JICA pre-dispatch training programme
訓 練
平成20年(2008年) 4月9日〜6月12日
いつも旅行中、でもまだ旅の終わりにたどりつかない(東アフリカ沿岸のなぞなぞ)
二本松青年海外協力隊訓練所での生活記録です。
JICAの青年海外協力隊の制度により、20年度1次隊(環境教育)でケニアに派遣予定です。
訓練終了後、6月23日に関空から出国予定です。
これから青年海外協力隊に挑戦しようと考えておられる方、二本松訓練所(NTC)の生活に不安を感じておられる方はぜひこの日記を参考にして下さい。
また、ケニアと日本(特に滋賀県、大阪府)の小中学校の交流や国際理解教育に関心がある方は、情報交換をしていただけると光栄です。ぜひ、こちらのサイトもご覧ください。
6月24日(火)〜〜〜いよいよ今日出国〜〜〜
もう訓練はないけれども、訓練終了後から今までにあったイベントなどについて簡単にまとめておきます。
高岡の親戚による壮行会、表敬訪問、職場の友達による壮行会、東京の弟の家への訪問、訓練でお世話になった隊員との再会といったイベントがあったが、それ以外では買い物や荷造りに時間をとられた。
親戚による壮行会は非常に有難かった。最近結婚した従兄は夫婦で来てくれたし、東京で働いている従兄も高岡まで戻ってきてくれた。氷見の温泉旅館に一泊した。元気な祖父母と会えて嬉しかった。大阪に帰る途中のサービスエリアで同じ生活班だった女性とばったり再会したことは奇跡的だった。表敬訪問は、県庁は職場なので気を引き締めて臨んだ。マスコミが多いことには驚いた。一緒に参加されたシニアの方は知事の知人であった。市役所は市民部長が対応してくれたが、最近イランで解放された横国の学生の話や参加するにあたって職場でどのように上司を説得したかなどネガティブな話題が多かった。
職場の若手職員が壮行会を開催してくれた。親戚や学生時代の友達が壮行会をしてくれることはよくあるかもしれないが、職場の同僚にしてもらうとまた違った意味で有難いと思った。同期は表敬訪問の記事の切り抜きを持ってきてくれた。後輩は、私の「松くい虫」の論文が入賞したことを知らせる通知文を持ってきてくれた。先日、結婚した先輩は、扇子とヘッドランプをプレゼントしてくれた。「自信を持って行ってきてもらいたい。」「生きて帰って来い」と激励してもらった。
弟の家には初めて訪問した。液状化現象で道路が歪んでいる新浦安にある。先日司法試験に落ちたばかりで凹んでいると思ったが、3点差で不合格だったため意外と楽観的であった。2年間親を頼むと伝えて別れた。弟と別れた後、予備校時代からの友達と会った。彼は、最近DJを始めたと得意げに話してくれた。また、体を鍛えるためにスポーツジムに通い始めたそうだ。前向きでかっこいいと思う。
18時に神田駅に集合し、隊員3名と会った。訓練所が非日常的な不思議な生活であったせいか、訓練所以外の場所で一緒にいることに少々戸惑いを感じた。出国を明日にひかえた隊員はいつもより元気がないように感じた。彼は母親がさみしそうだったと話してくれた。今日、別れ際、私の母はどうなるのであろうか。モンゴル隊員の女性がメーリスに登録できていないことが分かったので、次の日に登録した。その日は班長と同じ部屋でホテルに宿泊した。
今の感情を率直に書き綴っておく。
1)まず、忘れ物が気になる。EMSで送る段ボールが3つあるが、しっかりともれなくパッキングできたのであろうか。
2)結構、郵送に金がかかるんだな〜。
3)2年間、生玉子が食べれなのか。刺身も食べれない。
4)2年間、両親が仲良くやってくれるのかな。父は母の猛烈な愚痴に耐えれるのか不安である。
5)論文を数本は執筆したいな〜。
6月12日(木)〜〜〜20年度1次隊訓練終了〜〜〜
朝のつどいでは全体日直の方々が最後のあいさつを行い、しっかりとしめてくれた。今日もラジオ体操第2を行い、ささいなことであるが最後まで貫いた。午後のテクニカルで一緒に学んできたタンザニア派遣予定の女性が、真ん中に満面の笑みをたたえたパメラ先生がプリントされたA4の紙を持ってきてくれた。寄せ書きをするということであるが、私がリーダ−なのに情けない。私としもPがコメントを書いてから、2人でどうしようかと相談した結果、時間もないし紙も普通紙であるので渡さないことにした。
8時からスタッフが来て部屋のチェックを行った。ようすけ君は最後までアイスクリームを食べており、スタッフから「そんなことをしている場合じゃない。」と軽く切れられていた。手荷物は厚生棟へ向かう通路に持って行った。その後、9時10分まで理科実験室に貴重品を置いて、連絡先の交換などをして最後の歓談を楽しんだ。9時10分から20年度1次隊の修了式のリハーサルがあり、10時から修了式があった。20〜30名ほどの親族が来ていたと思う。右端には来賓の他に語学の講師が座っており、ライアン先生やパメラ先生の姿も確認できた。直前まで連絡先交換に忙しかったので講堂に着くのがぎりぎりになった。連絡先交換を昨日から開始したがもっと前からやっておけば良かったと後悔した。また、自分の席に着いてからもーりさんの姿を探したが、左後方におりとても話ができる距離ではなかった。授与式では、スタッフがある国の代表者を呼び間違えたが、名前を呼ばれた男性が臨機応変に対応して事なきを得た。訓練生の代表のあいさつは、訓練生活を時系列に沿って振り返り、感情をこめて一言ずつかみしめながらゆっくりと発言したのでとても感動的なものとなった。私も涙が出そうになったが、2か月間に英語のレベルが思ったほど向上しなかったことのはがゆさもあり、完全に感傷的にはなれなかった。若い力の歌(青年海外協力隊々歌)もしっかりとかみしめながら歌った。11時10分に記念品等の受取が食堂であった。手ぬぐいやパスポートケースなどをいただいた。食堂の隅のテーブルで8班の記念品を分けたが、2名の姿が確認できなかったので、袋に入れて預かっておくことにした。11時50分から壮行会が講堂で行われた。壮行会は乾杯の音頭もバタバタと慌ただしかった。親族の方々のグラスに何も入っていないのに始まろうとしていたので、そのようなかわいそうな人に気を使ってついでいると、「か〜んぱ〜い!!!」と声が聞こえたのでかなりショックだった。「なんで誰か分からないこのおばさんと最初に乾杯する必要があるんだ、だいたいこのおばさんは誰?」
その後も、真剣に話を聞いている時に横から「ケニアに行ったら家族を案内して下さい。絶対行きます。」と言われて、「え〜、分かりました。」と軽くかわしたつもりだったが、さらに「父親がいるので少し話して下さい!」としつこく話しかけてきた。みんなで肩を組んで「旅立ちの日に」を歌った。私は最初、しもPと二人でから揚げをむさぼるように食べていた。会場の後方で周囲にいるのはスタッフか親族がほとんどで訓練生の態度とは思えなかった。「歌おうよ」としもPに声をかけると、乗ってきてくれた。偶然横にいた河本さんも一緒に歌ってくれた。同じケニア隊の女性も肩を組んでゆれてくれたが、彼女は親と会話していた。壮行会も終了に近づくと号泣している人も見られるようになってきた。私も感動して泣きそうになった。8班を会場の隅に集めて、一回外に出て最後の集合写真を撮った。また、任期が終了したらみんなで集合写真を撮りたいと思った。13時にタクシーを予約してもらっているので急いで理科実験室まで行き、1人の隊員に手渡す記念品を取ってきて、ちゅうばちさんにその人に渡してほしいと頼んで通路まで走って行った。通路によっちゃんが立っていて、「13時15分にしてもらった。」と言った。機転を利かせてくれて大変助かった。おかげで、班員の何名かと話をすることができた。玄関前にはパメラとライアンが並んで立っていたので、ケニアに行ってもジャーナル見てくれるかと聞くと、「No!」と笑顔で即答してくれた。班員の一人に「自分の限界がくる前に近くの人に相談せなあかんで」と言おうと思っていたが時間がなくて言えなかった。タクシーが出発したが、窓が開かなかったのでこっちに手を振っているみんなに「さよなら」を伝えることができなかった。
6月11日(水)〜〜〜訓練終了まであと1日〜〜〜
今日はシニアボランティアの方の命日であるため、半旗が掲揚された。その方はシニア隊員の方で任国で事故に遭われ、帰国後その怪我が原因で亡くなった。
午前中は、語学発表会があり、私は兵庫県庁から現職参加の男性や東大院生、福島県出身で訓練初日に宣誓をした男性などと同じグループであった。私は2番目で9時から15分間を割り当てられた。テーマは茶器についてであり、多めに原稿をつくり、時間が短かったので途中で終了した。新しい流派を作るのは難しいのか、茶道をして普段の生活の中で自分自身に変化があったかなど質問をいただいた。様々なレベルのクラスの人と一緒に勉強するのは初めてであり貴重な体験をできたと思う。また、語学が終ってからライアン先生に先日のEPテストの結果を聞きにいった。ライバルのちかさんと一緒に聞いたが、私は前回の77から82へと5点UPしていた。他のメンバーのテーマは、神社・寺における参拝方法や神の誕生についてなど興味深かった。神の誕生については、朝廷が集落を攻めるとき、神社を設置し、集落の長を神として祭って暴動を押さえたことや、赤鬼は村人に由来し、桃太郎伝説でも決して悪いことをしていないことを指摘した。
午後の所長講話では、異文化適応の一つの入り口として、Interactionおよびimmersionの2つが挙げられた。任国に赴任してからのスタートの切り方として、カードは任国にあること、きっちりと評価されるので「いい人」のアピールを怠らないことを強調された。また、日本軍部の言葉「やって見せ、言って聞かせ、やらせて見せ、褒めてやらねば、人は動かず」を座右の銘としていることを紹介してくれた。また、途上国の仕事に対する考え方は、アダムとイブの寓話から、神が課したものが仕事であるが、日本では自己実現の手段をして位置付けられていることから、、このような新しい発想を導入することで途上国の人間をやる気にさせることができるとおっしゃった。「協力隊、税金でやる修学旅行」という見方をする人もおり、厳しい指摘を招かないように言動には注意する必要があることにも触れられた。OBの中には、活動の経験にとらわれ、過去の囚人となる人が多く、協力隊はあくまでも一つのプロセスにすぎないことを述べた上で、OBの多くは自分が何を得たか、自分自身の何がのびたかを具体的に人に提示できないことが歯がゆいとおっしゃった。
昨日のんのんから借りた本をまだ読めていない。菊田まりこ「君のためにできるコト」、鮫島浩二「わたしがあなたを選びました」、スーザン・バーレイ「わすれられないおくりもの」の3冊である。明日も時間がなさそうなので読まずに返すことにした。
今日は大事なものをもらった。ドバイ経由ナイロビ行きのEチケットと公用旅券である。
19時から班のメンバーは岳温泉に飲みに行った。金銭的に苦しいのでコンビニでビールを買って公園(鏡が池)で飲むことになったとしもPから聞いていた。よっちゃんと私は遅れて8時頃に降りる約束をし、よっちゃんは宅急便で荷物を送る必要があったので、タクシーでファミリーマートに向かった。ファミリーマートには既にしまかながおり、その他にも数名の候補生がいた。しばらくするとしもPが胸を開けてやってきた。少し酔っているようであった。我々はコンビニで缶ビールとチューハイを購入し会場に向かった。鏡が池はとても静かでしんみりと語り合うことができた。さやかさんはまた煙草を吸っていた。私も昨年までタバコを嗜好していたし、人のことは言えないが、できればやめてもらいたいと思った。ビールが大量にあったので、「どんどん飲んでくれ」と女性陣からせかされた。語学がとても忙しかったせいもあり、生活班のメンバーとゆっくり話時間がなかなかとれなかったのが残念であった。宿泊棟に戻った後、談話室でいろんな楽しい写真を撮影した。今日は12時頃までみんなでしゃべっていた。
6月10日(火)
今朝は雲一つない快晴で、暖かい朝であった。班長が派遣される予定であったマラウィの国旗が掲揚されて、あいさつは「ごめんなさい。」という意味の言葉であった。今日からちひろさんが班長となったが、班員13名という報告を聞くと辛い。ラジオ体操終了後、8班のメンバーが集められ、掃除をどのようにするか話し合った。明日の17時15分から洗濯室の掃除を有志で行うことになった。また、環境教育隊員の最後の活動として、最終日のごみ出しについて、事前に分別について記載したビラを各班に配り、MOKさんと一緒に分別状況の確認を行うという提案があった。
6月9日(月)〜〜〜残り3日〜〜〜
今日、朝のつどいで班長が全員の前で今日訓練所を去ることを伝えた。班員は全員このことを知っていた。いつものようにぎこちない挨拶だったが、それは班長らしくて良かった。挨拶の後、みなで拍手していたが、私はさみしさと悔しさを感じてしまった。一回、宿泊棟に戻り、食事を済ませた。食堂で班長の横に座って食べた。8時過ぎにスタッフの2人が班長の部屋の確認に来て、そのままみんなで玄関に向かった。班長と同じマラウィ派遣予定の方々や同じ語学クラスの候補生、その他多くの候補生が見送りに出てきてくれた。班長は、みんな笑って下さい、このブレザーは着て帰っていいんですか?などをリラックスしようと頑張っていた。バスに乗る直前、班長によっちゃんから色紙を手渡した。みんな泣いていた。
見送りが終ったのが8時40分頃だったのですぐにホームクラスに行った。着くと机の配置がいつもと異なる。そして、発表の順番を決めているところで、「かぶとは何番がいいか」と聞かれた。その時、やっと思い出した。今日は、11日(水)の語学発表会の予行練習の日であった。最後から2番目にしてもらい、休み時間に宿泊棟に戻り、スクリプトをプリントアウトしてきた。班長がいなくなったことを考えていて、2時間の間集中力に欠けていた。
午後のテクニカルでは、クイズ大会があった。クラスについて先生が来るまでの間、しもPと「今日は何をするんだろう」と話し合っていた。我々はすっかりクイズのことを忘れてしまっていた。週末から非常に忙しかったので仕方がない。テクニカルの次に講座テストがあったが、自己採点であったことには驚いた。講座テストの際に、
17時過ぎから、同じ生活班ののんのんの自主講座「今、生命について考えてみよう〜妊娠・出産・・・そして死を通して」を聞きに行った。看護師、助産師の経験を通して、語ってくれた。最初に命は体のどこの部分にあるか考えるアイスブレーク的なイベントがあった。私は生きていることを実感するときには顔の表情によく現れるから、顔に命があると発言し、人間の形に切った紙の顔の部分に「命」と書いた。日本では、人間の中だけで命があるのではなく、山、川、火など人間以外の自然物も命を持っているというアニミズムのような考え方があると発言する方もいた。のんのん先生からは、仮に人が死んでもその人の命は家族や親友、その他関係を持った多くの人々の中に生きているという趣旨の説明を受けた。
19時からアルバム委員主催の鑑賞会に行った。8班からは半分以下の参加率であったが、みな忙しいので仕方がない。各班の写真を見ていると、それぞれの班で多くの思い出を作ってきたことがよく分かった。班長とゆーりさんがいないことが一番辛かった。
その他の特筆事項として、母から電話があり、枚方高校からケニアにサッカーボールを寄付する際の送り方について調べておいてほしいと言われたので、ケニア隊員にメールで問い合わせた。また、中村さんから紹介していただいた滋賀県の学校の先生に交流プロジェクトの紹介メールを送った。
6月8日(日)〜〜〜残り4日〜〜〜
今日は、朝6時頃に目を覚ましたがそのまま寝て気づいたら8時になっていた。そとからは他の男女の笑い声が聞こえてきたので、「みんな起きてしまったのか」と思いハッとして横を見ると班長はまだ布団にもぐったままであった。班長を起こして隣の部屋に行くと、りょう以外のメンバーは既に起きて談笑しており、まもなくするとりょうも入ってきてさやかさんの横に寝転がった。ちゅうばちさんとしもPは夫婦のように同じ布団に入っていた。しもPは昨日よく寝ていたためかとても元気だった。昨晩、電気を消してからちゅうばちさんが、「ちょっとぉ〜、どうかして〜、しもPほんとセクハラ〜」と言いながら部屋に入ってきたことを思い出した。しばらく、いなりや巻きずし、ポテトチップスなどを食べてだらだらしていると、ちらほらと候補生が下の道を歩くのが見えた。同じケニア環境教育隊員や同じ生活班のイリュージョン嬢、その他たくさんの訓練生が歩いているので、適当に声をかけたり、手を振ったりしていた。
昼食はソースかつ丼を食べた。食事中に向井から電話があり、話をしていると「今その店の前にいる。」というので窓から外を見ると彼がいた。久し振りの再会だった。1時間後に会う約束をして食事と続けた。ここのかつ丼はボリュームがあるので、女性から何切れか分けてもらったがちえこさんが完食していた。班長は苦しそうにしていたが、もがきながら食べていた。
1時頃に向かいの喫茶店に入り、たまっている日記をつけて待っていた。とのうち、「今牧場で牛を見ている。あと15分くらい」と電話があってから30分以上経って彼らが歩いてくるのが喫茶店の窓から確認できた。15時30分まで歓談してから、3人で智恵子の生家に寄って二本松駅に着いた。二本松駅では一緒に郡山で飲むことになっているようすけ君とそうま君(マダガスカル、青少年活動)に会った。向井は郡山から新幹線で秋田県に向い、彼女は東京に行った。郡山駅のロータリーでしばらく待って、班長を含む6人で飲みに行った。ようすけ君は、「おとなの階段昇る〜♪」としきりにつぶやいていた。結局、9時まで飲んで、班長と同じマラウィ隊員の2人を乗せて9時40分頃に帰所した。ジャンボタクシーを探したが、郡山には普通のタクシーしか走っていないことが分かった。タクシーの中で私だけ爆睡した。
6月7日(土)〜〜〜残り5日〜〜〜
朝のつどいではケニアの国旗が掲揚された。ケニア隊員が前で出て、スワヒリ語の挨拶を紹介した。ホームクラスでは水曜日の英語のスピーチの内容を考えた。また、先生が一人ずつ廊下に呼び出して昨日の試験の成績を教えてくれた。私はリスニングが一番高く、80点で他は72点であったので、総合得点は222点であった。語呂はいいが点数は低い。先生もプリティグッドと言った。ライティングで申込者という単語が思い出せなかったのでchallengerと書いたが、applicantと書くべきだった。また、自由記述ではグラマーのミスが目立ったと指摘を受けた。午後からテクニカルでは2つのグループに分かれて、先日のテストと同じ内容のディスカッションを行った。途上国で開発援助を行う時に箱ものだけを作ってしまって後に続かない失敗事例について議論し、任地での最初の1か月間の計画について意見交換を行った。
講座は「ボランティアスピリット意見交換会」があった。最初のアイスブレーキングが楽しかった。何グループかに分けて、各グループで輪をつくり、両手を前に伸ばし目をつぶった状態で前進する。自分の手が他人の手に触れたら右手で相手の手をにぎり、左手は握られるというルールで鎖をつくる。最後にその鎖を解くためにみんなで知恵を出し合う。これを2回したが結構盛り上がっていた。その後に、2重の輪をつくり、合図の音がなるまで与えられたお題について相手に話し続けるというワークショップを行った。1回目の合図で話し手を交替し、2回目で命じられた数だけ回転する。お題は、協力隊を終了して2年後、10年後になっていたい自分、そのための弱点についてであった。取り仕切っているのは講座係の候補生であり、スタッフではなかった。短時間で内容が盛りだくさんで良かったが、詰め込みすぎで焦点が定まっていないという印象も受けた。結局、不完全燃焼で終わった感がある。
6月6日(金)〜〜〜残り6日〜〜〜
今日は、語学の最終テストがあった。午前中にリスニングとライティング、午後からスピーキングの試験があった。リスニングとライティングは講堂で行われた。ちなみに、英語の試験はJICA本部で作成し、他の言語については訓練所の語学スタッフが作成していると噂で聞いた。講堂では斜め前に班長、斜め後ろにちえこさんが座っていた。リスニングで高得点と獲得するためには集中力の持続がキーになる。しかし、年齢とともに、集中力を維持することは困難になってきており、今日も一瞬ボーっと意識がなくなる場面があり、何問か聞き逃してしまった。さらに、問題文が一回だけしか読まれないということも不利な条件であった。ライティングは、スピード勝負であることは聞いていたが、1問1点の問題はそれほど多くなく、40分くらい最後のエッセイに費やす時間を確保できた。エッセイの内容は、先生が予想していたとおり、JICAの協力隊の制度に関することで、応募から訓練、任国での1か月間の研修に至ることについて記述するというものであった。午後のスピーキングでは、郵便局での対応、訓練後派遣までにすること、先週の週末に何をしていたか、訓練生活についてケニア人に説明するという想定での会話などで15分程度行われた。
6月5日(木)〜〜〜残り7日〜〜〜
今日はホームクラスで電話の応対の練習があった。ホテルとレストランを予約する場面を想定して、スタッフと客の会話を練習した。クラスを2つのグループに分けて、私の方のグループ(体育、美術隊員を含む。)は隣の部屋に移動した。紙に書いてある内容に基づいてスカイプを使って練習した。カメラはついていなかったので顔は映らなかった。かなり楽しい授業で、笑い声が絶えなかった。午後からはテクニカルコースの試験があった。内容は、今まで宿題で覚えた語句の意味の記述と、国立公園での任務に関する自由記述の問題、途上国での事例に基づいた記述問題が出された。任国での活動内容によって問題は若干異なるようであった。今日、班長はJICAの顧問医のところに行ったが、帰ってきてから、生活班の談話室で非常に辛い結果を聞いた。その後、班員の一人と一緒に総括に相談しに行った。あまりにも急な話で、どうしたらいいのか全く分からなかった。
6月4日(水)〜〜〜残り8日〜〜〜
今日は皇太子御接見の日である。皇室は青年海外協力隊の制度を高く評価しているのだろう。総務省は、昨年の地方公務員法改正で今後は自己啓発等休業の制度で行政職員を協力隊に参加する方針を示したことから、公務を逸脱するものを認識している。外務省は、協力隊の事業をODAの二国間贈与の重要施策を位置づけている。このようなジレンマを感じながら今日はこの厳かなイベントに臨んだ。
朝5時45分に起床し、6時20分にバスに乗り込んだ。行く前に班長に挨拶をしてから出発した。駐車場ではシニア隊員の方も見送りに来てくれていた。今日は朝のつどいも朝食もない。予定では11時30分に日本青年館に到着することとなっていたが、11時前に到着した。車中では始終本をむさぼるように読んでいた。「ワークショップ」を読み終わり、「日本型環境教育の提案」も途中まで読んだ。日本青年館ホテルの待合室からは、球場で大学の野球部員が練習する風景やテニスコートで昼間からテニスを楽しむ奥様方の姿が見られた。昼食は、NGOで活動するルワンダ(村落開発)の女性や地域興しに詳しいベトナム(美術)の女性とご一緒した。彼女の知識量は豊富で経験も非常に参考になった。この時、ルワンダ隊員の女性のNGOに入会したいと伝えた。12時過ぎてから駒ヶ根訓練生が到着した。大阪の飲み会で一緒になった方々や滋賀県出身者、そして技術補完研修で共に勉強した環境教育候補生の方々と再会した。駒ヶ根隊員は15時までフリータイムのため、周辺を散策する者や、秋葉原に行く者までいた。12時50分にバスに乗車するまでの間、写真をとったり歓談したりして楽しめたが、やはり十分時間をとることができなかったことが心残りであった。バスの乗り込み窓を開けてみんなに手を振った。「か〜ぶと〜」とムッシュ(セントビンセント)が叫ぶ声が最後に聞こえてきた。13:10に東宮御所に到着した。プラタナスの並木の通りから御所内に入ると警官が何人も待機しているのが見えた。巨木が林立する森の中をしばらく徐行し、会場の横に停まった。京都御所の木も老齢木が多いがここも負けてはいない。風変わりな服を着た職員が「もう少し車内で待って下さい。」と言っているのが聞こえた。仕方がないから本の続きを読んで時間をつぶした。横に並んだ2号車からルワンダ(村落開発)の女性が顔を出していた。いきなり、「すぐに降りて下さい。」と職員が言うので降りた。トイレに行ったら、「隠しカメラがついてない〜」「意外と普通のトイレやな〜」とか言って候補生は楽しそうにしていた。東宮御所日月の間に入ると壁には山月太陽虹が描かれており、池のある庭園の眺めも格別であった。職員の誘導により予行練習を行った後、2時前に全員で集まり皇太子の到着を待った。皇太子殿下がご入場されると、最初に事務局長からのお礼言上の時間が設けられた。我々は局長にならって礼をした。我々は6つのグループに分けられたが、殿下は各グループのリーダーだけではなく、その他の候補生にもお声をかけてくださった。殿下だけではなく、その他の幹部の方も順番に回っていただき、お話をさせていただいた。同じケニア隊員の女性がしきりに私の身長がいくらか聞いてくるので全くこの場とは関係なかったが183と答えた。クッキーとオレンジジュース、トマトジュースと持った職員がもてなしてくれたが、候補生はみな遠慮なく食べまくっていた。茶髪の男性が殿下と話をしている場面は殿下に対して失礼な態度と思えて見るに堪えなかった。接見が終り、15時にホテルに到着し、夕食の弁当をバスに詰め込んで訓練所に向けて出発した。途中睡魔に何回も襲われたが2冊の本を読破しようと抵抗した。20時頃に訓練所に到着したが、この時も駐車場でシニアの方がカメラを持って出迎えてくれた。帰室してすぐに班長に今日の報告をした。病院には明日スタッフに引率してもらい行くことになったそうだ。今日は朝から歯が痛むことが気になっていた。歯磨きをしている際や、水でうがいをしたとき、やわらかい食べ物を食べたときに右上の奥歯が痛む。ここは3月に治療をしてもらった箇所である。少し気がかりだ。
6月3日(火)〜〜〜残り9日〜〜〜
朝のつどいが終了した後に、今日の誕生日会の打ち合せを軽くした。講座係が19時からミーティングを開くこととしてみんなに集まってもらうという設定で行うことになった。
朝食後、いつものように英字新聞を読んでいると、ひぐささんが来て、今日荷物を玄関まで運ぶのを手伝ってほしいとお願いされたので快く引き受けた。
午前中のホームクラスではシリアの調整員の方が見学に来られていた。昨日に引き続いて同じ女性と対面になった。理由は、2人ともリスニングの宿題を忘れてきたためで、私はすっかりやったものだと勘違いしていた。途中で任国の通貨のレートを調べてきてほしいと言われたので、パソコンルームで調べた。対面の女性は調べてこなかったようで、後で講師に調べてくるように命令され、ふてくされたように部屋を出て行った。今日は、発音の練習もした。RとLの違い、bとvの違いを発声と聞き取りの両方の側面から練習した。講師は、世界中でいろいろな発音が使われており、国によって異なるから、特にアフリカに派遣される我々にとっては発音はそれほど重要ではないという趣旨の発言をされた。
午後のテクニカルでは、2名の女性がそれぞれフィリピンでのマーケティングに関するワークショップ、参加型開発の手法であるPLAに関するワークショップを行った。
予防接種の際、ケニア隊員で集まって、先日の語学交流会のゲストに渡す礼状の内容について話し合った。当初2班で行う予定であったが、急きょゲストの一人が来れなくなり、ジョイントすることになったため、礼状を1つにまとめるか、もとのまま2クラス分作成するか決める必要があった。結局、2クラスがそれぞれ別々に作成することになった。また、コメントは折り紙に書き込み、みんなが写った写真も貼り付けることになった。コメントの内容がすぐに思いつかなかったので、当日を振り返ると、腰を器用に動かしてダンスの実演をしてくれたこと、有名はサッカーチームの名前を教えてくれたこと、ケニアは多民族国家であるから日本人に対しても寛容であると教えてくれたこと、メルーには独自の文化的料理があることなど学んだことが脳裏に浮かんだ。今日は皮下注射でどうでもよいが今までで一番痛かった。予防接種の待ち時間に、スタッフから私を含む数名が呼ばれて、スタッフのところに行くと、17時10分C会議室で現職参加に関する質問があるので来るようにと書かれた紙を渡された。会議室には15名ほどの候補生がおり、現職参加の件について、それぞれの職場の方針を聞かれた。地方公務員の場合は地方公務員法の改正に伴う自己啓発等休業に関する条例に焦点が当てられた。
19時から談話室で班長の誕生日会を行った。講座係から話があるという設定であったが、部屋の中でぎりぎりまで勉強していると、談話室から「今日は何の話があるんだろうね。」というわざとらしい会話が聞こえてきた。直前に談話室に出て、みながそろうのを待った。誰が呼んだのか分からなかったが男性スタッフも来られていた。「遅れてきてごめん。」と声がしたので、電気を消しみなで手拍子とともに歌を歌って雰囲気を作った。ケーキが2つ出てきた。班長は、明日行かないことになったと言ったが、全くこの件については初耳であったので衝撃だった。
明日皇太子の御接見があるのでこの訓練所に来て初めてスーツにアイロンをかけた。各生活班にひとつで女性談話室にある。
20時頃にホームクラスの先生に手渡す寄せ書きに添付する画像を持って、行政サービスで派遣予定の候補生の部屋に行った。彼女がこの寄せ書きを取りまとめてくれる。市役所の職員ということで私と話が合う。仕事に対する不満があるが、今のところ辞めようとは思わないこと、任国での経験は市の事業の中で社会還元する必要があること、2年後に他の仕事に転職することも考えていること、役所の仕事は先が見えてつまらないということなどなど私と同じような意見が次々に出される。就寝前に班長に明日の不参加の件について詳しいことを聞き、任国の活動には是が非でも参加しようと話し合った。
6月2日(月)〜〜〜残り10日〜〜〜
朝のつどいで、環境教育隊員が5時から行う予定のネイチャーゲームのお知らせをした。先日の自然観察会が雨で順延となったが朝の時点で快晴で大丈夫そうだった。れんも「おれが雨男やと思っていた。」と冗談を言っていた。
午後のテクニカルでは、2名のプレゼンがあった。なつささんはエイズ対策に関して行った。彼女はずっとエイズ対策やコンドームを装着の仕方、感染防止のコツなどでプレゼンをやってきた。今日はその集大成として、今までの復習を兼ねた紙芝居を行ってくれた。その際、適当に何回も質問を投げかけることで、参加者が主体的に取り組めるようにコーディネートしてくれた。
5時からネイチャーゲームがあった。5時半から班ミーティングがあったが、ちゅうばちさんとのんのんさんが短い時間であったが参加してくれた。合計で15名ほどに候補生に参加していただいた。コウモリとガ、キコリと森(キコリが生き物の住む木をどんどん伐採していく中で行う椅子取りゲームのようなもの。)、ビンゴゲームの順番で行っていった。よっちゃんと私は先週の金曜日に自然観察会を開催する予定であったが、今回はゲストとして加わり適当にフォローするように努めた。しょうくんは今回ネイチャーゲームをするのが初めてのようで、キコリと森の担当であったが手こずっていた。
明日の班長の誕生日に何をするかを数名で話し合った。既にバースデイケーキは買ってあるがプレゼントは何もないという。よっちゃんは、私の誕生日の時に、満開の桜の下での記念撮影を企画してくれたが、今回も20年度1次隊のTシャツが手に入らないか確認してくれた。結局、先日の所外活動の礼状でしたようにA4用紙に班のメンバーが写った画像を張り付けて印刷し、それに寄せ書きすることになった。みんなが平等に写るように画像を選択するのは結構難しい。また、作成者の特権でついつい自分が写っている写真を選んでしまう。笑いを誘うために、りょうくんがようすけくんを襲っているシーンと、私が貞子に扮したちゅうばちさんから逃げようとしているシーンを小さく掲載することにした。
用紙を作成し、ちゅうばちさんに渡してから体育館でサッカーをした。女性が4人参加していた。今日で最後の練習だと言いながら楽しんだ。あと1点どちらかが決めたら終了となった後、りょうが自殺点を決めたが、これでは終われないということになり、さらに1点決まったら終了というルールに変更した。しょうは野生ザルのように俊敏に動いていた。大阪出身の女性(エチオピア村落)がよく動いていたし、何点か決めていた。フットサルでも女性の運動神経の差がもろに出ることが分かった。
浴室で、エチオピアに建築で派遣される候補生の話を聞いた。彼は帰国後は彼女の住んでいる地域で建築の仕事を続けたと思っているようだ。2年間一生懸命にやってみて国際的な仕事に興味を持ったら地元で仕事をしなくてもよいのではないかと言ったら、その時はしかたがないと答えた。今の自分と2年後の自分は考え方が違っていて当然だと思うし、そうなってほしいものだ。その先の進路については2年後に考えたらいいのではないだろうか。一歩一歩前に進むしかなく、2年後に地元で仕事を続けるという選択をとった結果、10年度にその選択を後悔するとかなんとか考えても仕方がない。
今日は班ミーティングに出れなかったので班長がその結果を教えてくれた。6月12日の郡山駅から東京に行く電車の乗車券を交流すること、語学のアンケートに回答することなどを確認した。いよいよ訓練終了が迫ってきていることが実感できた。
10時頃にステッカーをいただくために、カンボジア派遣の隊員の部屋にいった。彼は談話室にいたが、メガネをかけていたので最初認識できなかった。部屋に戻り、班員に配っているとちえこさんから、「アフリカがない!」と指摘された。確かにアフリカがないが、日本と中米を入れるとアフリカが入らないからこうなったんだと訳の分からない理屈で納得させた。作成者がアジア派遣であり、中米派遣者が多い駒ヶ根でも配っていることからアフリカがカットされたのかもしれない。
6月1日(日)〜〜〜残り11日〜〜〜
朝食後、訓練の振り返りシートを仕上げて提出した。提出物は掲示板に張り付けてある封筒に入れるようにしているがこの方法は便利だ。隣の女性陣の部屋からは数名の歌声が聞こえてきていた。午前中に私以外の生活班の人たちはみんな岳温泉や郡山に行ってしまっていた。班長も金を下ろすと言って郡山に行ってしまった。そのため、昼食までの時間は幾分寂しさを感じながらも勉強に集中できた。昼食時に、ウガンダ(村落開発)の女性と話をしていると、今日は世界のデザートを作る会があると誘われたので、試食だけであれば参加したいと言った。彼女はカナダで留学していたこともあり、英語のクラスはトップの秀才だ。また、その時の話題はもっぱら、ホームクラスのチカさんのことであった。結局、しばらく勉強して3時から先日行った調理室に行った。途中で、チカさんともう一人女性の人と出会い、一緒に草むらの横にある会場に降りた。到着すると、まだ料理はできておらず我々も準備を手伝った。私はとりあえず、団子作りを手伝った。チカさんたちも一緒にやった。チカさんと私が作っていたせいか、「なにそれ!むっちゃまずそう。」と愚痴を言われた。あんこが団子の周りにきれいにつかなかった。取り仕切っていた方は、以前アイスブレークの自主講座を開いていただいた女性であった。15時半頃に建物の外にあるテーブルに料理を並べ、チャイを飲みながら皆で舌鼓を打った。晴天の空の下、近くで鶯が鳴いていた。とても幸せな風景であった。メンバーは4班の方が中心であった。今日はマイコップを持参と聞いていたが、そのことをすっかり忘れていた。今日のレシピを後日郵送してくれることになったので楽しみである。
18時30分からジンバブエ派遣予定だったが任国変更になった農業土木隊員の方と植物の観察に行った。彼は森林インストラクターの資格を持っており、草本植物の知識が豊富であった。駐車場からグランドを回って帰ってきた。彼は高校の教員であり、学生は動物に興味がある人が多く、植物の魅力をもっと伝えていきたいと思っていると話してくれた。この観察が終了して、ホテルルワンダの上映会に途中から参加した。ルワンダ大虐殺は1994年に発生しており、死者は100万人を超える。最近、元国民的歌手シモン・ビキンディが歌を通じてツチ族の虐殺をあおったとして扇動罪で終身刑を言い渡されたことは記憶に新しい。上映は19時から始まっていたが、LL教室に到着した時には既に19時30分をまわっていた。ホテルルワンダは既に1回視聴しており、今回で2回目である。ケニアでも、昨年末の大統領選挙に端を発した部族間の暴動が深刻化し、私も昨年末から毎日のようにgoogle newsで情報収集していたことを懐かしく思う。1月末にはJICAに任国変更の要望を出していた。ツチとフツの部族の場合は人口割合が拮抗していたので大きな惨事になってしまったが、ケニアにおいては問題となっているキクユとルオの両部族の割合がそれぞれ人口の20%以下と少なく、ルワンダのような惨劇には発展しなかった。ケニアでもルワンダと同様にラジオ局や国会議員が暴動を扇動していることが問題となった。この映画から、部族という単位はどのような意味を持っているのか、また、先進国および国連はこのような場面でどこまで対応できるのか考えさせられる。今日の上映会は私も主催者に入れてもらっていたが、実際に中心になって働いていたのはインドネシア候補生であった。映画の後に時間の関係で意見交換の時間を設けることができなかったことが心残りである。
映画が終ってから5班の談話室で所外活動の礼状を完成させた。折り紙でハトとハートを作り、そこに3人でコメントを書いた。礼状には写真を6枚印刷しておいた。明日の朝までにスタッフルームに提出しなければならない。
5月31日(土)〜〜〜残り12日〜〜〜
午前中のホームクラスでは、レストランでの注文の仕方と討論の進め方について勉強した。ケニア(環境教育)のれんと組んで議論した。店員と客に別れて、よくある会話のパターンを練習した。また、聞き取りでは、客がいつくかの料理を注文する時の会話を聞いて、何を買っていくらしたかを計算する練習もした。討論の進め方については、意見を言う時と相手の意見に反論する時の礼儀正しい言い回しを意識しながら、経済的に潤っている先進国が途上国の援助することの必要性について議論した。命題は、「First world countries have an obligation
to help third world countries with funds
and assistance in case of hunger and poverty」である。私は、disagreeの方を担当した。先進国は自国の問題を解決してから援助するべきだとか言って必死に反論したが、agreeの方がやりやすかったと思う。先生が、来週は毎日4時30分まで残るのでこれまでで分からなかったところや疑問を持っているところを質問してほしいと言ったことは意外であったが、有難いと思うので日曜日にこれまでの復習をしたいと思った。その後、ケニアの語学交流会のリーダーから11:45分に畳ルームに集合と聞いていたので、授業終了後そそくさと食堂に行き、英字新聞を読んで部屋に行った。しかし、部屋は女性たちが浴衣に着替えるための更衣室として使われていたので入れなかったため、自販機でコーヒーを飲んで待っていると何人か男性陣がやってきた。部屋に入り、準備をする中で飲み物を買ってくることになったので、一本70円のお茶を買いにさっきの自販機まで行き、生茶をすべて買い占めた。13時過ぎにフランシスさんが西村リーダーと一緒にやってきた。長身のスタイルのよい男性であった。ケニアのカカメガ出身の32歳で2007年に日本にやってきたという。ケニアで日本人女性と知り合い、結婚後、今は二本松市に一緒に住んでいる。自己紹介をした後、すぐに質疑応答の時間に入った。最後の方で、ある候補生が大分の温泉に行った時の写真をパワーポイントで使いながら、日本文化について紹介する時間を5分程度設けたが、その際たまたま部屋にいたマイク先生が「ずっとこのような形式で行っているのは不適切である」と勘違いをして、スタッフに報告するとある女性候補生に伝えていた。もともと2クラスで行うことになっていたのに急きょ一人のゲストがこれなくなったという事情もあり、先生に誤解されるのは良くないということで、終了後、数名でスタッフルームに行き正確に内容を説明した。質疑応答の概要としては、ケニアの主食はウガリ(原料はトウモロコシ)であること、メルーなど地方都市にはcultural foodがあるということ、個人的にはキリンセンターに行くことを薦めること、最もおいしい料理はNyamatyoumaであること、ケニアと日本の違いで特筆すべきことは時間管理、交通渋滞、料理に油を使用量が多いことおよびお辞儀の文化などであること、サッカーは男女問わず人気があるスポーツであること、Massai Unitedが最も有名なクラブチームであること、マラソンを見るならKitariが良い、日本に対するイメージは携帯電話、車、高層ビルなどであること、Ligalaは人気のあるダンスであること、学校では1クラス当たり40名以上の生徒がいること云々である。最後にケニアのダンスを実演していただいた後、みんなで集合写真を撮影した。フランシス氏のカメラはバッテリーがなくなっており、残念そうにしていたので、後で写真をメールで送ることを伝えた。
畳ルームを出て、セレモニーに参加するために講堂に移動した。リーダーは英語のスピーチがあったので代わりにフランシス氏を引率した。講堂には色とりどりの民族衣装を着た候補生が集まっていた。先日、司会に立候補したが、今日の司会者2名の英語のレベルを確認すると、後になって気が引けてしまい、やらなくて良かったのかもしれないと感じた。司会に選ばれたとしても、それまでの英語の勉強に身が入ったと思うのでそれでも良かったのだが。司会者の誘導で、最初に各国の代表者がスピーチを行った。英語(ケニアのにっし〜)以外はほとんど分からず、中国とインドネシアに関しては少し聞き覚えのある程度であった。同じ生活班のメンバーでは、マレーシアとモンゴルの2人の候補生が並んスピーチを行ってくれた。スピーチの後、歌の時間があり、沖縄の歌も紹介された。そのあと、空手隊員による実演があり、浴衣を着た女性隊員数名による東京音頭も紹介された。この時間帯はずっとフランシスに横にいたが、まあまあ満足していたように見えた。セレモニー終了後、みんなで玄関前まで見送りに行き、バスが見えなくなるまで手を振ったり投げキッスをする候補生もいた。その後、多くの候補生がそそくさと訓練所を去り、実家に帰省したり、岳温泉などに遊びにいったりしたようだ。私は用事がなかったので、部屋に戻り、訓練の振り返りシートを作成していた。夕食後、地球温暖化の問題についての特別講座に参加した。青年海外協力隊愛知県OB会・JICA中部の池田さんやNGO「FoeJapan」の柳井さんが発表に来られた。池田氏は現職教員としてケニア(理数科教師)として派遣され、地球温暖化の問題に真剣に取り組んでいくために教員を辞め現在は非常勤講師として働いている。協力隊の経験から、地球温暖化の問題について日本人に語ることは社会還元の一つであると考えておられ、その点についても共感できた。日本などの先進国が途上国の温暖化問題についてもっと知る必要があると主張されたが、その必要性は立場によって考え方が異なると思った。私のような地方行政を担っている者としては、それ以上に優先して行うべきことが山のようにある。なぜ愛知県OB会が取り仕切っているかという疑問については、日本にこのような組織が存在せず愛知県OB会がやるしか方法がないという答えであった。ケニアに行ってから、日本特に滋賀県に対して環境問題に関する情報発信をしたいと言うと、ケニアのある隊員からは温暖化と野生生物(ゾウ)の行動の因果関係について報告をもらっていること、学校の生徒会に対して働きかけることも検討すべきであるとアドバイスをいただいた。柳井さんからは、オンダンカクサという概念について説明があった。また、ホットな情報として、これからは適応対策としての行政機関のキャパシティビルディングが注目されるという指摘をいただいた。インドネシアの事例紹介の中で、地域住民が温暖化の概念に疎いために、雨季と乾季の時期がずれたり、農作物に被害が出るのは神(アッラー)の仕業であると誤解している人が多数いることをお聞きし驚いた。候補生の中には同じホームクラスの女性が来ており、地球温暖化についてはかなり詳しくいろいろとポイントをついた質問を繰り返ししていた。また、私の横にはひぐささんが座っていたが、彼女もブラジルの事例を交えながら積極的に質問してた。参加者が7名(くらい)と非常に少なかったので質問しやすかった。
10時に所外活動にメンバーで集まって礼状を作成することになっていたので約束通り食堂下の新聞置場にいったが、Hさんしか来ていなかった。仕方がないから二人で保育園で撮った写真を見てどれがいいか話し合っていると、もう一人のメンバーが浴室から出てきた。もちろん、持ってくる約束だった画像データは持っておらず、代わりに風呂桶を持っていた。今日は時間がないので明日の10時から再度ミーティングをすることになった。宿泊棟に戻ると、飲みに出ていた人たちが帰ってきておりみんな楽しそうに話をしていた。自分はしらふだったので、ノリが悪いと思い遠慮してドアに鍵をかけて勉強を続けた。
5月30日(金)〜〜〜残り13日〜〜〜
朝から雨が降っていた。昨晩、いやな予感はしていたが、やはり雨があがらなかったので、よっちゃんと相談して、植物観察会は延期にすることとし、朝のつどいでその旨を伝えた。テスト明けにするかもしれないと伝えておいたがどうなるかは分からない。
ホームクラスは料理大会であった。管理棟から少し下った開けた草地の横にある建物の中が会場である。電子レンジやオーブンといった便利な器具はないが、ガス、水道は完備されている。私はお好み焼きのネギとキャベツをしばらく刻み続けた。えいこさんは、餃子担当、ちかはデザートの担当であった。みな黙々と作り続け、しばらく沈黙が続くこともあった。私の場合、辞書も教科書もノートもない状態で英語の勉強をすることは難しいことが分かった。お好み焼きは、キャベツの量に比べて、小麦粉と卵の量が少なすぎたようで、すぐくずれてしまうボロボロの食べ物ができてしまったので、小麦粉とヤマイモ、卵を追加して作り直すとまともなものができた。シニアの方が大きい鉄板を持ってきてくれたので、それを使って一気に焼いた。最初に失敗したお好み焼きについては、諦めてしまってグチャグチャの状態の不思議な食べ物に仕立て上げた。大量のお好み焼きに加え、冷めたスパゲッティ、花の形をした変な玉ねぎ(マヨネーズ付き)が出された。最後には、大量のココナッツ(生クリーム)のデザートが出された。このデザート担当のちかは嬉しそうに、「私の愛情だ。食べろ」と命令した。えいこさんとかダディーはとても包丁さばきがうまかったが、私のぎこちない動きを見て指導してくれた。
Tクラスは、水系の生物濃縮の話とコンポストのプレゼンがあった。
講座は、皇太子殿下接見の行事について説明があった。6時30分に二本松訓練所をバス4台で出発し、13時に東宮御所に到着する。日月の間で6グループに分かれて接見する。総括からの説明の中で、石鹸やコップを持って帰る人がいるのでやめていただきたいということ、皇太子妃殿下に対してこちらから話しかけてはいけないことなどの忠告を受けた。
講座終了後、ワークショップ(木下勇)を読んでいたが、どうしても眠気が襲ってくるので、17時に思い切って風呂に行った。途中で同じ生活班のTさんから「はやっ!」と言われた。浴室で現職参加の方と話をした。教員と言えども職場が協力隊に理解があるとは言えず、周囲の冷たい視線を浴びながら職場を抜け出してきたようだ。県庁と一緒なので共感が持てていろいろと話をした。彼は、訓練所に入ってから既に3回近畿の実家に帰っているらしい。職場で自殺者が出たのでその関係で一回帰ったと聞いた。小学校高学年の子供がいるが、これくらいの年齢であればなんとか妻にお願いすることもできるそうだ。
昼食で初めてチカさんと二人で食事をした。彼女は、美術という好きな分野で海外に行くことがカッコイイと思い、協力隊に挑戦したそうだ。ナミビアから帰ってきたら、可能であれば美術を続けたいと言っていたが、なかなか職を探すのが難しいようだ。私も彼女のようにやりたいことをしっかりと持っている人が好きなので話していて楽しかった。彼女は冗談で、「滋賀県で働かしてよ。秘書とかはどう〜」と言ってくれた。また、最近、好きだった人が結婚し、しかもできちゃった結婚らしいという話を聞いてショックを受けていると相談してくれた。
19時から同じ生活班でブラジル出身野菜隊員の報告会に行ってきた。彼女はブラジルで砂漠化防止に取り組んでいるNGOの研修に参加したことの体験談を語ってくれた。また、ブラジル、日本でコンポストの研修を受けたことについても若干説明があった。10名弱の参加があり、スタッフも3名来られていた。最初に「なんで来てくれたんですか」と全員に質問があったので、ブラジルで砂漠化の問題が起こっていることを知らなかったので興味を持ったからと答えた。砂漠化が進んだ荒地で、最初に成長の早い木を植えて、その陰にコーヒーやバナナの木を植えて、さらにその下に野菜などの植物を植えるというプロセスについて、植物役、農民役を決めて寸劇のようにやった。ちゅうばちさんは、バナナ、私はコーヒーの役をした。途中で、木の葉や根が入れ替わり、古いものが分解されて養分になることを説明するために、演者が上着とスカートを脱ぎ捨てた時はびっくりした。ただ、これはなかなか使える手法だと思うので今度試してみたいと思う。発表が終ってから、野菜の模型を語学クラスに運ぶのを手伝っていると、演者の方を少し話をした。昨日は早朝3時まで準備をしたそうで、なんとか発表できて良かったと言ってくれた。
5月29日(木)〜〜〜残り14日〜〜〜
午前中のホームクラスで明日の料理大会の打ち合せがあった。先生が数冊の英語の料理本を持ってきており、それと朝食時にちかさんに命じられて準備したパフェのレシピを見ながら料理を決めた。3人で相談し、もう片方のグループとかぶっていないか確認した上で、お好み焼きと餃子、ココナッツのデザートを作ることに決まった。今日の3時までにレシピを持っていかなければならないので、10分の休み時間を使って、パソコンルームでお好み焼きの材料と量を確認した。
午後からはプレゼンがあった。今日は雨が降っているので室内でやることになった。私は、自分が何の動物か当てるネイチャーゲームを行った。ネタは、ジュセフ・コーネルの「ネイチャーゲーム」から持ってきた。最初にケニアにいる動物を捕食者と植食者に分けて紙に絵を描いてもらい、それを参加者の背中にはってから、自分が何の動物かを他人に質問してあてるゲームである。例えば、「私は肉食ですか?」「私は大きいですか?」というようなYesかNoで答えられる質問をする。ライオンが2人、サルが一人いたことが想定外であったが、ケニアの西部に森林があり、サルも生息しているのでOKとした。れんは、コウモリとガのネイチャーゲームを行った。一人が「Bud」と言ったら、他のメンバーが「Moth」といい、コウモリが超音波を使って捕獲することを疑似体験するゲームであった。私もコウモリ役をさせてもらったが、女性が多いこともあり、捕まえるのに抵抗があった。目隠しをしていたのでみんなの表情は分からなかったが、「Moth」と聞こえてくるほうに襲い掛かるたびに、「ギャー」「キャー」と悲鳴が聞こえてきた。パメラ先生の聞いたこともないような笑い声が聞こえてきたので、その時の彼女の表情を見てみたいと真剣に思った。
夕食後、英字新聞を読んでいると、同じ生活班の理数科の女性が来て、班の最後の飲み会と当日の宿泊の予約について尋ねてきたので、担当を私が一任することにした。先日、6月7日の当日の予約はしておいたが、人数と時間が固まり次第また連絡すると言っておいて、まだ一度も連絡していなかった。そこで、部屋に戻り、飲食店は16名、宿泊は11名で予約を入れた。
9時からアルバム用の動画の撮影があった。各班で1分ずつ動画を載せることになっている。最初は、ようちゃんの部屋で、彼が愛用しているDVDをみんなで見ているところを撮影しようという案が有力であった。しかし、途中からかぶとの部屋で撮ろうということになり、私は必至に断り続けた。そして、みんなでピラミッドをつくる案やファッションショウのように決めて続々と登場してくるという案が出されたが、結局、後者に決まった。風呂桶を持った状態で待たされているしもちゃんに「まった?」と言いながら駆け寄るナカバチさん、のんのん先生に引きずられる悪がき役のようちゃん、などみなが個性を発揮していた。私は、昆虫に全く興味がないさやかさんに「虫何が好きなん?俺かぶとむし」と一方的に話しかけるKY役であった。10時までに終了すると思っていたが、なかなかスムーズに進まなかったので、10時前に所外活動のメンバーにミーティングに参加できないことを伝え、明日10時から打ち合せをすることになっ
5月28日(水)〜〜〜訓練終了まであと15日〜〜〜
今日は朝のつどいで歌の練習があった。また、全体日直が交代になり、どこかたどたどしい男性候補生が全体指揮を担当していた。今日の国旗はヨルダンで国歌が37秒と短いため、日直の女性が一生懸命ハンドルを回しているのが滑稽だった。朝食後、8時からスタッフの面談のためにスタッフルームに行き、2人のスタッフと話をした。「訓練終了まで2週間となったが順調に進んでいますか?」「訓練が終ったらすぐに派遣ですが不安はないですか?」といろいろを相談に乗ってくれた。訓練の内容について何か言っておきたいことはないですかと聞かれたので、何も準備をしてこなかったこともありペラペラと本音を言ってしまった。嫌なやつだと思われたかもしれない。
今日は、英語以外の語学のクラスは所外活動でいない。英語の所外活動は既に終了しており、私のテクニカルコースは先生の方針もあり実施しなかった。英語以外のクラスはほぼ全クラス実施しているようだ。朝食の際にもモンゴル派遣予定の方が、「先生をなんとかして笑わせないといけない。」と意気込んでいた。今日は一日ホームクラスで講座もないので普段と幾分違ったテンションだった。ホームクラスの英語は、午前中にジョイントクラスがあり、一番できるクラスの方々とゴア元副大統領が監督を務めた不都合な果実の一場面を見ながら地球温暖化について議論した。地球温暖化の問題には昔から興味があり、京都議定書締結の際も学友と議論してたことを思い出す。一昨年度に知事に提出した「みんなで描こう滋賀の未来」の中でも地球温暖化対策はメインテーマの一つであった。昨年度からは林野庁が森林吸収減対策の予算を増額し、滋賀県にも補助事業の県費負担を頼みにきていた。地球温暖化については行政職員の中ではいささかさめた見方をする方もいる。特定の地域の産業に負の影響が出る場合が多いので納税者の理解を得ることは難しい。バングラデシュやツバルのように地球温暖化の影響を経験を通して体感できる地域と日本では国民の意識にも乖離があるだろう。今日の聞き取りでは、会話のスピードが速すぎて字幕が出ていたにも関わらずよく理解できなかったが、地球の平均気温の推移が年度毎に上下に変動しながら上昇してきている理由や海流の仕組みなどについて聞き取りとディスカッションをした。それにしても、一番上位のクラスの方々はみな会話能力が高かったことには驚いた。私のグループには、アメリカに1年留学経験のある将来牧師を目指している女性、カナダで1年勉強したことのあるタンザニア派遣予定の女性、東大の院で物理学の研究をしてきた男性など経験豊富な方が多かった。今日の授業ではとても良い刺激を受けたと思う。
午後からは、普通の授業があった。シニアの方と一緒に「買い物」をテーマに会話をした。
20時から体育館でサッカーをした。参加して数分後にこけて膝を打ってしまった。今日の面談で毎年修了直前にけがをする候補生がいるから気をつけろと念を押されていたのでこけた瞬間少々焦った。22時から浴室横の新聞の置いてある場所で、所外活動の3名で集まり、お礼状の内容を検討した。今日は班日誌の担当の日であった。
5月27日(火)〜〜〜訓練終了まであと16日〜〜〜
最近心がけていることがある。それは、正しい英語に触れるために英字新聞を読むことである。食堂横のスペースには新聞コーナーが設置されており、そこで食後に5分から10分程度読むようにしている。候補生と英会話をしたり、自分でジャーナルを書いたりしていると知らず知らずのうちに間違った英語を身につけてしまっている可能性がある。これは、日本語でも普段の日常会話にとどまらず新聞やニュースの表現で不適切なものが多く確認されるので最も日本語のきれいな作家として知られる志賀直哉の本を読むことと似ている。自分の思いを伝えたいという気持ちが優先し文法を無視した英語を使う候補生もおり、単語を羅列するだけの人や時には動詞を抜かす人もいる。「ほんとに英語の勉強をしたいの?」と聞きたくなる。
今日は、ホームクラスで昨日忘れてきた宿題「任国の教育」についてグループで議論した。同じテーマで、聞き取りの問題と答え合わせを各グループで行ったあと、登校拒否や暴力など学校で起こる問題について意見交換をした。そのあと、買い物にテーマを変えてテキストに書かれた質問に対して二人で議論した。今日は月曜日よりも幾分集中力があった。
昼食時、同じホームクラスのメンバーで昼食をとった。シニアの方は今日は昼食当番ではないが、同じ生活班の昼食班の候補生が他用で参加できないので代わりに手伝うとおっしゃった。私は、前回昼食班の活動を最初に2日間連続でさぼっており、幸か不幸か同じホームクラスの女性2名も担当であったため、今日も「なんで今日から2日間しないの〜。信じられない〜云々」と冗談交じりで苦言を言われた。そのため、12時15分から環境教育担当の自主的取り組みである再生紙回収のイベントがあったが、それまでの間食器洗いを手伝うことにした。初日ということもあって、シニアの方と私以外は全員遅刻し、1名は来なかったらしいので、私の参加は意味があったとシニアの方から言っていただいた。
今日はテクニカルコースの英語はプレゼンはなかった。教室でしょうから渡された環境教育関係のポスター案の内容を確認した。水質汚染の具体的対策を掲載することや富栄養化と藻類の異常繁殖の関係が素人では分からないことなどを指摘しておいた。パメラ先生からは、今日の3時までにプレゼンの要旨を提出しなさいと言われたが、彼女が日曜日に送ったという添削のメールが届いていないことが分かり、今日の8時までにメールで送ってほしいと言われた。
今日の講座は、予防接種と表敬訪問についてであった。滋賀県の場合は18日に開催され、国際課に集合し、県知事にお会いすることを今日張り出された掲示で確認した。
今日は20時から環境教育の集まりがあったのでいつものように食堂横の畳部屋に行った。今日はしょうがポスターの案を、よっちゃんがPDMシートを発表した。30日(金)と2日(月)に行う予定の野外でのグリーンイシュー関係のイベントの打ち合せも行った。
5月26日(月)〜〜〜訓練終了まであと17日〜〜〜
朝のつどいの場所を知らせる放送で、ちょっとしたハプニングがあった。同じ生活班の女性が全体日直で放送を担当しているが、彼女はいったん玄関前で朝礼をすると言ったが、その数分後にもう一回放送を流し、「雨が降ってきたので体育館に変更します。」と迅速に対応した。
ホームクラスの英語でまたまた宿題を忘れてしまった。今日までに任国の教育事情について調べておかなければならなかった。ケニア派遣予定の2人がそろってできていなかった。
この宿題については明日までにやることになった。また、いつもように月曜日の午前中の集中力は極端に低下していた。10時をすぎないと脳が動かない。今日のテーマは教育である。まず、写真を見ながら質問に答える問題をやった。写真は、本を衝立にして弁当を食べている男子や、あくびをしている男子、手紙を机の上において窓の外を眺めている女性などが描かれていた。次に日本の学校について議論する問題では、co-ed school, jukus, single sex schoolsなどについて賛成か反対かをその理由をともに発表した。私は3人のグループであったが、私だけ男子校で他の2人の男女は共学であったころから少し引け目を感じた。また、今日は11時頃から土曜日の語学交流会の打ち合せがエリックのコーディネートにより他の部屋で行われた。ケニアグループは2つに分けられた。土曜日にはフランシスという方がこられるようで、タイムテーブルを見ながら、当日の質問内容とイベントについて案を出し合った。今日の決定事項は、後で班長が本人と直接連絡がとれるかどうかをスタッフに確認しにいくこと、金曜日の12:45から最後のミーティングを行うことであった。私は班長と一緒にスタッフルームに行き、他のメンバーは協議を続けるために食堂に行った。しかし、担当の女性スタッフがいなかったので、後で担当者から班長に直接連絡してもらうことになった。食堂で他のメンバーのところに行くと、フランシスさんの情報が手に入ったらしく、彼は二本松市内に住んでおり、日本人の奥さんは元JOCAのスタッフであるということだ。土曜日のイベントで訓練所内を案内する案は却下された。ティーセレモニーなんかにしても、自分たちよりも彼の方が精通している可能性もあり少し気が引ける。本音で言うと、ケニアの情報や文化を知りたいので、こちらから日本文化をレクチャーするというような企画には反対だ。今日の講座は、派遣前訓練処遇・制度説明と近々導入されるポータルシステムについてで、どちらもJICA本部から担当職員が出向いて説明してくれた。18時40分から班ミーティングがあったが、参加率は低かった。途中から班のメンバーでの飲み会の会場と宿泊場所についての話し合いが自然発生的に始まってしまった。とりあえず、店と宿泊場所の予約については早い者勝ちなので電話をして確保しておいた。近日中に具体的な人数と時間を連絡しないといけない。
5月25日(日)〜〜〜訓練終了まであと18日〜〜〜
班のメンバーと午前中温泉に行った。今日は初めての碧山亭以外の温泉で、岳温泉に降りる途中にあるので町の遠望が楽しめるものと期待していたがあいにく天気が悪くそれほどすばらしい景色ではなかった。10時に温泉のあるホテルに到着し、約50分後に外で待ち合わせしたが、女性陣は準備に時間がかかっため、パワーポイントを買いに二本松まで行く用事もあったことから、モンゴル隊員の女性に一言言い残し先に温泉街に降りた。その後、みんなと行く予定だった豆腐屋に行き、セットを頼んで店員の女性と「何年前からお店を出しているのですか。」「だいたい40年前です。もともと近くの町に住んでいて、このお店は家族で経営しています。」云々と話をしながら舌鼓を打っていると、ヨウスケやショウが店の外から声をかけてくれた。彼らも二本松に行きお金をおろしてきたそうだ。この訓練所にいると近くにATMがないことから休日に二本松におりないと現金が手に入らない。まったく不便な場所だ。この豆腐屋は岳温泉に一軒だけの豆腐屋であるが、意外と客層の多くは住民ではなく観光客など外部の人たちであるようだ。時々、訓練所の食堂にも豆腐を出荷しているようで、近日中に豆腐が出ると教えてくれた。その後、しばらくして温泉に一緒にいった生活班の他のメンバーも到着し、私と同じセットを注文した。11時50分のバスに乗り、二本松駅まで行き、コンビニで金を下ろし、タクシーでK’s電気まで行った。パワーポイントを買って隣接するラーメン屋で食事をして店員にタクシーを呼んでもらい駅に向かった。駅のロータリーに着いたとき、NTC行きのバスが出ていくのが見えた。次のバスまで1時間以上時間があったので、喫茶店でネイチャーゲームの本を読んだ。岳温泉行きのバスを待っていると、エチオピアに体育で派遣予定の候補生もいたので話をした。小学生の頃から野球一筋の彼は、大学で部活の先輩が協力隊に行っていることを知ったそうで、今回の派遣についてもその影響があるのではないかと察した。バスで岳温泉に着いた後、二人でどうしようかと相談し、恵比寿屋でビールを飲んでからタクシーで帰ることにした。店では、地竹をふるまってもらい、結局ビールを二杯飲んだ。店の主人は、NTCのグランドの上でこの地竹を採ったこと、このあたりではタラノメ、コシアブラなどの他の山菜も取れるが、クマが頻繁に目撃される場所であり、山菜に採集についてはクマと人間の競争になるという。結局、このご主人が車でNTCまで送ってくれた。
帰ってから、自分のパソコンにパワーポイントをインストールし、来週予定しているエコマップの作成を始めた。エコマップはグリーンマップに似た地図で、以前、滋賀県のNPO「わのたね」の活動の一環で、グリーンマップを見ながら彦根城周辺を小学生と自転車で散策したことからひらめいた案である。22時30分からOVDAYアンケートを書いた。5月26日(月)までに講座委員に提出しなければならないものであるが、直前までほったらかしにしてしまった。日曜日はいつも午前中に余裕をかましてしまい、夜になって焦っていろいろとやろうとする。
5月24日(土)・・・訓練終了まであと19日・・・
今日は朝、環境教育隊員2名で再生紙の回収に関するお知らせを行った。朝食をとった後、8時30分まで日記をつけていると窓の外からひぐらしの鳴く声が聞こえてきた。「この時期から鳴きはじめるんやな〜」としばらく風流に浸っていた。午前中にOBの方と一緒にワークショップに参加した。最初に簡単なアイスブレークを行った。訓練所で好きな場所や聞きたい曲などいつくかの質問が書かれており、自分の意見と他の候補生の意見を記入するようになっていた。その紙を持って、今まで話したことのない方を中心に講堂内を歩き回って質問していくというゲームである。今までお話したことのなかった4名の方に質問することができた。全部で8名に質問できることになっていたが、50%しかできなかった。アイスブレークが終ったあと、その紙の裏に書いてある記号でグループ分けを行った。記号は数字とJ(アルファベット)があり、私はJだった。Jは219教室に集められ、説明があった。JグループはJOCVで講堂にある村に行って、学校に行きたいと思っているが行けないハナという女の子の願いを叶えてあげるために何かをする役割であった。219教室ではさらに4人ずつのグループに分けられて、その中の2人が組をつくって相談し分野を決める。私は村落開発、もう一人は手芸で一緒に村に行くことになった。後から考えてみると、この分野分けに何か意味があったのか疑問である。村の住民が愛想がなく、村長を筆頭に上下関係が明白であるように感じた。村長、村長の妻、農民1、農民2、ハナの母が会議に来ていた。最初に、何をしにきたんだ、何ができるんだ?と質問されて困ってしまった。219教室にいるときに十分戦略を立てる時間がなかったことも原因であるが、ゲームを意味あるものにするためにも戦略を立てる時間を設けるべきだと思う。尊重は、頻繁に、車がほしい、金をくれというので、私はついつい「日本のNGOで寄付金制度を持っている団体があるので、そららの団体と村の橋渡しならできます。ただし、自分たちの役割は資金協力ではないのであくまでも橋渡しだけです。」とはっきり言ってしまった。後で、NGOのことを言うと直接NGOと関係を作ろうと考えてしまうので、JOCVの意義がなくなるとご指摘をいただいた。一つ目の村が終ったあと2つ目の村に行き、そこでは農民2の役割を演じた。農民2は、村長と農民1の小作民であり、村での発言権はほとんどない貧しい農家であった。2つ目の村でまた同じようなロールプレイングを行ったが、これはほとんど意味がないように感じられ身が入らなかった。昼食の際、環境教育のOBの方でサーフィンが趣味の男性が私の前に並んでいたので話しかけた。
午後から環境教育のOBの方のお話を聞くために307教室に行き、そこで環境教育のOBの方のお話を聞いた。教室は村落開発と環境教育の候補生が集まり、最初に3名の短いプレゼンを聞き、その後、村落と環境教育に別れた。環境教育については、女性OVがきこりが木を切り倒して森の動物たちの住み家がなくなっていくことを体感するネイチャーゲームを実演してくれた。男性は、マレーシアで行った小学生対象のネイチャーゲーム(コウモリとガ)のビデオ(音声なし)を流してくれた。女性OBは、ベトナムのダラット森林公社に派遣され、コーヒー等の商品作物を栽培するための森林破壊が問題になっている地域で啓発的な環境教育に従事した。そのため、今日はネイチャーゲームの焦点を当てた内容となったが、既にネイチャーゲームは勉強しているので物足りなかった。彼女は新規派遣であったため、何を提案しても現場で意味のあることが多くやりやすかったと言った。また、ワークショップで参加費が必要であることはケニアと同様である。配属先の任務の枠の中でやりたいことをやるように心掛けたようだ。男性OBはマレーシアのミリで活動を行っていたが、Mulaという国立公演ではごみ処理施設がないため観光客が出すごみの処理に困っていたようである。国立公園のすぐ横で埋め立てられていたため景観上の問題もあり、観光客にヘリコプターの乗せてごみを運んでもらうプロジェクトを提案しうようとしたが、任期切れで実行できなかったとくやしそうに語っていただいた。後任のけいこさんにはこの件についてもがんばってもらいたい。短時間で終わってしまったが楽しかった。最後に、講堂でOVの方の送迎セレモニーが行われた。講座係代表者(ケニア派遣男性)は、候補生を代表してあいさつをしたが、発言内容に問題があり、一同大爆笑のため途中であいさつが寸断された。3時25分に玄関前でOVの方を見送りに行った。
今日は休日前日ということもあり、生活班の仲間でチーズケーキを食べにいった。結局、時間がなくなったのでお持ち帰りにすることにした。4時に出発し、一回岳温泉まで降り、しばらく上り坂を歩き、子犬とその親が庭にいるおしゃれなお店についた時には5時をまわっていた。来れなかったメンバーの分も購入し、既に2回通っているお化け屋敷の横の林道を通って6時前に訓練所に到着した。夕食を済ませてから、また班のメンバーで体育館で3種の球技(サッカー、バトミントン、キャッチボール)を楽しんだ。体育館にはしょうがいて、彼にボールの正しい投げ方を教わった。
5月23日(金)・・・訓練終了まであと20日・・・
今日は、午前中は3クラス合同の英語クラス、午後はテクニカルコースの後、OVday第1日目があった。
午前中は、講堂でパンダ、サイ、トラそして我らゾウグループが、どこのグループにどれだけ寄付するのか、またいただいた寄付をどのように活用していくかについて全員で発表する。私は、寄付する動物とその根拠について発表したが、全く準備しておらず、今朝ホームクラスでライアン先生に言われて今日発表があることを思い出したくらいだったので、行き当たりばったりの発表なってしまった。他のメンバーも苦戦しており、美術隊員はレンジャーのことをガードマンと言い間違えていて愉快だった。質問で、アフリカゾウとアジアゾウの行動の違いはなぜ起こるかと聞かれ、種が違うからと即答しておいた。パンダグループの発表の際、意味不明な質問があったような気がするが、どのような形式の講義になっても、これが英語の授業であることを忘れてはならない。KYな質問は厳禁であると自戒した。
午後からテクニカルの発表があり、同じ生活班の2名が発表した。最初に下痢について、その原因、症状、対処方法について説明があった。クイズ形式で進められた。二人目は、フィリピンのある村でソーセージを作る工場におけるコスト計算の手法について、現地人に指導するという設定で進められた。途中、計算式の部分で納得いかないところがあったようだが、終了後発表者は安堵の表情を浮かべていた。
そのあと、OVの方の歓迎セレモニーが講堂であり、一列になってあいさつをしていただいた後、国別の講義があった。ケニアは、青木さんと兼子さんのお二人にお話を伺った。
青木さんは、17年度3次隊でカカメガに青少年活動で派遣された。カカメガは東アフリカ最後の熱帯雨林がある地域で、その点でも非常に興味深い。兼子さんは、17年度1次隊でマジェンゴに村落開発で派遣されたが、途中で部族間暴動による任地変更も経験されておられる。ケニアは治安が悪く、特に上層部が不正によりさらに富める立場になることで少数派の部族の反発が起こるというネガティブなサイクルが拍車をかけているという。また、公共の場で写真が撮れないこと、特に政府の関係施設では難しいことや、汚職警官がおり、後部座席でシートベルトを着用していないことから高額な罰金を求められたり、夜19時以降は外出できないことなど日常生活で心がけることを教えてくださった。特に、地元の友達に誘われて、夜サッカーの試合を見るためにスポーツバーの飲みいったとき、双方のサポーターが喧嘩してナイフで刺した事件に遭遇したときのことを語ってくれた。その時は、バーの客が一斉に店から逃げ出して、ご本人もわけも分からず無我夢中に走っていたことを真剣な表情で語っていただいた。携帯電話はJICAからプリペード式のものを提供してもらえること、郵便物は私書箱に届けられるが2割くらいは紛失しているものと考えた方がいいということ、ガスシリンダイーをスタンドで購入していたこと、サファリコム(携帯会社)のエッジカードの料金を月々支払いに行っていたことなどの役立つ情報も提供していただいた。郵便物については、最初の3カ月は関税がかからないのでこの期間に郵送しておくとスマートだと教えてもらった。病気はマラリア、腸チフス、ジラルジア、アメーバ症などの危険性があること、任地に着いたらまず病院の場所・連絡先を確認しておくことなど健康管理に関する情報も提供していただいた。頻繁に停電が発生するので、変圧器やハイボルトガードなどを日本で用意して持っていくと便利であると教えていただいた。兼子さんの話の中で、悩んだこととして、部族語が分からなかったこと、なかなか同僚の理解が得られなかったこと、自由行動が最初の数か月禁止されていて何をすればいいのか分からなかったこと、同僚の汚職があったこと、プロジェクトでスタッフを解雇した際訴えられそうになったことなどを正直に語ってくれた。また、彼女からのアドバイスとして、赴任当初から弱気な相談をしないように心掛けたことが奏功したという話は心に残った。17時50分まで説明会があり、その後、やすべいに飲みにいった。飲み会が始まる前に店の外で集合写真を撮った。それから、OBの方からいろいろとお話を聞いた。酒の席での本音トークは大変ためになるが、この日記に書けないこともあった。しかし、話を聞いていると、協力隊終了後の就職活動はやはり大変厳しいようである。協力隊の経験を尊重してくれる会社は非常に少ないが、中には開発コンサルタンツやJOCAなどのように経験を買ってくれる組織もあるのでアンテナをたてて諦めないことが大切だという。私の場合、現職参加で就職活動の心配はそれほどないが、前向きな転職ができるようにこれからの2年間の成果物を目に見える形で残すことが大切だと感じた。
5月22日(木)〜〜〜訓練終了まであと21日〜〜〜
今日は朝のつどいの前に、グリーンマップに使う写真の撮影のために施設内を散策した。途中で同じ生活班のタンザニア派遣の方と何回かすれ違った。彼女は毎日散歩しているそうだ。今日は、前回回れなかったルートを確認した。マンサクやミズキ、ノリウツギなどの植物が確認された。また、敷地の端の方に開けた草地があり、外来植物の観察に適した場所であると感じた。朝のつどいで、昨日の裏紙回収箱作りの参加者に対するお礼と生活班に回収箱を設置するお知らせをれんが行った。
8時10分ギリギリに玄関前に行き、「遅い!」と怒られながら班長のサインと弁当の受取を済ませ、ペットボトルのお茶を買ってバスに乗り込んだ。前日の日記を書いていなかったので、行きのバスの中で書こうと思ったが揺れがひどく打つことは不可能だと思ってやめた。その代り、隣の席に座ったザンビア派遣予定(理数科教師)の方と話をした。彼は新卒で土壌の微生物の研究をしていたそうだ。将来のことはまだはっきりとは決めていないが、協力隊を経験した後、大学院で研究を続けるかもしれないと言った。指導した経験がないので任国で職務をこなせるか不安であるようだ。トビムシの研究をしていたことを言って、「トビムシって知ってます?」と質問すると「知ってます!」と返ってきたので少々驚いた。今日は、中里保育園に最初に着いたので、予想以上に早く到着した。
中里保育園(http://www.mayumi.ac.jp/index.htm)は、認定保育園で育児休業明けから就学前の児童を対象にしている。保育所は、元々保育に欠ける時間帯の養育を目的としているため、学校教育法に規定されている幼稚園の開園時間外の時間帯もカバーしている。本学園の理念は、「子供たちの芽生え、健やかに育てよう」、学園の教育・保育方針は、「保護者と共に子育てを支援できる」 「一人一人の個性を認め愛情を持って保育すると共に子供から学ぶ姿勢を忘れない」「家庭との連絡を密接にし、家庭と園の両面から子育て支援を援助し教育効果を図る」 となっている。今日ある先生から聞いた話では、毎月一回は参観日を設けていて、保護者の方に生活の様子を見てもらうようにしているそうだ。
園に到着すると、まずどちらのクラスにするのかを決めた。私は乳児のクラスを担当し、他の2人が2歳児以上のクラスを担当した。前回とは逆である。今日の活動内容は、まず、9時過ぎからのおやつの時間まで、子供たちと遊んだ。会話ができないが極力分かりやすい言葉で話しかけるようにした。おやつの時間には煎餅と牛乳が出された。児童を椅子に座らせて、エプロンをつける作業を行った。食事中、隣の児童を叩いたり、ストローをパックから外して遊んだり、煎餅をわざと床に落として気を引こうとしたりといろんな態度をとるので忙しかった。ある児童が「う〜う〜」と言って小さな手の甲をもう片方の手の指で指して注意を引くので見てみると何かの種子のようなものが付いていたので、「なんで手に種子が付着しているんだろう。」と不思議な感じがした。そこで、言葉を選んで、「た〜ねっ、たーね」と言ってから、それが煎餅についているゴマであることが分かり、自分がまだ緊張していることを実感した。おやつの時間が過ぎると、片付けを手伝って、外で遊ぶ時間になった。11時頃まで晴天の下で遊んだ。1歳未満の園児はテラスで、その他は庭で好きなように遊ぶので、私はそれを温かく注意しながら見守るのが仕事だ。帽子をかぶらない子供には帽子を被らせてあげる。繰り返し帽子を投げ捨てる子供がいたので、その子の帽子を取り上げて自分の頭に乗せ逃げるふりをすると、「わ〜」とわめき帽子をほしがったので返してあげた。しきりにブランコで遊びたがる男児は、適当に手が空いている時に「しっかりギューっと握っておきや。」と言い聞かせながら遊んであげたが、時々わざと無視することもあった。一人だけにかまっていると他の児童の対応がおろそかになるので注意が必要である。今日も男性スタッフが写真をたくさん撮ってくれた。途中で年長さんたちも合流したが、彼らはみな風船を持っていた。マレーシア体育派遣の方は、鬼ごっこで率先して鬼になって、「たべちゃうぞ〜」と言いながら園児を追いかけまわして遊んでいた。私も鬼になって、小さな庭を走り回った。ただ、前回と比べてなぜかテンションが低い自分を発見してしまった。昼食前に避難訓練があり、職員がハンドマイクでサイレンを鳴らし、乳児をかかえた職員と児童が庭の片隅に集合した。そして、職員が避難訓練の大切さについてみんなに説明した。
昼食の準備をして、2歳児以上のクラスで候補生2名と児童と一緒に食べた。カレーピラフと卵焼きのような食べ物、お味噌汁が出された。我々はJOCAが用意した弁当を持ってきてたので、2階のレンジを借りて温めて食べた。途中で職員が「どうぞ味見してください。」とカレーピラフとおかずをおすそ分けしてくれた。食べている時に、調理場のマドを開ける前に消毒液で手を消毒するシステムについて徹底していてすばらしいと候補生の一人にコメントすると、学校の食堂も徹底していると栄養士をしていた経験から語っていただいた。昼食後の床は前回と同様に見るに堪えない状態に変わっていた。
昼食後、お昼寝の時間になり、寝室に布団を引く作業を手伝った。また、生後6か月の乳児に哺乳瓶でミルクをあげる経験をした。ななめに倒して持つのがコツであるという。自分が抱いているのが自分の子ではなく他人の子供であることに関して、なんとも言えない違和感があったが、仕事なのでやるべきことをやればそれでいい。
その後、1時頃から2時半頃まで2階でポスターの仕上げと出し物でする寸劇のリハーサルを行った。寸劇については、バスの中で2人で考えておいてくれたもので、私はバイキンマンの役、他の2人はくまさんとハミガキマンの役に決まった。歯磨きをさぼったクマさんが、口の中にバイ菌が繁殖して困っているところにハミガキマンが来てバイキンマンをやっつけるという内容であった。圧巻は、バイキンマンを乳幼児が協力してやっつけるシーンとなるはずだった。しかし、私が角をつけて舞台裏にスタンバイしていると、私を見て泣き出す子供が続出した。ハミガキマンがバイキンマンを倒すのに苦戦しているシーンで、くまさんが園児に「バイキンマンをみんなで倒そう!」と説得しても無駄だった。ただ、先生たちはとても喜んでくれたように思う。この寸劇が終った後に、「みんなから協力隊のみなさんにプレゼントがあります。」と言って、部屋の奥から我々の写った写真をプレゼントしてくれた。とてもうれしかったが、子供たちと別れるのは少し寂しかった。
活動の反省になるが、2日目に出し物があることを知っていたにも関わらず、前日まで何の準備もできなかったことである。前日の夕食時にマレーシア派遣予定者と2分くらい話をして、歌(若い力)とけん玉をすることを決めたが、結局行きの車中で決めた寸劇をすることになった。もっと早い段階で準備をするべきだったと反省した。
5月21日(水)・・・訓練終了まであと22日・・・
朝のつどいの時間に、環境教育の隊員で前に出て、裏紙再生紙回収箱の制作をする企画について発表した。昨日のミーティングで決定したとおり、私は「裏紙を使っている人」と言った後に「ハーイ!」と手を挙げる役割と、しょうが「裏紙を捨ててます」と言った後に、手で×を作って「ブー」と言うことになっていた。説明の最中にずっと聞いてくれている候補生の表情をうかがっていたが、ずっと下を向いている人が多く全員が乗り気になっているわけではなくあまり手ごたえは感じられなかった。残念だったが、夜の集まり具体を見てからした効果は検証できない。
ホームクラスの英語は合同授業があった。最初のEPテストで点数が比較的高かった上位3位で絶滅危惧種に関するワークショップを行った。最初に4つのグループに分かれて、絶滅危惧種には具体的にどのような種がいるか自由に発言した。私は、四国のクマやカリマンタン島のオランウータンを挙げた。次に、各グループにゾウ、サイ、パンダ、トラの4種を与えて、それらを守るために寄付金を集めるワークショップを開催した。我々は、ゾウについて議論することになり、私がグループリーダーになった。ゾウを保護すべき理由について考えたが、日本語で議論しても難しいテーマである。この3年間、滋賀県庁でクマやサル、シカおよび植物ではナラ類の保護について考える機会が結構多くあった。しかし、日本の野生生物についても納税者の一部が獣害による経済的被害に苦しんでいることを考えるとこれらの野生生物の保護一辺倒になることはできないし、これらの生物の移動や遺伝子交流を促す保護区の設定やコリドーの開設は審議会で委員から意見は出ても行政として実現することが困難な課題であった。特に生息地整備において地権者の許可をとることが非常に困難であった。ナラ枯れ対策が進まない理由も経済的被害が確認できないことが大きい。ゾウについては、種子散布者として生態系の中で重要な役割を果たしていること、ワシントン条約に指定されている重要な種であること、子供たちに人気があることなどを説得材料にして2名に女性候補生が他の3班に交渉しにいった。我々の班には、パンダ、サイ、トラの順番でヒアリングにきたが、パンダ班の交渉人は英語が堪能でポイントを押さえて理解しやすい話し方をされたので好印象だった。500頭ほどしか生息しておらず個体数だけ見るとほかの哺乳類よりも優先的に保全すべき種であること、先日の地震で施設が破壊され修繕費が緊急に必要であることなどを挙げていた。青少年活動でウガンダ派遣予定の候補生は、「パンダいいね〜」と感動していた。これらの4種に関する説明文の内容について先生に自由に質問する時間があり、難解な単語についていくつか質問が出ていたが、そのうち、「in captivity」に関する質問に対しては、like NTC or prisonとユーモアを交えて説明してくれた。また、ゾウの説明文の中で、timberとは何かと別のクラスのフィリピン派遣予定の女性から質問され、木で出来ており、長くて断面が丸く、建築に使われることが多いと説明しておいた。500万ドルをどこにどれだけ寄付するか決める必要があったので、昼休みは同じグループのメンバーで食事をとった。途中でちかさんは食事当番があるために対席した。結局、パンダに200、他の2種に150ずつ配分することになった。途中で、トラ班のフィリピン隊員が「ドルをもう各班に配ったよ」を伝えてきたが、我々ゾウ班は1ドルももらっていなかった。
午後からプレゼンがあり、ケニア(ツァボ西国立公園)候補生が、密猟の問題に関して寸劇も導入して簡単なワークショップを行った。私はしもちゃんと2人のグループになり、私がおなかを空かしたゾウ役、彼がお金がない密猟者の役を担当した。劇の内容を2人で適当に考えた結果、ゾウがおなかを空かして村に侵入し、村人でもある密猟者が、ゾウは農作物を食い荒らす悪者であり、ゾウを守るインセンティブが村人にはないため、ゾウを殺害しついでに象牙も売りに出すという設定で行った。二人目は、ある村の事例をもとに、問題点をできるだけ多く洗い出し、その中から中心的な課題とその原因および結果となる問題点を分類する作業を行った。二つ目のプレゼンに関しては日本語でやっても結構難しいような気がした。
講座は、「海外における交通安全対策」で、JICA総務部安全管理第二課の職員の方に講師を務めていただいた。パワーポイントでユーモアを交えながら説明していただき、途中に1回だけ休憩があった。まず、国別の交通事故の状況については、毎年上位に挙がっているのが、タンザニア、ガーナ、マラウィであり、19年度は8人、7人、7人となっており、ケニアは同年度に4件(7位)であった。死亡事故に関しては、2000年10月にセネガルで起きた事故が最後である。JVの52名に一人が何らかの事故に遭遇するという確率になっているという。途上国の道路は整備状況が極端に悪く、特にイギリスやフランスが作った道路は路肩が削られ最低のレベルになっているという。任国によっては、日本と異なり右側通行の国があるが、ケニアは左側通行であるので良かった。途上国の道路はたいてい車優先で、アフリカでは歩行者の死亡事故が6万ほどでケリがついているのを見たことがあるとおっしゃった。また、歩行者が手をあげても止まってくれないし、ウインカーの意味を教習所で習っていない人も多くサインを信用しないようにとおっしゃった。先生は、「青だけど車は私を見てるかな」(総理大臣賞)という標語は途上国では通用しませんと断言した。また、事故の内訳を示すグラフ(運転中48%、同乗中43%)を見せながら、スピードを出しすぎの場合は運転手にアドバイスする必要があるとおっしゃった。この点に関しては、例としてシリアで起きたシニア隊員4名の死亡事故を挙げられた。先生がユーモアを発揮した場面としては、マダガスカルの浮橋の画像、バングラデシュではクラクションを鳴らすと拳銃で撃たれると聞いたという話、タンザニアの自転車の大半はフロントブレーキが外れているという話、パラグアイの横断歩道を逆立ちして歩いている女の子の写真などが挙げられる。この講座が終った後、同じ生活班のインドネシア派遣予定の方から、「もしかして昼食当番?この2日間8班から誰も来ていないみたい。」と言われ、「もしかして自分?」と思い、宿泊棟に帰って確認するとやはりすっぽかしていたことが分かった。
18時30分に玄関前に集合し、ホームクラスの先生のご自宅に向かう。ジャンボタクシーで向かい、近くのスーパーでビールやワイン、つまみを買い出しに行き、そこから目印のコンビニに向かい、さらにそこから先生からは1分と聞いていた道のりを10分かけて到着した。ご自宅では先生と彼女が出迎えてくれて、いろいろと楽しい話を聞いた。ポーちゃんという小型犬が元気で、特にちかさんになついていた。彼女はいろいろと料理を出してくれて美味しくいただいた。彼女は元JOCVまたJOCA職員で、いろいろ質問した。野菜隊員としてグアテマラに派遣されたが、グアテマラはとても事故や犯罪の多い国であり、事故に合わないように気をつけていても同期の隊員で彼女以外の隊員は全員何らかの事故・事件の被害を受けていることから、「運」の良し悪しもあるとおっしゃった。また、国旗の掲揚や皇太子殿下の接見などの行事については、JOCVの歴史を見るとやめられない理由があるそうだ。皇太子妃殿下の接見の日付が直前まで分からない点については、妃殿下の行事の中で優先順位が低いことが理由であるということだ。国旗の掲揚に関しては、いつもお世話になっているシニア隊員に聞いてみたところ、「任国に行ってから国民にとっての国旗の意味・重要性が日本と異なることに気づいた時に訓練での国旗掲揚の意味についても分かる。」とおっしゃった。国旗掲揚の際のチャラチャラしている候補生がいるが、そのような場面では注意したくなるそうだ。途中で、研修棟で時々みかける英語の先生が来られた。彼はウエブサイトを持っており、芸術に関する内容であるということを聞くと、ある芸術隊員は幾分興奮気味に「見せて!」と叫んでいた。あっという間に2時間が過ぎ、9時頃に家を出て、コンビニからタクシーに乗って帰った。訓練所手前の上り坂で、二人組のカップルが歩いているのを確認し、何人かが「だれ!?」と特ダネを狙っている記者のような顔をして車中から後ろを振り返っていた。
5月20日(火) ・・・訓練終了まであと23日・・・
ホームクラスのテーマはLove&Marriageで、若い候補生にとっては取組易かったのではないだろうか。今日は、I’d rather do何々の表現やcareerとjobの違いなどを習った。
昼食の際、環境教育隊員で寸劇のことについて話し合い、寸劇をやるかやらないかはっきりしてもらいたいと指摘を受けた。実施についてはっきりしないまま引き伸ばしてきたので、寸劇をやることを前提で進めている他の企画にも影響するから可否を早く決めるべきだとの意見であった。結局、寸劇はやらないことになり、午後の予防接種が終った後に8班担当スタッフにその旨を伝えた。
今日はテクニカルコースのプレゼンの日であったが、昨日の夜から急いで作ったポスターも不備が見つかり、参加者も寝ている人がいるなどできがいいとは言えない内容であった。プレゼンの内容は、ケニアの国立公園の設計を意識したもので、食物連鎖の説明、世界の種多様性の紹介、そして保護区の形としてどのようなものが望ましいかについて考えるというものであった。発表後、小学生には難しすぎる内容であること、写真を多用するともっとわかりやすかったこと、Primary producerという表現が適当ではないのではないかという指摘などを頂戴した。二人目はシニアの方の発表で、ゴミの分別に関するものであった。質疑応答で、ゴミを分別回収することで、スキャベンジャーの仕事を奪い取ってしまうことにつながる可能性があることについて聞いてみたが、あまり期待した回答はいただけなかった。また、後日議論したい。
予防接種の後に語学交流会と語学発表会の説明があった。注射終了後、しばらく時間があったが、コンピューター技術の隊員と英会話をして時間を有効活用することができた。また、タンザニア村落開発の方から統計処理に関するアンケートを頼まれた際、環境教育のアンケート結果の解析をお願いしてみるとデータを送ってもらえれば検討するとの返事をいただいた。自主講座の練習でデータを使用していただけるとどちらも大変助かる。
今日は、8時から環境教育隊員の定例会があり、PDMの発表があるのでその準備に追われた。そのため、7時から行われた同じ生活班の女性候補生の有機農法に関する自主講座に参加することができなかった。とても残念だ。私のPDMに関してはいくつか的を得たご指摘をいただいた。まず、プロジェクト目標に調査票の内容が含まれていない点、またターゲットが不明確である点などが指摘された。ネイチャーゲームに関しては、30日によっちゃんと私、2日のれんとしょうが実施することになった。実は、定例会が始まる前によっちゃんから、「かぶとが本当にやりたいことをやればいい。」と率直なコメントをいただいており、やはり自分はブラウンイシューにあまり関心がないことを再確認した。
終了後、「ネイチャーゲーム」を読んで具体的内容を検討していると、昔彦根市で関わったグリーンマップをつかった環境教育を思い出した。さっそく、よっちゃんに提案して、30日にグリーンマップを使ったゲームをすることになった。それまでの間に二本松訓練所周辺の環境の観点から魅力的なポイントについて調べておく必要がでてきた。
5月19日(月)・・・訓練終了まであと24日・・・
今日、朝のつどいの際に環境教育隊員で集まって寸劇の場所および代替案について少し話をした。メンバーの一人は、食堂で見たくない人にもしないと意味がないと話してくれた。確かに、寸劇の目的が、再生紙裏紙ボックスの設置やポスターの掲示などの他の取り組みの情報提供の手段と考えているので、できるだけ多くの人に見てもらわないと意味がないただ、寸劇も含めて総合的に取り組むことは取り組みの形としては“きれい”だし、訓練所での一連の活動を中では意味があることかもしれない。
今日のホームクラスでは、練習問題とテキストの宿題を忘れてきてしまった。大部分の候補生がしっかりとやってきていたので情けなかった。今日は、ホテルの予約の方法を客と受付に別れて勉強した。もちろん、週初め好例のウイークデイにしたことの発表も二人一組で行った。今日は午後のテクニカルコースがなく、JICAの安全対策チームの職員による「安全対策セミナー」を受講した。このセミナーでは、任国で発生する可能性のある事故、事件、テロなど先日受講した病気以外のリスクについて学んだ。事件、自己については、パワーポイントで現場の臨場感あふれる写真も織り交ぜながら、具体的個別事例をご紹介していただいた。いくつかの統計データに興味を持った。例えば、JICA関係者の9.4人に1人が犯罪に巻き込まれており、そのうち71%が協力隊員であること(18年度)。また、青年海外協力隊の隊員の死者は昨年度で7人となっており、ほとんどが事故によるものだということ。また、エジプトのルクソール事件を例に出して、銃声を覚えておくことの重要性を教えていただいたり、任国に赴任してから6〜12か月で犯罪被害の45%が発生しているという統計値をもとに、時間の経過に伴う意識の風化に注意することの重要性を指摘していただいた。さらに、金目当ての犯罪に巻き込まれたときに役立つ言葉、「分かった。今、金を出す!」を現地語で言えるようにしておくようにとご指導いただいた。途中で男女に別れて講義を受けたが、男性は拳銃の威力に関するビデオと越境や麻薬の問題、女性は最近増えてきているというレープの問題。レープに関しては、男性も受けることがあるそうで、特に規制の厳しいイスラム教徒(破ると石打の刑)は異教徒、特に日本人をカモにする人もいるという。また、女性の場合はレイプに関してはエイズ感染の危険性もあることから極力抵抗することの重要性を強調されていたようである。講座終了後、明日のプレゼンの準備のため、テクニカルコースの教室で初めて講座時間以外に作業をした。ずっと、図書室や宿泊棟でやっていたので少し新鮮だった。行ってみると、結構多くの人がグループで勉強している。ただ、ホームクラスでこの教室を使っている女性から、「最近、机にマジックがついていることがあるので注意して下さいね。」と指摘を受けてしまった。
5月18日(日)・・・残り25日・・・
昨日久し振りにじっくりと酒を飲んだので、今朝は少々起き辛かった。7時過ぎに起床し、班のメンバーで朝食をとってから釣り堀に向かった。前回一緒に行けなかった2名が参加し、合計5名で行った。前回と同じコースを歩き、また懲りもせずに実習所に侵入し心霊写真を撮ろうと頑張った。今日も包丁で刺された死体の役をさせられた。お化け屋敷を出て、快晴の空の下、目的地に向けて歩き続けた。ハンミョウ、テントウムシダマシ、トカゲの死体、イタチなどの生物を目撃した。理数科の元教員の方が植物に詳しく、いろいろと教えてもらった。11時過ぎに釣り堀に到着したが、客は我々以外に誰もおらず、前回の混雑が嘘のようだった。3グループのチーム対抗戦で競い合うことになったが、女性2人のグループが調子良く数尾立て続けに釣り上げた。我々のグループも計2尾釣った。合計7尾を唐揚げやお刺身にしていただきビールとともに食した。Tシャツ一枚で来たが、食事をする頃になると幾分涼しくなり、風が気持ち良かった。食事前に2名が講座の準備などのために先に帰ってしまったのが残念だったが、食事が終った後、残りのメンバーでコンビニで買い物をするために岳温泉まで行った。理数科の女性が、死環(酵素反応)の実験で使うアオキを探していたが、なかなか見つからなかった。結局、葉に斑点がたくさんついている明らかに病気の個体が庭から敷地外にはみ出ていたのでそこから葉を採った。当初足湯に入る予定だったが、他の候補生のグループに先を越されてタイミングを逃してしまったので入らなかった。14時過ぎに帰所し、油断して昼寝をしてしまったので16時頃から勉強を開始した。
夕方、携帯に母から嬉しいメールが来ていた。枚方高校のサッカー部の顧問の先生がケニアの子供たちのためにサッカーボールを無償で提供してくれるというのである。それから、同じ生活班の男性2名と物資を無償で提供することの賛否について話し合った。サッカーボールがあれば、サッカーというチームプレーを通じて、今までの生活や遊びでは得られなかった重要な経験をすることができるかもしれない。しかも、今回提供してもらうのは、使い古したボールであるので、新品を送るのとは意味合いが異なる。今のところ、ケニアに赴任後、宅急便で送ってもらって自分個人で配布しようと考えている。そして、ただで配布するわけではなく、枚方高校とケニアの子供たちの国際交流が進むように、ケニアの子供たちが手紙やメールを送ることを条件に配布しようと思っている。
その後、ケニアでの2年間の活動を描いたPDMシートの作成の続きをやりなんとか完成することができた。やってみると結構時間がかかるものだ。やはり、現職参加の呪縛から逃れられないのか、滋賀県とケニアの学校間の交流、マスコミを使った情報発信、論文の執筆などを意識して記入してしまった。このPDMシートを技術補完研修でお世話になった沖縄大学の桜井先生に見ていただこうと思ったがネットで調べても連絡先が確認できなかったことから今日は断念した。
5月17日(土)・・・残り26日・・・
今日はイベント盛りだくさんの日であった。
まず、英語のホームクラスに体験入所者のシニアの男性が来られた。その方は、まだ試験を受験しておられないが、ボランティアの挑戦しようとしている方だ。私のクラスには偶然シニアの男性がおられたので、「話が合うのでは・・・」と思いホッとしていたが、そうでもないのかもしれないと思った。体験者の方がおられたせいか、いつも元気なチカさんの声が幾分小さかったような気がする。
午後からは、「生活技法・日本文化紹介」の講座があった。また、OPEN HOUSEの日でもあったので、一般の方が訓練所の見学に来られていた。NGO「アフリック」でお世話になっている福島大学教員の方も来られており、玄関前の通路で偶然見かけ、びっくりした。私は、日本舞踊と伝承あそびを受講した。日本舞踊では着物を着、扇子を持って繰り返し練習した。「さくら」の歌に合わせて、京都でよく見た舞妓の踊りをイメージし、繊細な動きで美しく踊ろうと努めたが全然ダメだったようである。偶然男性はケニア派遣の3名だけで、一般の方はアメリカ人の方のみだった。女性は数名の一般参加の方がおられたようで、何名かはこれから青年海外協力隊を受験しようと考えておられるようだ。次の伝承遊びでは、お手玉、あやとり、おはじきをして遊んだ。お手玉は作るところから始め、久し振りの裁縫にてこずった。これら3つの遊びは任国でも使えそうだ。
講座が終って、宿泊棟に戻ると、しもちゃんが疲れたような満足したような微妙な表情で話しかけてきた。鳥を解体したそうだ。しかも、鳥の首を切り落とす最初の段階からやったようで、鳥の匂いが染みついているような気がするとしきりに言っていた。彼は動画も見せてくれ、そこには彼が首を切断する場面が映されていた。首を切り落とされた鶏は、20秒くらい暴れ続け、急に動かなくなった。彼は、「切断後も首は動いてましたよ〜」と真顔で言った。
アフターファイブは、around30の飲み会があった。「アラサン」と呼ぶらしい。実際には、20代前半の男女も何名かおられたようで、ノリは懐かしいくらい若かった。ついていけなかったが思う存分楽しんだ。また、名前を記入していくビンゴゲームのおかげで多くの方とお話することができた。お金を一人100円ずつ余分に徴収して、ビンゴゲームの勝者の賞金とし、しかもカードに記入されている同じアルファベッドの方と山分けすることができるというもので、アイスブレークのツールとしてはとても面白い。これは、幹事を務めていただいた男性(ケニア派遣予定)のコーディネート力のおかげである。
5月16日(金)・・・残り27日・・・
朝のつどいの際に、睡眠時間について話をした。何人かが10時頃に寝て5時頃に起きていることを知り意外だった。彼らは、「遅くまで起きれない。」と話してくれた。
午前中の英語では、宿題の答え合わせをした。Do you knowやCan you tell meの後のWhereやif節の中では、主語、動詞の順になることを確認した。また、時刻表を見ながら質問する練習をした。今日は、体育隊員の美術隊員の3名のグループに入っていたが、途中「今日は講師がピリピリしているのではないか。」「マリッジブルーかな」と冗談を言いながら楽しく学ぶことができた。
昼の放送は、中国語だった。今まで英語が続き、マンネリ化してきていた。今日の放送では、クラスメートの紹介をしていることは分かったがそれ以外は全く理解できなかった。
Tクラスは、一名のプレゼンを聞いた後、他のクラスにシニア、しもちゃん、私の3名が合流した。1名のプレゼンは、水質に関するもので、ほぼワンウェイの講義で、途中で多くの参加者から質問を受けながら、ベンゼンリングを書いたり、有毒化学物質について生徒にこたえさせたりしながら講義した。他のクラスでは、水圏の食物連鎖と森林の植生遷移についてのプレゼンを聞いた。両方とも15分と短く、ノーマルが非参加型の講義形式であった。それぞれ栄養段階と遷移段階でいくつかのグループに分けて、その特徴を説明していくというスタイルをとっていた。
次に選択講座「ジェンダー」を受講した。グループ分けがあったが、またワークショップかと少しうんざりしながらもCグループの席に座った。
最初にアイスブレークとして、ジェンダーという言葉について、グループ内で意見を出したった。今までにジェンダーに関するワークショップに参加したことがある人がいた。ジェンダーは生理的なものではなく、社会的な男女差の問題であると説明してくれる方もいた。次に、男性女性にしかできないものを4つのカテゴリーに分けて記入する作業を進めた。大相撲、宝塚、舞妓稽古、立ち小便、K1、プロ野球などが挙げれてた。ある男性は、「性欲を我慢すること」と記入した。私は書きたくなかったがあえて反対はしなかった。その後、グループごとにまとめた内容を発表していった。この発表内容については興味があったので下記のとおりまとめてみる。
再婚については、女性の場合、前婚の解消又は取消しの日から六箇月を経過した後でなければできない。
女性は天皇になることができないという意見があったが、現行の皇室典範第1条には、「皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する。」と定められており、前例のない女系天皇はもとより過去に例のある男系女性天皇もまた認められていない。
最初の女帝は、第33代の推古天皇で、在位は592年〜628年であり、第117代の後桜町天皇(在位:1762年〜1770年)まで10代8方の女性天皇がいた。
大相撲に女性が参加することができないという意見については、大阪府の太田房江知事が、春場所千秋楽の表彰式の際に「土俵に上がって」府知事杯を手渡したいとしていた問題について、相撲協会は今年もその要請を認めない決定をしたことが過去に問題になった。神道や仏教の中に女性の身体を「けがれた」ものと見なす差別思想が存在したという意見があり、神道儀式としての起源を持つ大相撲が「女人禁制」の伝統を持つことを、こうした思想と全く無関係と主張するのは難しいのかもしれない。
男性は助産師のなれないという意見があったが、確かに助産師国家試験の受験資格が女性にしかないため男性はなるこができない。
女性は歌舞伎役者になれないという意見があったが、歌舞伎は、日本の代表的な伝統演劇の1つで、1603年ごろ出雲大社の巫女・阿国が京都で念仏踊りを興行したのが初めとされているが、その後女性の歌舞伎は風紀を乱すと禁止されてからは男性のみで演じられるようになった。
結婚できる年齢に男女差があることが挙げられていたが、民法では、女性は16歳、男性は18歳から結婚できることとなっている。この理由として、子供を出産するという観点で、最低でもこの年齢(16歳)が必要であることと、結婚生活には経済力が必要であり、18歳であれば就業にはなんとかなると考えられていることなどが挙げられる。
今日は8時から環境教育隊員の集会があり、けいこがマレーシアの活動のPDMを発表し、来週からの寸劇は、ポスターや裏紙再生紙ボックスの設置、回収などのタイミングと合わせて、関連する内容でやっていくことになった。
5月15日(木)・・・残り28日・・・
今日の朝の集いでは、ザンビアの国歌が1分31秒と長いためか、それとも全体日直担当者がまだ慣れていないためか分からないが旗の揚がるスピードがまちまちであった。掲揚される国旗をずっと注視していたが、結局最後はだいたい足並みをそろえて先端に到着した。朝の番組の星座占いを見ているようだった。国旗掲揚担当の4人のうち3人は教員であった。今日も三寒四温かどうか知らないが、いつもより寒く感じた。講座委員から話があり、選択講座であるにも関わらず寝ている人が散見されること、時間ぎりぎりに教室に入る人がいることなどを挙げ、5分前までに来ることと寝ている人がいたら周囲の人が注意してあげられる関係をつくようにと指摘した。そのような話の後に、候補生は拍手をしたのでものすごく違和感を感じた。今日で国旗は一巡したので明日はカンボジアである。
中国の地震についてスタッフから話があり、隊員もJICA関係者も全員無事が確認されたそうだ。
今日も班員と朝食をともにしたが、青少年活動の候補生に協力隊の活動終了後に仕事で英語を生かせないことを言うと、外務省とかJICAに転職すればいいのにと返ってきた。自分が安定志向であることを告げると、「やっぱり!」と即答され、自分の性格なんてすぐに見抜かれるものなんだと思った。
今日はホームクラスでシニア隊員と組んだ。その方はずっと咳がとまらず、今日も咳をしておられたので「医師に診てもらったらどうですか。」と聞くとなかなか時間がとれないことを打ち明けてくれた。この訓練所でたった一人のシニア隊員であることの不安をおくびにも出さない方であるが、周りの候補生はものすごく心配しているのではないだろうか。今日の習った表現で特筆すべきは、“Nothing’s for free”である。今日は空港で荷物を紛失したため、他人に服や日焼け止めを貸してもらうときの表現を勉強した。若干どもりながら不正確な英語で話すところは我々2人の共通点である。今日もいつものようにどもりながら会話を楽しんだ。私のクラスは日本語も英語も弁が立つ人が多いが、KYにならないように気をつけながら、できるだけたくさん話ができるように頑張っていきたいものだ。今日は、交通がテーマで、車やバスといった交通手段のうち何が一番好きか、どの手段を最もよく使うか、新幹線で一番遠くまで移動したのはどの駅までかなどの質問を4つの絵を見ながら交わした。講義の休み時間に女性候補生が入っていて、「さむらいあん」とか言って武士に扮した講師の写真を見せてくれた。
昼食は、牛肉煮込みと帆立おくらが出された。ホームクラスのみんなで集まって食べたが、講師が「GYUDON!」と言って、牛肉煮込みをごはんに乗せて食べていた。彼は、今日修理に出していたバイクが戻ってくると喜んでいた。昨年の10月にアクシデントで故障し、冬季は乗らないのでほっていたバイクをスタッフの一人が修理してくれたそうだ。
今日のTクラスは、2名の発表があった。一人目は、会計簿について、参加者に文章を読んで表に数値を入れてもらう作業を10分間で行った。これをやるインセンティブが分からないとの質問が出たが、税金対策や開発ワーカーが状況を整理すること、会社の経営者自身が収支状況を確認することなどの目的があることを先生の助けを借りながら説明した。二人目は、男女の期待されている役割について、2グループに分かれて議論した。女性については、水運び、寡黙であることなどが挙げられた。男性は、パワフル、強いこと、真面目に働くことなどが挙げられた。次にそれらの期待されていることを無視するとどうなるかを議論した。女性については、村人に無視される、離婚せざるをえなくなるなどで、男性は、社会的地位を失う、生存できないことなどが挙げられた。次にもう一回グループ分けをして2人一組のグループを作った。そして、各グループに配られたカードの内容を確認し、男女の役に別れて寸劇を行った。私は、しもちゃんと組んで、彼が早くセックスをしたいがコンドームをつけない男性、私がゴムをつけてほしいと望んでいる女性を演じた。結局、私たちは通りいっぺんの会話しかできなかった。
続いて、講座「日本はどうやって発展したのか〜近代日本の開発経験」があり、矢島氏(自然塾寺小屋)に発表していただいた。矢島氏は、1990年から2001年まで協力隊としてパナマに村落開発で派遣された。プレゼンに集中して聞いてもらいたいから資料は後で配布するとおっしゃった。まず、日本の文化や歴史についてある程度知っておくべきだとおっしゃった。例えば、稲刈りから米ができるまでの過程などを挙げられた。また、学制(1872年)が導入された際、女性は学問を学ぶ必要はないと考えられていたこと、農村地域は明治から昭和にかけてほとんど変化していないこと、農閑期には、田舎から東京に出稼ぎにでかける人が多く、上野駅ではブローカーに声をかけられるまでたむろする人々でごったがえしていたことなどが紹介された。日本という国について誤解している方も多く、パナマでは日本は中国の一部だと言われたこともあるという。
次に同じ講師による、「生活改善運動〜戦後日本の農村開発経験〜」を受講した。戦後、GHQの指導のもと、農業改良助長法(1948年)が制定され、農業改良普及員(ほとんど男性)と生活改良普及員(ほとんど女性)の2種類の国家資格が始まった。後者についての説明に重点が置かれ、生改さんは各普及所に1〜2名が郡レベルで担当していたようだ。その当時から役人は現場を知らずに行政運営を行っていたが、生改さんは当時まだ普及していなかった自転車に乗って各村々を巡回していたそうだ。おくどさんは熱効率と換気に問題があり、位置が低いため腰を痛める原因になっていたが、生改さんは、国の補助金を使いかまどを改善する橋渡し的な役割も担っていたそうだ。また、キッチンカー(栄養改善指導者)で栄養バランスの観点から料理教室を実施することもあったが、食材については地元で準備してもらうことにしていたそうだ。また、布団干しを推進する際に、布団を家の者以外に見せる習慣がなかったこともあり、抵抗感を持つ人も多かったが、その対策として布団皮づくりを行ったこともある。また、農繁期には、非農家の女性にパートとして弁当を作ってもらう共同炊事や寺の境内などで一次的な託児所を設ける取組もあったそうだ。云々・・・。プレゼンの中で、村人がいちごをパックに詰める風景の写真を見せられた時、子供のころ祖父と畑でとってきたイチゴを納屋の中でパックに詰めたことを思い出した。残り20分くらいで終わりそうになったが、演者は「何時までですか」とスタッフに確認し、17時まで日本の事例を発表した。質疑応答の時間に詰問しようと目論んでいたのに実行できなくて非常に残念だ。
今日の更衣室で、ケニアに派遣予定の環境協力隊員と講座の話をした。休み時間なしで質疑応答の時間もなかった点、日本の手法を任国にそのまま持ち込むことの危険性に触れられなかった点、高度経済成長期以降の第1次産業の衰退、中山間地域の過疎化などの過去の政策の失敗を途上国の開発にどのように生かすかについて触れられなかった点などに不満を感じる、云々と雑談した。
20時から、しょうと寸劇の打ち合わせを行った。自分が普段できていないことを人に説得するので偽善者になってしまうことが不安であると打ち明けると、それは仕方がないとなだめられた。内容は、宇宙人と地球人の会話で、電気の無駄遣いが化石燃料の減少につながり、未来の世代に負の遺産を残すことになることを説明するというものになった。
5月14日(水)
今日は、天気が悪かったので体育館で朝の朝礼があり、歌の練習があった。いつものように2人の音楽隊員の指導のもと練習した。今日はone-day所外活動の日であったので、ホームクラスの授業はなかった。Tクラスの先生は所外活動反対派のようで、以前確認した際も「所外活動には行きたくない」とはっきりと回答していた。そのため、今日は1日Tクラスの講義があった。午前中はワークショップのDVDを見た。ウガンダで行われたもので、コンドームの問題や飲酒、伝統などのいくつかのパートで構成されており、受講者は各自3つのパートをランダムに指定され、該当するパートについてポイントと疑問点を用紙に記入していく作業を行った。アフリカ英語は聞き取りにくく苦戦したが、最後のディスカッションでは比較的話ができた。今日は昼休みに環境教育隊員のしょうと会って、来週予定している寸劇の打ち合わせを行った。午後からはいつも通りプレゼンがあり、ケニアの国立公園をテーマにしたすごろくと調査手法の一つである現状分析についてそれぞれ2人が発表した。その後、19時からはワークショップ「もしも地球が100人の村だったら」が行われたので参加した。最初にアイスブレークとして、「いま生き生きと生活できていますか」という質問に対してその解答により4隅に分かれて、指名された何人かがその理由について答えた。私は「とても生き生きしている」の角にいたが、そこには合計3名がおり、昨日愚痴をこぼしていたR君は私と反対側の「まったく生き生きしていない」にいたので理由がだいたい推測できて面白かった。その後、地球の人口に関するクイズがあり、参加者を使って時系列に沿って人口がどのように増加していったかを表現する時間があった。続いて、各自にカードが配られた。そのカードには、使用言語と地域、性別、あいさつなどが記入されており、私は朝鮮語を話すアジア人で女性だった。最初に女性と男性に分かれて並んでもらい、女性の方が1名多いことを示し、女性が多い理由、女性が多い地域などについて参加型で説明があった。次に、あいさつをして、同じ言語の人を探すゲームがあり、私は一番数の多いたった一人の村人となった。あいさつしても誰も相手にしてくれず、パートナーが見つからないことに一抹の寂しさを感じた。孤独な一人ぼっちの村人たちも他のグループと同様に集合し、端の方で一列になった。すべての組がそれぞれの言葉であいさつし、地域を言った。その後、いくつかの言語で世界の人口の大半を占めてしまうことや1000人未満の人々しか使用しない言語が世界で数百以上あることやそれらのほとんどが近いうちに消滅してしまうことなどが説明された。その後、大陸ごとに分かれて、ロープの中に入り、大陸ごとの違いを比較した。最後に、カードの右上の記号をもとに、3つのグループに分かれた。お菓子をお茶が各グループに与えられたが、その量が不公平であった。どのような基準でグループが分かれているか説明があり、食べ物の豊富な国とそうでない国で分かれていることを知った。自分は、中間に位置する国のグループに入ったが、お茶はコップの底から1cmくらい、クッキーは1cm四方のかけらだけになった。くびれたワイングラスのような図を見せられ、食糧に困っていない国はごく一部であることを説明していただいた。最後に振り返りの時間として、世界の現状について朗読があり、各自気になったところにチェックを入れ、2人一組で議論した。私はTクラスで一緒の院卒の女性と組んで議論した。その中で、先進国の視点で作られているので途上国に持ち込む際には注意する必要がある。多くの言語が取り上げられないくらい使用人口が少ないこと、それらの地域が無視されていることが気になることを述べた。すごく楽しいワークショップであった。その後、20時からはサッカーに参加し、終了後ダラダラして過ごした。10時頃から談話室で生活班の方数名で英会話の練習をした。今日は新入りが数名いたが、一人がスパームについて触れてから下品な話に移行した。10時30分頃、しょう君が寸劇の打ち合わせのために談話室に来てくれた。今日は一日の終盤は、あまり気合いが入らなかった。ワークショップが終わった後に勉強する予定だったのにそのままサッカーに流されてしまったからかもしれない。
5月13日(火)
今日は、天気が悪かったので体育館で朝礼があった。今日の国旗はタンザニアで、タンザニア派遣予定の班員も前に出て「ジャンボ!」と挨拶していた。
今日は少し早めに部屋を出て、まずLonely Planetの野生生物を紹介するページをコピーし、そのままパメラ先生の部屋で模造紙を取ってきて、野生生物の名前を書いたり、適当な大きさに切ったりと午後の準備をした。
今日は、人に何かを依頼するときの表現について、couldとwouldの使い分け、borrowとlendの使い方を中心に学んだ。ただ、今日の授業では最初にサプライズがあった。昨日の講義でやり残したCulture Shockのプリントの問題を体育隊員の方とやっていると、先生がケーキを持って、「Happy birthday!」と言いながら入ってきた。実はこの時にも気づいていなかったが、今日はザンビア隊員(コンピューター技術)の誕生日であった。彼女がロウソクの火を消してから写真を撮るためにもう一回火をつけた。ケーキを食べながら授業を続けた。それにしても、ネイティブの先生に少人数で教えてもらえるだけでも有難いと思っているのに、アットホームな雰囲気でしかも適度の宿題も出してもらいとても贅沢な授業だ。今日も授業では、受講生が先生に、「Could you・・・?」の表現を使って何かをお願いしたり、2人一組でペンや定規などの小物を貸し借りするための会話などを練習した。今日もあの女性は、ナイスガイ!ナイスガ〜イ!と叫んでいた。5月21日にホームクラスの飲み会をすることも決定した。
午前中の講座が終わり、12時から環境教育隊員のインタビューがあったが午後の準備があったので休ませてもらった。
午後のプレゼンのテーマは食物連鎖で、ケニアの子供たちを対象に参加型で行うワークショップという設定だった。今日も目標は、文章を見ないでやることであったが、大まかな流れについては箇条書きにしてホワイトボードに貼っておいた。
クラスメートから頂戴したアドバイスは、ホワイトボードに生態系ピラミッドを描くと分かりやすかったという意見や、分解者や生産者は扱わずに捕食者と植食者に限定して説明すると分かりやすいという指摘、あるいはdetritivoresという単語は子供たちが理解できるのかといった批判などがあった。
ケニアの子供たちに食物連鎖の仕組みを説明することにははっきり言ってそれほど興味がない。自然の摂理を具象化することは、何も私が行かなくても誰でもできることである。ただ、ケニアと滋賀県の小学生の交流にこだわりすぎるとあまり面白くないワークショップになってしまいがちなので、聞いてくれてる候補生に対する敬意を示す意味でも楽しいワークショップにしようと思った。そのため、今回は写真を多用し、ネットで調べた“ロープ”を使って食物連鎖を学ぶツールを実践し参加型で行ってみた。
プレゼンが終わり、3時10分からは毎週火曜日恒例の注射だ。今日は狂犬病の第3回目であるが、これは筋肉注射のため少し痛い。昨日の班会議の際にも報告されたとおり、今日からジンバブエ隊員の方の派遣代替国が決定したのを受けて、席替えがあり、若干自分の座席も移動した。文庫本を読みながら順番待ちした。横の女性は、有機肥料の本を読んでいたので、話を聞いてみた。その本は、彼女の恩師が執筆したものであるようだ。彼女は、先日の講座で紹介された「囚人のジレンマ」を図書室で少し読んだ話もしてくれ、あの本はかなり難解なので確認してから買った方がよいと教えてくれた。
今日はOBデーのオリエンテーションが終わってから、スタッフによる班別のミーティングがあった。今日は女性スタッフだけ来られた。PDSシートの講座の欄に何をかけばいいのか分からないといったものや、これから温かくなってきた時の服装(クールビズ)について、さらには訓練所の毎週の目標が形だけに終わっていないかといった意見が出た。毎週目標を設定しているのであれば、すべての候補生がその目標に向かって弛まない努力をするべきであると思うし、新卒の多い1次隊であれば勢いだけで達成できそうな気がする。会社の組織目標などは形だけで終わってしまっているようなものが多いと思うが、訓練所の場合はせっかく若い人々が集まっているのであるからそんな冷めた目標設定や考え方をとる必要はないと思う。JICAとしては、この建前だけの全体目標についてどのように考えているのであろうか。
今日は予防接種の日であるため、浴槽には湯が張っておらず、浴室はかなりひんやりしている。浴室が広いせいもあって、高温多湿の空気に包まれていないこの感覚はかなりの不安を感じさせる。先日、浴室のげた箱の上に置かれた洗面具について注意があったところだが、まだ置いてあった。
今日は、9時から環境教育隊員の勉強会を行った。今日はポスターを使って今まで調べたことを候補生と共有したいという案が出た。また、寸劇については、しょうと私で来週中の4回は実施することとなり、今週金曜までに計画書を事務局に提出することとなった。しょうとは明日寸劇の打ち合わせをする。しょうは結構やる気で気遅れしないようにモチベーションを維持しないといけない。また、環境教育とは関係ないが、ある班で自己中心的な女性がいるために班の中で波風が立っているという話があった。
明日は、候補生が主催するワークショップがある。ワークショップが住民参加の免罪符として使われているという批判が多い中で、何か新しい発見があるものを期待している。
5月12日
英語の授業では、まず、月曜日に恒例となっている週末にしたことをパートナーと話す時間がある。私はケニア派遣のれん君と組んで、班担当スタッフの家にお邪魔し、料理を御馳走になったこと、そのスタッフがギターを演奏してくれたこと、帰る途中で偶然ライアン先生に会ったことなどを話した。
次に感情表現について学んだ。単語は、afraid, angry, bored confidentなどを使った。文章の書かれた紙を2枚ずつ配られ、それを感情を表情で表わしながら読み上げる。クラスメートは、you are 〜!とその読み手の精神状態を当てる。私は、「I’m taking the TOEIC test tomorrow and I
haven’t even prepared」「Whew! We almost got killed」と感情を込めて読んだ。
次に、カルチャーショックについて、議論した。まず、カルチャーショックにはrejection, honeymoon, accpetance, adjustmentの4つの段階があることを説明した上で、受講者はこの4つの順番について議論した。次に、縦軸にhappiness指数をとり、時系列に沿って4つの段階がいつ訪れ、それぞれの時期のhappiness指数はどの程度かを各自がグラフで示し2人一組で議論した。ここで以下の発言をした。
「ほんとうはしたくもないこと」をしつづけるのは、すべての人間にとって根本的に空しいことである。ただ、日本でもほとんどの社会人が多かれ少なかれこのような空しさに悩まされているのではないだろうか。私は、ケニアでも経験するのであろうこの空しさに対しては素直に受け入れるつもりだ。社会人生活の3年間もこのような空しさを感じながら、自分のやりたことができる瞬間には思う存分自分の色を出せるよう努力してきたつもりである。
グラフについては、ケニア赴任後3か月程度でhoneymoonを迎え、6か月でrejection、9か月でadjustment、1年目でacceptanceのそれぞれピークを経験することとし、acceptanceの時期の指数が最高になるよう期待も込めてグラフを描いた。
昼食時、8班の女性とカルチャーショックの話をした。彼女は、honeymoon periodなどの言葉も知っており、大学時代によく勉強していたそうである。
今日は午後からのテクニカルコースの授業がなく、「感染症の基礎知識と対応」「性感染症」の講座があった。抑揚のないトーンで続く講義は少々眠気を誘ったようで、ウトウトしている候補生も散見された。質疑応答では、エチオピアでのマラリアの危険性に関するものなどについて質問されていた。
明日はプレゼンということで講座終了後は準備に没頭した。発言内容以外の道具の作成などは全く手をつけていなかった。プレゼンの内容についても、しっかりと検討できていなかったので、まだ先生に要旨の提出も済んでいなかった。内容は、ケニアのメルー市における環境問題について子供たちが議論するというもので考えていたが、大幅に焦点をしぼって、「メルー国立公園の食物連鎖を理解すること」を目的とした。KWSにおける私の任務の一つに小中学校への巡回指導があるので、活動内容とも整合する。食物連鎖を理解するためのツールは、ロープを使った食物網の視覚化と動物の名前を書いたカードを肉食動物、草食動物などのグループに分類する作業の2本柱である。ロープの確保、動物の写真の収集、カードの作成などやるべき作業がかなり残されていたので順番に片づけた。
準備をしているとしもちゃんがバトミントンに誘ってくれたが、8時からフットサルの練習があったので断った。8時から9時半頃までサッカーの練習をしたが、その時しもちゃんも参加し一緒に楽しんだ。
今日は10時から班ミーティングがあった。班長代行からは、・・・
セクハラに当たるような発言が男性から出ることが多くなってきたので気を引き締めること。飲み会などに参加したくない人もいるので、むりやり誘うようなことはないようにすること。岳温泉の飲食店で飲んでいる途中で、他の飲食店に移動する人が多く勘定の際混乱するので慎むこと。アルバム作成の日程に余裕がないことなどからDVDにする方向で進んでいること。
などが述べられた。また、班員からは、メモリースティックがなかなか返ってこないので困っていること、アルバムのDVDを候補生全員に回すとウイルス対策ソフトの入っていないパソコンがあると感染する可能性が高いこと、掲示板に張ってある名簿を活用してPDSシートの提出状況やメモリースティックの回覧状況を確認できるようにしておくと便利であることなどが指摘された。
班ミーティング終了後も明日のプレゼンの準備を続け、結局ネットが使用できなくなる11時ギリギリまでライオンやマングース、シマウマなどの写真を集めていた。その後、明日のホーククラスの宿題を片付けて寝た。
5月11日
今日、朝食後、生活班の掲示板のJOCVニュースを見ると、現職教員の隊員の報告会の記事が掲載されており、その中で重要なことを思い出させてくれるコメントがあった。それは、帰国後の社会還元活動に関するもので、帰国後に授業に生かすために写真などのデータを収集しておくべきという意見や、周囲は自分が思っているほど協力隊の活動をすごいと思ってくれないこと、国際理解協力や任国の話をする前に学級運営や教科指導がしっかりできていることが重要だという現実的コメントも掲載されていた。さらには、任国に行ってから月日が経過するに従って、文化や慣習、建築物などに対する好奇心が薄れてくるので、赴任当初から写真を撮っておくべきとのアドバイスもいただいた。
任国滞在中のいう時の利を生かして、日本社会に対する還元活動がしたいと思っていたが、今何ができるのであろう。このJOCVニュースのおかげでやるべきことを思い出すことができた。さっそく、滋賀県国際協会の国際協力推進員にメールを送り、任国滞在中にケニアと滋賀県の小学校の交流活動をしたいと思っていることをお伝えした。
12時に生活班の担当者のご自宅にお邪魔することになっているので11時にタクシーで訓練所を出た。この時、興味深いこんな話を聞いた。AさんとBさんがいい関係になっていること(所謂、イリュージョン)について話している最中に・・・
T君「Tさんはフュージョンとかないんですか。」
Tさん「フュージョンって何?」
T君「まちがった。コラボレーションだ。」
ちなみに、fusionは融合、合併などの意味の単語だ。
この方は、考古学でソロモンとバヌアツにいっておられる。不二家に寄り、お土産を買い、ご自宅に向かう途中で、T君が地図が描かれた紙を無くしたことを告げた。しかし、大通りから近かったこともあり、難なくたどり着いた。着くと、8班担当の女性スタッフも既に着いており、いきなりであるが餃子作りの手伝いを全員で行った。具はポテトとコーン。スタッフの女性は、出来具合で性格が分かるんだよね〜とか言いながら餃子を一つずつチェックしていた。ビールやワインを指さし、何か飲むかと聞かれ、どうしたらいいのか迷ったが誘惑に負けてビールをいただくことにした。ギターが置いてあったので、演奏をお願いすると、使い古したノートを見ながら、乾杯やアイラブユー、いとしのエリー、古時計など懐かしい歌を歌ってくれた。私もノートを見ながら、音痴な歌声でずうずうしくも歌ってしまった。大きな声で歌っているTさんはほとんどの歌の歌詞を知っており感心した。また、料理がどんどんと出てきた。カツオのたたき、サーモンのお造り、粟のグラタン(?)、生春巻き、野菜スティック、みんなで作った餃子、おにぎり、ミントのゼリーのオンパレードでまさに至れり尽くせりだった。どうせ明日のホームクラスでは日曜日の出来事を英語でディスカッションするのでこれから日曜日の日記の一部は英語で書くことにする。
We went to see a stuff of NTC who was in
charge of our life group. He has already
been to Soromon and Banuatu as archaeology
stuff by system of JICA in past time. They
met each other when he was in Soromon in
JOCV and After they went back to Japan, they
got married. He has lived with his wife in
Nihonmatu city. Yesterday, She cooked and
treat us. We can enjoy sliced raw fish of
bonito, sermon and squid. In addition, He
played the guitar and lined out. He has had
a note book which many libretto of song was
written since he was JOCV member. While he
read the libretto, He sang many song which
we could remember the good old days. We kept
to eating in his house until 4 o’clock,
I felt sensation of fullness. On our way
home, When I drop in at the parking of drug
store, I happened to meet Ryan with his dog.
結局、向田亭を出てスーパーで買い物をし、16時過ぎに帰所した。
5月10日(土)
日記の目的はなんだろう。今すぐに思いつくのは2つの理由だ。一つは、毎日一日の出来事を叙述することで自分の問題点が整理でき、モチベーション維持に役立つこと。二つ目は、毎日継続することで、任国に行ってから日々の記録を残すためのトレーニングになること。多分、日本にいるうちに習慣化しておかないと任国では続かないという焦りがある。
今日はホームクラスの講義で英語の結果が分かった。英語の能力を示す試験については、いささか欺瞞的であると思うが、訓練所のカリキュラムに組み込まれた決まり事なので仕方がない。ただ、個人の能力の具象化であると言われれば否定できない。結果は謙虚に受け止めよう。
私のクラスでは、一緒にケニアに派遣予定の男性の成績が卓抜していることが分かり驚愕した。また、自分の点数がすべて平均以下であったことに呆然としてしまったが、他の候補生にも憮然としている方がいて少しほっとした。実は、自分の英語力に対して幾分自負していたので、回答用紙の表紙にクラスの平均点とそれ以下の自分の点数が並べて記載されているものを見せつけられると、今までの思い込みの優越感はみごとに足払いを食らわされてしまった。ライティングが57.5(66)、リスニングが42(54)、スピーキングが57(66)と括弧内の平均点からも開きがある。さらに、このままケニアに行って自分は社会貢献できるのであろうか、という危惧を感じざるをえない。同じクラスの若い女性は、優越感に浸りながら「I’m winner.I’m winner!!」と笑顔で叫んでいた。
昼食後、テクニカルクラスで2人ずつのグループに分かれて、前回のプレゼンについてお互いに問題点を指摘しあった。今日は、同じケニア派遣(環境教育)の男性と議論した。彼は英語のレベルが非常に高いのでとても有難い。彼からは、前回のKJ法を参考にした方法で、ケニアから日本に送る質問のキーワードを決定する際に、5グループに分けそれぞれについて1つだけキーワードを選ぶやり方ではすべての子供たちの意見が反映されないとご指摘をいただいた。そのあと、時間が余ったので、昨日の地球のステージで話の出た「国際協力を始めようと思った動機」について英語でディスカッションした。
講座が終了した後、体育館で同じ生活班の方々と卓球やバトミントンに興じた。基本的に手を使う球技は苦手だが、そうも言ってられないので頑張った。卓球は慣れてきたが、バトミントンの下から打つサーブできなかった。
しばらく勉強して、同じ生活班の5名で温泉に行った。場所はいつも行く碧山亭で、浴室に入る入口の前で水を飲んでる時に、「もう手慣れてきたね〜。長いこと来ているみたい。」と話す女性もいた。今日はたまたま一緒にきた男性が彼女に会うというので、待ち合わせ時間まで一緒に温泉に入ることになった。彼は浴室で女湯に同じ班のメンバー以外がいないことを確認してから必死にお湯を壁越しに放水(?)していた。風呂からあがり、直後に到着したその彼の彼女と話をした。クマの研究をしており、今日も栃木の調査が終わりそのまま二本松にやってきたという。私が滋賀県でクマやシカの獣害担当をしてきたいことを伝えた。彼女は先日、イタリアで行われた国際クマ会議で京大の研修室でお世話になっていた先輩に会ったと話してくれた。アフリカで興味のある動物はライオンということだが、アフリカにはクマと似たニッチェを持つ動物はいないかもしれないと言っていた。非常に面白い出会いだ。
温泉から帰り、「ブッシュマンとして生きる」を読み切り、英語の試験でミスした部分を復習した。
スピーキングは、最初の10問は、過去時制、未来時制、進行形、条件節、その他のセクションで2問ずつ簡単な質問が出されたが、ここは問題なかった。次の質問は日本に関する2問で、最初に相撲のやり方、次に身近にあるフェスティバルについて3分で答える問題で、ここで結構手間取った。
ライティングは、復習してみるとケアレスミス、特に問題を理解していないために起こるミスがとても多いことに気がついた。パート1のケニアと日本の気候、衣装、経済、ライフスタイル、野生生物を比較する文章を作る問題では、全く比較する文になっておらず、単純に両国の状況を羅列するだけになってしまっている。また、パート3の会話の穴埋めでも、前後の会話の内容と整合しておらず、welcoming partyでの会話を取り上げた問題で、KYの解答になってしまった。
10時前には、岳温泉に呑みに行っていた候補生が一斉に帰所するので、泥酔状態の者の効果もあって「ドタバタ、ワーワー」と急に賑やかになった。勉強の集中力が少し落ちたが、しばらくしてまたペースを取り戻した。10時30半頃に生活班の数名が大富豪を始めた。ホームクラスのジャーナルの調べ物(相撲、自殺、八百万の神などについて書くつもり)をしていたので、参加したかったができなかった。
5月9日(金)
今日は、中間テストの日である。昨晩はテスト前日であったにも関わらず、12時前に就寝した。
いつもより15分早い8時30分のホームクラスに集合して、全員揃ってから2階の219教室に移動した。前方が空いていたので一番前の席に座った。40分から50分リスニングの試験があった。聞き取りし、その内容を紙に書いていく。質問によっては発言される数字を正確に把握する必要があるものもあり、かなり集中力が必要で往生した。40点採れていたらいいほうかもしれない。表紙にはクラスの平均点と個人の得点を書く欄があり、この数値に開きがあったらかなりショックだろうなと心配になった。10時5分から11時35分まではライティングのテストであったが、問題のレベルはそれほど高くなく、時間があればほぼ完璧に解ける程度のものであった。ライアンが最後の問題は20点だから、それ以前の問題に時間をかけすぎるのはよくないと指摘があった。最後の問題は選択式であり、新聞の人生相談に寄せられた記事に対して、アドバイスを自由に記述するというもので、40代のおっちゃんが云々というものと、22歳の若者がクラブ通いをやめない姉を心配して寄稿したものがあった。私は迷わず2つめのクラブ通いの方を選択して、150字以上とあったが300字以上書いた。20点というボーナスポイントのことが頭から離れず、この最後の問題で時間を費やしてしまい他の問題が全く手をつけずにかなり残ってしまった。
午後のスピーキングのテストの合間に、図書館で協力隊の資料を読んだ。ケニアの理数科教師がまとめた、「報道記事と既提出報告書との対比によるケニアにおける教育業務の状況」というものにはケニアの学校のモラルの低さとして以下の点が指摘されていた。
・生徒を校舎建設に従事させた
・一般教員の女生徒への暴行が頻発している
・警察官が教員、女生徒への暴行に加担した。
・不平・不満を暴力・デモに訴え、その際に盗難を犯す。
・校長が国家試験の受験料を横領している。
・国家試験の不正として、教師、生徒、試験管、教育省が一体となったカンニングが頻発している。
また、同じファイルに綴じてあった資料にあった特集記事には、協力隊OBの発言で「協力隊、帰ってきたらただの人」という言葉があり、なるほどと思った。この記事には、日本社会には協力隊の経験を生かす場が少ないことも指摘されていた。
午後のスピーキングの試験は最初に「次の週末は何をするか?」「昨日の今頃は何をしてたか?」「ケニアで何に興味があるか?」など簡単な質問を聞かれた。次に、バナナと壺と黒人の女性が映っている写真や難民キャンプのような写真の説明を求められたり、相撲の順番について説明を求められたりした。感触として100点満点で30点くらいのできであったと思う。
今日の講座は、「ストレスとメンタルヘルス」で心理テストを行った後、ストレス解消の方法や海外生活のストレス、うつ病の特徴などについて講義があった。うつ病で休職していた社員が職場復帰した際の対応について、本人の不安を理解すること、以前と同様単純な業務からじっくり始めることなどの重要性を指摘されたが、一方で職場の人間関係が悪い場合は別の仕事に変えることも検討するべきであるようだ。しかし、雑務に忙殺されている社員がうつ病から復帰した社員に対して気の利いた対応をできるとは思わないし、実際に私の職場では復帰した職員がしばらくして辞職してしまったが、周囲の対応はぎこちなく、その方は辞職前の挨拶で、「親切にしてくれて私は幸せ者です。」と言い残して去って行った。現職か退職かに関係なく、協力隊の活動終了後に仕事を始めた時にはよく似た状況が待っているのだろう。
今日は19時から「地球のステージ」があった。山形県で精神科の医師をしている男性が、海外の映像に合わせて歌う。ソマリア、フィリピン、ガーナ、カンボジアなどで医師として活動してきた男性は、その医師としての活動や現地で知り合った協力隊の活動を映像として記録してきた。無政府状態のソマリアでは、難民キャンプで信じられないくらい明るい笑顔を見せる子供たちや、子供たちが元気になるようにと攻撃される危険性も顧みず派手な服を着る母親の映像を紹介していただいた。フィリピンにおいては、水を運ぶ仕事で稼いだ金を父親に渡した後に頭を撫でられて最高の笑顔を見せる子供の話や、ゴミの山のすぐ横で生活する人々を見て、「日本に生れて良かった。」と思ったことなどを語っていただいた。海岸で暮らす家族に会った時、目の悪いおばあさんに目薬を注してあげると泣きながらお礼を言われたことが国際協力に興味を持つ大きなきっかけになったと話してくれた。ガーナでは、協力隊の活動を紹介してくれ、今日はスペシャルゲストとして映像にも出ていた理数科教師の方が来られていた。この方の話をお聞きしていると、節操のある芯の強さを感じ取ることができた。任国で行き詰った時、地球のステージの歌を聴き、訓練所の仲間のことや生活を思い出して力が湧いてきたと話していただいた。また、2年間諦めずに遣り切ったという自負があること、任国の活動が今までの人生の中で最も充実した2年間であったことなどを力強く語っていただいた。カンボジアでは、日本のNGOと一緒に始めた病院の立て直し事業について紹介していただき、幼い頃に近くに病院がない僻地で父親を亡くした青年が医師として成長していく様子を紹介してくれた。ボーカルの男性は、訓練所では9年間公演してきたが、昨年から講座に組み込まれなくなりとても残念であると語ってくれた。また、メールでもJICAを通してでもよいので意見を聞かせてもらいたいとおっしゃった。結局、今日のイベントの論旨を単純化すれば、医師としての国際協力の思い出を紹介することを通して、国際協力に対する考え方と自信の財産である現地で出会った人々に対する感謝の気持ちを表現することと言えるのではないだろうか。
今日の夜、職場の友達から県庁の若手職員で壮行会をしてくれると電話があった。電話をくれた時はちょうどみんなで飲んでいたところなので、何人かと話すことができた。
5月8日(木)
起床後、班員が未明の地震の話をしていたが、最初は何のことなのか分からなかった。詳しく聞いてみると、2時頃に比較的大きいな地震があったそうだ。地震で目が覚めた人も多かったが、私は全く覚えてない。朝の集いの際、スタッフからも地震の件で話があり、再度余震があるかもしれないと注意喚起された。
ホームクラスの英語は、写真の状況を推測し英語で議論した後、if節の使い方の練習をした。写真は、ATMの前で列を作って待っている人々の写真で、女性に話しかけている男性は実は強盗で、女性はそれを察して怯えた顔をしている云々と冗談を交えながら推測した。そのあと、リスニングの練習で、その男性はいわばice-breakerで、「いつまで待てばいいんだろう」と前の女性に話しかけたこと、結果的に女性と同じコンピュータ教室に通っていたことが分かった。私の聞き取りの能力は低いみたいで、パートナーの女性は、その男性が学生時代に長髪だったことを把握していた。if節の勉強では、if I ・・・,I will・・・・.の従属節を次の人がif節に持ってくるというルールで、順番に文章を作って発言していくという練習をした。テストで高得点を取る、アルコールを飲む、二日酔いになる、宿題ができない、ライアンからしかられるという感じになった。
今日は各ホームクラスで持ち回りの英語放送の担当で、12時50分頃にスタッフルームに行くことになっていた。いつもと同じように、8時45分から11時35分まで英語の講座があって、昼食を済ませてC棟に戻ると12時20分になっていた。次のテクニカルコースが13時から始まるのでそれまでは自由時間であるが、最近この時間をダラダラ過ごすことが多くなってきた。講座の合間の自由時間は、ワークショップやネイチャーゲーム関係の本を読んだり、日本文化・歴史について勉強するための貴重な期間と考えていたが、息抜きをせずにピリッと過ごすことはなかなか難しい。今日も12時45分頃まで原稿を2回声に出して読んだ以外はダラダラと過ごしてしまった。とにもかくにも、12時50分前にスタッフルームに行くと、奥の小さなスペースに案内され座って待ってると、もう一人の別のクラスの担当の男性が来た。彼とジャンケンをして自分が2番手になることを決めたが、後から来たスタッフが講師の名前を確認し、クラスのレベルの高い彼から始めることになった。立った状態でマイクに口を近づけて一気に読んだが、途中で数か所どもったことと行を飛ばしたことは反省点である。テーマはニックネームで、わのたねで呼ばれている「かぶと」と飲み屋でつけられた「モモジロウ」の紹介をした。最後に愛犬モモジロウのウエブサイトを紹介しておいた。ケニアのことや訓練所の仲間のこと、滋賀県のことも話したかったが、時間がなかったので残念だ。もう一人の発表者と「大変さが分かったから次回からは真剣に耳を傾けるようにしよう。」とか話しながらテクニカルの教室に移動した。
放送終了後、テクニカルクラスの講座を受講した。今日も前回に引き続き3名がプレゼンをした。一人目はエイズについての発表で、エイズの3つの原因など前回の復習をした後、原因の一つであるSEXに焦点を当て、コンドームのつけ方を“絵”と“説明”を記入した紙を使って参加型で行った。コンドームを二重にして使用すると破けるため問題があることや、女性の方が男性よりも感染しやすいことなどいくつかクイズも出された。二人目は、マーケティングについてで、前回の復習として戦略として重要な4Pについて質問した後で、マンゴジャムを材料に3つのグループで具体的な戦略を検討してもらい、最後に各グループが発表しアイデアを共有した。三人目は、サニテーションと微生物に関する発表で、最初に演者自身が「退屈な講義です。」と宣言したとおり、やや一方的な講義であったが、彼自身が大学で勉強してきた分野でもあり専門的な内容で楽しかった。
15時に語学が終わり、すぐに明日の試験勉強を開始した。いつも15時からの時間の流れは速く感じる。英語のプリントとJICA発行の教科書を片っ端から復習する。17時過ぎによっちゃんと風呂に行きそのまま夕食をとり、その後も勉強を続けた。今日も19時前から下からギターの音と歌声が聞こえてくる。音源となっている若者は、相当優秀で余裕のある人たちなんだろう、と信じたい。英語の勉強をしていていつも思うことは、これだけ真剣に語学の勉強をして、ケニアでの会話で役立てることはできても、帰国後の県政で生かすことは難しいということである。2年後以降のキャリアに生かすことができないとなるとインセンティブが小さくなる。
5月7日(水)
今朝、6時45分の放送が流れた際、何とか意識が戻った。最近、中だるみのせいか集合時間直前まで寝てしまう。玄関前に出てもしばらくボーっとしていた。今日はマラウイの国旗が掲揚され、8班の野菜隊員のS君も前に出て現地語で挨拶をした。毎週水曜日恒例の歌の練習があり、今日もジャンプしながら発声する練習をやった後、今までの「若い力の歌」に加え、「旅立ちの日に」の練習をした。音楽の練習が終わった後、みんなものすごい勢いで階段を駆け上がっていったが、先頭を引っ張っているのが親しい候補生の女性だったことは意外だった。午前中の英語ホームクラスでは、日本の文化と慣習について一人20分ずつくらいで発表した。順番は出身が、福島県二本松市の訓練所から遠い人から順番ということで、枚方市の南部に住んでいる女性が1番目、同じ枚方市の北部の私は2番目であった。私は茶道について発表することとなっており、昨晩、自分の茶道の経験と茶道の歴史について、A4一枚くらいにまとめておいた。最初の女性はKY(空気が読めない)について発表し、私の「茶道」に続いて、相撲、書道、節分、年末年始の過ごし方、日本の結婚式の順番で各自発表した。私の発表に関しては、だいたい言いたいことは伝えることができたが、先生から具体的なお手前の方法について質問された時、単語が思いだせなかったこともあり即答できなかった。書道は先日誕生日を祝ってもらった女性の発表で、彼女は羅伊亜運(ライアン)と先生の名前で実演した。午後のテクニカルコースでは、3名が発表した。一人目は、前回に引き続きアンケート調査に関するもので統計とは何かについて、ヒストグラムを用いて参加型の講義で説明した。二人目は、ケニアの国立公園を訪問した生徒にクイズを出すという設定で行った。ビッグ5やキリンの首の長さに関する質問であった。三人目は、コンポストの作り方を参加者が実際に手を動かして疑似体験するというものであった。そのあと、地域別講座「イスラム教とは何か」に出席した。後ろの方でよっちゃんと下ちゃんに挟まれてしばし座学に熱中した。日本人は宗教心が乏しいという意見がたまたま午前中の英語の発表で出ていたことを思い出したが、イスラム圏という経験の孤島を日本という特異な孤島から理解するためには今日のような知識の詰め込みを必要だ。また、先生がおっしゃっていたように、まずは日本のことを知ることも重要だと思う。任国で文化や慣習を理解しようとするときに、その比較対象となる己の経験を論理的に整理できていることは必要条件であろう。そもそもイスラム教のイスラムとは、「服従」「帰依」を意味する動詞「aslama」の動名詞であり、語根「s-l-m」が「平和」を表すことから、現在、ゴシップの影響もあり誤解されているような「戦争」というマイナスのイメージを持つ言葉ではない。また、コーランに規定されている義務行為および禁止行為は非常に少なく、イスラム教の大きな特徴は“寛容であること”と講師はおっしゃった。イバーダートは信仰儀礼に関する規範であるが、そこに規定されている六信五行に従っていれば善人であり、このような容易な規範に背く場合は背教とみなされる云々。イスラム教は西洋近代と接触してからは、イスラム世界の衰退と西洋への敵意が生まれ、「真のイスラム」を再生するために少数集団によりジハードが実践される。ただし、イスラム教の場合は、マルクス主義などとは異なり、具体的にどういう社会をつくるかについては説明できていないことが問題であるそうだ。夕食時、階段ダッシュ一位の女性はイスラム教の講義が面白かったと絶賛していたが、前回の講座と比べると非常に有意義な時間が過ごせたと思った。
5月6日(火)
昨日の夜、外は嵐のように異常な強風が吹き荒れ、魔物の悲鳴のような音がひっきりなしに聞こえ、自分が日常とは異なる世界にまぎれこんだような幻惑感に襲われた。しかし、今朝は打って変わって快晴でマダガスカルの国旗が掲揚された。午前中の英語では、宿題の“cultural differences”に関する会話があった。文化の違いは様々な問題を引き起こすことは理の当然であるが、1)文化の異なる国に移住すべきか、2)monocultureかmulti-racial societyのどちらが好ましいか、3)同じ文化をバックグラウンドに持つ人と結婚する方がいいかといった問題に対し2人1組で議論した。いつになく単語が出てこず、内容も通り一辺倒なものとなってしまった。また、いつものように、テープを使った聞き取りの練習も行った。今日は午後からテクニカルコースのプレゼンがあった。テーマは前回に引き続き、滋賀県とケニアの小学校の交流に関するもので、今日はケニアの子供たちが、日本の子供たちから送られてきたビデオレターの内容を確認し、日本の小学校に送る質問票を考えるという設定で行った。最初に前回のプレゼンで行ったパズルとクイズの復習を行った後、KJ法に似た方法で子供たちが聞きたい質問をまとめた。自分のプレゼンが面白くないといった態度はおくびにも出さなかったが、内心は「早く終わってほしい」と思いながら話し続けた。参加者の人たちには申し訳なかったと思っており、次回はもう少し誠意を感じさせる内容にしたいと思う。プレゼンが終わった後、先生から、何回練習したのか、レジュメを持つ手をもう少し下げて発表しなさい云々とご指摘をいただいた。そのあと、環境教育の教材を探してくれるというので、一緒にコンピュータールームに行き、ネットでひたすらNGOや政府のサイトを探索し続けた。また、アマゾンも検索していただいた。ただし、先生はインターネットの使い方がいまいち分かっておらず、検索して不適当なページに移動する度にブラウザを閉じてしまうので、使い方を説明しようと思ったが、自分と先生の立場の違いから彼女の気持ちを察してほっといた。夕食時、近くに座っていた女性が「母親のことが嫌いだった。家族の団欒がなく、ずっと放置されて育ってきた。現職参加だから親の心配も少ないと思う・・・云々」と話していた。もっと婉曲的に話ができないものかと思いながら、聞いているとどうも協力隊に挑戦するに際し親の反対があったかどうかについて話しているようだった。明け透けに大声で話していた彼女に咎があると思う反面、発言の内容からは親思いの女性故の苦悩を察することができた。
今日は環境教育隊員の勉強会があり、候補生対象のアンケート調査の結果の確認と、ケニア隊員のPDMの説明があり、寸劇をどうするか、アンケートの集計をどうするか、このままでは何もできずに終わってしまう云々と議論した。私はアンケート調査の結果を取りまとめることとなった。
5月5日(月)
今日は天気が悪かったので朝のつどいは体育館であった。窓から外を見ると霧がかかっており神秘的な雰囲気だった。午前中のホームクラスでは、ジャーナルの宿題と木曜日の昼休みに行う英語放送の原稿を提出した。語学の訓練の一環として、12時45分から任国の言語を使った放送があり、各語学クラスの持ち回りで行っている。既に私のホームクラスでは2名が発表を終えている。私は、自分のニックネーム(かぶと、モモジロウ)について発表しようと思っている。今日は2人のグループになったのでコンピューター技術でザンビアに行く女性とパートナーになった。前回提出した宿題が返ってきたが、Brazilian,Egyptianなどのアクセントの場所を示す問題の出来が悪かった。人を表現するのに、Israelisのようにsが付くものと、Britishのように付かないものがあるが、ケニアの場合Kenyanであることは先生でも説明が難しいようだった。いつものように週末にしたことを中心に世間話をした。途中で先生が部屋を出てケーキを持って戻ってきた。今日は美術でナミビアに行く女性の誕生日だったが、本当に気の利く先生だ。彼女も「勉強を真面目にしよう!」とか言いながら嬉しそうに手で食べていた。私もたまたま隣の席だったので、有難くいただいた。今日のテーマは日本文化だったが、まず片方が京都の文化に関する英文を読み、他方が教科書に書かれた質問をし回答を記録するという勉強をした。嵐山、大原、貴船など大学時代によく行った地名が出てきて懐かしく感じた。今日の昼休み、同じ生活班でマラウィに野菜で派遣される男性が英語放送を行った。以前、内容について相談を受けていたが、担当教官に確認してもらいだいぶ修正が加えられたということは聞いていた。とても分かりやすい英語だった。午後のテクニカルコースでは、しばらくの間、2グループに分かれ、プレゼンの第1タームの各自の発表について意見交換を行った。その後、各自次のプレゼンの準備を進めた。その後、「環境と開発」の講座があったが、内容については候補生から不満の声がちらほら聞こえてきた。ある候補生は、「貴重な時間を割いて受講している候補生に身になっていただきたい。」と漏らしていた。今日の講座ではなぜか発言したかったので、ダム開発が生態系に与える影響を回避するための戦略について発言した。講座終了後、先生に挨拶した際、滋賀県の職員で獣害を担当していたことやケニアから帰国後県庁でしばらく働き大学に転職することも視野に入れているとお伝えしておいた。先生の研究室の学生はよく琵琶湖に調査で訪れるそうだ。今日は定例の班会議があったが、班長会議に出席した班長から、“スタッフからラジオ体操をしっかりとするようにと指摘されたこと”が伝えられた。朝のつどいでは、従来はラジオ体操第1第2とその後のランニングが強制だったが、何かのきっかけで緩められて今ではラジオ体操第1だけになったそうだ。スタッフは、候補生の誰かが矢面に立って問題提起するであろうと期待していたが、なかなか改善されないので注意したそうだ。私は、どうせやるんならしっかりとやったほうがいいという思い、手を抜かずにやってきたが、このようにスタッフが注意してくれる環境は正直言って“有難い”と思う。社会とは、学生時代に当たり前だと思っていたことが根底から覆される世界だとこの数年間社会に期待することを諦めていたが、この年になって、当たり前のことを指摘してもらえる集団生活を経験できていることは奇跡的だと思う。また、飲みに行きたくない人をしつこく誘うようなことはしないようにとスタッフから候補生に対するご指摘があったようで、この点についても少し不思議な感じがした。よく考えてみると、ここの警備員と県庁の警備員では雰囲気や態度が全く異なる。訓練所の警備員は、候補生に対してまるで子供に接するときのような言動をとっていることがある。候補生の“生”は学生の“生”と同じ意味で使われているのかと思ってしまう。
5月4日(日)
今日は、午前中、班のメンバーで温泉に行った。鏡が池横の碧山亭まで徒歩で下り、帰りはジャンボタクシーで帰った。途中、土産物屋に寄り、桜並木を「もう桜の花が散ってしまっている。早いな〜。」とか言いながら時の流れの速さを感じながら歩いていった。今日は晴れていたので山々の遠望を十分楽しめた。この温泉は今回で3回目だが、初めて一緒に入った若い2人も加わって、若い男性のノリで露天風呂の雰囲気を盛り上げてくれた。体育隊員2人とは大学の部活生活について議論した。その後、一回訓練所に帰り、疲れたのでしばらく談話室で大の字になっていると、しんちゃんから散歩に行こうと誘われた。男女5人で行くことになった。訓練所内か近場を少し散歩するだけかと思い、サンダルにジャージ、持ち金なしという状態で出ていったが、結構遠くまで行くことになり、12時半頃に出発したが、帰所したのは16時過ぎになった。山に中に入り、沢沿いに少し下った不法投棄場で休憩した。その後、林道をしばらく行くと、今は使われていない古い建物があった。玄関には数十足くらい入りそうなげた箱があったので、寮だろうと思った。玄関のドアには鍵がかかっておらず、中に入ると意外と涼しかった。一階には2つの浴室が向かい合って設置されており、一つの浴槽にはふたがなかったが、もう一方の浴槽は蓋で閉ざされていた5人とも霊感は強くないということだが、さすがにその蓋を開けることは憚られた。階段を上ると職員室や寝室が並んでいるフロアーがあった。寝室の中には二段ベッドが2セット置いてあったが、ベッドの長さはどうみても短く、私が寝ると確実に足がはみ出してしまう。部屋に置いてあったアイロンがダンベルのように重かった。「顔がぼやけていたらどうしよう」とか言いながら、勇気を出して部屋の中で集合写真をとってみた。途中で一人いなくなったので、「彼女が消えていたらどうしよう」とか言いながら外に出てると彼女がいたが、本当に本人かどうかしっかりと確認してみた。この古い建物を出て、しばらく歩くと井戸のように見える土管が見えた。しもちゃんが女性にそこから出てきてほしいと言った。その女性は、映画「リング」に出てくる“さだこ”になりきり、前髪をだらりと下げて土管から顔だけ出してくれた。私はさだこに腕を掴まれながら逃げようとしている被害者の役をした。その後、鬱蒼とした人工林の中で女性を追いかける変態の担当もしたが写真を見ると一緒に何者かから逃げているようだった。今日の写真は候補生で作ろうと計画しているアルバムに掲載される可能性もある。森林から出てしばらく歩くと、川岸に素敵な崖があったので、そこでミステリー的な写真を撮った。親戚の金銭をめぐる人間関係のもつれから、ある女性が男性を崖から突き落としたという設定で、私は崖下の死体の役をした。その後、近く牧場を目指して歩いていると、偶然釣り堀を見つけた。みんな釣りをしたそうだったので、料金を確認し、竿一本100円、餌無料、調理100g300円と安かったこともあり挑戦することにした。メンバーがどんどんと挑戦したが餌だけ食べられて逃げられ続ける中、最初に釣り上げたのは私であった。琵琶湖の畔に住んでいるにも関わらず、釣りにはほとんど行ったことがなく、行っても大量に釣り上げた思い出はない。私の持っているさおがしなり、水面から延びる糸が不自然な動きをした瞬間、「やった!」と心の中で叫んだ。そこで慌てることなく、針が口のしかるべき部分に食い込んでいくのをイメージし、引き揚げたて、魚がパタパタしながら空中を飛んでくるのを見て、「よっしゃ!」と叫んだ。近くまで引き上げて魚を確認したときに初めて“腹部”に針がかかっていることを知り、意気消沈した。これはかなり痛々しいし、見てられない。この状態を見た瞬間、自分の腹部の皮がひっぱられる気がした。私が釣り上げた後、みんなどんどん挑戦し、どんどん餌だけ食われていった。池を横断するように張られている細い糸に釣り糸をからませてしまうハプニングもあった。場所を変えるとどんどん連れ出したが、そのうち一匹は、口の奥に針がひっかかり瀕死の状態で、バケツに入れるとすぐにひっくり返っていた。魚をつるたびに写真を撮り、結局全員が1匹ずつ釣ることができた。その後、塩焼きは時間がかかると店員が言ってるので唐揚げにしてもらったが、それでも10分以上時間がかかった。ビールを飲みながら一気にたいらげた。店員のおっちゃんに話を聞くと、ここは土日祝日の9時〜4時に営業しており、県外からのお客さんが多いようだ。食べ終わると、なぜ自分の職種を選んだかとか2年間かえれないことなどについて話しながら帰ってきた。
5月3日(土)
今日は、8班全員で朝の集いに参加することができた。1班、2班と病気療養中の方や特別外出の方がおられ、健康管理は疎かにできないといつになく再認識した。県庁の休職制度を適用してもらい、多額の国費に支えられて訓練に参加していること、自分自身の人生を考えても多かれ少なかれリスクのある決断であったことなどを考えると、万全の体調で訓練を乗り切ることが重要である。今日のスタッフのコメントで、今日は7時を過ぎて玄関前に現れる候補生が散見されたことを指摘された。気を引き締めなければならない。音楽隊員が前に出てきて毎週木曜日のゴスペルの練習を来週は休みにすることを伝えた。今日は祝日なので国家は「君が代」だったが、空が曇っていたのでしっかりと凝視することができた。午後13時からバファバファがあった。候補生全員が10人ほどのグループに分けられ、各部屋でゲームをする。最初にルールの説明がリーダーからされたが、要するに各グループは一つの国で通貨に見立てた紙をメンバー同士交換するゲームである。ただし、?、?それぞれの国では異なる決まりがあり、私のいた?国では、女尊男卑で男性は女性にいきなり話しかけることはできず、女王様が絶対の権力を持っているなど制約があった。このゲームは異文化理解を目的としており、定期的に放送が入ると両国間で人員の入れ替えがある。最初は1人で、2人3人4人と増やしていった。?国はいつも明るく笑顔で思いやりのある国民性が売りであり、他国から人が来た場合は精一杯もてなすが、女性に対して侮辱的な言動をした場合は国から追い出される。最初、?国から入ってきた男性は、目を合わさず、?国の人々をにらみつけ、かなり雰囲気が悪かったが、後で確認してみるとこのような国民性の国で、人の笑顔に対して否定的な考え方を持っており、笑った人をにらみつける慣例があるという。また、?国では会話不可能であった。ケニアと日本の環境問題を理解するための遊びとしてぜひケニアの小学校などでやってみたいと思った。いや、テクニカルコースのプレゼンでやってみてもよいかもしれない。その後、3時過ぎから講座「異文化の理解と適応」を受講した。協力隊OB(H8ニジェール村落)で現在某短大の講師をされている方の講義であった。単調なリズムの話し方で眠気を誘い、かなりの候補生が睡魔と闘っていることが彼らの上半身の傾き方や揺れなどから察することができた。異文化に触れたの時に受けるカルチャーショックは相当大きなものであるようで、物を食べれなくなったり起床するのが億劫になったりといった症状がでるという。また、カウンターカルチャーショック(リバースカルチャーショック)により帰国後日本社会に適応できないことが多いようで、帰国後の職場復帰に大きな不安を感じている私としては興味深かった。職場の上司からは、定期的にメールや手紙で連絡をとるようにしないとおまえの存在が風化して復帰後に居場所がなくなるといったことや協力隊経験者が帰国後職場で浮いていることを再三言われてきた。今日の講座で私が具体的解決策について質問すると、「情報収集に努力するしかない」と回答した後、少し休み時間に考えさせてもらいたいとおっしゃり、休み時間後、解決策として、「しっかり情報収集した後で、どのようなことがあっても平気になるように開きなおること」が重要だと親切に回答してくれた。休み時間には同じ生活班の方が自分の席まで来て、大学時代にカルチャーショックの勉強をしておられ、高校時代にヨーロッパから帰国後この問題で悩んでいた経験があるということで、この問題は不可避であることを教えてくれた。今日は6時30分からシニアの方を含んだ数名で岳温泉に飲みに行った。途中で同じ生活班の数名が飲んでいる店に行き、合流したが、Y介君がかなり酔っていて、「ここは落ち着いていこう。」という言葉を繰り返していた。また、先ほど訓練所を出発する際に合った同じ生活班の男性とその奥さんと再会した。訓練所に向かうタクシーの中からイルージョン(?)のカップル数組が坂道をせっせと登っているのが確認された。ブッシュの中で逢引をしているのであろうか。帰所後、酔ったY介君のお世話をみんなで行った。
5月2日(金)
今日、午前中はホームクラスの所外活動があり、岳温泉に行った。池の周囲を散歩した後、喫茶店「空の家」でパフェを食べてお土産にプリンを買って帰ってきた。晴天の中、徒歩で往復した。今日は朝から訓練所で悩んでいるある候補生のことが気になっていたのでせめてお土産だけでもと思った。店内にはスワヒリ語の講座を受講しているケニア隊員数名が黒人の先生と談笑中だった。店を出て庭で店員に写真を撮ってもらった。今日は12時から食堂を管理している業者さんへのインタビューを実施することになっていた。帰室後着替えて待ち合わせ場所に向かったが、先に昼食をとっておけばよかったと後悔した。既にR君は来ており、YちゃんとK子を待った。補佐の男性と食堂の事務室に行き話を聞くこととなったが、私は先に食事を済ませることにした。MOKへのインタビュー結果の概要は、
・残飯の処理費用は13円/kg
・卵の殻や魚の骨などコンポストに不適なものは分別回収し、これらは国分農場で肥料にされ地域の農家に安価で販売されている。
・運搬費用については、月に12〜13回運搬し、合計8万円/月の費用がかかっている。金額の計算は体積ではなく重量である。
・食べ残しが気になったので約2年前からバイキング方式にした。最初は、洋食時に和食に替えることができるようにした。また、1年ほど前から食べ切れないおかずを入れる容器を設置するようになった。
・食材は二本松公設市場で競り落として購入する。
・一人当たり1日3食で1,200円という制約はここ10数年維持されている。そのため、日によっては食材の量が極端に少ないことがある。
午後のテクニカルクラスの英語は3名のプレゼンを聞いた。
一人目はウガンダのエイズ教育に関して参加型で行った。演者は服に白い円形の紙(免疫を表す)をつけて、HIVを示す赤い紙を手に持ち視覚的に表現していた。次にHIVとAIDSの違いを説明した後、high riskとlow riskの間に原因として考えられる行為を並べていく作業を行った。原因には、@mother to childAsharing needle with HIV positive personBhaving sex with positive personなどがあった。
次に同じ生活班の男女が発表した。一人目は、フィリピンの女性グループ対象という設定で、ソーセージを例にマーケット戦略について4Ps(product,price,place,promotion)の視点から説明した。2グループに分けてブレーンストーミングを行った。最後の演者は、水質問題について、参加者が藻類やウイルスを演じる劇を通して学ぶという設定で行った。私は水中に落ちた糞の役をさせられた。5時半から班のミーティングがあり、最後に環境教育グループで提案したアンケート記入のお願いをした。結構時間がかかるし予想以上に面倒な作業だと感じたので、他の班でしっかりとやっていてくれるか心配だ。今日は8班のほとんどのメンバーで食事に行った。6時頃から食べ始めたが、今日は初めてのケニア隊員の飲み会があるので、6時20分にエントランスホールに向かった。全員が集合してから、会場にタクシーで向かった。店にはテンションの高いおばちゃんと既に到着していた男性隊員がいた。男性隊員は訓練所から走ってきたそうだ。私は明日までに提出する必要があるテクニカルコースの課題ができていなかったので、ビールをうまそううに飲むケニア隊員を横目に見ながらコーラをがぶ飲みしていた。ケニア隊員は男女ともとても元気だ。甲子園に出場経験のある男性がいることを知ったり、二本松イルージョンを狙っているという女性がいじられているのを見たりとなかなか有意義な2時間だった。職場の飲み会とは全然違う雰囲気で楽しかった。
5月1日(木)
今日は所外活動の日である。私は中里保育園に行くことになっており、8時10分にエントランスホールの集合した。既に同じ保育園に行く他の2名は来ており、班長である私が支給される弁当と人員確認の署名をした後、9号車のバスに乗り込んだ。同じ班の体育隊員の女性が「え〜、この保育園かわいい!」と叫んだが、まさにそこ場所が我々の目的地であった。9時頃に保育園に到着し、園長先生や他の先生方に挨拶し、二階に上がり荷物を置いた後、若いスタッフから簡単な説明を受けた。2人は2歳以下のクラスで私は3歳以上のクラスを任されることになった。私はこのような幼い子供の面倒を見ることについてはほとんど経験がなかったので、邪魔にならないように役立つことを目標に行動しようと思った。スタッフは一人男性がおり他は全員女性であった。最初に子供たちに自己紹介した。私は、滋賀県のNPOの活動と同様にニックネーム「かぶと]を使うことにした。名札にカブトムシの絵を描いておいたので、「かぶと」ではなく「かぶとむし」と呼ばれた。一人の女の子が「ムシキング」のハンカチを見せてくれたが、そこにはカブトムシとクワガタムシが印刷されていた。また、別の男の子は「かぶとむしは動く。」「かぶとむしは飛ぶ。」とたどたどしい言葉使いで話しかけてくれた。やはり、「かぶと」のニックネームは受けが良い。しばらくすると、庭で遊ぶ時間がきた。靴を履こうとする子供がいたが、結局裸足で遊んでいた。結局その子は一時預かりの子でまだ園児に溶け込んでいないようであった。私も、庭で遊ぶ時に靴を履くことに関して何か方針があるのかどうか分からなかったのであたふたした。結局全員が裸足で遊んでいた。園児達の遊び方は以下のとおりであった。まず、庭にある滑り台やブランコで一人で遊ぶ子が散見された。このような遊具で遊ぶ子がいる時は結構神経を使った。滑り台の下に児童がいるのに勢いよく滑ろうとする子供たちがいた。次に、スタッフが採ってきたトカゲ(かべちょろ)や自分たちで集めたアリやダンゴムシで遊ぶ子供たちがいた。ある女の子は、トカゲの入った虫籠に必死に砂を入れており、「そんなことしたらトカゲが死んじゃうよ。」と言っても無言でやり続けた。結局、スタッフが止めてくれたが、この時もどう対応したらいいのか分からなかった。また、子供の中には、アリや他の昆虫を異常に怖がる子がいて、トカゲについても指さして泣いていた。砂場でまま事をする子供たちが最も多かった。私もほとんど砂場にいて、出来たての料理を持って続々と訪れる子供たちに対して、「これは何?」「しょっぱい!塩が多すぎるよ。」「アイスクリームが溶けてやわらかすぎるよ。」などと話しかけた。子供たちの中には、砂のついたスプーンを舐める子や、さらにのった砂を口に入れてしまう子がいたので、周囲に気を配りながら相手をしていた。子供たちが私の足を埋めようと砂をかけてきたので、「抜けない!」と声を出すと大笑いしてさらにかけようとしてきた。その後、部屋に帰り、手洗いをする。ハンドソープを使って手を洗うのだが、基本的な洗い方である“手を濡らし、ハンドソープを手につけて洗い、水ですすぎ、紙で拭く”という動作が難しいようである。手を洗ったのにもう一回ハンドソープをつけようとする子、洗ってる最中に急に水を飲もうと蛇口に口をつける子、紙で拭いている最中に紙を手に持ったまま手を水でそそごうとする子などがいて、かなり時間がかかった。私はこの場面で、強引に子供を抱いてテーブルに着かせようとも考えたが、スタッフがある子に「ヨーイドン!」と言うとその子が急いでテーブルに走っていくのを見て、「これだっ!」と思った。けれども、同じように「競争だ。ヨーイドン!」と言っても乗ってこない子がほとんどだった。子供によって個性があり、急かすコツも色々なんだろう。手を洗った後は、いよいよ昼食の時間だ。この保育園には調理室があり、そこでは専属の調理師と栄養士が園児の食事を取り仕切っている。今日はご飯、味噌汁、大根の煮物で、アレルギーの園児もいることから人によってメニューが違っている。箸とスプーンを全く使わずに手で食べる子や、隣の子のおかずを手で横取りする子、味噌汁と煮物を茶碗に入れてご飯と一緒に食べてしまう男の子など様々な態度が見られた。我々は訓練所から持ってきた弁当を園児と同じテーブルで食べた。そのため、隣に座っていた園児から「これ何?」と次々に聞かれた。スパゲッティに関しては、園児が麺を手に持って、「これなに〜?」と聞いてきた。食事が終わるとテーブルや床はおかずや米粒が散らばり大変な状態になっていた。食事が終わり、歯磨きの時間になった。園児はマイ歯ブラシとマイコップを使って歯磨きを行った。何人かの園児はスタッフや候補生に歯磨きをしてもらっていた。私も一人の女の子の歯を磨いた。人の歯を磨くのは初めての経験で結構難しい。この時、昔母親に歯を磨いてもらっていた時のことを思い出した。お昼寝の時間になった。一番奥の部屋にみんな集まり、12時過ぎから約2時間眠る。泣く子や駄々をこねる子がいる中、私が担当した女の子は体をさすり続けるとぐっすりと眠ってくれた。私は、母親に添い寝してもらっていた幼年期を思い出した。各児童ごとに布団と毛布は決まっていることを知り、さっきの歯磨きの時に各児童のコップが決まっていたことと合わさって少し違和感を感じた。幼児が寝静まると2階で教室の壁にはるポスターの作成を行った。歯ブラシを持っているクマとその歯の中で不気味な笑顔を浮かべているバイ菌マン、そのクマに「歯を磨こうよ」と注意するカエルを折り紙などを使って作成した。この作業は結構楽しく、2時間がすぐに経過した。作業をしながら、2人の候補生と昨日の貿易ゲームのことや任国のことなどの話をした。ポスターはあと少しで完成するところまできている。最後に全員で集合写真をとった。
4月30日(水)
今日は、「若い力の歌」の練習の日だ。前回同様、若い音楽隊員の2人が熱心に指導してくれた。今日は、レを基準に音階を意識しながら歌う練習で、最初にレを腰の位置にこぶしを持っていくことで基準とし、他の音階をこぶしを上下にずらすことで表現することとした。要するに歌いながらこぶしの位置が上下するということである。こんな練習方法があることを知れただけでも良かった。歌の練習の前の任国の挨拶の紹介では、今までにない新しい視点で行われた。今日はエチオピアであったが、近日中に誕生日の人がいることを確認した後、みんなで現地語で“おめでとう”と言った。今日の朝の集いの際、候補生163名が整列している状況で、環境教育職の候補生5名で前に出て、アンケートの協力の呼びかけを行った。最後のオチ、「髪がないのでシャンプーは使っていません!」も大人な候補生の心づかいのおかげで滑らなかった。アンケートの目的は、回答結果そのものというよりは、アンケートに取り組むことによる環境意識の啓発であることを考えると、今朝矢面に出て行ったアトラクションも満更ではないのではないと思う。今日も英語のホームクラスとテクニカルクラスがいつものようにあった。英語の講義の度に思うことであるが、私のように低レベルな語学力の人間を指導することは本当に骨の折れることであろう。そのように考えているせいかもしれないが、どうも先生が疲れ切ってしまって手を抜いているのではないかと思うことがある。もしも、我々のレベルが、2ヶ月間集中して指導すれば任国でそれなりに使えるレベルになるというのであれば、先生方のモチベーションも維持できると思う。だが実際には、私自身、到底任国で通用するレベルにはほど遠いと感じられることが多々あり、そのような候補生に対して真剣に指導しようと思っていてくれるのであれば本当に感謝しないといけない。午後のテクニカルは、3名のプレゼンがあった。最初はアンケートの作り方を任国の職員に説明するというもので、我々がテストのようなものをやり、演者が各項目の説明をしていくという流れであった。開発前に地域の課題を整理するためにアンケートを利用することも多いことから、第1回目のテーマが選ばれたのだと思っている。次に、国立公園に訪問した小学生対象の地図作りのワークショップがあった。国立公園を示した地図上に、各ポイントで示された説明文を参考にしながら、動物の写真と解説の紙を張り付けていくというものであった。最後にコンポストに入れてもよいゴミの種類を勉強するための参加型ゲームが行われた。使われた大量のパーツには、手描きでスイカや魚の骨の絵が描かれており、ファシリテーターに聞いてみると、数日前に自分で作ったとおっしゃった。すごく手間をかけた教材であった。今日の講座は、「貿易ゲーム」で初めて挑戦した。5,6人のグループに分かれて、各グループを一つの国に見立てて行うゲームで、ハサミ、定規、鉛筆などのツール(インフラ)、紙(資源)、通貨などが各グループに最初から与えられている。実は、これらの資源は各国で平等に与えられているわけではなく、最初から途上国と先進国に分けられている状態である。私が入ったA班は先進国であったが、ハサミを10分間貸す代わりに紙を1枚もらうという取引を繰り返したせいか、他の班の発言にもあったように“せこい国”という評価を受けてしまいった。面白いゲームであったが、所詮ゲームであるのに最後には先進国と途上国の差が歴然と表れてしまった。実際の社会では、なかなか格差の縮小や持続可能な社会づくりといった問題の解決は難しいのが実情であるが、ゲームになっても解決できていないことを考えると辛い。このゲームは好評のようだが、私は内容が非現実過ぎて面白みがなかった。国同士の関係はそんなに単純なものではなく、国民の思いが凝縮されているのが国家であるとも言える。Win-winの関係の構築はそんなに生易しいものではない。各グループで行った後の振り返りの時間には、各班の班員はばらばらに指定されたグループで他の班から来た人たちを議論をしたが、このやり方は面白いと思った。他の班(国)から見た自分の国の印象や、先進国と途上国双方の感じ方の相違などを確認することができた。講堂の前方は電気がついて明るく、後方は電気が消えていた点や、途上国に対していらないもの(大量の鉛筆など)を大量に支給して批判されているODAのような動きがあったことなどを考えると、よく練られた講座だったと思う。
4月29日(火曜)
今日は祝日であるため、任国の国旗は揚げずに「君が代」で国旗掲揚を行った。これからしばらくGWなどによりこのような日が続くことになる。今日で日直が終わりなので、最後の国旗掲揚であった。今日は午後にテクニカルクラスのプレゼンがあった。このプレゼンは全部で5回実施し、最初の2回は30分、残りの3回は45分で行う。5回のプレゼンの概要については、担当講師と打ち合わせ済みである。私は、滋賀県とケニアの小学校の交流をテーマにすることとしたが、第1回は、パズルとクイズの2つのツールを用いた参加型のワークショップで、日本と滋賀県の紹介を目的として行った。参加者は私が派遣されるメルー市の小学生という設定である。原稿を何度も読んで丸暗記しようと試みたが徒労に終わり、結局持参した資料を棒読みするはめになった。パズルは、ケニアと日本を含む世界地図をいくつかのパーツに分けた手作りのもので、参加者に1枚ずつ配布し、パズルと同じ位置に立ってもらい、日本とケニアの位置関係を体感してもらうというものであったが、候補生は大人であるためかあまり楽しそうではなかった。後で、大陸別のパーツか国別のパーツにして、まさしくパズルのように輪郭で考えるようにするべきとの意見を頂戴した。今回は練習ということで、A4の紙をそのまま用いたので面白みがなかったかもしれない。また、参加者からの質問で、ケニアと日本の距離について聞かれた時に即答できなかったことは致命的であったと反省している。この点に関しては、先生からのアドバイスとして、ナイロビとメルーの距離の何倍か言ってあげると子供は理解しやすいということであった。クイズは、琵琶湖で問題となっていること、日本の森林で最も大きな動物、日本の食糧自給率の3つの質問をした。ある参加者から、日本の食糧自給率が低い理由について聞かれて、安い食糧を途上国から大量に輸入しているからだと短絡的な回答をしてしまい、参加者の反感を買ってしまった。途上国の安い労働力について言及したことが最悪だったようだ。先生からは、このような質問が来たときはヒントとなる回答をして後は子供たちに考えさすようにするとよいとアドバイスをいただいた。ケニアに行ってからも、子供たちからの質問に対してはシビアに考えて慎重に回答しないといけないと反省した。今日は環境教育隊員の自主ゼミ(勉強会)があり、明日の朝の集いで候補生にアンケートのご協力を呼びかけること、しょう君と私で行うアトラクションについて具体的に案を提出することなどで合意した。また、浴室の出口付近にあるシャワーで本来の目的ではない洗髪などに利用している候補生がいることが気になるという話や全体日直が記録している電気や換気扇の消し忘れのデータを利用するべきであるといった意見、訓練所の環境意識の悪いところばかりではなく、優良な点を発掘し外部にアピールしていくべきといった意見が出た。明日の朝礼では、各担当が「私はマイ箸を使っています!」といった一言を次々に言っていくことが決まり、私は「裏紙を使っています!」、次の人が「髪がないのでシャンプーを使っていません。」とオチでしめることが決まった。
4月28日(月)
やはり月曜日は休み明けということもあり、寝起きが悪い。今日もぎりぎりまで寝てしまって、全体日直の集合時間に遅刻しそうになった。
それにしても訓練を舐めてかかると大変なことになる。毎日、早朝から深夜まで息つく暇もなく、語学か講座か自習か雑用と時間に追われている。昨日、床屋のご主人が、「多くの候補生が今までこんなに勉強したことがない!」と情けないことを言うとおっしゃっていたが、私もこんなに勉強するのは大学受験の時以来である。仕事は、ルーティーンワークが多く、知恵や知識が必要ない雑務が結構多いので自分自身の成長が止まっていることにやきもきすることも多かったが、ここは逆に自分の成長の場としてはものすごく恵まれているように感じる。この2ヶ月間は本当に貴重であると思える理由は、社会人になってからの社会経験が大きい。朝の集いは体育館であったが、8班の作業療法士の女性が今日19時から開催予定のマッサージの自主講座について連絡していた。国旗の掲揚はボツアナであったが、国歌終了とほぼ同時に掲揚することができて気分が良かった。これはやってみると結構難しい。今日も午前午後と英語の授業を受けた。明日はテクニカルのプレゼンの第1回目なので、準備に時間を割きたかったが、講座があったため、15時10分から18時まで明日のプレゼンの準備ができなかった。今日の講座は、エイズ基礎講座とアフリカの教育に関するものであった。エイズ対策は、感染率などの統計データや先進国ブラジルの事例などを紹介していただいた。エイズ患者の増加率は近年低下しており、頭打ちの感はあるが現在も3500万人ほどの患者が戦っている。アフリカではエイズ孤児の増加が顕著で問題となっており、特にdouble-orphanedの問題が深刻であることについては、両親を亡くした17歳の少女が9歳と11歳の息子を育てている様子を紹介していただいた。アフリカではボツアナや南アフリカのように金やダイヤといった資源採掘に関わる労働者が移住してくることが感染拡大の原因の一つとされており、特に南アフリカの感染者数は群を抜いている。エイズの蔓延はアフリカだけの問題ではなく、人口密度の高いアジアでも被害の拡大が認められており、密度の低いサブサハラアフリカと異なる動向を示す可能性が懸念されている。今回のプレゼンでは、ベトナムを例に、感染率は1%未満と低いが確実に増加していることを示すグラフを提示していただいた。なお、中南米の被害拡大の原因として特筆すべきは、ホモセクシャルおよび麻薬であるという。例として挙げられたことは、ブラジルでは軍事政権時代に海外に移住した知識層が感染後帰国し、ゲイグループでの感染拡大を経て感染率が高まっていった経緯である。感染したからと言って必ず発病するわけではないが、患者が社会に受け入れられずに社会的に死んでしまうという問題が深刻であるという話があったり、地元のNGOや学校、感染者が組織した団体などがさまざまな活動を行っている事例を紹介していただいたが、社会的に差別を受けて苦しんでいる方々の問題が解決に向かっていることを示すデータは提示されなかった。職場でも毎年1回以上、被差別部落の問題について考える勉強会があるが、いつもその場で活発な議論はなく、職員もあまり触れたくない問題であるようで、この勉強会事態が形式的なものに終わっている感がある。同じようにエイズ感染者の社会環境についても、決定的な対策は取られていないような印象を受け、講座終了後、「やっぱり・・・」と少々落胆した。しかし、学校のエイズクラブで学校に来れない子供たちに対する普及活動に力を入れている事例や“国民の健康を守ることは国家の義務”と憲法に規定されているブラジルで、NGOがエイズ対策を疎かにしている国に対して憲法違反を指摘し、市民社会が動いて国の政策を変えていった事例、さらにブラジル人は“かっこいいこと”が好きであるという国民性が市民社会が国会を動かした原因になっているという分析など興味深い話が多かった。アフリカの平均年齢と死亡原因のグラフを見ると、エイズ、急性呼吸器感染症、マラリアが死亡原因の上位にきており、癌年齢まで生きられないという実情を再認識した。エイズ基礎講座終了後の休み時間には、環境教育隊員の女性が誕生日プレゼントを持ってきてくれて、改めて年をとったことを思い出させてくれた。プレゼントの一つは「目玉のおやじ」の貯金箱で、なかなか気の利いた選択だと感動した。2つめのアフリカにおける教育に関する講座は、JICA本部から担当者が来て行ったもので、特に理数科教育に対する国の取り組みに焦点を当てて、完全にone-wayの講義であった。担当者自身が3年間アフリカ勤務の経験があるという前置きがあったにも関わらず、インパクトのある現場の事例の紹介はなかった。隣席の8班の理数科教師に“任国での抱負”を聞いてみると、途上国はモノがないので日本で行われている教材を用いた参加型の授業をそのままあてはめることはできないというコメントをいただいた。
今日の19時からのマッサージ講座は明日のプレゼンの準備のため御遠慮させていただいた。
4月27日(日)
今日は、7時過ぎまでゆっくりと睡眠をとり、朝食を済ませ、11時までインタープリテーション入門の書評を書いていた。この本は、インタープリテーションの歴史から実例までバランス良く紹介されている本で、この中からいくつかピックアップして火曜日から始まる英語のテクニカルコースのプレゼンで生かしていこうと考えている。11時から、8班の男性3名で岳温泉に行った。途中で、昨日ワークショップの講座で同じグループだった男性や同じ8班の女性に追いついた。全体日直のメンバー等で花見に行くようだ。この男性は、昨日のワークショップを振り返り、「何を発言してよいのかさっぱりわからなかった」とやや謙遜しながら話した。また、議論の時間が短すぎたとも言っていた。確かに昨日のワークショップはその点で問題があったし、大抵のワークショップで問題になってくる“しきり屋”が含まれていて、ファシリテーターの力量が発揮されはずの場面であったにも関わらず、ファシリは机から離れて作業をしていた。私は、「合意形成のツールというよりは、住民から情報を引き出すための手段として考えています。」「たまたま私たちの班に典型的な問題となるしきりたがり屋がいてよい勉強になりました。」と答えておいた。8班の女性は、後で花見に合流して下さいと親切に誘ってくれたがどうなるか分からなかったのでその時はあいまいな返事をしておいた。暖かい太陽に照らされながら、私たちは訓練所から下界に続く道をひたすら降りていった。途中、桜の木があると、「きれいやな〜」とか「まだ咲き始めている木がある」などと言いながら立ち止まった。ずっと道を下ると、やがてわれわれは遠くに桜並木が見える岳温泉の外れに到着した。昼食と甘味と温泉のどれを先にするか相談し、温泉から始めることにした。温泉の横の池が外周には桜の木が点在し、花見客もちらほら見えたので行ってみると、結構人が集まっていた。せっかくなので、池の周囲を歩いているも、風変わりな衣装を身につけた小学生くらいの女性がお茶(あま茶)を配っていた。その様相から新興宗教がなんかの関係かなと思ったが、その真相は明らかにならなかった。途中でカップルにお願いして集合写真をとってもらった。そのあと、池の横にある、露天風呂からの眺めが好評の温泉に行った。前回に続き二回目であるが、前回とは異なり満開の桜に彩られた風景が格別であった。露天風呂の水面には桜の花びらが一つ浮かんでいた。今日、チラチラと舞っていた桜の花びらは、やがて世界各地に散っていく候補生に例えることができる。この花びらと候補生を結びつけているのは、桜の木つまり訓練所である。温泉の次はソースかつ丼を食べたがこの店も2回目であった。店の中に入ると、頭に包帯をつけた茶髪の男性が候補生の女性と店から出ていくのが見えた。やはり日曜日ということでみんなプライベートを満喫している。みんなでビールとコーラで乾杯した後、舌鼓を打った。その後、バス停の斜め向かいにある土産物矢で蜂蜜などを購入し、その向かいの和菓子屋でそばまんじゅうを食べて、最後にコンビニに行き解散した。その後、私は一人で散髪に行った。その店に入り、席に着くといきなり、「どこに行くんですか?」と質問を受けたので、「なにも言ってないのによく分かりますね。」と返すと、「見た目で分かります。」と返された。前髪は眉毛の上、上は全体的に透いてくださいとお願いしたが、完全に無視され、かなり短くなってしまった。しかも、座席で上体を起こした状態で洗髪してもらったこと、キッチンバサミのようなでかいハサミで鼻毛を切ってもらったこと、振動する3万くらいするマシーンで肩から背中にかけてマッサージしてもらったことなど、初体験のオンパレードであった。そこの男性スタッフは50歳くらいで昔仕事の関係で大阪の高槻に住んでたことがあり、協力隊のことをやたらと質問された。「何歳ですか」「どこの国に行くのですか」・・・。また、多くの協力隊員が帰国後に就職活動で往生することが話題になると、帰国後調整員として途上国で生活している人の話をしてくれた。散発終了後、徒歩で訓練所まで登っていったが、晴れて気温も高かったため結構汗をかいてしまった。
4月26日(土)
4月26日。今日は私の31回目の誕生日である。桜で有名な二本松の地で誕生日を迎えられることを光栄に思う。誕生日は最近あまりうれしくないが、年齢を意識したことも協力隊の参加を決断した大きな理由の一つである。このまま結婚して、地方公務員として安定した人生を送る前に、何かに挑戦して自分の限界を見たいと思った。「時機」を知るために人生という物語の各ページごとに確認し、一歩一歩踏みしめて生きていきたいと思う。また、私を生んでくれた両親や切磋琢磨してきた兄弟に対する感謝の気持ちがわき起こってきた。幼い頃から今までに、こんなに自由にやりたいことに挑戦させてもらって有意義な人生を送れているのも彼らの御蔭である。今日はいつものように朝から全体日直の仕事があり、午前、午後と英語の授業があった。午前の英語の授業では、穴埋め形式の試験があったが7割くらいは採れていると思う。また、現職参加の責任というテーマで書いたジャーナルが返ってきたので、さきほど内容に加筆してKWSの幹部宛てにメールした。任国に行く前に2年間の活動でやや越権行為だと思われる取り組みが順調に進むよう幹部には根回ししておく必要があった。会話は、2人一組になり、@週末の予定、A机や窓などの幅や高さを推測するための会話、B空港のカスタムでの荷物検査と箒や毛布の発明に関するリスニングの内容について英語でディスカッションした。Make up my mindというべきところをdetermineを使ってしまったり、定規をrulerでなくmejourと言ってしまったりと今日も単語が出てこなかった。今日はbe madeの後にofかfromのどちらを使うかについてその根拠をよく理解できて良かった。インチとセンチの違いについて、英語の同じ班のシニアの男性は、床のフォローリングの正方形のパーツを使い、一辺の長さがセンチメートルではぴったりと計測できないことを示しながら、日本でもいろいろなものがインチで計測されていることを力説された。その説明は、長引き1回目の休み時間の間もホワイトボードを使ったりして続けられ、同じくケニアに行く候補生はその話に付き合っていてくれた。また、休み時間に、シニアの男性が先生に建築で使う単位について片言の英語で話しかけており、冷静に考えれば理解力のない我々に英語の指導をするというハードな授業の中のとても貴重な休み時間に最高の一服のひと時を早く味わいたいと思っていることはほぼ明らかな状況であったので、この男性はすごい度胸があるな〜と思った。昼食をとっていると、隣のテーブルでハッピーバースデイの歌が始まり、ある女性が祝福を受けていたので目立たないように小さくなっていたが、結局私に矛先が向けられ、同じように歌を歌ってもらってとても感激した。それを見ていた英語の先生は、「Koji, Why don’t you say!」と笑いながら少し離れた席から声を上げた。昼休み、12時40分に厚生棟横の庭にある桜の木の下で班の記念撮影をするということで、行ってみた。すると、よっちゃんが紙を持っており、何か書いてあるのでみると(やはり)誕生日に関する言葉が書かれていた。とてもうれしかった。班の仲間から握手を求められたり、タンポポの花を加えさせられたりしてからかわれたりしながら楽しいひと時を過ごすことができた。天気も良かったのでよい思い出の写真になりそうだ。午後の英語の授業でも、先生は自分を見るや否や、「Happy birthday Koji!」と言い、理由を聞くと同じ英語を取っている同じ生活班の女性から聞いたと言った。テクニカルコースでは、来週火曜日のプレゼンの原稿(案)をとりあえず提出した。また、今日は過去の経験を任国の活動に生かすというテーマで4人でディスカッションしたが、話がかみ合わなかったようで一人の女性はかなりイライラしているように見えた。中年の男性はいつものように不正確な文法でじっくりと話し続けた。今日は「参加型開発手法」の講座があり、昨日一緒に飲んだ結城先生にご指導していただいた。ワークショップではI班になり、ファシリテーターがいるにも関わらず、一人やたらとしきろうとする勢いのある男性がおり、雰囲気が乱れかけたが、「ロール違反じゃないですか」と強く言ったことが功を奏したのか後半の議論はスムーズにいった。今日体験した総当たり対抗ランキングの目的の一つとして、情報を集めるためのスキルとして使えるということを述べておられたが、ワークショップの目的として課題の解決や合意形成以外の目的、即ち「情報収集の手段」というとらえ方は私としてはしっくりとくる。ワークショップを開催したからと言って、例えば任地のメルーで問題となっている密猟が解決できるとは到底思えない。今日は男性は2人外泊で1人飲み会ということで残りの3人で夕食と入浴を済ませた。
4月25日(金)
今日は、朝から曇りだったが、集会は外で行った。国旗を取り付けてから少し時間があったので、5分ほどジョギングをした。今日の午前中の英語では、家に強盗が入るのを防ぐために考えられる対策について英語で2人ひと組でディスカッションして、有刺鉄線(barbed wire)や電気柵で囲ったり、セコムのような装置を取り付けるなどの意見が出た。また、moodyという単語の意味は憂鬱な状態が継続することを指し、日本でよく使うような「ムードのある男性」といった意味にはなりえないことで盛り上がった。今日は人の性格など内面の英語表現について学習し、ドクター、政治家、先生、JOCVに必要な4つの性格と不適な1つの性格は何かについて2人1組で議論した。午後のテクニカルコースでは、プレゼンでよく使う表現についてまとめた資料を提供していただき、その説明を受けた後、ひたすらプレゼンの準備をした。講義終了後、職種別の講座があり、環境教育の現職教員の方の知人の大学講師も来られた。ロープを十字に置いて、「経験」「不安」などの組み合わせで両軸を定義し、4つの事象のどこに位置するかを判断して移動し、その理由を発言するという面白い自己紹介をした。その後、隊員活動のマイナス要因とプラス要因を任期中に調査した用紙を用い、組織、社会、個人などの要因で分類し、解決できそうな要因をピックアップし解決策を発表するという作業を行った。今日は以前8班で合意していた第1回班ミーティングin食堂を6時から実施したが、テーブルが縦長で両端まで声が届かずあまり意味がなかった。班長が必至に声高に話している姿が面白かった。その後、英語の宿題などをして、6時40分にエントランスホールに集合し、明日の講座担当の先生と飲みにいった。これは、8班の講座掛の女性の厚意で参加させてもらったもので、岳温泉にある居酒屋に行った。そこはこの先生の行きつけらしく、店の主人は送迎中に先生のことをうれしそうに話してくれた。陽気な先生で、もともと文化人類学を専攻されていたこともあり、嘉田知事とも面識があるそうだ。一緒に参加していた現職参加の女性と話したが、就職活動でJICAや他の国際機関に就職できず、地元で働いていたが、このままでは納得いかないと思い協力隊に参加したことや、国際的な活動を継続するか結婚して家庭重視の安定した生活を送るかで迷っていたことなどの話を聞いていて自分の動機と重なる部分が多く共感が持てた。9時過ぎに飲み会は終了したが、後の勉強のことも考えて酒は一杯に抑えた。
4月24日(木)
今日は天気が悪かったので体育館で朝の集いを行った。国旗を揚げるためにホールと天井の間に設けられた通路に上り、そこで国旗掲揚は私一人で行い、続けてラジオ体操も済ませた。少し高いところから見下ろすと、眼下の各候補生が小さく見え、全員がコンパクトにまとまっているように思えたが、2か月後には世界中の国々で散らばってしまうことを思うと切なくなった。朝のつどいが終了すると、全体日直の他のメンバーと新聞の取り換えに向かった。その途中、ある候補生と次のような会話をした。
「趣味は何ですか?」『海です。』「海で何するん?」『波乗り。インドネシアとマダガスカルを希望していたんだけど内陸国になってしまった。そのとき日焼けしていたから面接官に本当の志望動機がばれてしまったみたい。』「そうか、それは残念ですね。」いろいろな志望動機があって面白い。
午前中の英語の授業では、少し面白いセクションがあった。二人一組になって、片方が自分だけが知っている絵を見ながら、英語でその絵について説明し、もう一方はその説明を受けて、用紙に絵を描くというもの。私が絵を描く方になったが、絵心がないようでセクシーな若い女性の絵になるはずが、マッチョなおかまの絵になってしまった。
午後のテクニカルの授業では、ひたすら来週火曜日のワークショップの準備を行った。ほとんど先生とは話をしなかった。
19時から8班担当スタッフの女性の講座があったが、19時から全体日直の電話番(持ち回り)が20分あったので、しもちゃんやすすむ君と一緒に少し遅れていった。ほぼ満席状態で盛況だった。概要は以下のとおり。
吉林省の梅河口市にある河口第二中学校(全校生徒200名)が赴任先で、日本語教師を担当した。日本語学習者は50名くらいであった。
「中国人はこうだ」「中国人はわがままだ」という意見を聞くことがあるが、行ってみると全然そうではなかった。ただ、中国社会科学学院日本語研究所の調査によると、日本に親近感があると答えた人は5.9%と少なく、日本に対する対立意識は結構あるかもしれない。例えば、7月7日は日本では「七夕」の日として認識されているが、中国では、「盧溝橋事件の日」として教科書にも掲載されており、この日に盧溝橋に日本人が行くことは危険であるとおっしゃった。プレゼンの中でいくつか失敗例を出していただいたが、印象に残ったのは「スイカ割り」で、結論としては学生が割ったスイカを食べるのを嫌がったということであるが、中国では土間は汚いものと強く認識されており、土間に置いた西瓜を棒で割り食べるという行為は信じがたいようだ。
成功例として、茶道のお手前、手話で歌う、福笑い、俳句、おみくじ占い、心理テスト、言葉あそび、11111を挙げられた。役立ったアイテムとして、うちわ、日本料理本、家族の写真を紹介された。学生が好きな食べ物は、カレーライス、おにぎり、から揚げ、なっとう、いちごあめで逆に嫌いな食べ物は、すし、そば、スパゲッティ、かつおぶし、チーズ、チョコレートなどであったという。任国では国際交流基金主催の勉強会に講師として出席したり、日本祭やスピーチコンテストなどで他の隊員の協力により成功裏に終わらせることができたそうだ。週末や業務終了後の時間の過ごし方について質問しようと思っていたが、質疑応答の時間がなかった。
今日までに習った英単語は以下のとおり。
<words>
Robber, detective, witness, kind of, sort of, pretty, quite, fairly, highrise building, crown, motion sickness, minister(protestant), priest(cathoric), deputy(vice), gather around, distillery(brewery), hiccup, rise to(⇔drop, fall), would(unreal situation), will(real situation), shoelace, dungaree, pullover, dressing gown,
*腰から下のpantなどにはsをつける。
*willing toは積極的な意味ではない。
<hair>
・straight, wavy, curly
・brown, hazel, blonde
・comb, shaved head, bald
<appearance>
・well groomed, neat and tidy⇔messy, scruffy
<face>
・tanned, pale
・pimples, freckles, wrinkles, scar
・eye lashes
<build>
・stocky, plump, heavy
・thin, skinny, slender
・tallish,
<age>
・young---old, elderly---middle aged
<weather>
・muggy, sand storm, foggy, hail, sleet, lightning, overcast, puddle,
4月23日(水)
今日から1週間は全体日直担当であるため、朝6時40分に全体日直室に集合し、早朝ミーティングに出席することとなった。私は国旗係り(計4人)であるため、そのまま玄関の外で国旗の取り付けと掲揚のスピードなどの調整を行う。要するに、国家が終了する時にちょうど国旗が最高位まで達するようにする。また、電話掛は持ち回りで、私は明日12:30と19:00にそれぞれ20分間全体日直室に待機しなければならない。さらに、国旗は17:10分に回収すること、全員22:40分に全体日直室に集合し、見回り等を行うことなど役割がある。これが1週間続くことを考えると少し億劫になる。候補生は7時までに玄関前に集まり、各班ごとに1列に並ぶ。全体指揮の男性が列の最前列に並んでいる各班班長に人員報告を指示する。その後、朝の集いが始まり、国旗が掲揚される派遣国の候補生が現地語であいさつをし、国旗掲揚が始まる。国旗掲揚は、4月10日のカンボジアから始まって、今日のモロッコで12カ国目である。明日以降、シリア、チュニジア、イエメン、ボツワナ、エチオピア、ガーナ、ケニアと続いていく。さまざまな理由、立場で参加している候補生が派遣される国の国旗が毎日毎日順番に掲揚されていく。晴れた日は野外で行うが、たいてい強烈な逆光で国旗を直視できない。毎週、水曜日は青年海外協力隊の歌「若い力の歌」の練習がある。音楽隊員の女性二人が歌の指導をしてくれる。今日はジャンプしながら発声する練習をしたり、歌詞の確認の意味で朗読したりと知恵を使ってメニューを考えていただいた。♪若い力がここにある♪未来の扉開くもの♪日本の明日を築くもの♪誇りを胸にいざ行かん♪・・・・・。私は歌うたびに、「日本社会の協力隊に対する認識と乖離しているな〜。」と歌詞と実態の矛盾を感じる。このような専門性を持った隊員が他の分野にもいることは大変贅沢な機会であるし、もっと矢面に出てきてもらいたい。その後、ラジオ体操がある。全体日直担当は他の候補生約160名(うち1名は調整員)に向かい合って行う。その後、新聞を入れ替えて、朝食を済ませ、午前のホームクラスの英語を受講した。今日は同じクラスの他者と比べて自分は聞き取りが全くできていないことを痛感し、少し焦りと歯がゆさを感じた。昼食後のテクニカルクラスでは、ずっと話の焦点の定まらない会話が続いて少々苛立った。これでは成長する気がしない。今日の会話の主なテーマは、プロテスタントとカトリックであった。今日は19時から語学のクラス別アウトドアレッスン説明会があり、私はテクニカルクラスのリーダーであることから参加した。5月14日(水)に終日実施すること、毎回約8割の実施率であることなどを確認した。目的は、所外の多様な環境の中で表現力や会話能力の向上につなげることとなっているが、説明と資料から判断するとこれは建前だと思われた。説明終了後、しもちゃんと一緒に部屋を出て、LL教室の前まで来たときに20時まであるスタッフによる講座に途中参加するかどうか迷ったがやめておいた。後で聞いた話では、今回の講座には2名だけ参加していたようで、途中から聞いてもよかったかもしれない。10時40分から全体日直の館内見回りの仕事があり、フィリピン隊員と一緒に体育館と浴室を確認した。
4月22日(火)
最近、朝起きるのがきつくなってきた。今日は午前中のホームクラスの英語の授業で初めて野外に出た。理由は、ある候補生が眠そうだからということだったが、時々先生がキレないかと心配になることがある。授業に臨む態度が良くないと指導する側のやる気も失せるのではないだろうか。今日から全体日直の8班の担当が私になることを忘れていた。そのため、6時半に全体日直室から放送で呼び出された。ちょっと抜けている。これでは生活態度の悪い非常識な候補生のことをとやかく言うことができない。8時から定例の環境教育候補生のミーティングがあり、そこではゴミや食べ残しの問題のアンケートを実施することがほぼ決まった。また、ワークショップの案を後で送ることになった。その後、10時40分に全体日直室から電話があり、また呼び出されてしまった。後で訓練資料を確認すると、全体日直の仕事が事細かく記載されていた。
4月21日(月)
今日は午後のテクニカルコースで、プレゼンのテーマについて、先生と打ち合わせをした。私は前から考えていたとおり、実際にケニアでもやろうと考えている「滋賀とケニアの学生の交流のためのプロジェクト」について説明した。先生からのアドバイスとしては、「日本の紹介の場などでも単調でワンウェイなプレゼンではなく参加型の方法で行うほうがよい」というように実践を意識した適格なご意見をいただいた。しかし、最後に「英語の成績が極端に悪い。大学院まで出てるのにできないはずはない。勉強しなかったのなら信頼無くすぞ。」と叱責を受けた。
その後、国別ボランティア派遣概要説明があった。以前から任国変更の状況確認の件で何回も電話をかけてご迷惑をおかけしていたA氏が担当者として来訪した。説明は、ケニアの概要や受入機関(特にKWS)、ケニアで行っているプロジェクト、そしてケニアの政情についてパワーポイントで行われた。任国変更の方が数名おられることもあり、活発な質疑応答にはならなかったが、1)KWSの予算の内訳について知りたい(→現地事務所に問い合わせる。)、2)派遣後の任国変更でケニアだけ特別な対応をしてもらうことはできるのか。(→条例適用により派遣される公務員などは条例申請の内容を考慮して任国および業務を決定する。)などを質問した。終了後、個人的にお詫びも兼ねて挨拶し、県政のための経験を還元したいので、「県職員がボランティアとして途上国で奮闘していること」をアピールするための寄稿がしたいことを告げた。
今日の夜の放送も笑いながら不適当なものとなった。候補生のモチベーションを下げる原因にならないといいが、この不安が徒労に終わることを願っている。派遣までに任国で活動するための相応なレベルまで自己を鍛え上げることが大きな目的だと思っているが、年齢層は結構幅広く、普段に日常生活を変わらない態度で臨んでいる者がいるのかもしれない。ただ、そのような周囲の雰囲気に流されないで、ピリッとやりぬくことも訓練の意義のひとつであろう。それにしても訓練所は老若男女が集まっている不思議な場所だ。
4月20日(日)
訓練始って2回目の日曜日である。今日は8班で岳温泉に行った。朝から、滋賀とケニアの子供たちの交流プロジェクトについて2人に知人に案内文を送付したり、英語のリスニングの勉強をしたりしているとすぐに集合時間の10時30分になった。ジャンボタクシーで向かった。露天風呂もあり適温でゆっくり楽しめた。その後、近くの食堂で「ソースかつ丼」をいただいた。その店の名物ということで、ボリュームも味も最高だった。最近ずっと雨で今日も朝まで曇りがちであったが、行く頃には晴れており、「8班はついてるな〜」とか言いながら楽しんできた。班のメンバーの一人から協力隊に参加しようと思った理由を聞いた。彼女は院で農業土木を専攻し、ため池や水路について調査した。その研究成果を実践で生かしたいと思ったが、日本では農地が圃場整備など画一的な方法で整備され適したフィールドがないことなどから、途上国で生かしてみたいと考えた。
昨晩の泥酔状態の候補生の非常識な放送に対しては激怒した人が多く、自分もそう思った。全体日直の業務として23:00に消灯の放送を入れることは訓練中の規則であり、その担当者(日誌係?)はそのことを念頭に置いて行動するべきである。
帰室してから、(少し早いかもしれないが)班の名簿とMLを作った。いろいろしていると、気づいたら11時を過ぎており、確認に来た管理人に消灯していないことが見つかってしまい、名前を書かされた。「この施設のルールはそんなに多くないし守ってもらわないとね〜」と言いながら書いた名前を確認した。「始末書書かされるんかな。」と心配になった。私もルールを守れていない・・・。
4月19日
今日は午前中に英語のホームクラス、午後は救急法の講座があった。
今日は普通に英語の講座を受けて、午後から着替えて救急法を学んだ。救急法の講座は、一方的な講演ではなく、候補生同士が脈を測ったり、血流を止めたり、三角巾で応急措置をしたりと参加型の講座であった。結局、昨日の晩に談話室で仕上げた課題は提出する必要がなかった。
午後の講座が終了してから、8班で体育館に行き、バスケットボールなどの運動をした。その後、英語の勉強をして12時までに寝た。
<今日の英語で学んだこと>
・近い未来のこと(明日、明後日)について言う場合は、willではなくbe going toを使うこと。
・homeやhereの前にtoはなし。
・「あなたの言うことは分かるが、しかし・・・」→I see what you mean, however(but)・・・
・injureは長く続く痛みや怪我に、heartは続かない痛みに用いる。
・truancy=不登校(skip school)
・bias:テレビなどの報道が一方的に偏った情報を提供すること。
・in my childhood: when I was a child
・elementaryschool=primary school(アフリカなど)
・tuition:授業料
・puddle(水たまり)、flood(洪水)、drought(干ばつ)
・muggy(蒸暑い)、sandstorm(砂嵐)、foggy(霧の立ち込めた)、hail(雹)、lightning(稲光)、thunder(雷)、overcast(曇った)
・天気の表現の仕方:it’s terrible(miserable) OR it’s beautiful(lovely,gorgeous)
4月18日
今日は朝の集いの後、8時から個別面談があった。8班担当のスタッフお二人に対応していただいた。訓練の率直な感想を述べ、現時点で問題がないことを告げて終了した。
その後、ホームクラスとテクニカルの英語を午前午後と受講し、19時からスタッフによる講座「事例を通して開発を考える」に参加した。最初1960年代以降の大局的な時代の趨勢について概観した後、いくつかの班の別れ、開発援助の失敗例についてディスカッションし、その後、本の紹介を交えながらほぼワンウェイの講義が続いた。最後の質疑応答もなく、演者の任国での活動報告の時間もほとんどなかった。協力隊の役割として、「よそ者」として距離を置かれて対応されがちであるが、その中で自分自身でできることを探すことが重要であると主張されていた。例として、日本人であればあたりまえにできていること、例えば、「今日何か知らないことを知りたい」という人間としての証明とも言えるような欲望を満たしてあげるために、何かをする喜びを知ってもらうだけでも立派な国際協力であると述べられた。しかし、自分は「立派な国際協力をしていること」を県職員や県民に分かってもらうためのスキル、ノウハウを知りたいと思った。今日の講座の中で挙げられたいくつかの活動事例を拝見しても、それらの活動の意義を実感することができなかった。どのようにしたら、活動期間中、期間後に関わらず、任国での自分の活動が日本社会にとって意味のあることであるということを理解してもらえるのであろうか。今思いつくのは、
1)執筆して経験を形にする。
2)ケニアの学校と県の学校が連携して持続可能な社会づくりについて考えるための橋渡しをする。その取り組みをメディアを通して情報発信する。
の2点であるが他にどんな方法があるのであろうか。
4月17日
今朝、のどの調子が少し悪いことに気がつき、風邪ではないかと心配になった。マスクを着用している人もちらほら出てきて、風邪が蔓延するのが心配だ。毎日、ためになるすばらしい講義があるので、風邪をひいてせっかくの成長するチャンスを逃すのはもったいない。
今日は、午前、午後と英語があり、その後語学自習と英語漬けの1日であった。明日も全く同じ内容の予定である。訓練開始後日が経過するにしたがって新鮮さがなくなってきた。ここで少し今までに習ってきた英語を復習してみる。
<単語、表現>
次行きましょう:Let’s move on
現職参加:leave of absence
食事を取る:have breakfast(the breakfastにするとmenyuを表すため、theはつけない。)
シャワーを浴びる:take a shower(シャワーは数えられるのでaをつける。)
準備する:get ready for(prepareよりも使用頻度が高い。
6:30:a half to seven, a half past six
服を着る:get dressed
帰宅する:get home
目を見る:make eye contact, stare into one’s eyes, stare at you
〜を育てる:raise, grow(植物)
もっと悪くなっていたかもしれない:could have been worse~
untilとby:前者は状態が続くとき、後者は状態が変化するときに使用する。
Work:動詞ではjobという意味で使用しない。
Talkative:話好きな人
Crash,clash,crush:発音も意味も異なる。
Equinox:秋分、春分
Grown-ups:adultsよりもよく使用する。
Fall Friday or Monday:振替休日でlongweekendになること。
Accustomed:慣れている
The month before last:一昨年
直線的思考:linear thinking
Governer,Mayor,primeminister:
It was nice to meet you: 会って一通り話が終わった後の挨拶
How are you?=
*what’s going up?
*what’s up?
*how are you doing?
*how’s it going?
I’m fine=
*Pretty good.
*not bad.
*goog thanks.
And you?=Yourself?
Co-worker:colleageは形式的な表現
Sibling=兄弟姉妹
Day-off, holiday, vacationの違い
4月16日(水)
いつものように朝の集いがあった。今日はジャーナルを提出する日であったが、まだ完成していなかったので、集いの後すぐに部屋に戻り続きを書いた。また、今日は採血の日であったが、自分に割り当てられた時間を正確に把握していなかったことに気づき、その時点で8時20分過ぎだったこともあり、急いで掲示板に確認しにいった。このように今日の朝はいつもと違いバタバタしていた。
11時35分からアフリカ担当の課長のよるケニア任国事情の説明があった。候補生の中には、話の内容を受け入れ難い者もいたので、参加者はみな深刻に受け止めていた。
午後からは講座が続いた。「JICA事業概要」「派遣の仕組みと支援体制」「ボランティアスピリット意見交換会」と続いた。最初の2つの講座は先ほどケニア任国事情の説明をしていただいた課長が担当したが、一つ目の講座で声が聞き取りにくくて良く理解できなかったにもかかわらず、候補生は誰一人としてそのことを指摘しなかった。それほど関心がなかったのだと思う。「ボランティアスピリット意見交換会」では、参加型の講座にするためか、5人ほどの小さな班に分けて行われ、私の班は、カンボジア(小学校教諭)、モンゴル(建築)、タイ(PCインストラクター)、ヨルダン(幼児教育)と派遣地域、職種ともさまざまな人で構成されていた。まず、派遣前訓練の感想について一言交えるというルールで自己紹介があり、「訓練の意義」「ボランティア精神」について議論した。
夕食後、「語学学習について」は希望参加であったので行かずに英語の宿題をした。今日は、ホームクラスとテクニカルクラスの2つの宿題があるので少し大変だ。「訓練の意義」については、自己啓発、協調性を高めること、仲間をつくること、集団生活を通じて自分を見つめなおすこと、任国へ行くシュミレーションなどの点が挙げられた。中には、携帯やパソコンを持ち込まないなどの新たな規制を導入して、より任国の状況に近づけてもよいのではないかという提案もあった。
ボランティア精神については、「ボランティアスピリット」という本を参考にし、参加者がこの本の中の重要な個所を朗読しながら進めていったが、たたき台があいまいであったせいか、統一性のないいろいろな意見が出てきた。私も全員に発表し、「村社会が機能していた時代の相互扶助の仕組みから発展してきたのが日本のボランティア精神で、欧米のそれとは単純に比較できない。ボランティア団体数の増加も阪神大震災の後からと比較的最近で、一次的な流行に終わることを危惧している。協力隊応募者数の減少は、少子高齢化だけではなく、国民のボランティア精神の衰退に起因している可能性もある。」ということを言い、最後に「根拠はないですけど・・・。」と控えめにしめた。後で、「本当に面白くなかったよ。」とつっこまれたけど。
同じケニア隊員で青少年活動で派遣される男性が中心になって、スワヒリ語講座を実施していただいた。8時から219教室であった。参加者は全員で9名だった。今日は、「あなたの名前は?(Jina lako nani ?)」、「私の名前はこうじです。(Jina langu Koji)」、「あなたの出身はどこですか?(Unatoka wapi?)」、「出身は大阪です。(Ninatoka Osaka)」、「どこに住んでいますか?(Unaka wapi?)」、「二本松に住んでいます。(Ninaka Nihonmatu)」、「仕事は何ですか?(unafanya kazi gani?)」、「先生です。(Ninafanyakaziya Ualimu)」などあいさつを習った。
8時40分頃にスワヒリ語講座が終了し、それから12時30分頃まで英語の宿題をした。前置詞の問題や数字の言い方が難しかった。このあたりは普段論文を読んでいても意識しないようで自分の知識の抜けている部分であることが分かった。リスニングは、女性の朗読を聞いて、穴埋めする問題であるが、文章のほとんどが空欄になっているので、実質まるまる全て書き留めているのとほとんど変わらない。前回のように10回以上繰り返して聞いて約20分かけて完成させた。
4月15日(火)
今朝からランニングを開始した。といっても、毎日走るわけではなく週1のペースで続けていけたらいいと思っている。走っている時、れん君に会ったが、彼は毎日続けているようだ。他にも同じ班の女性にも会ったし、結構多くの候補生が運動していることが分かった。今日は、グランドまでいく坂道を走ってしまったが、そのためにグランドに着いた時には結構疲れていた。
その後、しもちゃんと「二本松イリュージョン」という言葉について少し話をしたが、結論として、「訓練前の時点で「二本松でイリュージョンがある」と想像していることがイリュージョンである。」ということでまとまった。このようなどうでもいい話もよい息抜きになるので大切だと思う。大学時代の部活でも、毎日、練習、筋トレ、ミーティングの連続した一見単調な日々が続く中で、冗談を言い合うひと時が(ただし、シーズン以外の時期)あったことを思い出す。しかし、午前中の英語の講義では、英語の宿題をするのを忘れてしまい考え方の甘さが露呈した。緊張感を持ってピリッとしないといけない。
午後から最初のテクニカルコースの授業があり、自由なテーマで英語でのワークショップを開催できるということで、ワークショップの内容を考え出すことに興味を覚えた。ただ、
宿題がものすごく多いこと、発音が午前中の先生よりも聞き取りにくいことが気になった。
その後、狂犬病の第1回の予防接種があった。いろいろ説明があり、「筋肉注射」という痛そうな言葉に驚いたり、音声なしの映像で不自然な動きをする犬や発作を起こしたような反応を繰り返す子供の映像を見て、衝撃を受けた。音声が出なかったのでスタッフの方が
狂犬病について説明しようとしていたが、あまりネタを持ち合わせてなかったようで時間稼ぎにはならなかったが、以下の点を教わった。
1)今回の2回の予防接種を受けた場合でも、任国で犬に噛まれたときは24時間以内に接種を受けること。
2)だいたい毎年50名にJICA関係者が犬に噛まれている。
3)任国ではワクチンを打っていない犬をできるだけ飼わないようにする。
8時から環境教育の隊員で行っているミーティングに参加した。今日は2回目で、毎週火曜金曜に行うこととなっている。今日はシニアの方など職種の異なる方数名にも参加していただいた。自分が思いついたテーマ「隊員候補生の参加理由、大義名分をワークショップで明らかにする」は不評に終わった。ワークショップというツールは変えずにテーマを再検討しようと思う。8時半からカウンセラーのOさんのお話を談話室で聞いた。約30分一方的に話をお聞きした。
1)任国では宗教のことを聞かれる場合もあるので日本文化を勉強しておくこと。
2)緊急の場合、赤いマグネットを使用して予約してもらうが、いたずらで置いて来ない候補生がいるのでそのような行為は絶対にやめてもらいたい。
3)和紙づくりの体験ができる施設があるのでぜひ参加してもらいたい。
4)語学と人間関係で悩む人も多い。
Oさんのお話をお聞きした後に同じ班の元保母の女性が子供向けの手品を見せてくれた。指がとれるように見える指遊びや手に持った見えない糸で顔の一部を引っ張っているように見える芸を披露していただいたが、このようなツールをできるだけ集めてケニアで生かしていきたいとも思う。
4月14日(月)
今日は天気が悪かったので朝の集いは体育館であった。二本松に来てからあまりいい天気の日がないが、この地域の気候のせいであろうか。
8時45分から語学があった。クラスの二班に分け、Card Tasks/Questionsというトランプを使った会話の練習を行なった。配布された用紙にはカードに対応する様々な質問が列記されている。例えば、スペードの9であれば、話してが聞き手に対して「家族の構成」について質問することとなっている。私のグループは3人だったが、延々と2時間順番に話しつづけた。これは非常に良い練習になる。ちなみに、今日先生から先日のEPテストの結果を教えていただいたが、77点とアメフト時代の背番号と一緒の数字だった。
午後13時から「国際社会と日本の役割」という講座を受けた。講師は8年間NTCの講義と担当しておられるが、隊員の2割くらいが自分の話をよく覚えているそうだ。海外旅行に行く場合は、相手国や国民とはラブラブ関係であるが、これが協力隊のような仕事になると、「相手国のために何かをやる」という目的があるので、時には対立関係になったり厳しいせめぎあいが起こる場合がある。任国で活動している間、「世界はどこかでつながっている」ことを念頭におき、(世界の空気を読んで)マクロな世界像を意識しながら活動するとよい。アフリカのエチオピア、ケニア、南米のブラジルのような地域大国が周辺諸国のどのような影響を与えているか考えながら活動することは意義深い。このような影響は日本にいると分らないものが多いからである。
地球の明日を読むことは非常に難しいが、以下の2点はだいたい予測できる。1)アメリカの一国支配はアフガン、イラク戦争を経て終わりつつある。2)天然資源の価値が上がりつつある。(アメリカの力が相対的に小さくなる。)したがって、今まではヨーロッパの基準(美男美女の条件として、目が大きい、背が高いなど)がグローバルスタンダードになっていたが、これからはヨーロッパおよびアメリカの力が落ち、本来あるべき世界の姿(産業革命以前の姿)に戻る可能性がある。この場合、世界が多極化し、1)それぞれの地域が尊敬しあうか、2)それぞれが争そうかの2種類の可能性が出てくる。現在の国連の仕組みはアメリカとイギリスで案をつくり、常任理事国に意見を求め、非常任理事国は質問するだけという非常にシンプルは意思決定の仕組みであるが、この仕組みが崩れる可能性がある。
先生のODAに対する見方は協力隊を除くと批判的であった。日本のODA全体では1998年以降10年間で4割の予算を削減したが、インドネシアのODAの現場を実際に視察してみると、役に立っていない事業がいくつか確認された。しかし、日本のODAの中で唯一国民が認めてくれる技術協力のスキームが協力隊であると認識している。日本人の国際協力のあり方として、日本の歴史および日本人の特性から判断すると、「平和的な国際協力」が求められている。
4月13日(日)
今日はオフだ。8時半にバス4台に乗り合わせて二本松駅に行き、桜ウォークに参加した。NPO法人「まちづくり二本松」が主催するイベントである。
二本松駅に集合し、シシリアン・ルージュというこの町では珍しいイタリア料理店、360年以上の歴史のある二本松神社を通り過ぎ、スタート地点である戒石銘碑に到着した。この広場で、碑の由来などについて説明があり、歌も歌ってもらい、桜や梅、モクレンの花をつけた木々のアーチを通りながらゴール地点の箕輪門に向った。結構時間がかかり、終了時刻は13時過ぎで、その後8班のメンバーで先ほど通り過ぎたモダンなイタリアンレストランに行った。3時から5時過ぎまでレポートを書いたりして過ごした。
夕食後、6時40分頃から班ミーティングを行った。提出書類の確認をした後、今週の訓練目標を考えた。各班毎に目標を決め、その中から適当なものを選抜し、1週間の訓練生活の目標とする。したがって、1週間と期間が短いこと、提出した目標が採用されるかどうかも不確かであることなどの理由で、KJ法などのツールを使わずに簡単な話し合いにより「時間厳守」に決定した。また、4月18日提出期限のレポートを下記のとおり講座委員に提出した。
訓練に対する心構え、目標、取組む姿勢
候補者番号:99 氏名:中川宏治 派遣予定国:ケニア 職種:環境教育
協力隊として活動する目的および意義を個人的なものと大義名分に分けて整理すると以下のとおりである。
私の場合、個人的な理由として2つ挙げるとすると、
@ 高校時代にアメフトで全国制覇したいと思い、その頃頻繁に全国制覇していた大学を受験し、アメフト部に入部したが、2年で優勝に見切りをつけて退部した。就職してその時の決断を振り返った時、家庭を築いて安定する前にもう一回何かに挑戦してやり切ってみたいと思った。
A 大学時代に昆虫の虜になり、生物(特に昆虫)の素晴らしさ、楽しさを多くの子どもたちに知ってもらうための環境教育に興味を持った。NPOの活動や目標である自然学校の設立を考えると、海外で環境教育に係る経験は意義深いものである。大学時代に考えていた、退職後に自然学校を設立するという目標を達成するための大きなステップとして途上国での環境教育は貴重な経験であると考えた。
次に、大義名分であるが、県庁職員として現職参加することも踏まえ、以下の理由が挙げられる。
@ 県庁職員が自己啓発で途上国の環境問題の解決のためのボランティア活動に取り組んでいることをアピールすることで県の宣伝をすることができる。
A 県でも持続可能な社会づくり構想を進めているが、違法伐採による木材の輸入や途上国で生態系を破壊して栽培された農作物の輸入などグローバルな視点が必要な課題が山積している。したがって、途上国の人々および政府の視点から日本および県の持続可能社会の形成を眺めてみることが有意義なことだと考えられる。また、その経験を県の子供たちに語り聞かせることで青少年教育に還元することも意義深い。
B 琵琶湖という世界屈指の古代湖を内包する滋賀県は環境立県であり、国立公園を管理する世界的に有名なKWSで勤務することは、県政に還元できる知見を得るための貴重な経験である。
私個人にとっての活動の意義を考慮すると、今回の訓練では、自分の将来の夢を実現するためのステップにするという所信を忘れないことに加え、県庁から現職参加することの責任も認識しながら、周囲に流されることなくやり抜くことが大切であると考えている。このような考えに立脚しながら、この訓練では以下の目標を設定したいと思う。
@ 業務で使用する英語のレベルを向上させる。
A 県庁職員として現職参加することについて、説得力のある大義名分を考え出す。
B ワークショップやファシリテーションのスキルを訓練期間中に実践で身につける。
C 途上国での人間関係の築き方のモデルケースとして、年齢、職種、出身、価値観、考え方などがさまざまな候補生との適当な距離の保ち方を身につける。
D 65日間、ケニア派遣の環境教育隊員として任務を遂行する上で十分なレベルに到達するための努力を継続し、あきらめずにやり抜くこと。
上記の目標を達成するために、私が実践するべきことは以下のとおりである。
1) 自分のペースを守り、周囲の候補生の態度、言動に流されることなく行動し、十分な学習時間を確保することである。もちろん、高飛車な態度は見せずに、他の候補生と極力同じ目線で接するように心がけ、人間関係に波風を立てないようにすることは社会人としての常識である。
2) 座岳で得た英語の知識、ワークショップやファシリテーターのノウハウを実践で身につけるという意味で、候補生と英語で会話する時間を設けたり、参加者を募集して適当なテーマでワークショップを開催する。
3) 「自らの努力で作り出した時間でいかに学習できているか」、「毎日目標達成に向けて妥協せずにモチベーションを維持できているか」など自己の取り組み方について定期的に確認する意味でも、毎日の過ごし方を日記に書きとめておく。
したがって、訓練の目標ひいては任国における活動の目標を達成するために、これらの3つの視点から訓練に取り組む所存である。
4月12日
午前中、朝食後、ケニアへの出発日時が掲示板に張り出されていると聞いていたので確認しにいった。2月中旬に私に適用される県条例の申請書に記載する必要があるため、JICAから既に出国予定日は聞いていたが念のため確認した。6月23日23時15分関空発、ドバイ経由で6月24日14時15分ナイロビ到着である。
今日から本格的に語学の授業が始まった。今日は一人20分くらいかけてじっくりと自己紹介をした。候補生が言っていることはだいたい理解できたがみんな上手に話す。Ryanはここは上から2番目の成績のクラスだと言っているが、このクラスの中では自分の英語は一番程度が低いことは明らかである。ただ、上手な人には申し訳ないが、彼彼女たちからいろいろと学ばせていただけるので自分にとってはチャンスだ。クラスの中では日本語の使用は禁止であり、電子辞書は極力使わないようにと指導を受けた。苦しい時間帯であるが、任国の活動が言語能力が原因で思うようにいかないようでは話にならない。
午後から生活オリエンテーションと体力維持講座があった。生活オリは資料にそって訓練生活の決まりごとをほぼ朗読する退屈な時間であったが、最後に総括が特別に時間をとって「集団合宿訓練の意義」について力説された。気持ちのこもった心に響く演説であった。要約すると、
1. JICAは訓練を通して、任国での活動で必要となる事項について集中して勉強してもらうための環境を提供している。
2. 訓練は、自己管理能力という任国で絶対必要であるがあいまいな能力を高めるための良い機会である。
3. 訓練期間中は、162の異なった国の人々と生活することの疑似体験とみなすと、柔軟性、自主性、協調性を伸ばすための絶好の機会である。
4. 訓練は、任国における生活および活動のシュミレーションとみなすこともできる。
また、総括のお子さんがお世話になっているピアノの先生の話を例に出して次のようにおっしゃった。
自分たちが演奏したい曲ではなく先生が与えた曲を演奏する子供たちに対して、先生は「与えられた課題曲に対して自分がどんな風に取り組んだかが重要です。」と伝えたが、候補生も訓練所で決められている規則(例えば、名札の付けること)を理屈抜きに守ることが大切である。また、語学のレベルの高い人に特に言いたいと前置きして、「最後までやり抜くことが大切である」と言った。確かに、日常生活の中でも、メールや電話の会話の最初に、「お世話になっております。」の一言が必ず入るが、これも決まり事かもしれないが省略すると波風が立つような気がする。また、自分の能力が高いことを鼻にかけずに向上心を持って2ヶ月間やり切ることが求められているのであろう。
夕食後に救心亭という居酒屋に8班のメンバーに飲みに行った。店のマスターは味のある方で、夏はガイド、冬はスキーやスノボーの指導員をしている活発な方だ。私はカウンターの端の方でビールと焼酎を少しいただき、何人かと会話を楽しんだ。しもちゃん(ケニアの燐国のエチオピアに派遣予定)は、始終写真を撮りまくっていた。すすむ君(マラウィ派遣予定)は、最初は「飲みません!」と言い切っていたが、ビールを勧めると少しだけ飲んでくれたし、話をするうちに、知れば知るほど味のある好青年だと分かってきた。8班は落ち着いていて好い班だと思う。
4月11日
今日は朝から雨で、朝の集いは体育館であった。7時前に体育館に到着すると、既に大勢の候補生が集まっており、ランニングしている隊員やそれを見ながら「なんで走っているんやろー」と不思議そうに話している隊員がいるのを確認し、館内をウォーキングした。同じ班の野菜隊員が国旗を掲揚した。
朝食後、掲示板に掲載された英語クラスの班分けの結果を見ると、英語が上手なれんさんや語学試験免除の方と一緒のクラスだったので成績もあながち悪くなかったのだと安心した。油断せずにガツガツやっていこうと思う。
その後、前日と同じ流れで第1回の語学の授業が8時45分から始まった。ただ、第1回目は先生によるインタビュー(試験か?)で109号室に行ってRyanさんの説明を聞いた後、9時10分まで図書室で待機していた。待機中はシリアに派遣されるシニアボランティア候補の方から、過去にケニアに派遣されたときの苦労話や建築関係の仕事をしてきて今は建築OBがメンバーのNPOに所属していることなどを話していただいた。インタビューでは、@自己紹介(出身、仕事、趣味)、Aケニアの郵便局で郵便物を日本に送る時に何を話すか、Bミルクと砂糖を入れたティーの作り方の説明、C今住んでいるドミトリーの説明をそれぞれ2−3分で話した。最後に先生は、自分の英語の誤りを順番に分かりやすく説明してくれてとても丁寧な指導をされるという印象を受けた。
その後、11時45分に始まる懇親会までの間、ワークショップ入門を読んで時間を潰した。懇親会は立食形式であったが、あまり多くの方とお話ができなくて、もってきた名刺も3枚しか渡せなかった。
13時から語学講師の紹介があり、いろんな国の先生が一人ずつ自己紹介をしてくれた。言葉は英語以外はほとんど理解できなかったが、国際色豊かなひと時であった。13時15分からは自己紹介と写真撮影があり、一人25秒と短い自己紹介であったが、ゴーヤダンスという一発芸をする男性や歌を歌う女性、なぜか15秒の合図が鳴るまで沈黙する人などサービス精神旺盛な若者も何名かいた。このような態度はどんどん周囲に広がっていくのであろうか。いずれにしても私はいつも一歩引いて傍観するだけの臆病者である。また、順番を逆にして、この自己紹介の後に懇親会があったら興味のある隊員候補生にいろいろ質問できたと思うと少し残念だ。
15時からコミュニケーション手法の講座があったが、県職員の職員研修や「滋賀を元気にしよう会」「子供たちに関わる大人たちの交流会」などNPOの研修や先日のキープ協会の研修などでさんざんやってきたし、少し物足りなさを感じながら受講した。班分けがあり、輪になり順番に先頭の人から自分までの人たちの派遣国とニックネームをすべて言うゲームと二人一組で協力隊に参加した理由を聞き取りする作業を行った。スタッフは何人かに参加理由を発表してもらったが、「協力隊に参加した理由や動機はない、行きたいから挑戦した。」という発言があり、「若い」「あまい」と思ったと同時に少し羨ましかった。私は大義名分を考え出すことに精を出しているわけであるが、県庁で「行きたいから挑戦します。」という理屈が通用したらどんなに楽かと考えてしまった。
夕食時に午後の自己紹介でゴーヤダンスを披露した男性が今度は「エビダンス」を見せてくれた。ノリが若すぎてついていけない。
21時から22時まで班ミーティングがあり、提出書類の確認と係り(全体日直)の割り振りなどを決めた。
4月10日(木)
訓練2日目。
7時から「朝の集い」があり、国旗掲揚、ラジオ体操があった。訓練最初の朝の活動ということで、不安があったので6時過ぎには既に起きていた。国旗は、JOCV旗、日本国国旗、JICA旗、派遣国国旗の4種類で、初日はカンボジア国旗と国歌斉唱が行われた。カンボジアの国家は41秒と短いはルワンダや南アフリカは2分以上もある。国旗と国歌に対する国民の意識は日本では非常に低いことは昨日の講話の中での触れられた。
その後、食堂に行ったが予定表に記載された7:20には営業が始まらず、しばらく待たされた。訓練最初の営業ということで、食堂のスタッフも混乱していたのかもしれない。
午前中は、診療室オリエンテーション、生活オリエンテーションがあった。オリエンテーションでは業務課長により、「協力隊」という言葉の意味について考えを示していただいた。具体的には、「協力」はこちらが一方的に相手国の発展のために活動するのではなく、現地の住民や受入機関の職員と一緒に社会の改善のために取り組むということであり、「隊」の意味は、我々が個人だけで活動するのではなく、隊員同士協力し助け合いながら活動することでもあるということを述べられた。また、協力隊の活動で重要なことは、セルフコントロールおよびタイムマネージメントであり、この訓練はこれらを習慣化するためのよい機会であること、任国では緊急事態に備えて協力隊のIDを常時携帯する必要があり、訓練期間中の名札の装着も訓練期間中に習慣化できると良いと述べられた。
昼食後、13:00からEPテストが英語学習者のみ実施された。リスニングもライティングも比較的取り組みやすかったが、lightとrightの違いやnurseの前にaを付けるかどうかなど基本的な部分が分らなかった。全く情けない限りである。これでは何のためにケニアに行くのか分らない。明日の結果発表も不安だ。
その後、14:45分から語学オリエンテーションがあり、マシュー先生の辛辣で現実的な挨拶があった。要約すると、
「途上国の人は意志疎通ができる隊員を求めるので、彼らが選考したら君たちの2割しか合格しないであろう。現地語ができる人が必要であり、65日間でそのレベルに到達できなかったら派遣される意味がない。」ということであった。明日からの英語は必至に頑張ろうと思う。
16:15から、班別ミーティングがありスタッフが各種書類を配布した後に自己紹介があった。私の班は14名(男性6、女性8)で全員が順番に2分くらいで発言した。途中で女性が自ら年齢を言うようになると、その後は前例踏襲で年齢に触れた。結構ご年配の方々がおられてホッとした。個性的なメンバーがそろっており、ブラジル生まれで植物の絵を描くのがうまい女性や30歳で20カ国以上をバックパック一つで旅したことのある女性、中学校を卒業し農業一筋できた青年などの自己紹介に圧倒されてしまった。役所で職場にいる時間が長いためかもしれないが、ある意味途上国に行った時以上にカルチャーショックを受けているかもしれない。65日間一緒に過ごすことを考えると楽しみでもあるが不安があることも事実である。
4月9日(水)
早朝6時に実家を出て、JICA二本松青年海外協力隊訓練所に向かった。祖母が餞別を持ってきたが、直前に起きた父はそそくさの煙草を吸うために外に出てしまい、母と祖母にだけ見送られた。京都駅でのぞみに乗り換え、東京駅では魚の口のようにとがった先端で連結している奇妙な東北新幹線(Maxやまびこ111号)に乗り換え、郡山駅に到着した。郡山駅で建元さんに声をかけてもらい、一緒に二本松駅行きの電車に乗り込んだ。車内はでっかいスーツケースを持った集団に占拠されており、こんな状態の電車はこの時期の名物なのだろう。
二本松駅に到着すると、知っている人が何人もいた。同じ環境教育でケニアにいく男性、大阪の飲み会でお世話になったフィリピンで家畜衛生に携わる女性などに再会した。
受付終了後、鍵を受け取り宿泊棟の部屋に行く。訓練所は管理棟、厚生棟、研修棟、宿泊棟に分かれている。部屋のあるフロアーの住人が既に数名到着したおり、私たちを出迎えてくれた。
リハーサルの後入所式があり、福島県知事、二本松市長などが来賓として来られていた。この入所式は形式的で非常に辛気臭く感じた。福島県出身のPCインストラクターの候補生が代表として宣誓した。
訓練の第1回目の講座「JICAボランティア事業の理念と目標」が4時半から6時まで続いた。青年海外協力隊事務局長の大塚正明氏によるもので、印象に残った点は以下のとおりである。
1)なぜ協力隊に参加したのか?
自分の勝手な理由だけでなく、国際協力をなぜやるのかについて大義名分化しておく必要がある。野党から、協力隊の制度のおける国益の有無についてよく質問が出るが、先進国として国際協力は必要であることをしっかりと理解しておく必要がある。
私の場合、個人的な理由として2つ挙げるとすると、
@ 就職活動の結果、第1志望の日本政府ではなく、地方行政で働くこととなった。地方行政で働く者として、今後国際的な活動にかかわるチャンスは少ないことから、今こそ時の利を生かして挑戦する時機である。
A 大学時代に昆虫の虜になり、生物(特に昆虫)の素晴らしさ、楽しさを多くの子どもたちに知ってもらうための環境教育に興味を持った。NPOの活動や目標である自然学校の設立を考えると、海外で環境教育に係る経験は意義深いものである。
次に、大義名分であるが、県庁職員としてなぜ現職参加する必要があるのか考える必要がある。ただ、ケニアの行政は日本以上に腐敗しているように思える。ケニアの特徴の中で滋賀県の職務に関連することは、野生生物に関することである。野生生物に関連する諸問題の解決策がケニアで見つかるかもしれないと思っている。また、県でも持続可能な社会づくりを進めているが、グローバルな観点が必要な問題でもあり、途上国の持続可能性とこれらの国から眺めた日本の取組についての知見が意義深いと考えている。
2)自分達の経験を一人のものにせず多くの人々と共有すること
ボランティア活動経験を日本社会に還元することが重要であるが、約300万/人の予算を投入していることからも義務と考えてもよい。
3)事業評価の結果
帰国隊員の90%以上が満足しているが、80%以上の達成度を認めているのは42%と少ない。また、途上国は日本とは異なり、国民の政府に対する信頼や公共への奉仕の精神が不足しており、協力隊のボランティア精神そのものが現地住民の意識を変える可能性に期待していると考えられる。そのため、受け入れ国は、「日本人の仕事に対する姿勢や進め方」、「まじめな生活態度」を高く評価している。
4)?啄同時
そつたくどうじと読む。開発途上国のニーズと応募者の剥離をなくすこと、隊員の活動が任国の住民が真に必要としていることと一致していること。
23時に、「4月9日水曜日、消灯の時間です、みなさん、おやすみなさい。」とアナウンスが流れたので寝ることとする。