聖書の豆知識

 

 聖書はクイズの本ではありませんの でそうやたらとなぞな ぞが出てくるわ けはないのですが、けれども見ようによって は聖書は「なぞ」の宝庫だとい ってもいいくらいです。
 たとえば次のような箇所があります。 旧約の箴言が書かれ た意図を述べた冒 頭のところで、「格言、寓話、賢人ら の言 葉と謎を理解するため」(箴言1章 6節)とあって、知恵の言葉 と謎を同じ 重みをもつものとしてならべています。
 また民 数記にはこう書かれていると ころもあります。神は普通、預 言者に 対して夢や幻によってみこころを示さ れるけれども、 モーセに対しては違うと、「口から口へ、わたしは彼と語り 合う、あらわに、謎によらずに。主の 姿を彼は仰ぎ見る」(民 数記12章8節)と いうのです。
 ここにありますように、神は預言者 にストレートには意味 の通じない「謎」を伝え、それを解いた預言者が人々に 神の メッセージとして語った、そうい うことも多かったことがわ かります。 さらに預言者自身も人々に対して「謎」の言葉を 告げることもあったようで、 預言者のエゼキエルなどはそれ をやっ ています。  「人の子(エゼキエルのこと)よ、イ ス ラエルの家に向かって謎をかけ、た とえを語りなさい」(エゼ キエル書17章 2節)と。そしてそれに続いて大鷲が飛 んできた とか、ぶどうが成長したとい うような話が語られます。それ はイス ラエルの将来を予告したたとえ話であり、なぞなぞで あるとも言えます。
 そう考えると預言者の言葉はかなり こ の種のなぞが多いですし、ダニエル 書や新約のヨハネの黙示 録といった黙 示文学などは全編これなぞだらけとい ってもい いほどです。
 そのなかでも代表的なものをあげると、人間を表わす数字は666 というのがあります(ヨハネの黙示録13章18節) 。聖書では7を 完全な数と考える思想があります。それを三つ並べるのも完全 のあらわれです。そして人間はその完全数に一つ足りないもの として、6を三つ並べた数であらわされています。  エゼキエル書に出てきたような、動物、植物を題材にしたな ぞ、黙示録のような数字を用いたものなどバラエティに富んで います。また珍しいところではこういうのもあります。
 エレミヤ書でバビロンのことを「シェシャク」と表現してい るところがあり(エレミヤ書25章26節、51章41節) 、なぞとい うか一種の暗号のようなものと言えます。これは「アトバシュ 」と名付けられている方法によるもので、ヘブライ語のアルフ ァベット22文字をちょうど真ん中から折り返して鏡のように入 れ替えるというものです。そうするとバビロンはシェシャクと 読むアルファベットに置き換えられることになるのです。この ような言葉遊びみたいななぞも聖書の中では使われています。

日本基督教団出版 『教師の友・聖書おもしろ事典』 金井 創 より

9月〜10月