従軍慰安婦についての本当の話

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6.従軍慰安婦問題とは

従軍慰安婦問題または慰安婦問題とは、旧日本軍の慰安婦に付随して起きた問題・論争であり、慰安婦に関しての歴史的事実をめぐる論争が主であるが、政治外交問題など論者・見方により様々な意味合いをもち言及されており統一的な認識はないと思われる。主な論者は歴史学者、いわゆる自由主義史観の論者、いわゆる右派の政治家である。

<本項目の目次>

  1. 論者は誰か
  2. 従軍慰安婦問題とは何か
  3. 歴史的事実をめぐる論争での主張内容
  4. その他の論争点での主張内容
  5. 出典・脚注

 

 1. 論者は誰か

論者をその出身・社会的地位から分けると以下のようになると思われる。

一般的によく見受けられる、露出度の多い対立での論者は以下であろう

 

従軍慰安婦問題とは何か

従軍慰安婦問題とは何かについて論者や論じられる時期により様々な見方が存在する。その場に応じていろいろな意味で使われているものと思われる。

  1. 歴史的事実をめぐる証拠や事実の認定の争い』である (論者は、吉見義明など歴史学者、いわゆる自由主義史観論者)
  2. 日本国の公的責任の有無、公的な見解の表明や謝罪の有無、補償問題 (日本政府、マイク・ホンダ議員、外国メディア)
  3. それが国際法違反であるか否か、法的に違法な行為であるか否か (VAWW-NETジャパン、裁判関係者)
  4. 歴史教科書には何を書くべきかという歴史教科書問題 (藤岡信勝および賛同した政治家)
  5. 男性中心主義が見直しを受けるジェンダー的思想転換の過程、公娼制度を奴隷と見なすか否かの認識の問題、いわゆる戦後民主主義的状況からの思想的転換過程、ナショナリズムの問題 (上野千鶴子、上野輝政、西尾幹二など思想家・女性史研究家)
  6. メディアによる誤報・事実捏造とその波及過程、あるいは逆にメディアへの権力の介入事件(産経新聞、いわゆる自由主義史観論者、VAWW-NETジャパン)
  7. 金銭補償問題。被害者が日本政府から如何に多くの補償を受けるかの問題 (産経新聞)
  8. 政治問題、歴史事実が政治的圧力により偏向される事態。外交上の問題 (秦郁彦:諸君、2007年5月号などでの主張)
  9. 日本人による朝鮮民族弾圧の一手段という民族差別(人種差別)問題 (金一勉、徐京植ら韓国人、田中利幸など)

 

3. 歴史的事実をめぐる論争での主張内容

いくつかの論点があり、強制連行があったのか、どのように集められたのか、国や軍に責任はあったのかなどについて議論がある。秦郁彦は『慰安婦と戦場の性』(1999)で7つの論争点を、『慰安婦問題の終末』(政治経済史学 2003.2月3月合併号)で人数、民族構成、強制性、他国との比較など4つを論争点にあげている。吉見義明は『「従軍慰安婦」をめぐる30のウソと真実』(1997)で30個の論争点をまとめている。

議論は主にA:吉見義明などの歴史学者、B:秦郁彦やいわゆる自由主義史観論者の間で行われている。以下では秦と吉見の本を機軸にいくつかの論争点をまとめ両者の主張を両論併記する。なお以下では吉見義明の主張は『「従軍慰安婦」をめぐる30のウソと真実 大月書店 1997』秦郁彦の主張は『慰安婦と戦場の性 新潮社 1999』から引用し、これによらないものはその都度出典を表示した。

 

(1)強制連行はあったのか

A:朝鮮では確認されていないが、占領地ではいくつも例がある

「官憲による奴隷狩りのような連行」は朝鮮・台湾では確認されていない、しかし中国や東南アジア、太平洋地域など占領地ではいくつもの例がある。裁判となったスマラン事件、フィリピンや中国の元慰安婦の証言による。中国山西省の例は裁判所が事実認定をしている[注1]。また命令書に徴募方法まで書かないのが通常であり、強制連行しろという命令書が発見されないのは問題ではない。

B:証拠がなく強制連行はない

産経新聞は河野談話の直後から政府文書がないことを指摘している[注2]。秦は問題なのは官憲による組織的な強制連行であり、強制連行しなさいという軍の命令書は発見されていないこと、強制連行されたと証言する4人(文玉珠、李貴粉、尹頭理他)は連行したのが誰か不明だし、裏のとれない本人だけの申し立てだから認められないとしている。藤岡信勝は証拠は政府の文書、連行した人の証言、目撃者の証言、本人の証言の4種以外ないとし、政府の文書がないこと、目撃者がいないこと、元慰安婦の証言は信用できないのを理由に証拠がないとしている[注3]。朝鮮人元慰安婦で報告されている甘言や就業詐欺などによるものは強制連行ではないとしている[注4]また占領地などで知られている暴力的な強制連行の例について触れられていない。

 

 (2)強制とは何かについて

A:募集・移送・運営などの全体で女性の意志に背くという事が強制

河野談話を出した河野元官房長官は募集・移送・管理の全体の過程において女性の意志が無視され、慰安所で行動の自由がない点(逃亡不可能)を重視し強制であるとしている[注5]。募集段階においては甘言(騙し)・強圧(心理的に断れない状態を利用する)などの方法を用いたことをもって強制としている。河野氏は後のインタビューや質疑[注6]で、これらの判断が政治的なものではなく、事実認定としての判断であった事を述べている。

 吉見義明もほぼ同様の考え方で強制を捉えており、まず連行方法によらず慰安所で強制的に使役させられたことをもって強制としている。更に甘言や騙しにより連れて行く場合でも、当時においても刑法第33条「略取及び誘拐の罪」に当たる犯罪であり、実際1937年までは検挙判決例があると指摘している。この刑法では略取=暴力による拉致と、騙したり甘言で誘ったりして連れて行く誘拐、この2つの罪は同じ重さであって、広義も狭義もないとしている[注7]。これらは反対する立場からは「時に広義の強制性」と呼ばれる。

B:暴力で連れ去る強制連行のこと

いわゆる自由主義史観論者[注8]や産経新聞は暴力で無理に連れ去る強制連行を問題にしている。強制とは強制連行があったか否かという問題であり、これを示す証拠が発見されていないことを理由に強制ではなかったとしている。

秦郁彦も同様であり、日本国が補償義務を負うのは官憲による組織的な強制連行の場合だけであり、だまして連れて行ったり借金で縛って連れて行くのは強制連行ではないとしている[注4]。これらの論調では一貫して強制連行という言葉が使われ、強制連行と強制との関係は触れられていない。 これらは反対する立場からは時に「狭義の強制性」と呼ばれる。

(3)強制があったのか

A:強制連行の証言例が存在する、慰安所の制度自体が強制である

 河野洋平は強制連行が例えあった場合でも強制的に連行せよという命令書は、組織としての理由により発行され得ないとの推測を示しており、証拠書類が発見できなかった事を問題視していない。その上で国のヒアリングの中で実際の被害者しか体験し得ない事を証言した人がいる事から強制性を納得したと語っている[注5]

 吉見義明らは、まず占領地域で見られる明確な強制連行の例をあげ個別の例で強制連行があった事を指摘している。更に慰安婦には性の相手を拒否する自由、居住の自由、外出の自由、廃業の自由がなく、慰安所という制度自体が強制である性奴隷制度であるとしている。これらは元慰安婦の証言だけでなく、軍人の回想や軍の文書や記録という証拠がある[注7]

 B:強制連行の証拠はなく、強制はない

 

(4)どのように集められたのか

A:朝鮮では就業詐欺が多かった、占領地では暴力的なものも多い

 日本での募集は国際法遵守のため21歳以上で娼妓など既に売春業についていたものに限られたが、朝鮮ではそうした規制がないため、多くは軍が選定し依頼した業者により、一般の未成年女子を身売り、就業詐欺、暴力的な拉致により集めた[注9]。その後の研究では多くが就業詐欺であったと考えられている[注10]。中国や太平洋地域などの占領地では軍自身が暴力で強制的に連れ去る事もあった。

 B:身売りや募集によった

 貧困などの理由から前借り金の名目で親から業者に売られた娘が大多数だろう。また業者の募集に応じたもので騙された者もいる[注4]

 

(5)国や軍に責任はあったのか

A:慰安所の設置や運営の主体は、軍であり責任がある

 河野元官房長官は、募集・移送・管理の段階で国の関与が示され、従って国にも責任があるとして謝罪を行った。吉見義明は業者が占領地で勝手に慰安所を作れない事、軍が慰安所を造ることを決定しなければ何も始まらない事を指摘し、慰安所制度は軍が設置、維持・拡大・監督・統制しており主体は軍であったとし国や軍に責任があるとしている。これらは既に開示されている軍の公文書で十分に立証できるとしている[注11]。従って暴力的な拉致や就業詐欺を行ったのが例え民間業者であっても、国にも責任があるのは当然だとしている。

 B:業者がやったことで軍に責任はなかった

 秦は慰安婦の募集過程をこう記述すべきとしている[注4]。「慰安婦の募集については業者が主としてこれにあたったが、その場合も甘言・威迫など、官憲などが取り締まる努力を怠ったこともあった」いわゆる自由主義史観論者からも政府や軍の関与という点では明確な反対はない、しかし慰安所の主体は業者であり国や軍に対し補償などが必要な責任はないとしている。

 

(6)慰安婦は何人、民族構成は

この論点では図式的に2派に分かれてはいないと思われるので列記する。

 吉見や秦の総数の推定方法は、外地にいた兵士の数A、兵士何人あたりに1人慰安婦をおくかB、慰安婦が戦争中何回入れ替わるかC、の3つの数字からの計算によっており、慰安婦の数=A/B*Cとなる。秦はA=250万人、B=150人、C=1.5程度としている。民族構成は、吉見などは当時の兵士の感想などからの大まかな推定をしている。秦は中国などの慰安所の民族構成から従来のものを見直して推定している。

 

(7)慰安婦の状況は過酷か

A:外出の自由はなく多数の兵士を相手にした過酷なもの、賃金も支払われない

吉見義明らは証言などから、休日はなしか月1、2回。慰安所に軟禁された状態で自由な外出はできなかった。少ない場合でも1日数人程度、多い場合は30から40人を相手にさせられた[注12]。拒否することは不可能であり月経時も休めない。性病にかかることは珍しくない。性交を拒否したり戦闘直前の兵士の場合、暴力を振るわれることがある。賃金は朝鮮人や占領地域の場合結果として支払われないのが大多数である。

元慰安婦の証言からは現在もこれらの経験が深い心的な障害(不安、否定的自己評価、PTSD)になっている場合がある。兵士が慰安婦の生活ををのどかだとか、愛情のある交流と回想するのは、兵士に優しくしないと殴られるからであり、愛情を持つと見せかけることで少しでも扱いをよくしてもらう為である。

 B:休日は自由に外出し兵士を拒否できた、賃金も貰えた

 客の数は平均的には内地の遊郭と同じ1日2から3人程度、接客数の多い逸話は自分の収入を自慢した為だろう。料金の取り分はは50%で内地よりよい。兵隊と心理的に仲良くなることもあった。

 

(8)公娼と慰安婦は違うのか

A:公娼と慰安婦が同じか否かは研究家の間に議論がある、しかしどちらも女性の人権への甚だしい侵害である

韓国人研究者は慰安婦は公娼とは違うものであり犯罪であるとしている。公娼制度研究家は慰安婦も公娼も同じものであり、どちらも実質的には奴隷制度であると批判している。吉見は慰安婦は形式的にも自由がなく公娼に比べても剥き出しの奴隷制度であると差を強調しかつ批判している[注13]。

娼妓は居住の自由がなく事実上廃業の自由がないため、借金で縛られた強制売春を受け入れるしかなかった、しかも業者から稼ぎの半分以上を巻き上げられた。このため当時の廃娼運動家は「事実上の奴隷制度」と呼び1941年までの14県で廃娼が決議されている。このように公娼も慰安婦も奴隷制度である。

 B:慰安婦は公娼と同じであり、どちらも批判されるようなものではない

 秦郁彦は「広義の強制」で慰安婦になった人は公娼と区別できないものであるとし、同じだとしている。更に兵士、野球選手、沖縄のひめゆり部隊と比較しそれらが不自由であるから批判することを不毛だとしている[注4]

 

(9)慰安婦は世界共通なのか

A:日本の慰安婦と同様な制度は他国にはない

 現在までの知識では日本の慰安婦と同様な制度は他国にはない、第二次世界大戦中のドイツ軍に類似の制度があった事が記された研究があるが、植民地の女性を連行したりはしていない。また他国にそうしたものがあったから日本の慰安婦制度が批判されない理由にはならない。河野洋平も「よそでやってるから日本もこの程度ならいいじゃないか」は言うべきではないとしている[注6]

 B:他国に同じような制度がある

 秦郁彦は1999年の自己の著作で第二次世界大戦中のドイツ軍、朝鮮戦争時の国連軍、ベトナム戦争時の米軍に類似の制度がある。比較史的考察から冷静に対処すべきだとしている。しかし1999年の著作での引用以降新しく明らかになった事はなく、他国のこうした制度について実際に議論に足るだけの細かい情報はない。

 

(10)元慰安婦の証言は信用できるのか

A:信用できる

最も初期の証言では証言ごとに異動があったか、それ以降の研究では、1人の元慰安婦について何回もの面接を行い、年月日、地名など他の情報とつきあわせて確認できるものについては確認がとられており、十分信用できる。

吉見は慰安婦の何回かの証言に差がある事を認め、それらが年月を経たが為の曖昧さや、思い出したくない悲惨な経験故の逃避のせいであるとし、発言ごとに多少のずれが生ずることは自然だとしている。その上で、それらが他の証言・証拠や史実などと矛盾しないことを前提に、その中から揺らぎのない事実に近い部分を拾い出すことが実証的研究であり、その部分は信用できるとしている[注14]

 B:疑問がある

 秦は何人かの慰安婦の証言についてそれらが発言日時により差があること、内容が当時の他の証言などと矛盾することから疑問を投げかけている。しかし明確に否定する事はしていない。 藤岡信勝は金学順と文玉珠については、裁判訴状と挺身隊対策協議会への証言で違っているから信用できないとしている[注3]

 

 

 4その他の論争点での主張内容

(1)国の責任・公的認知をめぐる論争

A:日本国は河野談話、一連の首相の謝罪発言、アジア女性基金で、日本国の責任を認め、謝罪し、補償を行っている。

・・・日本国政府の見解

B:日本国は事件への国の責任を明確にしておらず、公式には謝罪を行っておらず、国家賠償をしていない。また河野談話を否定しようとしている

 ・・・マイク・ホンダ米国下院議員など。議員の決議案の要旨は以下[注4]

  1. 日本政府は性奴隷を強制したことを、明確に公式に認め、謝罪するべきである
  2. 日本政府は公の声明書で、公式の謝罪を行うべきである
  3. 日本政府は性の奴隷化はなかったという主張に、公式に反論すべきである
  4. 慰安婦について教育を行うべきである

また吉見義明は河野談話でも日本は慰安婦に関する法的責任を認めていないとしている[注1]。

 

(2)慰安婦制度は国際法違反なのか(国際法に対する違反容疑)

A:国際法違反である

 1998年の国連人権委員会のマクドゥーガル報告書は以下の国際法違反だとして、これらの罪により日本政府を訴追できるとしている。VAWW-NETジャパンや戸塚悦朗、吉見義明らは国際法違反であるとしている。

  1.  奴隷制: 奴隷制の禁止は1945年のニュルンベルグ裁判で明文化され、慰安所創設時には国際法には記載されていない。しかし奴隷制の禁止が当時既に国際的慣習であるので国際法に明記されていなくても、奴隷制禁止に違反した罪で訴追できる。
  2. 人道に対する罪: 奴隷化、奴隷にするため移送すること、広範囲または組織的に行われた強姦の罪。実行に限らず計画立案、方針検討でも訴追要因となる。更に大規模な侵害(多数で広範囲な地域への慰安所設置)という事態に直面した場合、行動を起こさなかった事自体も訴追の要因だとしている。
  3. ジェノサイド: ジェノサイド犯罪の中核的要素は民族などある集団を滅ぼそうとする意図だが、女性という集団を通じてこれが成立する可能性が十分ある。その集団全体を滅ぼそうとする意図の証明は不要であり、かなりの部分を滅ぼそうとする意図の証明で十分である。意図の証明は殺害行為自体から推定する事がある程度認められる。
  4. 拷問: 武力紛争下の強姦と深刻な性暴力はその大部分が拷問として認定できる。欧州人権裁判所は拘禁中の強姦の行為を拷問に相当している事を付記している。
  5. 戦争犯罪(強姦): 戦争犯罪としての強姦の罪。強姦と強制売春が当時慣習法として禁止されていたことは十分に立証されている。戦争犯罪は国内・国外を問わずに武力紛争下における犯罪に問える。戦争犯罪としての強姦は被害者の意志に反しているという証明は不要であり、戦争下に慰安所にいたという状態だけで被害の証明になるとしている。

 B:国際法違反には当たらない

 日本政府は以下を理由に慰安婦制度は国際法違反ではなく、その責任を拒否している。

  1. 最近発展した国際刑法は当時にさかのぼって適用されない
  2. 「慰安所」は奴隷制ではないし、奴隷制禁止は当時確立していなかった
  3. 武力紛争下の強姦は当時国際法で禁止されていなかった
  4. 戦争法規は交戦国の国民に適用されるので、当時日本国民だった朝鮮人には適用されない

 

(4)歴史教科書問題

A:慰安婦を歴史教科書に書くべきである

吉見義明は国会議員への説明の中で、従軍慰安婦は当時は使われていない言葉だが実態そのものは存在する、強制連行の有無に関わらず強制性という実態はある、時間の余裕があれば日本の慰安婦だけでなく他国のものも教えるべきだ、慰安婦は日本の戦争の本質・性暴力・歴史認識を教える良い素材である。と言う理由で教科書に記載すべきだとしている[注6]

 B:慰安婦は歴史教科書に書くべきではない

藤岡信勝は、従軍慰安婦という言葉はなかった、軍による強制連行はなかった、慰安婦という事だけを特別に取り上げ書くべきではない、幼い人間に暗部を暴いてみせるのは教育的に意味がない、という4つの理由で教科書に書くべきではないと文部大臣に指摘した[注3]

 

(5)思想的対立としての問題

A:従来の男性中心的思想を問い直すジェンダー的な転回点

 上野千鶴子[注14]は慰安婦問題は慰安婦をめぐるパラダイム転換という認識論の問題であるとし、問題は事実の認定ではなく事実の問題化であるとしている。即ち慰安婦とは売春婦であるという男性中心主義的認識から、国家による被害者というジェンダー的認識への転換である。1990年初期に起きたのはこうした認識の変化がであると位置づけている。背景には1980年代の韓国の女性運動と世界的なフェミニズムの動きがあり、この時期に金学順が名乗り出たのはその現れである。

 金冨子[注15]は同様な視点から、慰安婦とは国家が女性の性を利用して「不平不満を言わず上官の命令に従ってよりよく戦う」兵士を管理する装置であったとしている。ここでは女性を通じて男性兵士は国家にコントロールされたとしている。

 B:戦後レジュームの見直し、自由主義史観の現れの一つである

 藤原信勝[注3]はなぜ従軍慰安婦問題を取り上げるかについて「この問題こそは日本国家を精神的に解体させる決定打として国内外の反日勢力から持ち出されているからである。これは国際的な勢力と結びついた壮大な日本破滅の陰謀なのである」としている。

 C:自閉的ナショナリズムの行動の現れの一つである

 上野輝政[注22]は「新しい教科書を作る会」などの主張はいわば陰謀史観と日本包囲網をあわせたようなもので、周囲外国からの日本をやっつけようとする企みがあり慰安婦問題とはその材料にされているとして、そこにあるのは自閉的ナショナリズムの現象であるとしている。

 

(6)メディアの責任をめぐる論争

A:メディアは妥当な報道を行ってきた ・・・朝日新聞

B:朝日新聞は意図的な捏造を行った ・・・産経新聞、いわゆる自由主義史観論者

C:NHKは自ら政治権力の動向を窺い、自らメディアの独立性を放棄した ・・・VAWW-NETジャパン

 

(7)金銭的賠償の問題

B:事実認定の問題ではなく、金銭的賠償の問題である

産経新聞はHP[注17]で慰安婦問題とは「太平洋戦争中、朝鮮半島や中国などの女性が戦地の「慰安所」で日本軍に性的被害を受けたとして、日本政府に謝罪や賠償を求めている問題」としており、性的被害の事実の争いというより、あまり根拠のない事実に対する謝罪や賠償の問題としている。  また秦郁彦は1999年アジア女性基金について、日本政府の不適切な対応で元慰安婦と称する人をお金の亡者にしたとし、焦点は支援組織をめぐる人とお金の争奪が起きているとしている[注18]

 

(8)政治問題

B:事実認定の問題ではなく、政治的問題である

 秦郁彦はアジア女性基金に拒否された、自分の慰安婦についての論説の問題意識について「最初から政治的論争になってしまった、事実面の究明がなおざりにされたせいか不正確な神話や伝説が生まれ今や通説と化したものも少なくない」[注18]とし、慰安婦問題は政治的問題という意識を強く持っている。

西尾幹二[注19]は第二次世界大戦中ドイツ軍が日本の慰安所と同様な施設を持っていた、東欧やソ連では間違いなく女性の強制連行があったと記している。その上でヨーロッパではドイツの慰安婦に対して謝罪だの補償だのは起きていないし、今後も起きないだろうと指摘し、それはドイツが補償を問われても拒絶するからだろうとしている。西尾は翻って日本だけが慰安婦問題で追求されるのは、対他意識を欠いた間抜けな性格によるものであるとして、事実の如何によらず慰安婦を問題として取り上げることに反対している。

 

(9)日本人による民族差別問題

A:民族差別問題である

金一勉[注20]や徐京植[注14]金冨子など韓国人作家や学者は慰安婦は日本人による朝鮮支配の一手段であり、制度的な民族差別であること、日本の朝鮮支配そのものが強制であり、慰安婦問題は植民地支配そのものの問題であるとしている。また田中利幸[注21]は太平洋戦争で多くの慰安婦を保護しただろうアメリカ軍があまり関心を示していない事を指摘し、これが問題にならなかったのはアメリカのアジア人への人種差別意識の現れだろうとしている。

金一勉『朝鮮民族抹殺政策とはどんなものであったか。それは日本の朝鮮統治を永久無窮ならしむるため、すなわち朝鮮民族の早期滅亡を企画した、梅毒政策・阿片吸引助長政策・遊郭発展政策を試みた』『対中戦争を遂行するため、また朝鮮民族が圏外権力と通牒して内部より反抗を起こす危険を未然に防衛するためにも、朝鮮民族を戦力増強の手段として犠牲に供する』そのため『朝鮮の未婚女子を軍隊の特殊要務(=慰安婦)に当てる』(天皇の軍隊と朝鮮人慰安婦)

 徐京植『「新しい歴史教科書をつくる会」の主張は徹底的な民族差別、レイシズムそのもである。例えばフランスであったらこれは人種対立を煽った罪という法律に触れ告発されかねないような言説が平気でばらかまれている』『植民地支配と民族差別、レイシズムは密接不可分な関係にあります。植民地支配とは平然と他者の生命と財産を奪い奴隷労働に駆り立て場合によっては殺すというシステムであり』『根本的に求められている認識は実は植民地支配そのものが全体として強制だったという観点、「つくる会」が問題を戦争犯罪という枠組みに囲い込んで、事実の論証という形で否認する。論争のパラダイムを植民地支配そのものの罪にまで深めていかなければこの問題の本質はつくことはできない』(シンポジウム:ナショナリズムと「慰安婦」問題)

 

 5. 出典・脚注

  1. 朝日新聞 2007年4月19日 吉見義明の投稿記事
  2. 産経新聞、平成5年8月6日、産経抄
  3. 自虐史観の病理 藤岡信勝 文藝春秋 1997
  4. 幻の「従軍慰安婦」を捏造した河野談話はこう直せ! 秦郁彦 諸君 [2007.5]
  5. 朝日新聞 1997年3月31日 河野洋平へのインタビュー
  6. 歴史教科書への疑問 展転社 1997(p432、河野談話についての質疑から)
  7. 強制の「史実」を否定することは許されない 吉見義明 世界. (764) [2007.5]
  8. 歴史教科書への疑問 展転社 1997、p196(この中で藤岡信勝は韓国政府のいう奴隷狩りのようなものを指して強制連行という言葉を使っている)
  9. 歴史の事実をどう認定しどう教えるか 吉見義明他 教育史料出版会 1997
  10. 日本の軍隊慰安所制度と朝鮮人軍隊慰安婦 尹明淑 明石書店 2003
  11. 朝日新聞 2007年4月19日、及び 強制の「史実」を否定することは許されない 吉見義明 雑誌「世界」. (764) [2007.5]
  12. 共同研究日本軍慰安婦 吉見義明・林博史他 大月書店 1995
  13. 書評 尹明淑『日本の軍隊慰安所制度と朝鮮人軍隊慰安婦』 金富子 歴史学研究 (792) [2004.9](金冨子はこの中で慰安婦研究での各研究者の考え方を整理している)
  14. シンポジウム:ナショナリズムと「慰安婦」問題 日本の戦争責任資料センター編 青木書店 2003
  15. もっと知りたい「慰安婦」問題:性と民族の視点から 金富子他 明石書店 1995
  16. 日本軍性奴隷制(「従軍慰安婦」)問題と最近の動向 上野輝将 女性学評論 20, 2006
  17. 産経新聞HPのイザ語説明より[http://www.iza.ne.jp/izaword/word/7832/definition
  18. 天皇訪韓を中止せよ!「アジア女性基金」に巣くう白アリたち 諸君! 1999年2月
  19. 歴史を裁く愚かさ 西尾幹二 PHP研究所 1997、p65
  20. 天皇の軍隊と朝鮮人慰安婦 金一勉 三一書房 1979
  21. 米軍はなぜ「慰安婦」を無視したのか(上下) 田中利幸 世界 (通号 627&628) [1996.10&11]

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