研究ノート003
 日本犬のルーツ−日本人の渡来ルートとの関連−

           参考文献:

書籍名

日本人と日本文化の形成 

出版社 

朝倉書店 

著者・編者 

埴原和郎編(田名部雄一著)

初版年月 

1993.05


  イヌは最古の家畜であり、イヌとヒトとの関係は相利共生である。イヌは常にヒトと共に移動するので、イヌの移動の歴史は、人の移動の歴史の反映だと考えてよい。
 現在、日本には、日本固有の日本犬が保存・飼育されており、家畜遺伝学の田名部雄一は、その日本犬種と日本周辺地域の在来犬、および多くの西欧犬種のDNAを調べることによって、日本へのイヌの移動ルートを探り、さらにそのイヌをもたらした人々の渡来ルートを探っている。上記の論文をテキストに研究を進めよう。

 
イヌと日本人の関わり

 イヌはオオカミが家畜化したものである。おそらくオオカミが餌を求めてヒトに近づいたのが、その始まりであったという。一方、ヒトのほうも、猛獣の夜襲などに対する警戒用として、共生の価値を見出したのであろう。(ジャッカル-イヌ祖先説は、体重に対する脳の重量比とか歯型の比較から、否定される。)
 日本で最も古いイヌの骨は、神奈川県横須賀市の夏島貝塚から出土した、9200年前のものであ
   
る。当時、日本にもオオカミが生息していたが、体型が大型であった

のに対し、日本のイヌは小型(現在の柴犬と同じくらい)で、中型の

ものも発掘されていない。

 したがって、日本のイヌは日本オオカミが家畜化したものではな

く、日本に渡来したヒトが連れてきたものに違いない。だから、日本
のイヌの歴史は更に古く、縄文時代の初め、乃至はもっと以前まで遡る可能性は十分にある。

 狩猟・採集を生業の基盤としていた縄文人にとって、イヌは必要

不可欠の存在であったから、可愛がるとともに非常に大切にしたら

しい。

 縄文時代の遺跡からは、丁寧に埋葬されたイヌの骨が発掘され

る。この最も古いものは、愛媛県上黒岩岩陰遺跡の、8500年前
   
のものである。

  イヌの血液の遺伝子を調べる

 田名部雄一は、日本犬種や日本周辺の犬種、さらに西洋犬について、87種類、3733頭から血液を採集し、27種類のタンパク質の遺伝子を調べた。そのうち、16種類で多型(たとえば血液型のA,B,Oのように複数の型のあるもの)が認められた。
 この複数の型を持つ遺伝子は、犬種によって一つの型が在ったりなかったり、あるいは同じ犬種の中での頻度がそれぞれ違ったりする。しかもこれは突然変異によって生じたものであるから、その犬種の起源や系統を探る手懸りとなる。すなわち、日本犬種や近隣の犬種に特徴的な遺伝子を調べれば、日本犬種の由来が分かるというわけである。
 いま我々が知りたいことは、イヌの遺伝子の分布においても、
1)北海道や沖縄の古来からのイヌに南方の系統が認められるか。すなわち、南の原アジア人が連
 れてきたイヌであるかどうか。
2)北部九州から本州のイヌに北東アジアからの弥生以降の影響が認められるか。

要はヒトと同様、イヌにも「二重構造モデル」が成立するか

ということである。

 
 田名部は、まず血球ヘモグロビン(Hb)の遺伝子をあげ

右図を提示する。

 この図から分かるように、HbA遺伝子は非常に特殊な遺

伝子で、エスキモー犬と韓国の離島犬-珍島犬・済州島犬

および日本の犬にしか見出せない。

(残念ながら、朝鮮半島の犬種-サブサリや豊山(プンサ

ン)犬は調査出来ていない。画竜点睛を欠くといった感が

ある。)
 
   
 なお、右図の上端に筆者が書き加えたサハリン北部の在来犬が、75%という高率でHbA型を持っていることが分かった。
 それ以外の世界のイヌはHbB遺伝子のみで、HbA遺伝子は見られない。

 日本の犬種では、壱岐・対馬および出

雲地方の在来犬でHbAの頻度が高く、

その他の本州の犬には僅かではある

が、一様に保持している。

 一方、琉球犬をはじめ南西諸島の犬

はほとんどHbA型を持たず、北海道犬

は僅かではあるが、影響を受けている。

 この分布図から読み取れることは、縄

文犬が列島にあまねく根づいていたと

   
ころへ、弥生時代、渡来人がイヌを伴って来たが、縄文犬の勢力(繁殖力など)に呑み込まれ、若干の痕跡しか残せなかった、ということであろう。
 問題は縄文犬が何処から来たかということだが、日本周辺にしかこの遺伝子は存在しないのであるから、南から来たのか北から来たのかは、少なくともこのHb遺伝子からは読み取れない。
 上図はやたら日本犬種の円グラフが多く、一方、世界の犬との距離感が分からない図になっているので、筆者が描きなおしてみた。

この図の方が、簡単で且つ、主旨を表現できていると思うのだが・・・。
 さらに田名部は、Hb遺伝子の図と同じような図(詳しく知りたい方は、ココを参照)を3つ提示する。
 ●血球ガングリオシドモノオキシゲナーゼ
 これについては、筆者作成の図で検討しよう。

 この図で赤色のGmo g遺伝子は、東アジアに多く、中国、台湾、バングラデシュなど南アジアにも若干分布する。しかし、この遺伝子もヨーロッパ犬種やロシア犬種には存在しない。
 田名部は、この分布を次のように説明する。‐‐‐北海道犬では、Gmog遺伝子は全く存在せず、琉球犬も頻度が極めて低い。この遺伝子は中国由来の犬種で12.4%、バングラデシュ在来犬でも7.1
%であったことから、北または西北アジアから由来した可能性がある。‐‐‐という。
 そうすると、このGmo遺伝子の図は、まず初めに、北方の民がイヌを連れてきたと解せるわけで、むしろ二重構造モデルを否定しているように感じられる。
 ●血漿ポストアルブミン-3
 このPoa-3遺伝子について、田名部は朝鮮半島経由で列島に入ってきたとしており、Hb遺伝子と話がダブるので説明を省く。
 ●血漿プレトランスフェリン
 
  この図をみると北海道犬と琉球犬は、世界で最もPtfA遺伝子頻度が少ない犬種ということが分かる。これを田名部は次のように説明する。‐‐‐このPtfA遺伝子頻度は、北ユーラシアの犬種で高く、南に行くほど下がる傾向を示す遺伝子である。しかし、日本犬種では、北海道犬は、もっとも北の犬であるのにPtfA遺伝子頻度が低く、北海道犬の遺伝子構成が独特であることを示している。‐‐
と言っている。
 田名部は、これで北海道犬の南方起源を言いたいようだが、筆者には北から南へのPtfA遺伝子の流れも読み取れないし、北海道犬のPtf A遺伝子の構成を独特と言うなら、柴犬も琉球犬も世界のイヌと比べれば、独特というレベルではないか、と思われる。

 以上、いろいろな遺伝子頻度の分析から、筆者には、日本犬種の二重構造は一応読み取れるが、二重構造モデルのもう一つの基軸、南方起源のほうは論証できていないと感じられる。

  南方起源が証明された!

 イヌの遺伝子の多型が認められた16種類の遺伝子から、統計的手法を使って,49犬種を2次元の散布図としたのが次の図である。(これも、田名部の原図から、筆者が解り易いように改変した。)
  
 この図は、田名部の右の図から、主要な、古来からのイヌだけを抜き出し、プロットしたものである。煩わしい多数の犬種は日本犬種群や西洋犬種群として、分布範囲を示すにとどめた。
 こうすることによって、このグラフから次の点が読み取れるようになった。
1)珍島犬や済州島犬、エスキモー犬は、犬の遺伝的系統としては、極めて例外的な犬であり、むし
 ろこのような分析から外したほうがよい。
2)世界のイヌの大半は、上のグラフの右上から下中央部に至る遺伝的分布の中にある。
3)その分布の上方には北方系のイヌが位置し、下方には南方系のイヌがプロットされる。
4)北海道犬と琉球犬は遺伝的に近い関係にある。
5)両犬とも、居住地域の地理的位置に比べ、遺伝的位置は下部(南方)過ぎる。特に北海道犬は
 例外的である。おそらく両犬の祖先は、非常に古い時代に、南方から日本列島へヒトと共にやって来たのではないかと思われる。

 筆者としては、ようやく田名部雄一が意図したところを探り当てた感がする。一応これでイヌも二重構造モデル”が適用できると言いうるところまで漕ぎ着けた。
 しかし、ようやく見出せた一つのグラフだけで決定できるものではあるまい。たとえば、朝鮮半島本土ののイヌの調査や、東南アジアのイヌの調査などを充実する必要があろう。
 
 また、北海道のオホーツク沿岸の犬(オホーツク文化期・7〜9世紀)の骨を調べた西本豊弘 によれば、オホーツク犬は顔つきが縄文犬・続縄文犬とかなり違っており、アイヌ犬に近いという。したがってアイヌ犬は樺太方面から持ち込まれたものではないかとしている。すなわちアイヌ犬は北方系だとしている、こういう見解があることにも留意する必要があろう。