7日目 ゴソ島観光

 6時45分からホテルのレストランでブッフェ式の朝食をとった。


各種料理(拡大)

 7時45分に出発、30分ほど走ると見張り塔が見えてきた。マルタ島には見張り塔が13あり2人の騎士が絶えず敵の来襲を監視し敵を見つけると狼煙をあげて知らせていた。


見張り塔(拡大)

 8時半チェルケイク港のフェリーターミナルに到着した。


フェリーターミナル

 桟橋に行くと青く透明度の高い水の中をたくさんの小魚が泳いでいた。すぐ近くにコミノ島があり島の上にはセント・メアリー・タワーがあった。見張り塔だが城塞と言ってもおかしくない堅固な造りだ。

 
小魚(拡大)            コミノ島(拡大)         セント・メアリー・タワー(拡大)

 8時45分に乗船し9時に出航した。景色の写真を撮るため甲板に座った。

 
出航(拡大)          甲板(拡大)

 ゴソ島に近づくとたくさんの岩礁があトンネルのできた岩礁もあった。

 
岩礁(拡大)         トンネルのできた岩礁(拡大)

 山の上のあちこちに教会が見えた。ゴゾ島は長さ15q、幅7q、面積67平方km、人口31,000人の小さな島だがカトリックの教会が60もあるという。

  
教会(拡大)            教会(拡大)            教会(拡大)

 25分ほどでイムジャール港に到着した。旅のしおりにはゴソ島では小型バスを使うと書いてあったが大型バスに乗ることができて9時35分に出発した。

  
イムジャール港(拡大)          大型バス

 道路際に葡萄畑が続く。このあたりではもう芽が出ていた。ゴゾ島ではトマトが年6回、ジャガイモが年4回収穫できるという。村の中に大きな教会があった。洗礼者ヨハネ教会でドームはヨーロッパで3番目に大きいという。

 
葡萄畑(拡大)          洗礼者ヨハネ教会(拡大)

 9時50分ジュガンティーヤ神殿に到着した。ジュガンティーヤ神殿は紀元前3600年ころの新石器時代に建造された世界最古の石造建造物である。ジュガンティーヤはマルタ語で巨人の塔という意味を持ち巨人がこれらの神殿を建てて礼拝したという言い伝えがある。初めに博物館を見学した。


博物館

 館内には遺跡から出土した壺の破片や豊穣の女神のレプリカが置いてあった。

 
壺のかけら(拡大)       豊穣の女神像(拡大)

 神殿の構造や神殿の建設作業のイラストが展示されていた。神殿は幅40m、奥行き23m、高さ8mで豊穣の女神に生贄を捧げる儀式が行われていた。

 
神殿の構造(拡大)          神殿建設作業(拡大)

 小型の豊穣の女神や男性の像も展示されていた。女性は肥っているが男性はスリムだった。、男根を象った石柱も展示されていた。

  
豊穣の女神像(拡大)   男性像(拡大)   男根を象った石柱(拡大)

 神殿の中に入ると昨日見たタルシーン神殿と同じような祭壇があった。

  
ジュガンティーヤ神殿入口(拡大)             祭壇(拡大)             祭壇(拡大)

 祭壇の手前には生贄の動物をつなぐ穴を開けた石柱と生贄の血を入れる穴を開けた石があった。


石柱と生贄の血を入れる穴(拡大)

 落書きをした石があり金網で保護されていた。落書きも百年以上たつと貴重になるのだ。


落書き(拡大)

 神殿の外では復元作業が行われていた。

 
復元作業(拡大)

 草むらにアカバナオウギ、マーガレット、キンギョソウなどがたくさん咲いていた。

  
アカバナオウギとマーガレット(拡大)       キンギョソウ(拡大)        ガラクトーシス(拡大)

 10時30分に出発、10分ほど走るとカリプソの洞窟の入口に到着した。カリプソの洞窟はホメロスの叙事詩オデュッセイアでオデュッセウスが美しい妖精に7年間引き留められた洞窟である。洞窟を見るには足場の悪い岩の道を歩かなければならないので洞窟のそばから海の景色を眺めた。ラムラ湾は赤い砂という意味を持つビーチで沖にある岩の列は敵船の上陸を防ぐため敷設された。

 
地中海(拡大)          ラムラ湾(拡大)

 黄色い花をたくさんつけた草やセイヨウヒルガオが咲いていた。

  
(拡大)          (拡大)          セイヨウヒルガオ(拡大)

 緑色のきれいなトカゲがあちこちにいた。


緑色のトカゲ(拡大)

 10時50分に出発、30分ほど走るとアズール・ウィンドウに到着した。岩の上を歩いていくと穴に塩が貯まっていた。天然の塩田だ。

 
アズール・ウィンドウ(拡大)         塩

 自由行動になったので4ユーロ払ってボートに乗り11時に出航した。アズール・ウインドウの前に出たので中をくぐるのかと思ったら前を通るだけだった。

 
ボート          アズール・ウインドウ(拡大)

 その代わりに岸壁にできた洞窟に入ってくれた。

 
洞窟入口(拡大)          洞窟からの眺め(拡大)

 12時15分に出発、20分走ってイル・ギルナというレストランで昼食をとった。

 
イル・ギルナ          食事風景

 メニューはサラダ、ブラジオリのトマトソースかけ、フルーツだった。ブラジオリはマルタの伝統料理で牛肉のミンチを牛肉で巻いてオリーブオイルで焼いたものである。。

  
サラダ(拡大)         ブラジオリ(拡大)          フルーツ(拡大)

 13時45分に出発、10分走るとチタデルに到着した。チタデルはゴソ島の中心ヴィクトリアに聳え立つ要塞で1551年にゴソ島がオスマンの海賊に襲われほとんどの島民が連れ去られ廃墟と化していたが騎士団が補修した。


チタデル(拡大)

 城門をくぐるとゴゾ大聖堂があった。ファサードの前にはゴゾ大聖堂を訪れた2人の法王のブロンズ像があった。

  
ゴゾ大聖堂(拡大)        ピウス9世像(拡大)  ヨハネ・パウロ2世像(拡大)

 続いて聖ミカエル堡塁の広場に行きヴィクトリア市街を眺めた。遠くに見える丘は海水浴のリゾート地マルサルフォーンの丘で頂上にキリスト磔刑の像がある。

 
ヴィクトリア市街(拡大)          マルサルフォーンの丘(拡大)

 ここで45分間の自由行動になったの堡塁の中を見学した。岩を削って通路が作られ寝室は窓がなく牢獄のようだった。

 
通路(拡大)          寝室(拡大)

 通路を通り過ぎると砲台に出た。砲台からは切り立った堡塁の絶壁が見えた。

  
堡塁出口(拡大)            砲台(拡大)            チタデルの絶壁(拡大)

 続いてゴソ大聖堂を見学した。

  
身廊(拡大)             内陣(拡大)          主祭壇(拡大)

 天井一面にフレスコ画が描かれ、ドームのある場所にはドームのように見えるだまし画が描かれていた。

 
天井画(拡大)       ドームのだまし画(拡大)

 聖母被昇天の像を祀った礼拝堂やキリストの磔刑の十字架を祀った礼拝堂、聖女の遺体を祀った礼拝堂など副礼拝堂がいくつかあった。

  
聖母被昇天(拡大)      キリスト磔刑(拡大)     聖女の遺体(拡大)

 港に戻る途中でタピーヌ教会を訪れた。1833年教会の近くを通った農婦が聖母の声を聴き人々の病気を治したと言われている。


タピーヌ教会(拡大)

 15時に出発、20分でイムジャール港に到着した。


イムジャール港(拡大)

 15時40分フェリーに乗船して16時に出航、帰りは15分でマルタ島に到着した。


マルタ島(拡大)

 バスに乗って16時25分に出発、往路と同じ道を引き返し17時10分ル・メリディアンに到着した。疲れたので横になって休み19時から海岸のレストラン、ピッコロ・パドレまで歩いていって夕食をとった。

 
ピッコロ・パドレ       食事風景

 メニューはキャロット・ハニー・スープ、タコのトマト煮、ティラミスだった。

  
キャロット・ハニー・スープ        タコのトマト煮(拡大)          ティラミス

 食事を終えて帰るころはセント・ジュリアンの街がライトアップされ大変きれいだった。

 
夜のセント・ジュリアン(拡大)          マウント・カルメル教会(拡大)

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