城跡の地図
大里グスク
別名 島添大里グスク、ウフザトグスク
所在地 南城市(大里村)大里字西原
遺構等 曲輪、石垣、井戸、碑、説明板
現状 大里城址公園
築城年 14世紀
築城者 島添大里按司
歴代城主
形式 山城(比90m)
最終訪城日 2006/2/23
【道案内】


【感想・メモ】
おおさとぐすく
【歴史】
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国道329号「与那原」信号から500m程西進して、県道77号へと南に入ります。600m程南下した信号を左折し、1.3km程道なりに南東へ進みます。すると広い道に突き当たるのでそこを左折し、すぐを右折して500m程蛇行した道を行きます。「西原入口」バス停手前で左折し、200m程行って急な右カーブをキープします。300m程南下すると左に入る路地があるので左折します。そこから500m程進むと左手に「大里城址公園」があります。公園前に駐車スペースがあります。
公園外側に大きな「チチンガー」の説明板があったので、最初にそちらへ行きました。説明板によるとチチンガーとは城門近くの城壁外に設けられた降り井形態の井戸のことだそうです。両側が石垣に囲まれた石段を下りたら井戸があり、カッコいいというか神聖な雰囲気を感じます。公園に入ってすぐが広い二の郭で、ヘンテコなステージがあり「城」と書かれていました。この奥に主郭があります。琉球石灰岩が露出していて、主郭には拝所もあり、物見台にも拝所がありました。公園の外側で発掘調査が行われていました。
14世紀、島添大里按司が築城した。島添とは「島々(村々)を支配する」という意味で、島添大里按司は島尻地域の東四間切(大里・佐敷知念玉城)に勢力を誇った。しかし、佐敷城主・佐敷小按司尚巴志によって攻略され大里グスクは落城した。その後、尚巴志が三山統一する際、拠点グスクとし、中山を征討し首里城へ移るまでの間居城した。その後、第一尚氏王統の支城として使われた。