* 著書は「中医をめざして」「上海中医薬大学卒業論文」「漢日中医臨床会話」の三部から成ります*

(一部抜粋掲載)

 

  中医をめざして

    

 

                          2006-11-19-0851-43.jpg

            

 

 

 

                    中医 今村 久  

 


 

 

 

   1 なぜ中医になりたかった?

 

私は今、静岡県で鍼灸院を開業しています。ひょんな具合から、鍼灸の

道に入り、遠く中国まで行って、鍼灸の勉強をしてきました。これは、

私の1年間の中国での記録です。 中国はめざましく変化しています。ち

ょうど過渡期の歴史であったのではないかと思います。

 

「なぜ中医になりたいと思ったか」と聞かれても、はっきりした答えは

出ませんが、こんなことからでしょう。

 

   子どものころから漢方医になりたいという夢があったということ。    

    そして、本物の針灸の効果ってどのくらいあるかを知りたかったと

    いうことでしょう。

 

  漢方の本場の中国では、医師の名称は、中医と西医とに分かれます。

  中医(ちゅうい)というのが、漢方医のことです。

    中医は西洋医学と中医学を併用して学習することになるため、西洋薬や

  漢方薬も処方が可能となります。

   

    「赤ひげ」に代表される様に、私にとって、漢方医は温かく、やさしく                    

かっこよく、力強い魅力のある人間のイメージがあります。

 

     いつかは、人のために何かをしてみたいと常々思っていました。

     そしてある時、祖母の指圧をして喜ばれたことを思い出しました。

  「自分の道はこれだ」と、ふっとひらめいたのが、針 灸の道でした。

 

            2006-11-19-1014-36_edited.jpg

           

               千島湖の風景と同じく、針灸の道は

           果てしなく、深く遠い所にあるのか

 なあと、一人思っています。                             1            


 

   漢方医をめざし、31歳で針灸学校に入学し、3年後には、自分の治療

     院を開業しました。

 しかし、学校での学習は、自分の考えていた漢方とはほど遠く、実際の

 治療に当ってみると、不足しているところが多々ありました。

    

     色々と効果のある方法を考え又、多種の学習会にも出席し「これぞ!」

     という治療方法を見つけようと試みましたが、残念ながら、その道筋さ

     え、さがすことも出来ませんでした。

    

   10年間、迷いに迷い、 苦しみました。

     なぜ、本物と感じることが出来る治療方法が見つからないのか?

    何が原因なのか? どうして信じることができないのか?

     

  

 

            2006-11-19-0935-17.jpg

                       

           上海の豫園の中の庭園。中国3千年

         の歴史と、中国医学の流れは時間と

空間を越え、現在に生きています。              2


  

    日本と中国は違います。中国では、針灸、按摩が医療として認められて

  います。中国では鍼灸師は当然医師です。

  

     針・灸・按摩は、当然医療として位置づけられているのだから、各中医

     薬大学では、常に研究が繰り返され、データーが蓄積されて、手法も確

   立されているはずだと考えました。

  

     私の、この問題を解決するためには、まず中医学を知り、そして、中医

   となることが必要であると直感しました。

   

     子供のころから、なりたかった漢方医と、本当の針灸漢方薬の効果

    を知るためには、中国しかない!

 中国へ行かなければならないと感じはじめました。

          

          2006-11-19-0937-51_edited.jpg

                            

                   悠久の歴史のある、奥の深い国。

          しかし、広大な中国へ足を踏み入れ

          る決心は容易につきませんでした。             3         


 

2  上海中医薬大学への入学

 

     ある日、「医道の日本」という雑誌に目を通していると、上海中医

    薬大学の入学案内がありました。二年間の通信教育と試験の上、一

    年間の中国での実習で、中医の資格を取得できると書いてあるでは

    ないですか。

 

当時、中国の医学部には、3年制と5年制のコースがあり、また夜間部も

ありました。そして卒業と同時に医師の資格が取れました。

 

上海中医薬大学の大阪事務局に問い合わせたところ、本当とのことでし

     た。しかも、実習も1年通してではなく、1年を3回に分けて、3年間

   での実習でも大丈夫でした。

 

   入学してからしばらく後の話ですが、ある時、食堂のおばあさんが、上

   手な字で注文の伝票を書いたので、なぜそんなに上手に書けるのって聞

     いたら、「いま、娘の店手伝ってるけど本当は医者してるんだよ」って

     言われて、驚いたことがあります。

 

看護師さんを長くしていて、試験で医者になったということでした。確

か「はだしの医者」なんて言葉があったことを思い出しましたが、ずい

ぶん日本と違うんだなと思いました。

   

                2006-11-19-0939-48_edited.jpg

 

                   成田空港からの出発。態度はふてぶて

しそうだけど、  一人で行く中国への

不安は脳裏をよぎってます。                4   


 

     日本人の入学資格は、医師・薬剤師・針灸師に限られていました。

日本の鍼灸の成績証明書と卒業証明書、履歴書、入学願書を送り、上海

中医薬大学への入学を正式に許可されました。

 

     通信教育の内容は、医学史、中医基礎理論、診断学、経絡学、針灸治療

     学、中薬学、方剤学などが主なものでした。

   

 今迄に、針灸学校で習ったものとは大きく違い又、中薬学、方剤学

    に関しては全然見たこともなく初めてのものであり、非常にとまど

  いました。

 

     しかし、中医基礎理論を基に、中薬方剤学を理解することが必要である

     ということを分かりました。なぜなら、鍼灸も中薬も証が重要です。

    証が決まれば、鍼灸の場合は鍼と灸の治療、中薬は薬を使用することに

     なります。 手段が違うだけで、診断方法は一緒なのです。  

  

           2006-11-19-0950-31_edited.jpg

                     

           到着した上海虹橋空港ですが、当時は滑走路

           にぺんぺん草が生えていて、おばさん達が、

           草むしりしてました。                  5     


 

 

上海中医薬大学は、北京中医薬大学と並ぶ二大中医薬大学であり、学部

は、中医学部、中薬学部、針灸学、推拿(すいな)学部の四つがあり、

の他に国際教育学部などで構成されています。

   

     通信教育二年間を終了し、実際に入学出来るかどうか、中国からの

    教授の監視の下、最終試験を受けました。首尾よく合格したた め、

    実地の入学が許可されました。

    

   しかし、初めてのケースなので、中国の担当者もまた、われわれも非

   常に、とまどうことになりました。

  

                      2006-11-19-0952-19_edited.jpg

                           

                     この店も迷い苦しんだと思います。

上海の浦東地区にあったヤオハン店。

今は倒産して名前も変わりました。             6 


 

  3 異国中国での最初の生活(第1回目の生活 4月~6月)

   

 桜の花の咲く日本を出発しました。

    治療院は開業中であったので、今年は3ヶ月、来年は4ヶ月、その

    次の年は3ヶ月の予定で出発しました。従業員3人に仕事は任せま

  した。

   

    上海に3時間後に到着。誰かが空港に向かえにきているとのことでした。

  大学の運転者と留学生の担当者がきていました。

   

私は中国語は全然話せず、 上海空港へ到着しても換金もできず、困りは

てていた所、彼がどこかのホテルにつれていって、1万円の換金をして

くれました。

 

そんな少ない額でいいの?って思いましたが、充分であると後で分かり

ました。1万円というのは、中国人の1ヶ月の給料分でした。

                

 

                       

                  2006-11-19-0953-38_edited.jpg

 

                    各国の学生が入居していた5階建て

の学生楼、日本人も数名、しかし浴

槽無しの鉄管シャワーにはまいった。            7


 

    雨の中、1時間ほどして、大学の留学生寮へ到着しましたが、住む場所

    がありません。どうも手違いが合ったようです。

 

 その後、1ヶ月間、ドイツの人のノーマンと生活することとなりました。

男二人の、同居生活でした。彼はドイツの医学生で、結婚していました。

 

私のいびきはひどく、他の人が迷惑するほどのいびきです。

    恐らく彼にとって、耐えられないほどのイビキであったと思います。

    したがって、ノーマンも、イビキで寝れず結局最後まで、2人の関

    係はギクシャクしてしまいました。

 

  ある日あまりに暑かったので私が「Today is hot」と言ったら「No!

    No! Imamura. Today is warm」とノーマンに言い返されました。

 何でもドイツでは、23度を分岐点に暑いと暖かいを分けるとか。

  ホントかね。ここは中国だし、へ理屈ばっかり言うなと思いました。

                    2006-11-19-1036-35_edited.jpg

                   

                敬虔なカソリック男のノーマンと一発

触発状態でした。男二人の生活って

むさ苦しいものです。                  8 


 

何しろ最初の1ヶ月は、体重も10kg以上やせてしまいました。

  

日本からの風邪も治らず、食堂では、言葉の障害で食物を注文できず、

授業も、日本語の話せる教授が見つからず、 2人部屋の関係は悪く、

八方塞がりの状態でした。

   

    1ヶ月、地獄の状態の後、1人部屋(108号室)が1年間の私の部屋

  となりました。本当に天国に思えました。

 

この部屋の一番の思い出は、一度、浴室の鍵が自動的に閉まり、2時間

部屋に閉じ込められたことです。「たすけて」の中国語が言えずだまっ

て耐えていました。掃除のおばさんが部屋に来たので助かりました。

言葉を知らないことは悲しいです。  ちなみに[たすけて]は「救命

(チュウミン)といいます。

どこかの外国に行っても「たすけては」必須用語です。

  

 

          2006-11-19-1038-08_edited.jpg

                   

          あの二人部屋から見た下の景色。

          見た目はいいけど、ぼんやりと一日

          眺めているのもね・・・                 9 



    4月中は、大学の中とその付近の商店を、毎日散歩し中国語を習お

    うとしたり、買い物をしたりしましたが、結局周りは全部、上海語

    で話すので、勉強にならずダメでした。

   

       しかも、だんだん慣れてくるのに従い、どうも排日的雰囲気を感じ始め

   ました。 土曜日になるとテレビの放送は必ず戦争映画。しかも多くは

   日中戦争や革命軍の話。だから「バカヤロー!」「メシ! メシ!」の

   日本語を、中国人はよく知っていました。放映の後は、外出がちょっと

     恐ろしく感じたのも事実でした。 

       

   食べ物は、ほとんど決まっており、冷伴豆腐(リヤンバンドーフ)冷えた豆腐

  ・麻辛豆腐(マーラドーフ)ピリ辛豆腐・巻心菜(ジェンシンサイ)キャベツ・古老肉

  (コーロールー)焼肉・木茸心菜(ムーアールシンサイ)きのこ炒めでした。

 

 

  残念ながら、知っている中国語の料理名はこれだけでしたから、これ以

  外は注文出来ませんでした。外の食堂へ行ってもほとんど同じ。

    毎日この料理の組み合わせだから、もう食べものは、飽き飽きしてしま

    いました。

   

          

 

 

                 2006-11-19-1040-37_edited.jpg

          

        よく来た外の食堂。野菜ものを注文すると

        安いので、オヤジが露骨にいやな顔するが

        安くて、味が濃くて、美味いのが特長。      HOMEへ   10


 

留学生楼は5階建てであり、多くの外人が住んでいました。

台湾人は賑やか、アフリカ人はナンパ好き、欧米人は静か、日本人は団

体好き、韓国人はキムチ好き?国が違えば皆違うって感じです。

 

北朝鮮も2人いたけど、部屋には金主席の写真が飾ってあり、異様で怖

い感じがしました。 英語で意思疎通ができたので、色々話しましたが

どうも機密での滞在のようでした。

 

留学生楼では、だれかが、胡弓の演奏をよくしていましたが、普通、胡

弓は物悲しい音色を出しますが、とんでもない騒音でした。

 

5月となり、ノーマンと別れてから、1階の1人部屋に住み、調子もで

てきたので、外のカラオケ店へ出入りすることとなりました。

    なぜカラオケ店へ行ったかというと、外での中国語の学習はダメでした

    が店の中の人は普通語を話すからでした。

 

    ほんとは、中国語を覚えるために行ったというより、生ビールがうまく

  飲めるから?   それに、若い人は発音がよく聞き取りやすいからで

   す。学校では普通語を学習しています。特に若い娘さんの話す言葉は、

  分かりやすかったです。

    

  年寄りの普通語には手をやきました。発音が悪い人が多いからです。

  ほんとうにチンプンカンプンでした。そして

  チンプンカンプンの語源分かりました「聴不通 看不通」(テインプトン

  カンプトン) 聴いても通じず、看ても通じずの意味でした。

  

 

 

  カラオケの経理の林さんは、聡明な娘で、よく話しかけてくれ、何

   とか意思の疎通が出来るようになるまで、私の下手な中国語を聞い

   てくれました。そのおかげで、何となく中国語もわかる様な気がし

   てきました。

 

         

                          2006-11-19-1041-43_edited.jpg

     

          ここの二階がカラオケ店、お姐さんとは

          遊びませんでした。従業員と一緒に食べた、

               ご飯がうまかった。                

                   11


 

    日本人は大体、中国でのオアシスとして、飯店(ホテル)が普通でした。

   

自分としては、中国の中では、飯店は別世界であり、そんなところ

行っては、中国へなじめないと思い、ガンとして行きませんでしたが、

中国に慣れた6月には、ポチポチと色々な飯店に行きはじめました。

  

 やはり、ホテルは別世界でした。

    新錦店飯店は、1泊2万円位で、目のとびでるぐらい高く感じました。

    中国人の二ヶ月の給料分です。花園飯店なども日本のホテルオオクラ系

    列であり、やはり高くて泊まることはできませんでしたが、食事はおい

    しくサービスもよく、最初は、試しに少し利用しました。

  

  

  しかし、ホテルの話は別として、日本のようにモーテルもないので若い

  カップルはどうするのかなどと、くだらない想像もしましたが、結構、

    アメリカの思想に染まっていないため、みんな真面目のようでした。

 

    「パチンコ屋」と「モーテル」を上海で経営すれば、必ず儲かると、多

  くの人は思っていました。しかし、「魔都上海」で儲けた外国人を見た

  ことがありません。法律と人事そして許可の壁に当たりだめになります。

  朋友の国だから、上の人と知り合いになれれば、非常に有利に事は運び

  ます。しかし誰が権限握っているのかを知るのが、一苦労です。

 

          

           

                         2006-11-19-1039-26_edited.jpg

                       

                朝にドラム缶で焼く、焼きパン屋さん

 の場所、朝食時は混雑。 中国風焼き

 パンもなかなかうまい。           12


 

    上海で一番最初に、日本食の店を出した伊藤屋は値段も手ごろでサービ

    スもよく、いい店だと思いました。

    中国の水準からすると、高いと思いますが、日本にいると思えば、高級

    の居酒屋と同じくらいの値段であり、本当の日本食といえるぐらい美味

    しいと思います。

  

 二号店は、利用客はほとんどが、日本人は駐在員とかであり、旅行者は

 少なく、又中国人もよく利用してました。

 しかし店が増えるに従い、経営者が中国人に、変化してしまったという

 噂も聞くようになりました。 中国で日本人の経営は大変だと思います。

   

 

 

 

                         2006-11-19-1050-06_edited.jpg

  

 伊藤屋2号店。ここも今は経営者は

中国人に変化?完全に日本の高級な

居酒屋って感じです。                13


 

    中国料理で一番感激したのは、大学の近くの福満楼というレストランで

    す。げき痩せのとき、中国料理がぜんぜん口のにあわず困ってました。

 

  その時、中国との学習の予定の打ち合わせに、上海大阪事務局の大

  城代表が来て、日本語の話せる教授4名と、我々日本人3名を顔合

  わせということで福満楼へ紹介してくれたのが、初めてでした。

    中国料理は、こんなに美味いのかと感激しました。

 

やはり美味しかったのは、北京ダックと生の海老・生ビール・ココナッ

ツミルク、その他すべてが美味しかったです。

    本当に感激しました、そして目からうろこが落ちました。

 

   1人部屋に住んでから余裕ができたので、風邪も治り、授業も完全に開

    始し、実習も始まりました。

    人間不思議なもので、最初は中国の嫌なところばかり目についていまし

    たが、徐々に色々見えてきはじめました。

  

           

 

                     2006-11-19-1051-29_edited.jpg

  

           豪華な中華料理 これで格安ときてい

            いるから、たまりません。日本では本

格中華は今迄、1回しか食べていません。        14


 

4 日本の朋友

   

    上海に行く時に、日本人の留学生として、私の他に2人いるということ

   を聞いていませんでしたが、できることなら、中国語の学習のためとし

    ては、なるべく付き合わないほうが良いと思い、到着してからは、あえ

    て、顔を合わせませんでした。

 

  しかし、活動範囲も広がり、だんだん顔を合わせているうちに、誰 

    と誰が同じコースなのか分かるようになり、親しくなりました。

    1人は高野さんもう1人は松島さんでした。

 

    高野さんは、東京医療専門学校の教師でしたが、学校を辞めて1年間上

    海へ留学を決め、留学生楼に住んでいました。

   

   松島さんは、東京医療の柔整と針灸を卒業してから、すぐにこちらへ来

ました。  以前から、中国語は習っていた様で、最初から日常会話は、

ある程度出来る様でした。

   

 

 

         2006-11-19-1052-43_edited.jpg

           

           万里の長城って、あまりに長くて歩く

           のが大変だと分かりました。しかし、

こんなとこまでよく来たもんだな~           15


 


  

   滞在の手続きは、1年以上は非常に面倒です。私の場合、3ヶ月間の滞

    在ビザは楽でした。(ところが、私も1年の長期滞在となり、居留手続

    きにはひどい目にあいました。エイズ検査までさせられました。)

 

高野さんと松島さんは、最初に居留手続きの為、行ったこともないと

へ行かされ、手続きが面倒な公安に何回となく行かさていました。

 

この手続きも、公安のお偉い人と知り合いであれば、お茶の子さいさい

で、簡単なこと限り無しです。

一度、裏金を支払って、延長ビザを取ろうとして、こっぴどくやられ

たことがありましたが、どうも支払い方法に誤りがあったようです。

金を投げつけられ、「絶対に手続きしない」と怒鳴られました。

知り合いがいればと、何度思ったことやら・・・

   

  

 

          2006-11-19-1054-07_edited.jpg

                        

                      お世話になった、下宿先の奥さん。

           長く滞在すると、色々な人と知り合う

           ことができ、助かりました。              16


 

   

 

   

     彼らも頭にカチカチきているところにもって、授業はほとんどないし、

   大学からも、大阪事務局からも連絡もなく、このまま、上海にうもれ

    てしまうのではないかと心配で、イライラがつのっている様でした。

 

  私は、今回は生活に慣れることと、日常的な中国語を学びたいとい

   う目的もあり、あまり授業に関しては、積極的ではなかったので、

  気にしていませんでした。

   

  また阪事務局の人達も良く知っているので、まあまあゆっくりと過し

    ていました。

  だから、二人にはよく思われていなかったのかな? 

   

 

          2006-11-19-1056-01_edited.jpg

          

             

         今村治療院の女性従業員2人と劉さん。

                  わざわざ、二人とも上海に訪ねて来てく

れました。ありがとう。                 17  


 

 

   

学習や実習では、三人は1年間毎日顔を合わせました。

    食べたい物も1人では、中国料理は食べる気になれず、2人以上の仲間

   と食べました。中華料理は3品ぐらいは必要なので、一人でその品数だ

    と食べ切れません。だから3人以上の人数が必要というのが正解かな。

   

   

私の3年計画は、もし一人で中国にいたら、必ず不可能であるとい

う、危機感が徐々に出てきました。卒業もできない感じでした。

    同じコースで3人いるから、授業形態が成り立っており、もし1

    人でも欠けたら、終わりであると感じるようになりました。

 

 

         2006-11-19-1057-27_edited.jpg

 

           以前から留学していた内田さんと中

国人の徐さん。最初は彼に中国語を

習ったけど、三東省の訛り強くて・・        18                


 

  教授の予定、教室の確保、実習の場所、試験、卒論等々すべて問題

    だと思いました。

    したがって今しかない、なんとか1年間、治療院の方と自分の学習の方

    を乗りきりたいと考えました。

  

 やはり、中国では、高野さんと松島さんの存在は、大きかったと思

 います。中国は、やはり国情が違い、むずかしいことも多いです。

   

 

     高野さんが177cm、私が176cm、松島さんが180cmの為、

  病院に実習に行くと、「 日本人って大きいんですね」とよくいわれま

  した。日本人を小馬鹿にした言葉で「小日本鬼子」(シャオ リーベン クイズ)

  小さな国の鬼という言葉がありますが、体が大きいのでちょっと違う目

  で見られました。

    

    日本って小さな国のくせに「大日本帝国」などと言い、中国を侵略した

  という思いが、今でも根強く残っているようです。

  だから、南京に旅行に行く時は、日本語を極力おさえ、韓国人のふりを

  していました。 記念館では残虐行為が誇張されている感じでしたから。 

 

                  2006-11-19-1116-55_edited.jpg

  

                    日本人との交流は外の一杯飲み屋でよ

く飲みました。中国人とも親しくなり

乾杯中です。会計は全部で500円です。         19

                             


 

  

   

    やはり、3人それぞれ意見が違い、中国滞在中はお互いに意見を交

    換し、ためになりました。

 

    日本人の朋友は他にも多く、京都生まれの田中さんや内田さん、金

    井さんを筆頭に、日本人会のメンバーや女性では中医薬大学の芦田

    さんや多くの人と知り合いました。

 

みんなそれぞれ目的が違い、上海に住んでいましたが、個性があっ

て楽しい人間が多くいました。色々と生活では、助けられました。

    やはり、中国では朋友(ポンヨウ)の国です。    実感しました。   

 

        

           2006-11-19-1118-17_edited.jpg

 

          いい気分でタバコに火をつけてもら

っています。 今はこんないい思い

できないな・・タバコもやめたし。            HOMEへ 20  

 



  中国の朋友

 

    日本人朋友の交流も大きかったですが、私にとっては、中国人の朋友に

    との交流も楽しかったです。

   

  もし、友人をあげるといわれたら、まず、男性では、徐さん・劉さ

  ん・高さん、女性では、胡さん・李さんです。

   

  徐さんは、傷寒論・金貴要略の研究で、山東省から上海に来て、博士過

    程の3年生でした。 人当たりが良くて、酒が好きな人です。 

    方剤に関しては、暗記はすごいもので、すべて薬の処方を、すらす

    らと書けるという人物でした、何でも年少の頃から漢方医について、暗              

    記させられたとのことでした。

 

 

        2006-11-19-1119-28_edited.jpg

  

           一番端から、高さん、胡さん

           李さん、劉さん、徐さんです。

           皆さんのおかげで卒業できました。          21  

 



 

    

    あるとき、彼が「奥さんに、年齢をごまかし結婚させられた」と、ポツ

  リとこぼしたことがありました。7才ほど違っており、しかも自分より

  上だとのことでした。戸籍ってないのかなと思いました。

  三東省では、離婚は出来ないと言っていましたが、本当なのかね?

  暗記力はいいけど、奥さんの年が見抜けなかったのは、まだ修行不足か・・・

   は、酒が強くて、よく飲みに行きました。 

  3~4人集まって、ビールや白酒をのんで、ロース(日本ではツボ)

   を食べて、外の露天では、全部で40元(500円)位でした。

 

   

  劉さんは、ガンの中薬研究が主な仕事で、やはり、1年前に博士になり、

    龍華病院で、ガンの研究と治療をしていました。ご本人が癌じゃないか

    と思われるくらい瘠せていました。      治療で有名な先生のゴースト

    ライターという噂もありました。 なんせ、中医理論は抜群ですから。

    しかし彼は、日本人のように、へこへこお辞儀ばかりするので、中国人

  にはあまり受けないようでした。

   

 

    高さんは、文献研究が主で、博士過程の3年生として、医学史で有名な

    李教授の学生でした。  物静かで何を考えているか、分かりにくい感じ

    の人です。何回も、彼の出版した本をいただきました。

    自分で全国大会を開催して全国から来た論文の編集で本をまとめ、出版

    してました。 なかなかおいしい話には目がない感じで,河南大学では、

  帰れば、すぐ助教授になるとのことでした。

  

                2006-11-19-1120-40_edited.jpg

                 喘息の治療に鍼と灸を用い、午前中

          だけで300人の患者を診察する院

          長との会食。 左は徐さん右は劉さん          22 


 

   

   女性では、胡さんは、昨年 博士過程を卒業して、現在学生に教えながら

  、研究をしていました。彼女の専門は、甲状腺病です。優れた論文を出

  し、治療をもしています。

  私の試験の時は、情報を仕入れてきてくれたので助かりました。

    最初のテストの時、あまりに早く回答を出し、退室したので、教授の面

   子をつぶしました。こちらは、そんな気はなかったんですが・・

   その後 中医弁証では、小難しい問題ばかり出されて往生しました。 

   卒業論文の時にも、手伝ってもらいましたが、さすが聡明だなと感じ入る

   ことばかりでした。女性の博士は、中国では非常に少ないとのことです。

 

  なお、それからしばらくしてから、胡さんと「漢日臨床会話」という本を

   上海中医薬出版から共同で出版しました。

   

   

   李さんは台湾人で、台湾の大学を卒業後、中国の中医大学に入り、博士

   過程で、勉強していました。彼女の子供が台湾から来た時、私の風呂か

   してくれといわれた時はびっくりしました。

   何か意味あるのか?などと考えたけど、単純に子供のための風呂でした。

   

   色々と友人もできましたが、概して、中国の人はまじめな所があ

   反面、やはり日本人には、理解しきれない所があるのかなあ、と

   う感じです。付き合いが浅いからなのかもしれません。

 

 

       2006-11-19-1121-51_edited.jpg

 

           卒業後、この病院の中で、上海今村

医院を開設し、大勢の患者が来ました。

         葉先生は、スタッフの一人でした。           23            

 


 

6 我々の老師

 

    指導教授は、何金森老師。

    指導助教授は、張再良老師の二人が1年間の我々の専門担当者で

    あり、日本語の授業を2人から受けました。

   

    何金森先生は、中国で一番最初に針灸で博士になった人で有名です。

    彼の研究は、甲状腺病です。針灸・漢方薬の甲状腺病への効果の究で博

  士号を取りました。 彼の先生は金老師で、日本でも有名な甲状腺3奇

  穴の創設者です。ちなみに「平癭穴 気癭穴 上天柱」が穴位です。

 

   彼は、体つきのガッチリした、エラがはった意志の強そうな感じをして

  おり、自分の意見が強い人だという印象の人でした。

  日本へも在日し、東京医大で2年間研究をしていため、日本語もうまく

    1年間、ほとんどが彼の授業でした。

 

  ある時、私が奥さんの、単純性甲状腺腫を、温灸で治したといったら、

  怪訝な顔していました、変にプライドが高いんだなと感じました。

  また福建省出身なので、商売に関してはなかなか、才能があるように

  見えました。教授が売買上手ってのもね・・・・

 

  最初に先生との会食会は、先生の良く知っている花園飯店の日本料理

  店でした。先生が安いと言うのでどんどん食べて飲みました、最後支

  払いになって3人とも顔を見合わせました。「これが安い?」

  それから、中国での日本料理は相当気をつけるようになりました。

   

  

                         2006-11-19-1122-50_edited.jpg

        

           風邪で実習を休んでいると、韓先生

          が、バナナを持ってお見舞いに来て

          くれました。 ありがたかったです。          24

  


   

  ある日の授業に、何先生が太い鍼を持ってきました。「上海で自殺

  者を救った神さまの鍼」ということでした。当時、坐骨神経痛で自

  殺する人が多かったが、整形医の一人であった、先生が器質的変化

  と痛みには相関関係は少ないと気づき粗針(0.7ミリ)を使用して、

  患者を救ったということでした。

 

私もその鍼を買おうとしましたが、自家製であり、その先生も治療を止

めており、もう無いとの事でした。

仕方がないから、北京の有名な先生に金の針を作ってもらったり、蘇州

の工場に行ったりして、半年かけて中国を探しまわり、とうとう見つけ

ました。ほんとうに、探すのに苦労しました。

北京のときは、高速道路でパンクし、死にそうになりました。

 

最初の治療は自分の後頭神経痛でした。上海のバスの中、頭が半分変な

感じになり、色々な針を刺したけど効かず、この針を右の天柱に鍼1本。

たちどころに痛みが消えました。以来、多くの患者さんに使っています。

また、北京での金の粗針は、あまり出来が良くなかったけど、購入した

焼き針はなかなかの優れものです。 筋肉のコリを瞬時に取ります。

 

張先生は、やはり日本に2年間滞在した助教授で年齢は、やはり40歳

位で、やせていて、やさしそうな中にもするどい目をもつ先生です。

先生の日本語は完璧です。  金貴要略の専門家は、少ないらしく、上海

中薬大学でも特別です。

一緒にいても、面白く、聡明で、楽しい先生です。

 

  ある時、われられの授業中、掃除のおばさんが入ってきて「おしまいで

    す」といわれた時、残念ながらおばさんの仕事を優先させました。

    われわれの授業はおばさんの一言で中止。いくら労働者は同じといって

    もねー。

  後で分かったことですが、掃除のおばさんでも、親戚に国家主席級人の

  親戚のいる可能性があるとのことでした。 逆らえません。

   

  費教授は、以前の中医薬大学の学長の奥さんで、毅然とした人です。

  中医内科の実際を見学させていただきました。

  その後、卒業してから、費教授が静岡での講演会のとき、私に電話が

  あり先生と食事させてもらったのも、ありがたかったです。 ただ、電

  話があって、今日すぐこいといわれても、中国と違うので面食らいました。

  私も一応仕事もありますので・・・  

  もしかすると、彼女は上海中医薬大学で、一番強い女性かもしれません。

 

    最後に、鄭教授の授業を受けました。   脈診・舌診で患者の主訴を

  聞きながら、色々な病人を見せてもらいました。

 

                2006-11-19-1130-09_edited.jpg

            

            

           上海の建築ブームの始まりでした。

           建物が全部壊され、巨大なビルが

           建ち始めていました。               25

 



 

    鄭先生は、泌尿器科の女医の先生で、やはり、3ヶ月、小便病の治療

  体験をさせていただきました。

  カルテを見てびっくりしたのは50人中45人中絶の経験ありという内

  容でした。 確かに、避妊具はあまり、売っていませんでしたから、そ

  んなこともあるのかなと思いましたが、一人っ子政策も大いに関係あっ

  たんでしょう。 女性にといっては悲しいことです。

   

 

 

 

  そのあと、後期からは、韓先生、呉先生に指導をうけました。

    韓先生は、中医薬大学で修士を卒業し、その後研究所で勤めていました。

    よく一緒にカラオケに行ったり、食事をしたりしました。

    おかげで、針灸卒業試験の実技は、先生の採点は、非常によかったです。

   

    色々な病人が来て、1人で忙しそうに治療しながら、指導してください

  ました。

    呉先生は、上海なまりの中国語なので、聞き取るのに非常に苦労し

  ました。これらは、3年間で取得する78.5単位のうちの一部の

  実習単位となりました。

 

                 2006-11-19-1131-44_edited.jpg

       

 

          解剖室での標本。人体の一部で、顔

          の表情筋がよくわかります。

          ちょと怖い感じ・・・                 26 

 



    それ以降、天山病院にいる有名な老中医について、指導をうけることに

  なりました。

  先生は、上海中医薬大学の博士の試験と指導もしていましたが、治療現

場でもよく働きます。お手伝いの弟子のほうが動きが鈍いです。やはり

効果的な治療法を使用していると感じました。

こんな事言うと怒られそうですが、治療方法は、私と同じに思えました。

 

結局、効果的な治療を追及していくと、同じ様になるのかな?

しかし、私との違いは中医弁証がはっきりしているかどうかでした。

先生の場合、完全に中医弁証により治療していました。

 

やはり、本では教えられない、色々なことが、実際上の治療を見ている

と分かります。

    中医も最近、鍼灸に関しては、弁証を省略してしまうこともあるようです

が、困ったことです。

    老中医に中医弁証をたてながらの治療を教わりました。やっぱり老中医

  でないと、だめですな。

                      2006-11-19-1133-24_edited.jpg

               

            時々は、上海市内の見物にいきま

           したが、この写真はどこで撮った  

           のか・・・                     27



 

7 研究所について

 

    中医薬大学の研究所は、4階建ての建物で、1階が気功外来と針灸外来

  で、2階以上は各先生の研究室です。外来は、多くの人が毎日おとずれ

  ます。5月~7月までは、2階の、何先生(火・土)鄭先生(月・水・ 

    金 )の教室で実習をしました。

   

  何先生は、主にバセドウ氏病の治療で、ほとんどが女性でした。

    火・土は午後1時~4時まで。大体、研究対象の患者は、1日30人位

  です。

    

  バセドウ氏病は、中医弁証では、陰虚火旺が多い為、治療原則は

  補陰寫火となります。

    治療穴は、内関・間使・足三里・三陰交・気穴(斜刺)

   

  目が突出した人には、目の周りの常用穴・上天柱か風池留針30分隔日

  か隔2日1回  3ヶ月を1クールとします。

    このような、治療をしていますが、胡老師の臨床観察例300例による

  と、針刺有効率が、73.91%とのことです。

   

  鄭先生の病人は、泌尿器系の疾患が主で、膀胱圧を調べ小便の時間と排

  出量の関係から、程度と治療効果をみます。

    多くは前立腺肥大と、女性の尿失禁であり、水分穴 帰来穴 秩辺穴を使

  用してます。

    先生は、国際針灸医学会で議長として、上海で開かれる大会を主催した、

  活動的な女性教授でした。

 

 

         2006-11-19-1134-44_edited.jpg

 

          顔面神経麻痺に、温灸をしている

          ところです。ホカホカして顔が、

          気持ちいいそうです。                 28



 

   9月からは、1階の研究所の外来での実習となりました。

   日本語を話す先生がいず、患者も先生も上海語のため、聞き取るのに

   労しました。

  

  韓先生、呉先生が我々の老師となりました。

   ほとんどが、脳卒中後遺症、腰痛、頚椎症、五十肩、不眠症、神経

   痛更年期障害、リュウマチなど一般的に見られる疾患が多いです。

  

  ただ、頚椎の靭帯骨化症やエリトマトーデスなどの患者がきますが、

   かなか、回復は難しいです。

  

   顔面神経マヒなどは、ある程度効果が見られました。

   劇的な効果は見られませんでしたが、1クール10回治療しています。

   中国は、日本と違って急な効果は期待してない様な感じをうけました。

   医者も、全員が国家公務員であるため、一応の給与は保証されています

   ので、一生懸命働く必要はないようでした。

  しかし、最近は利益制度が、導入されてきつつあるので、給与も変化し

  つつあるとのことでした。

 

   知り合いの医師は、よくアルバイトで、ポケットベルを鳴り響かせてい

   ました。

   研究所では、全員が、修士以上で、助教授、教授など優秀な人が仕事

   しているので、自分の仕事以外にも、他にお呼びがかかるものと思われ

   ます。  実際、週2日位アルバイトは、公務員もしてもいいようです。

 

           2006-11-19-1136-19_edited.jpg

          

 

          五十肩に灸頭鍼をしています。大体

          火缶の後に、このような治療をする

          のが、一般的です。                  29



 

 

  異国中国での生活(第2回目の生活 9月~12月)

 

  第1回目は、4月10日から6月30日迄で夏休みとなり、日本で仕事を

  しながら、3か月の学習のまとめをしました。

  最初は、食べ物や言葉、付合いかたなどになじめず、もうダメかなと何度

  も思いました。しかし、なんとか3か月もつ様になると、再びチャレンジ

  してみようという気になりました。

 

  9月5日から12月20日迄、再び中国での生活がはじまりました。

  午前と午後は、中医学の学習と実習で毎日明け暮れる日々でした。

  夜は、中国語の学習と推拿、中薬の学習をもお願いしてあったので

  非常に忙しい生活でした。

 

  日本語が話せず、最初は意志が通じず困りましたが、徐々に中国語が上達

  するにしたがって、話が見えてきました。おかげで、日常使用する言葉は、

  大丈夫になりました。

  言葉が通じる様になると、不思議なもので、世界が違ってきます。

  第1回目は、不安と警戒で、目つきが鋭くなり、自分の子供にまで顔が違

  うと怖がられる始末でした。

 

  第2回目の訪中は、前回と随分違う感じがしました。

  留学生寮の個室は、電話があり、日本とも話が通じ、毎朝掃除のおばさん

  が、掃除をしてくれ、又風呂もテレビもあり快適でした。

  なにしろ、他人を気にせず、自分の生活ができることは、非常に嬉しいこ

  とです。

 

           2006-11-19-1137-32_edited.jpg

          

             

          108号室は、一人部屋でしたの

          で快適でした。フロもシャワーも

          あったし、ゆっくり寝れました。            HOMEへ 30   



 

  色々な人が、部屋には遊びにきました。部屋で宴会もしました。

 この頃から、食事は大体、外食となりました。時々は、自分でラーメンを

 作ったり,上海蟹をゆでたりもしましたが・・・

  外には、小さい食堂も色々あり、面白い食べ物もあり、ハトの丸揚げなど、

 子供が美味しそうに、よく食べていました。

  環境にもなれ、勉強も身に入るようになりました。何教授には、中医内科

 学、中医外科学、針灸学、方剤学などを教わり張助教授には、内科、傷寒

 論、金貴要略、温病論などを詳しく教わりました。

 

  その都度、試験があるので、気が抜けませんでした。

  さらには、研究所では、実習が始まり中国人の患者を治療することと

  なりました。

  先生は厳しく「不行」(ブシン) 「不行(ブシン)」(だめ)(だめ)の

 連発でした。

 

  だんだん慣れて、患者とも親しくなり始めれば、しめたもので、「あなた

 の推拿は、上手」だとか、「針の効果がいい」などといってくれますが、

 最初は怖がられたり、嫌がられたりで大変でした。

  又、三人のうち一人が、痛いハリでもうつというものなら後が大変です。

 「日本人は嫌など」と、ハッキリ言われます。

  それでもめげず、実習をしました。

  呉先生には、可愛がってもらい、自宅迄招かれました。

  しかし、驚いた事に、ダンナさんが全部料理をつくり、先生はくつろいで

 いました。

 

                            2006-11-19-1145-14_edited.jpg

                     

 

           研究所の風景。 先生のご主人の

           料理は特別うまかった。韓先生と

           一緒に行きました。                 31

 


次々と料理が出てきて、またこれがおいしくて、やはり、手料理は落ち着

きます。ダンナさんが上手につくてくれた料理ですが、温かいもてなしは、

に通じました。

  今、日本になくなったものが、中国の家庭にはあるのかなあと、しみじみ

 感じました。

 

 2回目の生活には、まずまず順調に過ぎていきましたが、やはり、本

  当に卒業できるのかどうか、我々は、常に心配でした。

  たのみの綱の何先生にも、1回目の終わりには、「そろそろ別の先

  生に変わりましょうか?」などと言われて、非常にあわてました。

 

 「何先生は、我々を見捨てるのか?」などと、疑心暗記になり、彼の女性

 弟子の胡先生に、何先生の考えを知りたくて、相談に行きました。

 

 胡先生を食事に招待し、支払いは金額分からないように、そーっと支払

 う予定でしたが、店員がわざわざ席まで来て金額を知らせに来たのには

 驚きました。前回の会食会で費用が多くかかったので、今回安く抑えよう

 とケチったのがばればれでした。おまけにおつりは放り投げるし、3人

 ともあきれ返りました。

 

 しかし後になって気がついたことだけど、中国には割り勘ということが

 なく、誰かがまとめて払うので、人前で払った金額を知らせるというこ

 とが普通であり、おつりを投げるように見えたのは、はっきりつり銭が

 分かるようにしていたのだと解釈できました。  

 

 

                  2006-11-19-1343-55_edited.jpg

                            

           

           上海市内の交通状況、タクシーが多く

て、相当なテクニックがないと、この

国では運転できないと感じました。          32

           


 

 結局、何先生が我々のめんどうを、基本的に見てくれるということで一件

 落着しました。

 しかし、その後も、実習に関しては、紆余曲折でしんどかったです。

 

 龍華病院もダメ、曙光病院もダメ「さて、どうなるの?我々の運命は?」

 という様な具合で、勉強も 実習も心配でしたが、研究所外来で、実習が

 できる様になりました。

   しかし、最初から、歯車がかみ合わないため、心配し通しでした。

 

 ある日本人が「大丈夫だよ、中国は最後に計算をあわせてくれる国だ

  から心配ないよ」と言ってくれましたが、日本的発想が悪いのかなあ

  と、自問自答したりしていました。

 

 そんなことをしているうちに、4ヵ月が過ぎました。

  中医学の理論と実習を、実際に経験できました。実のある4ヵ月でした。

  病人とも親しくなり、医師とも仲良くなり、色々と勉強になることがあり

  ました。

  やはり、中医学は、実際に則したものであり、奥が深いと感じさせら

  れました。

 

                          

            2006-11-19-1345-59_edited.jpg

 

           今村上海医院での鼻炎治療は、穴位注射

           と鍼治療の二本立て、風池 足三里 迎

           香などのツボを使用しました。                33



 

9. 学習内容

 

  日本での2年間の通信教育と試験により、3年目の進学が許されます。

  2年間で中国医学史、中医基礎学、中医診断学、中薬学、方剤学、鍼

  灸学の単位を30単位取得し、合格後、3年目に中医内科学、外科学、

  傷科学、婦人学、小児学、すいな学、内経、傷寒論、金貴要略、温病

  学、医案分析など28.5単位を取得します。

  その他、臨床実習は、中医内科、中医外科、傷科学、中医婦人学、小

  児学、鍼灸学、すいな学、及び論文の中20単位を取得。卒業と同時に

中医師の免許がとれます。 以下、これが私の3年間の成績です。

            番号     過程名称        単位       点数 

                   中国医学史      .      75

                   中医基礎学               80

                   中医診断学               74

                   中薬学                   80

                   方剤学                   71

                   鍼灸学          .      86

                   中医内科学      免修       

                   中医外科学      .      93

                   中医傷科学      .      81

            10     中医婦科学      .      83

            11     中医児科学      .      95

            12     すいな学                 96

            13     内経            .      90

            14     傷寒            .      82

            15     金貴要略        .      99

            16     温病学          .      91

            17     医案分析                 85

            18     五官科          .      97

            19     中医内科学               及格

            20     鍼灸学                   及格

            21     中医学、傷科学            及格 

            22     中医婦、児科学            及格

            23     すいな学                 及格

            24     論文答便                

                     総単位                    78.5  学分    34

 


 

10. 旅行について

 

  最初は慣れていないので、遊びはカラオケと食事ぐらいでした。

  しかし、だんだん慣れてくると、外に目が向くようになりました。

  一番初めに行ったところは、杭州の西湖でした。

 

 

  西湖は人造の湖で、中にある島に渡船で行くのが風流です。決して大きな

 船で行ってはだめです。沈みそうな喫水線ぎりぎりの、手漕ぎの舟で、ゆ

 っくり、夕日を見ながら楽しんでください。

 ここは、何回行ったか分からないほど訪ねました。上海から汽車で2時間

 のところにある綺麗な湖です。

 

 北京は、2度ほど行きました。北京語ってのも癖のある言葉です。

 「饅頭」が通じず困りました。 公園のトイレでは、私の奥さんが、小

 さな子とはちあわせして、用が足しにくかったとか言ってました。

 なにせ、仕切りがなかったので、目と目があうとアウトの状態でした。

 しかし、北京は大きすぎて、上海とずいぶん違いました。

 

 さらに 内モンゴル 青島 大連 雲南省 福建省 海南島など、各地も

 回りました。ほとんど海岸線が多かったです。内陸は、強盗など危険性が

 多かったので、あえて避けました。実際、患者さんで、バスジャックに会

 って怪我をした人を見ました。お金を取られたその人は、現地の警察から

 「死ななかったからよかったじゃないの」と言われて憤慨していました。

 

 内モンゴルは、羊の太ももが噛めなくて困りました。おいしいはずなんで

 すが、硬すぎでした。運転手のおじさんにあげたら大喜びしてました。

  あんなに硬いもの食べる歯を持ち合わせていません。ここは昔、嫁さんを

 馬に乗って、かっさらって来ていたと言う話でしたが、本当かもしれませ

 ん。しかし、モンゴルの馬って小さくて、100キロの私を乗せてフラフ

 ラしてました。すまないと思いました。野生の豚は黒豚でうまそうでした。

 

 青島、大連は海鮮料理がうまく、さすが海辺だと思いました。日本の海鮮

 も負けるかも。 しかし、福建省の天然記念物のカブトガニは、まずかっ

 た。このカニの血液は青くて、とても食べれません。 記念物食べたら、

 バチが当ります。 生うにも、だまされた。ぜんぜんうまくない。

 

 雲南省は、高山病にかかりダウン。高地だから息切れします。ここは一年

 中、いい気候です。山の表と裏の植物は違い、高地と低地の植物も色々違

 います。不思議です、一年中草花にいいところです。

 だから漢方薬の有名な原料は数多く安く手に入ります。天麻、 三七

 人参、冬虫夏草それに、お茶、タバコは特に有名です。 

 

 海南島では2月の真冬に水泳しました。ハワイより暑いとの事です。

 同じ時期に、一方では25度 寒い地方ではマイナス50度、この違い

 はすごいです。 なんと75度の差です。

 

 夫婦で、中国系のホテルに泊まるには、結婚証明書が必要でした。奥さん

 が来たとき、そんな証明書ないので、宿泊を断られたことも何回かありま

 す。日本にはそんなものないって説明してもだめでした。  

 四角四面のところもあります。 中国って・・

          

 

          2006-11-19-1347-06_edited.jpg

 

           郊外に遊びに行ったけど、らくだ

という動物に触れたのも、乗った

のも初めて。高くて怖かった~            35

 

 


11.  中国語について

 

  「ウオーアイニー」「私はあなたを愛します」「イーアールサンスーウー」

 「12345」の中国語だけ知っていました。                                 

 

  4月までの1年間、英会話を練習し,外人と話せる様になっていたの

 で、中国語は何にもわからなくても、話すことは出来ると、頭から信じて

  中国へ渡りました。

 

  中国語を覚えるには、中国の歌から覚える必要があるかなあと思いテー

 プを取ってきて覚えました。

  最初に覚えたのが、テレサテンの「エリモ岬」とアンルイスの「グッバイ

 マイラブ」、なんとか中国語らしく歌えるようになったけれど、全然話せ

 ず、困った状態が長く続きました。

 

  後で分かったことですが、上海語は普通語とまったく違い、最初は普通語

 を覚えなければならなかったということです。

  1ヵ月ほど、知り合いになった 徐さんにも中国語を教わりました。彼は、

 山東省の生まれだということで、やはり発音が普通語とは違いました。

 

 そのため、普通語の話せる学生をお願いして、個人授業を受けることとし

 ましたが、今度は困ったこととして、その学生は中国語は話せても日本語

 は話せず、ほとんど勉強になりませんでしたが、「日本語会話」という本を

 4面録音してもらい、それを繰り返し~毎日聞いていました。

 

            

          2006-11-19-1348-07_edited.jpg

           

           少し、話ができるようになったので

           近くの都市にいけるようになりました。

これは南京にある、お寺の風景です。         36

 


  

 

 中国語を習った学生の名前は孫さん。なんでも中医薬大学の学生で一

 番の美人ということでした。太極拳などの武術で、大学に引き抜かれ、

 武術と医学を学習していました。

 

 やはり、歌で覚えると学びやすいですし、楽しんでできます。

  2ヵ月後は、何を言っているのか少しだけわかるようになってきました。

 ただし、「ティンプトン」「聴不通」といわれることばかりで、話すこと

 も嫌になることも多かったです。  

 

 また、上海から少し離れたところの普通語は分かりにくいです。

  方言が強く、上海から電車で2時間も離れるともう言葉が違います。

  それから考えると、発音や四声は難しいけれど、あんまり深く考えないで

 話したほうがいいかと思われます。

  

 卒業も近くなったころ、指導教授の家でカラオケをした時、私のカラオケ

 に目を白黒している先生の顔が思い出されます。 私のことを、ぜんぜん

 中国語は、話せないと思っていた教授が、まさかコイツがこれほど歌える

 とはという感じでした。 そりゃ、通いましたから。

 

 先生は、思い込みが激しいんでしょうね。往々にして、よく出来る人の欠

 点です。確かに先生の授業中、居眠りもしました。失礼もしました。そし

 て、今村は一番年を取っていました。

 しかし、鍼灸への情熱は人一倍あったと思います。歌もそのうちの一つで

 す。

 

          2006-11-19-1349-18_edited.jpg

 

           上海今村医院、ここは待合室だけど

           大入り満員で、そこでの治療です。

           このころは、患者との話もオーケー。         37 

           

 


 

 

12.  異国中国での生活(第3回目の生活 1月~4月)

 

  第3回目は1月5日から4月30日迄の4ヵ月間でした。

  第2回目の終わりに卒業論文の内容を示し、必要な本と、日本で集めてく

 る様指導されました。

  授業と実習、そして卒論で忙しい中、さらに追い討ちを駆ける様に、推拿

 (すいな)の実習が不足するため、すぐに追加の実習を指示され、急がし

 思いをしました。

 

 卒業論文は、「腰部を原因とした各神経痛への華直接灸30症例

 治療観察」という長い分ですが、何回も書き直しをしました。卒業ま

 近には、北京に奥さんと旅行中も、ホテルにこもり代筆を頼みました。

 わざわざ、日本から来た奥さんも、大変だったかな?

 

  松島さんは、「喘息について」高野さんは、「パーキンソン病の薬の副作用

 の中医弁症について」私も喘息について穴注射の論文を書こうと思いまし

 たが、松島さんと同じなので、急きょ止めにして、「腰腿痛の臨床効果に

 ついて」書くこととしました。

  そのため、日本の本を準備しました。しかし、苦労のかいがあって、や

 はり、自分で考えたものは身につきます。

 

 

                      2006-11-19-1350-12_edited.jpg

          

 

          上海今村医院、中国人の患者さんを

          治療中なのは、私と日本人の先生です。

          見学に、上海までこられました。            38

 


 

 

何しろ、日本語のわかる教授による卒業論文試験だから、まず変な論文は

書かないでくれということと、ちゃんと答弁できる力がないと卒業は出来

ないからと、指導教授に教えられていたため、3回目の生活はほとんどが

卒論に追われました。

 

 4月の終わり、先生達の日程が決まりいざ発表となりました。

  私が年の項で1番初め、次が松島さん、最後が高野さんの順番でした。

  私は、他の二人の論文の内容は聞けませんでしたが、自分の論文に対

  して、やはり多くの質問がありました。

 

 さすが、いい質問(こちらにはしんどい質問)ばかりで感じされられました。

  なんとか1時間、そして終わり、開放されました。

 

 

  不安の中の一年も、もうすぐ幕を閉じようとしていると思うと、うれしい

 やら、さびしいやら、複雑な気持ちとなります。

  この論文は、やはり最後の関門かなと思いました。

 これが終われば、大体終了。論文発表が終わって、ああ、やっと一気が終

 わったんだなあ。と感じました。

 

           2006-11-19-1351-17_edited.jpg

 

           学業の忙しい中、雲南省にも行きま

した。これは少数民族のおどりです。

高地のため、息が苦しい感じです。           39


 

しかし、ここは中国、油断すると又失敗の可能性が多いので、さらに気を

引き締めました。

  やはり、そのあと、色々ありました。

  私と高野さんは、4月に完了となりましたが、松島さんは、その後しば

 く中国に残りました。

 

 何が起こるか分からない所です。

  共産主義と資本主義の違いは、手段の民主性が違うのかもしれません。

  例えば、自動車の排気で公害が発生したとき、資本主義では、経済の影響

 を考える条文に排気ガスを減らしてゆく法律をつくるが、共産主義では党

 で決定されると、すぐその場で禁止する可能性があります。

 

  したがって、私の卒業も衛生局がストッブすれば、そのまま、ずっ

  とストップの可能性があります。

  だから、終了までわからない。ドンデン返しの可能性もあるという

  ことです。

  最後の最後何があるか心配でした。

 

                        

               2006-11-19-1352-29_edited.jpg

        

           大連で、貝と飲み物を露天で売って

いるおじさん。レストランで注文し

た蚕のてんぷらには、驚きました。         HOMEへ    40  

 

 

 


 

 

13.  卒業

 

  1年間3期に分けての学習が終わり、試験終了し、最後に残った卒業論文

  の発表も終わりました。

 

 2ヵ月かけて「 腰部を原 因とした各神経痛への治療観察効果」を書き上げ

 教授の前で発表することができました。

 

  晴れて卒業。中国では当時、卒業と同時に中医の免許が与えられました。

  日本人でも、こんなケースで卒業した人はいないであろうと思われます

 現在は、本科生も増え卒業生も多くなりましたが、我々、3人は通信課程

  は初めてのケースでした。

 

 長い間、仕事も休んで、自分の夢を追求し、そして、なんとか卒業。 

  もし、3回に分け、3年かけて学習したならば、この状態では卒業も無理

 であったと思われます。

  最後は、中国の習慣で、お世話になった先生方と一緒に会食をして、感謝

 の意を表わしました。

 

 

 

           2006-11-19-1353-38_edited.jpg

 

           卒業証書をもらった、三人の日本人

           1年間の中国生活は長かったですな。

           お互い、いい経験になりました。            41   

 

 


 

14. 終わりに

 

  3年間を振り返ってみると、あっという間の出来ごとでした。

  しかし、なんといっても、最後の1年間私にとってショックでした。

  すべてが、違う世界に行き、生活するということは思ったより、難しかっ

 たです。

  色々な人の助けがないと、途中で挫折していたかもしれません。

  中国での助け、日本での助け。多くの人にかかわりながら、お世話になり

 ました。

 

 私が中国に行った目的である1つとして、中医をとるということは

  達成しました。   上海中医薬大学の卒業証書をいただきました。

 第2に探し求めていく鍼灸の本当の効果、適応疾病、治療法は中国にあっ

 たのかどうか?

 

  おぼろげながら、実際の治療を観察していると、見えてくる部分があ

  りました。

  まだ、完全ではありません。しかし、見え始めてきました。これからが

 正念場でしょう。

 

                           

           2006-11-19-1354-54.jpg

 

           上海今村医院は、卒業後、地段病院

などを借りて5年間しました。

いい経験になりました。               42 


 

鍼灸は色々な疾病に以前から使用をされていたり、又、効果もありますが、

やはり、その特徴は痛みを早くとる、色々な症状をすばやく軽減させると

いうことです。

  本場中国でも、色々な症状に鍼灸・推拿をつかっていましたが、 やはり

 外来患者は、運動器疾患の患者が多かったです。

  私も、しばらく、運動器系疾患、特に腰腿痛を中心に、西医の治療法析を

 加えながら研究してゆこうと思っています。

  

  私の一生の中で、激しいインパクトを与えた、中国は一生、朋友の国

  として、私の心に残ることでしょう。

  中国で見た月は、美しかった。それ以上に人々の心も温かった。

  第2の故郷として、これからもおつき合いされていただきたいと思っ

  ています。                           

 

          2006-11-19-1355-53_edited.jpg

 

            進化する中国を目の辺りに見れたのは

            幸せでした。これからも、大きな国、

            中国、お世話になります。よろしく。         43

                                                                   HOMEへ

 /////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////                                                                                                          


////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////// 

上海中医葯大学卒業論文

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「腰部を原因とした各種神経痛への華佗

                         夾脊穴直接灸の治療観察」

 

 

 

 

 

  

                                             今村 久

 

 

                                                                                                       


 

 

<項目>

 

1.要 旨

 

2.論文の意義と目的

 

3.各種神経痛の原因

 

4.各種神経痛の治療法

 

5.華佗直接灸30症例の観察

 

6.各種神経痛の問題点

 

7.まとめ 

8.参考文献

 

 

                                                            1      


 

 1 要 旨

 

腰部を原因とする各種神経痛(下腰痛)の原因及び治療法は多々あるが、

それらの、西洋医学的又、中医学的認識と分類を紹介しながら、自己の

治療観察とその分折をも記載した。

今まで、下腰痛の患者に対して、色々な治療方法で、試行錯誤しながら

治療してきた。しかし、治療が困難なものも多い。

自己の治療経験からは、一般的治療では難治なものも、華佗夾脊穴と

いう穴位と直接灸という治療方法を用いることによって高い効果を得る

ことができた。

今回カルテより、患者30名(男性10名、女性20名  平均年齢54.2)

を対象に直接灸の効果を検討した。

その結果、30名中25名有効、総有効率83.33%であり、非常に

高い治療効果が期待できることがわかった。その内容について、今回分

折を加えることとする。

 

                                                                                                                   2


 

2 論文の目的と意義

 

  下腰痛は、人類が直立歩行を始めてから、他の疾病と伴に、人間を苦

しめてきた疾患の一つであり、その大部分は、人間が直立歩行した

ことにより、四足動物では起こらなかった、解剖生理学的負担が、腰部

にかかってきたことにある。

  腰部を原因とする各種神経痛は、臨床上よくみられる。

その多くは、椎間板突出・筋膜労損・骨の変化などの原因がある。

しかし現在、その疾患に対する有効な治療法はまだないのが現状であり、

多くの困難がある。

  本文は、腰部を原因とする各種神経痛のある患者30名に対して、腰

部華陀挟脊穴への、直接灸を用いて、臨床した結果を報告し、実際に病

人に接して治療している臨床治療家に良い参考にすることを目的とし、

本文を書いたものである。

鍼・灸・すいな・中薬などは、機能病理学的治療であり、その特徴は、

   (1)治療に安全性がある

   (2)経済的にすぐれている

   (3)簡便性がある

などであり、西医治療に比較しても、優れている面がみられる。

その中でも特に、中医一般治療においては、腰部を原因とする各種神経

痛に、華佗夾脊への直接灸を使用することは、効果と安全性に意義が認

められる。

                                                                                                                   3


 

 

 3 腰部を原因とした各種神経痛の原因

 

(1)西洋医学的認識と分類

  下腰痛の分類に関しては、多くの意見があり一定ではないが、整形外

科疾患・婦人科疾患などの原因によって引き起こされることがあり、そ

の多くは整形外科的疾患に起因する。

  整形外科的疾患の中でも、椎間板・骨・筋肉などを原因とするものが

多い。

以下3種類に分類した。

  ① 椎間板を原因とする下腰痛

     椎間板ヘルニア・椎間板症・変形性脊椎症

  ② 骨を原因とする下腰痛

     脊椎分離症・脊椎すべり症・骨粗鬆症

  ③ 筋肉を原因とする下腰痛

     腰筋筋膜症

これらの器質的原因が、腰部の各種神経に影響を及ぼし、下腰痛を引き

起こすと、西洋医学では認識し分類する。

 

                                                                                                               4


 

 

 

 (2)中医学的認識と分類

主に、風寒湿邪が経絡に滞ることによったり、腎虚、又は外傷捻挫等に

より、腰部の気血の運行が失調され、気滞血になることにより引き起

こされるものである。

  その分類は、一般的には寒湿腰痛・湿熱腰痛・血腰痛・腎虚腰痛な

どである。

① 寒湿腰痛

(病因病機)

長い間、冷たく湿った場所にいたり、水や雨に湿れたり、労働後、汗を

出し風にあたり寒湿の邪を感受することによる。

寒邪は、凝滞収引し、湿邪は粘集不化するため腰腿の経脈が阻害され、

気血の運行が不能となり腰痛が発生する。

(症状)

腰部が冷たく重い感じで、転すことが出来にくく、徐々に重い感じがあ

る。

静かに寝ていても痛みは減らず、雨天の時は特に重く痛くなる。

苔白じ    脈 濡緩・弦緊

 

② 湿熱腰痛          

(病因病機)

湿熱の期間が長い、或いは長夏の際、湿熱が一緒に交わったり、或いは

寒湿が久しく蓄積し熱と化する。

この邪を感受して、経脈は阻害され、腰痛を引き起こす。

(症状)

腰部が弛んで痛む。痛みと伴せて熱感がある。熱或いは、雨天に痛みが

重くなり、活動のあと、痛みは減り軽くなる。

小便赤く、苔黄じ    脈 濡数あるいは、弦数

                                                                5


 

血腰痛                                                              HOMEへ

(病因病機)

外傷打撲により、経脈気血を損傷したり、或いは久病で気血の運行が悪

くなったり、体位不正や腰部の腰部に不当な力を用いたり、急性捻挫に

より、経絡気血が阻害され不通となり、血が腰部に溜って疼痛を発生

させる。

(症状)

腰の痛みは刺す様で一定の場所である。

昼は軽く、夜は重い。軽いものは、うつ伏せ、仰向けが不便で、重けれ

ば横にひねることができない。

痛む場所を押さえること嫌う。

舌質は暗、斑あり、脈は渋、病人の一部は、外傷の病歴がある。

 

④ 腎虚腰痛

(病因病機)

先天の気が不足、加えて過労が蓄積、あるいは、久病で体が弱ったり、

又、房事過多は、腎精をき損する。

したがって、筋脈は濡養できず腰痛が発生する。

(症状)

腰の痛みは、だるさを主とする。

按揉を喜ぶ。腰膝に力がなく、過労になると、甚しく、横になれば楽に

なる。常に反復発作をする。

陽虚に傾よれば、小腹が拘急し、顔色は白く手足は温まらず、気力に共

に少ない。

舌は淡く、脈は沈遅無力

陰虚に傾よれば、心煩、失眠は喉が乾く、顔色紅潮 手足心熱 舌紅少苔

脈細数

                                                                6


 

 

 

 4 腰部を原因とする各種神経痛に対する治療方法

 

(1)西洋医学の治療法

下腰痛の治療は、保存療法として ①理学療法 ②薬物療法があり、観血

療法としては ③手術療法がある。

 

(理学療法)

患者自信が、積極的に行う、ウィリアムズ(Willams)の腰痛体操などが

主体となる。

ときに、持続的間欠的脊椎牽引  水治療法  冷温罨法が行なわれる。

 

(薬物療法)

下腰痛に用いられる薬剤は大別して、①鎮痛消炎剤 ②筋弛緩剤 ③向精

神剤 ④抹消血行促進剤 ⑤向神経ビタミン剤などに分けられる。

 

① 鎮痛消炎剤

症状に応じて鎮痛消炎作用の強さの異なるものを用いる。又心身症傾向

のあるものには、向精神薬や筋弛緩薬などを併用することにより、鎮痛

消炎剤単独使用よりも副作用が少なく効果を高められる。

症状の強い時には、短期間副腎皮質ホルモン使用をする。主として、局

所注射や関節内注射、硬膜外注射に用いるが、経口投与も行なわれる。

それぞれ注意が必要である。外用薬としては、湿布剤も使用される。

                                                               7


 

② 筋弛緩剤

傍脊椎筋等の緊張を和らげ、腰腿痛をきたす悪循環を防ぎ症状改善をき

たす。

 

③向精神薬

主としてマイナートランキライザーが用いられる。

その鎮痛効果とともに、心理療法を容易にする。

 

④抹消血行促進剤

局所乏血による疼痛を和らげる。

慢性期下腰痛に用いられる。

 

 

⑤向神経ビタミン剤

ビタミンB1 6 12等が用いられる。

下腰痛に伴う根症状の改善に用いられる。

 

(手術療法)

下腰痛を起こす原疾患により異なるが、部分的椎弓切除術 椎間板ヘル

ニア摘出術 広範囲椎弓切除術 前方または後方脊椎固定術などがよく

行われる。

 

                                                               8


 

[理学療法の長所と欠点]

操作が、比較的簡単で、体内への悪影響は比較的少ない。

しかし、物理療法は保存療法であり効果の現れが遅いと言うことと,

急性の疾患に対しては不適応なものが多い。

 

[薬物療法の長所と欠点]

症状を、緩和させる作用は、強いが、長期的投与不能な薬や、肝臓胃

腸障害を引き起こす薬などがあり、また薬の慢性的増加傾向やコスト

の高さ等の欠点もある。

 

[手術療法の長所と欠点]

器質的疾患を原因とする下腰痛に関しては、効果のすぐれる場合も

ある。しかし、効果率や危険度、入院コストなどに問題がある。

                                                           9


 

(2)中医学の治療法

下腰痛の治療には、灸、中薬、鍼、すいな、などの治療法がある。

灸法の紹介と各種治療法の長所と欠点をあげてみると次の様である。

 

[中薬の長所と欠点]

症状を緩和させ、安全性及び適応性があるが、簡便性、飲みにくさ、

コストの高さなどに問題がある。

 

[鍼の長所と欠点]

操作の簡便性、安全性、即効性もあるが、痛みと消毒面での問題があり。

 

[推拿の長所と欠点]

器具の必要はなく、痛みは少なく、安全性もある。

しかし、即効性と急性疾患には、問題あり。

[灸法]

灸法は、艾絨あるいは、その他の薬物を、体表の上で焼いたり、温めた

りする、治療及び保健目的の、一種の外治法である。

一般に、灸法は、灸の穴の熱力作用を借りて、温通気血、扶正去邪作

用をもたらす。

 

[灸法の長所]

症状を緩和させ、安全性、経済性、簡便性に優れており、特に灸の特

徴であるところは、一度医師に穴位を出してもらうと、自分でも家で

灸することが、出来るということである。

慢性の疾患に対しては、特に都合がよい。

また,灸には、直接灸から間接灸まで色々と種類があるが、打膿灸な

どは、鍼と違って特殊な効果を、多々発現させることがある。

                                                                                                        10


 

[華佗夾脊直接灸に関する記載]

以下の様に、古代より直接灸についての、記載は多々あるが、華佗

夾脊穴に類する記載は、下記の千金翼方と、実際に佗夾穴として使

用されたのは、肘后方である。

・ 千金翼方

   腰痛して、動くこと得ざるものは、病人をして、正しく立たしむ。

   竹杖を以って地に柱して、渡って臍にいたる。

   杖を取って背脊を渡り杖頭の処に灸すること年壮に随う。

   この両傍各一寸を挟む。横三っは、寸を間としてこれを灸す。

 

・肘后方

  夾脊は、第6胸椎から第5腰椎に、至る棘突起の間を去ること五分、

 両側17穴をとる。

 

 [その他下腰痛直接灸の記載]

その他、下腰痛に関する直接灸には、古来より多くの特殊な方法がある。

以下の様である。

 

・医心方(治卒腰痛方)

  腰目(眼)に灸す。

  窮骨(尾骨)の上を去ること一寸、灸七壮、その左右各一寸灸七壮。

 

・聖済総録(治腰痛灸刺法)

  腰痛己えざるものは、脾兪に灸す。

  各灸七壮、半そう核(なつめの実)大の如くす。

                                                             11


 

・鍼灸資生経(腰痛)

  腰脊痛  小腸兪に灸すること五十壮。

  腰背痛  三焦兪に灸すること年に随う。

 

・鍼灸集英(腰痛)

  血下に滞れば、委中より血を出す。

  灸は、  腎兪 命門

 

・古今医統(諸鍼灸経六)

  腰痛  風寒湿熱  血虚あり  背灸に宜し

  腎兪  崑崙  命門                                                       HOMEへ        

 

 

・医学綱目

  腰強痛には、命門二七壮  崑崙 これを寫す。灸もまた寫す。

  腎虚腰痛久しく、巳えざるには、肩井 腎兪 五分七呼 灸年壮に随う。

 

 

 

・啓廸集(腰痛門)  

 風湿腰痛には、腎兪 腰兪に灸す。

 

・類経図翼(諸症灸法要穴)

  腰挫閃して、疼み起上難、脊中・腎兪 三壮七壮  命門・中膂内兪・腰     

  兪 伴に七壮

  腰脊重く痛んで行き難き、章門腰脊冷痛腰兪・委中  腰脚腫痛は、刺 

  して血をだす。崑崙七壮

 

・続名家灸選(中部病・腰痛)

  一切腰痛を治するの法  試みて効あり。

  十九椎の骨上一穴  左右開くこと各二寸 即ち膀胱兪 灸二七壮

                                                               12


 

 

 5 腰部を原因とした各種神経痛への華佗直接灸三十症例の

   治療観察

 

1 臨床資料

 (1)  30症例中   男性10   女性20

 (2)  最少年令14  最高年令93  平均 542

 (3)  30才未満3例  30才以上 60才未満 16 60才以上 11

 (4)  罹患期最短  3  最長  10

 (5)  寒湿型  7例  湿熱型2例  血型9例  腎虚型12

 (6)  筋肉原因性  18  椎間板原因性  9  骨原因性  3

 (7)  坐骨神経 14例 上殿皮神経 11例 大腿神経 3例 閉鎖神経 2

 (8)  片側性 26  両側性 4

 

2 治療方法

 (1)  対象

       腰部を原因とした下腰痛の患者

 (2)  診断

       ・中医診断  望聞問切(診断基準は別頁に記載)

       ・西医診断  湾曲異常  腱反射  知覚検査

                   筋肉検査  ラセーグ  X線  MRI

          (X線 MRIは他病院にて検査)

          ※X線 MRIにより器質的変化の認められたもの以外は

            筋を原因とすると診断した※

                                                        13


 

(3)治療方法

 (主穴)  腰部華佗夾脊穴

              L1~L5

              両側取穴

 

(壮数)  (寫)  寒湿型 湿熱型 血型は寫法7壮 米粒大 固くもぐ

                  さをひねる           

          (補)  腎虚腰痛は補法、3壮 半米粒大 柔らかくもぐさを

                  ひねる

(大きさ)        半米粒大~半粒大

 

(方法)患者を伏臥位にし、腰部消毒の上L1~L5までの華佗夾脊穴 

        半米粒大から米粒大の直接灸を両側に行う

 

(クール)隔日1回 12回を1クールする

 

(その他治療)   腰部に低周波治療を15分間、下肢圧痛点には皮内針          

                 を刺入

 

(4)目的

     

①上殿皮神経痛については、脊柱起立筋の過緊張を解除

②大腿神経、閉鎖神経、坐骨神経については、大腰筋の過緊張を解除

③筋靭帯 線維輪への力学的作用

                                                            14


 

目的内容

①上殿皮神経は、L1~L3腰神経後枝であるため、脊柱起立筋を貫く。

この筋の過緊張は、神経及び血管の圧迫となり、痛みを発生する。

灸により軸索反射を介して、筋の緊張を取ることを目的とする。

 

②大腿神経・ 閉鎖神経は、L1ー L3腰神経前枝から出る。

坐骨神経は、L4L5腰神経で伴に、腰椎体の外側と大腿筋の間に挟ま

れ下行している。

この筋の過緊張は、痛みを発生させる。

灸は、軸索反射ではなく、大腰筋後面の求心神経を刺激し、視床下部で、

反射し、血管拡張神経を介する体性一自律反射により、筋肉の過緊張を

取ることを目的とする。

③筋の強い収縮力を灸によって利用し、骨位の自然修正と、線維輪への

力学的修正を目的とする。

 

 

                                                               15


 

 (5)   中医分類の基準

      寒湿型

           ①腰部冷たく痛む

           ②回転できない

           ③静かに伏していても痛い

           ④雨天とくに重い

           ⑤舌苔 白ジ  

     湿熱型

           ①熱感のある痛み

           ②暑い時、雨天の時痛みがひどい

           ③活動後軽減

           ④尿赤

           ⑤舌苔 黄ジ   脈濡数

  

 血型

           ①刺す様な痛み

           ②痛みは一定

           ③軽いと仰向け不便重いと回転できない

           ④拒按

           ⑤舌質紫暗   脈渋

    腎虚型       

           ①だるく痛い

           ②圧すると気持ちが良い

           ③足腰無力

           ④伏すと楽  疲れるとひどい

           ⑤a 陽虚  手足の冷え  脈沈遅無力

              b 陰虚  口乾  紅潮  舌紅少苔  脈細数

 

各々①~⑤までのうち3ケ適合したものを中医分類の基礎とした。

                                                          16


 

 

(6)    治療効果の基準

 

          著効   腰腿痛症状消失、活動自由

          有効   腰腿痛転減、活動基本的円滑

          無効   症状未改善

 中医分類及び治療効果の基準は、「中医病症診断療効標準」1994年国

家中医葯管理局出版の「腰肌労損診断」に準拠した。

 

 

 

 

 

                                                                                       17


 

  各種データと分析

 

 表 1  下腰痛30症例における有効率

 

例 数                             総有効率

 

30     (30%)     16(53.33%)   5(16.67%)    83.33%

 

 

表 2  中医分類における有効率

 

弁証分類   例 数                         総有効率

 

寒湿型      7      2(28.57%)    4(57.14%)  1(14.29%)  85.71%

 

湿熱型      2      1(50.00%)    1(50.00%)      -      100%

 

血型      9      5(55.56%)    3(33.33%)  1(11.11%)  88.89%

 

腎虚型     12      1(8.33%)     8(66.67%)  3(25.00%)  75.00%

 

総有効率は、湿熱型100% 於血型88.89%  寒湿型85.71% 腎虚型75.00%

の順となっており、無効は腎虚型が多く全体の60%を占める。                  HOMEへ

これは、腎虚型が慢性的病歴と、虚弱体質を有しているためと考えら

れる。湿熱型は症例少なく参考のみ。

 

                                                               18


 

 

      西医分類における有効率

 

西医分類      例 数                       総有効率

 

筋肉原因性     18     8(44.44%)   9(50.00%) 1(5.56%)   94.44%

 

椎間板原因性    9     1(11.11%)   5(55.56%) 3(33.33%)  66.67%

 

骨原因性        3        -        2(66.67%) 1(33.33%)  66.67%

 

 

無効の多くは、変形性脊椎症、椎間板ヘルニアなどが、全体の60%を占

めており、器質的変化の多いものが、無効となっていると考えられる。

 

 

     神経分類における有効率

 

神経分類    例 数                         総有効率

 

座骨神経     14    3(21.43%)    8(57.14%)  3(21.43)    78.57%

 

上殿皮神経   11    4(36.36%)    5(45.45%)  2(18.18%)   81.82%

 

大腿神経      3    1(33.33%)    2(66.67%)            100%

 

閉鎖神経      2    1(50.00%)    1(50.00%)            100%

 

腰神経後枝の上殿皮神経も、腰神経前枝の座骨神経伴に、同じ様に

無効率高いが、やはり前肢のほうが治療が難しいと考えられる。

                                                            19


 

表 5  罹患期における有効率

 

罹 患 期   例 数                         総有効率

 

1年未満    16      7(43.75%)  8(50.00%)  1(6.25%)     93.75%

 

3年未満     8      1(12.5%)   6(75.00%)  1(12.50%)    87.50%

 

3年以上      6        -        3(50.00%)  3(50.00%)    50.00%

 

罹患期の長さと総有効率は比例する。無効の多くは、3年以上の罹患

期が60%を占める。

 

 

表 6   年齢における有効率

 

       例 数                        総有効率

 

30才未満    3      1(33.33%)     -       2(66.67%)    33.33%

 

60才未満   16      6(37.50%)  10(62.50%)     -         100%

 

60才以上   11      2(18.18%)  16(54.55%) 3(27.27%)    72.73%

 

無効は30才未満と60歳以上にみられる。伴に器質的疾患を原因として

おり、年齢と有効率は必ずしも比例しない。 

 

                                                                                                           20


 

 

 

 

     片側 ・両側における有効性

 

片・両側    例 数                          総有効率

 

 

片側         26     8(30.77%)   15(57.69%)   3(11.54%)   88.46%

 

両側          4     1(25.00%)    1(25.00%)   2(50.00%)   50.00%

 

 

 症例数から比較すると、両側せいの場合 4例中2例が無効であり、一

般的に症状がひどいことが予想される。

  データのまとめと考察

 

(まとめ)

・中医分類における無効は腎虚型に多く

・西医分類における無効は器質的変化が認められるものに多く

・神経分類における無効は、深部の腰神経前枝に多い

・罹患期分類では、三年以上に無効が多い

・年齢分類における無効は、年齢の関係が認められない。

・片・両側分類では、症状のひどさが、無効に関係する。

 

したがって、下腰痛の治療の有効性は(1)体質の強弱 (2)器質的化

の多少 (3)深部か浅部かの違い (4)罹患期の長短 (5)症状の

ひどさ等によって、決定されるものと推定される。

                                                                21


 

(考察)

中医学的認識では、風寒湿邪が経絡に滞ったり、腰部の気血の運行が失

調され、気滞血により発生するものであるとされるが、直接灸の意義

は、温経通絡 活血化於などに特に効果があると思われる。

又、華佗夾脊穴は、神経血管分布から考えても効果が予測できる。

 下腰痛30例における総有効率83.33%は、

(1)脊柱起立筋の緊張解除

(2)大腰筋の緊張解除

(3)筋・靭帯・ 線維輪への力学的作用

によるものが、多いと思われる。

脊柱起立筋の解除は、灸により軸索反射を介してのものであり

大腰筋の解除は、求心神経刺激による血管神経を介する体性-自律反射

によるものであることは、動物実験で証明済みである。

又、背筋の筋力は、我々が想像する以上に強く、老人などは筋の過緊張

のみで、骨折が発生したというデータもある。

 

又、MRIにより、椎間板ヘルニアが認められるものでも、完全突出で

ないかぎり、元に戻る可能性があるというのが、最近の見解である。

背筋への強い温熱刺激は、筋肉を一時的に緊張させ、骨位の自然修正や

線維輪への力学的修正作用などを発生させるのではないかと予想される。

 

                                                                                       22


 

   典型病例

 

例 1

   氏名      後藤  

   年齢      70才

   受診      平成 5年6月3日

   主訴      腰部と左大腿部の刺す様な痛みとケイレン

             5日前から急に痛み、痛くて眠れない。多少力仕事をして 

             いた。

             拒按  顔色黒っぽい  舌質 暗紫     脈 渋

   検査      湾曲異常 (-)  ラセーグ (-) 腱反射 (-)

             知覚異常 (-)  筋力 (-)     X線   (-)

             圧痛点   (+)伏兎(膝外骨外上縁6寸)

  診断       急性腰筋筋膜症    大腿神経痛

            血型

  治療       L1からL5  華陀穴    寫法

             1クール  痛みとケイレン減る

             2クール  痛みだけ多少のこる

             3クール  痛みも完全消失   圧痛点消失

 

 

 

 氏名       佐野 某

 年齢       48才

 受診       平成 5年6月14日

 主訴       腰痛と太もも内側への痛み、動かなくても痛い。    

            以前から腰痛は多少あったが、今回は急に4日前からひど

            くなった。

            温めるとらくになる。

            腰部冷感痛  顔色 白   白ジ苔  淡ハン  脈 濡緩

検査        湾曲異常 (-) ラセーグ (-) 腱反射 (-)

            知覚異常 (-) 筋力 (-)     X線   (-)

            圧痛点 (+) 衝門(曲骨の外側3寸)

診断        急性腰筋筋膜症  閉鎖神経痛  寒湿型

治療        L1からL5   華佗穴   寫法

            1クール   痛み消失   圧痛点消失                                       HOMEへ  

 

                                                                                  23


 

 

6 腰部を原因とする各種神経痛に関する問題点

 

坐骨神経痛、上殿皮神経痛、大腿神経痛、閉鎖神経痛など多々あるが、

一つの問題点は、何が本当の原因であるかということが断定しにくい

ということである。

骨、椎間板などの器質的変化が即、疼痛の発現の原因とはならないし、

機能的変化も大きく関係すると考えられる。

また、二つ目の問題としては、効果的な治療法が少ないということである。

例えば、西医における資料を下記にあげてみた。

 

 

(1)慈恵医科大学の整形外科の資料によると、1990年の1ヶ年に、

整形外科外来患者16,513名の17.2%にあたる2,842名が

腰痛を主訴としており、そのうち33.6%が椎間板ヘルニア、

21%が腰筋筋膜炎、変形性脊椎症が13%、脊椎分離症が10%、そ

の他外傷、カリエス、腫瘍などが1ー2%であった。

下腰痛との因果関係が、比較的はっきりしているのは、椎間板・骨など

の変化であるが、椎間板や骨が正常でないということ自体が愁訴の原因

であることは、即断することはできない。

又、腰筋筋膜炎においても、筋肉が発痛点となっていることも多いと推

定できるが、その機転についてはなお不明な事が多い。

 

 

(2)間中病院の外来患者アンケート資料によると、腰痛治療に関して

は、西洋医学的治療においては、膏薬・注射・物理療法・服薬ですまし

ている例が多く治療は、補助的治療の意味が多く、効果的であるかどう

か疑問である。

 

                                                              24


 

(3)千葉大学における腰痛手術の遠隔成績(10年以上)であるが、

後方手術(椎間板ヘルニア)においては、完全に下腰痛がなくなった

割合も33.3%と低く問題があるといえる。

         

       腰痛手術の遠隔成績(10年以上)

 

手術成績      前方法手術(121例)   後方法手術(45例)

 

                61.1%                     33.3%

 

                32.3%                     52.1%

 

                 6.6%                     11.1%

 

 不可               0%                       4.4%

 

 

又、西洋医学的観点で器質的異常にあまり執着すると、本質的な問題を

見逃すこともある。

例えば、器質的変化が認められたからといって、それが痛みの原因であ

ると速断することは、時に過誤のもととなる。

手術を進めて実施したが全然無効のこともある。

針灸は、アプローチ的には、少なくとも、機能病理学的治療を目的とす

る、診断の体系ができている。

したがって、どの様な器質的診断にも先行させて、機能病理学的診断を

すべきであると思う。

「診療による診断」

(Diagnosis  exjuavantibus)

も、これからの一つの方向である。

 

 

今後、下腰痛の原因及び治療法はさらに、高度な、器質的又機能的病理

学診断治療が研究されることが必要であると思う。

 

                                                              25


 

 

   まとめ

 

 

①下腰痛の原因は、西洋医学的認識は器質的であり、中医学的認識は機

能的失調であると考える。

②下腰痛には、各種治療法があり、各々長所と欠点がある。

機能病理学的診断治療である中医治療の灸法には、すぐれている面がある。

③下腰痛への治療観察結果は、腰部への華佗夾脊穴直接灸使用により高い

有効率を得ることができた。

その内容は、腎虚型にくらべて、寒湿型・湿熱型・血型のほうが有効率

が高い。

又、体質・器質的変化・罹患期の長短などが、有効率と大きく関係する。

そして、その効果は、華陀直接灸が脊柱起立筋・大腰筋・線維輪・靭帯

へ及ぼす結果と考えられる。

④現在の治療方法には多々問題があり、さらに高度な、器質的・機能的病

理学診断治療法の研究が必要である。

 

                                                                  26


 

   参考文献

 

 

  木下晴都           針灸学                1970年出版

  間中喜雄           腰痛                  1970年出版

    長森           鍼灸治療学            1985年出版

    振国           常用穴位解剖基礎      1990年出版

    定燐           下腰痛                1990年出版

    伯史           中医内科学            1985年出版

  間中喜雄           鍼灸臨床医典          1972年出版

  片山憲史           東洋医学とペインクリニック

                                             1993年出版

    文注           実験針灸学            1989年出版

10  頼 新生            腰三針結合弁証配穴    1995年出版

 

                                                                               HOMEへ

                                                         27

//////////////////////////////////////////////////////////////////////////                                                                           


 

 

                       漢日中医臨床会話

 

                                  2006-11-19-1856-16_1.jpg

                        

 

                                                                                           

 

                                                          胡軍 今村久 編著 

 

 


 

はじめに

 

 

 

 

 

 

「漢日中医臨床会話」を出版して以降、中国と日本の中医臨床会話の愛好者

に歓迎を受けました。

しかしこれに相応する録音テープが残念ながらなく、会話学習に多くの不便

がありました。

上海中医薬大学出版社は、再度、録音テープを入れる出版計画を立てました、

このことはもちろん読者の歓迎を受けました。

 

 

「漢日中医臨床会話」は「漢日中医臨床会話」の基礎の上に、原文に対して、

内容の調整をし、医師と患者の双方の、診察と治療中の常用会話形式を表し

たものです。

臨床中よく見られる病気50例を選び、個々の病気には全て、患者の診察、

および医者の問診、処方、治療の全過程を含み、出来るだけ情景対話形式に

編集し、なるべく臨床の実際に合わせ、同時単語にルビを振りました。

 

この会話は上海中医薬大学の留学生である、今村一さん、吉田弥栄さんにお

願いし、出来るだけ中医の日本語会話の習慣を表現しつつ、本当の中医の日

本語を教えます。

しかし、中国と日本の風俗習慣、文化背景には差があります、これに加えて

中医理論の奥深さと独特さ、多くの習慣表現と中医専門用語により、すべて

の言葉を一致させることは難しいです。

これに対して、出来るだけ意味に近づけた翻訳をし、もとの内容を保持しまし

た。能力には限界があります、間違った所があればご指導お願いします。

 

 

                                                                                                                     1


                   

                             目次

     

    (gǎn)(mào)                 感冒

    ()(sou)                  

    (xiào)(chuǎn)          喘息

    (wèi)(tòng)               胃痛

    ()(xiè)                 下痢

    便(biàn)()              便秘

    (xié)(tòng)             悸肋部痛

    (huáng)(dǎn)           黄疸

    ()(zhàng)             鼓脹

    (shuǐ)(zhǒng)         浮腫

     (yāo)(tòng)             腰痛

     (xiāo)()             消渇

  38(zhǒng)(bìng)(zhèng) 38  

  

 

                                                                                                                     2


 

                                              (gǎn)(mào)

                                         感冒

 

        

(mén)(zhěn)()(zhōng)()(nèi)()(wáng)()(shēng)(zhěn)(sh)()(wèi)(qīng)(nián)()(xìng)(lái)(kàn)(bìng)

      外来部、中医内科、王先生の診察室に若い女性が診察に来ました。

 

 

 

    医生:()(zěn)(me)(le)

         医者:どうしました。

     患者:()()(néng)(gǎn)(mào)(le)

         患者:風邪をひいたみたいです。

     医生:()(tiān)(le)?

         医者:何日になりますか。

     患者:()(jīng)(liǎng)(tiān)(le)

        患者:もう2日目です。

     医生:()(er)()(shū)(fu)?

         医者:どこが具合悪いですか。

     患者:(tóu)(tòng)()()

         患者:頭が痛くて熱があります。

    医生:()(wēn)()(guò)(ma)?                                   

         医者:体温は計りましたか。

 

 

                                                                                               3


 

 

 

         患者:(jīn)(tiān)(shàng)()()(chuáng)(shí)()(gu)379

         患者:今日午前中起きて計った所37.9℃でした。

         医生:()(xiàn)(zài)(zài)()()()(ba)()(xiàn)(zài)(de)()(wēn)(shì)384℃。()(lěng)(ma)?

         医者:今、もう一度計って見ましょう。あなたの体温は38.4℃です、

                          悪寒はありますか?

患者:(zuó)(tiān)(hěn)()(lěng)(jīn)(tiān)(zhī)(gǎn)(dào)()()(hái)(yǒu)(tóu)(tòng)(kǒu)()(hóu)(lóng)(tòng)

         患者:昨日とても悪寒があり、今日はただ熱を感じるだけです、

                            頭が痛く、口が渇き、のどが痛いです。

          医生:(qǐng)(zhāng)(kāi)(zuǐ)()(ā)。。。。。(yān)(hóu)()(hěn)(hóng)(biǎn)(táo)()(zhǒng)()?

         医者:口をあけて見て下さい、あー・・・、のどが とても赤くて

扁桃腺が肥大しています、他に何か体の具合が悪い所はあり

ますか?

        患者:(gǎn)(dào)(hún)(shēn)(suān)(tòng)(méi)(yǒu)()(qi)

         患者:全身がけだるく、力が入りません。         

       医生:请把舌头伸出来(qǐngbǎshétóushēnchūlái)(ràng)()看看(kànkan)舌质红(shézhìhóng)苔薄黄(táibáohuáng)脉浮数(màifúshù)

用银翘散加减(yòngyínqiàosànjiājiǎn)()(gěi)()(kāi)4帖药(tiēyào)每天(měitiān)1(tiē)每天药煎(měitiānyàojiān)2()

(fēn)2次服(cìfú)(jiān)(yào)(de)(shí)