日本人の源流を探して

            第5部  神々の故郷と子孫

03.日本語の起源を探る-語彙統計学から-

18世紀後半、イギリスはインド亜大陸において植民化を進めていた。その国策会社がイギリス東インド会社であった。同社はもちろん茶などを扱う商事会社であったが、次第に行政機構的な性格を帯びるようになり、東インド会社がインドを統治するという形態にまで発展していた。
 その東インド会社の最高裁の判事として赴任していたのが、イギリス人、サー・ウィリアム・ジョーンズである。彼は同時に言語学者としても高い能力を有し、インドの古典語サンスクリットの研究に取り組んでいたところ、サンスクリット語がギリシア語やラテン語と共通の源から発しているのではないか、という驚くべき事実を発見した。
 1786年のこの大発見が、比較言語学発展の突破口となった。

  比較言語学による日本語の研究

 比較言語学はその後、インド・ヨーロッパ

語族の研究で多大の成果を挙げてきた。そし

て、複数の言語の系統が同系であることを証

明するには、「厳密な音韻対応の法則」の成

立することが絶対要件だとされた。

 右の表が音韻対応の例である。

 この比較言語学は印欧語族に限らず、西は

インド洋のマダガスカル島から、東は南太平

洋のイースター島に至る広大な地域に分布す

るオーストロネシア語族についても、その同

系性を証明する成果を挙げている。

 この比較言語学の方法を取り入れ、日本語

の起源を探ろうとする動きは、明治時代末ご
   
ろ以降、白鳥倉吉、新村出、金田一京助ら碩学によって、朝鮮語やアルタイ語との系統が論ぜられ、松本信広らによって南方諸語との系統も論じられた。
 戦後においても、多くの言語学者たちによって激しい論争が繰り返されたが、いまだ日本語の系統を決める決定的事実は得られていない。
 筆者は第3部06項 の「タミル語とミッシングリンク」において、稲作農耕に関する語彙でさえ、そのよって来るところを解明出来ていないお粗末さを指摘したが、これは言語学界が西欧の比較言語学の成果に捉われ、日本語の研究に適合する解明手法を開発できないからではないかと、愚考するのである。

  スワデシュの言語年代学


 アメリカの言語学者モリス・スワデシュは、言語学に新しく「基礎語彙」という概念を確立した。文化的な語彙が他言語から借用される可能性が高いのに対し、この基礎語彙は、それぞれの言語独自の発展を見せ、借用関係については強い免疫性を持つという。
(基礎語彙とはどういうものか、スワデシュの所謂スワデシュリストを参照されたい。)
 スワデシュは経験的に基礎語彙と思われるものを、まず英語について選んだ。そして、それをリスト化し、選ばれた英語の基礎語彙と同じ意味を持つ、フランス語、ドイツ語、その他の言語を基礎語意表の中に記入していった。
 その結果は極めてドラマチックなものだったという。すなわち、英語は話し言葉をフランス語やラテン語から、書き言葉をラテン語から大量に借用している。そのため語彙全体では英語の語彙の50%が、フランス語の語彙と一致する。それに対し基礎語彙では、次表にみるようにフランス語からの借用語は6%に過ぎない。これに対し、祖語からの残存率は27%もある。
         
 英語とフランス語とは、祖語から分かれて、5000年程度は経つと考えられるから、5000年来の残存率(27%)が、2000年来の借用語(6%)の5倍近くを占める結果になった。すなわち、基礎語彙が、借用語に左右されずに、二言語間の関係を調べることに有効である、という確証を得たのである。
 スワデシュらは更に、基礎語彙を用いて、言語が1000年単位でどう変化するか、すなわち、どれだけ年代に耐えて残存するか、「千年当りの語の残存率」として算出している。
    
 これからみると、言語が違っても千年あたりの残存率は、ほぼ0.8すなわち80%前後の値を示していることがわかる。
 スワデシュはこういう成果を基に、基礎語彙表をベースに計量的方法で、同じ祖語から分かれたことが、あらかじめ分かっている二つの言語が、いつ分裂したかを調べる「言語年代学」を確立した。

  安本美典の語彙統計学

 スワデシュが明確にした「基礎語彙」という概念を使い、二つの言語の一致の度合いが、偶然で起こるかどうかを調べ、言語の系統関係を明らかにしようというのが、「語彙統計学」である。
 本項では、日本語起源論にあまり成果の出ない比較言語学ではなく、この語彙統計学を使った安本美典の起源論を検討してゆきたい。
 (参考文献:『日本語の起源を探る』二十一世紀図書館・PHP研究所など)
 
 比較言語学では、例えば数詞であるとか、身体の部分の表現であるとか、“一つのセット”として比較することもあるが、基本的には数万語ある語彙の中から、意味と発音が一致するものを選定し、音韻の対応があるかどうかを検証し、その同系性を証明する。
 たとえば、大野晋は日本語とタミル語で500語位が一致するという。ただ「一致」という言葉の厳格さについては研究者によって、当然、差があるであろう。恣意的な解釈が入り込む余地が十分あり得る。

 一方、語彙統計学では、まず比較対照する語彙を100語ないし200語の基礎語彙に限定する。どんな言語にも見られる、基礎的な語彙が選定されている。このリストは比較する全言語について同一である。したがって、恣意的解釈の入り込む余地はない。ただし、安本の基礎語彙表はスワデシュのそれと200語中、15前後の語彙が入れ替わっている。これはスワデシュが印欧語族中心に基礎語彙を選んだ(例えば前置詞などが選ばれている)のに対し、安本が日本とその周辺の言語を比較しようとしたとき、どうしても変更しないと、語彙そのものが存在しないという事態に見舞われたからに違いない。
 
 (すべての基礎語彙表をご覧になりたい方は、安本美典の基礎語彙表を参照のこと)
 さらに、一般的にコンピューターを使って行われる統計的処理、たとえば語頭の音が一致すると、その語彙同士が一致したと見做すというような決め事は、すべての比較する言語間で同一とする。
 また、基本となる基礎200語の語彙表も、比較する当事者が作るのではなく、個別の言語の専門家に作ってもらったり、チェックしてもらったりして完成させている。
安本に協力した言語の専門家一覧)
 この語彙統計学という方法は、以上のように徹底的に恣意的な部分を排除するやり方である。
 
 では安本美典が比較対象とした言語と「上古日本語」との“近さ”について安本が提示しているデータを見てみよう。
 統計学的な難しい表現は別にして、四角で囲まれた言語が「上古日本語」に関連がありそうな言語であり、また緑色が濃い方が、より近しい言語ということになる。
 
 このデータから筆者は次のような感想を持つ。(以下のコメントは筆者独自のものであり、したがって安本美典の考えとは関係ない。)
1)現代の東京方言と上古日本語の一致数155個から、1250年前の基礎語彙の残存率を計算す
 ると77.5%になり、日本語もスワデシュがあげた世界の言語の残存率とほぼ同じであるこ
 とが確認される。
2)朝鮮語との関連は当然として、アイヌ語との系統関係が見出されていない。これは筆者が
 西日本と東日本の民族集団が違っていたとする持論を、証明してくれているように感じ
 る。
3)アメリカインディアンのクラマス語が、僅かではあるが日本語と関連がありそうだという
 ことは、はるか昔、アメリカ大陸に渡った集団と日本列島に流入した集団とが、同じ基層
 集団から移動した可能性があることを想像させる。
4)台湾の先住民、高砂族のアタヤル語(インドネシア系言語)が偶然以上の関連を示すのは
 注目される。台湾の先住民と南西諸島を含む日本人との関係は、“Gm遺伝子の頻度”の
 検討で完全に絶たれていたはずである。それが、前項の神話の話とこの言語とから、もう
 一度洗いなおすことが求められそうである。
5)カンボジア語やインドネシア語との強い関連は、どのようにして起こったのか。これまで
 の第1部、2部、3部、4部の検討では対象とならなかった地域である。カンボジアやインド
 ネシアの民族がかっては中国江南地方にいたのであろうか。あるいは、海上の道を伝って
 この列島に言語に影響するほどの規模で渡来したのであろうか。
6)ネパール語やベンガル語が偶然以上の関連を示すのは、タミル語の検討で述べたように、
 日本語の形成に関与した言語が、ネパール地方やベンガル地方にも影響を与え、あたかも
 遠く隔たったネパール語やベンガル語が日本語と関連するような印象を与えるのではない
 か。

  日本語の起源と形成プロセス

 安本は上表以外にも、基礎語彙表をベースにして、統計学的手法や確率論を駆使して、日本語と各言語との関連を調べ、日本語の形成プロセスを次のように纏めた。安本の説明によれば、
1)計量言語学の成果によれば、日本語、朝

 鮮語、アイヌ語の三つは、語彙において、

 たがいに、確率的に偶然では起きない一致

 を示す。文法的にも、音韻でみても近いも

 のを持っている。

 *注・・上の表ではアイヌ語と上古日本語

     の関連が認められないが、より詳
    
     しい検定 では認められるという。

 従って、現代の日本語の中には、日本語、

 朝鮮語、アイヌ語の三つの共通の基語から

 流れ出ている部分があるように考えられ

 る。

2)この共通基語的なものを「古極東アジア

 語」と名づける。これはまた、日本海をと

 りかこむ「環日本海語」とも言える。

(右の図はその説明に安本が提示したもの)
   
  およそ1万年から2万年前、古極東アジア語が使われた地域は、日本海を内海として ほとんど地つづきの状態であった。”日本湖”も冬季は氷結して渡りやすい所が多かった
 と考えられる。したがって、この古極東アジア語はある程度の統一性をもっていた可能性
 が大きい。
3)その後、温暖化が進み日本列島が大陸から分離されるにつれ、古日本語(日本基語)、古
 朝鮮語、古アイヌ語は次第に方言化し、更には異なる言語となっていったと考えられる。
 すなわち、三つの言語の中のいずれかから、いずれかが派生したという関係ではなさそう
 である。
4)日本語の語彙の形成には、「南方語」が強く関与している。このうち、ビルマ系ボド語群
 と結びつく語彙は、弥生時代はじめ頃、稲作文化と共に中国の江南地方からもたらされ
 た。とくに下表にみるように、身体語は、かなりはっきりと日本語と結びつく。これは植
 物関係の語とも共通している。すなわち、鼻-花、目-芽、歯-葉、耳-実などである。
 他にも植物関係の語は、穂、根、木などのように単音節的である。二音節語の多い日本語
 の他の単語とは、やや異質の層をなしている。
    **上古日本語とビルマ語との身体語についての一致度は、英語とフランス語との一致度をはるかに超えている。**
左表は安本美典より引用)
5)台湾のアタヤル語と結びつく語彙は、更に古い時代に日本に流入した。アタヤル語などの
 インドネシア系の言語を持つ集団は、上の図にも示したように、南九州から四国などに居住
 していたのであろう。
6)カンボジア語と結びつくモン・クメール語系の語彙がこの列島に流入したのは、更に古く
 6,7000年前の縄文期のころとみられる。
7)以上を総括して現代日本語の成立を考えれば、古日本語(日本基語)の系統を引く言語
 に、いま説明した稲作の渡来などと共に、長江下流域からのビルマ系言語などの影響をう
 け、倭人語(日本祖語)が成立する。
 そして、倭人語が日本列島を言語的に統一していく過程で、古くから列島に存在していた
 インドネシア系言語などの語彙を取り入れ、歴史時代に入っては、中国語の大きな影響を
 うけながら、現代日本語を形成するようになった。

以上、安本美典の語彙統計学を駆使した日本語形成論を紹介してきたが、筆者の感想は次のとおりである。
1)まず、北部九州から南朝鮮に分布した古
 
 日本語(日本基語)が倭人語(日本祖語)

 に発展し、上古日本語から現代日本語に繋

 がった、という安本の考えに大略賛意を表
 
 する。

2)そして、日本語の成立を、系統論(分裂

 論)ではなく、右の図のような成立論

 (流入論)で捉えることにも大いに賛成で

 ある。

 
3)また、言語学者が触れたがらない1万年〜

 2万年前の「古極東アジア語」というよう
   
な概念を提示されたことにも敬意を表したい。

 右の地図は第4部09項で作成していたもの

であるが、それにスカイブルーとピンクの線

を加えたものである。

 筆者なりに安本説を大胆に解釈すれば、5

万年〜2万年まえの東北アジアには大言語圏

があった(スカイブルーの地域)。

その言語は[主語-目的語-述語]の語順をもっ

っていた。

その後、2万年〜1万年ごろになると、華北文

化センター辺りには[主語-述語-目的語]の語

順を持った言語、すなわち「漢語」が勢力を

広げてきた。

 その結果、極東地域(ピンクの地域)に

周圏論」的に、かっての大言語が残こるこ

とになった。それが「古極東アジア語」であ

る。 筆者流に解説すると以上のようになる
   

4)しかもその事実を証明するかのように、アジア大陸の言語分布は中国語やその影響を受け
 た言語を、囲むように、日本語と同じ語順を持つ言語(下図で緑色系で示した言語)が分布
 するのである。
      
5)以上のように、安本の日本語形成論には賛同すべき点が多いが、疑問点もある。
 安本は、台湾のアタヤル語や、それとつながるインドネシア系言語を話す人々が、南九州か
 ら四国、そして関東地方までの太平洋沿岸に住んでいた。日本語はヤマト王権が列島を統一
 していく過程で、という事は古墳時代に、その人たちから、多くの語彙と、単語が母音で終
 わるという特性を受け継いだとしている。
  しかしながら、東日本の文化、西日本の文化とは別に、太平洋沿岸型の文化、しかも南方
 型の文化がこの列島に存在したという痕跡は、考古学的に発見されていないし、時期的にも
 古墳時代というのは、遅すぎる感じが否めない。
  したがって、基礎語彙でインドネシア系言語と日本語とが、関連があると証明されたとし
 ても、直ちに受け入れることは困難である。

 しかし、自論や権威、学閥などに拘らず、公平な判断をされる、民俗学の佐々木高明は「日本史誕生」のなかで(256)
---この安本氏の説は、日本列島における基層w文化の形成史と比較的よく一致する仮説であり、その結論は、大筋としてうけいれやすい日本語形成論だと思うのである。---
 と評価されている。