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パチパチパンチ

グループ内で意見が真っ二つに分かれ、喧々諤々となったところでトイレに行く振りをし、こっそり会場を抜け出した。

・・・なんだありゃ。宇宙語ですか?
場所は大阪。新人研修の真っ最中なのだった。

* * * * *

事務職で応募したのに、いつのまにかシステム研修の予定が組まれていた。期間はなんと4ケ月。
数学ダメダメだし、大学のプログラミング課題では満足に1人でできることなどなかった。落ちこぼれになるのは目に見えている。
「若いときは何でもやっておいた方がいいから気楽に受ければ」と支店から送り出された私だったが、蓋を開ければ目を覆いたくなるほどの落ちこぼれぶり・・・。

フローチャート(処理の流れを図示したもの)は元がどうだったか分からなくなるくらい何度も書き直され、作ったプログラムはどんな小さいものでも、コンパイルエラー(コンピュータが”間違ってとるんじゃゴラァ”とダメ出しすること)地獄にはまる体たらく。
それでも時間だけはどんどん過ぎ、数人のグループで実践的なシステムを作ろうという段階にきた。
自分以外は全員近畿出身なので、会話は関西弁が飛び交う。
仕事も会社も関西人も全部疎ましいという悪循環に陥っていた。

* * * * *


その日は何かの拍子に飛び出した広島弁を笑われたことで、いつもにまして酷く落ち込んでしまった。
意地悪じゃないことは分かってる。作業に必死で余裕がなく、冗談にさえ上手く返せない自分が情けなくてしょうがなかった。
設計段階での話し合いに、私は全然ついていけず、ただ流れを見守っているだけ。意見を聞かれたって何もいえないよ。

にぎやかな心斎橋通りを避け、ひとつ裏の通りに入る。どうしよう?コーヒーでも飲もうか。それとも宿舎に帰ってしまおうか。
支店長、ごめんなさい。私は研修に来ているウン十人の新人のなかで一番のアホです。広島の恥さらしです。

すると、そこに突然よく通る声が聞こえてきた。

「大阪名物。大阪名物やでっ!」

はっとして声のするほうに目をやると、コロコロと太った丸刈りのおっちゃんがバンザイをしながら通りの真ん中に走り出してきた。

「大阪名物見ておくれ〜〜〜」
シャツを脱ぎ捨て、上半身裸に。
「おぉ〜〜っ」通行人から歓声が上がる。
OLやらサラリーマンやらで、2,30人ほどの人だかりがすぐにできた。

「大阪名物。パチパチパンチやぁ〜〜〜〜」
いきなり自分の胸を交互に手のひらで殴打し始めた。
「パチパチパンチやぁ〜〜〜〜〜〜」
まだまだ止まらない。胸が、胸がどんどん真っ赤になっていくよぉ。ひぃ〜〜。

やっと終わると、どうだっという満足の笑みで観衆を見渡す。拍手が沸き起こった。
「ほいでは千円のカンパをよろしゅうお願いします」無邪気に両手を差し出すおっちゃん。
まさかと思ったが、数人が千円札を持って駆け寄った。
「おおきに。おおきにな」
シャツを肩に引っ掛け、そのおっちゃんは意気揚々と引き揚げて行った。
集まっていた野次馬もさっさと散って行く。な・なんだったんだ。あれは?

すぐ傍で見ていた洋品店のおばちゃんに訊ねてみた。
「今のパチパチパンチの人、誰ですか?」
「吉本の島木譲二さんや」「芸人さん?」「吉本新喜劇に出とるで」

・・・ジョージ。意外にバタ臭いその響きを何度か反芻してみる。そうか、ジョージか。吉本のジョージさんか。
白昼いきなりの体を張った芸。しかも胸をパチパチ叩きまくるだけの一芸で押し捲るその強引さ。
思わず頬が緩む。今日から私にとってジョージとは所ジョージでもジョージ・ルーカスでもない、島木譲二その人になったのだ。
それに彼を見守る大阪人の大らかさといったらどうだ?いいかも大阪。好きかも大阪。
今度の週末は宿舎へ引きこもるのをやめて、吉本新喜劇を観に行ってみよう。行き方は同期の子に聞いてみよう。

研修会場に戻るのだ。自分にやれるだけのことをやってみよう。それで物にならなかったら、どないでもせいっちゅうもんやんけ。
心斎橋通りに戻る。縮こまっていた背中を伸ばし、胸を張る。早歩きがいつの間にか小走りになっていた。


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