1)猪名川町槻並の「素盞嗚神社」(撮影:2012.4.10)
2)猪名川町原の「原素盞嗚神社」(撮影:2012.4.10)
3)猪名川町上野の「素盞嗚神社」(撮影:2012.4.19)
4)猪名川町広根の「素盞嗚神社」(撮影:2012.4.27)
5)川西市石道の「素盞嗚神社」(撮影:2012.4.13)
6)川西市西畦野(うねの)の「素盞嗚神社」(撮影:2012.4.13)
7)宝塚市長谷の「素盞嗚神社」(撮影:2012.3.9)

1)猪名川町槻並の「素盞嗚神社」(撮影:2012.4.10)

交通:
能勢電鉄「日生中央駅」より阪急バス杉尾方面行き「屏風岩」より約1.5km。 道路脇にあり古い社が歴史を感じさせる。
近辺に屏風岩・道の駅「いながわ」がある

・文明13年(1481年):
足利義政が東山に慈照寺観音殿(銀閣寺)の造営を開始する1年前。
・文禄3年(1575年):
石川五右衛門処刑。

2)猪名川町原の「原素盞嗚神社」(撮影:2012.4.10)

「原」とあるので、地区がわかる。鳥居を入るとすぐに神殿。

交通:
能勢電鉄「日生中央駅」より徒歩、原交差点より南に。

※原交差点より南へ広根あたりまで、道路沿い約1200mの桜並木はシーズンになると壮観です。
 原交差点より一つ西側の道はハイキングコースで、随所に彫刻アートもあり、この道から観る桜もお勧め。

3)猪名川町上野の「素盞嗚神社」(撮影:2012.4.19)

交通:
能勢電鉄「日生中央」より阪急バス「上野」すぐ(猪名川町役所近く)。 猪名川町有形文化財「静思館」がすぐ隣。(入場・無料)

狛犬の台座に『大清順治十五年』とある。大清順治とは、清国の順治帝なのかな?
 参考)順治帝(じゅんちてい:中国清王朝の第3代皇帝(1643年-1661年)。姓名は愛新覚羅福臨(アイシンギョロ・フリン)、 廟号は世祖。在世時の元号順治を取って順治帝と呼ばれる。

4)猪名川町広根の「素盞嗚神社」(撮影:2012.4.27)

苔むした参道の長い階段を登って本堂に。林に囲まれた本殿。

交通:
能勢電鉄「日生中央」より阪急バス「銀山口」すぐ。     多田銀銅山跡へのハイキングコース入口にある。 明和3年丙年(1766年)と記述された鳥居がある。

(ウィキペディアによると)明和2年9月、五匁銀発行〜明和5年、五匁銀運用停止。とあるので、 銀銅山のあるこの土地に関係ありそう。
(ウィキペディア引用)明和年間までは、西日本で銀貨、東日本で金貨が一般的に用いられ、 しかも両者の為替レートは変動相場制で、不安定だった。これを改める為に、 金貨の通貨単位である2朱に相当する銀貨を発行して、金貨と銀貨の為替レートを固定、 事実上の通貨統一を果たそうというのが狙いだった。 五匁銀が普及しなかった反省から、銀純度を上げる、額面の代わりに「8枚で小判1両に換える」と 表記するなどの工夫がされ発行されたのが明和南鐐二朱銀(めいわなんりょうにしゅぎん)であった。

5)川西市石道の「素盞嗚神社」(撮影:2012.4.13)

交通:
ここは川西市、西約500m先は、猪名川町。
阪急バス「石道口」より徒歩。

民家の奥まった所にあり、鳥居を2つくぐって本殿がある。 入口は民家の細い通路の奥まった所から始まり、狛犬脇に百度石がある。 「お百度詣り」がされていたようです。入口からうっそうとした林の中を階段が続き、 途中にも鳥居がある。本堂まで100往復は並大抵ではないと思う。


※石道温泉(日帰り・宿泊可)あり。

6)川西市西畦野(うねの)の「素盞嗚神社」(撮影:2012.4.13)

交通:
阪急バス「西畦野」すぐ。道路沿いにあり、比較的開けた場所にある。
バス路線横の比較的境内の広い神社。ここも川西市になるが、すぐ隣は猪名川町。

※少し歩けば、川西市観光地の「小童寺」がある。

7)宝塚市長谷の「素盞嗚神社」(撮影:2012.3.9)

交通:
「道の駅いながわ」より68号線を西へ、普光寺が目安。

道路脇に素盞嗚神社の石碑があるが、少し入ると普光寺の山門。大きなわらじが吊られている。
進むと、長谷ボタン園と普光寺に挟まれた場所。狭い場所に鳥居があり、舞台?をくぐると本殿。

※長谷ボタン園はシーズンになると人でにぎわう。
ここは猪名川町から近い宝塚市。

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