8日目 ブルー・グロット、ハジャール・イム神殿、騎士団長の宮殿観光後ヴァレッタ湾クルーズ

 出発が遅いので8時半まで旅行記作りを続けてからホテルのレストランでブッフェ式の朝食をとった。


各種料理(拡大)

 9時半に出発、30分ほど走るとブルー・グロット(青の洞窟)の展望台に出た。


ブルー・グロット(拡大)

 さらに5分ほど走って下車し坂道を下って船着き場に行きボートに乗って海上からブルー・グロットを眺めた。


船着き場(拡大)

 船着き場の対面の崖に洞窟が2つあり右側の洞窟に入って通り抜けた。水は青く透明で美しかったがカプリ島の青の洞窟ほどには心に残らなかった。

  
2つの洞窟(拡大)          右側洞窟入口(拡大)          洞窟出口(拡大)

 外海に出ると波が高くボートは大揺れした。もう少し波が高ければボートに乗れない所だった。


ボート(拡大)

 洞窟を抜けるとすぐブルー・グロットの前に出て中に入ってくれた。

 
ブルー・グロット(拡大)          ブルー・グロット内部(拡大)

 この後4つの洞窟に入ってから引き返した。

 
洞窟内部(拡大)          洞窟内部(拡大)
 
洞窟内部(拡大)           洞窟内部(拡大)

 ブルー・グロットの前を通り過ぎたが遠くから見るとぱっとしない。ブルーグロットの先の絶壁の上に見張り塔が見えた。

 
ブルー・グロット(拡大)           見張り塔(拡大)

 11時に出発、,5分ほど走るとハジャール・イム神殿に到着した。初めに博物館で遺跡からの出土し品や遺跡の模型を見た後4Dビデオを見た。4Dとはどんなものかと思いながら立体映像を見ていると嵐の場面で風が吹き水が落ちてきた。もっとも嵐には程遠いそよ風と霧雨のような水だった。

 
豊穣の女神(拡大)      ハジャール・イム神殿模型(拡大)

 続いて神殿を訪れた。神殿は紀元前3600年から3200年に建てられた。柔らかい蜂蜜色の石灰岩グロビグリナで造られているので風化を防ぐためシェルターで覆われていた。この地は非常に強い風が吹くので木はの幹は曲がっていた。

  
シェルター(拡大)          神殿入口(拡大)         強風で曲がった木(拡大)

 中に入るといろいろな祭壇が並んでいた。最初の祭壇には渦巻き模様を付けた石板や生贄を載せる台などが見られた。


最初の祭壇(拡大) 

 近くに渦巻き模様を刻んだ石と生贄の血を載せる台が置いてあり祭壇の復元図があった。

  
渦巻き模様(拡大)      生贄の血を載せる台(拡大)      祭壇復元図

 このあと3つの祭壇の前を通った。

  
祭壇(拡大)            祭壇(拡大)            祭壇(拡大)

 祭壇の一番高い柱は5.2m、一番重い石は20トンあるという。

 
巨石の壁(拡大)          20トンの石(拡大)

 11時50分に出発、12時40分マルサシュロックに到着した。マルサシュロックはマルタ島南部にある最大の漁港で深い入り江は侵入者にとって格好の場所であった。グレートシージの初戦でオスマン軍はこの港から上陸し、ナポレオン率いるフランス軍もこの港から上陸した。ブッシュ大統領とゴルパチョフ大統領が冷戦の終結を宣言したマルタ会議が行われたのもここの海上だった。港にはオリシスの目の魔除けを付けたマルタ特有の小舟ルッツがたくさん停泊していた。

  
マルサシュロック港(拡大)              ルッツ(拡大)            オリシスの目

 欧米人がオープンエアーのレストランで食事を楽しんでいたが日本人は日光や風を嫌うのでサウス・ポートというレストランで昼食をとった。

  
オープンエアー・レストラン(拡大)            サウス・ポート          ダイニングルーム

 料理はシーフードスープ、白身魚ののホイル焼き、サラダ、ローストポテト、ビスタチオアイスクリームとカンノーロだった。カンノーロはリコッタチーズの菓子である。

  
シーフード・スープ           白身魚のホイル焼き(拡大)          サラダ(拡大)
  
          ローストポテト(拡大)        アイスクリームとカンノーロ(拡大)

 13時45分に出発、葡萄畑が続く道を走り続ける。マルタ島のワインは優れた気象条件と栽培技術醸造技術によって高く評価されている。


葡萄畑(拡大)

 14時10分にヴァレッタに到着、バスを降りてメインストリートのリパブリック通りを歩く。


リパブリック通り(拡大)

 最高裁判所や国立図書館の前を歩いていくと聖ヨハネ騎士団宮殿の前のパレス広場に到着した。広場の中央に小さな噴水があり濡れても困らないほどの水が出ていた。

  
最高裁判所(拡大)           国立図書館(拡大)          聖ヨハネ騎士団宮殿(拡大)

 聖ヨハネ騎士団宮殿の対面に騎士団長の宮殿があった。大統領官邸や政府機関としても使われているので左側の入口には衛兵が微動もせずに立っていた。

 
騎士団長の宮殿(拡大)          衛兵(拡大)

 宮殿に入ると入口の上や床に騎士団の紋章があった。

 
入口の上の紋章(拡大)          床の紋章(拡大)

 兵器庫通路には鎧を着た騎士のマネキンが置かれていた。重くて風通しの悪い鎧を着て長時間番をした騎士はさぞ大変だったろう。

 
兵器庫通路(拡大)          天井画(拡大)

 宮殿にはたくさんの部屋があるがそのうち4つの部屋を見学した。

 
審議の間(拡大)          大使の間(拡大)
 
給仕の間(拡大)          食堂(拡大)

 これらの部屋の壁の上部にはグレートシージの場面を描いたタペストリーが多数懸けられていた。


グレートシージの場面(拡大)

 最後にネプチューンの中庭を見て引き上げた。中庭には16世紀のジャンボローニャ作の海神ネプチューンの像のあるのでこの名がついた。時計塔には日時計、月を表す針、日付を表す針、時間を表す針がついていた。時計台の上には鐘を叩く絡繰り人形があった。

  
ネプチューンの中庭(拡大)       ネプチューン像(拡大)        時計台(拡大)

 ドイツ軍の空襲で破壊されたロイヤルオペラ劇場の跡まで戻って解散になった。添乗員の西部さんが16ユーロでヴァレッタ湾巡りのクルーズを手配してくれたので参加した。


ロイヤルオペラ劇場跡(拡大)

 マルタストーンの蜂蜜色の建物が並ぶサウス・ストリートに入った後海岸に向かう坂道を下った。マルタでは車が多く駐車場がないので道路の両側は自家用車で埋まっていた。

 
サウス・ストリート(拡大)          海岸に向かう坂道(拡大)

 船着き場からフェリーに10分ほど乗ってセント・ジュリアンの隣町のスリーマに行った。途中聖パウロ聖堂の尖塔とカーマライト教会のドームが見えた。

 
フェリー(拡大)          聖パウロ聖堂とカーマライト教会(拡大)

 スリーマー地区の船着き場から遊覧船に乗りヴァレッタ湾巡りをした。


遊覧船(拡大)

 16時10分し出航しヴァレッタ湾の10の入り江に入り巡り砦などを眺めた。

  
マヌエル砦(拡大)             聖ミカエル堡塞(拡大)         聖エルモ砦(拡大)
  
ロウアー・バラッカ・ガーデン(拡大)      アッパー・バラッカ・ガーデン(拡大)

 聖ミケーネ砦には目と耳の彫刻をつけた見張り台があった。

 
聖ミケーネ砦(拡大)         見張り台(拡大)

 道路の上に建てた集合住宅があった。道路に合わせて廊下が斜めになっている。このあと一昨日アッパー・バラッカ・ガーデンから眺めた聖アンジェロ砦の前を通ってヴァレッタ湾の出口にあるリカゾーリ砦で折り返してスリーマの船着き場に戻った。

  
道路上の集合住宅(拡大)            聖アンジェロ砦(拡大)          リカゾーリ砦(拡大)

 17時15分に下船し遊覧船の会社が用意してくれたバスに乗ってホテルに戻る。一休みしてから近くのスーパーに行きお土産用のチョコレートを買ってきた。今日は夕食がつかないので日本から持ってきたカップ麺ですませた。

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