第十章
  無無明亦無無明尽 乃至無老死亦無老死尽

またまたメンドウな仏教用語の説明だ。
一応、これを説明しないとなぁ・・・。
第八章で「六根」と「六境」があった。
第九章では「六識」を加えて「十八界」だった。
今回は「十二因縁(縁起)」という決まり言葉だ。

「無明」から始まり「老死」までの十二の出来事。
それらは必ず順番に繋がっている。
だから「無明」と最後の「老死」まではセットだ。
原始仏教の根本的な観察力から生まれた用語だ。
この洞察力も冥想という方法があったからこそだ。

人の煩悩の縁起の順番でもある。
動物や妖怪にも、まぁ当てはまるだろう。
だけど「十二因縁」を知らなければ何の事やら分からん。
八っつぁん、熊さん、タヌキやキツネには分からん。
文字では仕方なく「十二因縁」を書いたけど、
ブッちゃんが話した言葉は違うだろうなぁ。

「無明」とは、暗闇にいる状態。
迷いや閉塞状態。
「真智」が「明かり・光」とされる。
だが、人の状態で「真智」は無理だろうなぁ。
「真智」だと思い込む事はあるだろうが、
よく観れば、判断力が無いから「人」でいるのだ。

宗教組織は「真・智」を売り物にする。
誰も判断出来ないモノを売り物にする。
だから「真・智」だらけの、多数の宗教組織が存在する。
しかも・・・お互いに仲が悪い・・・。
詐欺かどうかは微妙だが、極めて近い、と、思うぜ。

「無明を無くせばいいのだ」
なんていうのは、無責任極まりない言葉だ。
「全てを愛しなさい」
こういうのも、無責任極まりない言葉だ。
そんな事が言われて出来るのなら「人間」やってないぜ。

迷いや閉塞感の「無明」だ。
そんなのは、日常生活で普通に起こる。
闇の中で迷いながら、アチコチぶつかりながら生きている。
それも含めて、生活する、暮らす、という事だと思う。
それだけでは苦しい、淋しい、辛い。
苦しむ為に生きているわけじゃない。

「無明」を否定しても解決しない。
現実(生活)的ではないからだ。
無明から脱却しなさい、なんていうのは寝言だ。
そんな事を真顔でいう宗教家は詐欺師か(厚顔)無知だ。
「無明」を抱きしめる。
それをブッちゃん(仏陀)は「慈悲」と言ったのだ。

だから「無無明」は肯定の言葉だ。
「無明」に「こだわるなよ」と言った。
更に「無明」も愉しめるぜ、と言った。
バカ(無明)は可愛いと思える心。
それが仏教の真ん中にある「慈悲」だと思うぜ。

「正しい道を歩きなさい」
なんて無茶はブッちゃんは言わない。
正しさなんて判らないモノ達を抱きしめてくれる。
正しさなんてこだわらない。
その代り「道は自分で歩けるんだぜ」
と教えてくれている。

無明だっていいんだ。
心配するなよ。
たまにの「無明」だけじゃないぜ。
最後まで「無明」だとしても大丈夫だぁ。
闇の中にいたって、誰かが包んでくれるぜ。

菩薩だか如来だか神様だか知らねぇけどな、
条件無しで、愛おしんでくれるぜ。
正しいモノを贔屓にするわけ無ぇだろ。
バカなモノほど可愛いけどな。
無明の中にいるモノほど、ちょっとは贔屓するぜ。

「無明のまま終わっても(無明尽)大丈夫(無)だ」
なんて優しい言葉だろう。
これが「般若」だと思う。
「般若」は無明を解明する智恵じゃない。
難しい真理の言葉じゃない。

聞いただけで、生きる力が湧いてくる。
聞いただけで、楽になれる。
誰でも元気になれる。
気がつけば、悩みが消えている。
ブッちゃんは、その為に説法したのだ。

無明で当たり前だぜ。
お前ぇ等、バカなんだろ。
よかったなぁ、オレもなんだぜ。
人間だから、同じなんだぜ。
ただ、オレはバカを自覚しているけどな。
バカ達の為にに「般若」はあるんだぜ。
バカは恵まれているんだ。

キリちゃん(イエス)も同じ事を言ってた。
「幸いなるかな・・・・」の対象者達。
小利口な(自他称)識者はちょっと可哀想なのだ。
したり顔の、坊さんや神父さんは、恵まれてないのだ。
もう少し、ブッちゃんやキリちゃんの心と同調しろよなぁ。

「老死」は十二因縁の最後の言葉だ。
人は無明で生まれ、老死まで続いて迷う存在だ。
だから無明から脱却しよう!
というのは無茶な話だし、宗教組織の商品言葉だ。

無明から脱却したフリの教祖やその他はいる。
本当に無明から脱却したら、人間でいられない。
「悟り」を得たら、人間ではいられない。
そんな事は当たり前なのになぁ・・・。
「悟り」を商品にして商売するんだもんなぁ・・・。
頭いいよなぁ・・・・

頭の悪い衆生達、ケモノ達、妖怪達。
騙されるくらいで落ち込むなよ。
ブッちゃんは、その為に話をしてくれている。
「般若」はその為に書かれているのだ。
頭のいい、悪いと幸せは別次元なんだ。

マトモな人は「老死尽」の訳に困っているようだ。
「老死も無く、老死に尽きる事も無い」・・・
老死に尽きるという言葉はないだろうなぁ・・・。
ここにもゲンちゃん(玄奘)のオチャメ心がある。
イタズラ坊主の心経だぜ。

「無無明乃至無老死」
通常ならこれでいいはず。
「無明尽」なら何とか訳せる。
「無明に尽きる・最後まで無明だ」でいい。
だけど「老死尽」は訳せない。

十二因縁の最後の「老死」だ。
最初の「無明」へと続く。
老死に尽きる、では続かない・・・。
心経は「イイカゲン」でないと訳せないのだ。

「無老死尽」をどう訳すか?
というより、ゲンちゃんはどういうつもりだったのか?
これも難しいわけじゃない。
ヒネクレていても、基本は優しさだ。
誰の為に書いたか、を忘れなければ明白になる。

「十二因縁」なんて書いたけど心配するなよ。
全部、気にしなくていいからな。
無明に尽きても大丈夫なんだ。
だから十二因縁全部も大丈夫だ。

ゲンちゃん(玄奘)はブッちゃん(仏陀)とシンクロしている。
ゲンちゃんの書いた心経は、ブッちゃんの言ったことだ。
ブッちゃんは十二因縁の仕組みを説いたのではない。
十二因縁なんか、気にしなくていい、と説いたのだ。

誤解された解説がある。
「無明」が生きている事を苦しめる。
そこから続く十二因縁が迷いや苦しみを産む。
未来の「老死」は更に来世の「無明」へと続く。
この悪循環を断ち切るには正しい道を歩かなくてはならない。
それには、○○教が一番。
さあ、いらっしゃい!
・・・・・

ブッちゃんは宗教(組織)をしたいのじゃないぜ。
苦しみから解き放たれる、我々の顔の変化が観たかった。
その笑顔が好きだったのだ。
だから「正しい道を歩みなさい」などと言わない。
大丈夫だぁ、と言ったのだ。

「老死」は十二因縁の最初の「無明」に続く。
「老死尽」は続き続ける十二因縁の全てを表す言葉だ。
それに「無(こだわるなよ)」を付けた。
気にしなくても大丈夫だぁ。
十二因縁の中で暮らしていても大丈夫だぜ。
お前ぇ等は、愛されているぜ。

通常は「無明」を最初から「間違い・悪」と決めている。
ロクデナシだ!無能だ!役立たずだ!
ヒ、ヒドイわ・・・
無能愛好会に贔屓するワシは「無明」を弁護する。

無明や無能やロクデナシなら、ほぼ全人類が当てはまる。
自分は有能だと思っていたら、それは無知か厚顔だ。
心の中を覗けば判る。
今までの人生を振り返れば判るはず。
だから・・・人は、可愛いのだ。
だから、有能だと思い込んでいる人は、可愛くない。

無明は、この世界(物質・肉体世界)の基本環境だぜ。
無明から抜け出したら、この世界にはいられない。
抜け出る事が素晴しいかどうかは、別な話だ。
抜け出てみなければ判らない。
少なくても、この世で生きている限りは無明を肯定しようぜ。

「無明」の中で生きている。
十二因縁の世界内で生きている。
それは大前提だ。
ならば、どう生きるか。
それが経なのだ。

ブッちゃんは「無」というコツをくれた。
「こだわるなよ」と笑顔で言った。
その先には「愉しめよ」がある。
無明を愉しむ。
無明は愉しめる環境なのだぜ。
愉しむ事が道(経)となる。

無明だから、全てが経験となる。
無明だから、生きる力がある。
先が分からないから、生きられる。
無明は、生かしてくれる環境なんだぜ。
苦しみを含めて、生きる力となるんだぜ。

ワシ的訳。
「先の事は分からねぇだろ。
それを無明っていうんだ。
いろいろ迷ったり苦しんだりするだろ。
それらには原因があるんだ。
とりあえず、十二個の影響があると思ってくれ。
一応、まとめて十二因縁っていうんだ。
おっと、そんな事ぁ覚えなくていいぜ。

無明から始まって最後は老死になるけどな、
老死から、また無明につながるんだ。
そうして、何度も生まれ変わって人生を体験するんだ。
先が分からねぇ人生だから、いろいろ体験できる。
何でも分かって、何でも見切っていたら人生しなくてもいい。

つまりな、
生きているって事は、無明の闇だから意味があるんだ。
迷って、苦しむ事ぐらいで人生を嫌になるんじゃねぇぜ。
無明だからこそ、嬉しさも愉しさも気持ちよさも味わえる。
無明や老死から離れたら、生きている実感も無ぇのさ。」

「無明だから不安もあるよなぁ。
迷いも不都合もあるよなぁ。
だからといって、無明を無くそうとしなくていいぜ。
そんな事に人生を費やすと、人生が無駄になる。
オレもな、嘗て悟りを得ようと修行した。
そして、やっと、それらの努力は間違いだと気づいたのさ。

大切なのは、無明の中で生きる事なんだぜ。
それには無明にこだわらないことだ。
更に、無明を愉しむ事だ。
無明を愉しむとは、人生を愉しむ事だぜ。
愉しむってのは、一時一時を大切にするって事さ。
難しい事ぁ、無ぇだろ。
それが、無無明って事だ。

愉しめるなら、人生、何回やってもいいだろ。
それが、無老死尽って事だ。
何度生まれ変わって、無明の中で生きてもいい。
そう思えるようになるのが、智恵ってもんだぜ。
小難しい理屈じゃ無ぇんだよ」

 

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