山陽電鉄700形 製作記 1

【実車について】

 山陽700形。戦後の混乱期、運輸省から20両が割り当てられたあまりに有名な標準軌のモハ63。山陽にとっては絶望的な輸送力不足を解消したばかりでなく車両大型化の起爆剤となり、後の阪急・阪神との相互乗り入れにつながる基礎となった。
 この20両、2両が西代車庫で焼失して2700系(2700+2701)となった後も原型に近い姿で活躍していたが、昭和39年702+709が車体更新を受けた以外は2700系(2702〜)に台車・機器を流用し、順次廃車となっている。(が、ほとんど全車の車体が西代や東二見の構内で倉庫として活用されていた。)
 今回、模型化に取り組むのは車体更新された702+709である。電車としてではなく倉庫として活躍していたときに撮影したものが下写真(左側)である。小田急1800に類似した貫通型で「西の小田急1800」と呼ばれることもあるが、小田急のような新造車体ではなく旧車体を活用して補強したものであるため、シル・ヘッダーが残るなどモハ63らしさが残っている。結果として山陽もこのような手間のかかる改造は続かず、小田急や相鉄などと同様、新造車体の2700系への機器流用という形で更新されてゆくのである。
 


東二見車庫にて(1968年5月 撮影:Z氏)


東二見車両工場にて(1984年ごろ)


【模型化にあたって】

 この2両、参考になるような資料が非常に少ない。模型図面の作成にあたり「鉄道ピクトリアル」の1990年版「山陽・神鉄特集」に1/200の小さな図面があったのでコピーして拡大し、これをスキャンした上「Illutrator」でトレースしたものが下図である。トレースにあたっては基本的に縮尺を1/100として寸法入力により窓などを配置している。図面完成後に1.25倍すれば当然1/80となる。屋根Rについては「いこま工房」の屋根板を利用する予定ではあるものの大小2つの円を描いて割り出した。細部寸法不明な箇所については写真などを参照してバランスを取っている。正面は図面上では似ていないと思ったため、慶応大鉄研「私鉄電車のアルバム3」に載っていた正面の写真をスキャンし模型断面に合わせて変形した上でトレースした。最後まで不明だったのは連結面形状である。図面では貫通扉が付いていないようであったものの、確証を持てずにいたが偶然車内を撮影した写真が発見され謎が解けている。


参考文献 鉄道図書刊行会「鉄道ピクトリアル」1990年5月臨時増刊(特集)山陽電気鉄道/神戸電鉄
       慶応義塾大学鉄道研究会「私鉄電車のアルバム」3巻

 

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