の式で探すことが出来ます。

d(m2 - n2)2 + d(mn)2 = d(m2 + n2)2
d、m、n は自然数;m、n は互いに素で、一方は偶数、他方は奇数
このピタゴラス数の集合は無限集合であっても、自然数の集合と対等(1対1対応)な集合で、ひとつ、ひとつ数えられます。ちなみに、有理数(整数/整数で表せる数)の集合も自然数の集合と対等な集合で数え上げることが出来ます。、しかし、一般の直角三角形の3辺の比の集合は実数の集合と対等になりますから、ピタゴラス数の集合とは、数学でいうところの「濃度」が異なるのです。それはともかく、ピタゴラスの定理による「3、4、5」の比は簡便にかつ正確に直角を人間が作ることを可能にしてくれた、それこそ天の恵みの知恵だと思います。

ところが、特に1辺の長さが1の正方形の対角線の長さ、すなわち直角2等辺三角形の斜辺の長さはピタゴラスのもっとも嫌悪する「無理数」すなわち、2の平方根( 21/2 )だったのです。また、直角三角形の返の比の組合せが1、2のあとは3の平方根( 31/2 )でした。そうしてみると、単純で基本的な直角三角形(2等辺直角三角形)あるいは、直角三角形で内角の一つが30°のものでは整数比あるいは有理数比は出来ません。

なぜ、21/2は無理数であって有理数ではないのでしょうか。
1/2が有理数と仮定すると、 21/2 = q / p  ( p, q は正の整数で、互に素)と表せます。両辺を2乗すると、
2 = q2 / p2 変形して、 2 p2 = q2従って、 q2は2の倍数になります。 q2 = q x q で、q と q のどちらかが2の倍数でなくてはなりません。同じ数なのでどちらか1つが2の倍数ということでなく、結局2つとも2の倍数になります。 そこで、q = 2n ( n は正の整数)とすると、2 p2 = ( 2n )2  すなわち、2 p2 = 4 n2 こんどは、 p2 = 2 n2 となって、p も2の倍数でなくてはならなくなります。 q と q は共に2の倍数では「互に素」の仮定に反しますから、21/2は有理数ではありえず、無理数となります。(背理法による証明)
図形のもっとも基本的なもののひとつである正方形の対角線に2の平方根(言い換えれば2の12分の6乗)が現れるのにもかかわらず、ピタゴラスはそうした無理数の存在を確認していながらそれを天が許さぬこととして、秘密結社をつくって闇に葬ろうとさえしました。そして、音楽に無理数が関係することを許さなかったのです。いや、音楽にこそそれは許されぬことだったのでしょう。
円周率πのほうは、ギリシャの時代には幸か不幸か、無理数であることが証明できていませんでした。ピタゴラスから2000年以上後の、1761年に数学者ヨハン・ランベルトにより三角関数や憐分数を駆使してやっと円周率が無理数であることが発見されたのです。音は物理的波動ですから sin や cos といった三角関数なくして表現できないものです。三角関数には円周率πが不可欠です。図形の基本の一つの円に関する円周率πが無理数であることもピタゴラスが知ることができていたら、音律の不幸な歴史は回避できていたかもしれません。
なお、正方形の対角線に相当する音は、Cに対してF#、あるいはG♭です。F#は調性の観点からは、Cから一番遠い音とされています。C−F#の和音あるいは同様にA−D#などの和音を聴きますと、そのなにやら恐ろしげな響きに驚かされるでしょう。ですから、ピタゴラスにしてみれば、有理数いや整数比で、直角三角形で3辺の長さの「3、4、5」の比率が成立し、音の倍音によるC、E、Gで「4、5、6」の周波数比率が成立したことが、とてもうれしかったに違いありません。ただ、もし、無理数も神の恩寵あるいは天の恵みだとピタゴラスが考えていたら、指数式を使って完璧に簡潔に整数比で構成される音を作り出せて、現代まで続く平均律論争は、こんな後ろめたさを持たずに済んだだろうと考えます。
無理数( irrational munber )という名称は、「理性をもたない数」、「分別のない数」あるいは「不合理な;理屈に合わない、ばかげた数」という印象を「無理( irrational )」という言葉から受けてしまいますが、本質は「比( ratio )」にならない、整数比にならないという数学的意味であって、「不比数」とも言うべきものです。
2(1/12)x 0 2(1/12)x 1 2(1/12)x 2 2(1/12)x 3 2(1/12)x 4 2(1/12)x 5 2(1/12)x 6 2(1/12)x 7 2(1/12)x 8 2(1/12)x 9 2(1/12)x10 2(1/12)x11 2(1/12)x12

あるメロディーの基本がCなら、純正なG、EやD、そして逆に取った純正なFも大きな存在として12等分平均律から多少逸脱しているとしてもいいだろうと思います。 天体でも、近隣の大きな惑星の影響を受け、それぞれの惑星は理論的な楕円軌道から少し逸脱しているのです。これは摂動と呼ばれます。宇宙に完全な楕円軌道など実際には存在しないのです。平均律と純正律の関係もそれに似ています。

CC#DD#EFF#GG#AA#BC
平均律 (Hz)261.62277.18293.66311.12329.62349.22369.99391.99415.30440.00466.16493.88523.25
純正律(Hz)261.62279.06294.32313.94327.03348.83367.90392.43418.59436.03470.92490.54523.24

J.S.バッハは平均律第1巻第3番嬰ハ長調前奏曲で、速い動きの分散和音を使いました。人間の聴覚の能力については複雑で未解明の部分も多いので、物理的測定について考えてみたいと思います。デジタル周波数分析では、比較する二つの音の周波数の差ΔFとそれを分解するために必要な測定時間ΔTは逆比例関係にあります。そこで、代表的オクターブの範囲にある上記の平均律と純正律の音の周波数差で一番大ききものを例として考えます。それは、Aで 3.97Hz ( = 400.00 - 436.03 )です。そして、その差を判別するのに必要な測定時間は、ΔT = 1/ΔF すなわち、ΔT = 1 / 3.97 = 0.2518 ( sec ) です。周波数の差、音の高さの差が小さいほどその判別に要する時間は長くなります。このAの場合では約 0.25 秒、4分の1秒以上必要です。第1巻第3番嬰ハ長調前奏曲の分散和音の1音の長さは、2小節が1秒程度ですから、12分の1秒です。最小限必要な4分の1秒のそのまた3分の1の時間しか鳴らない音になります。ですから、物理的測定が人間の聴覚にもあてはまるとすれば、この微妙な差はたとえバッハでも認識出来ないはずです。ここにバッハの優れた洞察が見られます。第1巻はハ長調、ハ短調ときて、第3番で嬰ハ長調という見慣れない調になります。当時それなりに調律された鍵盤楽器でも、響きに違和感が出る可能性が多分に危惧されました。そこで、演奏する人が「何だこの曲集は。」と感じては、元も子もないとバッハは考えたに違いありません。そこで、速い動きの分散和音を使って、多少調律のずれた鍵盤楽器でも、明るく楽しく音楽が響くことをねらったのでしょう。バッハの卓見と思います。
上記は「平均律」と「Cを基本に作られた純正律」です。CDEFGABCの音階の場合、EFとBCの半音が純正律では少し広いというか、EとBがフラット気味になっています。特にBはCに連続するとき、Cに近づこうとしますから、その意味では、平均律の方が「摂動」を機能させているとも言えます。
右図はAの音を基準に平均律と色々な音律を一度に示したものです。”CDEFGABC”の音階において、EとFの距離だけでなくBとCの距離は平均律の場合より、純正律や色々な音律の場合の方が少し広くなっていることがわかります。すなわち平均律ではEやBはフラットな感じを持っている。特にBは次のCに近づいているわけです。この意味では平均律では、良い意味で「摂動」が機能しているのです。

ひとつのメロディーの基本がCからGに移るのなら、摂動自体も基本となる軸を変えねばならないはずです。また、別の観点からすれば、純正5度の12回の重ねあわせが、オクターブに一致しないからといって悩むのは意味がありません。幾何学においても三角形の内閣の和が180度であるのは、かえって特殊な場合であって、非ユークリッド幾何学では、三角形の内角の和が、ある体系では180度以下、あるいは別の体系では180度以上であるとしか既定されません。
極端な例ですが、地球が完全な球形だとして、地球上の3地点、北極と赤道上の経緯0度、そして、同じく赤道上の経緯90度の三点を地表面で最短で結んでできる三角形は、直角正三角形になります。3辺の長さは等しく、それぞれの角は90度、従って、内角の和は270度です。地球の表面に住む人にとっては、この3角形のどの辺も同じ長さの直線ですし、どの角も直角です。
メロディーの基本となる音ごとに、そうした非ユークリッド的なゆがみがあり、それが逆に音楽を豊かにしていると考えるべきでしょう。それを式で表せば次のようになります。
= 0 x 2m/12 x player ( key, m, time ) :物理的に響いている音楽の音律

F = mlistener ( key, m, time )      :人間の頭脳が鑑賞している音楽の音律

player ( key, m, time ) は曲の途中でも調 ( key )の変化に応じて変動する関数;すなわち調性による「ゆがみ」の関数、というか補正する関数とします。弦楽合奏やオーケストラの皆さんが「音を聞きながら演奏する」という、それぞれ演奏家として持っている能力のような関数です。多くの音が協同して継続時間の長い和音をつくる、ひとつのハーモニーを作るという時には平均律にこだわる必要はまったくありません。それこそ、基本となる音の力で統合され、演奏家の能力のもと、自然に協和されていくのです。逆にヴィブラートのように周波数を揺らす演奏や、グリッサンドは、音の高さを連続的に上または下に変化させる演奏、ギターのチョーキング、電子鍵盤楽器のピッチベンドなど音程からのゆれやずれが音楽表現でありえます。人間の歌声では、もっと複雑で豊かな表現が可能です。

listener ( key, m, time ) も曲の途中で変動する関数ですが、人間の聴感覚の関数です。聴感覚の物理的な働きだけでなく、頭脳が音楽をどのように受け止めるかのまさに音楽的関数です。例えば、よく調律されたピアノでCDEのハ長調長3和音を強めに弾いて響きを音が減衰して聞こえなくなるまで確かめてみてください。最初、強く豊かですがとても複雑な響きがして、一瞬の後に、きっと純正律ピアノとはことなる「うなり」が聴こえ始めます。ところが音の減衰と共にしばらくするとその「うなり」はおさまっていき、よく調和した3和音が聞こえて来るはずです。これは、ピアノの弦の相互干渉の結果と始めは考えましたが、電子ピアノでも同じ現象があらわれるので、人間の聴感覚の特性とするほうが適当でしょう。純正律の和音ですと、そうした変化がなくて、さっぱりしすぎた感じがしてしまいます。また、短い音の場合(ピアノの音楽の場合大部分の音が短音ですが、)音高の違いΔFの特定と、音の長さΔTには、前述のように、ΔT = 1/ΔFあるいはΔF = 1/ΔTという関係があります。1秒間に5つ連続する音のひとつの長さΔTは 0.20 秒ですから、ΔF = 1/ΔT = 5 Hz の曖昧さが生じているのです。しかしながら私たちはまったく、曖昧な音高だとは感じないし、意識もしません。 261.62Hz のCのピアノの音の最初の 0.20 秒のデータをFFT(高速フーリエ変換)法で、解析しますと、ピークは中心の 261.62Hz から1dB 差の範囲は 259.94Hz - 264.28Hz の 4.32Hz に拡大します。すなわちピークの山が広い範囲て平坦化するのです。ちなみに、打鍵してから自然に減衰して音が消えるまでの全体をFFT解析しますと、ピークは急峻になっていて、中心から1Hzの位置で 5.9dB 減衰しています。人間は音を聴いたとき耳と神経でFFT解析を即時にしているのではなく、自分の持つ音、いや音の葉と参照して音楽を再構築しているのだと思います。そして、人間は耳の外に物理的に音波がなくとも、音をイメージすることができます。音楽を音の葉の情報として構築しているからではないでしょうか。

音が協和し音楽を美しくまた緊張感をもって響くことは、純正律という音律の力によるのではなく、音楽そのものの力によっています。純正律があるから、音が協和するのではありません。必要な時に協和する潜在的な力、能力を音楽そのものがもっているのです。特にピアノのような鍵盤楽器ではその音響的性格から、この player ( key, m, time ) の値は恒常的に 1 としてよいのです。


創世記(改−音楽 創作)
11:1 世界の音楽は12の音の葉と、一つの音律によった。
11:2 そして世界の音楽は一つになり、民は交歓した。
11:3 そして、一つのところに皆で集まり音楽を栄えさすため、声を磨き、楽器を作った。
11:4 音楽塔をつくり、天に届く新たな音律を作ろう、と言い合った。そうしなければ、また民は世界でばらばらになってしまうであろう。
11:5 神は民がつくりつつある音楽塔を見、民がつくりつつある音律を耳にした。
11:6 神は言った。「気をつけなさい。民は一つになり、同じ音律を持った。そして、このようなことを始める。 今は何も歯止めがないのだ。何でもできると思っている。」
11:7 「 地上に行って、民の音律を混乱させる。そうして、他の地の音律を理解できなくする。」
11:8 神は民を他の地に追いやり、民は別の音楽を作った。
11:9 そのように、神が音律を混乱させ、民の音楽がそれぞれ拡散したことから、この音楽塔は「ウルフの塔」と呼ばれる。
太古、平均律は純正律と同じものであったのでしょう。しかし、あるときから音律の混乱は人間の罪の一つになってしまいました。天は5度や4度や3度が絶対に一つの音律に一致しないようにしてしまったのです。それは、人間が全ての5度や4度や3度が人間の知恵で天の調和へと統合できるという傲慢さをもった報いによるのだと思います。それ以降、人間は一つの音律を求めて、どうしても避け得ない狼、ウルフの恐怖に怯え続けてきたのです。筆者は天が与えてくれた平均律から現実の5度や4度や3度がどうしても、ずれてしまっていることをわれわれ人間が謙虚に受け止めなければならないと考えます。純正律が真の音律だという考えにとらわれている人は、まだ、罪の自覚がない状況にいるのかも知れません。

バッハは私たちを、この罪を受け止めながら、平均律の音楽の世界に導いてくれていると感じます。そして、謙虚にも「よく調律された」という表現をこの平均律曲集の表題に使いました。それは、きっと音律にまつわる微妙な差異より、音楽が12の音の葉によって出来ているという事実の方に重みを置いていたためでしょう。天は音律については人間に混乱を与えましたが、12の音の葉の方はそのまま人間に与えてくれました。バッハは「ただ神の栄光のために」この12の音の葉を廻ることによって、罪を自覚しつつ、音楽によって人間が救われることを願ったのに違いありません。


全ての音楽は音の葉により造られた。
そして音の葉がなければ、いかなる音楽も造られなかった。
神によりひとりの伝達者が遣わされた。名をヨハネという。
その人は示すために来たのである。音楽の光を。
昼には、光は太陽からもたらされる。
夜には、影は星の光からもたらされる。
一日は昼の12時間と夜の12時間をもって造られた。
音楽も同じである。
音の葉は12の音、すなわち全ての全音と半音をもって造られた。
そして、長調と短調により繋がれた。
音楽は24の調のうちにあった。それがなければ、いかなる音楽も造られなかった。

In the beginning was the Note.
始めに音の葉ありき。

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音 律 の 不 確 定 性 原 理
--- 平均律クラヴィアー曲集のために 藤田伊織 ---
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聖律 と 不確定性原理

量子力学において、ハイゼンベルクの不確定性原理
「粒子の位置と運動量のような
観測量の同時の計測における精度には一定の限界がある」
ことを1927年に示しました。
クルト・ゲーデルの不完全性定理
「どのような厳密な数学的体系においても、真であるにもかかわらず
その体系内で可能などのような方法によって
決して証明することも反証することもできない命題がある」
ことを1931年に示しました。

1916年にアインシュタインは一般相対性原理を発表しました。そこでアインシュタインは、「重力は力ではなく、質量の存在によって作り出される時空連続体における場の湾曲である」ことを提案したのです。その時点ではまだ、世界は「すべての数学的問題を解決するための一般的代数的手続きが存在する」という決定論のなかで安心していられました。

しかし、ハイゼンベルクによる不確定性原理の発見以降、原子レベルでの単一の粒子の動きを正確に予測することが、アイザック・ニュートンの運動の法則では不可能になってしまいました。世界はこの不確定性にうろたえてしまった。さらに、ゲーデルは人間の精神世界に不完全性定理で追い討ちをかけたのです。

相対性はともかく、不確実性 そして不完全性!
ああ! 私たちは逆に決定論から解放された!

オックスフォード大学の数学科のロジャー・ペンローズ教授は、今、うれしそうに、「計算をいくら積み重ねても新しい芸術的な感性を創造することなど出来はしない。芸術はいわば計算不能物理学なのである」と表明しています。

私に言わせていただければ、「音楽も、そう、計算不能物理学です。」

しかし、何世紀にもわたって音楽家、数学者、理論家、思想家、専門家そして愛好家はコンマ悩まされつづけてきました。それは、5度圏で音を重ねることによりえられるオクターブが、真のオクターブに一致しないという事実によってです。多くの偉人たちが完全な音階を作り出すことに取り組んできましたが無駄な努力となっています。数学的には5度から始まっての完全な音階の形成は不可能であることは自明なのに。その形での解決法はなかったのです。音楽家、特にピアニストは平均律のピアノを使わざるをえないので、非難されてきました。平均律は非音楽的妥協の産物であって、すべての音を傷つけ、どの音からも調性の完全性を剥ぎ取るといわれてきたのです。

このコンマは音楽に呪縛を与えてきた。

ΔxΔp ≥ h ⁄ (4π)

x ; 位置
p ; 運動量
Δx, Δp ; x, p の標準偏差
h ; プランク定数

Δx → 0 ならば、Δp →  となります。

ある観測量の正確な測定を行うことは、他の観測量の大きな不確定性を生むことになる。

これが、ハイゼンベルクの不確定性原理です。


このことは、音の波すなわち音波にも適用できるのでしょうか? このことは原子レベルでの粒子の振る舞いのための理論ではなかろうか? プランク定数”h”は日常生活のなかで考慮に入れるにはあまりにも小さい数ではなかろうか?
h = 6.6261 × 10-34 Js
引退中(2005年3月時点)のテニスプレーヤー、マルチナ・ヒンギスさんが約50グラムの重さのテニスボールを時速180km、秒速50mでサーブしたとすると(本当に大雑把な仮定)、レシーブする瞬間のボールの位置の不確定性はどのくらいでしょうか?
レシーブするために、ボールの速度の誤差をΔv=0.01m/sで認識した場合、位置の標準偏差 Δx は、だいたい 2*10-31m すなわち 0.0000000000000000000000000002mmほどです。位置の不確定性は現実には存在しません。それでも私のラケットにはかすりもしないだろうけれど。
音は日常の空気環境のなかを伝わる空気の圧力の周期的変化の結果生じる現象です。音波は日常の世界のものです。不確定性原理は音楽となんの関係もないだろうと考えるのが普通です。しかし、問題の式は、時間と音波の周波数の関係に変換されうるのです。
ΔxΔp ≥ h ⁄ (4π)
p = mv → Δp = m Δvv = 速度 (m/s)
E = m v2/2 → ΔE = m v Δv = m Δv v
ΔE = Δp v = Δp (Δx/Δt) = (Δp Δx)/Δt
ΔE ≥ (h /(4π))/Δt
ΔE Δt ≥ h /(4π)
E = h ν → ΔE = h Δνν = f = 周波数(1/s) そして光子ひとつの場合のE
h Δν Δt ≥ h /(4π)
Δν Δt ≥ 1 /(4π)
ここにはもう "h" はない。 Δν ≥ 1 /(4π Δt)
Δt ≥ 1 /(4π Δν)
Δt と Δν は t and ν の標準偏差

これで、空間における波の位置と運動量は、時間と波の周波数の形に変換されました。さて、音波は時間により変動する信号です。わかったことは、音波についても、時間軸のある瞬間における、ある音波の確定的な周波数を知ることはできない、ということです。ためしに、Δν を 0.1Hzとしてみましょう。Δt は 1 /(4π *0.1) sec  すなわち、約 0.80 sec 以上でなければならないことになります。
平均律で中央のCの音は、約 261.6256Hz とされています。このCの音を 0.0001Hz の精度、あるいは誤差で測定する場合に、 Δt として 800 秒、あるいは 13 分 20 秒を要することになります。完全に正確に中央のCを測定するためには、無限に続くCの音波が必要となるのです。無限に続く音波はいわゆる定常波にほかなりません。
こうして考えてみると、根音の周波数 f0 を3/2倍して5度の音の周波数 f ( すなわち ν )を、定常波でなければ、理論的にも完全に正確に得ることなどできないことになります。


もうひとつの面から見てみましょう。波形によっては、不確定性は計算しやすくなり、例えば、ピークから50%低下するまでの範囲を誤差範囲ととれば、
Δν Δt ≥ 1/( 2π ) となることもあります。
すなわち、別のタイプの波束 wave packet の場合には別の不確定性の値を算出できます。

正規分布形の波
最小波束the minimum wave packet
Δν Δt ≥ 1 /( 4π ) は、波形が正規分布の形の波の場合で、最小波束、例えば光子に対応した不確定性です。
また、Δν Δt ≥ 1 はおおよそ一般の波束の場合の解釈といえるものです。
普通の音楽の音波は最小波束 minimum wave packets ではない。
この物理的世界では整数比に基づいた音律は存在し得ないでしょう。
音の調和すらこの不確定性と共に生きなければならないのです。

フーリエ変換 the Fourier Transform Theory:

ここであらためて、不確定性原理は原子レベルの粒子の世界のことだと言われるかもしれません。しかし、フーリエ変換理論は、音波も時間と周波数の不確定性から逃れられないことを明らかにしてくれるのです。
ジュアン・バプティステ・ジョセフ・フーリエは熱伝導理論の分野で当時一番よく知られていました。また、フランス政府の行政官として、あるいはエジプト研究者としても有名でした。エジプト学者としては1798年のナポレオンの遠征に同行したこともあったのです。1822年のフーリエの著作「熱の分析理論」では、固体中の熱伝導を無限級数、すなわちフーリエ級数で解析する方法を明らかにしています。音楽のフーリエ解析は音の波が正弦波の重ね合わせで近似できるという考え方を基本にしたものでとても有益な考え方となりました。無限級数における各々の正弦波の周波数は基本となる音波の周波数の整数倍と考えられました。これは、もとになる音の波形の倍音の考え方と共通しています。


この式は、音の性質を研究するにはとても役にたっています。音の波形には、鋸切波、矩形波、三角波、正弦波などいろいろあります。それぞれの波形は対応する音色と関係があります。上の式で an と bnを調整すればどのような波形でも実現できるでしょう。
次の式は基本周波数の倍音にあたる正弦波を重ねて矩形波を作り上げる方法を示しています。
f ( t) = sin(ωt) − (1/3) sin(3ωt) + (1/5) sin(5ωt) − (1/7) sin(7ωt) +.....

In general; ao = 0 and bn = 0
f ( t) = a1 sin(ωt) + a2 sin(2ωt) + a3 sin(3ωt) + a4 sin(4ωt) + .....

この式 f ( t) はある限定された領域で規定されていますが、同時に周期的でなくてはなりません。そのため、領域外でも f ( t) ≠ 0 でなくてはなりません。すなわち、この形式で正弦波 sin(t) を重ねる場合のは、音は鳴り続けなければならないということです。

この方法は、元来、周期的で連続する波のためのものです。音波は音が鳴っている間、あるいは消えてしまうまでは、大体のところ周期的だと言えます。しかし、フーリエ解析は、波が無限に連続することを前提としています。簡単に言えば、この解析法は定常波のためのものなのです。音波は非連続的で擬似周期的な波に分類される。言い換えれば、基本音及びその倍音を重ねあわせることによって、実際の音を表すことは難しいのです。
そこで、フーリエ解析は、フーリエ変換 the Fourier Transform Theory に拡張され、非周期的な波はこれによって考えられることになりました。音による空気の圧力変化のような実際の信号は時間軸での連続関数で表せます。これが、時間領域での音の表現です。フーリエ変換によって生み出される、周波数領域での表現も時間領域での表現と同様に有効なのです。
f ( t) = 音波;最も単純な例として;f ( t) = A(t) sin( 2π ν t) ; ν = 周波数(1/s)

フーリエ変換 the Fourier Transform Theory


ω = 2 π ν

F ( ω ) は、t の関数であるf に、e の −j ω t 乗を掛けて、dt で−∞〜+∞で積分して、ω の関数となったものです。すなわち時間領域から周波数領域に変換されています。
フーリエ変換は一つの波を連続的なあらゆる周波数の正弦波に分解し、また、逆にその合計がもとの波形になるようにするものです。ある信号を、構成する周波数ごとにその強度に分解するというように見ればわかりやすい。簡単に言えば、周波数分析である。関数 F ( ω ) の振幅は一般に周波数応答と呼ばれます。そしてその信号の周波数分布が示されるのです。


T1 -T0 = Δt = 0.025 sec
聴く!
「時間が t = T0、までは無音で、 t = T0 になると, 音が特定の周波数で始まり、 t = T1 に音は止まる。そして t = T1 、以降は無音である。ただそれだけのことで、どこに不確定性などが入り込む隙間があるのだ?」といわれるかもしれません。
440Hz の音で考えてみましょう。波数が11の場合を示します;

t < T0 f ( t) = 0
T0tT1 f ( t) = A sin( 2π ×440 t)
T1 > t f ( t) = 0

the amplitude of F ( ω )
ω0 = 2π ×440 and Δt = 0.025 sec

赤い曲線は σ = 80Hz の正規分布を表します。この赤の曲線は F ( ω ) の振幅に大体一致します。そこで F ( ω ) も標準偏差で 80Hz の分布になるといってもよいでしょう。
Δt × Δf = 0.025 sec × 80 Hz = 2


Δt × Δf = 2
Temperament Examples (Equal Pure Werck3)
上記の式はとても単純に見えます。そして、その周波数分布(スペクトラム)はきっと 440Hz にピークがあって、それ以外の周波数の振幅は0になるだろうと思わされるます。
ところが、 Δt が小さい場合、すなわち少ない時間しか音が鳴らない時には、周波数分布は拡がってしまうのです。 Δt が長くなればなるほど、分布の幅は狭くなってはきます。しかし、例えば、 Δt が1、すなわち1秒間のみの継続音の場合、帯域幅は 2Hz ということになります。1秒と言えば音楽の音としては結構長く鳴っているほうですが、それでも周波数は 2Hz の幅に拡がっているということなのです。

axis i

440Hz
Δt = 0.50 → 0.05 pitch=0.05
周波数分布
正規分布曲線
標準偏差は 2 / Δt

Δt × Δf = 2

曲のなかで音の鳴る時間

Δt =0.20sec → Δf = 10.0Hz
Δt =1.60sec → Δf = 1.25Hz

不確定性の雲が様々な音律によるピッチ(音高)の差をおおってしまう。
この不確定性は音律の歴史に取り付く呪縛を解くことになるかもしれません。

解釈:
ピッチ、すなわち音高の知覚しうる最小の差異はセントで表されますが、人間の聴覚の標準的なその数値は 5セントと言われています。Aの音である 440 Hz の音の場合の5セントは約 ± 1.3 Hz です。
n (cent) = 1200 log10( p/p0) / log10 2 → p = p0 2n/1200
441.3 = 440 × 25/1200

不確定性うんぬんといわなくても、この範囲の差異はすでに許されているのです。


同期現象 Synchronization:
周期に少しの違いのある二つの振り子時計があって、薄い木製の板に離れずに並べて取り付けておきますと、そのうち二つの振り子は同じようにそろって振れるようになります。同期現象は、複数の非線形システムがそれぞれのシステムの差異にもかかわらず強制振動や波での共振状態にあるときに起こる非線形物理学の注目すべき現象です。
ピアノというシステムはこの非線形での同期あるいは同調現象を起こす性格を持っています。例えば、ハ長調の長三和音(C、E、G)を強く弾きますと、最初は濃密で豊かな、そして複雑な響きがします。その後すぐ、「うなり」が発生します。これはハの純正律に調律したピアノ(普通そのようなピアノはありません)では起こらないことです。しかし、和音の音の減衰に従って「うなり」は沈静化し、代わりに、よく調和した長三和音が聴こえてきます。この現象は、人間の聴覚の特性による部分もありますが、ピアノの弦、響板そしてピアノの構造に由来する相互作用の結果でもあるのです。


聖律 The Sacred Temperament:
このページの曲は、平均律クラヴィーア曲集第1巻の最初の前奏曲に、あるトリックを持たせたものです。前奏曲は、実はハ長調から始まりますが、最後にはニ長調になってしまいます。すなわちピッチが次第に上がっていくのです。この変化を感じ取ることができますでしょうか?


midi
Verleih mir, Höchster, solche Güte, so wird gewiß mein Singen recht getan;
so klingt es schön in meinem Liede, und ich bet dich in Geist und Wahrheit an;
so hebt dein Geist mein Herz zu dir empor, daß ich dir Psalmen sing im höhren Chor.

アンナ・マグダレーナ・バッハの音楽帳から (39b)
* 仮訳 *
神よ、私に御慈悲をください。そうすれば、私はとてもよく歌えるでしょう。;
そして、私の歌において音は美しく響き、私は精霊と真実に祈りを捧げます。;
そして、精霊は私の心を高めて下さいます。私は、唱和の高みにおいて詩篇を歌います。

始めに音の葉ありき


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平 均 律 ク ラ ヴ ィ ー ア 曲 集 教 本
ヨハン・セバスティアン・バッハ 2001著
--- これは創作です ---
表紙 - 前頁 - 目次 - 次頁

ようこそ。私はヨハン・セバスティアン・バッハ2001です。
本書は平均律クラヴィーア曲集教本です。1744年にまとめました。

The Well Tempered Clavier
or
Preludes and
Fugues through all the tones and semitones
including those with a major third or Ut Re Mi
as well as those with a minor third or Re
Mi Fa. For the profit and use of
musical youth desirous of learning
and especially for the pastime
of those already skilled in
this study composed and prepared by
Johann Sebastian Bach
at present
Capellmeister to
His Serene
Highness
the Prince
of Anhalt-Cothen,
and director
of His
Chamber Music.
Anno
1722

まえがき
(−それより早くmp3やmidiで聴くことをお望みでしたらこちらへ−)
お話しておきたい点が3つあります。

まず、はじめに
適切に調律された鍵盤楽器(a well-tempered clavier)を使ってほしいということです。

平均律クラヴィーア曲集をまとめた1722年頃には、鍵盤楽器の調律を安定させておくことは皆さんにとって、私にとってさえ難しいことでした。良家の子女が邸宅の一室で私の作品を弾こうと調子の外れた鍵盤楽器の前で悪戦苦闘している音を、通りがかりに窓の下で聴いたことがあるでしょう。これは悲惨です。オルガンの場合には演奏する前に毎回、調律について心配する必要はありません。オルガンの調律はパイプの製作時にきちんと調整されるからです。しかしオルガン以外の鍵盤楽器は何本もの強く張った鋼製の弦をそれぞれ調律のピンで押さえているのです。温度や湿度、機械的ショック、粗雑な扱い、そして最も大きな要素である時間が調律の状況に影響を与えます。専門の調律師が適切に調律をしたとしても、次の日にはいくつかの弦が滑ってしまうかもしれません。1週間後には音がまったく、ずれてしまうこともあるでしょう。ですから、音の状態について非常に気をつけていることが必要です。ご自分の鍵盤楽器の調律法を皆さんがご存知であればそれが一番です。ヴァイオリニストは当然ながら楽器の調律を自分でします。管楽器などの単音楽器の奏者は鍵盤楽器の調律のような悩みはないでしょう。

お持ちの鍵盤楽器が良い楽器であれば、練習とそして音楽そのものを楽しむことができます。しかし、音の外れた鍵盤楽器ではこの平均律クラヴィーア曲集の練習や研究はうまくいきません。ひどい場合には、音の高さや和音の構造についての判断能力を阻害してしまうかもしれません。そして、音や音のつながりを理解できなくなって、平均律クラヴィーア曲集への興味を失ってしまうことにもなりましょう。さもなくば、この前奏曲とフーガはただ音がごちゃごちゃしているだけだと、おっしゃるようになるかも知れません。こうなる前に、もう一度ご自身の鍵盤楽器を調べてみていただきたいと思います。平均律クラヴィーア曲集は、適切に調律された鍵盤楽器を必要とする新しい音楽作品です。将来は長期間安定した調律を保てるように鋼製の頑丈な枠で補強された鍵盤楽器ができるでしょう。21世紀頃には自動的に調律ができる鍵盤楽器も登場して調律の悩みから解放されるでしょう。

ところで、どんな調律法というか音律を使いますか。等分平均律ですか。等分平均律ではひとつ上の半音との周波数の比率が常に一定で、その値は2の12乗根です。冗談だって。それはまあ、皆さんにとってはどんな楽器でも2の12乗根を使う等分平均律で調律することなどできないでしょう。周波数測定器などありませんから。1722年でも1744年でも、周波数測定器どころか二つの音の間のうなりの数が毎秒いくつならいいかという値を出すに必要な対数計算法もそんなに普及していませんでした。すなわち等分平均律は当時はもとより今(1744年)でも理論上のものです。そこで、皆さんはヴェルクマイスター氏が考案された調律法などをお使いになられるでしょう。鍵盤楽器の調律においては、全ての音や調性がきれいに心地よく響くようにすることが必要です。

鍵盤楽器では、独立した3度と5度が必要です。ハ長調であれば、ハ―ホ(C-E)、ハ―ト(C-G)です。純正律では、ホ音(E)とト音(G)は根音のハ音(C)の近隣倍音になります。鍵盤楽器のそれぞれの音が同等の性格を持つべきと考えます。音の多声的動きの中では、根音と完全に共鳴する3度と5度は旋律の動きにおいてその力をそぎ、安定した流れを阻害します。それぞれの音には独立性が必要なのです。私の弟子の一人、フリードリヒ・ウィルヘルム・マルプークには、全ての3度を高くするようにと指導したことがあります。合唱や弦楽合奏では各声部はそれぞれの音の性格を持ち、空間的位置も違うので、完全に共鳴する3度や5度でも聴き手として独立した音と認識できるでしょう。

ご自身の鍵盤楽器をお調べになるなら、最後のフーガの主題、すなわちフーガ第24番ロ短調を弾いて、12音の全てがどのように響くか、を聴かれるとよいでしょう。


ト―嬰ヘ(G-Fis)、ロ―嬰イ(H-Ais)、 ホ―嬰ニ(E-Dis)、ハ―ロ(C-H)、嬰ヘ―ヘ(Fis-F)、ニ―嬰ハ―ハ(D-Cis-C)、ハ―嬰ハ(C-Cis)、トリルのなかでイ―嬰ト(A-Gis)という半音進行がロ短調主和音、ロ―ニ―嬰ヘ(H-D-Fis)の上に展開しています。全ての半音階は自然に響かなくてはなりません。皆さんがこの主題のはっきりとした形を把握されれば、心の中でも再生できるようになり、皆さん自身の「適切な調律」を体得されるでしょう。

音階上の音は、音の自然な共鳴や倍音に基づいて構築されるものと考えられています。もちろん、自然な共鳴を大事にしなくてはなりません。また、もし、等分平均律が現実のものとなったとしても、声楽や交響楽ではなじまないでしょう。しかし、鍵盤楽器に関しては始めに音の葉ありきと私は確信したのです。いろいろ理由はあります。まず、ドイツでは「B」が「変ロ」として使われていますが、これは英語圏では「B♭」です。等分平均律では「嬰イ」と同じです。ご存知とは思いますが、我が家名は「BACH」ですから、英語圏の音楽表記でいえば、「B♭、A、C、B」(変ロ、イ、ハ、ロ)です。この音の繋がり、しいて言えばテーマの原型のような存在は、どんな調性においても、同一であるべきだと考えました。だいたい、我が祖国ドイツにおいて「H」が英語圏の「B」の意味を持つのは、一種の謎でしょう。きっと、ハ長調の音階、ハニホヘトイロハ(CDEFGABC)の小文字表記(cdefgabc)で、ドイツのみんなは「b」を書くのが下手で、下の部分が開いて「h」になってしまったと考えられます。その上、「b」は「♭」に似ているので、それらをきちんと識別するために、「h」を使うことにしたのでしょう。バッハ家にとっては幸運でしょうか、「h」もBachに含まれますから、Bachという姓そのものが旋律的主題となりうることとなったのです。「Bach」は名前であると同時に音楽にもなりました。

ところで、等分平均律はまったくの妥協の産物であって、それぞれの音はそれぞれ傷つき、ひとつも完全に調律できないこととなり、鍵盤楽器のための音楽を作曲家がつくろうとするとき、調性による違いを完全に葬り去るものだと多くの方が言っています。私はこの考えに賛同できません。私が思いますに、等分平均律という音律なり調律法は、妥協の産物などではありません。これはきっと先験的に与えられたものではないでしょうか。表紙で示しましたように、「始めに音の葉ありき」です。一年はぴったり三百六十五日ではありません。また、ぴったり52週でもありません。しかし、やはり1年は365日であり、52週です。これを妥協の産物という人はおりますまい。思うに、他の音律ないし調律法こそ妥協の産物ではないでしょうか。言葉でいえば、「始めに言葉ありき」ですし、音楽で言えば、「始めに音の葉ありき」でしょう。宇宙のことを考えますと、そこには空気がないのですから、音もありません。でも、たとえ宇宙においてでも、すなわち音が存在しなくても音楽は、音の葉の情報として、言い換えれば、音符を基礎とする情報として、存在すべきです。調性による違いもそれはありますでしょう。でも、それは、音律や調律法によってもたらされるものでなく、旋律なり主題の音の高さそのものの違いであるでしょう。一つ一つの旋律は固有の音高を持っています。皆さんはどんな旋律でも必要に応じて移調することができます。でも、旋律のもとの音高はそれ固有のものです。作曲家はたとえば7つのシャープを要する嬰ハ長調や7つのフラットの変イ短調の曲を書こうとするときそれなりの気分というか雰囲気を想定するかもしれません。楽譜はそれはもう変わっています。そうした楽譜を前にすれば、演奏家も緊張するでしょう。「ハ長調を半音あげたとか、イ短調を半音下げた」などとは言ってはいけないのでしょう。

全音音階には長音階と短音階の2種類があります。楽譜の作り方からして15種類の長音階があります。それぞれの長音階には対応した第6音からスタートする短音階(自然短音階)があります。短音階にはこの他にも和声短音階と旋律短音階があります。そうすると、60種類の音階があって、そのうち15種類が長音階ということになります。でも、短音階の3種類はまあ、短音階内部の種類わけの範囲と言ってもいいでしょう。

また、エンハーモニック関係からロ長調は変ハ長調と同じであり、嬰ヘ長調は変ト長調と同じく、嬰ハ長調は変ニ長調と同じとします。短調でも、嬰トと変イ、嬰ニと変ホ、嬰イと変ロは同じとできます。私は第3番の前奏曲とフーガを変ニ長調でなく嬰ハ長調で作曲しました。また、変ハ長調でなく、嬰イ長調(H−dur)で、また、嬰ニ短調の代わりに変ホ短調にしました。

等分平均律にまだ賛同できないのであれば、それはまるで、未だに太陽が地球の周りを廻っていると思うようなものです。そして、15の長音階と15の短音階を残すことになります。等分平均律によって、12の長音階と12の短音階に収束できるのです。等分平均律は単に調律の技法ではありません。それによって、音の葉、要すれば音符が世界における、また、宇宙における音楽の言葉として、また、情報言語として確立されるのです。

約百年後になるでしょうか、ハンス・フォン・ビューロウとかいう方が私をほめてくださって、「ピアニストにとってバッハ氏の平均律クラヴィーア曲集は旧約聖書であり、Be***のソナタ集は新約聖書である」などと言ってくださるそうですが、私としてはいい迷惑です。平均律クラヴィーア曲集をありがたくも聖書になぞらえていただけるなら、「バッハ氏の平均律クラヴィーア曲集は新約聖書である」といってほしいのです。旧約聖書に相当するのはグレゴリアン聖歌でしょうか。


つぎに、
聴くだけではなくて、やはりこれらの前奏曲とフーガを演奏することこそが必要です。

この平均律クラヴィーア曲集は「学習熱心な若い音楽家の卵の教材となり向上をもたらしまた、熟達した演奏家の音楽の楽しみに供するため」に作曲しました。ですから、もし、鍵盤楽器が弾けない方がいたら、是非練習していただきたい。それがだめなら、鍵盤楽器を弾く代わりに皆さん自身のために、この曲集を読んで写譜をしてはどうでしょうか。書店で売っているから写譜などする必要がないって、まだ出版していないのに。まあ、ともかく、心のなかにでも写譜してみてください。

約百年後に、ロベルト・シューマンという方が私の平均律クラヴィーア曲集を「音楽家の心にとって日々の糧」と言って下さるようです。私はとても嬉しく思います。シューマンさんはさらに、「大好きなバッハの平均律クラヴィーア曲集のフーガを詳細に分析している。この研究は私に多くのことを与えてくれ、心と頭を理論的観点から強くしてくれる。バッハは素晴らしい人だ。不完全なところや弱いところが全くない。全てが永遠のために書かれている。」とも言われるようです。いまここにロベルトがいたら、いっぱい音楽について話したいことがあるのにと思います。

学習熱心な若い音楽家の卵の皆さんが最初から演奏技術にあわせて音楽的思考力を身に付けて欲しい、ということが私の望みです。私の最年長の息子であるウィルヘルム・フリーデマンは1722年当時11才でしたか、この平均律クラヴィーア曲集によって、作曲について学びました。聴くだけというのは学ぶためには受身に過ぎます。もっと音楽に参加する必要があります。いちいち音符を入れなくても考えるだけで自動的に演奏してくれる、鍵盤の必要のない楽器が発明されたら、これは素晴らしいことでしょう。でも、今のところ私にとって最も重要な事実は、一オクターヴに、物理的であろうと、想像のなかであろうと、12の鍵があることです。音の葉、音符は音楽の言葉です。全ての音の葉を使うことにしました。

2番目の妻である最愛のアンナ・マグダレーナは素敵なソプラノの声の持ち主であり、同時によく家事をこなしてくれました。そのうえ、私の仕事にも生き生きとした興味を持ち、よく私の手稿楽譜の写譜を上手にしてくれました。この平均律クラヴィーア曲集も弟子たちのために何度か写譜をしています。こうした写譜の作業を通してアンナ・マグダレーナも私の音楽の理解を深めていったものと思います。


最後に、
この平均律クラヴィーア曲集は第1巻ではありません

確かに、もう一つの新しい平均律クラヴィーア曲集をまとめる計画はあります。が、私の考えでは、第2巻とか第2部は必要ないのです。この20年間に平均律クラヴィーア曲集は十分に役立ってきたし、いまでもよく機能しています。いま、多少の改訂が可能であれば、私としては例えば、第14番嬰ヘ短調の前奏曲とフーガを、最近作曲した 別の美しい前奏曲とフーガに差し替えたいと思っています。でも、2番目の妻である最愛のアンナ・マグダレーナのことも気遣わなくてはとも思います。アンナ・マグダレーナは前妻の子供たちにも常に本当によくしてくれています。皆さんもご存知かもしれませんが、1725年にアンナに、表紙に A M B と名前を刻印したうす緑の美しい音楽帖を贈りました。そんなこともあって、アンナはきっと私との間にできた子供たちにも新しいまとまった音楽の勉強の曲集を期待していたのです。1722年の平均律クラヴィーア曲集を前妻マリア・バルバラの息子ウィルヘルム・フリーデマンが勉強したように。アンナの気持ちもわかります。そこで、アンナと私の新しい弟子で娘の伴侶になるかもしれないヨハン・クリストフ・アルトニコルが将来の義理の母を手伝って新しく24の前奏曲とフーガをまとめています。どうも、その表紙に平均律クラヴィーア曲集第2巻という名が記されているようです。私は反対はしません。でも、元の平均律クラヴィーア曲集は「第1巻」ではないのです。このことは最愛の妻、アンナ・マグダレーナには内緒です。

平均律クラヴィーア曲集は12の音と24の調をもって音楽の宇宙を把握しようという試みです。この意味で全く別の観点からのものであればともかく、曲は違うけれども、ただもうひとつのということであれば、第2巻は必要ないのです。比較の問題ではないのですから。

長口上にお付き合いいただきありがとうございました。それでは、平均律クラヴィーア曲集を弾いてお楽しみください。


平均律クラヴィーア曲集(第1巻)目次

曲名をクリックするとそのページへ、"mid" や"audio"あるいは"mp3" をクリックすると演奏が始まります。

前奏曲フーガKey( Key )調BWV
前奏曲 No. 1midフーガ No. 1midC MajorC-durハ長調846
前奏曲 No. 2midフーガ No. 2midC Minorc-mollハ短調847
前奏曲 No. 3midフーガ No. 3midC# MajorCis-dur嬰ハ長調848
前奏曲 No. 4midフーガ No. 4midC# Minorcis-moll嬰ハ短調849
前奏曲 No. 5midフーガ No. 5midD MajorD-durニ長調850
前奏曲 No. 6midフーガ No. 6midD Minord-mollニ短調851
前奏曲 No. 7midフーガ No. 7midEb MajorEs-dur変ホ長調852
前奏曲 No. 8midフーガ No. 8midEbMinor-
-D# Minor
es-moll=
=dis-moll
変ホ短調〜
〜嬰ニ短調
853
前奏曲 No. 9midフーガ No. 9midE MajorE-durホ長調854
前奏曲 No.10mid フーガ No.10midE Minore-mollホ短調855
前奏曲 No.11midフーガ No.11midF MajorF-durヘ長調856
前奏曲 No.12midフーガ No.12midF Minorf-mollヘ短調857
前奏曲 No.13midフーガ No.13midF# MajorFis-dur嬰ヘ長調858
前奏曲 No.14midフーガ No.14midF# Minorfis-moll嬰ヘ短調859
前奏曲 No.15midフーガ No.15midG MajorG-durト長調860
前奏曲 No.16midフーガ No.16midG Minorg-mollト短調861
前奏曲 No.17midフーガ No.17midAb MajorAs-dur変イ長調862
前奏曲 No.18midフーガ No.18 midG# Minorgis-moll嬰ト短調863
前奏曲 No.19midフーガ No.19midA MajorA-durイ長調864
前奏曲 No.20midフーガ No.20midA Minora-mollイ短調865
前奏曲 No.21midフーガ No.21midBb MajorB-dur変ロ長調866
前奏曲 No.22midフーガ No.22midBb Minorb-moll変ロ短調867
前奏曲 No.23midフーガ No.23midB MajorH-durロ長調868
前奏曲 No.24midフーガ No.24midB Minorh-mollロ短調869
前奏曲フーガKey( Key )調BWV
mp3 by TruePianos

アンナ・マグダレーナ -
カール・フィリップ・エマニエル
第24番前奏曲
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ヨハン・アドルフ・シャイベ
(日本語版)
- カイザーリンク伯 前奏曲 - カイザーリンク伯 フーガ

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ただ神の栄光のために

平 均 律 ク ラ ヴ ィ ー ア 曲 集 教 本
ヨハン・セバスティアン・バッハ 2001著
--- これは創作です ---
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前奏曲第1番ハ長調
この前奏曲第1番ハ長調の目標とするところは、若い音楽家の卵が自分の親指を適切に使うようにすることです。この曲では親指を使わずに演奏することは誰にもできないでしょう。小さいお子さんの場合には1オクターブを指を拡げてカバーすることはできないでしょうから、アルペジオの形を採用して、指が鍵盤の上を滑らかに動かせるよう考えています。

18世紀の始めの頃には鍵盤上で親指を使わないほうが普通でした。親指を使わないでは鍵盤音楽の将来はありません。そういう観点で、この種類の練習曲を作ることが大事だと考えました。加えて、和音構造とその進行の多様性について研究できて、また響きとして感じることができるようにしたいとも思いました。

練習の観点からは、他の種類のアルペジオも試すことができるでしょう。

どうでしょう。聴いてください。
どうでしょう。聴いてください。
これらのアルペジオはあまりよくないでしょう。

その理由は、私が言うのは僭越ですが、前奏曲第1番のアルペジオが最適だからです。


前奏曲第1番を完成するために考えられる全ての形のアルペジオを検討して、この傑出した素晴らしい形に出会ったのです。とにかく、形自身も美しさを有しています。そして、比類ないリズムの可能性を秘めています。もちろん、1小節の半分の基本的パターンは「4つの16分音符ともう4つの16分音符」でできています。しかし、「5つの16分音符ともう3つの16分音符」や、「2つの16分音符と3つの16分音符3つの16分音符」、「2つの16分音符ともう6つの16分音符」と見ることができるかもしれません。でも、そのどれということではありません。時にはそうしたリズムと離れた、静かで聖なる雰囲気をかもし出しもします。 このアルペジオは独立した5声部を構成します。これらの5声は和音を構成しますが、それぞれ独立に動きもします。ひとつの声部は半音階的進行すらします。結果的に和音進行で見ると非常に複雑な様相を示すことになります。コード進行だけ見るならば何世紀も後に作られた音楽のように見えるかもしれません。(そんなことが私にわかるかって?)

コード進行は次のとおりです。

小節01020304050607080910
01-10 CDm7/CG7/BCAm/CD7/CG/BC/BAm7D7
11-20GGdimDm/FFdimC/EF/EDm7G7 CC7
21-30Fmaj7F#dimDm/AbG7C/GG7sus4G7Ebdim/GC/GG7sus4
31-G7C7F/CG7/CC

複雑そうに見えることが問題なのではありません。各声部の進行がポイントで、内声部の構造が大きな意味を持ちます。
約百年後、チャールズ・グノーという人がこの前奏曲を伴奏にしてアベ・マリアを作曲するかもしれません。その人はきっとこの前奏曲を大好きになるのでしょう。私も評価してくれることは嬉しいだろうと思います。でも、その人はきっと、この前奏曲の真の意味を理解することはないでしょう。こういうのは失礼にあたるかも知れませんが、この前奏曲は伴奏のための音楽ではありません。


ところで私の愛する妻、アンナ・マグダレーナ Anna Magdalena Bach はいつも控えめにしておりますが、この前奏曲を弾くことがとても好きで、ついては特に皆様に何かお話したいと申しております。よほどのことでしょうから、聴いていただければ幸いです。

アンナ・マグダレーナ・バッハ - Ave Maria
- 不確定性


さて、ここに前奏曲第1番のもうひとつの版(midiデータ)を用意しました。隠された秘密がわかりますか。


ご感想をどうぞ! Email : mocfujita@aol.com
実は、曲の冒頭から、ピッチベンドにより、少しづつピッチが上がっていき、最後にはハ長調からニ長調になってしまいます。最後の和音は、レレファ#ラレです。普通の方々には、聴いている間には、気が付きにくいし、違和感もありませんでしょう。

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平 均 律 ク ラ ヴ ィ ー ア 曲 集 教 本
A M B による 1722年
--- これは創作です ---
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平均律クラヴィーア曲集の最初の前奏曲への
Anna Magdalena Bach
アンナ・マグダレーナ・バッハの思い

こんにちは。
1744年のアンナ・マグダレーナ・バッハと申します。
私のページを訪問してくださり、
また平均律クラヴィーア曲集、
とりわけ最初の前奏曲への私の思いを
お話する機会を与えていただき、ありがとうございます。

これは私の仮想肖像画です。
20歳頃のものでしょう。
?秘密?
付け加えられた緑の手書き文字は
カール・フィリップ・エマニュエルによるものです。

この音楽帳は私の宝物です。私の偉大な夫君、前の宮廷楽長で現在はライプッチッヒ・トーマス教会音楽監督であるヨハン・セバスティアン・バッハから1725年に贈られたものです。1721年12月3日に祝われた結婚式から約3年後のことでした。表紙は黄緑色の羊皮紙で、金文字でAMBと1725が打ち込まれています。前もって、夫君は2つのパルティータを特別なプレゼントとして私の音楽帳の最初の数ページに自らの手書きで書き込んでおいてくれました。最初のパルティータはイ短調、すなわちA−Mollで、AMを象徴していました。当然ですが、最初の小節の和音も自然とA−Mollで私のイニシャルを表していました。Bは私たちの国ではBflatですが、このパルティータの中ごろで3度現れます。私はAMとBが大好きなのです。

私の音楽帳は美しいでしょう。サイズは縦 19.5cm 横 25.0cm です。大きさ形から言えば、一般的な楽譜帳ではありません。なかには 75 枚の楽譜用紙があります。ページの両面には、このサイズからして8段の五線譜を書き込むのが精一杯です。すなわち1ページに4段の大譜表になります。私たちはラストラーレやダブル・ラストラーレという線引き道具で五線譜を書き込んで楽譜にしました。
そういうわけですから、1ページにそんなに多くの音符を書くことはできませんでした。平均律クラヴィーア曲集の最初の前奏曲の場合も、見開きの2ページに収めるために、16小節から20小節までの何小節かを省略せざるをえませんでした。この音楽帳は知らない方に見ていただくことはないと思いますが、この前奏曲の部分を偶然ご覧になって、「あら、アンナ・マグダレーナも書き写し間違いをすることもあるのね。」なんて疑われるのは本当に心外です。うっかりしたのではなく、その部分の記入を省略せざるをえなかったのですから。1733年に、私がこの前奏曲を私の音楽帳に写譜した時には、私は既に暗譜していました。それに夫君の生徒たちや年長の息子たちは平均律の全体の写譜を練習や研究のために使えたので、この音楽帳は夫君が書き込んでくれたり年少の息子が書き込んだり楽譜として使ったりする以外には、本当に私だけのものでした。

それでは、どんな理由で私の音楽帳にこの前奏曲を何小節かを省略するというような
不完全な形で収めざるを得ないのに、あえて書き込んだのでしょうか?

この前奏曲は皆さんご存知のように和音の美しいアルペジオでできています。そして、私はいくつかの和音がとても特別なことに気がついたのでした。それ以来、平均律クラヴィーア曲集のこの前奏曲のこうした特別な和音に私はずっと興味を持ってきました。とても不思議で、印象的で、そしてなにか不安を醸しだすものです。この前奏曲を知る以前には、これらの和音を美しく調和するものとして聴いたことはありませんでした。この形の和音は3つの短三度、例えば、  ファ、を重ねたものだ、と私の偉大な夫君であるヨハン・セバスティアンは教えてくれました。根音、短三度、五度のフラット、七度の重フラットです。後世の音楽理論家は「減七の和音 Diminished 7th 」と名づけるかもしれません。
この前奏曲にはこの種類の和音が4回使われております。第12小節、14小節、22小節そして28小節です。28小節の和音は22小節のものと同じですが、例外的に低いGの上に乗った形になっています。第12小節、14小節、22小節はそれぞれまったく異なる減七の和音です。
五度環
The Fifth Circle




小節:
12th ; GBC#E置き換えると- C#EGB )
14th ; FG#HD置き換えると- DFG#H )
22th ; F#CD#A置き換えると- CD#F#A )
"B" is "Bb" and "H" is "B".

この和音は非常に特異な音程間隔で構成されています。それは、最も離れた二つの三全音 Tritone を重ね合わせたように見えます。三全音は増四度、あるいはエンハーモニックの観点では、減五度にあたりましょう。どちらにしても不協和の音程間隔です。例えば、CとF♯の鍵を同時に弾いてみてください。私には恐ろしく聴こえます。この三全音が劇中の音楽で使われるとすれば、きっと恐ろしい怪物の登場場面でしょう。しかし、4つの音の組合せの和音になると、恐ろしさではなく、かえって敬虔さを感じてしまいます。

前奏曲のこれらの和音の部分を演奏する時に、不安もありますが、この和音の4つの音は、五度環でも12音環でも十字の位置にあるからでしょうか、弾きながら同時に祈りの十字を切ってしまいたくなるのです。

12音環
The Chromatic Circle




息子のカール・フィリップ・エマニュエルは私に、「曲の途中で最も離れた調性へ転調しようとする時、気持ちよくかつ意表をつく変化を与えるためには、この和音は最も効果的で強力だと思う。別の場所へ飛び出すための跳ね板のように、調性の数え切れないほどの多様性をもたらしてくれる。しかし、僕はそうたびたび使ったりはしないけれど。」と教えてくれました。彼はいつも「クラヴィーア演奏の真の技術 the True Art of Clavier Playing 」について思いをめぐらしていて、この形の和音にも特に注意を払っているようです。それにしても彼は、「我が偉大な父上以外に一つのクラヴィーア曲のなかにこの和音の3つの種類を、しかも接近させて素直に配置することができる音楽家はいない。」とため息をついていたのです。

この和音はそれぞれ等距離に離れた、短三度間隔のの4つの音でできています。1オクターブを4等分することによって、この和音のための4つの音を得ることができます。どの音の短三度を加えても、既にその音は和音の構成音と重なります。4つの構成音のどれもが根音になりうるのです。聖律 the Sacred Temperament においては、この和音には3つの種類のみ存在することになります。3種類の減七の和音がそれぞれ4つの根音を持ちうるのです。そして3種類の減七の和音の構成音はそれだけでオクターブの12音をぴったりと網羅しているのです。とても素晴らしいことなので、当然、この和音を含む小節を省略しませんでした。

C- C#- D- D#- E- F- F#- G- G#- A- B- H
まだ、たくさん勉強することがあります。
それぞれ十字架に似ています。
家族のうちで一番年長の息子であるウィルヘルム・フリーデマンは父親から彼専用の音楽帳を与えられ、そこには平均律クラヴィーア曲集の完成版とほぼ同じ前奏曲がいくつか記入されていました。しかし、彼の音楽帳にあるこの前奏曲は24小節しかないもので、この特別な和音も一度しか使われていませんでした。私の偉大な夫君は後に3つのこの和音を加えて、3種類すべてをこの前奏曲の中に組み込んだのでした。

私の息子、ヨハン・クリステァンは今まだ9歳です。彼はずっと前からクラヴィーアを弾いています。カール・フィリップ・エマニュエルは彼の義兄ですが、ヨハン・クリステァンに音楽を教えています。平均律の楽譜は他の楽譜と同様に、写譜により、それなりの部数あるのですが、生徒の間で引っ張りだこですし、ヨハン・クリステァンはまだ幼いので、私の音楽帳でこの前奏曲を習っていました。当然、書き写されていない部分も一度教えておいたので、弾く時に省略したりはしません。彼の演奏はとても上手です。将来が約束されているように感じます。


ところで、皆様は「尊敬する夫君から1722年に私に贈られた音楽帳」について何もお話しないことをいぶかしくお感じになっておられるのではないでしょうか。後にフランス組曲とよばれる、クラヴィーアのための組曲集が第1番から第5番まで書き込まれていた、あの音楽帳の件があってこそ、きっと私の宝物である1725年に贈られた音楽帳が今ここにあるように思います。実は、あの題字は、もともと夫君の作曲覚書であった楽譜帳に1723年の始め頃、私が馴れない上に慌てながらもできるだけ丁寧に書き込んだものでした。さらに、贈り物の音楽帳に見えるように可愛げな音符の挿絵のようなものも書き加えました。年は1年さかのぼって1722年としました。あの音楽帳の最後に置かれていメヌエットを記入したのも、私アンナ・マグダレーナ自身です。ヨハン・セバスティアンは私に、「題字の記入が終わったら、アンナが書いたとすぐにわかるような曲を最後のページのあたりに付け加えておいて欲しい」と指示しました。あまりきちんと正確に書いてしまうと、夫君が書いたものと思われてもいけないので、といっても、どのようにがんばってもヨハン・セバスティアンの筆のようにはなるわけがありませんが、書き間違いの振りも少しだけしてみました。あとで、皆様がこれをご覧になると、「おそらくアンナ・マグダレーナは楽譜を書くのが嫌いで、だからこそ、あげつらえば見過ごしえないような誤りも犯したのだろう。」とお考えになるかもしれませんが、まあ、しかたがありません。表紙の右下の部分に夫君の手で元々書かれていた難しそうな本の名前は消すわけにもいきませんので、そのままにしました。
アンナ・マグダレーナ・バッハのためのクラヴィーア音楽帳
1722年と記されている。
右下の部分には、バッハ自身が自筆で、
神学博士プファイファーによる
反カルヴァン主義
キリスト教教程
反メランコリクス

の三冊の書名を記載している。
当時はケーテンからライプツィヒに転居する直前でした。せっかくケーテンで新婚生活を始めて、とても立派な夫君とよい子供たちとの暮しも落ち着きをみせていたのですが、諸般の事情から夫君はケーテンの宮廷を辞して、ライプツィヒでの新たな職責を担うことになったのです。ケーテンを去るにあたって、夫君には大きな心配がありました。それは、ケーテン時代の作品の楽譜の持ち出しが宮廷から許可されるだろうか、ということでした。何しろバッハ家の財産は、ヨハン・セバスティアン本人の音楽の力と家族と、そして楽譜なのでした。どうも、宮廷は、仕事として宮廷あるいはケーテンの教会のために作曲した作品の楽譜は宮廷の所有物であるから、持ち出しは許可しない、ということのようでした。ただし、バッハ個人用の写譜があるもの、あのバイオリンの無伴奏曲のように特定の演奏者に贈ったもの、宮廷や教会と関係のないもの、家族のためのものは持っていってもよい、ということのようでした。これでも、他の主君の場合よりとても寛大な配慮なのでしょう。そこで、この音楽帳の「クラヴィーアのための組曲集」、後世の方々は「フランス組曲」とおよびのようですが、この曲集は何処にあてはまるのか、と考えますと、家族、それも妻のためというのが一番とおりが良かろう、ということだったと思います。引越しの際の宮廷のお役人による荷物検査でも、特に音楽関係、とりわけ楽譜については細かく見られました。実際、ライプツィヒに持っていくことができた楽譜はケーテン時代に作曲した量に比べてかなり少なかったのです。そう、この平均律クラヴィーア曲集もひょっとしたら没収されていたかもしれません。でも平均律曲集はヨハン・セバスティアンによって、特に丁寧に「宮廷や教会と関係のないもの」とわかるよう「学習熱心な若い音楽家の卵の教材となり向上をもたらし、また、熟達した演奏家の音楽の楽しみに供するためのヨハン・セバスティアン・バッハ、ケーテン宮廷楽長、構想、作曲の曲集1722年」という題字が書かれておりました。
余談ですが、ヨハン・セバスティアンはケーテンのレオポルド候と個人的な親交を何とか維持し、ことあるごとにケーテンを訪れようとします。事実、はっきり思い出すだけでも1724年の7月、1725年の11月、12月、そして1728年の1月にケーテン宮殿の行事にあわせて夫君は訪問しております。そして、その折ごとに1723年にケーテンにおいてこざるを得なかった楽譜の回収を試みていたのです。
そのような経緯もあって、ライプツィヒでの生活が落ち着いてきた頃、夫君はあらためて本当の「私のための音楽帳」を美しく装幀して、それに素敵なパルティータをあらかじめ書き込んで、プレゼントしてくれたのです。最初の音楽帳はしばらくして夫君の作曲覚書帳に戻っていたので、縁のあったせっかくのクラヴィーアのための組曲を手元におきたいと思い、ヨハン・セバスティアンが推敲を重ねている間に、第1番とそして第2番の途中までだけですが新しい音楽帳に写譜いたしました。こうしたこともすべて、神様のご加護のおかげです。

楽譜といえば、もうひとつの思い出がありました。1729年3月に、若くしてレオポルド候が亡くなられたときにも葬儀に参列とカンタータの演奏のためにケーテンにまいりました。私も同行しました。夫君はケーテンでは指揮や行事で忙しいので、私が許可をいただいて夫君がケーテンに残してきました楽譜の本当に一部だけの写譜をいたしました。その中には、ケーテンの12人の楽師で構成されていた宮廷オーケストラのチェリストであったクリスティアン・フェルディナント・アーベルさんのために夫君が作曲した無伴奏チェロ組曲もありました。アーベルさんもセバスティアンの自筆譜はケーテン宮廷の財産になっている、といっておられました。わが夫君によれば、無伴奏のチェロ組曲は一段譜表なのでアンナ・マグダレーナでも間違いなく写譜できるから、ということでしたが、ケーテンに滞在するうちの限られた時間でしたから、ただ写すとは行ってもスラーなどはどうしても正確さを保てなかったかもしれません。

ともかく、カルヴァン派の皆様の音楽に対する考え方が私たちと相容れないからでしょうか、その後、結局その他の多くの楽譜はどうなったかわからなくなっています。残念なことです。そういえば、アーベルさんの息子さんのカール・フリードリヒは今では20才くらいの好青年ですが、お父上の音楽を受け継いで素晴らしくヴィオラ・ダ・ガンバを演奏されますし、作曲家としても将来を嘱望されています。私の息子、ヨハン・クリステァンとは10才ほど離れているけれど、2人の間にはなにか大きな縁があるような気がいたします。

ヨハン・クリスチアン
9歳


私がお話できることはこれくらいです。結婚して20数年、偉大な夫君の暖かい指導のもと、女性の身でありながら音楽について勉強を続けてきております。写譜の仕事の手伝いについても、なにやらヨハン・セバスティアンと筆跡が似てきているなどと、おだててくださる方もおられます。夫君の作曲した曲は、私には難しすぎるものもありますが、どれも大好きです。なかでもとりわけこの前奏曲、そしてゴールドベルク君が仕えているカイザーリンク伯爵様へ贈られた変奏曲集の冒頭のアリアは、私にとって生涯の友です。家事の合間やお客様の来られた際にクラヴィーアの前に座って演奏をいたしますと、うれしさ楽しさが満ちてまいりますとともに、何か感謝とお礼の祈りを捧げているような気持ちになります。

今後も、皆様方とともに、この前奏曲を通じて音楽の楽しみを分かち合ってまいりたいと思います。
ありがとうございました。


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私の仮想肖像画の秘密
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ヨハン・クリスチャン・バッハ から アンナ・マグダレーナ・バッハへ

平 均 律 ク ラ ヴ ィ ー ア 曲 集 教 本
ヨハン・セバスティアン・バッハ 2001著
--- これは創作です ---
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フーガ第1番ハ長調

最初のハ音の四分音符をどの指で弾きますか。右手の親指ですって。困ったものです。

今(1744年)のところ、左手をたくさん使うように考えられた鍵盤楽曲は少ししかありません。皆さんの左手は目を醒まさねばならないのです。このフーガでは左手が先です。淑女を左手でエスコートするようなものです。ヴァイオリンでは、普通あなたの左手は音を決定するのに大きな役割を持っています。鍵盤楽器でもそうでなくてはなりません。最初の小節で左手の全ての指が自然に働くようにしましょう。

ところで、このフーガは4声です。第1番の前奏曲に比べると演奏するのは難しいでしょう。それに最初の主題はハ長調で始まりますが、続いて転調されいくつかの長調や短調をめぐります。繰り返される主題の最初の音が大体それ以降の小節の調を決めます。そうした調性は混ざり合い、ぼんやりとしか特定の調と認識できないでしょう。しかし、それぞれのシャープやフラット、ナチュラルといった臨時記号の意味を皆さんは見出さなくてはなりません。元々の調性がハ長調であれば、基本的には白鍵を使うので、黒鍵はハ長調から外れていることがわかりやすいという利点があります。


ところで、皆様はお気付きでしょうか?24のフーガの筆頭を飾るために、このフーガには、主題が24回出てきます。3回だけは、少し変化していますが、とにかく24回の登場をこのフーガに組み込みました。苦労はありましたが、なんとかやりとげました。
ゴールドベルク君は既に気付いていました。

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*+*+*+* ゴールドベルク君 *+*+*+*

ヨハン・ゴットリープ・テオフィリス・ゴールドベルクからの手紙
平均律クラヴィーア曲集第1巻第1番ハ長調フーガについて
--- これは創作です。 ---
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第1番ハ長調のフーガについて

貴下の敬虔な弟子より
ヨハン・ゴットリープ・テオフィリス・ゴールドベルク拝
1744年吉日 ドレスデン


私の想像上のアマデウス肖像画
偉大なるカントールにして恩師であり
ドレスデン宮廷作曲家
ザクソン選帝侯及びポーランド国王付き作曲家であらせられる
ヨハン・セバスティアン・バッハ閣下殿
先生の忠実な僕であり弟子の末席を汚しておりました私をこのような気まぐれの手紙を出して、貴重なお時間を乱しておりますことを、偉大なる寛容をもってお許し下さい。

まずは、私の近況を報告申し上げます。現在、私は、ドレスデン宮廷におきまして、ロシア大使であらせられますカイザーリンク伯爵閣下にハープシコード奏者としてお仕えいたしております。まことに果報者でございます。2年前に先生が贈られた変奏曲を一部あるいは全曲通して毎日、毎夜、伯爵閣下のお求めに従い演奏させていただいております。また、カイザーリンク伯爵のような素晴らしい閣下にお仕えできるようお取り計らいいただいた上に、この変奏曲について事前にどのように演奏するべきかご指導いただきまして、感謝の念にたえません。伯爵閣下は、この変奏曲を大変お気に入りで、「我が変奏曲」と呼ばれているほどです。

恐れながら、この機会を拝借させていただいて私が取り組んでおります些細なことについてお伝えします。ここのところ、私は作曲を勉強しています。平均律クラヴィーア曲集は私にとりまして、最良の勉強材料です。既に何度も平均律クラヴィーア曲集の前奏曲とフーガを喜びをもって弾いてきました。しかし、作曲の勉強となりまして、先生の音楽に対する深遠なお考えに少しずつではありますが、触れるようになってきました。そうはいっても、まだ理解できるほど成長してはおりません。まだ、17歳なのです。
それでも、最初に気がついたことは、ハ長調のフーガの主題は臨時記号をつけずにト長調に移せるということです。シャープとかフラットをつけずに、です。
浅慮いたしまするに、それは、ハ長調の主題がハ音とイ音の間にあって、ロ音を含んでないからではなかろか、ということです。それで、ト音に始まる主題はハ長調の音階の中に納まっているのです。応答は5度上で移調して始まりますが、主題と応答はまったくもって同一のように思われます。そして、このフーガで主題が何回登場するかについては、数え方がいろいろあるようですが、私は24回と考えます。
私の友人の一人は数えて、「23回しかないじゃないか」と言いました。別の友人は「少し多くて、26回」と言いました。
私は特徴的な「2つの連続する32分音符」に注目したのです。

010203040506070809101112131415161718192021222324
C5 G5 G4 C4 C6 G4 G5 G3 D5 E4 C5 G4 G3 G5 C6 G5 A4 D4 A4 E5 G5 B4 C4 F5
主題の最初の音は、ハ長調音階の上の音だけです。そして、ハ長調音階のすべての音、すなわち、ハ、ニ、ホ、ヘ、ト、イそしてロが、主題の最初の音として使われています。それに当てはまらない主題は登場しません。たとえば、嬰ハは主題の最初の音になっていません。そのように考えますと、先生の、ハ長調のフーガがどうあるべきという、深い愛着を感じました。

第16小節から第18小節までの間、主題は4声で同時ではありますが、時間差をつけて聴こえてきます。これは特別で 劇的なストレットです。ストレットはフーガにおいて主題が重なる場所だ、と習いました。次の主題が前に出た主題が終る前に重なって出てくる。興奮というか恍惚といいますか、私はこの部分が大好きです。


聴く - C6 - G5 - A4 - D4 - ご迷惑でなければ、お聴き下さい。
先生の偉大な作品についての私のこのようなつつましいコメントでこれ以上煩わせることは、礼を失することと危惧いたしますので、先生に対する献身的尊敬をもって、急いで、この辺で手紙を閉じます。
先生の最も従順で献身的な弟子;
ヨハン・ゴットリープ・テオフィリス・ゴールドベルク

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ヨハン・セバスティアン・バッハ 2001著
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前奏曲第2番ハ短調
前奏曲第2番は正確な両手の同調を必要とします。それに、重要な音の多くが親指や小指に任されます。ですから、親指や小指が皆さんの頭脳とまずは繋がっていなくてはなりません。十分練習すれば親指にも小指にも皆さんの指示に従いながらも独立した精神が宿ることでしょう。そうすれば、必要なら、高音部を左手で、低音部を右手で弾くこともできるようになります。

私としては珍しく、この前奏曲第2番には28小節目にアダージョ、34小節目にプレストと速度表示をつけました。皆さんは第1小節からそれなりの速度で弾き始めてください。

ハ長調の後、イ短調にせず、ハ短調とした理由は、それほど単純ではありません。練習の観点からいえば、イ短調は調号としてシャープもフラットもないので、馴染みやすく見やすいといえます。これに反して、ハ短調は調号に3つのフラットを必要とします。

理由のひとつは、皆さんがこの曲集においても早めに黒鍵になれることが必要と考えたことです。黒鍵を使うことは全く難しいことはありません。早い動きの時には黒鍵があることでうまく指がまわることも多いのです。第2の理由は、12の短調を巡る出発点をイ短調とすることは、古い考えのように思えたからです。イオーリアン旋法の音名は、イロハニホヘトイ( a-b-c-d-e-f-g-a )ですが、これがいわゆる短調に発展してきました。今のイ短調です。過去にはこのイオーリアン旋法の方が主流でした。音楽の発展に伴い、イオーニアン旋法が広まってきて、これがハ長調になりました。現在は長調の方が多様性のある作曲に向いているといわれています。そうです。ハ長調(Cメジャー)が主流(メジャー)なのです。ハ長調はかつてイ短調の拡張の上に位置付けられていました。今では逆で、イ短調はハ長調の拡張の上にあります。どちらにしても、ハ長調とイ短調は互いに結びつきがとても強いのです。それですから、過去に引きずられることがないよう、第1番ハ長調の次は第2番ハ短調としました。ハ長調とハ短調は近親調ではありますが、それなりに遠い関係ですので、つながりを意識して工夫をしてみました。何でしょう? 実は前奏曲第2番イ短調の最終和音はハ長調主和音(ハ−ハ−ト−ハ−ホ)そのものなのです。とはいっても、短調の作品でも最終和音を長調で終わることはよくあることですが。


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フーガ第2番ハ短調

このフーガにおいては、スタッカートを正確に弾いてリズムを確実に刻むことが大変重要です。リズムが主題の性格を決定付けるからです。だからといってスタッカートに強いアクセントをつける必要はありません。多くの方が、スタッカートをつける音は他より強く弾かなくてはならないという誤解をされています。スタッカートは他より強く弾いてはいけません。そのかわり、スタッカートのつく音の長さについてその短さを一定に保つよう気をつけてください。短すぎるのもいけません。音長の半分を過ぎたら打鍵していた指を鍵から離してしばらく休むという感じです。かえって難しく思われるかも知れません。
反対に、このフーガの主題はスラーで弾くべきだと指導される先生もいるかもしれません。スタッカートはあわない、ということでしょう。それも、ひとつの考え方になると思います。どちらにしましても、主題が明確な形で認識できるよう演奏してください。

ついでですが、最後の7小節にわたって、左手のオクターブの早い動きを作っておきました。オクターブがとどく人は親指と小指を活用してください。


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前奏曲第3番嬰ハ長調

この前奏曲では楽譜に調号として7つのシャープがつきます。私としてはこれまで(〜1722年)の歴史で嬰ハ長調の鍵盤曲は初めてではなかろうか、と思っています。皆さんは演奏がとても難しいとお考えでしょう。確かに、たくさん黒鍵を使いますが、それほど難しくはありません。慣れてくれば大丈夫です。

~
この前奏曲を作曲するにあたって、7つより少ない5つのフラットですむ変ニ長調にしないで、あえて嬰ハ長調を適用しました。ハ長調の次は嬰ハ長調が続くのが自然だと考えたからです。でも、実は音楽理論上は嬰ハ長調はハ長調から一番遠い調なのです。異名同音(エンハーモニック)の観点からすれば同じことともいえますが、変ニ長調の方が近いかもしれません。

心配なのは、皆さんの鍵盤楽器が適切に調律されているかどうかです。皆さんの耳への不協和な困難を多少とも避けるために、全ての音を短く、アルペジオの形式にしました。逆にそのおかげで、きらびやかな音のつながりが生まれて、まるで、黒鍵が金や銀の鍵に変わったかのようでしょう。要するに多少調子が外れた鍵盤楽器でもそこそこ聴けるのです。音律の問題で悩むのはやめて、音楽を楽しみましょう。


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ヨハン・セバスティアン・バッハ 2001著
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フーガ第3番嬰ハ長調
このフーガの演奏を通じて皆さんは黒鍵により親しくなります。
そして、黒鍵が好きになるでしょう。

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ヨハン・セバスティアン・バッハ 2001著
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前奏曲第4番嬰ハ短調

この前奏曲の意味をあえて語る必要はないでしょう。嬰ハ短調は鍵盤音楽に新しい世界をもたらしてくれます。これは美しくあってしかるべきです。そして、皆さんに安らぎをはこんでくれるでしょう。

21世紀になるとsweetpeaさんという女性が次の素敵な言葉を贈ってくださいます。


このプレリュードは傑作のプレリュードと言われています。
気品のあるもの悲しい旋律は第1小節と第5小節に現れる2つの動機が各声部に模倣され、変形され繋がっていきます。

このプレリュードの旋律の
いつかどこかで聴いたことのあるような
もの悲しさが聴いている人を
つい寂しさにさそってしまうのです・・・。

でも、フーガはその寂しさに
理屈を付けているように聴こえてきます。
こんなに寂しい旋律の訳を
いっしょうけんめいに
説明してくれているようです・・・
プレリュードとフーガで
バッハの寂しい旋律に・・つい
納得してしまうのでしょう。

by sweetpea

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平 均 律 ク ラ ヴ ィ ー ア 曲 集 教 本
ヨハン・セバスティアン・バッハ 2001著
--- これは創作です ---
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フーガ第4番嬰ハ短調
第1音は単音で全音符の嬰ハの音です。その後、皆さんはこの平均律クラヴィーア曲集で初めての5声のフーガを経験することになります。
是非、第1音のとる長さがこのフーガの全体のテンポを決定してしまうことを、心にとどめおいてください。

21世紀のsweetpeaさんはこのフーガについて次の素敵な言葉を贈ってくださいます。


フーガは第1の主題がバスに現れます。
この曲はバッハの対位法をあますところなく発揮している荘厳で壮大な堂々たる3重のフーガなのです。様式的には古いリチェルカーレを思わせますね。
このプレリュードの旋律の
いつかどこかで聴いたことのあるような
もの悲しさが聴いている人を
つい寂しさにさそってしまうのです・・・。

でも、フーガはその寂しさに
理屈を付けているように聴こえてきます。
こんなに寂しい旋律の訳を
いっしょうけんめいに説明してくれているようです・・・
プレリュードとフーガでバッハの寂しい旋律に・・つい
納得してしまうのでしょう。
by sweetpea

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平 均 律 ク ラ ヴ ィ ー ア 曲 集 教 本
ヨハン・セバスティアン・バッハ 2001著
--- これは創作です ---
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前奏曲第5番ニ長調
右手は連続した16分音符をかなで、左手は8分音符のリズムを打ちます。

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平 均 律 ク ラ ヴ ィ ー ア 曲 集 教 本
ヨハン・セバスティアン・バッハ 2001著
--- これは創作です ---
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フーガ第5番ニ長調
主題はリズム感の強いものになりました。このフーガではリズムが重要な役割を持ちます。しかし、主題が始まる時の音高もまた、かえがたいものです。

どんな音の高さがお好みですか。

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ヨハン・セバスティアン・バッハ 2001著
--- これは創作です ---
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前奏曲第6番ニ短調
この前奏曲は、もともと我が息子であるウィルヘルム・フリーデマン・バッハのために作曲したものです。そして、平均律クラヴィーア曲集としてまとめるにあたって、最後の部分を加筆してこの形に完成させました。


21世紀になるとsweetpeaさんという女性が初秋の頃に、次の素敵な言葉を贈ってくださいます。
平均律クラヴィーア曲集第1巻6番のプレリュードを
グールドは
柔らかでありながらもはっきりとしていて
はずんでいるような
音色で
弾きはじめました。
次第に短調を感じさせるようになりますが
決して寂しさだけを表現しているようには聴えてきません。

旋律の激しさよりも
次第にその中から生まれ出る
やすらかな希望の光を感じるようになります。

フーガはそれを望んでいたようにざわめいて・・
きりりとした旋律がいっそう自信を深めて
満足そうに聴こえてきます。

達成感に満ちあふれているのがよくわかります・・。
by sweetpea


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平 均 律 ク ラ ヴ ィ ー ア 曲 集 教 本
ヨハン・セバスティアン・バッハ 2001著
--- これは創作です ---
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フーガ第6番ニ短調
「ニ」音の鍵が透明だったら、
それを通してなにが見えると思われますか。
前半と後半に対称性を感じられたら、皆さんは新しい音楽の世界にすでに入っています。
21世紀になるとsweetpeaさんという女性が初秋の頃に、次の素敵な言葉を贈ってくださいます。
平均律クラヴィーア曲集第1巻6番のプレリュードをグールドは
柔らかでありながらもはっきりとしていてはずんでいるような
音色で弾きはじめました。
次第に短調を感じさせるようになりますが
決して寂しさだけを表現しているようには聴えてきません。
旋律の激しさよりも
次第にその中から生まれ出る
やすらかな
希望の光を感じるようになります。
フーガはそれを望んでいたようにざわめいて・・
きりりとした旋律がいっそう自信を深めて
満足そうに聴こえてきます。

達成感に満ちあふれているのがよくわかります・・。

by sweetpea


前半と後半の対称性

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平 均 律 ク ラ ヴ ィ ー ア 曲 集 教 本
ヨハン・セバスティアン・バッハ 2001著
--- これは創作です ---
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前奏曲第7番変ホ長調
残念ながらこの前奏曲は、変ホ長調となりました。私としては嬰ニ長調としたかったのですが、この場合9つのシャープを必要とし、言い換えれは「重嬰ハ」と「重嬰ヘ」の2つの2重シャープが現れますので、記譜の規定上、嬰ニを断念しました。同音異名すら超えているのです。そのため、皆さんは変ホ長調の楽譜に向き合っているわけです。平均律クラヴィーア曲集では、「ハ」、「嬰ハ」、「ニ」と半音づつ登ってきましたが、ここでは、「嬰ニ」にするために、「ホ」から半音降りる羽目になりました。

この第7番の前奏曲には以前に作曲した曲を使いました。これは、同音異名の仕組みからもはずれる異端児といえましょう。


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ヨハン・セバスティアン・バッハ 2001著
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フーガ第7番変ホ長調
なんとか、変ホ長調とうまくやっていけるように努めて、
この調の新しいフーガを作曲しました。
とても簡素ですが、とにかく曲になりました。
このフーガはぐるぐる廻る音でできています。
楽しんでいただければと思います。

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ヨハン・セバスティアン・バッハ 2001著
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前奏曲第8番変ホ短調

第1小節で、使うのは黒鍵だけです。その響きを聴いてください。素晴らしいでしょう。気持ちよくなりませんか。さあ、一緒に音楽についてお話しましょう。

この前奏曲が嬰ニ短調でなく変ホ短調になった理由は単純です。この曲を嬰ニ短調に書き換えてみてください。楽譜を見やすくするためには、ダブルシャープがたくさん必要になり、かえって変になってしまいます。もちろん、ダブルシャープはナチュラルを用いて置き換えることもできます。とにかく、ここでは、変ホ短調にしました。


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フーガ第8番嬰ニ短調

申し上げましたように、前奏曲第8番変ホ短調は嬰ニ短調で本来書くべきでした。どちらにしましても、同音異名の意味を理解しておりますから、この前奏曲とフーガにおいて変ホ短調と嬰ニ短調を並べることは若い皆さんへの教育的効果はあるだろうと考えます。

実をいいますと、このフーガはもとはニ短調で作曲し、この曲集のために、半音上げたのでした。そのため、自然と嬰ニ短調となったのです。


このフーガの主題は歌の旋律のように美しく聴こえますので、理詰めで反行形をいくつも導入しても美しさが増さないのです、それよりも、旋律そのものを継承する拡大形(augmented statement)でもりあげたいと思いました。主題の拡大形はこのフーガで3回だけ出てきます。出し惜しみです。最初は第62小節から低音部、次に第67小節から中音部、そしてやっと第77小節になって高音部で登場させました。この高音部の拡大形を美しく登場させたいと思っているうちに、曲がそれなりに長くなりました。

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前奏曲第9番ホ長調
ホ長調はとても簡単に思えますが、その実、4つのシャープを必要とするのです。最初の低音部のホの音は長くて、1と4分の3小節の間、持続します。ところで、それほど長い音を、皆さんの鍵盤楽器でだせますでしょうか。

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フーガ第9番ホ長調
このフーガの主題はとても長いもので、29の音符からできております。このことは、フーガの作曲において私をくじけさせませんでした。最初の二つの音、「ホ」と「ヘ」は主題の中で重要な役割を演じています。

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ヘルマン・ケラー
Hermann Keller
プレリュードとの動的な関連を何も持たない(この)フーガはプレリュードの穏やかな優雅さを、力と動きに変えている。
ブラント・ブイス
Brandt Buys
楽しさに光り輝き、自信に満ち、羽目をはずし、そして内面的な深さを心がけていな。い

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ヨハン・セバスティアン・バッハ 2001著
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前奏曲第10番ホ短調
この前奏曲第10番には、私こと、J.S.バッハの指定の速度記号、プレストが示されています。

完成にはそれなりに日数を要しました。当初は、低音部に左手による16分音符の動きをおいて、右手は和音をつけるというものでしたが、後になって、上部に旋律を乗せることとし、さいごの部分に早い動きを付け加えました。それで、プレストの指定をしたのです。

旋律が気に入ってくださったら、フルートによる演奏も聴いてください。

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フーガ第10番ホ短調

これが平均律クラヴィーア曲集のなかで唯一の2声のフーガです。一般にはフーガといえば3声か4声でしょう。
2声しかありませんし、二つの小節(第19小節と第38小節)は上声部と下声部がユニゾンで、自分で言うのもなんですが、とても珍しいフーガになっています。

フーガ番号010203040506070809101112131415161718192021222324
声部数433543333234343444343544

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前奏曲第11番ヘ長調

これは、両手のためのトリルの練習になります。
どんなトリルが適切かみなさん考えてください。

装飾音の手法


Trillo Mordant Trillo u.
Mordant
Cadence Doppelt
Cadence
Idem
Doppelt
Cadence u. Mordant
Idem Akzent
steigend
Akzent
fallend
Akzent u.
Mordant
Akzent u.
Trillo
Idem

装飾記号のいろいろや、装飾音の演奏法について説明するために装飾音の一覧を示します。これは、クラヴィーア小練習曲集(1720年)からのものです。私の子供たちもこれで練習しました。

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フーガ第11番ヘ長調
ヘ長調は変わったことはありません。あまり黒鍵をたたかなくてもすみそうです。平均律というストレスも少しは忘れることができましょう。

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前奏曲第12番ヘ短調
この前奏曲には特別なことはありません。でも、平均律クラヴィーア曲集の前半の終わりにあたっています。そこで、というのも変ですが、癒しの効果のような意味を持つかもしれません。

Jesus Crowned with Thorns by Caravaggio
21世紀になるとsweetpeaさんという女性が
秋の深まる頃
に、
次の素敵な言葉を贈ってくださいます。

秋も本番・・
平均律クラヴィーア曲集第1巻の12番を
聴いてみましょう。
この曲を聴いていると、
どんどん秋の深まりの中へと
引き込まれていきそうになります。
もの悲しく哀愁をたたえた旋律には
・・ふっ・・とため息もひとつ・・

このプレリュードの深く悲しいため息を・・
フーガは同情せずにはいられなかったのでしょうか・・
より深く・・
悲壮感に溢れた旋律を返してきたのです。

グールドはこの12番の悲しい曲を
とても、とても・・ゆっくりと・・
切な過ぎるほどの哀愁を込めて演奏しました。
それは忘れることの出来ないほどの
美しさでした・・。
by sweetpea

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フーガ第12番ヘ短調
主題が最初に出てくるところで、主題は「ハ」音以外の重複はありません。
二度目に出てくるところでは、今度は「ヘ」音以外の重複はありません。
そういう意味で、皆さんはほぼ完全な半音階的動きを体験できるのです。
21世紀になるとsweetpeaさんという女性が
秋の深まる頃
に、次の素敵な言葉を贈ってくださいます。

秋も本番・・平均律クラヴィーア曲集第1巻の12番を聴いてみましょう。
この前奏曲を聴いていると、
どんどん秋の深まりの中へと
引き込まれていきそうになります。
もの悲しく哀愁をたたえた旋律には
・・ふっ・・とため息もひとつ・・
プレリュードの深く悲しいため息を・・
フーガは同情せずには
いられなかったのでしょうか・・
より深く・・
悲壮感に溢れた旋律を返してきたのです。
グールドはこの12番の悲しい曲を
とても、とても・・ゆっくりと・・
切な過ぎるほどの哀愁を込めて演奏しました。
それは忘れることの出来ないほどの
美しさでした・・。
by sweetpea

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ヨハン・セバスティアン・バッハ 2001著
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前奏曲第13番嬰ヘ長調
嬰ヘ長調は6つのシャープを必要とします。私の知る限りでは、これまで(〜1744年)嬰ヘ長調の曲を作曲した人はいないのではないかと思います。嬰ハ長調と嬰ヘ長調でどちらがもっと普通でないといえるでしょう。嬰ハ長調は7つのシャープを必要とします。しかし、変ニ長調と見ることもできて、この場合には5つのフラットで表現できます。つまり、一番みなさんに馴染みのあるハ長調から実際に一番遠いところにいるのがこの嬰ヘ長調でしょう。

ですからこそ、この前奏曲をやさしくまた、愛らしく演奏できるものにしたいと考えました。


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フーガ第13番嬰ヘ長調
このフーガは小ぶりでかわいらしくいたしました。
6つのシャープを練習して、みなさんが、嫌にならないように。

我が家の身内の音楽の集まりでは、このフーガは合奏で演奏されるかも知れません。
リュート、トランペット、チェロ

楽しそうです。

鍵盤楽器では、一人でこの雰囲気を作り出さなければなりません。 挑戦し甲斐があります。


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前奏曲第14番嬰ヘ短調
できることなら、この前奏曲を
もうひとつの前奏曲嬰ヘ短調
と差し替えたいと思いました。
その前奏曲は今
いわゆる平均律クラヴィーア曲集第2巻に
含まれています。

でも、21世紀になると sweetpea さんという女性が次の素敵な言葉を贈ってくださいます。


このプレリュードは哀しげな旋律で始まりますが、
だんだんと激しい情熱をみせてきます・・。
グールドはこの変化を決して大げさには表現しませんでした。
さりげなく・・ぽつり、ぽつり、と物語を語る時のよう
に聴かせてくれました。
この曲にはそういう表現が似合っているのかもしれません。
そして、つづくフーガの旋律には
大きな表現力を必要としました。
この第1巻第14番のフーガの旋律をどう表現するのか・・
バッハは私たちへ問いかけてきました。
sweetpea さんのページへ・・・・

あわせて sweetpea さんはこんな評価もなさっています。

4分の4拍子 2声のインベンション・・・
曲集の中でも優れた曲に数えられる。
さりげない音の中に憂いのようなものを感じます・・・。

私としては、後に作曲した、もうひとつの前奏曲嬰ヘ短調に思いが行き過ぎてしまって、この前奏曲の良さを置き去りにしていたのかもしれません。 sweetpea さんの言葉にあるグールドさんの演奏がどのようなものか是非、聴いてみたいと思います。

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ヨハン・セバスティアン・バッハ 2001著
--- これは創作です ---
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フーガ第14番嬰ヘ短調

できることなら、このフーガを
別の嬰ヘ短調のフーガ
に差し替えたいと思いました。
そのフーガは、
いわゆる平均律クラヴィーア曲集第2巻に
含まれています。

でも、21世紀になると sweetpea さんという女性が次の素敵な言葉を贈ってくださいます。


このプレリュードは哀しげな旋律で始まりますが、
だんだんと激しい情熱をみせてきます・・。
グールドはこの変化を決して大げさには表現しませんでした。
さりげなく・・ぽつり、ぽつり、と物語を語る時のよう
に聴かせてくれました。
この曲にはそういう表現が似合っているのかもしれません。
そして、つづくフーガの旋律には
大きな表現力を必要としました。
この第1巻第14番のフーガの旋律をどう表現するのか・・
バッハは私たちへ問いかけてきました。
sweetpea さんのページへ・・・・

あわせて sweetpea さんはこんな評価もなさっています。

曲集中、唯一の3重フーガ 深く悲しく沈む感じ・・・ 悲しみの絶頂

フーガについても、後に作曲した、もうひとつのフーガ嬰ヘ短調に思いが行き過ぎてしまっていました。あらためて、このフーガについてお話しますと、主題は完全5度という狭い音域のなかで生まれていて、F#で始めて、少しづつ上昇してC#で最高になり、また下降していきます。賽の河原の石のようにやっとの思いで、積み上げますと少し崩れ、さらに積み上げますとまた少し崩れ、結局、全部崩れてもとに戻ってしまうという徒労感を感じさせるでしょう。そして、音域は狭いけれども、長さは長いのが特徴です。4小節にわたり、ゆっくりではありますが、多様なリズムを組み合わせています。何かに押しつぶされそうになりながら、もがいているという雰囲気でしょうか。ですが、聴き続けて、あるいは弾き続けていただければ、狭く閉ざされたような世界の中に、もうひとつの心の世界が次第に構築されていくような予感を受けていただけることと思います。

別頁
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平 均 律 ク ラ ヴ ィ ー ア 曲 集 教 本
ヨハン・セバスティアン・バッハ 2001著
--- これは創作です ---
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前奏曲第15番ト長調
ト長調はよく使われるし、とても親しまれています。逆にいえば珍しくないわけです。そこで、リズムにちょっとした仕掛けをいたしました。それは、高音部譜表には、24/16(16分の24拍子)、低音部譜表には、4/4(4分の4拍子)をあてました。みなさんは、右手が24/16で、左手が4/4を受け持つことが主眼とお考えになるでしょう。ねらいは別のところにあります。実際、3つの16分音符は楽譜において3連符をなしておりますが、しかし、みなさんはこれを16分音符として扱わなくてはなりません。右手であろうが左手であろうが関係ありません。そうすると、16分音符が独立性を持ち、リズムを刻む8分音符の上で、16分音符の波が現れるでしょう。
そうです。前奏曲第6番とは違うのです。

1744年にカイザーリンク伯からいただいた覚書
特に、ゲオルク・エルドマン氏とゴールドベルク少年との縁に関して

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平均律クラヴィーア曲集への覚書
ヘルマン・フォン・カイザーリンク 1744年
--- これは創作です。 ---
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いわゆる平均律クラヴィーア曲集第2巻の第15番前奏曲
私は、帝国伯爵でありますところの、ヘルマン・カール・フォン・カイザーリンクでございます。

偉大な友人であるヨハン・セバスティアン・バッハ殿からご自身が作曲された平均律クラヴィーア曲集のページへ寄稿を求められた際、私はきっと第15番の前奏曲とフーガの担当をさせていただけると思いました。第15番はト長調です。ヨハン・セバスティアン・バッハ殿からいただいた「アリアと30の変奏曲」がト長調で、それで、私は「ト長調」が特に好きになっていたからで、バッハ殿もそれをご存知だったからです。そうはいっても、平均律クラヴィーア曲集の第15番は名曲中の名曲という評価は一般に受けていないようではあります。だからというわけでもありませんが、バッハ殿の優秀な弟子であるアルトニコル氏は平均律の第2巻というようなものを編集して完成させたところです。新しい第2巻の第15番は素直に美しい。皆様も聴くことができていますか?第2巻としてではなく、元の平均律クラヴィーア曲集の第15番と入れ替えたらいかがなものかと思う次第です。


どこから、始めたら良いでしょう。そうですね。・・・・
そうだ!
ゲオルク・エルドマン氏 Goeorg Erdmann と、
私のお抱えの音楽家 ゴールドベルク君 Goldberg のことから始めましょう。
二人とも G Major ト長調に縁があります。 
13年前の1731年に私はダンツィヒに参りました時に、初めてゲオルク・エルドマン氏にお会いしました。ダンツィヒは Dantzih とか Danzig とか書きます。ポーランド人は Gdansk と書いて、グダニスクと読みます。ダンツィヒの都市はバルティック海にそそぐヴィスツラ川の河口に位置していて、港と造船所があります。自治を許され、美しく繁栄していて、東ヨーロッパで最大の都市でした。そこで、エルドマン氏は在ダンツィヒ・ロシア帝国大使館の外交官あるいは商務官を勤めていました。エルドマン氏は当時48才で私は34才でした。私のほうが14才年下でしたが、私はベルリン駐在のロシア公使でしたから、エルドマン氏は最初のうちとても遠慮がちにしていました。外交団の夜のパーティで、儀礼的な会話をしていたとき、たまたま氏の旧友であるヨハン・セバスティアン・バッハ殿のことに話が及びました。私もライプツィヒの音楽監督兼トーマス教会のカントールであるバッハ殿の名声を聞いておりました。エルドマン氏も私も同様に音楽が大好きだったのです。パーティが終わった後も私たち2人はさまざまなこと、特に音楽について語り合いました。

ゲオルク・エルドマン氏の話
1700年の3月15日。まるで昨日のことのように思い出します。バッハ君が15才で、私が2才年上の17才の時、私たちは住み慣れたオルドルフを出て290キロ北のリューネベルクのラテン語学校に行きました。そこでの学費や生活費は聖ミカエル教会での合唱隊で歌うことでまかなわれることになっていました。バッハ君はまだ子供だったけれど、私のほうは、父の強い反対を押し切って法律家になろうと思っていたのです。行ってみたら実際は自分たちで稼がねばなりませんでしたが、私たちのボーイソプラノがとても良かったので、それでなんとかなりました。どちらにしても、私の友人、バッハ君の音楽経験の上で、重要な学びの期間になりました。学校には立派な音楽図書館があり、1000を超える重要な手書き楽譜や約200のドイツの偉大な作曲家の作品の印刷された楽譜がありました。ヨハン・セバスティアンはそれを知ってうれしそうでした。楽しそうに楽譜を読んだり、写譜したりしていました。また、私は、彼が15才の若さにもかかわらず、優秀な鍵盤奏者であることをあらためて知ったのです。優秀なため、有名なオルガニスト ゲオルク・ベーム先生から特別レッスンを受ける機会までありました。ベーム先生はバッハ君にフランス音楽の伝統についても教えたようです。しかし、私たちのボーイソプラノは年月とともに失われていきました。バッハ君の場合は、オーケストラでのヴァイオリン奏者や合唱の練習の際のチェンバロ奏者として働いて稼ぐことができたのです。私の場合は、父がやっと法律家になりたいという私の希望を受け入れてくれて生活費の面倒をみてくれることになったので、ボーイソプラノでの収入はなくなりましたが、リューネベルクでの勉学と生活を続けることができました。

ゲオルク・エルドマン氏の話の続き
もちろん私たちはラテン語、修辞学その他の勉強をまじめにしました。バッハ君は学校でいつも一番の成績でした。私も懸命に勉強しました。それで、バッハ君18才で私が20才のときラテン語学校を卒業しました。卒業後は、私たちはリューネベルクを出て、それぞれの道を歩むことになりました。私は法律学と政治学を学ぶために大学へ行きました。ヨハン・セバスティアン君は仕事で一度ワイマールに行きましたが、すぐその後、アルンシュタットでオルガン奏者の職を見つけました。10年以上過ぎた1914年に仕事でワイマールを訪問したとき、バッハ君はワイマールに戻っていて、既に家庭を築いていました。バッハ君は28才になっていて、ワイマールで宮廷のオーケストラの主要な団員でかつオルガン奏者になっていました。その時、いろいろな話ができましたが、それ以降は残念ながらバッハ君に会う機会はありませんでした。でも、バッハ君が音楽の世界で大活躍しているという噂は常に聞こえてきました。会うことはありませんでしたが、手紙のやり取りは何度かありました。最近の手紙は1730年に受け取ったものです。バッハ君はその手紙で家庭の状況などを書いてきました。
・・・・・・ 私は2度目の結婚をしました。最初の妻はケーテンで亡くなりました。最初の結婚で授かった子供で成長しているのは息子3人と娘ひとりです。エルドマンさまがワイマールに来られたときにご覧になったと思います。現在の妻との間には、息子ひとりと2人の娘が成長しています。長男はライプツィヒ大学法学部の学生で、他の二人の息子はトマス教会の第一学級に、もう一人は第二学級に行っています。長女もまだ結婚いたしておりません。二度目の結婚でえた子供たちは、まだみな幼く、上の息子が六歳であります。しかし子供たちは、すべて生まれながらの音楽家なので、すでに家族で声楽や器楽のアンサンブルを組織することができるのです。とりわけ、現在の妻は美しいソプラノを歌い、長女もなかなかうまく歌います。・・・・・・
バッハ君の家庭の楽しそうな様子がわかります。

ゲオルク・エルドマン氏の話の続きの続き

最近バッハ君が出版した新らしい楽譜を購入しました。それは、クラヴィーア練習曲第1巻で、6つのパルティータが収められていました。バッハ君が出版したというのを聞いて友人のよしみで3ヶ月前に注文したのです。届いてすぐ、見てみましたら、これは楽しくかつ美しいものでした。といっても、この作品を演奏するには私のクラヴィーアの腕ではちょっと無理がありました。そこで、ダンツィヒの聖マリア教会の若いオルガン奏者のことに思いあたりました。彼の父親はたしか、オルドルフから来た人のはずです。ダンツィヒ市庁舎のそばのレストランでのパーティでその親子に会ってみました。私の邸で計画中の音楽の会で、バッハ作曲のこのクラヴィーア練習曲第1巻を演奏してはもらえないかと聞いたところ、喜んでさせていただきたい、ということになりました。この音楽の会は大成功で、評判になりましたので、次からは場所を変えて、私の行きつけのコーヒー店で無料演奏会を企画することになったのです。すでに2回開催しました。第2回の演奏会の聴衆のなかに、ケーニスベルクから来たゴールドベルク夫妻とまだ小さい息子がいました。ご夫妻は、「すばらしい音楽です。息子はまだ4才なのですけれど嬉しそうに聴き入っていました。家で、クラヴィコードの練習を始めたばかりです。」と話してくれました。ゴールドベルク氏は、「息子は天才かもしれません。まあ、親ばかですよね。」と笑っていました。

ケーニスベルクと7つの橋
ゴールドベルク氏の話は続きます。
私たちが住むケーニスベルクはダンツィヒの隣の都市です。ダンツィヒと同じようにとても美しくて繁栄しています。しかし、ケーニスベルクは「ケーニスベルクの橋の問題」で世界的に有名です。市内を流れるプレゲル川は市街を4つの部分に分割しています。7つの橋がそれらを結んでいます。ケーニスベルクの人々は川沿いや中ノ島のあたりの散歩が好きで、日曜日には7つの橋を渡るのが慣わしになっていました。多くの人が、7つの橋を1回だけずつ渡って一回りすることは出来ないだろうか、と考えるようになりました。これがその「問題」なのです。必ず1回だけづつ渡って全部を回ることができるかどうか、です。年配者は、「私らは出来たよ。もっとも、橋は6つだけの頃のことだがな。」 現在、多くの人がこの問題に対する答えを探しています。それで、みんな市内を歩き回って考えているのです。ですから、この都市の人々には音楽を楽しむ時間がないのです。人々はこうした種類の問題や哲学の問題にはまってしまっています。私は、息子にダンツィヒのように音楽と一緒に暮らせる環境においてやりたいと思っています。
後に、クラヴィーア練習曲第1巻のうちのやさしいと思われるいくつかの曲を写譜して、その子にプレゼントしました。その少年の名前は、ヨハン・ゴットリープ・テオフィリス・ゴールドベルク君です。

エルドマン氏は、気にかかっていることがあります、と話を続けました。
伯爵閣下殿、恐縮ですが、お願いのむきが御座います。我が友人のバッハ君が、その同じ手紙で伝えてきたことがあります。
・・・・ ライプツィヒの市当局は偏狭であって音楽への関心などまるでありません。そのため、度重なる迷惑、嫉妬さらには迫害に日々悩まされております。従いまして、神の恩寵にすがり、私の運命をどこか別のところに求めざるを得ないのです。貴下におかれましては、貴市に、幼馴染であり、忠実な僕でもある私へ、適当な地位についてご存知であればお伝えいただきたく、また、お探しいただきたく、忠心よりお願いし、その際には推薦につきまして慈悲深いお言葉をいただきたくお願い申し上げるもので御座います。
バッハ君は困っているようです。ちょっと大げさに捉えすぎているかも知れませんが。何をしてあげられるかわからないのです。ヨハン・セバスティアン君はケーテン時代に音楽家としてレオポルド侯の寵愛を受けていたのですが、楽しくて可愛い  amusante なお妃様とご成婚されてからは、侯はお妃様のことばかりになってしまいました。とにかく結婚で侯は嬉しくてたまらなくなっていたのです。ご成婚の祝賀は5週間続きました。ヨハン・セバスティアン君も2曲の祝賀カンタータを作曲しました。でも、こうしたことから間接的にではありますが、バッハ君の一家はライプツィヒへ移ることになったのでした。お妃様のことがこんな風でなかったら、バッハ君は生涯ずっとケーテンで活躍したのではないかと思います。
次の週のある夜、エルドマン氏はダンツィヒ大使公邸で小さい音楽会を企画しました。聖マリア教会の若いオルガン奏者にバッハ作曲のクラヴィーア練習曲第1巻の6つのパルティータを演奏してもらいました。大使夫妻がお招きしたお客様がたは、みなこの音楽を聴いて喜んでいました。もちろん、エルドマン氏の計らいで私も招待をいただき、バッハの音楽に触れ、大好きになりました。そして、いつか、バッハ殿と知己になろうと思った次第です。

6年後の1737年の始めに、再度、ダンツィヒを訪問する機会がありました。実はエルドマン氏に会ったその2年後の1733年には私はベルリン駐在からドレスデン駐在のロシア大使になっておりました。1737年の1年前ににエルドマン氏はすでに亡くなっていることの報告を受けておりました。ダンツィヒに行ってもエルドマン氏と音楽について、特にバッハ殿についてお話が出来ないのは本当に残念でした。その代わりといってはなんですが、ダンツィヒ訪問の目的のひとつは、ゴールドベルク少年をドレスデンに連れてくることでした。ドレスデンは何と言っても、現代の音楽の活動の中心でした。少年は10才に成長しておりました。エルドマン氏の支援でダンツィヒの聖マリア教会の学校で勉強していて、その天賦の才能は際立っていました。ただ、不幸なことに父親が他界してしまって、経済的に少年は自分ひとりで生きていかねばならなくなっていたのです。
エルドマン氏からの最後の遺言のような依頼に従がって、私は少年を引き取ってドレスデンの私の邸で従者とすることにしました。ゴールドベルク少年は元気で聡明でした。ドレスデンへの道すがら、少年はいろいろな話を私にしました。「父が他界してからは寂しかったけれど、今は大丈夫です。ところで、ご主人様はケーニスベルクの橋の問題をご存知ですか? この問題はものすごく有名だったので、多くの人が一生懸命に解こうとしたけれど、だめだったのです。ところが、レオナルド・オイラーというスイスの数学者で物理学者の方が、ケーニスベルクに1735年にたまたま立ち寄られた際、魔術のように解決してしまったのです。オイラーさんは、この場合には一筆書きの道筋が存在しないことを明らかにしたのです。本当にすごいことです。この理論は、最新でかつ深遠なものですが、同時に私にも理解できるものだったのです。おかげで、ケーニスベルクという都市の名前は数学の歴史に永く残ることになりました。私はオイラーさんの業績をすごいことだと思っていますが、気の毒なことにオイラーさんは太陽観測などの仕事のやりすぎで2年前に片方の眼の視力が失われてしまったそうです。ともかく、私はご主人様のお役に立てるよう精進して、しかるべき音楽家になるよう努めますのでよろしくお願いいたします。」
ケーニスベルクの解
ドレスデンに戻ってすぐに、ゴールドベルク少年が、私がドレスデンに赴任した同じ年の1733年から市のオルガン奏者になったバッハ殿の27才になる長男のウィルヘルム・フリードマン・バッハのもとで勉強できる機会をつくったのです。 私のほうはバッハ殿が宮廷音楽家の称号を得られるよう様々な働きかけをいたしました。さらに、フリードリッヒ大王とのバッハ殿の謁見を段取りいたしました。
ゴールドベルク少年は音楽のこと以外に数学の話題を話してくれました。「ご主人様、オイラー教授のことを覚えておられますか?そうです、私の故郷の都市の難題を解決された方です。この度は、π 読み方はパイ という記号を2年間の1737年に導入されました。π はいわゆる円周率です。美しいですね。すぐにも標準の表記になりました。で、私はオイラー教授はこの10年の間に何か、すばらしい数式を明らかにするのではないかと想像しました。」

美しいでしょう! でも、率直に言って、説明せよと言われても出来ないでしょう。

1741年に、バッハ殿は14才になったゴールドベルク少年に会うこととなりました。それに、短い期間でしたが、バッハ殿の弟子になって、ライプツィッヒのバッハ宅で世話になることとなったのです。ゴールドベルク少年がバッハ宅に初めて行った時に、当たり前ですが、彼はアンナ・マグダレーナと会っています。で、挨拶代わりに、アンナ・マグダレーナにクラヴィーア練習曲第1巻の中から何曲かを弾きました。ゴールドベルク少年が選んだのは奇しくもパルティータ第3番からファンタジアとアルマンド、そしてパルティータ第6番からトッカータとアルマンドでした。これらの曲の原曲は、バッハ殿が1725年に最愛の奥様 アンナ・マグダレーナ・バッハに贈った音楽帖にあらかじめバッハ殿によって書き込まれていたものです。この音楽帖をアンナ・マグダレーナさんはとても大切にしていたのです。それに、パルティータ第3番からファンタジアは、イ短調の前奏曲で、イ短調はAM すなわちアンナ・マグダレーナさんのイニシャルだったのです。曲の第1音もAのオクターブユニゾンでした。 アンナ・マグダレーナさんはこの演奏にとてもうれしく驚いたこともあって、ゴールドベルク少年はライプツィッヒに、またバッハ家に暖かく迎えられたのです。


その頃、私の息子の一人がライプツィッヒ大学に在学していましたので、私も時折、ライプツィッヒを訪れました。そうしたある日、バッハのお宅に立ち寄りました際、冗談めかして「私の不眠症を楽にするような曲を作ってくれないだろうか」と頼んでみました。バッハ殿は、「不眠症を癒すためであれば、変奏曲が効果があるかも知れません。」と言って、構想中だった変奏曲集を完成させることにしたのです。ヨハン・ゴットリープ・テオフィリス・ゴールドベルク君は指導を受け、練習に励んでいたので、近い将来、あの変奏曲を十分弾きこなせるとバッハ殿も考えていたようです。
次頁に続きます。

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平 均 律 ク ラ ヴ ィ ー ア 曲 集 教 本
ヨハン・セバスティアン・バッハ 2001著
--- これは創作です ---
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フーガ第15番ト長調
単純でよいでしょう。

1744年にカイザーリンク伯からいただいた覚書の続き
特にCalov カーロフ聖書 と 音楽嫌い Amusaに関して

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平均律クラヴィーア曲集への覚書
ヘルマン・フォン・カイザーリンク 1744年
--- これは創作です。 ---
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いわゆる平均律クラヴィーア曲集第2巻の第15番フーガ
私は、帝国伯爵でありますところの、ヘルマン・カール・フォン・カイザーリンクでございます。前頁に引き続き登場させていただきます。

この度は、私の偉大なる友人であります、ヨハン・セバスティアン・バッハ殿の作曲になります平均律クラヴィーア曲集の”第15番フーガ”のページで、一言、付け加えさせていただきたいと存じます。このフーガはもちろんト長調です。

カーロフ聖書と平均律第1巻の表紙

カーロフ聖書とは、17世紀の著名なルター派神学者でありますアブラハム・カーロフ博士の著によります注釈つきの聖書であります。アブラハム・カーロフ博士は3巻の聖書を編纂されました。聖句の言葉は大きな太字体で印刷され、それにカーロフ博士の注釈が小さい活字で添えられております。
私は、私の偉大な友人がカーロフ聖書を真剣に学んでいることを偶然に知りました。また、3巻のそれぞれの表紙の右下の隅に彼自身が書き込んだしるしJ.S.Bach 1733を見つけました。バッハ殿は永年求めていたこのカーロフ聖書を1733年にやっと地元の書店から購入することができたようでした。あるページにはバッハ殿は、”信仰の音楽には、神はいつも恩寵をもって御現れになる。”と書き込んでおられる。別の歴史書第1の25章の近くには、”この章は神がお喜びになる教会の音楽の基礎である。”との記述が見られる。バッハ殿は、ケーテンにいたとき聖アグヌス・ルーテル教会で初めてカーロフ聖書に出会い、そして、愛読するようになったのですが、この聖書を自分で購入するまでは、教会の図書館で読むしかなく、もちろん考えたことを書き込むなどということはできませんでしたと、私に話された。バッハ殿は、表紙のデザインも特に気に入っておられたようです。それで、購入のずっと以前でしたが、そのイメージでバッハ後自身の平均律クラヴィーア曲集第1巻の表紙もそのように作られたのでしょう。


アムーザンテ eine Amusante または アムーザ eine Amusa

ケーテン時代といえば、レオポルド侯の話になりますが、レオポルド侯は皇太子の頃から、基本的に「音楽を知り、また愛する方」であったわけですが、それでも、1721年の12月11日にレオポルド侯が19才の楽しいこと好きのお姫様と御成婚されて後は、音楽への思いが減退されたようだ、とバッハ殿からゲオルク・エルドマン氏へ出された1730年の書簡によりますと書かれておりました。その書簡では、若いお妃様を楽しいお方 eine Amusanteとバッハ殿は呼んでいました。私は1731年にダンツィヒを訪問しましたときに、この手紙をエルドマン氏からお見せいただきましたので存じ上げているのです。若いお妃さまはフレデリーカ・ヘンリエッタ・フォン・アンハルト・ブルンバークというお名前でした。私の外交官という職業を通して得られた情報では、事情は次のようであったと思います。

婚礼は華やかに執り行われ、続いて5週間にわたるお祝いのお祭りがありました。ヨハン・セバスティアン殿は2つの祝賀カンタータを作曲しました。レオポルド侯はいたく新婦様をお気に入りになって、とにかくいつでも一緒に過ごしたいというご様子でした。新婦様はそれは魅力的で可愛らしい方でした。もちろん、この方も音楽をお好きでした。嫁入り道具の中にはいくつかの楽譜もふくまれておりました。レオポルド侯は新婦さまにぞっこんになられて、お二人で、私の友人が付いては行けないような特別に楽しいところへ、たびたび行ってしまわれたのです。しかし、幸せな日々は長くは続きませんでした。1年ほどして、お妃様は病床に伏されてしまわれました。レオポルド侯は毎日毎日、お妃様の看病をされておいででした。音楽をお楽しみになる時間と余裕はなかったのです。悲しいことにお妃様は御成婚後わずか2年もたたない、1723年の春、4月4日にお亡くなりになりました。レオポルド侯はお妃様のご逝去の悲しみに打ちひしがれて、心は、亡きお妃様のことでいっぱいになり、音楽やバッハ殿のことをお考えになることはなくなってしまいました。我が友人はレオポルド侯をとても気の毒に思っていたのです。4月の19日に、バッハ殿はまるでケーテンから今はまだ離れることができないが、1月の内に出られるだろうというような状況を示す文書に署名しています。実際、すでにライプツィッヒでの新しい職務の指名を受けていたのでした。そして、その数週間後の5月22日に、バッハ殿は家族ともどもライプツィッヒに転居したのです。


フレデリーカ・ヘンリエッタ皇太子妃
明るい目元の方です。

バッハ殿のお嬢さんのうちお二人がお妃様の名にちなんで
命名されています。
クリスティーナ・ソフィー・ヘンリエッテ
1723年生まれ1726年没
エリザベス・ジュィアンヌ・フレデリーク
1726年生まれ
ヨハン・クリストフ・アルトニコル氏と結婚
バッハ殿の優秀な弟子の一人

1730年の友人ゲオルク・エルドマン氏宛のバッハ殿の書簡の一部

楽しいお方 eine Amusante? あるいは 音楽嫌い eine Amusa

先ほど申し上げましたとおり、私は1731年にこの書簡を見させていただく機会があり、そこには、「お妃さまは、楽しいお方 すなわち eine Amusante のようです。」との記述がありました。しかし、1744年の今では、人々は、どうも、バッハ殿がお妃様を音楽嫌い すなわち eine Amusaと名づけていたように言っています。eine Amusaというのは、a - Muse で美の神に関心のない人、あるいは反感を持つ女性、とか、反音楽の人、すなわち unmusikalisch 音楽が嫌いな人という意味だそうです。バッハ殿がその書簡で「お妃さまは音楽嫌い eine Amusaのようだった。」と書いたと信じられてしまいました。このようなことはありえません。馬鹿げています。我が友人であるバッハ殿が、このような形で、お妃様のような高貴な方を誹謗しようと思うことなどありえません。事実、バッハ殿は Amusa という全く語句を知らないと言っていました。残念なことに、1736年にゲオルク・エルドマン氏は亡くなってしまっていて、氏に問うことはできません。それに、あの書簡が今どこにあるのかわかりません。

いくつかの疑念があります。

Amusa の意味を誰が知っているのか?
誰が Amusante を Amusa に改竄したのか?
そして、それは何故か?

Amusante は女性を形容するフランス語の語句です。意味は「楽しい」です。ですから、 eine Amusante は、「楽しい人」あるいは「人々を楽しくさせるような女性」を意味します。この場合、形容詞  Amusante の A はドイツ語の文法では大文字にしなくてはなりません。そこで、筆記体では amusante のように書かれます。
Amüsant はドイツ語の語句で Amusante とほぼ同じ意味です。ü はドイツ語としては必要です。しかし、我が友人はそれでなくて、Amusante を使いました。ですから、この Amusante は、あえて選んで使ったフランス語です。
Amusa の場合には、A は特に大文字である必要はありません。eine amusa が適切な表現でしょう。eine amusa というのは不自然なのです。それに、Amusa のような語句は限られた好事家だけが、その意味をわかった気になれるような特殊な例です。 類比で考えますと、Moralismus - Amoralismus (道徳−無道徳) や Symmetrie - Asymmetrie (対称−非対称)そして normal - anormal (正常−異常)など確かに反対語となる例があります。そこで、amusa は a - musa と解釈され、ミューズ神に反するものとなったことになっているのでしょう。しかし、ドイツ語には musa に当たる言葉はありません。また、 muse は muse 以外ではありません。どなたかが無理やり musa は muse だと解釈したのです。それがもとで、この解釈が広まってしまったのでしょう。 

バッハ殿は旧友のゲオルク・エルトマン氏に書簡で次のように書きました。

「幼馴染であって今では忠実な僕の私に、貴殿の都市において、それなりの職を探してはいただけないでしょうか。私としては、伏して私に対する最も慈悲深い推薦をいただけることをお願い申し上げる次第であります。ご期待に背くようなこと決してありませんし、慈悲深いおとりなしに精一杯報いる所存でございます。」

バッハ殿はしかるべき転職先を探していたのは事実のようです。どこまで本気でこのような要請をしたのかはわかりません。どちらにいたしましても、エルドマン氏は、旧友の言葉をまじめに捉えたのでしょう。当時、ダンツィヒは豊かな都市になり、人々も質の高い音楽を求めていたのでした。加えて、ダンツィヒ聖マリア教会という美しい教会もありました。

私が推量いたしますに、

エルドマン氏は、私と会ってライプツィッヒの事情などを把握した後、しばらくして市のカントールあるいは音楽監督の職について、知り合いの市の中堅幹部にバッハの書簡をお見せしながら、相談してみた。幹部の一人は、「書簡に書かれている 新婚のお妃様がとても楽しい方のようだったから、レオポルド侯が音楽への興味を失った。・・・それで、バッハ氏はケーテンを辞してライプツィッヒに赴いた。 というのでは、なんだか話のつじつまがわからぬ。つまり、侯はお妃をあまりにも深く愛されたので、バッハ氏は面目を失った、ということに思える。まるで、バッハ氏が侯のご結婚にやきもちを焼いているようだ。」と言った。
さらに、付け加えた。「'eine Amusante' という表現はドイツ語とフランス語のごちゃ混ぜであるし、この書簡の中で唯一のフランス語である。今は自国語というものが重みを増している。フランス語で書くなら、最初から最後までフランス語で書くべきであるし、ドイツ語でもそうあるべきだと思う。バッハ氏はドイツの精神を体現する方だと聞き及んでいるのであるから、自らの新しい職を求めるという趣旨の書簡でこのようなごちゃ混ぜはふさわしくはあるまい。そこでだ、エルドマン君、友人のために多少の修正を加えたらどうかな。」
エルドマン氏は大使館に戻り、同僚で諜報活動の専門家に、この 'Amusante' を変えるなり削除するなりできないものか相談した。同僚によれば、消すのは簡単だが、表現が不自然になるで、 'Amusa' という単語に変えたらいいと、言った。エルドマン氏自身は 'Amusa' の意味を知らなかったが、同僚は、音楽嫌い anti-music の意味の 'a-Muse' に 'Amusa' は似ているから、そう言えば皆納得するだろう、ということだった。 それで、修正された書簡の文言は、新婚のお妃様が音楽嫌いのようだったから、レオポルド侯も音楽への興味を失った。・・・それで、バッハ氏はケーテンを辞してライプツィッヒに赴いた。 となって、まあ、つじつまが合ってしまったことになった。21世紀にでもなれば、改竄の痕跡を確認する新しい技術ができるかもしれないが、現時点では、書簡の表面には改竄(かいざん)の跡は誰にもわかるまい。その結果、以降、フレデリーカ・ヘンリエッタ妃は、悪名高い「音楽嫌い」の称号をバッハ氏によってつけられたことになった。
ということではなかったかと考えます。
もちろん、エルドマン氏にはフレデリーカ・ヘンリエッタ妃を傷つける意図などありようもなかったでしょう。ご夫妻の幸せな日々はあまりにも短かったし、後にこのような汚名を着せられているとしたら何とも気の毒なことです。私としては、フレデリーカ・ヘンリエッタ妃の名誉の回復と、友人エルドマン氏が悪意をもってしたことではないことを明らかにしなければならないと思っております。

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ヨハン・セバスティアン・バッハ 2001著
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前奏曲第16番ト短調
この前奏曲はおしゃべりしながら弾くような若い女性のためのものです。おしゃべりはいつまで続くかわかりません。

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フーガ第16番ト短調
学校フーガをご存知ですか。そういったものがあるならば、これはその部類に入りましょう。前奏曲第16番は若い女性のためのものでした。そうした若い女性たちもこのフーガで勉強しなければなりません。もうおしゃべりしている暇はないのです。

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前奏曲第17番変イ長調
旋律と伴奏の違いは何でしょう。「旋律は高音部で右手が担当、伴奏は低音部で左手が担当」というのは、間違っています。それは、演奏する人、そして聴く人にどちらがどちらかは、委ねられております。音の一連のつながりは、旋律にもなりますし、伴奏にもなります。この前奏曲でそのことを理解してください。

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フーガ第17番変イ長調
このフーガは記憶力強化の練習になります。平均律クラヴィーア曲集のなかで、覚えるには最も難しい曲ではないでしょうか。主題以外には、印象だけが支配しています。前奏曲第17番は反対に覚えやすい曲でしたでしょう。そうしたバランスになったのです。

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前奏曲第18番嬰ト短調
この平均律クラヴィーア曲集で、これは最初にして唯一の6/8(8分の6拍子)の前奏曲です。そして、6/8で唯一の短調の曲になりました。

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フーガ第18番嬰ト短調
このフーガは4声です。それでも、自然と単音音楽のような雰囲気をかもし出すことが重要です。

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前奏曲第19番イ長調

私はあなたがたに書き送らねばならないこと
はたくさんあるが、
紙とインクで
そうしたいとは思わなかった。私が願うところは、
むしろあなたがたのもとに赴いて、
口頭で語り合い、
私たちの喜びが
満ち溢れるようになることである。

ヨハネの第2の手紙 8−13


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フーガ第19番イ長調
このフーガの主題は異例なことに、主題自身のなかに休符を持つことです。これらの休符の意味をしっかり理解してください。

3声のフーガですが、主題は早い時期に高音部から低音部に向かって「イ」、「ホ」、「イ」、「ホ」と4度現れます。


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前奏曲第20番イ短調
この譜表のはじめには、シャープもフラットもありません。すっきりしています。そうは言っても、臨時記号でシャープやフラットを50回以上使いました。短調だからでもありますが、やっぱり、私は半音が大好きなのです。
リズムにつきましては、楽譜は結構落ち着いた感じなのに、最初の小節から既に、強い特徴的な動きが出てきます。

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フーガ第20番イ短調
このフーガは最も長い主題をもつもののひとつです。31の音符で、3小節にわたるものです。フーガ第9番の主題よりも長いのです。主題の最初の部分は9度(「ヘ」から9度下の「ホ」まで)の下降で終わります。主題の後半の部分では前半の劇的な下降の修復が行われます。

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前奏曲第21番変ロ長調
「変ロ」は英語では Bflat ドイツ語では B です。H はドイツ語では「ロ」です。B はバッハの B です。バッハは BACHですので、「変ロ」、「イ」、「ハ」、「ロ」となります。ですから「変ロ」は私にとって特別なものです。

21世紀になるとsweetpeaさんという女性が真夏の頃に、次の素敵な言葉を贈ってくださいます。


平均律クラヴィーア曲集第1巻21番のプレリュードは
小ぶりでありながらトッカータの特徴を
たくさん詰め込んで、
真夏の太陽のように華麗で華やかです。
完璧で聡明なフーガの旋律と
華やかな輝きを持ったプレリュードの旋律が
お互いを誉め讃え、高め合っているようにもきこえてきます。
プレリュードの情熱のこもった煌めきを
フーガは
堅実に冷静沈着に
受け止めてくれました。

by sweetpea

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フーガ第21番変ロ長調
この平均律クラヴィーア曲集のなかで、このフーガが一番長い主題を持っているのでした。38音と4小節です。バッハのイニシャルの B は、鍵盤上では黒鍵です。黒でなくて金でもよかったのでは、とも思います。

21世紀になるとsweetpeaさんという女性が真夏の頃に、次の素敵な言葉を贈ってくださいます。


平均律クラヴィーア曲集第1巻21番のプレリュードは
小ぶりでありながらトッカータの特徴を
たくさん詰め込んで、
真夏の太陽のように華麗で華やかです。

完璧で聡明なフーガの旋律と
華やかな輝きを持ったプレリュードの旋律が
お互いを誉め讃え、高め合っているようにもきこえてきます。

プレリュードの情熱のこもった煌めきを
フーガは
堅実に冷静沈着に
受け止めてくれました。
by sweetpea

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前奏曲第22番変ロ短調
そして
この世のものが
ともに償いをさえ行う時
天には
大きな喜びがある。

お気に召すまま
ウィリアム・シェークスピア 1600


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フーガ第22番変ロ短調

ク リ ス テ ・ エ レ イ ソ ン
この平均律クラヴィーア曲集には5声のフーガは2つしかありません。そして、これは2番目のものです。このフーガの主題は空から始まり、どんどん下降してまいります。そして、空間を埋め尽くします。普通の鍵盤楽器で弾いてもうまくいかないかもしれません。足鍵盤のあるオルガンがよいと思われるかもしれません。しかし、やはり鍵盤楽器を弾いてみてください。この楽器の新しい可能性を引き出すこととなりましょう。

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前奏曲第23番ロ長調
この前奏曲は少ない19小節でできています。この平均律クラヴィーア曲集のなかでも2番目に短い曲です。最も短かったのは。前奏曲第11番へ長調で18小節でした。ただし、第11番は多くのトリルを持ちますから、この前奏曲第23番の方が短く感じられるかもしれません。

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フーガ第23番ロ長調
このフーガはロ長調で譜表には5つのシャープがつきます。当然、黒鍵を多用します。でも、みなさんはもう慣れてきているでしょう。きっと、この平均律の世界で不安を感じられることはありますまい。

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ヨハン・セバスティアン・バッハ 2001著
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前奏曲第24番ロ短調


祭りの盛大な最終日に、イエスは立ったまま叫んだ。
いわく、
「誰か渇いている人があれば、私のところへ来ていつでも飲むがよい。
私を信じる人は、聖書が言ったとおり、
その人の内部から活ける水の川が
いくつも流れ出ることになる。」
ヨハネ7:37−38
この前奏曲についてはお話したいことが
たくさんあります。
この平均律クラヴィーア曲集にとっても
最後の前奏曲です。
最後ではありますが、
音楽の無限の広がりへの扉を
開けるものでもあります。
無限の記号は確かに数字の8に似ています。
また、8はオクターブを示します。
この前奏曲は次に輪廻するオクターブへの
扉も開くのです。

みなさんもここで繰り広げられる
2声のおのおのの組み合わせの
音の響きの慄きと安らぎを
聴いて感じることでしょう。
これこそ、弦楽器などでは不可能であって、
鍵盤楽器のみが作り出せる
平均律の音楽の世界です。


この前奏曲24番ロ短調を演奏するには、左手がきちんとバスを弾き、
右手は協和音と不協和音を加えて、その響きが神の栄光となり、
またつつましい心の楽しみとなるようにすることが必要です。
そう心がけてください。
この前奏曲は
私ことJ.S.バッハが
テンポについてアンダンテを指定しております。


さらに、私は平均律弦楽合奏を聴きたいのです。

しかし、実際のバイオリニストなどの弦楽奏者は、純正律の呪縛から逃れられないでしょう。

the Well-Tempered Strings - カール・フィリップ・エマニュアル
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平 均 律 ク ラ ヴ ィ ー ア 曲 集 教 本
ヨハン・セバスティアン・バッハ 2001著
--- これは創作です ---
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フーガ第24番ロ短調
このフーガは私ことJ.S.バッハの指定のテンポとしてラルゴが示されています。

冒頭の主題には、ト−嬰ヘ、ロ−嬰イ、ホ−嬰ニ、ハ−ロ、嬰ヘ−へ、ニ−嬰ハ−ハ、ハ−嬰ハ、イ−嬰トがロ短調基本和音(ロ−ニ−嬰ヘ)の上に展開しています。分析家の中には、例えば嬰へのトはアッポジャツーラ(経過音、予備なし掛留)である、との説明をすることがあります。しかし、この全ての半音が同等に重要なのであって、前の音符が後の音符に従属するようなことを意図しておりません。それぞれの組み合わせの半音差をよく感じ取っていただきたいと思います。

ここに至りますと、すでに白鍵と黒鍵の区別はなくなって無限に向かって融合していくようです。

始めに音の葉ありき

In the Beginning was the Note.


平均律クラヴィーア曲集批判
文責:ヨハン・アドルフ・シャイベ 1744年

または
"Music in the Air"


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平 均 律 ク ラ ヴ ィ ー ア 曲 集 教 本
カール・フィリップ・エマニュエル・バッハ 1744年
--- これは創作です ---
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第24番前奏曲 ロ短調 の秘密

カール・フィリップ・エマニュエル・バッハによる、こだわりの分析
1744年

私の偉大なる父 ヨハン・セバスティアン・バッハから、この前奏曲、すなわち平均クラヴィーア曲集第24番前奏曲、について何か書くように、との指示が御座いました。皆様方が、お思いになっているほど、私は執着の強い性格を持ってはおりませんが、分析いたしましたところ、この前奏曲の美しいアリオーソすなわち旋律的な性格、あるいはカンタービレすなわち歌うような曲想のさりげない表情の裏に父 ヨハン・セバスティアンが塗りこめた秘密を私は見出したのです。実は、この前奏曲の前半の低音の動き、いわゆるウォーキング・ベースは、イ長調 Aメジャーの構成音で出来た短調的なドリアン旋法、あるいは、ドリアン・モードなのです。

ドリアン旋法 ドリアンモード とは
第1小節の低音部の動きは、「ロ 嬰ハ ニ ホ 嬰ヘ 嬰ト イ ロ あるいは B C# D E F# G# A B 」です。音の間隔は「基音 全音 半音 全音 全音 全音 半音 全音」です。この音の並びをドリアン旋法と呼びます。音の間隔をパターン的に見ると、 T-S-T-T-T-S-T となります。左右対称でしょう。
T
T-S-T-T-T-S-T
T
T
T
ちなみに、T は全音、S は半音です。ドリアンは、もとは、教会旋法のひとつで、美しい短調系の音になります。それは、3つ目の音が短3度になっているからでもあります。でも、このドリアン旋法は、ロ短調ではないので、ト音は嬰ト音でなくてはなりません。これからは、ドリアン旋法をドリアンモードと言うことにします。
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ハ長調の音階で、基音を二 あるいは D にすると、ニ・ドリアンモード あるいは Dドリアンモードが自然にできます。これは、皆さんが良く知っている形で、「二ホヘトイロハニ あるいは D E F G A B C D 」です。これは、ニ長調ともニ短調とも異なります。
このモードは、静かで落ち着いた状況のもとでの、「厳粛」、「優雅」そして「謙虚」を表すことが出来ます。「観想」あるいは「瞑想」のモードとも言われます。

アリストテレスの政治学より
あるモードは穏健な落ち着いた気分を生み出す。それが、ドリアンモードの特別な効果である。男性ならドリアンの音楽は勇壮で雄雄しいと感じるだろう。我々は、極端を避け中庸を進めと説き、また、ドリアンは他のモードの中間ではあるのだが、若い人たちはドリアンの音楽を教えられてしかるべきであることは、明白である。

我が父 ヨハン・セバスティアン・バッハは平均律クラヴィーア曲集の最後の前奏曲においてドリアンを採用することによって、グレゴリオ聖歌を作り上げてきた教会旋法に敬意を表したかったのです。むしろ、平均律、特に第24番の前奏曲とフーガ、がグレゴリオ聖歌に対する、さらに教会に対する反逆ととられてしまうことを恐れていました。これまで西洋音楽が基礎を置いてきた旧来の教会旋法は次第にその力を弱めてきたとはいえ、父は、「汝はガリレオ・ガリレイのように晩年の1634年から1642年までの8年間フィレンツェ郊外に幽閉されたくはなかろう。」とでもいうような、教会の教えに平均律の理論が反しているとの内々の警告を受けていたようでした。カトリック教会はガリレオのような科学者を視界から遠ざけたかっただけだったので、その父でそれほど著名ではなかった音楽家のヴィンセント・ガリレイには眼もくれなかったのでしょう。しかし、カルヴァン派の方々は、音楽におけるルター派の華麗な典礼に対してかなり敵対的でだったので、それを思えば父の心配も理解できます。

父がケーテンの楽長の職にあったとき、主人は、カルヴァン派の血を引くアンハルト・ケーテンのレオポルド皇太子殿下でした。カルヴァン派の創始者であるカルヴァンは「神のなさる審判は人間が何をしようとそれに影響されるものではない。例えば、教会で聖なる音楽を奏でたところで何ものでもない。それよりも、富を蓄え、かつ質素に暮らすことがよかろう。」という教義をお持ちでした。お若い皇太子殿下はもとから音楽が好きで理解があったので、ヨハン・セバスティアンを偉大な音楽家として尊敬されていて、父がケーテンで暮らしやすくなるよう、また仕事が成果を出せるよう心配りをしてくだいました。しかし、ケーテンでは教会の音楽は基本的にありませんでした。父の信仰の思想的背景は、ルター派にあります。ルターは「音楽は、人間が発明したものでなく、神からの贈り物」と考えた方です。教会内での装飾については厳しく規制を課しましたが、音楽だけは別でした。カルヴァンはこれに反して、「囚人でも見張るように音楽は監視されなければならない」と考える方でした。聖なる音楽芸術に何の関心も持っておられませんでした。とにもかくにも幸運なことに、皇太子殿下は最新の形式と流行に沿った陽気な器楽曲を愛され、楽しまれたのでした。父は心安く室内楽曲、ヴァイオリン協奏曲、ソナタ、鍵盤楽曲などをケーテンで作曲しました。しかし、ヨハン・セバスティアンには苦い経験がありました。1716年のこと、ケーテンに来る前のワイマールで当時の領主の命に従わなかったため、父は牢に入れられてしまったのです。忘れることの出来ない経験です。そこで、ケーテンでは良い環境で暮らしはするものの、カルヴァン派とルター派の教義の違いや、ご主人の気分の変化には常に注意を払っていました。ところが生活が激変します。父がレオポルド殿下のお供でケーテンを離れていた、1720年7月7日に私の母であるマリア・バルバラが36才で突然亡くなってしまいました。葬儀は父がケーテンに帰らないうちにカルヴァン派の教会で急遽執り行われ、埋葬されてしまったことを私は覚えています。しかし、当時たった6才でしたから、詳しいことはわかりませんでした。父は非常に悲しみ、落胆していましたが、私たち子供の面倒も見なくてはならないし、仕事も続けなければならなかったのです。

その後、父は多少落ち着きを取り戻し、皇太子殿下の誕生日と新年を祝うカンタータの作曲と演奏を命じられました。そのカンタータの演奏に当たって、ワイゼンフェルスの宮廷トランペット奏者のヴィルケ氏のアンナ・マグダレーナという娘が歌手の一人としてケーテンに来て歌いました。アンナ・マグダレーナの明るい性格とすばらしいソプラノは父の気持ちを引き付けました。1721年の12月にアンナ・マグダレーナ20才と36才の父は結婚して、また明るい家庭を築くこととなりました。ただ問題は、カルヴァン派教会での結婚式を皇太子殿下が段取りしてくださったことです。父としてはルター派教会での挙式が自分たちにふさわしいとは考えるものの、そうは皇太子殿下には言えませんから、幼い子供もいるので代わりになんとか自分の家でさせてはもらえないでしょうかとお願いするのが精一杯でした。それはともあれ、父は新しい奥さんが出来て幸せでした。ですから、お祝いでかなりの量のワインが出されましたし、結婚披露宴は盛大だったという記録が残っています。

ヨハネ 2:(創作です) ・・・そして、皆がワインを求めたとき、マリアは彼に言った。ワインはもうありません。・・・イエスは彼らに言った。水がめに水を入れよ。そして、皆は水がめのふちまでいっぱいに水を入れました。イエスは皆に言いました。さあそれを引き出して、宴席の仕切り役のところへもって行きなさい。そこで、花婿がその水の味を見てみたところ、ワインになっていました。

父が平均律クラヴィーア曲集を完成させたとき、父はこの作品に、等分律とか平均律とかの、特段変わったタイトルなどをつけようとはしませんでした。関係する歴史をあたってみましょう。

1530年にニコラス・コペルニクスが「天球の回転について」という偉大な著作を完成しました。しかし、出版については躊躇いがありました。というのは、著作の内容が新奇で馬鹿げているとして教会から非難されることを恐れていたのでした。事実、彼の理論は、ローマカトリック教会の教義に反するものだったのです。そのため、13年間も出版されずにいました。1543年に、コペルニクスの支援者でルター派の神学者のアンドレス・オシアンダーが、前書きにコメントを追加することで、出版に踏み切りました。そのコメントとして、「・・・ここには仮説があるが、それが真実である必要はない。ただ単に、観測に基づくデータに計算の結果がよく合致してれば、それで十分である。この理論はそうした計算手法を明らかにしているに過ぎない。」と書かれています。オシアンダーはコペルニクスを擁護しようとしたのでした。しかし、その結果は、プロテスタントの主流であるルター派もカルヴァン派もコペルニクスを「天文学を混乱させようとする大ばか者」といって非難したのでした。しまいには、1616年にローマカトリック教会はコペルニクスの著作に「禁書」の烙印を押しました。

1609年にヨハネス・ケプラーは自身が発見した「太陽系の地球や他の惑星が太陽の周りを廻っている軌道は円あるいは楕円である。」という研究の成果を、「新天文学」という大胆な題を付して出版しました。しかし、ケプラーはガリレオが投獄されるより以前の1630年に亡くなっていて、結果的に迫害を免れたのでした。ところで、ケプラーは1619年に「ケプラーの第3法則」を含む別の著作も表しています。その表題は「世界の調和(ハルモニア・ムンディ)」でした。そこで、ケプラーは惑星の運動と音楽の音階や音の協和の関連について考察しているのです。特に、音階の整数比と惑星の速度の合致が見事である、と考えたのです。

1687年に、アイザック・ニュートンは「プリンキピア(自然哲学の数学的原理)」を出版しました。万有引力の法則を明らかにした著作です。ニュートンは宗教的圧力には悩まされませんでした。ニュートンの時代の英国では、英国国教会の教えには従わなくてもよいという国王からの特赦があれば、自由に学術研究をすることができ、ニュートンもこの特赦を受けていたからです。音楽については、「光学」という著書のなかで、光のプリズムによる」分光と音階や音の調和との関係を論じています。

ニュートンは太陽の光のスペクトルを7色に区分してその境界に区分線をつけました。そして、音楽との関係を発見したと考えたのです。それはすばらしくぴったりとドリアンモードを表していました。そして、驚くべきことに、ニュートンは音楽の調和の基礎が整数比で表せると信じていたのです。

ヨハン・セバスティアン・バッハは、控えめに「程よく調律された」とか、「学習に熱心な若い音楽家のため、また熟練した演奏者の楽しみのため」と表紙に書き込んでいますが、その反面、その曲集の最後の曲としてまたこの前奏曲に続くフーガとして、これまで誰も耳にしたことのないような半音階旋法を創造するという挑戦を目立たないようにしてしてしまっていたのです。
とにかく低姿勢でかつ注意を払っていないと、カルバン派の方々は「異端」の音楽理論で若い人々を虚栄と堕落に陥れる可能性があるとして、我が父を告発しかねなかったのです。アンナ・マグダレーナですら、この平均律の第1番の前奏曲ハ長調に可能な3種の「減7の和音」の存在に気がついたのです。この「減7の和音」の導入はこれまでの「教会旋法」を排斥して、父が音楽の世界を支配しようとする企みがある、などといわれるかもしれませんでした。どなたかが第24番のフーガのこの主題があまりにも特殊で、場合によっては反カルヴァン主義ととられかねないことに気がついて、父に助言したのかもしれません。とにかく、父は慎重に振舞っていました。

次の年、1723年にヨハン・セバスティアンはトーマス教会の音楽監督(カントール)に応募する試験を受けました。試験に先立って、父はルター派のThe Book of Concordへの文書での同意を求められました。採用試験では神学一般とThe Book of Concordに示されるルター派の教義に関する問いに答えることが必要でした。すなわち、ルター派以外の信仰を否定しなくてはならなかったのです。このため、ケーテンにいる間に、御主人の不興をかったり、カルバン派の人たちから誹謗中傷を受けたりして、また、投獄されたりすることがないよう気をつけねばなりませんでした。父は家族ともども出来るだけ早い時期にまた平穏にケーテンを離れる決心をすでにしていたのです。


前奏曲第24番の分析
次の楽譜は3つの半音と1オクターブ上に移調したものです。
すなわちロをニに上げてさらにオクターブ上げています。
それで、シャープもフラットも調性記号としてはついていません。

ご覧のとおり、父は主にドリアン・モードを使い
それを支える和声を組み立てたのです。


〜〜〜第1小節はドリアン・モードそのものです。
〜〜〜もとの楽譜でいえば、ロ音・ドリアン・モード B-Dorian です。


〜〜〜複雑にみえますが、ドリアン・モードの下降形です。ハ音 C はシャープを、ロ音 B はフラットを伴うことがあります。


〜〜〜嬰ハ( C sharpまたは D flat )を伴うナポリ擬似終止形は、第3小節にあって、第4小節でドリアン・モードを再開するためのあいまいな休止です。


〜〜〜第6小節から8小節までは、ミクソリディアン・モードです。ハ長調が基盤の場合、ミクソリディアン・スケールはト音 G の上に出来ます。すなわち、ト、イ、ロ、ハ、ニ、ホ、ヘ、ト あるいは、"G, A, B, C, D, E, F, G" です。音の間隔は、全音、全音、半音、全音、全音、半音、全音 あるいは、 T-T-S-T-T-S-T です。これは、長調に似ていますが、第7音が半音低くなっているところが特徴です。


〜〜〜嬰トを伴うナポリ擬似終止です。


〜〜〜第13小節と第14小節は、ドリアン・モードで出来ています。ここで、音の間隔を見ると、ドリアン・モード に特徴的な、全音、半音、全音、全音、全音、半音、全音 すなわち  T-S-T-T-T-S-T になっています。したがって、これは、ホ音・ドリアン・モード E-Dorian といえるでしょう。


〜〜〜第11小節と同じように、嬰ハ伴うナポリ擬似終止です。


〜〜〜これは最後の2小節をまとめたものです。ドリアン・モードの下降形がみられます。


この前奏曲は、我が父が、それなりの心配もあって、教会に対する敬意を示そうとしたものです。ですから、教会旋法にこだわっています。私が思いますに。始め、父は ドリアン・モード の音のつながりを高音部の旋律として、低音部にそれを支える和音を展開して、和声と教会旋法の融合を考えたのでしょう。でも、終いに、上下を逆にしてみたら、驚くほど美しい曲になってしまったのです。

そこで、この前奏曲の後半の第2部では、半音階的手法を加味して和声と教会旋法が離れることの出来ない状態を作り出しました。そして、最後のフーガへの導入部としたのです。

最後までお付き合いくださりありがとう御座いました。
カール・フィリップ・エマニエル・バッハ

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平均律クラヴィーア曲集批判
文責:ヨハン・アドルフ・シャイベ 1744年
--- これは創作です。---
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フーガ第24番ロ短調

偉大な音楽監督であるヨハン・セバスティアン・バッハ氏を衒学者すなわち、氏の創作する曲の本来の自然の美を損なうような「過剰な技法」を駆使する作曲家と名づけた張本人の私は、バッハ氏の音楽の熱烈な愛好者の方々には悪名高き、ヨハン・アドルフ・シャイベと申します。
私としては、良質の音楽は、過剰な装飾や、ぎこちない間や、余計な声部、といったものに邪魔されることのない、歌うような旋律を持つべきと思っています。
そういう面からすれば、平均律クラヴィーア曲集のこのフーガ第24番ロ短調はロ短調の音階以外の音がたくさんありすぎて、短調だからいろいろな音が使われるのはわかりますが、それでも私には理解に苦しむものです。そういった音は、アポジトゥーラというか、経過音なのでしょうか?私にはわかりません。いくらか複雑すぎる感じのある第1番のフーガ・ハ長調でも、長調だからともいえますが、音階以外の音はまあそこそこの数しかないし、この程度なら、わからないでもありません。
例をあげていえば、もう一人の偉大な音楽監督であるゲオルク・フィリップ・テレマン氏の作曲による、あるチェンバロ曲のための短調のフーガの場合、全体で539音符あるのですが、音階以外の音は40しかありません。たった、7.4%です。バッハのこのフーガでは、21.9%にもなるのです。
平均律クラヴィーア曲集の「いわゆる第2巻」のフーガ第24番ロ短調の音階以外の音は14.4%です。 このページでお聴きいただけます。
ヨハン・クリストフ・アルトニコルは、もともとはバッハの弟子で、現在は24歳になる助手ですが、バッハ夫人のアンナ・マグダレーナ・バッハを手伝って、新しい24の前奏曲とフーガを編集しています。そして、この2番目の曲集に「平均律クラヴィーア曲集第2巻」という名前を、今年ですが、1744年につけました。ヨハン・セバスティアン・バッハ氏がこれを認めたかどうかは知りません。そこで、私としては括弧つきで「いわゆる第2巻」とよんでおります。第1巻ですら、今のところ印刷されたり、出版されたりはしていませんが、オリジナルの第1巻の表紙は、我がカントールご自身の手により、美しい表題が書かれていることは、私たち皆知っているところです。しかし、第2巻にはバッハ自身の表題の書き込みはなかったのです。
アルトニコル君は私に第2巻を見せてくれました。第2巻の前奏曲とフーガは当然ですが、第1巻のものとはまったくといっていいほど違っていました。とりわけ、第2巻の第14番の前奏曲嬰へ短調は、美しい歌うような旋律を持っているので、とても印象深いものでした。また、第1番の前奏曲と第24番のフーガは、控えめというか、まともで、込み入りすぎていなくて好感が持てました。さらに言えば、第1巻の第1番の前奏曲は、旋律のない分散和音だけで作られていて、いわば和音進行でしかなく、理解を超えているように思いました。ですから、新しい曲集ができて、また、いくつかを聴かせてもらって、少しほっとしたところです。若いアルトニコル君も同じ思いではないでしょうか。でも、彼は、「カントール殿は若者に旋律なき音楽や和声なき音楽のような異端的音楽を教えている。」というような、世間からの中傷から恩師を守りたい一心なのでしょう。でも、いずれにしても大きな問題は残ります。世間が変だ、異端だと言おうが、第1巻の最初の前奏曲と最後のフーガは、計り知れないほど美しく深いということです。そこは、私にもわかっているつもりです。
第2巻表紙

平均律クラヴィーア曲集、
第2部、
すべての全音と半音 を通して
前奏曲 そして フーガ
によって構成される
曲集
作曲
ヨハン・セバスティアン・バッハ、
ポーランド宮廷およびザクソン選帝侯宮廷音楽家、
ライプツィッヒ
音楽監督および指揮者
1744年作成

1737年に私が執筆している「音楽批評」に次のようなことを掲載しました。「この偉大な方は、大げさで込み入った要素で曲の自然さを損なわないようにし、また、過剰な技法でその美しさをぼやけさせるようなことがなくすれば、そして、もう少し愛嬌があるならば、この国の隅々からの賞賛の的になるであろう。」と。これを書いたのは弱冠29歳の時でした。若くて、向こう見ずだったのです。私は、この国で歴史始まって以来はじめてのプロの音楽批評家を自認していました。もちろん、バッハ氏のオルガンやチェンバロ奏者としての比類のない技術を認めておりましたし、活発に作曲活動をしておられることもよく知っていました。それに、パオリネル教会という大学の教会のために1716年に私の父ヨハン・シャイベはオルガンを製作しましたが、ジョハン・セバスティアン・バッハ氏は次の年の冬にライプツィッヒにこられてそのオルガンの鑑定をされました。今をさかのぼる当時でも、既にバッハ氏は著名であり賞賛される存在だったのです。

私は、1708年にライプツィッヒに生まれ、育ち、そして、法律と哲学を学びました。あわせて、チェンバロやオルガンの演奏や、作曲も勉強しました。1736年から1739年まで、ハンブルクにおりましたが、当地では著述家、そして作曲家として知られる存在になりました。様式的には私はバロックに属しますが、多声部が絡み合ってごちゃごちゃしたものから、もっと混じりけがなく、簡素な表現を志向していました。私や私たちの時代の新しい音楽は、人々の心を魅惑し、感受性に訴える旋律を求めている、とそう考えたのです。

今、音楽は音階に基づいて作曲されます。我々の時代の建築や絵画と同じように、音楽もその構造を持ちます。不安定で、あいまいな形式を持ちながら何世紀にもわたっても続いてきた、かつての教会旋法がじわじわと衰退していくのを私たちは経験しました。その中で、ギリシャのイオニアン旋法とエオリアン旋法と呼ばれる旋法が長音階と短音階と なってきました。さらに、我々の時代は器楽曲への関心が増大しました。クラヴィコード、ハープシコード、そしてオルガンが広く使われています。そこでは、和声理論が作り上げられました。

フランスの作曲家ジャン・フィリップ・ラモウは音楽理論をまとめ上げたことで知られています。1722年に出版されたラモウの「和声あるいは音の調和の理論」は自然倍音列に基づいています。3あるいはそれ以上の数の異なる音が同時に鳴るとき和音が形成され、それが和音になります。根音が和音の基になります。3つの重要な和音があります。主和音、属七和音、下属和音です。

作曲家は、全音階的音程以外の音を使うことによって多様性と緊張を作り出すことができます。また、よりどころとなる中心点として、主音は作曲家に、主音から関連が薄い音が動くことによって、音楽に多様性と緊張を作り出すことを可能にしています。全音階的音程に属する音で主音と最も強く関係しているのは3度と5度の音で、安定した関係といえます。2度、4度、6度、7度は、主音との関係では活性度が大きく、音楽に動きを与えます。
さらなる多様性を求めて、作曲家は主調以外の和音や音階を導入することがあります。これは半音階的音程となります。時には、調性をまったく変えてしまうこともあるでしょう。これは、転調です。あとで、元の調に戻ることになります。

こうしたことの全ては、偉大なる音楽監督であるヨハン・セバスティアン・バッハ氏はお見通しなのです。

ヨハン・セバスティアンは
私の名前シャイベをもじって
怒って、叫んだでしょう。
シャイセ!
くそったれ!
(ドイツ語の文字が似ているのです。)


今、私は37歳ですから、何を言うか、言ったらいいかについて、十分に分別があります。来年1745年には、バッハ氏のイタリア風協奏曲についての評論を書くつもりです。そこで、礼を尽くして謝罪をするつもりです。「以前に、この偉大な音楽家に対して大変失礼なことをしてしまいました」と。


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