『お笑いスター誕生!!』 名鑑【お】


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 拙HP「お笑いスター誕生!!」掲示板より転記した情報は青色文字で表記します。
 新規に情報を追加した場合は、赤文字で表記します。

名 前
大木こだま・ひかり
初出場
 1980年11月22日(第1期グランプリシリーズ)
実 績
 ストレートで10週勝ち抜き、グランプリ獲得。ただし、参考記録。幻の4組目。
ジャンル
 漫才。
プロフィール
 大木こだま:本名西山利幸。1951年4月26日生。大阪府出身。
 大木ひびき:本名吉田正純。1955年生。鳥取県出身。
 1978年結成。
当時は弱小事務所に所属。
ギャグ
 ギャグ:実はそうですねん
 体を揺らして「こんぶ!」というギャグをよく使っていました。
ネ タ
 面白かったです。笑い転げながらみていました。その後、テレビ演芸で同じネタを見たのですが、当時ほど面白くなかった。寿司屋のネタ(黄色いネタがあり「これ卵焼き?」ときいたら「イカが古うなっとんのや」)でしたが、審査員が「汚いよ」と言っていたのを覚えています。
ひかり「これからはファッションにも気ぃ使わんとあかんでぇ」
こだま「あたりまえや。おれなんか靴下までもがファッショナブルやでぇ。これ見てみぃ」
(右足のズボンのすそをあげると、ラインのはいった安物の靴下を履いている)
ひかり「何やそれ、3足1000円くらいの安モンの靴下やないか!」
こだま「何言うとんねん。見てみぃ、この縦の線と横の線の調和!」
ひかり「なんやそれ。そんな安モン履いて何がファッショナブルじゃ!」
こだま「アホゥ、よく見んかい。こっちは履いてへんのじゃ!」
(左足のすそをあげると裸足に靴を履いていた)

こだま「この男なんてセコイですよ。ビンが横に並んでて1本ずつ引き抜くコーラの自動販売機がありまっしゃろ。あれいっぺんに2本引き抜いたら2本飲めるんやないかと思ってやりよって失敗しとんねん。1本もとれへんかったやないか」
ひかり「まぁ、そういう失敗もありましたな」
こだま「せやからおまえはアホやっちゅうねん。俺なんか見てみぃ。タダでコーラ飲めるでぇ」
ひかり「タダでって、どないすんねん」
こだま「アホやなぁ。栓抜き持ってって、栓シパーンと抜いて、下でコップで受け止めるんやないかい!」
ひかり「アホッ、そんなことしたらアカンがな」
こだま「せやけどこれにも欠点があってな、ビン、真横になってるもんやからコーラ半分しかコップにはいらへんねん」
エピソード
 新幹線コンビとして売り出す。グランプリを獲得するものの、大木ひかりがグランプリ獲得収録直後に覚醒剤取締法違反(使用)容疑で逮捕。コンビ、解散。そのため、8週目以降からはテレビで放映されていませんでした。グランプリも剥奪。
 9週目くらいの時にエンディングでこだまさんが、店先に置いてあるような大きなソフトクリームを抱えていた記憶があるのですが、あれはコンブに代わる新ネタだったのでしょうか。どなたかご存知ないですか?
 10週グランプリ本番直前というときに、収録中の山野ホールに刑事がやってきて「大木ひかりを覚醒剤所持容疑で逮捕する」と言う。「グランプリ挑戦なんだからちょっと待って」とPDが頼み込み、番組収録。皆から「おめでとう」と祝福されて、うれし涙で舞台を下りてきてガチャ。グランプリ剥奪。
 10週目ってどんなネタやっていたんでしょうね? たしか10週目の放映見ていたら舞台に沢山紙テープが投げ込まれていて花束を抱えた2人がチラッとだけ映った記憶があります(それ以外は全部カットされていましたが……)。
 大木こだまひかりの6週目以降は、公式本では失格となっていますが、実際は逮捕発覚の時点で6週目はすでに放映されていて、7週目も差し替える隙がなく「この放送は○月○日に収録したものです」のテロップ入りでそのまま放映しました。8週目はちょうど小柳トムがグランプリ挑戦だったので、その直前に過去のグランプリ獲得シーンを挿し込んでお茶を濁し、9週目はギャグシンと小柳トムの3人コント、10週目はおぼんこぼんの音楽コントでした。10週目の審査発表はイッセー尾形の不合格シーンからすぐにおぼんこぼんのハイライト映像に切り替わり(エンディングテーマが流れる)、当然ながらこだまひかりのグランプリ紙吹雪はかけらも見られませんでした。ちなみに差し替えの場面では、こだまひかりの不祥事について中尾ミエが遠回しに説明していました。『こだまさんの方は、相手を替えて、もう1度一週目からチャレンジしたいと言ってるそうですよ』と言っていたのを今でも覚えています。実際は、周知の通りこだま・ひびきになっても出演できませんでしたが……。
 僕も6か7週分までは放送した記憶がうろ覚えながらあります。
 その後は出演のところがカットされて、司会の故“ルパン三世の声”山田康雄さんの悲し気&やりきれなさそうな表情とコメントが印象的でした。
 例の事件後に舞台でこだま・ひびき結成の挨拶をしましたが、テレビではその模様はオンエアされず、出場もしませんでした。
 こだま・ひびきが番組の収録前に登場したシーンはたまたま会場に居たので紹介します。
 中尾さんが、まずこだま・ひびきを紹介して舞台袖に登場、こだまさんがひとことお詫び「前の相方はすっかり更正して飲み物屋さんをやってるようですが、今度から新しい相方と組んでまた1週目から出直してチャレンジします。」と決意表明のあと、ひびきさんを紹介。会場から拍手を浴びました。中尾さんや山田さんはからん・ころんとして番組には出てたひびきさんは覚えていなかったみたいでした。そのあと中尾さんが、「せっかくですから「こんぶ」やってよ」とこだまさんにリクエスト。このときは「こんぶ」をやってくれてました。
 しかし事件を嫌う赤尾PDの判断か? このシーンはオンエアされず、コンビは『テレビ演芸』のほうに流れていきました。
 カウスさんと懇意のたけしさんがNGKに来られる際、出番だったこだまさんと当時の話で盛り上がったと、こだまさん本人がラジオで語っていました。
 カウスさんとたけしさんが懇意で、そのたけしさんが、名古屋(大須演芸場)でこだま(・ひかり)を意識し、さらにこだまさんはデビュー間もないカウスさんのセンスに惚れ込み、弟子入り志願(…あまりにも早急な時期の志願だったのでカウスさんはこれを断りますが、現在でも師弟的関係は続いています)と、東西の強者が最近では微妙なバランスで独特の三角形を保っています。
 この三人、いずれもが「笑いが好きで好きで堪らない」というところが、ファンとしても微笑ましく、また嬉しくもあるのです。
感 想
 なぜ、テレビに映らなくなったということしか覚えていないです。
 大木こだま氏の今の「往生しまっせ」より「じつはそうですねん」のが面白いです。本当惜しいコンビでしたね。
受賞歴
 1978年 第8回NHK上方漫才コンテスト最優秀話術賞受賞
(以下は大木こだま・ひびきとして)
 1981年 第2回今宮子供えびすマンザイ新人コンクール福笑い大賞受賞
 1987年 第22回上方漫才大賞奨励賞受賞
 1991年 第20回上方お笑い大賞金賞受賞
 1992年 第27回上方漫才大賞奨励賞受賞
 1996年 第25回上方お笑い大賞大賞受賞
 1996年 第31回上方漫才大賞大賞受賞
 2005年 第34回上方お笑い大賞大賞受賞
 2006年 第41回上方漫才大賞大賞受賞
その後・現在
 大木こだまは、次の相方を見付けるために、スポーツ紙で募集。
 大木こだまは古都からん・ころんのからんと1981年5月にコンビを組み、大木こだま・ひびきを結成。当初はケーエー・プロダクション所属。翌年、吉本興業に移籍。
 大木ひかりは普通の仕事人として過ごしているとのこと。
 こだま・ひびきで『テレビ演芸』に出て3週勝ち抜き抜きチャンピョン。グランプリ受賞者のはずが、妙に色褪せていました。審査員の評も辛口で、3週勝ち抜きもきつかった。審査員の方が、『お笑いスター誕生!!』に対抗意識があったのか、それとも、ひかりが凄かったか。
 吉本興業に入ったのは、ザ・ぼんちのまさと(里見まさと)との縁。ひびきはまさとの店の常連だった。もっともまさとは、野球チームを作るために彼らを吉本に入れたらしい。
 関西では人気の高い漫才コンビだったが、「往生しまっせ」が受けて全国区に。2005年は「チッチキチ〜」で大ブレイク。吉本看板コンビの一組である。大木こだまは1985年に海原さおりと結婚。

 所属する吉本興業のオフィシャルサイト、よしもとシーオージェーピー内のタレントプロフィールに、活動情報などが載っています。
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名 前
大阪湿地帯ジャン・種吉
初出場
 1982年5月22日(第2期グランプリシリーズ)
実 績
 3週勝ち抜き、銅賞獲得。
ジャンル
 男性二人組のコントコンビ。
プロフィール
 大阪にある劇団プロメテ出身。出演当時は松竹芸能所属。
 「スタ誕」に出る前は花乃ジャン・種吉という芸名でした。芸風はそのまんまでしたけど。
ネ タ
 無愛想な暗いコントをやっていた記憶があります。
(3週目)
 野球部の生徒が万引きを自首しようとする。それを引き止める教師。
教師「それじゃあ、お前は本気で万引きを自首すると言うのか」
部員「はい」
教師「自首すると、謹慎処分で甲子園に行けなくなる。そうすると部員の怒りはどこに向けられると思う。それはお前に向けられるんじゃないかなあ(と教師笑う)」「ピッチャーの大熊。身長3メートル体重200kg。素手で熊を殺した経験を持つ」「キャッチャーの○○こいつは手は早いが頭が足りない」
部員「先生、野球部は皆頭が足りません」
教師「大胆なご意見ありがとうございます」(当時のCMネタ)
再度似たようなやり取りの後
部員「先生、野球部は皆馬鹿です」
教師「大胆なご意見……。なんべんも言わすな!」
 その後部員は自首を取りやめるが、……。
部員「先生。大変です。野球部とラグビー部が衝突してます」
教師「いやあ、元気があって良いなあ」
部員「先生、大熊が大木を掴んで校舎を壊しています」
教師「このパワーで甲子園に行けるだろう」
部員「行ける訳ないだろ」

 多分人名や細かいやり取りは違うかも知れません。
 愛想の無い国鉄マン(現JR)のみどりの窓口でのコントをやっていた。
エピソード
 『お笑いスター誕生!!』の登場のテロップは、名前の下に( )で笑いのジャンル(コント、漫才、漫談など)が書いてあります。彼らの場合、最初の頃は「大阪湿地帯ジャン・種吉」と名前が書かれ、(コント)とあったのだが、4週目は「大阪湿地帯」とあって、下には(ジャン・種吉)と出ていました。何ででしょう?
 『テレビ演芸』では1週めに上方の落語家のユニット露の家団志郎・団六と対戦。どちらも同じくらい笑いが少なかったが、社会批評性があるという理由でジャン種吉の勝利に。その時のネタは覆面パトカーが人生相談をするというもので、唯一笑いの起こったシーンは覆面パトカー「これじゃあ覆面レスラーですよ〜」と泣き顔で語ったくだりだけでした。2週めは負けました。
 1週目、京唄子さんが「あんたらこの前たまたまテレビで見たんだけど、不思議な人たちやな〜って思ったのよ」と感想を述べていました。
感 想
 暗いイメージがありましたね。それしか思い出せません。
 スタ誕前に『テレビ演芸』2週勝ち。覆面パトカーの人生相談というネタをかけていた。対戦相手に救われて勝ちましたが面白くなかった。暗い芸風はあいかわらずで、2週どまりでした。
レコード
 東京丸・京平『第1回紅白ヨイショ歌合戦』(紅組サイド)(1983.11)のB面西ブービー・オービーの同名曲(白組サイド)の西ブービーのプロフィールとして、「昭和54年「ザ・テレビ演芸」「お笑いスター誕生」などに漫才コンビジャン・種吉"として出演」と書かれてあります。
その後・現在
 不明。ジャンの方は俳優を一時期していたらしい。
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名 前
鳳らん太・みい子
初出場
 1980年4月26日(第1期グランプリシリーズ)
実 績
 2週勝ち抜き。
ジャンル
 漫才。
プロフィール
 鳳らん太:本名市井忠彦。1945年8月12日生。石川県出身。
 鳳みい子:本名:竹中美佐子
 鳳啓介・京唄子の弟子。らん太は鳳らん太・ゆう太で1968年初舞台。1975年に解散後、1976年にらん太・みい子を結成。
ネ タ
 師匠鳳啓介の唄(「父と娘の詩」)をネタにした漫才をしていました。らん太が鳳啓介の真似をしていました。
感 想
 あか抜けない漫才だった気がしました。
受賞歴
 1970年 第5回上方漫才大賞新人賞受賞(鳳らん太・ゆう太として)
レコード
 レコードを昭和57年頃、出してはりました。A面がらん太の「宿六の唄」(演歌)、B面がみい子の「チェッ!いやな夜」(ロッコ調の歌)でした。「宿六の唄」は当時角座の舞台で1度聞きました。なかなかええ歌でした。

 鳳らん太「大峯修行」(1980)〜監修:大峯山桜本坊巽良乗、後援:大峯山行者講本部。ジャケは、「ただ今修行中」と全身でアピールするものものしい格好をしてひきしまった表情をしている鳳らん太。これ、マジものです。笑うと呪い殺されそう。構成:鳳啓助。って一体何を「構成」したのでしょうか〜
その後・現在
 現在、鳳らん太は猿回しとして、関西を拠点に活躍。相棒の猿は「花子」。オフィスらん太代表として活動中。
 公式HP、オフィスらん太があります。
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名 前
岡けん太・ゆう太
初出場
 1985年10月12日(第6回オープントーナメントサバイバルシリーズ)
実 績
 第6回オープントーナメントサバイバルシリーズ準決勝進出。
 第7回オープントーナメントサバイバルシリーズ2回戦進出。
ジャンル
 漫才。
プロフィール
 岡けん太:本名龝山隆(あきやまたかし)。1961年3月28日生。大阪府出身。
 岡ゆう太:本名井元保則。1962年6月11日生。鹿児島県出身。
 吉本興業所属。師匠は岡八郎。名前は岡八郎の子供から取った。1983年結成。
ネ タ
 当時のつかみネタとして、けん太の方が、ドナルドダックの物まねをしていました(自分の頬を掴んで揺らしながら適当に発声する)。
 でもこれ、既に関東では、テレビ東京の素人物まね番組で同じネタやってる人(石黒力)がいたので、個人的にあまり新鮮味はなかったのですが、会場ではそこそこ受けてました。
(第6回オープントーナメントサバイバルシリーズ2回戦)
 互いの悪口ネタ(発泡スチロールを細かく斬って塩掛けてポップコーンを食べているとか)→歌手ネタ(賞レース、歌手の真似)→テレビの冒険番組ネタ
感 想
 若手らしいフレッシュさはありましたが、それでも達者でしたね。舞台慣れしているというか。
エピソード
 審査員ガッツ石松の息子の名前がけん太とゆう太(字は忘れた)。審査総評の時、岡けん太・ゆう太さんに御子息の名前と一緒である事を言って笑いを取りました。断言できます。
 ガッツさんの総評って、3週に一度のペースで小ボケが入ってましたネ。
受賞歴
 1987年 第17回NHK上方漫才コンテスト優秀賞受賞
 1997年 第32回上方漫才大賞奨励賞受賞
 1999年 第34回上方漫才大賞大賞受賞
その後・現在
 おかけんた・ゆうたと改名。現在も関西を中心に活躍中。
 所属する吉本興業のオフィシャルサイト、よしもとシーオージェーピー内のタレントプロフィールに、活動情報などが載っています。
 おかけんたブログがあります。
 おかゆうた公式サイトがあります。実質はゆうたさんの奥様のサイトになっています。
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名 前
小倉三郎
初出場
 1980年4月12日(第1期グランプリシリーズ)
実 績
 1週落ち。
ジャンル
 多分ものまね。
プロフィール
 アマチュア挑戦。
ネ タ
 不明。
エピソード
 第1回出場。
感 想
 不明。
その後・現在
 今年の春のスペシャル番組でマサイ族と日本人の家族が互いにホームスティし合う企画があり、日本人家族の代表として、小倉三郎さん一家が紹介されていました。これなら、ただの同姓同名かもしれない。ただ、気になる事がひとつ、小倉さんは現在、大門三郎という芸名の演歌歌手だそうです。ものまねでお笑いスター誕生に出てから、演歌歌手に転身、ありそうですよね。まだ、憶測レベルです。
 2000年8月1日、TBS系『ジャングルTV タモリの法則』の1コーナー「美人妻の夫を探せ」に演歌歌手の大門三郎さん(50)が出演しました。16年前に経営していたタイル会社を弟に譲って演歌歌手に転向したら、弟が急死して借金だけが残ったとか、夢は種子島にホテルを建てることなどを話したあと、23年前の1977年、『ぎんざNOW』のものまね対決で3週勝ち抜き、4週目で小堺一機に破れるというエピソードが出ました。三甲さんの憶測、小倉三郎→大門三郎は、ビンゴみたいですね。

 大門三郎さんのHP大門三郎ホームページがあります。
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名 前
おぼん★こぼん
初出場
 1980年6月7日(第1期グランプリシリーズ)
実 績
 ストレートで10週勝ち抜き、グランプリ獲得。2組目。
ジャンル
 本来は漫才だが、お笑いスタ誕ではコントで挑戦。
プロフィール
 おぼん:本名井上博一。1949年2月2日生。大阪府出身。
 こぼん:本名馬場添良一。1948年12月24日生。兵庫県出身。
 高校の同級生。こぼんがおぼんを誘い、学生漫才としてデビューは1965年。アマチュアのチャレンジ番組「素人寄席」に出演。当初は月見おぼん・こぼんと名乗っていたが、名前は視聴者に付けてもらった。芸名の由来は、「大きいボンボン」「小さいボンボン」から。どこの師匠にもついていないというのだから驚き。「素人寄席」で勝ち抜いたことから、ディレクターに誘われプロに。その後上京、鈴本演芸場、浅草演芸ホール等で活躍。赤坂コルドンブルーなどに10年以上出演。
 師匠持たずとありますが、以前ゲスト出演されていたNHK第一「話芸笑芸当たり芸」で、大阪時代一時、漫画トリオ時代の横山ノック門下にいたことがあって、何度か吉本の花月劇場にも「横山おぼん・こぼん」として出演したことがあると語っていました。
 しかし、このことを上岡龍太郎さんのラジオにFAXで確認しますと、「記憶にない…」とのこと。
 ということは、横山プリンや、横山やっさんほど、正式な弟子でもなかったのかもしれませんね。
ネ タ
 元々は漫才だが、『お笑いスター誕生!!』ではコントが中心。タップダンス、楽器演奏などのネタもこなす。ジャズを歌っていましたが、レパートリーは60曲以上あるとのこと。
1週:TVワイドショーネタ、蒸発した夫を探して。「父ちゃんが蒸発して2年、お腹の赤ちゃん、もうこんなになっちゃった。父ちゃん、帰ってけれ」
2週:オーディションコント。
3週:医者と患者のコント。
4週:ドラキュラのコント。ドラキュラ退治に出てくるのは玉ねぎ、キューピー人形、おまけに印籠。
5週:バレーのプリマドンナのコント。
6週:ディーン・マーチンの影武者、ヒン・マーチンのコント。タップダンスを披露。
7週:恐山の霊媒師のコント。左ト全や田中角栄の物まね。
8週:代表作「港のマサ」のコント。おぼんはヒロシとみっちゃんの二役。
9週:海外ツアーのコント。「アラウンド・ザ・ワールド」を披露。
10週:柔道のコント。
(4週目 ドラキュラコント)

ドラキュラ:私の名はドラキュラ伯爵。世界を股にかけ、美女の生き血を吸うドラキュラ伯爵。北海道から九州・沖縄まで、日本もずいぶん歩き回ったが、なかなか美人は少なかった。代々木というところは美女が集まる場所だと聞いてきたが、キッチリ騙された。おやっ、女が来た。よし、コウモリになって様子を見よう。
 といいながら、舞台工法の鉄棒に、足から逆吊りにぶら下がる。
娘:あら! 何してるの、赤い顔して。ああ、わかった。これ、新しい健康法でしょ。逆さぶら下がり器っていうのよ。とっても内蔵にいいのよね。あたしも頑張ろうっと。
 と、ドラキュラと並んで逆さにぶら下がる娘。スカートがめくれ、パンツ丸見え。
娘:ああ。とってもいい気分。ああ、いい気持ち。
 ドラキュラ、鉄棒から降りる。娘も落ちる。起きあがってドラキュラを見て
娘:あー。あんた、もしかして、間違ってたらごめんなさいね。あんた、もしかしたらドラえもん?
ドラキュラ:私の名はドラキュラ伯爵。
娘:そうよねえ。あなたをどっかで見たことがあると思ったのよ。ねえ、ドラキュラさん、ちょっとお願いがあるんですけど……。ちょっと血を吸っていただけませんか。あたし、鼻血が出そうで、ダメなのよ。
ドラキュラ:ドラキュラは美しい方のみ吸う。
娘:そんな言い方ないじゃない。あたし、凄く傷ついちゃじゃないの。ねえ、お願い!
ドラキュラ:ダメだダメだ。帰れ!
娘:あ、そう。あたしがここまで頼んでるのにダメなの!
ドラキュラ:邪魔だ、ブス。
娘:ああ、そうなの。あんたがそこまで意地張るんなら、あたしにも考えがあるわ。
ドラキュラ:どんな考えなんだ。
娘:こうなったら徹底的にドラキュラいじめしてやるわ。あたしだって、ドラキュラの弱点ぐらい知ってるんですからね!
ドラキュラ:なに! 私の弱点。
娘:こうなったら徹底的にいじめてやるわよ。ジャンジャジャーン。
 とポケットからタマネギを取り出し、ドラキュラに突きつける。ドラキュラ、オーバーに驚くが、
ドラキュラ:何でドラキュラがタマネギでびっくりしなければならないんだ!
娘:今のは冗談よ。これではどう。ジャンジャジャーン。
 と人形のキューピーを出す。
ドラキュラ:なんだバカめ。それで十字架のつもりか? そんなマヨネーズに負けてたまるか。消えろ、消えろ、消え失せろ!
娘:なんのなんの、こうなったら徹底的に痛めつけてやるんだから。(ポケットから印籠を出し)ひかえい。ここにおわせられるお方を誰と心得る。先の中納言水戸光圀公であるぞ。
 ドラキュラ、ハハァーとひれ伏そうとするが、
ドラキュラ:おまえなんぞ、何を出してきても怖くはない。消えろ、消えろ。
娘:それじゃ、最後のものを出すわよ。ドラキュラの最後だ。
ドラキュラ:やめろ!
娘:(数珠を取り出して拝みながら)ナンミョーホーレンゲキョー
ドラキュラ:ウウ〜(床に腰を落として後ずさりして)しまえ、しまってくれ!
娘:ねえ、ドラキュラさん、血を吸ってくれる?
ドラキュラ:不本意ながら吸おう。
娘:不本意? (ポケットから数珠を出す仕草)
ドラキュラ:喜んで吸うよ。
娘:じゃあ、お願いします。
 と、首筋を突き出す娘。ドラキュラ、ポケットから脱脂綿を取り出し、娘の首筋を消毒する。
娘:待ちなさい。どこのドラキュラが血を吸う前に消毒したりするのよ。あたしはばい菌じゃないですからね。
 ドラキュラ、娘の首筋に口を近づけて、吸おうかどうか迷ってもじもじする。鼻息が娘の首筋にかかる。
娘:早く吸いなさいよ! なんで吸う前に息吹きかけるのよ。ゾーッとするじゃないの。気持ち悪いな、もう。早くお願いしますよ。
 ドラキュラ、娘の首筋に顔を近づけつつ、今度は娘の後方から手を回してお尻に触る。
娘:ムヒヒヒ、ヒャー。何でお尻をさするのよ。カパッといきゃいいでしょ。
 なおも吸おうとしてもじもじするドラキュラ。
娘:ムハハハ、オエー。もういいよ、つばでズルズルじゃないか。何で舌を使うんだよ。まいったなあ、もう。
ドラキュラ:何か、気分が悪くなっちゃったよ。
娘:ど、どうしたの。何か悪いもの食べてきたんじゃないの。大丈夫?
ドラキュラ:大丈夫、この日のためにドラキュラは、正露丸という強い味方があったのだ!
8週目、名作「港のマサ」

ヒロシ、みっちゃん(二役):おぼん
マサ:こぼん

ヒロシ:(ナレーター口調)みなさん、こんにちは。さて、これからお届けする物語はフィクションであり、登場する人物・団体等は全て架空のものです。それでは、まず一人の男をご紹介しましょう。
 マドロススタイルのマサ、肩に着古した背広を引っかけて登場。
ヒロシ:この男です。名前は“港のマサ”。十年ぶりに故郷の港に帰ってきました。
マサ:久しぶりの港、十年前と何一つ変わっちゃいねえ。あの汽笛の音だって変わっちゃいねえ。
ヒロシ:(口まねで)ヴォーッ。
マサ:そして、あのブイの音。
ヒロシ:ブイッ、ブイッ。
マサ:波の音だって変わっちゃいねえ。
ヒロシ:ザブーン、ザブーン。
マサ:そしてあのポンポン船の音も懐かしい。
ヒロシ:ポンポンポンポンポンポンポン船。
マサ:カモメがよく鳴いてたっけなあ。
ヒロシ:えっ?
マサ:カモメがよく鳴いてたじゃねえか。
ヒロシ:カモメ? カモメって鳴いたっけ?
マサ:カモメだよ!
ヒロシ(苦し紛れに)カモメ、カモメ。
マサ:(無視して)十年前に別れたみっちゃんは、今頃どうしてるだろうか。おらぁ、あいつに会いたくて、この浜に帰ってきたんだ。
 ヒロシ、サングラスをかけて、港の男っぽい雰囲気で。
ヒロシ:(小林旭の真似で)夜がまた来る……
 マサとすれ違いざま、肩がぶつかる。
ヒロシ:お前さん、ちょっと待ちな。この浜で俺の肩に触れて、生きて帰れると思ってるのかい。俺の肩に触れたために、この港には三人浮いているんだよ。俺は短気だぜ。
マサ:ヒロシ、ヒロシじゃねえか!
ヒロシ:お前さん、何で俺の名前をしってるんだい?
マサ:しばらくだなあ、ヒロシ。
ヒロシ:人の名前を気安く呼ぶんじゃねえ! 俺は確かにヒロシだ。お前さんは誰なんだい。
マサ:俺じゃねえか。
ヒロシ:オレくんかい?
マサ:俺はお前の名前を思い出したんだぜ。俺の名前を思い出してくれ。
ヒロシ:おまえ、福田かい?
マサ:福田じゃねえ。
ヒロシ:三木かい?
マサ:ちがうぜ。
ヒロシ:中曽根かい?
マサ:政治家ばっかりじゃねえか!
ヒロシ:誰なんだい、お前さんは。
マサ:マサだよっ!
ヒロシ:まさか!
マサ:ヒロシ!
ヒロシ:マサかい! 久しぶりだねえ。今までどこへ行ってたんだい。
マサ:ちょっとやばいことがあってよぉ。ロンドン、ブラジルを経由して、春日部の方に行ってたんだ。
ヒロシ:苦労したんだねえ。兄貴よぉ、どうしてもっと早くこの浜に帰れなかったんだい。
マサ:それよりお前、十年前に別れたみっちゃん、どうしてるか知らないか?
ヒロシ:兄貴、まだみっちゃんのこと覚えていたのかい。
マサ:あいつに会いたくて、この浜に戻ってきたんだ。
ヒロシ:その言葉、みっちゃん聞いたら喜ぶぜ。みっちゃん、ずっと待ってたんだよ。兄貴の帰りをただひたすらに。覚えてるかい。十年前、この岸壁で兄貴とみっちゃんと、二人でよく歌ってたじゃないか。
マサ:そうだなあ。そんな昔もあったけなあ。
ヒロシ:いまだにみっちゃん、道の真ん中で大きな声で歌っているぜ。(ウンチングスタイルで)みっちゃん、ミチミチ……
マサ:悪いけどよ、ヒロシ。みっちゃん呼んできてくれないか。
ヒロシ:会ってやるかい! どれほどみっちゃん喜ぶかわかんねえぜ。俺、ひとっ走り行って来るぜ。
 ヒロシ、舞台の袖へ。
マサ:あいつ、昔とちっとも変わっちゃいねえなあ。みっちゃんか。いい女だったぜ。よく二人で歌ったもんだ。海はよ〜
 女装したみっちゃん、登場。
マサ:みっちゃん!
みっちゃん:マサちゃん!
 互いにしっかりと抱き合う二人。
みっちゃん:マサちゃん、会いたかったわ。
マサ:みっちゃん、会っていきなりこんな話するのは何だけど。おまえ、守ってくれたかい。
みっちゃん:守るって何を。
マサ:女の操だよ。
みっちゃん:マサちゃん(と、マサの頬を張る)
みっちゃん:あんた、十年ぶりにあって、出る言葉がそれなの。女ってそんな言葉を待ってないわ。どうしてもっと優しい言葉をかけてくれないの。私は貞淑な女です。十年間、ずっと守り通したわ。
マサ:悪かったなあ。
みっちゃん:でも、人間って魔が差すときもあるわ。わたし、毎晩魔が差してたわ。
マサ:(怒って)俺の前から消えろ。
 みっちゃん、舞台の袖へ消える。考え込むマサ。そしてヒロシが登場。
ヒロシ:兄貴、何か言ったのかい。みっちゃん、泣きながら向こうへ行ったぜ。
マサ:俺との約束を守らなかったんだ。あいつは操を守っていなかったんだ。
ヒロシ:そんなことはどうでもいいじゃねえか。どうして「十年間苦労をかけた、これからは決して苦労かけねえ」と、ひとこと言ってやれないんだい。それが男ってものじゃねえか。
マサ:たしかに、お前の言うとおりだ。悪いけど、もう一度みっちゃん呼んできてくれねえか。
ヒロシ:会ってやるかい。それじゃ、ひとっ走り行って来るぜ。優しい言葉かけてやんなよ。どこへも行かず待ってろよ。
 といってヒロシ、舞台の袖へ。
マサ:あいつの言うとおりだぜ。つい興奮しちまった俺がバカだった。よし、今度会ったら、ちゃんと抱きしめて。
 そこへみっちゃん登場。
みっちゃん:今、ヒロシに来たわ。あたしうれしい! うれしい、マサちゃん。
 マサの胸に飛び込み、その顔をじっと見つめるみっちゃん。ところがマサ、急に突き放し、
マサ:お前の顔を見たら、その気がなくなってきた。もう一度ヒロシを呼んできてくれ。
みっちゃん:言う方は簡単よ! あたしの身にもなってよ。(気落ちして)いいわよ、わかったわ。男ってみんなそうなのよね。
 と舞台の袖に消え、ヒロシになって登場。
マサ:やっぱりヒロシ、みっちゃんを呼んできてくれ。
 慌てて引っ込もうとするヒロシ。
マサ:やっぱりヒロシがいいな。
 戻りかけるヒロシ。
マサ:いや、みっちゃんがいいな。
 引っ込もうとするヒロシ。
マサ:やっぱりヒロシ、みっちゃん、ヒロシ、みっちゃん……(うろうろするヒロシ)。なあ、いっそのこと三人で会わないか。
ヒロシ:できるわけないだろ!
(グランプリコーナー(第156回放送)にて)
おぼん:初めて飛行機に乗り、海外出張に行くセールスマン
こぼん:空港の係員

 初めて飛行機に乗るので焦っているおぼん。そこへこぼんが通りかかり、色々と教える。そして、
こぼん「出発するために荷物をチェックしなければなりません」
 と勝手に鞄を開け、荷物を放り出す。
おぼん「なんてことをするんですか。普通X線でしらべるんじゃないんですか?」
こぼん「いやあ、最近は麻薬など悪質な持ち込みが多いので、こうやってじかに調べるんですよ」
おぼん「これ、だれが片付けるんですか。私ですよ」
こぼん「検査のためです。しかし、あなた不思議な人ですね。海外出張なのに、着替えも持っていないんですか?」(鞄の荷物はほとんどなかった。コントだからしょうがない)
おぼん「そんなの、人の勝手でしょう。向こうで買うつもりだったんですよ。ほんとにもう」
こぼん「それでは、危険物の持ち込みがないか、このゲートを通ってください。金属物の反応がありましたら、ピンポンと鳴ります」
 とあるが、ただの鉄枠のゲートに玄関の押しボタン用のチャイムがついているだけ。おぼん、しぶしぶ通ると、こぼんがチャイムを押す。「ピンポン〜」
こぼん「何か、金属物を持ち込んでいますね。ボディチェックをさせてもらいます」
おぼん「何も持っていませんけれどねえ」
 こぼん、体全体をチェック。そのうち、股間を触り出す。
おぼん「どこを触っているんですか」
こぼん「いやあ、この金属が反応したかと思って」
おぼん「これは金であって、金属じゃないですよ」
こぼん「あ、この時計ですよ。これが反応したんです。外してください」
 と無理矢理外し、先ほどの荷物の方に放り出す。
おぼん「ああ、人の時計をなんだと思っているんですか」
こぼん「いいから、いいから。さあ、通って」
 おぼんがしぶしぶゲートを通ると、こぼんがチャイムを押して「ピンポン〜」
こぼん「まだなにかありますね」
おぼん「何もありませんよ。私は早く飛行機に乗らなければならないんです」
こぼん「検査官として、危険人物を飛行機に乗せるわけには行きません。そうだ、その上着を脱いで下さい」
 おぼん、しぶしぶ上着を脱いて、再びゲートを通る。こぼん慌ててチャイムのそばに近づき「ピンポン〜」
おぼん「なんであなたそこへ走ってゆくんですか」
こぼん「いいからいいから。まだなにかありますね。しょうがない、シャツも脱いでください」
おぼん「いい加減にして下さいよ、本当に。飛行機飛んじゃうじゃないですか」
こぼん「いいから、ゲートを通って」
 上半身裸になったおぼん、ゲートの前で立ち止まる。こぼん、おもわずチャイムを押す。
おぼん「私が通る前にチャイム鳴りましたよ。本当に金属探知器なんですか?」
こぼん「どうやらズボンのチャックが反応したのかな。ズボンも脱いで」
おぼん「わかっているのなら、脱ぐ必要ないじゃないですか」
 と言いながら、しぶしぶズボンも脱いで、パンツ一丁になる。
おぼん「寒いですよ、本当に」
こぼん「いいから通って」
 おぼんが通ると「ピンポーンー」
こぼん「じゃあ、これも脱いで」
おぼん「いいかげんにしろ」
(グランプリコーナー)
 おぼんが京都の舞妓、こぼんが学生のコント。
 最後は一緒に死のうとするが、どっちが先に死ぬかでもめる。
(爆笑オンステージ(第170回))
 夏の話から、夏の歌を歌いたい、海外旅行の話となり、パリの舞台にようこそ、ということで映画『八十日間世界一周』の主題歌、「Around the World」を披露。
 その後、二人でフランス語で愛を語り合おうとするが、わけがわからなかったり、日本語になったりなど滅茶苦茶でおしまい。

 これ、9週目のネタと同じですかね?
(ゲストにて)
音楽コント

自転車の空気入れでハーモニカを演奏するコントをやっていた。
「聖者が街にやってくる」や「七つの子」を演奏。
オチは空気入れは吐くことはできても吸うことはできないのに後ろで音が鳴っている。
本当は演奏していない。
こぼん:CMディレクター
おぼん:芸能生活三十周年の大スター、三波夏生

 三波夏生が歌いながら登場。CMに出ないというのがスターたる秘訣だと言いながら、ディレクターから金をもらってあっさりと引きうける。スタミナドリンクのCMだが、台本を渡され、激怒。台本なんか受け取ったことが無いと豪語するも、どこかで見たことがあるようなセリフや行動を取ってディレクターから呆れられる。いつものようなアットホームな雰囲気で、といわれてやったら、オカマの真似。最後、いいセリフで飲んだが、まずそうな顔で台無し。
(サバイバルシリーズのグランプリコーナーにて)
 公開番組「クイズ・ファソラシドン」のコント。
 司会者おぼんがまず登場。客席に向かってイントロクイズを出す。曲が流れると、まっさきに手を挙げたのは審査員席に座っていた内海好江師匠。「さざんかの宿」と見事正解。
 おぼんのアドリブが冴えた後、9週勝ち抜きのチャンピョン(こぼん)が登場。今週勝ち抜くと、10週勝ち抜きで100万円がもらえる(どこかで見たようなシステム……)。
 続けて出されるイントロを次々と正解するこぼん。そして最後の問題。みごとこぼんが正解を言ったかと思ったら……。

 よくあるネタでも、彼らの手に掛かると不思議と笑えた。
エピソード
 この番組を最後にお笑いを捨てる決心をしてきたらしい。
 9週目まで『月見おぼん★こぼん』とクレジットされていました。これは、10週目の放映直前(or収録直前?)に所属事務所が変わったため(これは10週勝ち抜きを報じる新聞記事で読みました)。
 名作「港のマサ」で金賞を受賞した瞬間、おぼんさんがカプセル内で感涙の余りうずくまり、出て来ようとしたらドアに顔が上手い事挟まって出られず、こぼんさんがこじ開けたシーンを覚えてます。
 今で言えば「笑いの神様」が降りて来たって感じか?

 このコンビは偶数週の勝ちぬきの時は二人でガッツポーズをしてからカプセルを出たのですが、この時はおぼんさんがポーズを長くしすぎてカプセルの扉に挟まってしまい、こぼんさんが慌てて助けに行ったのが本当です。
 10週目の柔道コントを演じた後、審査員の評を聞く前におぼん泣き出す。緊張が抜けたか、10週が終わった安堵感か。
感 想
 とにかく面白かったです。芸達者でした。プロの芸とはこういう芸だという二人です。
受賞歴
 1969年 NHK漫才コンクール努力賞受賞
 1975年 第3回放送演芸大賞ホープ賞受賞
レコード
「渚のミステリー・ギャル」(1982.3)
「街のカモメ(ロマンを求めて)」(1982.12)
その後・現在
 漫才ブームの一員として活躍。ブーム終了後もテレビの演芸番組や寄席などで活躍。
 ものまねブームの頃は清水アキラやビジーフォーなどと一緒にものまねコンサートで回っていたこともあった。とくにおぼんの植木等は絶品である。テレビ東京のものまね番組でも優勝していました。
 アニメ映画『ルパン三世 バビロンの黄金伝説』、テレビアニメ『美味しんぼ』では声優にもチャレンジ。『美味しんぼ』では漫才コンビ「すべったころんだ」の役でした。
 現在でも各地に営業に回ったり、寄席やテレビなどに出演したりとその笑いは健在。2009年9月19日にはザ・還暦スペシャル「日本一のビックバンドとまるごとおぼん★こぼん」を北沢タウンホールで開催。漫才、タップダンス、JAZZボーカル、バンド演奏などを披露。
 株式会社 トービック所属。社団法人 漫才協会協会員。おぼんは副会長、こぼんは理事。
 2015年6月6日、青空球児・好児とおぼん・こぼんの結成50周年を祝った漫才協会特別公演が、東京のパルテノン多摩大ホールで開かれた。トロンボーンやアルトサックス、タップダンスも採り入れた軽やかな漫才を披露した。2組にコンビの長続きの秘訣を聞くと、「お互い干渉しない。夫婦と一緒」と答えた。
 2015年6月12日、おぼんは副会長を辞め、こぼんが副会長に就任した。おぼんは後に漫才協会を辞めている。
 こぼんさんの公式ブログがあります。
 おぼんの長女ちひろ(17)、こぼんの二女いづみ(17)がお笑いコンビ「くれよん」を結成し、2000年8月13日から、東京・浅草の木馬亭で開かれる寄席「お笑い浅草21世紀」で初舞台を踏むことになった。ちひろが「お父さんたち、心配そうだけど、早く超えたいな」と言えば、こぼんの二女、いづみも「バレエやジャズダンスを生かして、歌って踊れるお笑いを目指します」。
 「二世」をネタにした処女台本を書いた作家、山田康浩氏(26)は、おぼん・こぼんが売れるきっかけをつかんだ日本テレビ系「お笑いスター誕生」の司会者で声優だった故山田康雄さんの息子という縁がある。初舞台は橋達也、関敬六、青空球児・好児ら大ベテランの合間のわずか5分間だが、気が気ではない父2人は客席で見届ける予定だ。
 ちなみにくれよんのつかみネタは「くれよんだけに、笑ってクレヨン」。
 『笑点』ではおぼん・こぼんとくれよんによる親子漫才が披露された。
 いづみが俳優活動をめざすため、「くれよん」は2002年に解散。2004年3月、おぼんの長女ちひろは、妹まいが高校卒業と同時に『りぼん』を結成、漫才デビュー。2008年末、結婚(どちらかは不明)のため解散。
 いづみは現在歌手として活動。OffecialBlogいづみの宴があります。
 近年は不仲で業界で有名となり、2016年1月3日に放送されたNHK総合テレビの『初笑い東西寄席』では、司会だった爆笑問題の太田光がそのことに触れた。
 2016年で50周年を迎えた『笑点』の演芸コーナーでは、登場回数4位となる37回出演(2016年5月時点)。
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