訃報






故森久保安美先生の葬儀

本日大雨の中 11時 辻堂駅前の和田湘南葬祭場において玉川学園中学部時代の恩師森久保安美先生の告別式が行われました。

喪主である先生のご長男の森久保俊樹氏のご挨拶によれば、先生は10数年前からの癌がここ2年くらいのうちにいろいろと転移して3月6日の早朝に奥様やご長男に見守られて苦しまずに静かに亡くなったそうです。 1月にお孫さんの挙式にぜひ出たいと車椅子で出席されたのですが、その後は入院されたそうです。

葬儀場には森久保先生が生前にご活躍された川崎市教育委員会や名誉教授になられていた産業能率大学や国語教育関係の各種の団体などの花束が飾られていました。

今回の葬儀について現在の同期会幹事の保田新一氏と5053会幹事の押田好司、中彰子の各氏と徳座で相談の結果、森久保先生は中学部時代の恩師であるので5053会からお香典を出すことにし、 本日徳座が幹事を代表して奉奠いたしました。

会場には加藤啓三氏 が来ておられたので、先生の思い出やこの葬儀などについて何かこのTAMA'37の記事に付記して下さるように依頼をも致しました。 加藤氏は岡佐久良氏から森久保先生の死去の知らせを受けたこと、昨夕のお通夜に岡氏は来られたことなど話されていました。

森久保先生には同期会にも何度かご出席頂いたことがあり、いつも若々しくお元気そうでした。 いつぞや先生に若々しさの秘訣を伺ったことがありましたが、私たちよりも黒髪であるのに「染めてはいないよ」と言われて驚きました。 その時でしたか、「実は冠動脈にステント(か何か?)を入れたけど他は元気だよ」と言われたように思います。 やはり先生も病魔と闘っておられるのだとその時に気づきましたが、それは今から10年くらい前だったでしょうか。

先生は私達よりも14年も先輩で88歳でお亡くなりになりました。 中学部時代、確か自由研究国語部の顧問を森久保先生が担当しておられ、私自身は森久保先生から作文を書くことの面白さを熱心に指導して頂いたことがあります。 そのことが端緒となって私は国文学方面に進学し、国語の教員として職業を持つことになったのではと思っております。(国語以外の授業中に内緒でよく物語や小説を読み耽っていたようですが、これは先生には見つからなかったように思います)私は多感な中学時代にこのような指導をして下さった先生に改めて感謝するとともに、その中学部時代のただお一人だけお元気だった恩師が亡くなったことは残念でなりません。

森久保安美先生のご冥福を心からお祈りいたします。

 2012年3月9日
 徳座照雄

 


 和田湘南斎場
2012年3月9日