研究ノート002-2
 ミトコンドリア・イブネアンデルタール人

           参考文献:

書籍名

岩波科学ライブラリー52
DNA人類進化学
 

出版社 

岩波書店

著者・編者 

宝来 聡

初版年月 

1997.07


書籍名

日本人のルーツを探れ

出版社 

日本放送出版協会

著者・編者 

NHK「人体」プロジェクト

初版年月 

1999.07

 
  衝撃的なアフリカ単一起源説の登場

 既にみたように、人類は490万年前、チンパンジーとの共通の祖先から枝分かれして、独自の進化をすることになった。そして今、世界の人口は66億人を上回る。

 その現代人の起源について、古人骨の発掘に基づ

いて、形態人類学は、

 ヒトの進化は、もっぱらアフリカの中でのみ起こって

きたが、100万年前、右図のように原人段階のホモ・

エレクタスが“出アフリカ”を果たした。

 このうちアジアに進出したのが、ジャワ原人や北京

原人であり、ネアンデルタール人はヨーロッパ型の原

人の末裔と考えられている。

 現代人は彼らを祖先種として、それぞれ独立に進 
   
化した、すなわちオーストラリアの原住民はジャワ原人から進化したものであり、日本人や中国人は北京原人の子孫であると説明してきた。
 このように、各地域でそれぞれ独立に、原人から旧人へ、旧人から新人(現代人)へ進化の道をたどってきたと考えるのが、多地域(並行)進化説である。

 堅く信じられてきた多地域進化説に疑問を呈する

人が現れた。カリフォルニア大学のアラン・ウィルソ

ンである。

 彼らのグループは、現代の主な集団、アフリカ人・

アジア人・オーストラリア先住民・ニューギニア人・西

ユーラシア人241人から得られたmtDNAのタイプ18

2種の系統樹(参照
)を作成した。

 その系統樹では、アフリカ人の7つのグループが根

元から枝分かれし、続いてその他のアフリカ人と全て
の非アフリカ人が枝分かれしている。このことからウィルソンらは、「現代人のすべては14万年前から29年前に出現したアフリカの祖先集団に由来する」という、アフリカ単一起源説を主張した。
 すなわち、原人から旧人(ネアンデルタール人など)に進化しつづけた種は絶滅してしまい、20万年ごろアフリカにいた別種の人類が、現代人になったという説を出したのである。

 この衝撃的新説は、現代人の起源について大論争を巻き起こしたことは言うまでもない。
 この論争は、新説と伝統的な説との新旧対立であると同時に、革新を続ける遺伝学と伝統的手法を守る形態学という革新と伝統の研究手法の対立という側面を持っていた。そして、当然のことというべきか、今やアフリカ単一起源説が圧倒的な支持を得ていると言っていいだろう。

  ミトコンドリア・イブはアフリカのエデンの園にいた!
 
 こうした状況は、分析に母性遺伝するmtDNAを使った当然の帰結として、ただ一人の母、“ミトコンドリア・イブ”が20万年ぐらい前のアフリカにいた、というロマン溢れる仮説を導き出し、普遍化した。
(もちろん、エデンの園にはイブだけでなくアダムもいたであろうし、突然変異で現れた最初のホモ・サピエンス・サピエンスは、数十人ぐらいの集団であったろうと考えられている。そして現代までの進化の過程のなかで、ミトコンドリア・イブは幸運にも自分の遺伝子を残せたということであろう。)

 宝来聡が作成した次の系統樹も、鮮やかにアフリカ単一起源説を立証しているので、ここに紹介しておきたい。
    (説明)
 ほとんどのアフリカ人は、系統樹のうえで最初に分岐するC1のクラスターに属している。
 
 つぎのC2は、2度目の出アフリカを果たしたホモ・サピエンスの最も古いタイプのヒトで、一部の日本人とアジア人が属している。

 C3にはアジアからアメリカ大陸に渡ったアメリカ先住民が現れる。
 
 C4のクラスターになって初めてヨーロッパ人が多数出現する。

 C5には日本人の別のグループとアジア人が現れる。
 しかしここに現れるアジア人は、例外なく東南アジアの人々(マレーシア人かインドネシア人)であり、中国人や韓国人の東アジア人は、別のクラスターにしか現れない。


 なお、左図のなかのミトコンドリア・イブと出エジプトの文言は、筆者が書き加えたものであり、文責は筆者にある。

 また、遺伝距離の数値は、絶対年代とは関係がないので要注意。ミトコンドリア・イブが20万年前とすると、出アフリカは12〜13万年前と読める。

  ネアンデルタール人は静かに姿を消した! 


 この起源論争の最中、誰もが、もしネアンデルタール人の化石からmtDNAが抽出され、現代人と比較出来たら、
 ●現代人はネアンデルタール人が進化したものである?
 ●現代人の祖先とネアンデルタール人は、3万年前までヨーロッパで並存していた時期、混血した?
 ●原人系のネアンデルタール人は、現代人とは種が異なり、ほとんど混血することなく絶滅した?
こうした疑問が解け、論争にも決着がつくと考えた。

 アラン・ウィルソンが、研究半ばで白血病で早世してから6年後の1997年、ネアンデルタール人のmtDNAの分析に取り組んでいる研究者がいた。ウィルソンの教え子にも当るスバンテ・ペーボである。
 彼はネアンデルタール人骨二体からmtDNAの抽出に成功した。Dループ・378文字の配列をこの二体同士で比べたが、大きな差は認められなかった。
 今度は現代人で、同じ文字配列のところを調べたが、異なっていたのは378文字中、7〜8文字であった。
 ところが、ネアンデルタール人と現代人で比較すると、文字配列が26ヵ所も異なり、且つその場所が現代人で変異のあった7〜8ヵ所の処とは、全く関係のないところであった。
 つまり、現代人はネアンデルタール人のDNAを全く受け継いでいない、ということが分かったのである。
           
 そして、このネアンデルタール人2人と、ヨーロッパ人だけでなく世界の現代人4000人全員の遺伝子系統樹を作ったところ、現代人は4000人全て、一つのグループに収束したが、ネアンデルタール人2人はその系統樹の根元から枝分かれした。
 つまり、現代人はネアンデルタール人のDNAを全く受け継いでいないことが判ったのである。
           
 ペーボによると、文字配列中の異なった文字数から年代計算を行うと、現代人の祖先とネアンデルタール人の遺伝子的な分岐の時期は、50万年以上前、おそらく60万年前〜70万年前の遡るという。
 すなわち、北京原人の時代に、別系統のヒトが密かに誕生し、15〜20万年前に何らかの繁栄のきっかけを掴んだということであろう。

 現代人の繁栄の中、ネアンデルタール人は徐々に生活の場を奪われ、絶滅への道を辿ったのであろう。現代人によるネアンデルタール人の大量虐殺などの証拠はない。
 もちろん、このネアンデルタール人2人だけの調査で、結論を出すのは早計であろう。また、多地域進化説の拠り所である、アジアの旧人と現代アジア人との比較も是非見てみたいと思うのである。