第3章 「家庭と学校」
成句
M「モーニャは、真っ青になって、
言葉を絞り出すよう
に 言った。」(105, -5)
T「モーニャは、まっさおになってつぶやいた。(57)
Моня побледнел и сказал
сквозь зубы
: "Какая гадость!".
сквозь зубы
とは、<口を開けないで、聞き取りにくく言 う>という意味。露和辞典にさえ出
ている。「
言葉を絞り出す
」というMの、意味不可解な訳語はどこから?
前置詞
на
M「ポクロフスキー
通りを
歩 いていくというよりも、走って帰っ た。」 (116, 8-9)
T「ポクロフスキー
小路を
歩くというよりかけあ しで帰っ た。」(64)
Я нес их в ранце, как драгоценный клад, не шел, а бежал
на Покровский переулок
, гонимый жаждой
семейной славы.
ここの
на
は方向をあらわす。「
ポクロフスキー
横町に向かって
」の意味で ある。前置詞の基本
的用法も知らずに翻訳に挑戦するとはなんと大胆!
物主 形容 詞
M「家でコースチャは新しい友達のことばかり話していた。ついに、
母親の コース チナ
ーー少し
痩せた小柄」な女性だったーーが、ファーニャ・ソロモノヴナのところ へ頼みごとをしにやってき
た。」(127, +7〜9)
T「家へ帰ると、コースチャは新しい友達の話ばかりしていた。そのうちにかれの
母親のコース
チナ
ーー小柄で痩せぎすな女性であったーーが、ファニャ・ソロモーノヴナに会いにやってき
た。」(71)
Дома Костя только и разговаривал, что о своем новом приятеле. Кончилось тем, что
Костина мама,
сухонькая, маленькая женщина, пришла к Фанни Соломоновне с просьбой: ...".
ロシア語文法を中級まで習得した人間なら、原文を見なくとも、上記の邦文を読んで、哀しげに
首を横に振るであろう。あまりに幼稚な「訳業」だからだ。
Костина
は、
Костин
という
物主
(所有)形容詞 の女性形で、
Костин
は
Костя という人名を形容詞化したものである。正しくは
「コースチャのママ」。
高田・森田の両者ともそうした文法の基本さえ知らずに訳業にとりくんでいる。恐ろしいこと
だ! ここは露和辞典だけでは解決できない。大学の第2外国語のロシア語の授業で使う文法書にも
この文法項目は出てこないはず。せめてプーリキナの文法(邦訳は、現在では残念ながら絶版になって
いるので古書店で入手するか、原書で学ぶほかないが)ぐらいは習得できていなくては「翻訳者」
はつとまらないのだ。これは独学でロシア語を学んだ(つもりでいる)人々にぜひ座右の書と
して推奨したい。
ちなみに、G版は「彼のお母さん」(116)。英訳は his mother (56), 仏訳はsa mère (70) 。せめ
てG版を「踏襲」すべきであった!
私が初刷りのさいにここの訳文についても訳者に疑問を提示したのであるが、2刷りでも直って
いなかった。訳者のケアレス・ミスではなかったわけである。私が示した疑点についてロシア語の
専門家(せめてロシア語専門の高学年の学生)にでも教えを乞えば、すぐにわかったはずなのだ
が。(
プーリキナの文法
邦訳
原書
)
創 作:「
吊り廊下
」
そのすぐ先には奇怪な物体が読者を待ち受けている。
M「建物の廊下は中庭に面した同じ
吊り廊下
に通じていたの で、子供たちは、偶然の場合もそ
うでない場合もこの
吊り廊下
でよく顔を合わせた。」 (128, + 2〜3)
T「両方の家の内廊下は同じ
外廊下
を通って内庭に出られる ようになっていた。」(71)
「吊り橋」や「吊り天井」はイメージできるが、「吊り廊下」とはどんなものだろうか?
原文はこうである。
Центром этого мирка была семья богатого купца А., жившая в том же доме, что и семья Кости, и
в том же этаже, так что коридоры квартир
выходили
во дворе
на
одну и ту же
висячую галерею
, на которой
и происходили случайные и неслучайные встречи.
висячая галерея
は露和辞典にもないし露露辞典にも出てこない。TとMはどのようにして原語
の正体をつきとめ、訳語を案出したのであろうか?
私はその正体を知りたくてずいぶん調べてみた。何日もかかった。ある百科事典でついに発見し
た。
絵まで見つけた。
そ れには、「床が梁で支えられている
галерея
」とあった。
галерея と
は、
<覆いのある明るい縦長のバルコニーや通路>という意味。
これに相当する日本語があるかどうか知らないが、
「吊り廊下」でないことは確かだ。寺の、
支柱のない縁側を思い浮かべればいいかもしれない。<張り出し窓>という日本語があるので、
<張り出し
バルコニー
>とでも訳すか? ともあれ 訳語は工夫する必要があろう。わからない
原語は徹底して調べることだ。
ちなみにG版は単に「
バルコニー
」(117)。仏訳はbalcon (70), 英訳は balcony(56)。いず
れも原意にこだわらない。
「吊り廊下」よりはましかもしれない。当たらずと雖も遠からず、で
ある。
なお「建物の廊下は中庭に面した同じ
吊り廊下
に通じていた」と いう訳文全体も原意をつたえて
いるとは言いがたい。「建物」ではなく、複数の「住居」、つまりA家とコースチャ家の
廊下
(
複数
)
であり、「中庭に面した......」ではなく、「中庭で」で、両家の廊下が
<張り出 し
バ ルコニー
>に面しているということである。
幻の数字
M「その頃にはすでにヤノーフカには、馬車用の立派な馬が
二頭
い た。」(132,-8)
T 「その頃には、ヤノーフカにもすでにみごとな輓馬が
二頭
い た。」 (74」
К этому времени
в Яновке имелись уже хорошие выездные лошади.
原文には「二頭」にあたる数字はない。
G版には「二頭のみごとな輓馬」とある(121)。しかし仏訳にも英訳にも2という数は出ていない。
Tは無批判にGを「踏襲」し、Mも原文にもとづかずに、そのT+Gの幻の数をそのまま「踏襲」
した?
史実
M「市を牛耳っていたのは、元海軍少将のゼリョノイ二世という
市長
で あり……」(134,+3〜4)
T「市の首長は、ゼリョーノイ二世という、元海軍少将の
市長
で あった。」(75)
Главным лицом в городе был
градоначальник
, бывший контр-адмирал Зеленой Второй.
градоначальник
は、ただの「市長」ではない。県知事と同じ地位をもつ特別市の首長である。
『
ロシア革命史
』にもよく 出てくる官職で、私は「
特別市長官
」と訳してみた。
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この章でとりあげた事例では、M訳はT訳の瑕疵のほとんどを「踏襲」している。
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