高裁係属中の死刑事件


氏 名
肥田公明
事件当時年齢
 60歳
犯行日時
 2012年12月18日
罪 状
 強盗殺人
事件名
 伊東市干物店強盗殺人事件
事件概要
 静岡県伊東市の干物販売店元従業員、肥田公明(ひだきみあき)被告は2012年12月18日午後6〜9時ごろ、元勤務先の干物販売店店内で、社長の女性(当時59)と常務の男性(当時71)の首などを刃物で突き刺し、さらに業務用冷蔵庫の中に入れて殺害した。その後、店にあった現金約40万円を奪った。
 肥田被告は2009年5月〜2010年10月まで店に勤務していた。殺害された社長に「解雇したことにしてほしい」と迫りトラブルにもなっており、2011年6月には口論となって伊東署員が駆け付けたこともあった。
 翌日朝、敷地内の小屋で住み込みの従業員が遺体を発見した。

 肥田公明被告は2011年7月13日、伊東市内の食品加工会社で働いているのに失業中と偽って、虚偽の内容を書いた失業給付申告書をハローワーク伊東に提出し、失業給付金約6万円をだまし取ったとして、2013年2月26日に伊東署に詐欺容疑で逮捕された。さらに2011年8月10日、9月7日、10月5日の計3回にわたり失業給付金計約33万円をだまし取ったとして、3月22日に再逮捕された。
 2013年6月3日、静岡地裁沼津支部の薄井真由子裁判官は「自由に使える金ほしさから詐取を繰り返し、態様も悪質だが、不正受給した金を返納し、損害賠償金を支払っている」などとして、懲役1年6月、執行猶予3年(求刑懲役1年6月)を言い渡した。公判中、親族に約300万円の借金があったことを明らかにしている。控訴せず、確定。

 静岡県警は2013年6月4日、強盗殺人容疑で肥田公明被告を逮捕した。
 事件後店は閉じられ、同店に土地を貸していた所有者がさら地にすることを決め、2014年11月に店は解体された。
一 審
 2016年11月24日 静岡地裁沼津支部 斎藤千恵裁判長 死刑判決
裁判焦点
 裁判員裁判。
 肥田公明被告は逮捕段階から否認を続けている。殺害に使われた刃物などの凶器は見つかっていない。起訴当時「事件の日は干物店にいっていない」と供述していた。しかし公判前整理手続きで、現場付近を走る肥田被告の車を映したカメラの映像を検察側が証拠として開示後は「現場には行ったが、すでに死んでいた」と供述を変えた。手続きは2013年8月27日から2016年9月13日までに計35回行われ、争点は「肥田被告が犯人か否か」という点に絞られた。
 当初、2015年10月2日に初公判が予定されていたが「証拠調べの関係で急きょ、検討が必要な事態が生じた」として延期された。

 2016年9月20日の初公判で、肥田公明被告は「起訴内容に間違いはありますか」との裁判長の質問に、「全てでございます。お金を取ってないし、殺害していないです」と起訴内容を否認し、無罪を主張した。はっきりとした声で全面的に否認した。
 検察側は冒頭陳述で事件当日の目撃情報などから、肥田被告は午後7時15分から8時前まで店に滞在して犯行を行い、動機は現金を奪うためだった−と主張。さらに、肥田被告が当日着用していたトレーナーやズボン、運転していた車の背もたれなどに社長のもの矛盾しない血液が付着していた−とも指摘した。事件直後、奪われた現金とほぼ同額を使ったり預金したりした。奪われたとされる40万円には500円硬貨100枚、100円硬貨500枚が含まれ、被告が使ったお金と「金の種類も一致しており、犯行により入手したと考えられる」とした。▽アリバイ工作していた▽同店退職をめぐって社長とトラブルがあり、犯行動機があった−などと説明し、「被告が犯人でなければ、合理的な説明が付かない」と指摘した。さらに、肥田被告が「事件の日に現場に行ったが、2人が冷凍庫の前に血まみれで座っていたのを見てこわくなって逃げた」と説明していることについては「信用できない」とした。
 対して弁護側は、肥田被告が事件当日に店へ行った理由を、ともに殺害された常務が社長に自身の再就職の口利きをしてくれると言われたため、と主張。肥田被告は再雇用を頼みに午後7時すぎごろ訪れ、常務の車も確認できたため店内に入ると、2人が血まみれの状態で冷凍庫の前で座っているのを発見した。怖くなって逃げ出した−と説明。「肥田さんは大変驚き、怖くなって立ち去った。滞在時間は10分たらずだった」と反論。「肥田さんは2人の返り血を浴びておらず、けがもしていない。犯人であれば、返り血を浴びているはずだが立証できるような証拠はない。着衣などから検出されたのは、社長のDNAではない」とも述べた。事件翌日までに使った現金は「知人に貸していた金を返してもらったりしたものと自身でためていた小銭貯金など」と述べるとともに、そもそも店内に本当に現金40万円があったかにも疑問を呈した。そして弁護側は、「現場目撃者はおらず、凶器も発見されていない。肥田さんを犯人と裏付ける直接的な証拠は、何もない」と主張。さらに、▽妻と共働きをしていて金に困っていなかったが、転職先の勤務時間が長く同店への再就職を希望していた▽自分が犯人と疑われるような状況にあれば、アリバイ工作することはよくある。アリバイ工作自体が、犯人と決める証拠にはならない−などと主張した。
 冒頭陳述の最後に検察側は「肥田被告は否認し目撃者もいないので、状況証拠による事実認定が必要になる」と話し、弁護側は「検察官は肥田さんが犯人であると具体的に立証できない。肥田さんは無罪」と訴えた。
 同日は検察側の最初の証人として、当時の従業員で遺体の第一発見者の男性の尋問が行われた。男性は、肥田被告が店を辞める少し前にあたる2010年7月から店に勤務。事件の数か月前からは、店の敷地内にある小屋で生活していた。犯行当日は、休みのため外出し、午後6時頃帰宅。酒を飲み同8時頃に就寝したが、異常には「全然気づかなかった」と説明した。翌朝、駐車場に2人の車が止まっていたが、午前8時過ぎになってもいつものようにシャッターが開かず、別の出入り口から入店。冷凍庫のドアを塞ぐように魚の干し網や机などが置いてあり、急いで開けると、2人が横たわっているのを見つけ、119番したという。また、男性は、社長が生前、肥田被告が社長から30万円を借りたまま、返していないと話していたことも明らかにした。
 21日の第2回公判で、検察側証人として出廷した元経理担当の女性は当時の店の状態について「経営難で新たに正社員を雇う余裕はなかった」と証言した。この女性は同店の経営状態について「正社員にも転職を薦め、それ以外の人も仕事を早く切り上げてもらうなどしていた」と説明した。
 26日の第3回公判で、検察側は捜査報告書を基に、肥田被告は事件当時、知人や消費者金融4社から合わせて約251万円の金を借りていたことを示した。肥田被告は10月分の携帯電話代5,067円を支払えず事件直前の12月15日に携帯電話が止められ、口座残高が約5,000円しかなかったと説明。それにもかかわらず、事件が発生した12月18日の午後9時、帰宅時に妻に現金5万円、19日午前7時半頃には知人に現金15万円を渡したほか、同7時38分にコンビニの現金自動預け払い機(ATM)で28,000円、同43分に別のコンビニで40,000円、8時52分に金融機関で15,600円、9時4分には別の金融機関で94,400円を、自分の口座に入金した。金融機関への窓口では500円硬貨84枚、100円硬貨524枚を出していた、と説明した。
 また検察側は、肥田被告の携帯電話と自宅の固定電話の通話記録を明らかにした。被害者と肥田被告が通話したのは、10月18日に社長から肥田被告の携帯電話にかけた1回だけで通話時間は5秒間。メールの送受信はなかったという。
 当日、弁護側証人の男の妻はこの日の証人尋問で「当時、家計は困っていなかった」「12月18日の午後9時ごろに帰宅した時、変わった様子はなかった」などと述べた。肥田被告が逮捕されたことについて「信じられなかった。私と息子にとても優しく、大きな声を出したこともない。人を殺す度胸があったとは思えない」と述べた。弁護人は、肥田被告の自宅にあった小銭を入れる貯金箱を示し、使っていたかどうかを尋ねた。妻は「(硬貨を入れるところを)見たことがある」と答えた。
 27日の第4回公判で、画像解析に詳しい大学教授が証言に立ち、犯行時間帯とされる2012年12月18日午後7時57分ごろ、店の前の交差点を通過したタクシーのドライブレコーダーの画像を解析し、店の駐車場に止まっていた車の車種と開発歴、車の色を特定。被告が事件当時に使っていた車と同じタイプだったと述べた。車のナンバープレートは一部しか解析できなかったが、被告の車のナンバーと一部が一致したという。弁護側は「画質が大変悪く、(鑑定結果が)100%正しいと判断することはできない」などと反論し、複数の専門家による鑑定を求めた。
 30日の第5回公判で、検察側の証人として肥田被告と同時期に勤務していた元女性従業員が証言台に立った。女性は、社長が肥田被告について「製造中の干物をだいぶ腐らせた。貸した20万円を返さず、連絡しても出てくれない」と不満を述べていたことを明らかにした。また、事件当日午後4時半ごろ、社長が包丁で指を切り出血していたこと、「(肥田被告が再就職したいと)誰からも聞いていなかった」などと証言した。
 同日は検察側の証人として、当時伊東署に勤務していた警察官も出廷した。署員は「肥田被告の通報で駆け付けた。被告の借金と退職理由を巡りトラブルになったが、最後は2人で話がまとまったと聞いた」と証言した。
 10月3日の第6回公判で、検察側は肥田被告の軽乗用車の運転席など31カ所で血液反応が出たと明らかにした。検察側によると、血液反応が出たのは、運転席背もたれ11カ所▽同座面5カ所▽助手席座面1カ所▽運転席フロアマット6カ所▽運転席と助手席の間のフロアマット3カ所▽後部座席フロアマット5カ所。また、被告が当日着用していたトレーナー右袖から縦1ミリ、横2ミリと、縦4ミリ、横1ミリの2個の血痕が確認されたとした。トレーナーは肥田被告の妻が任意提出した。
 4日の第7回公判で、DNA鑑定に当たった検察側証人の県警科学捜査研究所の職員は、被告が事件当日に着ていたとされるトレーナーに付着した血痕から採取したDNAを調べた結果、15領域のうち4領域で殺害された社長と完全に一致するDNA型が検出されたと指摘。ほかの2領域でも女性の型の一部とされるDNA型が検出されたと主張した。被告の車両の背もたれに付着した血痕には、被告と女性のものとされるDNA型が混在していたという。弁護側は、科捜研の血痕検査方法は血液以外にも反応する可能性があり、鑑定結果の中には社長や肥田被告のものに由来しないDNA型があると指摘。鑑定方法や鑑定結果の信頼性に問題があると反論した。
 5日の第8回公判で、弁護側証人の本田克也・筑波大教授は、肥田被告が犯行時に着ていたとされるトレーナーの右肘に付いていた血痕のDNA型と清水さんのDNA型について、「違った型が検出されている」と指摘し、検察側の鑑定結果に疑問を投げかけた。トレーナーに付着した血痕がごく微量だった点について「何回も刃物で切りつけたのに、袖に血が飛び散らず、肘だけに付いているのは不自然。切りつけた時に血が噴き出したはず」と少なすぎる点も疑問視した。検察側は「立ち位置などによっては返り血を浴びないこともある」と反論した。大学教授は検出されたDNA型を社長や肥田被告のものと判断できるかどうかについては「何とも言えない」と述べるにとどめた。
 7日の第9回公判で、検察側は、事件現場の足跡に関する証人尋問と証拠調べを行い、犯人のものとみられる足跡以外は関係者の足跡と一致していると主張した。弁護側は、殺害された常務の血の付いた足跡が見つかっていない点などを指摘した。またこの日、検察側は、肥田被告が事件翌日、元交際相手の女性に電話し事件当日夕から夜まで「一緒にいたことにしてくれ」と頼んだ旨の供述調書を示した。
 11日の第10回公判における被告人質問で、同店を辞めた理由について肥田被告は「仕事中に腰を痛め、店から離職するよう言われた。不満もなく楽しかったので、辞めたくなかった」と述べた。また肥田被告は、同店に勤めていた時、社長が包丁で手をけがしたことがあると主張し、「店の中の血を水で流して掃除した。恐らく靴に付いたと思う」と話した。その後、自分の車に乗ったという。
 14日の第11回公判における被告人質問で、事件後、預金などで約40万円を使ったことについて肥田被告は「事件現場を見て、金を盗んだと疑われるのが嫌だった」と述べ、二つの貯金箱にためていた硬貨や借りた金などを使ったと主張した。検察側は、「金があると犯人と疑われると思った」「預金後間もなく出金した」「貯金箱の一つを捨てた」という肥田被告の主張や行動に疑問を投げ掛けた。また事件当日、店内で血まみれで座っていた社長らを見たと主張する肥田被告は「声を掛けても反応がなく、死んでいると思い、怖くなって逃げた」と話した。
 17日の第12回公判で、被告人質問で検察側は、常務らが見つかった冷凍庫の内側に血の付いた手形があり、冷凍庫に入る前は生きていたのではと問うと肥田被告は、血まみれの常務らが並んで冷凍庫の外に座っていたという主張を前提に「見るからに死んでいるようだった」と反論した。検察側は「肥田被告の証言を前提とすると、被告以外の人物が2人を刃物で刺し、肥田被告が現場を見たあとに、2人を冷凍庫に移したことになる」と指摘。これに対し、肥田被告は「店の駐車場に私の車が止まったのに気づいて、犯人がどこかに隠れたのではないか」と述べ、事件への関与を否定した。
 この日は常務の兄が被害者参加制度を利用して意見陳述し「最も重い処罰を受けてほしい」と極刑にすることを求めた。兄は「刃物で刺され、冷たい冷凍庫に閉じ込められ、出血して死んでいった時、どんなに寒かったか、どんなに痛かったか」と悲嘆。肥田被告に対し「事件の日、冷凍庫の前にいる兄を見たというなら、どうして救急車を呼んでくれなかったのか」と訴えた。常務の姉も証人出廷し「もし犯人なら苦しんで死んだ2人と同じような思いを、自分の体で償ってほしい」と述べた。
 21日の論告求刑で検察側は、事件後に肥田被告が約40万円を使ったり預金したりしたことや、車が干物店の駐車場に止まっていたとの目撃証拠、肥田被告の着衣の付着物から検出されたDNA型の鑑定結果などから犯人と断定。「肥田被告は事件当時、親族や知人に借金があったほか、消費者金融4社の借入残高も約130万円あった」と指摘するとともに、社長と退職理由についてトラブルがあったことを前提に、「経済的に困窮し、社長に個人的な恨みがあった肥田被告には強盗殺人の動機がある」を犯行動機とした。「肥田被告が社長と常務の首を刃物で刺して、息のある状態で冷凍庫に閉じ込め、出血性ショックで死亡させ、現金約40万円を奪ったことは明らか。自己中心的で身勝手な犯行であり、強い非難に値する」とした。そして、刃物で何度も突き刺した上、冷凍庫に閉じ込めた殺害方法を「極めて残虐」と主張。最高裁が死刑適用基準について被害者数や残虐性などを示した「永山基準」を説明し、「不可解な弁解に終始し、更生の可能性はない。死刑回避を相当とするようなくむべき事情はない」とした。
 検察側証人として出廷した社長の弟は「面倒見が良く優しい姉だった」と話し、「もし(肥田被告が)犯人なら、一番重い刑を与えてほしい。家族も、その思いは変わりない」と述べた。
 同日の最終弁論で弁護側は、干物店の駐車場を撮影したタクシーのドライブレコーダーに肥田被告の車が映っていたという検察側の主張に対し、弁護側は「極めて不鮮明な画像で、鑑定結果は信用できない」と反論。肥田被告のトレーナーの血痕のDNA型についても「社長とは別人のもの」と断言した。さらに「(肥田被告は)当時お金に困っておらず、社長のことを恨んでもいなかった。事件が起きた夜から翌日にかけて使ったお金は知人から借りて持っていたお金と貯金していた小銭で、盗んだものではない」などと述べた。そして、「疑わしきは被告人の利益に」と推定無罪の原則を紹介。「2人を殺害しておらず、直接的な証拠は何もない。無実の人間が死刑にされてしまわないよう、判断を誤らないでほしい」と述べた。
 肥田被告は最後に「社長や常務の遺族に(犯人と)間違えられるようなことをしたのは事実。でも、検察の言うようなことをしていないのも事実。分かってもらいたい」などと涙ながらに訴えた。
 判決は、DNA型鑑定の結果から血痕は被害者のものとは断定できないと指摘し、「犯人性を示す力はほとんどない」と述べた。またアリバイ工作についても、犯人であることを疑わせるが、決め手にはできないとした。一方、現場近くを通ったタクシーのドライブレコーダーの記録などを基に被告が店の駐車場に車を止め約40分間は店内にいたと認定。その上で斎藤裁判長は「被害者の惨状を目にしながら立ち去った。被害者がいたという場所に血痕も見当たらず、被告の弁解は不自然で不合理」と退けた。また、店から奪われたとされる多額の硬貨を巡り、高利貸から借金返済を迫られていた肥田被告が、事件直後に金額、種類がほぼ一致する硬貨を使っていたことについて「単なる偶然の一致とは考えにくい」と指摘。被告が店から持ち去ったと判断した。肥田被告が店を訪れたのは、金に困り社長に借金を頼む目的だったとし「借金を断られ罵倒されるなどして殺意を抱いた」と殺意を認めた。さらに殺害後店内を物色したことから、被害者の殺害行為が「財物を奪うための手段」とし、強盗殺人であると結論付けた。そして、「刃物で刺され致命的な重傷を負った被害者を、冷凍庫に閉じ込めた行為は非人間的で残虐。2人の命が奪われた重大事案であり、自分の利欲目的を実現するための身勝手で残虐な行為。反省の情は皆無で、強盗殺人の中で重い部類に属するとの評価を免れず、極刑をもって臨むことはやむを得ない」と断じた。

 2017年11月17日の控訴審第1回公判で、弁護側は「不確かな事実で殺害を認定した」として一審に続き、無罪を主張した。弁護側は公判で、一審判決後に検察側から開示された証拠の中に、犯行時間帯に被告の車とは異なる車が現場店舗の駐車場から急いで出て行った▽犯行時間帯に被告の車とは違う車が駐車場に止まり、近くに2人の人物が立っていた−−とする目撃証言が、県警が記録した2通の「聴取報告書」にあったと指摘。被告を犯人とするには「大きな疑問がある」と主張した。これに対し、検察側は「一審判決では軽視されたが、被告の着衣や車の付着物が被害者の血液とみられることを考慮すれば、被告の犯人性は揺るがない」と反論した。
 2018年1月12日の第2回公判で、肥田被告は事件当日の行動について、午後7時10分ごろ干物販売店に行って血を流した2人を発見したがそのまま立ち去り、30分後に再び戻り、建物の中に入らずに離れた―と説明した。一審では戻ったことについては証言していなかった。
 2月9日の第3回公判で、検察側の証人として出廷した法医学者に対する証人尋問を行った。法医学者は検察側の質問に対し「2人は首の静脈を傷つけられており、意識がなくなるまで15〜20分かかったとみられる」「冷凍庫の扉の内側に社長のものと思われる血液が付いていることから、社長は意識がある状態で閉じ込められたと思われる」などと証言した。男性については、「すぐに死亡するような傷ではないので、恐らく意識があるまま冷凍庫の中に入れられたのではないか」などと推測した。弁護側は、意識を失った理由について、出血によるものだけでなく神経反射による失神もあり得ると主張した。法医学者は「普通はない」と否定的な見解を示した。
備 考
 
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氏 名
平野達彦
事件当時年齢
 40歳
犯行日時
 2015年3月9日
罪 状
 殺人、銃刀法違反
事件名
 洲本5人刺殺事件
事件概要
 兵庫県洲本市の無職、平野達彦被告は2015年3月9日午前4時ごろ、自宅近くに住む無職の男性(当時82)宅で、男性と妻(当時79)の胸などをサバイバルナイフで複数回刺して殺害。7時ごろ、近くに住む嘱託職員の男性(当時62)方で、男性と団体職員の妻(当時59)、母親(当時84)をサバイバルナイフで刺して殺害した。
 同居していた長女(当時32)が110番通報。洲本署員が倒れている男女3人を発見、まもなく死亡が確認された。7時45分ごろ、同署員が近くにいた平野被告の服に血がついていたため職務質問したところ、関与を認めたため、この3人に対する殺人未遂容疑で現行犯逮捕した(後に容疑は殺人に切り替えられた)。その後、先に殺害された2名の遺体が発見された。

 平野被告は父親と祖母との3人暮らし。母親は淡路島内で別居していた。神戸市の私立高校を2年で中退し、実家に戻るなどしていた。
 2005年9月、平野被告は淡路島内で物品を壊したとして警察官に保護され、島内の病院に措置入院した。退院後の2009年7月、最初に殺害された男性の孫の男性と平野被告のオートバイの騒音を巡って口論となった。2010年7月、平野被告の母親が「インターネットへの書き込みを巡って近隣トラブルを起こした」と、洲本健康福祉事務所と洲本署に相談。12月、最初に殺害された男性の親族をネット上で中傷したとして名誉毀損容疑で逮捕されるも、精神障害のため、明石市内の病院に措置入院した。妄想性障害と診断され、2013年秋の退院後は明石市内に住んでいたが、医療機関での受診は2014年7月で最後となった。しかし両親は10月、「ネットでの中傷をしている」と相談。母親は洲本健康福祉事務所にも「息子が金の無心に来るかもしれない。以前にテーブルを蹴るなどしたことがあり、怖い」と話した。相談は両事務所に少なくとも7回あり、洲本健康福祉事務所は明石健康福祉事務所への相談内容と合わせ、同署に「母親が不安がっている」と伝えたという。
 洲本事務所は、平野被告の家族らから2005年以降に計5回、近隣トラブルなどの相談を受け、家族を介して支援していた。2014年10月の相談後も明石、洲本両事務所は内容を共有し、県警洲本署に協力を依頼。受け入れ先の病院を調整していた。しかし20日、明石事務所が問い合わせると、母親は「姿を見せなかった」と答えた。明石事務所は平野被告に面談し、健康状態に問題はないと判断。母親からの相談は途絶え、洲本事務所も追跡の電話や訪問はしなかったという。
 平野被告は2015年1月、洲本市の実家に戻った。平野被告は自宅に閉じこもり、会員制交流サイトのフェイスブックやツイッターなどに本名で登録し、被害者や近隣住民を批判する書き込みを繰り返していた。また、米軍や政府への批判も書き連ねた。
 2月14日、最初に殺害された男性の孫の男性が自宅近くで平野被告と口論になり、写真を撮られた。男性の娘が15日、自宅を訪れた県警洲本署員に不安を訴え、その後も連日、二つの別の駐在所を訪問。「写真を勝手にインターネットに掲載されたら犯罪になるのか」と相談し、地元でのパトロールの状況を確認した。20日、駐在所ではなく、洲本署を直接訪れた。「何とかできないか。犯罪にあたるなら捕まえてほしい」と訴えるも、対応した刑事課員は「写真を撮られただけでは事件化は難しい」と回答した。刑事課員がこの際、「何かあったら110番してください」と告げたところ、21日、男性が「(平野被告が)自宅付近を徘徊している」と110番通報。署員が駆けつけたが、平野被告の姿はなく、接触できなかった。一家は、平野被告が「ツイッター」に写真を掲載したのを確認し、家族が28日に駐在所を訪問。写真撮影やネット上の中傷行為について「人権侵害にならないのか」「事件化してほしい」と求めたり、「自宅周辺を徘徊している」と通報したりしていた。署は「写真を撮られただけでは難しい」と応じ、付近のパトロールを強化するなどしていた。署は平野被告本人への警告も提案したが、被害者側は望まなかった。3月2日には、親族が洲本市役所の人権推進課の窓口を訪れ、相談。市は弁護士の無料法律相談を紹介。3日には洲本署を訪れ、同署が捜査を始めた。親族は4日、弁護士の無料法律相談に訪れて相談していた。
 結果として、2月14日から3月3日まで9回、男性や親族は洲本署に相談していた。すべてデータベースに入力されていたが、県警によると、同署単独の取り扱い事案だったため、広域相談指導係のチェックから漏れたという。同署はパトロールのほか、駐在所員が2月15、16両日に平野被告宅を訪問したものの、父親に「(妄想性障害のため)ふさぎ込んでおり、入院させようかと思っている」と言われて本人に会えていなかった。また、繰り返し相談はあったが、被告の行為に暴力や殺害をほのめかす言動がなかったため、同署が凶悪性は低いと判断したとみられ、人身安全関連事案対策係にも報告されていなかった。また保健所は、平野被告は洲本市に戻っていることを知らなかった。

 2015年3月30日、先の2名の殺人容疑で平野被告は再逮捕された。
 神戸地検は、刑事責任能力の有無を調べるための鑑定留置を神戸地裁に請求し、認められた。4月9日から8月31日まで実施され、神戸地検は9月8日、「刑事責任能力があると認めた」として、平野被告を殺人容疑で起訴した。
一 審
 2017年3月22日 神戸地裁 長井秀典裁判長 死刑判決
 判決文「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい)
裁判焦点
 裁判員裁判。地裁主導でもう1度、精神鑑定が実施されている。
 2017年2月8日の初公判で、平野達彦被告は起訴内容について「いずれも争います」と否認し、「事件は工作員によって仕組まれたものであり、本当の被害者は私。工作員に脳を支配され、殺害するよう強制された。完全な冤罪だ」と無罪を主張した。「無職ですか」と問われると「違います」と即答し、ウェブサイトの名前を3つ挙げて「サイトのサポーターをしている」と答え、長井裁判長から「それは何ですか」などと問い返された。
 検察側は冒頭陳述で、平野被告が2010年にインターネットの会員制交流サイトを利用して犠牲者の親類を中傷し、名誉毀損容疑で逮捕されたことに言及。被告が「復讐に一部成功」とネットに書き込むなどしていたことから、「正常な心理状態で殺害を実行した。犯行は精神障害によるものではなく報復によるものだった」と主張した。そして、「落ち度のない近隣住民を惨殺した。被害者が5人という結果も重大」と指摘。「被告は妄想性の精神障害があり、被害者らが工作員だと考えて殺害を決意した。犯行直後、警察官に『報復したんや』と話していた」ことから、「善悪を判断し、行動を制御する能力も著しく低下していなかった」として責任能力があると主張した。ナイフをインターネットで購入するなど準備をしていたとし、殺害の実行は妄想によるものではなく、完全責任能力があったと主張した。被告が事件の様子の一部をボイスレコーダーで録音していたことも明かした。
 弁護側は、被告の主張に沿って犯人性を争う姿勢を示すとともに、「被告の言っている通りならば、病的妄想に支配されていることは明らか」と述べ、被告が仮に犯人だとしても妄想によるものであり、心神喪失か心神耗弱の状態だった、と述べた。そして、被告の鑑定を担当した精神科医の証人尋問を通じ、被告が事件当時、心神喪失か心神耗弱の状態にあったことを立証していくとした。
 14日の第3回公判における被告人質問で平野被告は、弁護側から「5人をサバイバルナイフで刺殺したことを認めるか」と聞かれて、「はい」と答え、当時のことを「覚えている」と説明。5人を襲った理由について「思考や行動を操る電磁波兵器を工作員に使われた」などと述べた。
 15日の第4回公判で、被害者参加制度に基づいて遺族2人が「被害者に謝罪する気持ちはありますか」などと直接質問したが、平野被告は供述を全て拒否した。
 21日の第7回公判で、証人で出廷した平野被告の父親は「ご遺族にはできるだけのことをさせていただく。命をもって償いたい」と謝罪した。
 同日の被告人質問で、被害者参加制度を利用した遺族の質問に5人を殺害したことは認めた一方、「仕事もせず、親の金でナイフを買って殺人したことを恥ずかしいと思わないか」との問いには、「君は電磁波攻撃をやめなさい。今はもうやっていないのか」と反論。さらに「反省の弁はないのか」と促されると、「答えたくありません」と供述を拒否。遺族が「答えんかい」と怒鳴ったため、裁判長がたしなめた。
 22日の第8回公判で起訴後に精神鑑定をした医師が出廷し、動機について「精神障害による妄想の影響があった」と証言する一方、「事件当時は平素の人格だった」とし、事実上責任能力はあったとの見方を示した。地検が実施した精神鑑定の担当医も、同様の発言をした。
 3月1日の第9回公判で、被害者の遺族らが被害者参加制度を利用し「被告を死刑にしてもらいたい」と意見陳述した。
 3日の論告で検察側は、精神障害があったとしつつ、被告が量刑を事前に調べて事件後も落ち着いていたことから「精神障害の影響は及んでおらず、完全な責任能力があったことは明らかだ」と主張。事件前にサバイバルナイフを購入したり、殺人罪の量刑をインターネットで調べたりしていたことから「犯行には計画性があり、合理的な判断に基づいて行われた」と強調た。そして、「極めて残虐で執拗な犯行だ。何ら落ち度のない5人の命を奪った」と断じた。
 被害者参加制度を利用して遺族も出廷し「社会に戻ると同じ犯罪を繰り返す可能性が高い。被告に反省もなく、死刑にすべきだ」などと訴えた。
 同日の最終弁論で弁護側は、「電磁波で操られていた」などとする被告の供述を踏まえ、「被告は向精神薬を服用していたことによる精神障害から電磁波攻撃を受けたと思い込み、正当な報復行為と確信して犯行に及んだ」と主張。「精神障害による妄想がなければ本件は起きていない。自分の行動が正当化されると確信して犯行に及んでおり、心神喪失か心神耗弱の状態だった」と述べ、無罪か刑減軽を求めた。
 平野被告は最終意見陳述で改めて殺害行為を認めた上で、「工作員に脳を操られ無意識下で殺意を抱かされた。私の体が殺害したとしても、私の自由意思からではなく、冤罪です」と無罪を主張した。
 判決で長井秀典裁判長は、向精神薬の大量摂取による薬剤性精神病で「被害者一家が電磁波兵器で攻撃してくる工作員だ」という妄想を抱くようになったと指摘。事件当時の精神状況について、直接的に殺害を促すような幻覚・妄想の症状はなく、自分の行為が殺人罪になり逮捕され裁判になると認識していたと判断した。さらに、「被告の犯行前後の行動は合理的で一貫していた」と指摘。被害者の就寝時間を狙ったことや、犯行時にハンドタオルを落として被害者の注意をそらしたこと、被害者家族に対し現実のトラブルから悪感情を持っていたこと、逮捕時に「弁護士が来るまで答えない」と話したことなどを列挙し、精神鑑定を実施した鑑定医2人の意見も踏まえ、「計画性があり、殺害を決意し実行した行動に病気は大きな影響を与えていない」と結論づけた。そして、「一定の計画性の下で非常に強い殺意があり、動機は極めて身勝手で悪質」と強調。「落ち度のない5人もの命を奪った上、犯行を正当化し続けている。犯行態様の悪質さからも死刑回避の事情は見当たらない」と断じた。
備 考
 地元の洲本保健所には、平野被告が洲本市に転居したことや通院をやめたことなどの情報が伝わっておらず、何の対応もできなかった。事件後、兵庫県の「精神保健医療体制検討委員会」は提言をまとめ、2015年12月16日、井戸敏三知事に提出した。今後は、現行の保健所と県警の連携体制を拡充し、自治体や医療機関なども含めるべきだと指摘。自傷、他傷の恐れがある精神障害者の治療が途切れないよう、関係機関がチームで支援することを求めた。市町の相談業務義務化も盛り込んだ。
 平野被告に対する県の対応について、田中究(県立光風病院長)座長は記者会見で「基本的に不十分。被告が治療を中断しなければ事件は起こらなかった」と結論づけた。
 兵庫県は洲本市の事件を受けを2016年4月、医師ら5人前後でつくる専門家チームを設けて県内13保健所に配置し、退院後も患者を訪問し、家族らの継続支援を行い、9月までに44人の患者をケア。措置入院の解除の是非などを医師に助言する第三者機関も2017年1月に新設した。厚生労働省はこうした取り組みをモデルケースとするが、県は十分に正規職員を追加配置できず嘱託職員で対応するなど問題も残っている。
 政府は再発防止策を盛り込んだ精神保健福祉法の改正案を2017年2月28日に閣議決定し、国会に提出。患者の入院中から行政側が医療機関と協力して退院後の支援計画を作成するようにし、計画の期間中に患者が転居した場合は移転先の自治体に計画の内容を通知することを柱としている。
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氏 名
岩間俊彦
事件当時年齢
 42歳(2016年5月逮捕時)
犯行日時
 2014年10月19日/2015年8月31日〜9月1日
罪 状
 殺人、詐欺、詐欺未遂、電磁的公正証書原本不実記録・同供用罪、有印私文書偽造・同行使罪
事件名
 マニラ連続保険金殺人事件
事件概要
 山梨県笛吹市の元飲食店経営、岩間俊彦被告は、韮崎市の整骨院院長の男性Tさんの死亡保険金をだまし取る計画を立て、甲府市の無職久保田正一被告と、笛吹市の会社社長Nを誘った。岩間被告と久保田被告は、住所不定無職K被告と、フィリピン国籍の久保田被告の元妻S被告に、殺害の実行犯を探すように依頼。K被告はフィリピンで日本人の男に、Tさんを殺害する実行犯の手配を依頼した。岩間被告と久保田被告、Nは、「フィリピンで新事業を設立する資金が必要だ」などと持ちかけて4人で資金を出し合うと伝えて、Tさんから300万円を騙し取り、その一部を殺害の報酬に充てた。その後、岩間被告、Nが私的旅行の費用に充てるため、Tさんから70万円を詐取する計画を立て、久保田被告が加わり、だまし取った。
 岩間、久保田被告とK被告がTさんをフィリピンに誘った。2014年10月19日午前0時半(現地時間10月18日)ごろ、マニラ南部でTさん(当時32)をK被告がタクシーに乗せて連れ出し、自分だけ下車した後、バイクで近づいた実行犯に射殺させた。S被告は、Tさんの顔写真を用意したり、殺害の実行犯に支払う現金を保管したりして、殺害を手助けした。K被告は仲介役と実行役に成功報酬を含め計40万ペソ(約92万円)を支払った。
 岩間被告と久保田被告は高校の同級生。岩間被告はTさんの整骨院に通院、他の3人は岩間被告を通じてTさんと知り合った。
 岩間被告は元々Nを殺害する予定で、久保田被告を誘った。ところが岩間被告とTさんが、台湾での共同事業を巡って対立。そのため、殺害の対象はTさんに代わった。そして久保田被告とNは、Tさんを「一緒にフィリピンでビジネスを行おう」と説得。岩間被告とNが、Nの会社を受取人とする約1億円の海外旅行保険に、Tさんを加入させた。この会社には、岩間被告、久保田被告が役員に名を連ねていた。
 事件後、岩間被告らが会いたいとTさんの父親に繰り返し連絡。Tさんの保険金がNの会社へ支払われる際には、Tさんの家族の押印が必要だったためで、不審に思った父親らが面会を拒否。そして12月1日に契約が解除されたため、保険金は支払われなかった。
 岩間、久保田両被告はNとともに、K被告の殺害も計画。2014年12月から2015年3月までの間、同社名義の2億円の生命保険契約を結び死亡保険金を得ようと、K被告が同社の取締役に就任したとする虚偽の申請を法務局に提出するなどした。しかしK被告は2015年3月23日、行方不明となったため、犯行は行われなかった。
 岩間被告とNは金銭を巡るトラブルで仲たがいし、岩間被告が保険金殺害計画を久保田被告に持ちかけた。久保田被告は、自首したK被告の行く先を知っている人物がいると嘘をつき、Nをフィリピンに誘い出した。2015年5〜7月、久保田被告は殺害のために3回フィリピンに渡航したが、うち2回は実行犯を手配できず、1回はNがパスポートを忘れたと引き返したため、いずれも失敗。その後、久保田被告は仲介役を通して実行犯を手配。2015年8月31日〜9月1日、マニラ南部で、実行犯がNを銃で撃って殺害した。Nには約5000万円の海外旅行保険が掛けられていた。なお、この件でも保険金は支払われていない。
 久保田被告は2015年10月、山梨県警に犯行を自供。県警は刑法の国外犯規定に基づいて捜査を行い、2016年2月にはフィリピンに捜査員を派遣して関係者から事情を聞くなどしてきた。県警捜査1課は5月12日、Tさんへの殺人容疑で岩間被告、久保田被告、K被告、元妻を逮捕した。元妻は後に殺人ほう助で起訴されている。6月7日、Nへの殺人容疑で岩間被告、久保田被告を再逮捕した。

 岩間俊彦被告は他に2010年10月、男性(懲役刑が確定、出所済み)と共謀し、男性が岩間被告の飲食店に車をぶつけ、保険会社から計約995万円をだまし取った。また2014年4月にも自動車事故詐欺を起こしている。
一 審
 2017年8月25日 甲府地裁 丸山哲巳裁判長 死刑判決
裁判焦点
 裁判員裁判。岩間俊彦被告は逮捕当初から犯行を否認している。区分審理が適用され、詐欺・詐欺未遂事件と殺人事件で審理が分けられた。

 2017年5月11日、詐欺未遂事件等の審理の初公判が行われ、岩間被告は起訴内容について「当事者でもなく、計画も共謀もしていない」などと述べ否認した。
 冒頭陳述で検察側は「岩間被告は書類を偽造して、殺害された男性の遺族から現金をだまし取ろうとした」と指摘。弁護側は「岩間被告に多額の債務はなく、金銭を得るために事件を引き起こす強い動機はない」と反論した。
 17日の公判で自動車事故詐欺の共犯者が証人として出廷し、岩間被告に持ちかけられたと証言した。
 25日の公判で岩間被告は、全ての事件について否認した。
 26日の公判で岩間被告は、2014年の自動車事故詐欺について、久保田受刑者やNの犯行であると関与を否認した。また保険金詐欺未遂については、久保田受刑者に騙されて行動したと主張した。
 6月8日、甲府地裁は詐欺、詐欺未遂事件について全て有罪の判決を言い渡した。丸山哲巳裁判長は「Tさんの死亡後、岩間被告がTさんの印鑑を作成して念書を偽造した」などとし、架空請求と認定。「共犯者に指示するなど積極的な役割を果たしていた」と指摘した。他の事件でも同様、「岩間被告が犯行を計画した」と結論付けた。

 6月12日、殺人事件の審理の初公判が行われ、岩間被告は「計画したり実行したりしたことはない。共謀したこともない」と述べ、起訴内容を否認した。
 検察側は冒頭陳述で、保険金目的殺人の行為は悪質で岩間被告は計画全体を主導したと主張した。弁護側は、久保田受刑者らが刑事責任を軽くするために岩間被告に濡れ衣を着せたと主張。フィリピンには2014年まで行ったことが無く、現地を知っているのは久保田受刑者らであり、岩間被告はK受刑者やS受刑者とは数回程度しか会ったことが無かった。経済的にも犯罪行為に及ぶほど困窮しておらず、保険金殺害の計画、実行した事実はないと主張した。
 13日の第2回公判で久保田受刑者が出廷し、「Tさんを殺害する約3か月前に、岩間被告から実行犯を探すよう頼まれた」と述べたほか、最初の標的はNだったと明らかにした。久保田受刑者はこのほか、N殺害を自分だけのせいにされることを恐れ、岩間被告との会話を録音していたことも明かした。
 15日の第3回公判でTさんの父親が出廷し、事件直後に会ったこともない岩間被告から、電話やLINEで保険金関係の手続きをするよう指示があったことを明らかにした。また事件に関して、岩間被告から聞いた内容と現地警察の説明が食い違っていたことから、「息子の殺害に岩間被告らが関与した疑いが芽生えた」と述べた。Tさんの保険金を受け取ったかについては、「犯人が掛けた金はいらない」と答えた。
 16日の第4回公判でK受刑者が出廷し、岩間被告から強い口調でTさん殺害について指示を受けたとし、「『銭、金じゃねえ』と強い口調で言われた。Tさんに恨みつらみがあるんだと思った」と証言した。
 19日の第5回公判でS受刑者が出廷し、「岩間被告から『ヒットマンを知ってるか』と言われた」と証言。久保田受刑者から「うまくいけば保険金がおり、岩間被告から金がもらえる」と説明を受けたとした。検察官に「誰が計画のボスか」と問われ、「岩間被告です」と答えた。Tさんらの傷害保険加入などの手続きを行った保険代理店の男性も出廷。「岩間被告の依頼で、TさんらがNの会社名義の海外旅行保険や傷害保険に入る手続きをした」と証言し、受取人欄が空欄だった理由は「岩間被告に言われたから」と説明した。
 20日の第6回公判で、保険代理店の男性が出廷。男性はTさんらの海外旅行保険の加入手続きを担当した際、「岩間被告からフィリピンで行う事業の視察に行くと説明を受けた」と明かした。Tさんの死を知った経緯について「現地にいる岩間被告から電話で聞いた」と説明。「傷害保険が下りるか聞かれた。事件性があるから下りないと答えた」と述べた。
 22日の第7回公判で、岩間被告の知人男性が出廷。男性が岩間被告のパスポートを取り上げたとする岩間被告らのLINEでのやりとりを「うそのメッセージだ」と否定。Tさんから70万円をだまし取る口実に利用されたとして、「怒りを感じる」と述べた。同日、弁護側の証人として岩間被告の妻が出廷。Tさん死亡時の岩間被告の様子を「泣いて落ち込んでいた」と証言。事件前、岩間被告とTさん、K受刑者が一緒に食事をしていたと説明を受けたとし、「TさんとK受刑者はタクシーで出掛け、タクシーが襲われてTさんが殺され、K受刑者は行方不明になったと聞いた」と述べた。
 23日の第8回公判で、岩間被告への被告人質問が行われた。弁護側のS受刑者にヒットマンを雇う依頼をしたかという質問に「(S受刑者とは)ほとんど内容のある会話をしたことがなく、依頼もしていない」と否定。また岩間被告がTさんと事件前に金銭を巡るトラブルになり、久保田受刑者に殺意を打ち明けていたとされることについて「言っていないし、(トラブルは)私が100%悪いことであり、恨みは一切ない」と否定した。
 27日の第10回公判における被告人質問で検察側は、岩間被告の自宅にあった本に、実体のない法人、その口座を設けて社員に保険金を掛ける手口があり、久保田受刑者が証言した計画と似ていると指摘。岩間被告は「他の漫画と併用して読んだ。悪用はない」と説明した。押収物やメールのやりとりなどに岩間被告が関わり、久保田受刑者の証言内容と合致すると指摘。証言の正確性をただしたが「違います」と否定した。質問は久保田受刑者が録音していた岩間被告との会話に及び、「おれんとう、売り飛ばされちもうよ」と発言した真意を聞いた。岩間被告は、Nによって「Tさん殺害で自分と久保田受刑者を警察に売られるということ」と説明した。一方、弁護側はこの日、Tさんからだまし取ったとされる70万円の詐欺について「架空請求」とした主張を取り下げた。
 29日の第11回公判からNさん殺害についての審理が始まった。検察側は、岩間被告が久保田正一受刑者らと共謀し、実行役をフィリピンで雇ってNさんを殺害したと主張。実行役に成功報酬を渡すため、フィリピンに20万円を送金したと述べた。弁護側は「(Nさん殺害には)一切関与していない」と否定。送金についても「Nさんの遺体を日本に搬送するため必要と(久保田受刑者から)頼まれた」と反論した。
 30日の第12回公判で久保田受刑者が出廷し、Nさんが殺害された事件を巡って「岩間被告の指示でNさんの会社の取締役に就任した。(事件後に)保険金を請求するように促された」と説明し、「Nさんの事件は自分のせいになると思った」と証言した。久保田受刑者は県警に自供後、家族が暮らすフィリピンへ渡ったが帰国した理由を問われ、Tさんが殺害された事件について「Nさんが首謀者になってしまうから」と説明。「今も否認しているやつがいる。本当のことを知らせて良かった」と述べた。またNさんが生前、K受刑者を探していたことにも質問は及んだ。Nさんの目的を問われ「(Tさんの事件で)岩間被告が首謀者だと証言してもらい、ビデオカメラで撮影するつもりだった」と述べた。
 7月3日の第13回公判で、久保田受刑者が出廷し、Nさん殺害後の実行犯への報酬について、日本からの送金方法を岩間被告に提案した際、「自分の名前が残るから嫌だと言われた」と明かした。また、一連の事件への関与を県警に自供後、岩間被告との会話を録音していた理由については、「岩間被告が主犯だということが(証拠として)出てこないから」と説明した。最後に検察側から岩間被告に言いたいことを聞かれ、「やったことを償ってほしい。全てを話してほしい」と述べた。
 4日の第14回公判で、保険の手続きを担当した保険代理店の男性が出廷。岩間被告はNさんの失効していた生命保険の復活について依頼する際、「金を貸しているから、何かあっても困るので復活させてください」と話したと証言した。また、Nさんが殺害された後、岩間被告からNさんの保険について問い合わせがあったとも証言。「保険を請求するにはどうしたらいいか聞かれた」と述べた。
 5日の第15回公判で、岩間被告の知人男性が出廷。男性は、K受刑者の居場所をメモに残し、Nさんはメモを持ってフィリピンへ渡った。男性はNさん殺害が報道される前に「岩間被告から(Nさんは)撲殺され、捨てられていたと聞いた」と証言。メモは「岩間被告から(岩間被告が書くと)筆跡でNさんに気付かれると言われ、自分が書いた」と説明した。
 6日の第16回公判で、岩間被告の妻が出廷。Nさん殺害後に岩間被告が久保田受刑者に送った金の原資について、「主人が両親に頼んで貸してもらっていた」と証言。金が必要な理由について「Nさんの遺体搬送費と言っていた」と述べた。
 10日の第17回公判で、弁護側はNさんを殺害したとされる殺人罪などの公判の心境を質問。岩間被告は「人生の4分の3を過ごした友人のことでこんなことになり、惨めでつらい」と述べた。殺害計画の持ち掛けや実行犯への送金は否定した。検察側は、久保田受刑者がフィリピンから岩間被告に送ったとされる殺害実行を確認するメールの文言の受け止めを質問。岩間被告は、自分がフィリピンへ行くかどうかを確認する内容と受け止めたとした。また検察側は「殺害計画がばれるかもしれないのに、久保田受刑者がNさんに近い存在のあなたをフィリピンに呼ぶのか」と指摘し、岩間被告は「分からない」と答えた。
 11日の第18回公判でNさんの息子の意見陳述を検察官が書面で代読。「岩間被告は父の30年来の友人で、父の性格を分かっていてだまし、利用した。残忍な岩間被告に大切な命を奪われて悔しいし、悲しい」とし、「一番重い刑にして、父の無念や恐怖を味わってほしい」と訴えた。Tさんの両親も意見陳述し、極刑を求めた。同日、岩間被告は検察側の被告人質問で、自白する意思の有無を問われて「僕はやっていないから」と述べ、答えに悔いはないか聞かれると「はい」とした。検察側は銃撃されたTさんが搬送先の病院で岩間被告の名前を連呼したことについても聞いた。岩間被告は「僕に連絡をしてほしかったのかな」と話した。Nさんと岩間被告とのトラブルについての質問に対し、岩間被告は「僕、犯人じゃないから。関係ない」と主張した。Nさんが殺害される直前に「痛いよ、助けて正ちゃん」と叫び、共犯者とされる久保田正一受刑者に助けを求めた話の感想を求められ、「久保田受刑者はひどい」とした。
 13日の論告で検察側は、久保田正一受刑者が法廷で述べた「岩間被告から保険金殺人を誘われた」などの証言を列挙。通信アプリに残されていた記録をはじめ、客観的な証拠と矛盾点がなく、信用性が高いとした。その上で、岩間被告が中心となって、被害者2人の保険加入手続きを進めていたと指摘し「事件を主導する立場にいたことは明らか」と主張し、首謀者と指摘した。「全ての犯行を共犯者に押し付ける言動をしており、反省の態度がない。金銭を目的とした動機は非人間的で3人目の殺害も計画していた。犯行は巧妙で冷酷、残忍。2人の生命を奪った結果は重大だ」として死刑を求刑した。
 同日の最終弁論で弁護側は、岩間被告が保険金を受け取っていなかったことに言及。「久保田受刑者らが意思疎通がなかった岩間被告を事件に引きずり込もうとしたため、計画がずさんになった」とし、久保田受刑者らの証言の信用性を否定した。そして久保田受刑者らに濡れ衣を着せられたと、無罪を主張した。
 岩間被告は最終意見陳述で「何もしていないのにどうしてこの場にいるのか分からない。善意で取り次いだだけなのに『主導した』と言われる。断じてやっていない」と述べた。
 判決で丸山哲巳裁判長は、「岩間被告が首謀者だった」とした共犯者の供述について「客観証拠と整合し、信用性を高め合っている」と指摘。被告側の弁解は「不自然、不合理で具体性を欠く」と退け、共謀の成立を認めた。そして「被告が殺害された2人の保険金の契約をみずから行い、受け取り先に自分が大株主だった会社を指定し、ほかの共犯者に殺害計画を実行するよう指示した」と指摘。さらに犯行の発覚を免れるために被害者をマニラに誘い出し、現地の実行役に殺害させたと認定。「非常に巧妙で計画性が高い。犯行態様も極めて冷酷、残虐だ。人命軽視の度合いが甚だしい。金銭を得るためには手段を選ばない非道さ、強欲さがある。死刑選択はやむを得ない」と述べた。
備 考
 久保田正一被告は2017年2月14日、甲府地裁(丸山哲巳裁判長)で無期懲役(求刑同)の判決が言い渡された。主導的な役割を果たしていないこと、自白して積極的に真相解明に協力したため、死刑求刑は免れた。控訴せず、確定。
 Tさん殺人の実行役の手配を行ったとして殺人罪等に問われたK被告は2016年11月14日、甲府地裁(丸山哲巳裁判長)で懲役15年(求刑同)の判決が言い渡された。K被告はフィリピンに住む家族と一緒に生活するため、犯行と一緒に持ちかけられた共同事業に加わりたいと考え共謀した。2017年5月16日、東京高裁(朝山芳史裁判長)で被告側控訴棄却。上告せず、確定。
 Tさん殺人を手助けしたとして殺人ほう助罪に問われたフィリピン国籍の久保田被告の元妻S被告は2016年12月22日、甲府地裁(丸山哲巳裁判長)で懲役6年(求刑懲役7年)の判決が言い渡された。控訴せず、確定。
 NはTさん殺人容疑で2016年7月13日に書類送検され、容疑者死亡で不起訴となっている。
 2017年1月13日、フィリピン警察当局は、Tさん射殺の実行犯としてフィリピン人の男を殺人容疑で逮捕した。男はN殺害にもかかわった疑いがある。また、別のフィリピン人の男も事件に関わっていたとみて行方を調べている。ただし、日本とフィリピンの間には犯罪人引き渡し条約が結ばれてなく、男が日本で裁判を受ける可能性はほぼない。県警や甲府地検は、捜査段階で男の存在を把握していたが、日本の警察権はフィリピンに及ばないため、逮捕することはできなかった。また、今までの裁判の判決でも、実行犯は特定されていない。
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氏 名
筧千佐子
事件当時年齢
 67歳(2014年11月逮捕時)
犯行日時
 2007年12月〜2013年12月
罪 状
 殺人、強盗殺人未遂
事件名
 青酸連続殺人事件
事件概要
 京都府向日市の無職、筧(かけひ)千佐子(ちさこ)被告は以下の事件を起こした。
  1. 筧千佐子被告は2005年夏、結婚相談所で神戸市北区の男性と知り合った。筧被告は男性から投資名目で多額の金銭を2007年ごろより受け取っていたが、返済約束日だった2007年12月18日午後2時ごろ、神戸市内で男性に青酸を飲ませた。男性は路上で倒れて救急搬送され、高次機能障害や視力障害が残り、1年半後の2009年5月5日、胃の悪性リンパ腫で79歳で死亡した。筧被告は約4000万円の返済を当面の間、免れた。借金は2008年中に返済されている。
  2. 筧千佐子被告は2010年秋、大阪府貝塚市に住む男性と結婚相談所で知り合い、後に内縁関係になった。事件の3か月前、「死亡の際には(千佐子被告に)全財産を遺贈する」という公正証書を作成させた。2012年3月9日午後5時ごろ、筧被告は貝塚市の喫茶店で男性(当時71)に青酸を飲ませ、男性はその直後大阪府泉佐野市の路上でバイク運転中に青酸中毒で倒れて死亡した。千佐子被告は1700万円以上の遺産を取得。男性は事件当時病死とされたが、事件発覚後に残っていた血液から青酸成分が検出された。
  3. 筧千佐子被告は2012年秋、兵庫県伊丹市に住む男性と結婚相談所で知り合い、後に内縁関係になった。事件の3週間前、「死亡の際には被告人に全財産を遺贈」との公正証書を作成。2013年9月20日午後7時ごろ、千佐子被告は伊丹市のレストランで男性(当時75)に青酸を飲ませて殺害した。千佐子被告は1500万円以上の遺産を取得した。県警は検視したが、男性が以前にがんを患っていたこともあり、死因をがんと判断、事件性はないと結論付けた。司法解剖で毒物の有無も調べなかった。しかしがんはほぼ完治していたことから、遺族は県警伊丹署などに「急に倒れて亡くなるのはおかしい。交際して間もない千佐子被告に遺産が渡っている」と不審点をあげ、捜査するよう繰り返し求めたという。しかし、県警は病死という判断を変えなかった。
  4. 筧千佐子被告は2013年6月ごろ、京都府向日市に住む男性と結婚相談所で知り合って交際を開始させ、11月1日に結婚。2013年12月28日、京都府向日市の自宅で夫を殺害した。千佐子被告は遺産270万円を取得。遺体の血液等から青酸成分が検出された。男性は数千万円相当の財産があり、千佐子被告は、男性の死後、預金を引き出そうとしたが、京都市内の信用金庫は、男性の死について捜査が進められていることを理由に支払いを拒否。千佐子被告は2014年6月、同信金に相続分425万円の支払いを求める訴えを京都地裁に起こしたが、逮捕後の12月5日に取り下げている。また男性の生命保険(500万円)についても受け取り手続きを進めようとしたが、止められた。
 その他、下記の件でも追送検されたが、捜査本部は供述以外に男性の死因などを裏付ける客観的証拠が乏しいと判断し、逮捕を見送った。
  • 2005年3月、兵庫県南あわじ市内の牛舎で、内縁関係にあった牧場経営の男性(当時68)にカプセル入りの青酸を飲ませて殺害した。当時の警察の検死で病死とされ、司法解剖は行われなかった。千佐子被告は牧場で経理を担当し、男性の死亡前から売上金の一部を自分名義の口座に移し、遺産の一部も受け取っていた。
  • 2008年3月下旬、結婚相談所を通じて知り合って交際していた、奈良市の元紳士服店経営の男性(当時75)の自宅で、男性にカプセルに入って青酸を飲ませて殺害した。当時の警察の検死で病死とされ、司法解剖は行われなかった。
  • 2008年5月下旬、結婚相談所を通じて知り合って結婚した、大阪府松原市の農業の男性(当時75)の自宅で、男性にカプセルに入って青酸を飲ませて殺害した。当時の警察の検死で病死とされ、司法解剖は行われなかった。千佐子被告は上記の件と併せ、2人が生前に作った公正証書遺言などに基づき、3億円を超える遺産を受け取っていた。
  • 2013年5月、架空の投資話を持ちかけて借りた約300万円の返済を免れるため、内縁関係にあった堺市の元造園工事会社経営の男性(当時68)にカプセル入りの青酸を飲ませて殺害した。当時の警察の検死で病死とされ、司法解剖は行われなかった。
 千佐子被告はこれまで得た資金で不動産を取得したほか、ハイリスクな金融商品への投資にも充てていた。しかし、金融商品への投資は、多くが失敗。千佐子被告は1000万円以上の借金を抱えていた、とされる。
 4の事件で現場を調べた京都府警の捜査員は、千佐子被告が男性と結婚して間もなかったことに加え、部屋から過去に結婚した男性の印鑑がいくつも出てきたことに疑問を抱いた。府警検視官は毒物混入を疑い、科学捜査研究所で血液検査するよう指示。検査の結果、青酸化合物の陽性反応が出た。京都での捜査進展を受け、大阪府警も捜査を開始。2014年5月ごろ、2の事件で男性を司法解剖をした大学が保存していた血液から青酸が検出された。夏ごろには、向日市の自宅のプランターにあったビニル袋から、青酸が検出された。
 京都府警は2014年11月19日、4の事件における殺人容疑で筧千佐子被告を逮捕。大阪府警は2015年1月28日、2の事件における殺人容疑で筧被告を再逮捕。2月23日、京都地裁で第1回公判前整理手続きが開始された。
 3月23日、京都、大阪、兵庫の3府県警が合同捜査本部を設置。奈良県警が4月17日に加わった。
 合同捜査本部は6月11日、1の事件における強盗殺人未遂容疑で筧被告を再逮捕。9月9日、3の事件における殺人容疑で再逮捕した。
 2015年10月27日、合同捜査本部は奈良市と大阪府松原市の男性に対する殺人容疑で筧被告を追送検。11月6日、兵庫県あわじ市と堺市の男性に対する殺人・強盗殺人容疑で筧被告を追送検。11月20日、大阪地検は追送検された4事件について嫌疑不十分で不起訴処分とした。
 2017年6月23日、公判前整理手続きが終結した。

 筧千佐子被告は佐賀県で生まれ、福岡県北九州市で育った。福岡の名門県立高校を卒業し、大手銀行に就職した。1969年に結婚した最初の夫と大阪府貝塚市で暮らし、プリント工場を営んだ。しかし経営が傾き、1994年に夫が急死。千佐子被告は親戚や知人から借金を重ねたが、最終的に数千万円の負債を抱え、2003年に自宅や工場を差し押さえられた。以後、結婚相談所通いが始った。
一 審
 2017年11月7日 京都地裁 中川綾子裁判長 死刑判決
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裁判焦点
 裁判員裁判。京都地裁が2016年4月22日〜9月30日に実施した精神鑑定で、筧千佐子被告は軽度の認知症と指摘されたが、責任能力、訴訟能力に問題はないとされた。
 2017年6月26日の初公判で、筧千佐子被告は4事件いずれについても「全て弁護人に任せてあります」と話した。
 検察側は以下の要旨を述べた。四つの事件には共通点がある。被害者は全て高齢の男性で被告と親しかった。被告の夫や知人の男性が事件発生時に被告と一緒にいた点や、被告が男性らの死亡直後に遺産や利益を得ていた点も共通している。被害者は全員死亡し、2、4の被害者の遺体と、被告の自宅からは青酸化合物が検出された。1、3の被害者の死亡診断も青酸中毒と矛盾しない。犯行当時、被告には多額の借金があった。事件前、2人の被害者には公正証書遺言をつくらせており、被告による遺産を狙った犯行であることは明らかだ。
 弁護側は以下の要旨を述べた。被告は犯人ではない。4人の被害者が、本当に青酸を飲まされて亡くなったり体調が悪くなったりしたのか、事件性について大きな疑問がある。被告が4人について死んでほしいとか、死んでもかまわないと考えたことは一切なく、殺意もない。被告は認知症を発症している。直前のことも事件のことも記憶はなく、事件当時も物事の善悪を判断し、判断に従って自分をコントロールできない状態であり、責任能力は無い。法廷でも自分の権利を守るために何をしていいのかわからず、裁判を受けることができない状態だ。また本件はマスコミで大きく取り上げられており、捜査した検察官や医師らが余談や偏見を持っていた危険性がある。裁判員は厳しい目でチェックしてほしい。検察側は死刑を求刑する可能性があるので触れておくが、死刑は憲法違反の処罰である。

 26日午後から、4の事件における審理が始まり、検察側は、「目撃者はなく、被告の(捜査段階の)供述を除けば、直接証拠はない」と断り、証人尋問など審理を通じ、4点を軸に有罪立証を進めると説明。千佐子被告が結婚相談所を通じて男性と見合いをし、結婚した経緯を説明。その上で「すぐに別の男性と交際を始め、夫にカプセル入りの青酸化合物を飲ませた。2人でいた際に死亡しており、千佐子被告のみにカプセルを飲ませることが可能」と主張した。さらに千佐子被告が捜査段階の取り調べで「夫を遺産目当てで青酸を飲ませて殺害した」と自白したと指摘。自宅のプランター内の袋から微量の青酸が検出され、堺市内の別宅ではカプセルが見つかったと明らかにした。一方、弁護側は「夫は自殺や病死だった可能性があり、殺人事件とは断定できない」と反論。千佐子被告は青酸を飲ませておらず、証拠もないとして争う姿勢を示した。
 30日の第4回公判で検察側は、男性と筧被告とのメール22通を証拠として提出。このうち、死亡する前の2013年12月に夫から送信されたメールに「ともに健康でこれからも楽しい人生を過ごしていきたい。明るい老後に向けて頑張ろう」と書かれていたことを明らかにし、弁護側が主張する自殺の可能性を否定した。
 7月10日の第8課後半における被告人質問で、まず、被告は弁護人から、この後の検察側などからの質問に答えるかどうか尋ねられ、「黙秘します」と答えた。しかし、検察側から「夫に毒を飲ませて殺害したことを認めるか」「重い刑になることが分かっていて認めるのか」と尋ねられ、いずれもはっきりと「はい」と答えた。殺害の動機は「申し訳なさが50%、不信感と腹立たしい気持ちが50%。(夫が)私より前に交際していた女性に比べ、(金銭面で)差別されているという思いがあった。腹立たしかった」などと説明した。一方、青酸化合物の入手先については「(1番目の夫が経営していた印刷会社の)出入り業者にもらった。商売をやめたときに捨てたらよかった」と証言。「たぶんカプセルに入れた。(健康食品だと)疑うことなく飲んだ」と答えた。一方、千佐子被告が事件後に処分した自宅のプランターからは微量の青酸成分が付着した袋が見つかっているが、土に埋めたことを否定。「汚い生ゴミが入ったビニール袋に入れて、ゴミ収集車の人に直接手渡した」などと説明した。ただ、「だいぶ認知症が進んでいるみたい」と述べ、具体的な質問には「詳しいことは覚えていない」と繰り返したりもした。一方、「生きていくのがしんどい。明日、死刑といわれたら喜んで死んでいく」と話す場面もあった。
 12日の第9回公判で、筧被告は夫の殺害について「私があやめました」と改めて認めた。裁判官質問で殺害の動機は「殺したいほど、憎しみがあった」と述べた。筧被告は「老化は進んでいるが、逮捕前後に受診した病院でも『年相応で薬を出すまでではない』と太鼓判を押された。今も変わらないと思う」と述べた。弁護側が、前回公判で殺害を認めた理由を問うと、被告は「弁護士に黙秘するよう言われたが、検察官には答えなあかんと思いました」と述べた。
 13日の第10回公判で、起訴後に被告を精神鑑定した医師が証言し、「事件当時、被告に精神疾患はなかった」と証言。認知症を発症したのは最初に逮捕された後の2015年頃とした上で、「軽度の認知症で記憶障害があるが、裁判で(自分を)防御する能力はある」と述べ、現在の訴訟能力については、治療薬を飲んでいることなどから問題はないとした。一方で、被告の性格を「明るく、すぐに人間関係を構築するが、ウソを繰り返す傾向がある」と分析。供述の一部について「意図的にウソをついている可能性が否定できない」とも述べた。
 18日の第12回公判で検察側は中間論告を行い、夫に自殺をする様子がなかった▽死後間もなく被告が遺産取得を図った▽被告が犯行を自白している−ことなどから、「遺産目当てで青酸化合物を飲ませて毒殺したという殺人の事実を認定できる」と述べた。そして「被告は犯行当時、善悪を判断したり、行動をコントロールしたりでき、計画性の高い犯行を成功させる能力があった」と述べ、被告に責任能力があるとした。また「認知症は現在も軽度で、裁判で自己を防御する能力は欠けていない」と述べ、訴訟の浮くもあるとした。弁護側は弁論で、夫の死因や体内から青酸成分を検出した検査方法、被告周辺から発見された青酸成分の入ったポリ袋の保管状況に疑問を投げかけた。その上で、被告の供述について、「あいまいで一貫しておらず、証拠とも合致していない」と主張した。さらに「筧被告は認知症が進行しており、供述にも変遷がある。証拠とも整合性がとれない。審理は打ち切られるべきだ」などと主張した。

 7月31日の第13回公判から2の事件の審理が始まった。検察側は冒頭陳述で、筧被告について「男性と結婚予定の内妻で、怪しまれることなく毒を飲ませることができた」と指摘。男性が遺産を全て被告に移譲する内容の公正証書を作成後も、被告が複数の男性と交際していたとし、「遺産目当てで毒殺した」「男性の死後、遺産の大半を取得した」と主張した。弁護側も冒頭陳述を行い、「殺意はなく、犯行時は認知症で責任能力がなかった」などと主張。「病気などで死亡した可能性がある。男性の死亡直前に(筧被告が)一緒にいたという明らかな証拠がない」と犯人性も否定した。
 8月7日の第17回公判で、筧被告はまず弁護人からの被告人質問で、弁護士以外の質問は「答えません」とした。だが、続く検察側の「男性を殺害した事実は間違いないか」という質問には、一転して「間違いない」と述べた。男性の殺害方法は、夫を殺害したとされる事件と同じものを飲ませたとしたが、摂取させた方法は「食べ物に混ぜた」「カプセルだと思う」などと二転三転し、「複数あやめているので、そのときの状況によって考えた」と話した。殺害の動機は「自分より先に付き合っていた女性と比べてお金の差別があった」と述べたが、夫殺害事件の動機とほぼ同一の内容だった。裁判官から質問があり、殺害場所を尋ねられると、筧被告は改めて「喫茶店で私があやめた」と殺害を認めた。さらに「(毒入りのカプセルを)健康食品と言った」とし、男性がカプセルを口の中に入れる瞬間を「確認している」とも述べた。だが、再度弁護側の質問になると、事件当時は「(男性に)会ったかどうか、はっきり覚えてない」と一転。「男性を殺したと思っていません。男性を殺したイメージがわいてこない」と午前の供述を翻し、「男性はお金も持っていないし、私が殺してもメリットがない」と動機のないことも述べた。
 9日の第19回公判で検察側は中間論告を行い、病死と当初判断された男性の血液などを調べ直し、青酸を検出したと説明。死亡直前に千佐子被告が男性と喫茶店で会ったことも供述調書などで立証されているとし、「怪しまれず青酸を飲ませられたのは、親しい立場にあった千佐子被告だけ」などと強調した。そして「男性に自殺の兆候はなく、千佐子被告が遺産目当てに毒殺した」と主張、「犯行当時、被告には認知症などの精神障害はなく、計画性の高い犯行を成功させるだけの能力があった」と述べ、筧被告に責任能力があるとした。弁護側は弁論で、千佐子被告が殺害を認めたとされる捜査段階の供述などについて「(認知症の影響で)誘導されれば簡単に発言が二転三転し、事実認定するのは危うい」と指摘。喫茶店で2人が会っていたという検察側の主張も「単なる推測」と反論した。そして「殺害した証拠がない」などとして無罪を訴えた。

 25日の第20回公判から1の事件の審理が始まった。検察側は冒頭陳述で、事件発覚後に救急搬送先の検査データなどを精査した結果、「青酸中毒と矛盾しない症状だった」と指摘。事件の2年前から投資名目で被告は男性と多額の金銭をやりとりし、「当日は返済約束日で会っていたが、返済資金はなかった」と述べた。そして「金銭の返済を免れる目的で男性を毒殺しようとした」と述べた。弁護側は司法解剖や毒物検査が実施されていないことから、「男性の身体から青酸成分が検出された証拠はない。青酸中毒とするには疑問が残り、証拠は不十分だ」と批判し、「病気や青酸化合物以外の薬毒物で障害が発生した可能性がある」などと無罪を主張し、殺意や動機も否定した。認知症を理由として訴訟能力も争う姿勢を示した。
 午後、男性が搬送された病院の医師が証言台に立った。医師は当時、男性が患っていた肺結核の治療薬による薬物中毒と判断した。だが約7年後に捜査機関から青酸中毒の可能性を問われ、精査し直したところ、「症状を全て説明できるのは青酸中毒」と述べた。
 29日の第22回公判で、男性の長女と二男が証人として出廷し、倒れる直前まで男性が元気だったことなどを証言した。長女は、男性の知人女性から、筧被告から金銭の返済を受ける日に倒れたことを聞いたといい、「にわかに信じられなくて、(筧被告の)連絡先がわかるものがないか探してみた」結果、筧被告の名前が書かれた金銭貸借終了書の下書きや領収書などを見つけたという。2008年2月以降、男性から借金をしており返済する意思もある、などと書かれた筧被告の手紙が3通届き、長女は「6月に直接会って小切手と現金を手渡してもらった」と述べた。
 9月4日の第24回公判における弁護側からの被告人質問で、筧被告は男性への借金を認め、借りた金は「投資にまわして、だめになった」と説明。男性に青酸を飲ませた理由は「私以外に交際した女性に何千万円もの金を渡していたから」とした。すでに審理された2事件とよく似た動機だったため、裁判長から「夫の事件と混同していないか」と問われる場面もあった。一方、検察側に動機を尋ねられると「返すべきお金を渡せなかったから」と回答。青酸の飲ませ方は「たぶん健康食品といって渡した」とし、他の事件と同様に、筧被告自身でカプセルに入れたことを認めた。
 9日の第26回公判で検察側は中間論告を行い、公判で4人の医師が「青酸中毒の特徴的な所見が認められ、青酸中毒とみて矛盾しない」と証言したことや、千佐子被告が捜査段階の供述、公判での発言で事件への関与を認めていたことを指摘。「被告は金銭の返済を免れるために男性に青酸を飲ませ、毒殺しようとした」と述べた。弁護側は弁論で、毒物検査が実施されず男性の体内から青酸が検出されていないことから、原因について「病気や他の薬毒物中毒の可能性を排除できない」と批判。動機についても、「投資として預かったお金で返済義務はない。さらに後日、金銭を支払っており、返済を免れようとした意思はない」と検察側の主張を否定した。自白についても「認知症の影響で記憶のすり替えや思い込みがあり、法廷での供述は信用できない。被告に訴訟能力はない」と無罪を主張した。

 19日の第27回公判から3の事件の審理が始まった。検察側は冒頭陳述で「男性は被告と一緒にいた際に青酸中毒になった」「男性が救急搬送された時の所見に、青酸中毒の特徴的所見が認められる」と指摘。さらに「男性は、財産を筧被告に渡すとの内容の遺言公正証書を作成したばかりで死亡した」と述べた。弁護側も冒頭陳述を行い、「男性の体内から青酸が検出されておらず、青酸化合物による殺人事件とするには証拠が不十分」と反論した上で、筧被告は事件当時から認知症で刑事責任能力がないと訴えた。
 20日の第28回公判で、男性の救命措置を行った女性医師が出廷。検視では死因を特定できる所見がなかったため、「被告の話や(男性の治療時の)カルテから、明確に断定をしたわけでないが死因を肺がんとした」と述べた。
 21日の第29回公判で、男性の主治医が証言。男性は肺がん治療をしていたが、事件3日前の診察でも異変はなかったため「急死したと聞いて疑問はあった」と話した。
 22日の第30回公判で、毒物の専門家が、男性が重度の意識障害に陥り急死したことを「シアン(青酸)中毒だと説明できる」と証言した。
 25日の第31回公判で、男性と筧被告のメールが証拠として提出され、筧被告が「鍵を持っていないと家に入れない。安心して鍵を渡してください」などと送信していたことが明らかになった。
 26日の第32回公判における被告人質問で、弁護側は「今日は誰が被害者とされている裁判ですか」と質問。筧被告は「わかりません。言われたらわかります」と答えた。その後、男性と交際していたか尋ねられると、「もちろん」と返答。男性を「仏さんみたいな人でいい人だと思ったが、お金もないし、かい性もなかった」とした。検察側は殺害方法についてただし、千佐子被告は「毒しか考えられない。健康食品のカプセルに入れた」と説明。遺族への気持ちを問われると「一日も早く死刑にしてください」などと述べた。一方、質問の途中で「男性はお金がなくて殺してもメリットがない。うらみもなかった」「病気で死んだと思う」と話し、前言を翻す場面もあった。
 10月2日の第34回公判で検察側は中間論告を行い、所見などを矛盾なく説明できる死因は青酸中毒以外に見当たらない▽男性が作成した遺言公正証書により被告は遺産の大半を取得した−などと主張。救急搬送時に被告が救命や死因解明を妨害したことから「(死因を)病死と誤診させることにより、スムーズに遺産を手に入れようとした」とした。弁護側も中間弁論を行い、「青酸検出の証拠はない」と否定。「認知症の影響で、法廷供述は検察官らの質問の情報を基に無意識に作話した。訴訟能力はない」と無罪を主張した。

 10月5日の公判で4事件の被害者の遺族の意見陳述があった。それぞれ極刑を求めた。
 10日の公判における検察側はの最終論告で、千佐子被告が独身の高齢男性4人に健康食品と偽って青酸入りカプセルを飲ませたと主張。2、4の事件の被害者の遺体から青酸が検出されたことを強調し、司法解剖されていない他の2人についても「医師の証言などから青酸中毒とみて矛盾がない」とした。また、千佐子被告の自宅のビニール袋から微量の青酸を検出したことを指摘し、「被告は青酸との接点があった」と強調。4人とも千佐子被告と一緒にいた直後に倒れたとして、検察側は「千佐子被告にだけ実行可能」と主張。男性らは死亡前に千佐子被告に財産を譲る公正証書を作るなどしており、事件の動機は遺産取得や借金返済と訴えている。そして、「手口は巧妙で卑劣。6年間で4回にわたって、金銭目的で冷静かつ計画的に犯行を繰り返し、極めて悪質。何の落ち度もない被害者の命が奪われ、結果は重大」と述べた。被告の認知症については、「犯行当時は発症しておらず、現在は軽症。責任能力や訴訟能力があるのは明らか」と述べた。
 11日の公判における弁護側の最終弁論で、弁護側は、死亡した男性4人のうち2人については警察が司法解剖をせず、遺体から青酸が検出されていないことを指摘。「専門医の証言などから青酸中毒とみて矛盾がない」と主張する検察側に反論し、「他の原因でも説明できる。病死や事故、自殺などの可能性は否定できない」と訴えた。遺体から青酸が検出された2人についても「検査方法に疑問がある」と述べた。青酸化合物をプランターの土中に埋めて業者に廃棄したとする検察側の主張に対しても、被告が説明する入手先や保管、廃棄方法は曖昧だとして、第三者による混入の可能性を指摘した。また、弁護側は千佐子被告が患っている認知症の影響にも言及。千佐子被告は捜査段階の取り調べで4事件全てへの関与を認めたとされるが、「記憶に基づかず思いつきで話した。捜査官の誘導により虚偽の自白をした」と主張。公判の被告人質問では「私があやめた」と話した直後に「殺して何の得があるのか」と語るなど発言が二転三転しており、「曖昧な点や客観的な証拠との矛盾が多い。作り話で信用できない」とした。そして死刑が憲法違反であると指摘したうえで、「千佐子被告が犯人とは言えない」と、無罪を主張した。
 筧被告は最終意見陳述で、弁護人から渡された書面を読み上げ、「全て弁護士に任せてあり、私から言うことはありません」と述べた。
 判決で中川裁判長は、4の事件で自宅プランター内の袋から微量の青酸が検出されており、判決は「被告は青酸を所持し、事件発生前後の時間帯に被害者と一緒にいた。遺産も取得しようとしており、犯人は被告しか考えられない」と述べ、青酸をカプセルに入れるなどして飲ませ、殺害したと認定した。さらに2の事件についても殺人罪の成立を認定。「死亡直後から遺産取得を始め、約1600万円を得た。生活費目的という主張は不自然」とした。3、1の両事件についても、「搬送時の所見などから青酸中毒以外の可能性は極めて低い」と指摘した。そして千佐子被告が患う認知症の評価も争点になった。変遷が指摘された千佐子被告の法廷での供述について判決は「青酸を飲ませて殺害したという核心部分では一貫している」と判断。「事件では計画的に行動しており、当時は認知症ではなく完全責任能力があった。現在も軽症で訴訟能力はある」と弁護側の主張を退けた。量刑については「被害者らが信頼していたことを利用し、青酸化合物をカプセルに入れて健康食品などと偽って服用させた。金銭欲のために人命を軽視した非常に悪質な犯行で、結果は重大。極刑を選択せざるを得ない」とした。

 弁護側は「判決は結論ありきで納得できない」として、即日控訴した。
備 考
 裁判員裁判は6月26日の初公判から11月7日の判決まで、計38回の公判となった。判決までの実審理期間は135日で、裁判員裁判では全国で九頭竜湖事件に続き過去2番目(判決当時)という異例の長期審理となった。出廷した証人は延べ52人に上った。
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氏 名
川崎竜弥
事件当時年齢
 32歳
犯行日時
 2016年1月29日〜7月5日
罪 状
 殺人、死体損壊、死体遺棄、電子計算機使用詐欺、窃盗、強盗殺人、有印私文書偽造・同行使、電磁的公正証書原本不実記録・同供用、詐欺
事件名
 浜名湖連続殺人事件
事件概要
 浜松市の宅地建物取引士・川崎竜弥被告は2016年1月29日頃、浜松市内に住む元同僚の無職男性Sさん(当時62歳)のマンションで、Sさんを何らかの方法で殺害。実印やキャッシュカードなどを奪った。2月1日にSさんの軽乗用車の所有権を自身に移すと、5日にマンション、8日にオートバイ2台の名義を、委任状を偽造して相次いで自身に変更。8〜14日には浜松信用金庫のSさんの口座から計454万円を1日にSさん名義で不正に開設したじぶん銀行の預金口座に送金し、じぶん銀行のキャッシュカードを使ってATMで20万円を引き出していた。さらに18日にSさん名義で三井住友銀行に預金口座を開設。3月26日にSさんの老齢厚生年金の受取口座をこの口座に変更し、6月15日までの間に振り込まれたSさんの老齢厚生年金16万9730円をだまし取った。7月14日までの間に遺体を焼いて浜名湖周辺に遺棄した。
 被告とSさんは2009年に浜松市内の会社で同僚として出会ったが、13年にSさんが定年退職した後、個人的な付き合いはなかった。川崎被告は会社でトラブルを起こして退職していた。2人はともにバイクが趣味だった。Sさんは一人暮らしだった。

 2016年7月5日ごろ、静岡県磐田市のアパートで、知人である北海道美唄市出身で京都市在住の工員・男性Dさん(当時32)の腹部を刃物で2回突き刺すなどして殺害し、8日までの間に遺体を切断したうえで浜名湖周辺に遺棄した。
 7月8日、Dさんの右脚、左脚、両手の付いた胴体、頭部が浜名湖で発見された。7月14日、静岡県警はSさんのキャッシュカードを使って現金20万円を引き出した窃盗容疑と、Sさんの口座から計454万円を不正に移した詐欺容疑で、川崎被告を逮捕。8月31日、同区舘山寺町の浜名湖岸でSさんの肋骨や肩甲骨など数本を近所の住民が見つけた。静岡県警は9月16日、Sさんの骨の鑑定結果などから殺人・死体遺棄事件と断定し、浜松中央署に捜査本部を設置した。9月22日、Dさんへの殺人、死体遺棄・損壊容疑で川崎被告を再逮捕。12月8日、Sさんへの強盗殺人と死体遺棄、有印私文書偽造・同行使、電磁的公正証書原本不実記録・同供用の疑いで再逮捕。2017年3月3日付で、Sさんの年金を騙し取っていたとして、詐欺と有印私文書偽造・同行使の罪で被告を静岡地裁に追起訴した。

 この他に川崎被告は浜松市の無職男性と共謀し、2014年11月16日午前5時ごろ、浜松市の男性会社員宅の駐車場で止めてあった乗用車2台の窓ガラスなどを割った。さらに無職男性は、会社員の男性を暴行し、顔に2週間のけがを負わせた。浜松中央署は2017年9月13日、住居侵入と器物損壊の容疑で川崎被告を、住居侵入、器物損壊、傷害の容疑で無職男性を逮捕した。さらに2014年2月3日午前1時ごろから6時半ごろにかけて、同市にある会社の駐車場で、止めてあったトラック9台と乗用車6台のフロントガラスやサイドミラーなどを割ったとして、浜松中央署は2017年10月4日、2人を器物損壊の容疑で再逮捕した。
 この件について川崎被告は起訴されていないものと思われる。無職男性は起訴された。
一 審
 2018年2月23日 静岡地裁 佐藤正信裁判長 死刑判決
裁判焦点
 裁判員裁判。公判前整理手続きは2017年6月から2018年1月5日まで8回行われた。
 2018年1月16日の初公判で、川崎竜弥被告は起訴内容の認否について問われ、「黙秘」とだけ述べた。  冒頭陳述で検察側はまず、事件の全体像を示した。続いてSさんの事件の説明に入り、川崎被告が男性の生前から「(Sさんの)財産の情報収集をしていた」と指摘し、財産を奪う目的で計画的に犯行に及んだとの見方を示した。そして被告がSさんの生前からインターネットでマンション周辺の状況を調べたり、「不正な方法で入手」した合鍵でマンションに出入りしていたことも明かした。Sさんが2016年1月29日深夜に自宅マンションの防犯カメラに帰宅する姿が映って以降、出て行く姿が映っていないことを指摘。一方、被告が30、31の両日に「白いカバーで覆ったものを台車で搬出したり、畳を搬出したりする姿が映っていた」と述べた。被告が4月に友人に犯行をほのめかしていたことなどを挙げ、「川崎被告が犯人だ」と主張した。また、川崎被告が窃盗容疑で逮捕された7月以降に留置場の隣の房の男に犯行を告白していたとした。
 さらに検察側は(1)川崎被告とSさんは職場の同僚だったが、Sさんが定年退職した2013年以降個人的な付き合いはなかった(2)Sさんの所有物の名義が川崎被告に変更され始める2016年2月1日以前にSさんが家族や友人に自分の財産を手放す旨の発言をしたことはなかった−点などを挙げ、Sさんが自発的に川崎被告に財産を譲ったとは考えられないと主張した。
 弁護側は「川崎被告は実家に住んでいて資産には困っておらず、被告とSさんの間にトラブルが起きたことはなく、川崎被告が犯行を起こす動機はない」と訴え、無罪を主張した。
 午後の公判で検察側の証人として出廷した県警の捜査幹部は、被告の実家の倉庫にあった南京錠の掛かった工具箱にSさんの携帯電話機や自動車運転免許証をはじめ、Dさんの眼鏡や住基カードを発見し、重要証拠品として押収していたことを明らかにした。そして、犯行に使われたものとみられる台車が発見され、「(Sさんのものと)推認される血痕が付着していた」とも説明した。川崎被告は当初の窃盗容疑の調べに「(現金の引き出しは無職男性から)代理権を得ている。地方公務員に取り調べられる筋合いはない」などと述べ、以降は県警に対して一貫して黙秘を続けたという。
 17日の公判で証拠調べが行われ、検察側は、静岡県警による川崎被告の実家の捜索で、Sさんの血痕が付着した枕を押収していたことを明らかにした。Sさんの骨と枕カバーの血痕を照合したところ、DNA型が完全に一致したという。また、検察側はSさんの骨について「体全体にわたって、相当な火力で長時間焼損したと考えられる」とする解剖医の鑑定結果も示した。骨は死後3カ月以上経過しており、「別の場所で遺棄され、長時間漂流した可能性がある」としている。
 19日の第3回公判で証拠調べを継続し、検察側は須藤さんの遺体を切断後に搬出したとする見方を示した。犯行2日後の31日未明、川崎被告はマンションから血痕や赤い染みのついた畳を2枚一組にして3回にわたり計6枚を軽トラックに積み込み運び出したとしており、前日にはホームセンターで新調するための畳の見積もりを依頼していたことも明らかにした。また、川崎被告は犯行前の25日、近くのショッピングモールでSさん宅の合鍵4本を作成。その後、頻繁にSさんのマンションに出入りするようになり、地下駐車場や駐輪場付近を動画で撮影するなど、入念に下調べしていたことも明かし、綿密な犯行計画のもとに実行された殺人であることをうかがわせた。
 22日の第4回公判で証拠調べを継続し、検察側は被告実家の台車から見つかった血痕のDNA型が、Sさんのものとする鑑定結果を示した。それから、川崎被告がSさんの財産に関する情報を集めていたと明らかにした。また、川崎被告は2月下旬、Dさんと友人の男性に対して、Sさんとの養子縁組をメールで持ちかけていたことを明らかにした。このほか、川崎被告の元婚約者の供述証書も朗読。2016年4月、川崎被告から「良くないことをしてSさんの家を自分のものにした。こんな状態で結婚できない」などと伝えられたと説明した。
 23日の第5回公判で、弁護側と検察側による被告人質問が行われた。最初にたった弁護側の3問に対し、川崎被告はすべて「黙秘」とだけ答えた。続いて検察側は100以上の質問を行ったが、川崎被告はしっかりとした口調で「黙秘」とだけ答え続けた。送検後の取り調べについて検察官が「取り調べをしたのは私だったが覚えているか」と尋ねたのに対し、「よく覚えている」と答えた際と、別の質問にやはり「覚えている」と答えた時だけ、黙秘以外の言葉を発した。  24日の第6回公判で、裁判員1人と裁判官3人が川崎被告に質問。Sさん方マンションから運び出したとされる血痕のような染みの付いた畳の処分場所や方法、Sさんの財産が移転された経緯などを尋ねたが、被告は終始「黙秘」とした。その後検察側は、「真相を知りたい」「犯人が憎い。何をしたのか聞きたい。許せません」などとする遺族や友人の供述調書を読み上げた。、  26日の第7回公判から、Dさんの事件を審理。検察側は、防犯カメラの映像などから川崎被告は7月5日午前3時28分ごろ、磐田市のアパート付近におり、同日午前9時29分過ぎには近くの郵便局で特大サイズの段ボール3箱を購入。この約6時間の間にDさんを殺害したと推定。被告の実家から押収した軽トラックの荷台にDさんの血痕が付着していたと指摘した。弁護側は「身元引受人になってほしい」と申し出るなど、2人の関係は良好だったと主張。「2人の間に暴力に発展するトラブルが生じたこともなく、Dさんを殺害しても川崎被告には何の利益もない」と改めて無罪を主張した。
 同日の証拠調べで検察側は、アパートからDさんの血痕と骨片を発見したことを明かした。居間などに血液が飛散し、致死量に達していたと推定されるとした。一部には川崎被告の血液が混ざり、アパート居間からは頸椎の一部とみられる骨1片と歯の一部とみられる骨片2片が発見されたとしている。また、解剖の結果、Dさんの首や両足の皮膚などは刃物で切断され、骨は木工用のこぎりで切断されたと指摘。致命傷となった右わき腹の傷を含め9つの刺し傷があり、右後方から刺されたと明らかにした。
 29日の第8回公判で証拠調べが行われ、川崎被告が覚醒剤所持事件で京都刑務所に服役中だったDさんと交わした手紙や、Dさん出所後の2人の無料通信アプリLINEでのやり取りなどを証拠として提示。川崎被告はDさんの服役中にDさんの荷物を預かっていたが、Dさんの出所後、ラインで「7月3日に静岡にいなければ(荷物が入った)段ボールは処分する」などと圧力をかけていたと説明した。また、7月4日深夜から5日未明までのインターネットゲーム内のチャットには「上はカメラないかも」「狙うなら女子寮優先。会社には痛い」などと川崎被告が以前勤務していた会社への破壊工作をDさんにやらせようとしていたとも受け取れるやり取りも残されていた。検察側は、川崎被告がSさん失踪後の同年2月20日にDさんに送った手紙で、「浜松市にSさんという60代の子供がいない人がいるので、D君が養子縁組をしてくれれば助かる」などとSさんとの養子縁組を持ちかけていたことも明らかにした。
 29日の第9回公判で、警察署の留置場内で川崎被告の隣室にいたという男性の証人尋問が行われ、男性によると、川崎被告は「1人目(Sさん)はパーフェクトに殺したが、2人目(Dさん)は急ぎの仕事だったので、遺体を発見されてしまった」などと説明。殺害理由についてSさんは「マンションを取るため」、Dさんは「(「先生」と慕う男性の自宅に)泥棒に入ったので許せなかったから」と話していたことも明らかにした。検察側は証人尋問後、川崎被告が「先生」と慕う男性宅で窃盗があった事実は確認できなかったと指摘した。一方、弁護側は留置場内で男性が警察職員とトラブルになり、川崎被告が警察職員の味方をしたため2人の仲が悪化していたはずだと指摘。川崎被告も「『腕をへし折ってやる』と脅したのを覚えているか」「これで関係が悪化したと考えて良いか」と男性を問い詰めたが、男性は「それは仲直りしているでしょ」と反論した。この日はDさんの母親の証人尋問も行われ、黙秘を続ける被告に「なぜ殺害したにもかかわらず黙秘を続けるのか。卑怯だと思う」と述べ、「日本で最も重い死刑を」と極刑を求めた。
 2月2日の第10回公判で、3回目となる被告人質問が行われたが、川崎被告はこれまで通り「黙秘」を繰り返した。検察側は意見陳述としてSさんとDさんの遺族の手紙を朗読。Sさんの母親は手紙の中で「(Sさんは)大人になっても親や兄弟のことを大切に思ってくれていた。優しい子だからつけ込まれたとしか思えない。(川崎被告は)極刑以外にあり得ない」と訴えた。
 2月6日の論告で検察側は、これまでの公判で取り調べた証拠から、Sさんが殺害された事件について、被告が男性を死に至らしめた犯人▽被告に男性殺害の故意があった▽財産を奪う目的だった―などの点が認められるとした。Dさん殺害事件についても「被告が犯人でないなら、合理的な説明ができない」と強調。動機は「Sさん殺害の口封じ目的と考えるのが自然」と指摘した。そして「犯行の悪質性は極めて高く、極刑は免れない」と述べた。
 同日の最終弁論で弁護側は、「いずれの公訴事実についても無罪を主張する」との姿勢を改めて示した。
 川崎被告は最終陳述でも「(述べておくことは)ありません」とした。
 判決で佐藤裁判長は、主文の読み上げを後回しにせず、冒頭で死刑を宣告した。防犯カメラの映像など間接的な証拠を積み重ねていった検察側の主張を全面的に認め、「第三者による犯行の可能性はほとんど考えられない」と指摘。
 Sさん事件では、2016年1月30日に使用した台車に、SさんのDNA型と矛盾しない血痕が付着していたことや、31日にマンションから血痕のようなものが付着した畳を搬出していたことなどから、佐藤裁判長は殺害手段は「不明」としながらも、「川崎被告がマンションから運び出した段ボールの中にSさんの遺体が入っていた可能性が高い」とした。また、Sさんの財産移転に関して、判決では「Sさんが川崎被告に財産のほとんどを譲渡する理由がない」として検察側の主張を認定した。さらに、免許証や携帯電話など被害者の貴重品を持っていたことも「任意に預かったとは考えがたい」とし、被告から犯行を告白されたとする知人らの証言も「客観的な証拠と合致し、信用できる」と認定した。動機については「財産を奪う目的だったことは明白。周到に準備された計画的な犯行で、狡猾で物欲が際立っている」と非難した。
 Dさん事件では、Dさんが磐田市内のアパートで寝泊まりを始めて、遺体が発見されるまでの期間が短いことを挙げ、川崎被告以外にアパートに容易に入ることのできた第三者は存在しない可能性が高いとした。また、第三者の関与があれば、Dさんの遺体を切断するなどの行為は合理的ではないとして、「川崎被告が犯人でないとしたら合理的な説明がつかない」と結論付けた。ただ、Dさん殺害の動機に関しては、Sさんの殺害を察知した可能性は高いとはいえないとして検察側の主張を退け「明らかでない」とした。しかし、「強固な殺意に基づく情け容赦のない犯行」と指弾した。
 留置場の隣房にいた男性への犯行告白の信憑性については、「Sさんの遺体が発見される前のことであり、アパートで発見された中性洗剤など客観的証拠とも合致している」として、弁護側が主張した虚偽とする供述を退けた。
 そして、「半年以内に2人の命を奪った刑事責任は極めて重大。被害者両名の無念さは察するにあまりある」と批判した。また、黙秘を続ける被告に対し、「遺族が黙秘を続ける被告に峻烈な処罰感情を示すのも理解できる」と被害者遺族の感情を考慮。被告から謝罪や反省の言葉が一切なかったとし、「生命軽視の態度が著しく、一連の犯行は冷徹で残忍。死刑の選択はやむを得ない」と結論付けた。
備 考
 
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氏 名
ナカダ・ルデナ・バイロン・ジョナタン
事件当時年齢
 30歳
犯行日時
 2015年9月14日〜9月16日
罪 状
 強盗殺人、住居侵入、住居侵入
事件名
 熊谷6人殺害事件
事件概要
 2015年9月13日午後1時30分ごろ、外国人の男性から片言で金を無心されたと住民から相談を受けた熊谷市内の消防分署から、意味不明の言葉を話している外国人がいるとの通報があり、ペルー国籍のナカダ・ルデナ・バイロン・ジョナタン被告が熊谷署に任意同行された。ナカダ被告は署員に「母国のペルーに帰りたい」「姉が川崎にいる」と話した。
 川崎市に住む姉と電話で話し、姉は「ストレスをためているようだ」と説明。さらに、姉はナカダ被告が帰国を希望していることを明かし、「飛行機代くらいは出す」と伝えてきた。ただ、ナカダ被告も姉も細かい日本語を理解できず、同署は通訳を要請。その間、ナカダ被告はたばこを吸いたいといって署内の正面玄関わきにある喫煙所で一服した後、付き添いの署員を振り切って逃走した。現金3,417円入りの黒革の財布と健康保険証、在留カード、パスポートなどの所持品を残していた。付き添いの警察官は交通量が多いと追わなかった。その後、署員5人が警察犬を連れて付近を捜索したが、見つからなかったという。午後5時9分、熊谷市石原の住宅の物置小屋に男が侵入していると住民から110番通報があった。午後5時34分ごろ、別の民家の敷地に男が侵入したと住民から110番通報があった。いずれも「カネ、カネ」と話していた。
 ナカダ被告は9月14日午後5時ごろ、熊谷市内の夫婦(当時55、53)方に侵入し、奪った包丁で二人を殺害。乗用車とスマートフォン1台、現金約9000円などを奪った。午後6時5分ごろ、妻の父親が二人の遺体を発見し、110番通報した。
 15日、奪われた車が近くの駐車場で見つかった。熊谷署は、13日の住居侵入事件でナカダ被告の逮捕状を取った。熊谷署は防災無線による注意喚起を口頭で市教委に要請したが、防災無線による注意喚起は、所管する市安心安全課に文書で要請することになっていたたため、注意喚起は行われなかった。
 9月15〜16日、ナカダ被告は最初の殺人現場から約1km離れた独り暮らしの女性(当時84)方に無施錠の1階窓から強盗目的で侵入し、1階和室で女性の腹部を数回、突き刺すなどして殺害し、新たに包丁を奪ったほか、遺体を風呂場の浴槽に入れ、蓋などをかぶせて隠した。
 16日、熊谷市の会社員方に無施錠の1階窓から侵入、1階トイレで妻(当時41)の胸を包丁で数回、突き刺すなどして殺害して、敷毛布をかけて1階クローゼットに隠す一方、学校から帰宅した小学5年の長女(当時10)、小学2年の次女(当時7)を2階寝室で切りつけて殺害、2人の遺体を2階クローゼットに隠した。
 16日午後4時半ごろ、三番目の犠牲者方に訪れた女性の義理の娘が、「家の中に血痕があり、義母の姿が見えない」と110番通報。駆けつけた警熊谷署員が浴室で女性の遺体を発見した。この事件で周辺の聞き込みをしていた捜査員が午後5時半ごろ、西に約100m離れた民家の扉が開いたままで中に声をかけても返答がなかったため、裏に回り込んだところ、2階の窓から顔を出し、自分の腕を刃物で刺しているナカダ被告を見つけた。ナカダ被告は間もなく2階の窓から飛び降り、頭の骨を折るなどの一時意識不明の重体となって深谷市内の病院に運ばれた。捜査員はこの家の屋内3人の遺体を発見した。
 ナカダ被告は2005年4月にペルーから入国。在留資格はあった。父が日本人、母がペルー人の日系2世で姉2人と兄2人が日本で暮らしている。その後、派遣会社などに登録し、関東や関西、九州、東海など各地の食品工場を転々としていた2015年7月30日からは埼玉県の工場で働いていたが、「作業があわない」と本人から申告があり、8月15日からは伊勢崎市の工場で働いていた。しかし9月12日、「背広を着た人に追われ、工場に戻れないので辞めます」と人材派遣会社の担当者に電話をかけ、そのまま姿を消していた。
 ナカダ被告は入院から約1週間後に意識を回復。医師の許可が出たため、県警は10月8日、夫婦に対する殺人と住居侵入容疑でナカダ被告を逮捕した。しかしナカダ被告は頭痛がすると言い、15日に再入院。髄膜炎などのおそれがあるとして22日に頭部の手術を受けた。23日、さいたま地検は勾留の執行停止をさいたま簡裁に請求し、認められた。地検は29日、執行停止を取り消すよう申し立て、30日、簡裁は決定を出した。
 弁護団は10月30日付で、証拠保全のための精神鑑定をさいたま簡裁に請求した。後日、同簡裁は「現時点では必要ない」などとして却下していた。
 11月25日、県警は親子3人の殺人容疑でナカダ被告を再逮捕した。
 ナカダ被告は12月8日から2016年5月13日まで鑑定留置された。さいたま地検は5月20日、責任能力が認められると判断して、強盗殺人と死体遺棄、住居侵入容疑で起訴した。
一 審
 2018年3月9日 さいたま地裁 佐々木直人裁判長 死刑判決
裁判焦点
 裁判員裁判。公判前整理手続きは2017年4月10日から2018年1月15日まで実施された。
 弁護側は地裁に精神鑑定を請求し、第1回手続きで認められた。弁護側が推薦した、捜査段階とは別の医師が鑑定した。事件時にナカダ被告は統合失調症を発症しており「統合失調症に基づく妄想に支配され、犯行を実行した」などと診断された。

 2018年1月26日の初公判で、ナカダ・ルデナ・バイロン・ジョナタン被告は罪状認否でスペイン語の通訳を通し、「私もカップを頭の上に置いた」などと意味不明な発言を続けた。弁護側は「被告は事件について語ることができない。全ての起訴内容について意見を留保し、今後犯罪が成立するとなった場合は心神喪失で無罪を主張する予定だ」と述べて認否を留保した。
 検察側は冒頭陳述で、これまでに接点のない3件の事件現場に立ち入り、被害者らと接触した痕跡があることから、被告が犯人であると指摘。包丁で身体の主要部を多数回突き刺す殺意があり、任意同行された熊谷署に現金などを置いたまま逃走していて金銭に窮していたことなどから強盗目的と断じた。また、責任能力については、被告に被害妄想や誰かに追われている追跡妄想があったものの、関係のない6人が殺害され、金品が奪われたこととは直接結び付かず、妄想の影響は間接的であるとした。また遺体を発見困難な場所に隠すなど自己防衛的な行動をとっており、善悪の判断能力に著しい低下はなかったとした。 弁護側は、被告が統合失調症にかかり、誰かが自分を殺しに来るという妄想に支配されていたと主張。事件の前に任意同行された熊谷署から逃走した後、「気が付くと病院のベッドの上だった」とし、「現在、事件について語ることができない」と述べた。
 29日の第2回公判で、最初の犠牲者となった熊谷市の夫妻の長男は「犯人に一番重い処罰を望む」と極刑を求めた。
 30日の第3回公判で、3番目の犠牲者となった女性の義理の娘が出廷。「なぜ殺さなくてはいけなかったのか。厳罰をお願いします」と述べた。また妻と娘2人を殺害された男性が出廷し、ナカダ被告に対して「絶対に許さない。死刑以上の判決があるなら、それを望みたい。3人が苦しんだ以上の苦しみを3回味わわせたい」と述べた。
 31日の第4回公判で、事件直後に負傷して入院した病院の担当医師が証人として出廷し、被告が意識を回復した後、「2人、殺した」と日本語で言葉を発したことを証言した。一方、医師は、重体患者が意識を回復したときに判断力の低下で幻覚や錯覚を示す場合があるといい、当時の被告についても「その可能性は否定できない」と述べた。「2人」と「殺した」を続けて言ったのではなく、医師との1分間ぐらいのやりとりの中で二つの言葉を発したという。ナカダ被告と17歳離れた実姉も証人として出廷し、来日後に一緒に暮らしていたときに、ナカダ被告が「黒い影が現れて寝かせてくれない。家の中に悪いものがいる」と話していたことを証言。姉によると、ペルーでは悪魔のような存在が人々に広く信じられており、「強い口調で言えば消える」とナカダ被告を諭し、医療機関は受診させなかったとした。
 2月7日の第7回公判でナカダ被告の姉が出廷し、事件直前に被告と電話した内容を証言した。当時のナカダ被告の様子について、「とても焦っておびえていた。意味不明なことを話していた」と証言。その原因について聞かれると、「寝不足によるストレスではないか」と答えた。
 9日の第9回公判で、ナカダ被告は被告人質問で、「日本で人を殺したことがあるか」との弁護人の質問に対し、「覚えていない」と5回繰り返した。その他の質問には、「天使が落ちてきた」「猫が私に言った」など意味の分からない発言をしたり、無言だったりした。
 13日の第10回公判で、地裁が実施した精神鑑定で被告を統合失調症と診断した男性医師が出廷した。医師は、現在の被告の精神状態について「自発的な行動や周囲への反応が少なく、幻聴もある」と指摘。事件前の状態に関しては、「追われている」などの被告の証言や熊谷署に所持品を残して逃走したことなどから「切迫した身の危険からの逃避行中に犯行が行われた。状況を誤って被害的に確信しており、突発的、衝動的な行動が事件に影響した可能性がある」とした。
 14日の第11回公判で引き続き男性医師が出廷し、被告が事件前に語った「追われている」「殺される」などの被害妄想や精神的不穏が犯行に影響した可能性を指摘。一方で「妄想や不穏がなければ事件は起きなかったと思う」と証言した。被告が事件現場となった複数の住宅で財布を物色したり、遺体を隠したとされる行為についても、「妄想で説明がつくか、つかないか、何か現実的な理由があるか。被告の説明が一切得られないので判断できない」と語った。
 19日の論告で検察側は、被告に被害妄想や追跡妄想はあったが「物事の認知は正しくでき、社会的ルールに合わせた行動を取る能力はあった」と指摘。事件後に上着を着替えるなど「自己の行為が犯罪であることを理解し、対処する行動を取っている」と述べ、完全責任能力があると主張した。
 同日の最終弁論で弁護側は、強盗殺人について、妄想により「追跡者から逃れるために家に入ったと考える方が自然」と主張し、殺人と窃盗の罪にとどまると反論。統合失調症の圧倒的影響下にあり「善悪の区別がつかず、思いとどまれなかった疑いが残るなら、裁くことはできない」と訴えた。
 判決で佐々木裁判長は、冒頭で主文を言い渡した。被告は公判で事件について具体的に話すことはなかったが、現場から被告とDNA型が一致する唾液などが検出されていることから「被害者たちの死亡に直接関与したと推認できる」として3件の強盗殺人罪などの成立を認めた。そして、「犯行当時妄想があったとは認められるが、犯行を命令するような幻聴は認められない」とし、「精神障害は犯行に間接的な影響を与えるにとどまっていると考えるべきだ」として、完全責任能力を認定した。また、「被告が人の生命を奪う危険な行為と分かって行っていたことは明らか」と殺意を認定。犯行時、ナカダ被告が被害者の遺体を隠していたことや現場の血痕を丁寧に拭き取るなど証拠隠匿も図ったことなどについては、「自己の行為が法に触れているということが分かっていた」と指摘。被害者の血痕を拭き取っていたことも挙げ、「罪証隠滅に気を払う冷静さもみられる」などと述べた。一連の犯行については「金品を得ようとした一貫してまとまりのある行動」とし、殺害の状況についても「確実に死に至らしめる行為で、特段異常な点は認められない」と認定した。そして、「何ら落ち度のない6人もの生命が奪われた結果は極めて重大。死刑をもって臨むことがやむを得ない」と述べた。

 弁護側は即日控訴した。
備 考
 ナカダ・ルデナ・バイロン・ジョナタン被告の兄の一人は、ペルーで2005〜2006年、拳銃で17人を殺害したとして、2006年に逮捕され、2007年に禁錮35年の刑を言い渡されていた。実際には25人を殺害したと供述していた。妄想型統合失調症と診断され、医療刑務所に収監されている。
 埼玉県警は2015年10月29日、反省点と今後の取り組みをまとめた報告書を公表した。住民への注意喚起が不十分だったとされた点を検討。積極的な注意喚起が必要とし、今後の取り組みとして「『戸締まりをしてください』『不要な外出を控えてください』など具体的な措置を示すよう努める」ことを盛り込んだ。また「高齢世帯にも確実に情報が届くよう、メール以外の情報発信を活用する必要がある」とし、地元密着型のローカルテレビなどとの連携▽自治会、町内会などのネットワークの活用▽防災無線の積極的な活用――を進めるとした。他に、外国語に通じた警察官の育成や、民間の嘱託通訳人の拡充を図るとした。県警が直轄警察犬を保有しておらず、署から逃走したナカダ容疑者の捜索のために民間の嘱託警察犬を手配した際、約3時間がかかったことを踏まえ、直轄警察犬の導入や犬舎の整備を急ぐとした。
 埼玉県警の報告書公表にあわせ、警察庁は29日、連続発生の恐れのある凶悪事件が起きた場合の対応強化を求める通達を全国の警察本部に出した。発生直後に事件の性質がはっきりしない場合でも、連続して被害が出る可能性を前提に初動捜査を行うとともに、住民に情報を提供することを求めている。
 2015年12月、市と警察署と自治会連合会の三者によって結ばれた不審者・犯罪情報提供をめぐる協定「熊谷モデル」が締結された。生命身体への危険などを基準に情報を3段階に分類し、防災無線、市のメール、自治会連絡網を積極的に利用する。また、三者の連絡窓口を一本化し、防災無線の依頼手順などを明記。情報交換を年1回以上行う三者間協議会を設置する−などが内容。熊谷市を皮切りに、2016年6月までに県内全39警察署と全63市町村で協定が締結された。
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氏 名
今井隼人
事件当時年齢
 23歳(2016年2月15日逮捕時)
犯行日時
 2015年11月4日〜12月31日
罪 状
 殺人
事件名
 川崎市老人ホーム連続転落死事件
事件概要
 川崎市幸区の有料老人ホームの施設職員、今井隼人被告は2014年11月4日午前1時40分ごろ、要介護3の男性(当時87)を施設4階のベランダから投げ落として殺害した。12月9日午前4時10分ごろ、要介護2の女性(当時86)を4階のベランダから投げ落として殺害した。さらに12月31日午前1時55分ごろ、要介護3の女性(当時96)を6階のベランダから投げ落として殺害した。今井被告は1件目と3件目の第1発見者で、2件目の転落発生時も施設内で当直勤務をしていた。
 今井隼人被告は神奈川県綾瀬市の医療系専門学校に進学し、救急救命士の資格を取得。2015年4月下旬、老人ホームの採用面接を受け、介護職員として働き始めた。
 事件後、今井被告は当直勤務から外された。2015年1〜4月、今井被告は入所者の居室から現金や貴金属を盗む事件を計3件起こしたとして5月に窃盗容疑で逮捕され、懲戒解雇された。裁判で19件の窃盗を繰り返したことも明らかになり、同9月、懲役2年6月、執行猶予4年の判決を言い渡された。
 事件は当初、事件か事故か判断できない「変死」として処理されていた。3件の転落死を担当した検視官はそれぞれ別だった上、管轄の幸署は同じ施設で死亡が相次いでいることを認識していたものの、3件目が発生するまで、神奈川県警本部に状況を報告していなかった。遺体は司法解剖されずに火葬された。神奈川県警が本格的に捜査に参加したのは、2015年5月だった。
 不審な転落死が続いたことは、2015年9月、表沙汰となった。厚生労働省は介護保険法に基づき、老人ホームの親会社に業務改善勧告を出した。
 神奈川県警は2016年1月下旬から今井被告を任意で事情聴取。2月13日までは関与を否定していたが、県警が翌14日の聴取への協力要請をしたところ、「気持ちを整理したい。明日は休ませてほしい」と申し出た。同15日に再び聴取に応じた今井被告は一転、「本当のことを言わないといけないと思った」と話し始め、1件目の殺害を認めた。県警は同日、殺人容疑で今井被告を逮捕した。3月4日、2件目の殺人容疑で今井被告を再逮捕。3月25日、3件目の容疑で今井被告を再逮捕した。
一 審
 2018年3月22日 横浜地裁 渡辺英敬裁判長 死刑判決
裁判焦点
 裁判員裁判。被告が3人を転落させたことを示す具体的な物証や目撃証言はない。
 2018年1月23日の初公判で今井隼人被告は、「起訴状記載の時間帯に施設にいたことについては記憶はあるが、何もやっていません」と起訴内容を否認した。
 検察側は冒頭陳述で「事件性」「犯人性」「捜査段階の自白の信用性」「責任能力の有無」の4点を争点に挙げた。「入居者は自分で飛び降りる力は無く、全事件の時間帯に勤務していた職員は今井被告だけ。今井被告以外の犯行の可能性は極めて低い」と指摘した。また、 被告が逮捕前の取り調べで「殺そうと思った」などと3人の殺害を自白した様子を録音・録画した映像などで犯人性を立証するとした。さらに量刑を決める際には、「介護職員への信頼を利用した卑劣な事件」である点や、「3人死亡という結果の重大性」「高齢化社会への不安、影響が大きいこと」などを考慮するよう求めた。
 弁護側は「警察からの圧迫でうその自白をした。転落死は(事件ではなく)事故や自殺などの可能性がある」として殺人罪の成立を争い、無罪を主張した。また、これまでに実施された精神鑑定の結果から、「発達障害がある」などとして、被告の刑事責任能力を争う姿勢も示した。
 2月8日の公判で今井被告の母親が証人として出廷し、逮捕前に今井被告から電話で、「自分が殺した」と話したと証言した。
 13日の公判における被告人質問で、今井被告は3人が転落死した時間は施設内の別の場所にいたと関与を否定し、介護のストレスも「ありません」と供述した。
 14日の公判における被告人質問で、今井被告は捜査段階で犯行を自白したことについて、「警察官から言われたヒントをもとに想像したり、推測したりして犯行の様子を話した」と説明し、改めて無罪だと訴えた。また、「録音・録画が始まる前の任意の取り調べで警察官から圧迫された」と述べた。警察官のどんなヒントをもとに自白したのかを問われると、「覚えていません」などと述べた。
 15日の公判で、横浜地裁は今井被告の自白調書を証拠採用した。調書の信用性を判断する補助証拠として、取り調べを録音・録画した映像も採用した。取調官も証人出廷し、「この事件では供述が重要になるので、自白の信用性・任意性が疑われる行為は絶対にしないという県警の方針だった」などと証言した。
 16日の公判で、2016年2月15日に神奈川県警が今井被告に任意の取り調べを行い、今井被告が殺害を認め状況を詳細に話し、動機について語った映像が流された。同18日に黙秘になった様子も流れた。
 20日の公判で、検察側は「今井被告は軽度の発達障害や知的障害があり、犯行や動機に一部影響している」と前置きした上で、「心理状態は正常だった」などと刑事責任能力が問えると主張した。
 27日の公判で被害者3人の遺族がそれぞれ意見陳述し、いずれも「極刑を望む」などと訴えた。
 3月1日、2人の被害者遺族が被害者参加制度を利用、代理人を通じて「被告は不自然な供述ばかりで真実を明らかにせず、謝罪もない」と死刑を求めた。
 同日、論告で検察側は、被害者はいずれも高齢で身体能力が低く、ベランダの柵を自力で乗り越えることは難しいと指摘。「二カ月間で3人が夜中に転落死しており、同一犯による殺人事件であるのは明らか」と主張。すべての発生日に夜勤だったのは今井被告だけであり、転落する入所者を名指しで「予告」していた。関係者の証言や被告人質問などで「被告が犯人である立証は十分」と述べた。逮捕前の取り調べでの自白は詳細で信用性が高いとし、「被告は公判前には『人を転落させた記憶がない』などと不合理な主張をしていた」と非難した。動機については「入所者を減らしたかったのと、心肺蘇生している姿を見せて評価されたかった」などと指摘した。その上で「高齢な入所者の介護職員への信頼を利用した、冷酷、卑劣で残虐な連続殺人で生命軽視の態度は著しい。反省の色もなく情状酌量の余地もない。極刑は免れない」と述べた。
 同日の最終弁論で弁護側は、3人の被害者は自力で歩行でき、同じ程度の要介護高齢者がベランダから転落死した事例が他の施設で報告されているとして、「自殺や事故の可能性がないとは言い切れない」と主張し、「事故だったという疑問は残らないか」と裁判員らに問いかけた。「予告」については「介護職員としての経験から危ないと感じる人を挙げただけだ」と訴えた。さらに、「防犯カメラの映像や目撃者の証言もなく、物的な証拠がない。事件性、犯人性を裏付ける客観的証拠は一切ない」と検察側に反論。自白については、任意の取り調べを始めた1月31日から録音・録画ができたにもかかわらず、警察がしていなかったことを指摘。撮影していない時に「お前がすべきなのは事実を認めること」「きちんと話すまで家には帰れない」などと言ったり、意に沿わないことを被告が言うと黙ったりする圧力があったために虚偽の自白や家族への告白をしたと主張した。そして「疑わしいだけでは処罰できない」と無罪を主張した。さらに、仮に犯人でも、生まれつき発達障害などがあり責任能力が限定的とした。
 今井被告は最終意見陳述で「取調官の圧力に負け、うその自白をしてしまった。今は取調官に強い怒りを覚えます」と語り、最後に「この法廷では真実しか話していない。どうか信じてください、私は何もやっていません」と訴えた。
 判決で渡辺裁判長は、主文の言い渡しを後回しにし、理由から読み上げを始めた。
 判決はまず事件性を検討し、転落死した3人のうち女性2人は「自力でベランダの柵を乗り越えることは不可能」と指摘。別の男性も「事故や自殺の可能性はほぼない」として3件とも第三者による事件と認定した。さらに、被告が3件の発生時にいずれも夜勤をしていたことや、逮捕直前に母親に電話で「自分がやった」と述べたことなどから「被告が犯人と推認できる」とした。焦点となった捜査段階の信用性については、法廷で再生された取り調べの録音・録画映像から「取調官の高圧的な態度や誘導姿勢はない。具体的、迫真的で現場の状況と一致する内容の供述で、自白の信用性は相当に高い」と述べた。被告が公判前の精神鑑定で診断された「自閉スペクトラム症」の影響も顕著ではないとして、責任能力も認めた。そして、「被害者を物でも投げ捨てるかのように転落させた人間性のかけらもうかがえない冷酷な犯行」だと厳しく指摘。「約2カ月で3回も殺害を繰り返し、入所者を守るべき立場を顧みず、施設や家族の信頼を踏みにじった。裁判での説明は全体として完全に破綻している。真実を知りたい遺族の前で犯行を否認し、反省の態度はみじんもうかがえず、更生の出発点にも立っていない。情状の余地は認められず、極刑もやむを得ない」と量刑理由を述べた。

 弁護側は即日控訴した。
備 考
 事件が起きた老人ホームでは、入所者への暴力や暴言などの虐待行為も発覚した。川崎市は転落死事件が表に出た2015年9〜10月、施設へ計3回の立ち入り検査を実施。12月、神奈川県警が別の元職員3人を暴行容疑などで書類送検。川崎市は転落死や虐待に関して施設側が正確に事実関係を把握できず、十分な対策も講じなかったと結論づけ、施設からの介護報酬の請求を2015年2月から3カ月間停止させる行政処分を出した。横浜地検川崎支部は2016年2月、暴行罪で男性1人を在宅起訴、業務妨害の容疑で書類送検された別の男性2人を不起訴処分とした。2016年4月18日、男性1人に対し、懲役8月執行猶予3年(求刑懲役1年)の判決を言い渡した。
 神奈川県警は今回の反省から2015年8月、同一施設での過去の不審死などを検索できる新システムを導入した。
 川崎市は、介護施設の急増と市職員の人員不足により施設の実態把握が遅れたとして、2016年度から担当職員を4人増員し、13人態勢とした。
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