平群  船山神社の背後  宮山にある船上神社跡と船石



   
   
                  
長 大 な 三 つ の 船 石



  『住吉大社神代記』の「膽駒神南備山本記」の中に 「大八嶋国の天の下に日神を

  出し奉るは、船木の遠祖大田田神なり。此の神の造作れる船二艘(一艘は木作り、

  一艘は石作り)を以て、後代の験の為に膽駒山の長屋墓に石船を、白木坂の三枝

  墓に木船を納め置く」という記事の中に登場する、石船に関係するかも知れない石を探

  索するため、平成14年12月、平群町にある伝長屋王墓の東南、三里に鎮座する式

  内社船山神社の背後に連なる矢田丘陵の一峯、宮山にあるという船上神社跡と謎の

  巨石を探索しました。


 



 船山神社

   

               山ろく三里に祀られる船山神社


船山神社は、説明板によれば、「三里大字の安明寺と中之宮の氏神で、祭神は船山神

と天児屋根命(春日神社の祭神)、住吉大明神。当地は安明寺の氏神である春日神社

の境内地で、大正4年頃に中之宮の氏神で式内社の船山神社(旧社地は南東200mの

東光寺東側)を合祀したものである。境内後方の矢田丘陵八合目付近には、丸木船状

の三つの巨石があり、神が乗って地上に下ってきた船石として信仰されてきた。

この三石については『神祇志料』にもみえ、近世に船石付近に祀られていた船上(船神)神

社を山麓の船山神社に合祀したともいう。磐座信仰を伝える古社であり、拝殿横には立

派な陽石が旧社地から移されている。」と書かれています。 

 『大日本地名辞書』
(吉田東吾著-明治33年)には「船山神社は延喜式に列す、今梨本

の東大字三里に船と名つくる地あり、此歟。(県名勝志)、或云、中宮村山上に三の

舟石あり、其形舟を覆ふに似たり、此なり。
(神祇志料)」と記され、その『神祇志料』には

「今中宮村にあり、山上に三の舟石あり、長三丈、其形舟を覆ふに似たり、凡其祭九月

三十日を用ふ。
奈良縣神社取調書」とあって、相当古くから三つの船石として知られていたよう

です。




      

             
   船上神社跡と謎の船形石の位置

       

                
船上神社の旧跡-祠の台石が残る

    

 左-尾根筋に現れた板壁状の長大な船底形?巨岩(南面)   右-同(北面から)


船上神社跡と巨石へは、東光寺(写真中央) のお堂の前から右手に進んで田圃〜竹薮を

けて尾根筋道を登ると一段低い尾根の突端南半部分に20m×7m程の2段に細長く造ら

れた平坦部の奥に、旧船上神社の祠の土台石が残されています。

ここからさらに緩い尾根筋を100m程上がると、北の谷筋にかけた割石の石垣があり、周辺

にも丸石のほか割石が散在していることから、古くは周辺が採石場となっていた様です。

そこから東へ続く急な尾根の崖面には、南北両面とも直立した板状の巨岩が船底のように

幅2m?、南側の高さ約3m、長さ約20mにもわたって続いており、南側の浅い谷筋にかけ

ても3〜4mの石が柔らかい岩盤上に露出しています。

周辺の状況から見て、全て自然石の露頭したものと見られますが、船上神社のご神体であ

る船石と呼ばれる巨岩であると考えられます。

同様な船形の巨岩は、他にみられなかったので、採石により破壊されたか、あるいは丸い大

石を含めて三つなのかよく分かりませんが、いずれにしても、住吉大社あるいは枚岡神社ま

たは春日大社との深い関係が想定されるとともに、宮山の西方、平群谷を隔てて南北に連

なる生駒山の南嶺、鳴川峠南方で発見した
三間石山巨石遺構の山並を望む位置にも

あり、船神は「いこまかんなび山」の世界に連なる関連の遺跡と考えてよさそうです。



            本当の船石は北側にあった (2006.6.追加) 


昨年来、親しくしていただいている「郷土探訪」のタイシさんが、平成18年4月に船山の磐

座探索を試みられ、これまで私が「船石」としていた板状の船底形巨岩の北方付近に、風

化が進んだ長大で全く異質の巨石を発見され、掲示板に写真を紹介されました。

幸いにも6月5日に同氏のご案内により、
神奈備さん・はーもにーさんも一緒に、船山神社

〜船上神社跡〜板状船底形巨岩(これまで船石として発信していた)を探索したのち、尾

根筋の木々の中を北側へ進むと、そこには巨大な三匹の大蛇が今にも斜面を下ろうとする

、と言えばいいのか、あるいは神々をのせた三艘の大きな石船が伴走しているかのような、と

言えばいいのか、これは、間違いなく、まさしく古くから言い伝えられてきた巨大な3つの巨石

「船石」の新発見となりました。

おおよそ、北端の最も長大な石は、長さ約8m以上はあるとみられる花崗岩の風化が進ん

だ巨石です。

この長大な「船石」が、人の手が加えられた人工的な巨石遺構なのかどうか、これからの実

地検証を加えていく予定ですが、今後は、発見者の名を採らせていただいて、俗称「タイシ

の巨石」と呼ぶことにしました。




船石-3つの石の内、北端の長大な巨石-西から



手前は中央の巨石、奥の石は南端の石-北西から




              
手前はの南端の石、奥は中央の巨石


 

 ■探索コース案内

                                                                              
平群船上神社跡と船石=タイシの巨石へのルートですが、わかりにくいので上の地図で説

明します。

東光寺前から右側・南へまわり〜池の横を真直ぐ行く〜再び左に田圃、その奥で右の山

道へ入る〜しばらく行くと谷沿いの竹林となり、真直ぐ行ってしまうと谷の奥に入ってしまうの

で、尾根道に上がる左側ポイントを見つけて間違えないように〜後は尾根筋に沿って道を

登る〜途中分岐していた所があったみたいですが、右側を登って行ってください。

平坦な尾根筋に近付けば、道の奥に平坦地があり、船上神社の祠跡があります。

さらにゆるやかな尾根筋を行けば、左側の谷筋に近付きその奥に石垣があります。

(ここまでは結構楽な山道です。) その上の右側崖に板状の船底形の巨石(
印)があり

ます。

右側に廻って崖を登れば巨石の南面が見れますが、さらに上へは急崖となり危険です。周

辺には3〜4m大の石がたくさん頭を出しています。

この地点から尾根の斜面を北へ少し行けば、新発見の「船石=タイシの巨石」に出会えま

す。

白石畑方面から迂回して谷奥の田畑から尾根へ一気に上がる方法などがあると思います

が、巨石は尾根の突端の急斜面部分に位置していますので(尾根の突端を下るのが危険

な状態)、道さえ間違わなければ三里の方から探索する方が、ずうっと安全です。




 いこまかんなびの杜