『お笑いスター誕生!!』 名鑑【と】


 皆様からお寄せいただいた情報は、緑文字で表記しております。
 あtろのマニアック演芸より転記した情報は紫文字で表記します。
 芸人さん情報サイト geinin.jpより転記した情報は栗色文字で表記します。
 拙HP「お笑いスター誕生!!」掲示板より転記した情報は青色文字で表記します。
 新規に情報を追加した場合は、赤文字で表記します。

名 前
徳永良治
初出場
 1980年4月26日(第1期グランプリシリーズ)
実 績
 5週勝ち抜き、銀賞獲得。
ジャンル
 漫談。
プロフィール
 本名同じ。1957年3月26日生。鹿児島県出身。
 当時は駒沢大学生。アマチュア挑戦。
ネ タ
 私は最初の4週目で落ちるまでは見ていませんが、この時は漫談・落語・二人漫才(3週目だったらしい)などいろいろなことをやっていたようです。再チャレンジした4週目と銀賞獲得の5週目は漫談。6週目はコントではなく、3人漫才に挑戦と言っていました。
 6週目の最初の登場時は一人で出てきて、「3週目の時二人漫才をやりましたが、今日は3人漫才をやります」と言って舞台の袖から他の二人を呼んでいました。純粋なチャレンジャーメンバー以外の素人を舞台に出したのはこの人だけでは?
 当時は普段着で漫談をやっていました。
 駒沢大学ネタとか城みちるネタが評価されていました。
 徳永さんの「駒沢大学ネタ」。学生が袈裟着て通学してるってのは、後に貴明が絶賛していました。同級生に城みちるがいたけどカンニングを見つかってしまったなんてネタもありました。
 徳永良治の6週目、仲間2人を追加してプロレスのコントをやってたように覚えてます。タモリさんに「テンポがあるのか無いのか解らなかった」と言われ、結局3人でカプセルに入って落選しました。
感 想
 爆笑はとっていませんでしたが、アマチュアとしてはしゃべりが流暢でした。
 現在の姿からはまったく想像できませんが、スリムでさわやかなイメージでトクしてましたね。
エピソード
 6週目の審査で、後に師匠となる米丸師匠に「漫談もやる、漫才もやる、落語もやるのは良いけど、どれも中途半端で、なにかひとつに専念したほうが良い」と酷評され、もちろん落選しました。そのあとすぐ米丸門下に入門したらしいので、この一言がキッカケだったのかも?
受賞歴
 1991年 第47回国立演芸場花形演芸会金銀賞銀賞受賞「五稜郭」(桂竹丸として)
 1991年 NHK新人演芸大賞最優秀賞受賞(桂竹丸として)
その後・現在
 その後、この番組が縁で1981年に桂米丸に入門。現在の名前は桂竹丸。1993年に真打ち昇格。トム・プロダクション所属所属。落語で頑張ると同時に、北海道STVラジオで番組を持っています。社団法人落語芸術協会協会員。
 徳永良治(桂竹丸)さんは北海道のSTVラジオで私が高校生の時(1993年頃)、「アタックヤング」という帯番組の火曜日を担当していました。声が高く、午前0時という時間の割にテンションが高めの番組でしたが、この火曜日のアタックヤングの前任者がこの番組で当時一番人気だった田中義剛だったため、比較されてしまい、リスナーの人気はいまいちでした。その後、日曜に桂小つぶ(現桂枝光)とラジオをやっていました。確かアタックヤングのパーソナリティをしていた頃に真打に昇進したと思います。
 桂竹丸さんはたまに「笑点の大喜利」の若手6人衆(つまり2軍)の時に出てましたよね。
 あと桂三枝の「早口言葉のコーナー」(番組タイトル忘れた……)でゲストがお題を言う前に早口言葉の師範代として活躍してました。
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名 前
飛田誠一
初出場
 1980年7月5日(第1期グランプリシリーズ)
実 績
 1週勝ち抜き。
プロフィール
 アマチュア挑戦。
ジャンル
 動物ものまね。
ネ タ
 不明。
感 想
 不明。
その後・現在
 不明。
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名 前
トリプルパンチ
初出場
 1980年6月21日(第1期グランプリシリーズ)
実 績
 1週勝ち抜き。
ジャンル
 トリオ漫才。
プロフィール
 鳳キング:本名佐藤修身。1949年生まれ徳島県出身。
 宮川小助:本名藤川忠秀。1954年11月2日生。大阪府出身。
 ミッチー修:本名永井良治。1953年2月2日生。秋田県出身。
 鳳キングは鳳啓助の弟子。鳳キング・ポーカーとして活躍。鳳キング・ポーカーは沢田隆治先生の「漫才ブームなのです」という本の中でかなり詳しくとりあげられています。内容は鳳ポーカーが漫才をやめるまでの軌跡でキング・ポーカー解散後、サブローとのコンビ(チンカラホイ)結成、スナック経営&失敗、ポーカー&ビッグで笑の会にでるも全然うけず、「漫才やめます」。。。
 宮川小助は1972年に宮川左近ショーに入門、翌年宮川大助とコンビを組んでデビュー。
ネ タ
 沢田先生の本とキング&ポーカー,トリプルパンチのネタ(ラジオ「漫才への道」)は上方演芸資料館で閲覧&視聴できます。
(関西で月1回放映されていた「フレッシュ漫才」でのネタ)
(甲子園球場の「売り子」のシーン)
(おさむ)「サンドイッチーサンドイッチー、腐りかけ。サンドイッチー」
(小助) 「弁当弁当ーカチカチのべんとー」
(キング)「おまえらなに言うとんね!野球見てる兄ちゃんが欲しがってるもん!」
(小助) 「おんな おんなー」
(キング)「えーかげんにせえ!トリプルパンチでしたー」
感 想
 不明。
受賞歴
 1975年 第6回NHK上方漫才コンテスト優秀敢闘賞受賞(鳳キング・ポーカー)
 1997年 第52回文化庁芸術祭優秀賞受賞(平和ラッパ・梅乃ハッパ)
その後・現在
 すでに解散。
 宮川小助は現在、宮川青丸・とん子の青丸。1988年に結成。所属する松竹芸能のオフィシャルサイト、松竹芸能 オフィシャルサイト内のタレントプロフィールに経歴等が載っています。
 ミッキーおさむは現在、平和ラッパ・梅乃ハッパのハッパ。1989年に結成。所属する吉本興業のオフィシャルサイト、よしもとシーオージェーピー内のタレントプロフィールに、活動情報などが載っています。
 トリプルパンチ解散後というか、鳳啓助没後に啓助さんの事務所だった井川企画を離れ以後一人でフリーとして自分で仕事を取ってきてこなすというスタイルで活躍しています。
 多分啓助師没後には、何処に所属しなくとも食べていけるだけの顧客を確保できたからなのでしょう。
 司会やめでたい席でのにぎやかしや出所放免祝いの三本締めや競艇場での仕事と、多岐にわたりというか少々アンダーグラウンドなタニマチに恵まれ、ここ20年を過ごしているようです。
 そのタニマチの量がとにかくスゴイらしいです(ある意味、質もすごいといえばすごいのですが……)。
 他の芸人さん(かなりの大御所も)に余興の仕事をブッキングできるくらいに顧客管理ができていて、松竹系の中堅以上の芸人にはかなり慕われているみたいです。
 コワイ系の仕事が多いとはいえ、ご本人はいたって穏やかで気さくで面倒見が良いみたいです。
 僕の知ってるエピソードでは、ミナミで奥さんとスナックを経営してるのですが、そのスナックの近くの時間駐車場のバイト君にチップで10000円、出前持ちにも10000円と、機嫌が良くって懐暖かかったらすぐにはずんちゃう性格みたいです。
 だから、ミナミ千年町周辺でキングさんといえばかなり有名な存在みたいです。
(あと尼崎と住之江の競艇場内でも……)
 鳳キングは自ら作詞した「トラトラスピリット」と「大阪スピリット」(詞・志賀大介、曲はともに小田純平)のカップリング2曲で2005年にCDデビュー。「トラトラスピリット」は阪神タイガースがテーマ。「大阪スピリット」は大阪の良さをアピールしている。キングはプロ野球OBの稲尾和久氏や元阪神監督・吉田義男氏のパーティーの司会などを務めた関係から球界に知人が多く、阪神・岡田監督とも交流がある。
(2005年9月25日付スポニチの記事より抜粋)
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名 前
トラコ&与作
初出場
 1982年5月1日(第2期グランプリシリーズ)
実 績
 2週勝ち抜き。
ジャンル
 漫才。
プロフィール
 トラコ:不明。
 与作:本名宮本典幸。1959年6月24日生。山口県出身。

 学生漫才。大阪出身。
ネ タ
 『笑ってる場合ですよ』でもかけていた「心霊カレンダー」のネタから、「四月。クラスの集合写真の隅に孤独に浮かぶ不気味な顔」「休んだ奴じゃ」
感 想
 『笑ってる場合ですよ』素人勝ち抜きコーナーで演じたネタを手直しせず(12月にいく前に終わる)心霊カレンダーでの3週目はきついかなーと思っていたら、審査員にもそこをつかれていた。このネタをトップにもってくれば3週は行けたかも。
その後・現在
 二人のどちらか。『ラブアタック』(か、それ系統の関西系素人参加番組)に出てたような気がする。司会のオール阪神に「君ら『ひょうきん族』に出ていたよな」と言われていた。
 太平かつみ・ひろみのひろみはトラコ&与作の与作だった。1984年8月結成するも1年後に解散。
 ひろみのあの天性のルックスは非常に得難かったのですが、どこにいても目立つのにかつみ・ひろみ解散後に素人の振りで『三枝の爆笑クリニック』に出ていたのは、笑えました
 その後は引退したと思われます。
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名 前
とんねるず
初出場
 1980年7月12日(第1期グランプリシリーズ)
実 績
 10週勝ち抜き、グランプリ獲得。6組目。
 第2回ゴールデンルーキー賞<激突シリーズ>特別敢闘賞。
ジャンル
 コント。
プロフィール
 石橋貴明:本名同じ。1961年10月22日生。東京都出身。
 木梨憲武:本名同じ。1962年3月9日生。東京都出身。
 帝京高校の同級生。高校時代、共に日本テレビ『TVジョッキー』内の「ザ・チャレンジ」でチャンピョンになる。石橋は『ぎんざNOW』にも挑戦していた。高校卒業後、一時就職をしていたが、石橋が木梨を誘い、1980年に“貴明&憲武”を結成。1981年に“とんねるず”に改名。
ネ タ
(1週目)

(ナレーション)
「帝京高校の野球部とサッカー部がコンビを組んでテレビ番組を荒らし回った。そしていよいよ、プロを目指して登場。貴明&憲武だ」

憲武「お笑いスター誕生って新しく、ナウい感じがしますね」
貴明「そこで僕たちがこの場を借りまして二人で新しい番組を作ろうなんて、考えまして」
二人「その名も『お笑いスターリバイバル』。懐かしい人たちを「バックアップ!」(両手で持ち上げるジェスチャー)します」
二人「今週の一組目!」
憲武「『嫁に来ないか』が大ヒット、新沼謙治さんの登場です。みなさん、右目に注目。どうぞ〜」
貴明「♪嫁に来ないかあ〜 僕のところ〜へ〜〜(片目を半開きにして)」
二人「や〜っ、なーつかしーですね!」
二人「今週の二組目!」
貴明「続きまして、ジュニアフライ級チャンピョン、具志堅用高さんの登場です〜」
憲武「ぼく、ボクシングのこともなーんにも、もうじえーんぶ!じえーんぶ!わかりません。会長、ぼくはどうしたらいーんで、ちょっか」
貴明「はい、会長の金平です。今日の具志堅くんは〜、ボデーが出ませんでしたね。具志堅、練習するぞ!」
憲武が、貴明の持つパンチングボールに向かって、「キンコカンコ、キンコカンコ」とリズムを取る。
貴明「具志堅のパンチは、沖縄のリズム」
二人「や〜っ、なーつかしーですね!」
二人「今週の三組目!」
貴明「続きまして、中尾ミエさんのライバル、和田アキ子さんの登場です。大ヒット『どしゃぶりの雨の中で』!」
憲武「♪とても悲しいわハァ〜」
二人「や〜っ、なーつかしーですね!」
二人「今週の四組目!」
憲武「星一徹さん! 怒っています! 星さんのまゆげが、まゆげが〜」
貴明「飛雄馬!」
二人「や〜っ、なーつかしーですね!」
二人「今週の五組目!」
憲武「世界格闘技No.1、アントニオ猪木さんに来てもらっています」
(貴明、ガウンを着て後ろを向いたまま)
憲武「猪木さんは、テーマミュージックがないと出られないそうです。お客さん「猪木、ボンバエー」をお願いします」 手拍子とともに、貴明登場。
貴明「は〜い猪木です」
憲武「猪木さんの隠し芸って何ですか?」
貴明「正月、美津子と凧あげてます」
憲武「では、凧上げ見せていただけますか?」
貴明「じゃあ家に帰って、美津子を呼んで凧をあげるまでをやります」
憲武「では猪木さんが、お正月に家に帰って、凧をあげるまで、やってもらいましょう」
貴明「ピンポンピンポンピンポン!おい美津子!何餅なんか食ってるんだ、凧あげるぞ凧!」
(貴明が糸、憲武が凧を持って踊りながら)「凧たこあがれ、天まであがれ」
最後に貴明、猪木の「ダー!」よろしく勝ち鬨を上げる。
二人「や〜っ、なーつかしーですね!」
二人「最後になりました」
貴明「日本テレビでお送りしております、11PMのオープニングナンバー!」
二人「シャバダバダ、ディーシャバダバ♪ シャバダバダ、ディーシャバダバ♪」
11PMオープニングのアニメーションの真似。
ふたりでラインダンスをした後、時計の前に、セクシーポーズで座る憲武。貴明が腕で時計の針を指し「11時20分」
二人「ありがとうございましたあ〜っ!!」
(2週目)
 ものまね&漫才

 貴明&憲武といえば「かしまし娘」ネタ。何の脈略もなく突然すごい形相で「うちら陽気なかしましむすめ〜」と歌い「歌江ねぇちゃん、見てる!」と花江の物まねをするのが定番。毎週やっていた。

巨人の星
「巨人の星」のテーマソングを歌いながら巨人の星で有名な場面のダイジェストをやっていた。
うさぎ跳び・バットを振る真似・大リーグ養成ギブスをつけての連投・走ってダイビングキャッチなど
貴明:花形満
憲武:星飛雄馬
♪思い〜込んだ〜ら 試練の道を〜 行くが〜男の〜 ど根〜性〜
貴明「星君(炎が書いている紙を目にかざす。)」
憲武「父ちゃん、俺は燃えてるぜ!!(炎の書いてある紙を目にかざす。)」

  右手を2回まわして 一度右手で腰を軽く叩いて
  右手を広げ肩側に戻し その間左手は腰
 ・「オーーッと てやんでぇ〜!」(ギャグ)
(3週目)

(ナレーション)
「18歳の若い感覚で、アマチュアながら2週目を見事合格。果たして3週目どうなるか。ファイト一発。貴明&憲武」

貴明「最近のヤングパワー、ニューパワー」
憲武「すごいですね」
貴明「ニューパワーといえば」
憲武「竹の子族」
カセットをかけ、山口百恵「ロックンロール・ウィドウ」を流して、二人で踊る。
「かっこかっこかっこ…… かっこかっこかっこ……」
しかし、途中で貴明やめる。
貴明「アリでもババでもどうでもいい」
 右手力こぶ、左手力こぶ。そして右手を1回まわして……その間顔は右手方向を向く。
二人「時代を先取る、ニューパワー!!」
憲武「1960年代、ジェームス・ディーン」
貴明「リーバイスのジーンズ。かしまし娘の正司花江!」
憲武「うちかてリーバイスはいたっていいじゃない。歌江ねーちゃんエドウィンなんだから」
二人「時代を先取る、ニューパワー!!」
憲武「奥様は魔女」
二人「私たち二人は普通の恋をし、普通の結婚をしたのです」
憲武「ただ一つ違ったのは」
貴明「旦那はプロレスラーだったのです」(アントニオ猪木の真似)
二人「時代を先取る、ニューパワー!!」
貴明「続きまして、紅白歌のベストテン」
憲武「岩手県の大スター、新沼謙治さん! 右目に注目」
貴明「(片目を半開きにして)嫁に〜来ないか〜、リーバイスはいて〜」
二人「時代を先取る、ニューパワー!!」
貴明「1960年代、面白い番組がありました。バッドマン」
「バットマン」のテーマを歌いながら
貴明:バットマン
憲武:ロビン
憲武「あっ、バットマン。後ろに敵が……」
貴明「よしロビン、敵をやっつけるぞ!!」
憲武「おう」
敵を殴った時の音を紙に書いて「BOOOOOOOM!!」とか「DOOOOOOOM!」とか出した後、オチが「どん!」と日本語で書いた紙を出す。
(4週目)

(ナレーション)
「アマチュアながら現代を鋭くとらえた感覚で、見事銅賞まで驀進。さらにきびしくなる4週目、合格なるか。貴明&憲武だ」

飛んできた紙テープを巻きながら「代々木という感じ」
・ビューティ・ペア「かけめぐる青春」を猪木(貴明)と馬場(憲武)がリバイバル!
・バレーボール「サインはV」オープニングナンバー
・コンバットの日本人リトル・ジョンがジャイアント馬場だったら、アントニオ猪木だったら。
・ピンクレディー「UFO」のイントロが流れて、振り付で踊る。「(前奏を口で)♪チャラララ……ピーポーピーポーピーーーー波平!!」頭に手を当てるのではなく、人差し指一本を突き出す。
・もんた&ブラザーズのもんたよしのり。歌っているうちになぜか高見山になり、最後は二人で「まるはっち!」
・中尾ミエの「可愛いベイビー」を歌うつもりが、なぜか「こんにちは赤ちゃん」に。
(なお、中尾ミエは最後、「この歌流行っていた頃、あなた方生まれていなかったんだ」と語っていた)
(5週目落選)
 不 明
(5週目再チャレンジ)

(ナレーション)
「再チャレンジ組の登場だ。帝京高校のレギュラーの座を勝ち取ることができなかった二人が、お笑いでレギュラーの座を勝ち取ることができるか。とんねるずだ」

 コント「重量挙げ」
 貴明:様々な国の重量挙げの選手
 憲武:司会者

 一人目はアメリカの選手。胸にはアメリカの国旗。色々やるが結局失敗、帰っていく。
 そして二人目は日本人の選手。胸の国旗の部分を日本に変えただけ。
 貴明(重量を高々と持ち上げる)
 憲武「さあ石橋選手、上がった〜。ランプは……、えっ、ぁハイハイ。エーたった今、臨時ニュースが入りました。日本重量挙げ協会会長が亡くなりましたので、ココで1分間の黙とうです」
貴明、耐え切れず頭から倒れこむ。
貴明「あ〜〜〜っ。」
憲武「あっ、こっちも死んでる。もう一度黙とうを……」
貴明「そんなわけネェだろ!!」
(6週目))

(ナレーション)
「貴明&憲武が、とんねるずと名前を変えて再チャレンジ。トンネルを抜けるとそこは果たしてスターの座か。いよいよ6週目。とんねるず。」

 スーザンとマリリンのスクールメイツネタ。

 スケートねたで猪木さんの顔まねをされながらコーナーリング、コーナーリングと言いながら走っておられましたね。
(7週目)
 少年院から出てきたジャック石松(石橋)。自分の町に帰ってきて歩いていると……

石「ジ、ジミー!?」
木「だ、だれだ?」
石「ジャックだよ!」
木「ジャックか!どこ行ってたんだよ!」
石「……頭、丸めてたんだよ」
木「床屋か?」
石「違うよ!」

こんなやりとりの後、

石「ところでジミー、ヨ、ヨ、ヨウコは元気か? この町にもヨウコに会いに……」
木「ヨ、ヨ、ヨウコは…………死んだよ!(かなり明るく)」
石「え!!ヨウコが。。。ヨウコが!!ヨウコはどうしたんだ!」
木「殺されたよ……」
石「誰に!」
木「それだけは言えねぇよ!」
石「言わねーなら力ずくでも言わせてやる! ほら!ジャックナイフだ!おらおらららー!」
木「お前のその性格がヨウコを殺したんだ!」

で、結局、ジミーとバイクで2人乗り中に道路に落としてきちゃったっていうオチです。

文章で書くと変ですが、唄子師匠がやたらと誉めてました。
(8週目)
 青春ホモコント「俺…お前が好きなんだ」

♪チャイムが鳴る キンコンカンコン〜
石橋に「放課後に校庭に来い」と呼び出されソワソワする木梨。

木梨「何だろう、石橋の奴、俺を校庭まで呼び出しておいて? ま、まさか俺、なにか石橋を怒らすようなことをしたのかなあ〜 あああ〜どうしよう俺、あの乱暴ものの石橋にぶん殴られるのかなあ〜 あっ石橋だ。逃げようかな・・・」
石橋「オウ!待たせたな木梨、今日という今日はお前に決着をつけてやる(拳を振り上げ)」
木梨「(やっぱり決闘をするのかなあと思い)、、、な、何だよ?俺が何をしたって言うんだよぉ?」
石橋「俺、俺、俺〜お前のことが好きだ!!」(ここで大爆笑)
木梨「(少し考え)・・・え〜〜っ!?(驚)」
石橋「だから俺はお前のことが好きだ。」
木梨「・・・はぁあ?」
(9週目)
 歌手デビューを目指すミーケイネタ
(10週目落選)

(ナレーション)
「さぁ、栄光のグランプリ挑戦だ。
 若さとナウな感覚で、七転び八起き。
 今、待ちに待ったその日が来た。
 至上五組目のグランプリなるか?とんねるず」

 青春ホモコント・野球部選手とマネージャー編
 教室ネタの二番煎じ、かみ合わないと落選。

 グランプリ特集で九十九一怪物ランドとともにとんねるずのネタもダイジェストで流れましたが、その時は、この野球部とマネージャーネタでした。なぜ落ちたネタを流したんだろう?
(10週目再チャンレジ)

(ナレーション)
「さぁ グランプリ狙いの登場だ!
 帝京高校出身
 この番組で産まれ この番組で育った青春コンビ
 今 大いなる夢を手中にするか 
 とんねるず!」

貴明:芸能界でスランプに悩む堤大二郎
憲武:堤を慰め、励ます堀越学園の先生

憲武「どうしたんだい、こんなところで、堤大二郎君」
貴明「見てわかるでしょう。ありんこの孔にお湯を入れているんです」
憲武「悩みがあるんだね」
貴明「僕、もう芸能界で生きていく自信が無くなったんだ。ほっといてください」
憲武「まあ、先生である私にワケを話してくれたまえ」
貴明 「この前、楽屋でマッチ(近藤真彦)が僕の事をいじめるんだ。……」

(いきなり「堤大二郎(貴明)vs近藤真彦(憲武)」の回想シーンに入る……)
音楽の授業中。
憲武「ねえねえ、大二郎君「持ち歌合戦」しようぜ!!……じゃあまず僕からね。♪覚めた仕草で熱く見ろぉ〜 涙残して笑いよぉ〜(ギンギラギンにさりげなく) ハイ大二郎……」
貴明「♪君に決めたよ〜 恋人は〜」
憲武「お前、誰の歌うたってるんだよ!!」
貴明「これ僕の一番売れた曲なんだ。」
憲武「ああそうなんだ……?」
 このあとも近藤真彦(憲武)は「ヨコハマ・チーク」や「スニーカーぶるーす」等ヒット曲を並べていくが堤大二郎(貴明)は「花はおそかった」とか歌えなくて「パス!」とか言って近藤真彦にからかわれる。さらにマッチが、じゃあ、お前のヒット曲は(急に歌い出す)♪数字の1はなあに〜おやねのえんとつって馬鹿にする。
憲武「(先生に戻って)わかった。その悩みを先生にぶつけなさい。みんなそうして立ち上がっていった。藤正君、三善英史君、吉川ジュー君。みんな、立ち上がっていったんだ」
貴明「みんなポシャっているんじゃないですか。どうして芸能コースはみんな差別をするんですか」
憲武「そんなことはないぞ」
貴明「だって、出席番号はマッチが1番、僕が49番。どう考えたって、売れている順じゃないですか。みんな馬鹿にするんだ。ヒット曲がないんだろう、ベストアルバムを出したことがないんだろうって。芸能コースで無遅刻無欠席は僕だけです」
貴明「しかもこの間の楽屋で……」
憲武「(マッチで)「夜のヒットスタジオ」「たのきん全力投球」「トップテン」「ベストテン」、君は出たことがあるか〜」
貴明「って、馬鹿にするんです」
憲武「ファンに対しての反応はどうなんだ」
貴明「(ファンの真似)ねえねえ、サインして」
憲武「(マッチの真似)ごめん。今、忙しい」
貴明「(ファンの真似)きゃあー、素敵」
貴明「それが僕がやると」
憲武「(ファンの真似)ねえねえ、サインして)」
貴明「ごめん、今、忙しい」
憲武「(ファンの真似)やな性格」
貴明「って言うんです」
憲武「(先生に戻って)わかった。そのくやしさを僕にぶつけてみろ。汗を流そう。汗という時はさんずいに十」
貴明「それは“しる”じゃないですか」
憲武「僕は堀越学園の先生。漢字なんか知らなくたっていい。先生は空手をやっていた」
貴明「空手?」
憲武「空手の基礎、イブキをしっているか」
貴明「(ボクシングの真似をする)」
憲武「それや矢吹だ」
貴明「(アントニオ猪木の真似をする)」
憲武「それは猪木だ。懐かしいネタだ」
憲武「それでは実践に入るぞ。マッチだと思ってかかってきなさい」
貴明「できなねえよ、そんなこと」
憲武「じゃあ、マッチを呼んできてやる。テクマクマヤコン、テクマヤコン、マッチにな〜れ〜」
貴明「なんだよ、先生」
憲武「(マッチの真似で歌った後)、ラミパスラミパス、ルルルー」
貴明「先生はいったい誰なんだよ」
憲武「赤塚不二夫原作、秘密のノリちゃん。よ〜〜し、テクマクマヤコン、テクマクマヤコン、ジャイアント馬場になれ〜〜〜!!」
貴明「テクマクマヤコン、テクマクマヤコン、アントニオ猪木になれ〜〜〜!!」
と何故か「猪木(貴明)vs馬場(憲武)」の対決となり、空手チョップと16文キックでジャイアント馬場が勝利をおさめる。
 ところが馬場(憲武)は魔法の呪文を唱えて元の姿に戻ろうとするが、ジャイアント馬場は声がこもっているからコンパクトに反応しない。
憲武「マミパフ、マミパフ、ポポポポポ、モモベマヒ」
貴明「しょうがないなあ ラミパス ラミパス ルルルルル〜〜」
……と貴明が憲武の変わりに呪文を唱えてあげて元に戻る。
(ゴールデンルーキー賞)
 貴明が不良学生、憲武が先生役。憲武が「僕の胸に入ってきなさい」と言いながら縄跳びを回す。貴明が入ろうとするといきなり縄跳びを早回しにする。結局入れない貴明がぐれて、憲武が「なぜ僕の胸に飛び込んでこないんだ」と怒る。まあ、当時学園ものはやっていたもんな。
(ゴールデンルーキー賞)
 事務用のいす二つをくっつけて、それに乗ったタクシーの運転手と客があちらこちらへ行くというのは、センスの良さを見せつけていましたね。
(ゴールデンルーキー賞)
 貴明がスーツ姿で登場、「こんばんは、俵孝太郎です」と始め、対談番組のゲストに憲武扮するアン・ルイスが来る、という設定でした。
 憲武-アンがボケをかますと、貴明-俵が「この発言が日米貿易摩擦改善の糸口となることを願います」などと受け、最後はふたりで「オゲンコ」。
 彼らには珍しい、ちょっとシュールな雰囲気のネタでした。
(ゴールデンルーキー賞)
 水戸黄門の助さん格さんにふんして、シブがき隊の曲にのせて、じたばたするなよーー。風車がとぶぜー
(ゴールデンルーキー賞?)
 和包丁の実演販売のコント。切れない和包丁でトマトを潰してしまう。
(ゴールデンルーキー賞?)
 ジョンマッケンローのものまね。
(ゴールデンルーキー賞)
 荒木大輔と監督(最近みてないので多分)のネタです。
 荒木大輔が野球を辞めて、自宅の荒木工務店でカンナをかけているところに監督が現れるコントです。
 荒木大輔最後の夏の甲子園で、蔦監督率いる池田高校にめった打ちされたので、野球を辞めると言い出すコントでした。
(チャンピョンコーナー)
 警備員と万引き女コント。
(チャンピョンコーナー)
 憲武「民さんは野ぐそのようだ」
 とんねるずの「野菊の墓」は松田聖子主演の映画「野菊の墓」をうけてのものと思われます。
 日本髪を結ったかつらを被った憲武の姿を覚えています。(ということはせりふを言ったのは貴明かな)
エピソード
 最初のコンビ名は貴明&憲武。当時は18歳、アマチュア。このときは5週目で落ちましたが、その後改名。
 貴明は、前説をよく担当していた。
 「貴明&憲武」の頃は、あまりにも鼻っ柱が強く、「自分たちは面白い」と思いこんでいたらしい。そこで赤尾PDが赤坂のナイトクラブ「コルドンブルー」に出演させ、修行させた。彼らの芸は若者向けだったせいか、あまり受けなかったらしい。しかし、その修行が効いたか、再出演後はどんどん勝ち抜いた。
 お笑いスター誕生当時から石橋貴明とそのまんま東は仲がよくしょっちゅうプライベートで遊んでいたそうです。なかでも「宮本武蔵ごっこ」とかいって赤坂から六本木に向かう界隈で東が武蔵、石橋が小次郎役で長い棒を振り回して「待て〜武蔵、逃げるな〜武蔵」と追っかけっこしていたら警察がやってきて、それに東が気づき物陰に隠れているのにもかかわらず、石橋は長い棒を振り回したまま走り回り、石橋は警察に職務質問を受けたそうです。
感 想
 面白かったのですが、ネタ的には、逆に若さ一本槍な所もあったと思います。
レコード
「ピョン吉・ロックンロール」(1981.8)(「新・ど根性ガエル」主題歌)
「ヤバシびっちな・女デイト・ナイト」(1982.8)
「一気!」(1984.12)
以下はヒット曲続きなので省略。
受賞歴
<1985年>
 第23回ゴールデンアロー賞芸能賞新人賞受賞「テレビ・ステージと芸能全般に渡って、特異なキャラクターを発揮。若者の教祖としてもイッキに爆発」
 日本有線放送大賞最優秀新人賞受賞「一気!」
 全日本有線大賞最優秀新人賞受賞「一気!」
 FNS音楽祭特別賞受賞「一気!」
 全日本歌謡音楽祭話題賞受賞「一気!」
 全日本有線大賞上半期新人賞受賞「一気!」
<1986年>
 銀座音楽祭特別賞受賞
 メガロポリス音楽祭特別賞受賞
 全日本歌謡音楽祭特別賞受賞
<1987年>
 日本アカデミー賞話題賞受賞
<1988年>
 第26回ゴールデンアロー賞芸能賞受賞「巧みな話術とアクションで新しい笑いを次々と生み出し、若者の共感を得た」
<1991年>
 日本歌謡大賞大賞受賞 受賞曲「情けねえ」
その後・現在
 その後、フジテレビの「オールナイトフジ」「夕焼けニャンニャン」で一躍スターの仲間入り。その後の活躍は言うまでもなし。現在も冠番組をもって活躍中。
 歌手としても活躍。日本歌謡大賞などを受賞、紅白にも出演。またユニット“野猿”としての活動も盛んだった。
 ピンでの活動も多く、映画、ドラマなどに出演。石橋は「メジャーリーグ2」でハリウッドにも進出。
 オフィシャルホームページ<とんねるず>には、プロフィール、経歴、最新情報等が載っています。
 木梨憲武のブログ木梨サイクルオフィシャルブログがあります。
その他
 とんねるずが、『生ダラ』の罰ゲームで、貴明&憲武時代のネタをやる事になり、さっそくVTRでネタチェック。急に憲武が叫んだ「うあーい、懐かしい、テキサスコンビだぁ。この人達体重40kgしかないんだ」。因みに、本番でかけたネタは、ピンクレディーの『UFO』のポーズで指を一本立てて「ナミヘイ」、全くウケなかった。
 グランプリ前から森永と契約してました。ドーナッチョのCMでした。
 他番組:『一気』のヒットのおかげで『俺たちひょうきん族』の「ひょうきんベスト10」に出た彼らだが発泡スチロールの粉の下敷きに。その時二人で「もう、4チャンネルには出なーい」「もう、日テレ系には出ませーん」と叫び笑いを取っていた。
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