最高裁係属中の死刑事件


氏 名
C・Y
事件当時年齢
 18歳
犯行日時
 2010年2月10日
罪 状
 殺人、殺人未遂、銃刀法違反、未成年者略取、傷害
事件名
 石巻3人殺傷事件
事件概要
 宮城県東松島市に住む解体工の少年(当時18)は同市に住む無職少年(当時17)を連れ2010年2月10日午前6時40分ごろ、宮城県石巻市の男性宅に合鍵を使って侵入。交際していた男性の次女(当時18)と話をさせるよう長女(当時20)に求めたが断られため、持っていた牛刀(刃渡り約18cm)で長女の腹部を刺して殺害した。さらに悲鳴を上げておびえる知人の女子高校生(当時18)の肩をつかんで立たせ、腹部を何回も突き刺して殺害。救急車を呼ぼうとした友人男性(当時20)も刺して大けがを負わせた。
 さらに少年2人は、2階にいた次女を連れ出し、約6時間にわたり、知人から借りた乗用車2台を使い、石巻市や東松島市などを逃げ回った。2人は10日午後1時過ぎ、石巻市内の知人宅を出たところを拉致と監禁容疑で現行犯逮捕された。
 また2月4日〜5日には当時同居していた次女の全身を鉄棒で殴るなどして重傷を負わせた。
 凶器の牛刀と手袋は無職少年が解体工少年に指示され、石巻市内のホームセンターで万引きしたものだった。
 少年と次女は2008年8月ごろから交際し、一時期同棲していた。しかし2〜3週間後から暴行が始まったため、次女は2009年2月以降、石巻署に相談。石巻署は少年に警告していた。次女は同時期、同署の紹介で、家庭内暴力(DV)の保護施設に入ったが、間もなく、同署に「(少年と)よりを戻した」と連絡した。2009年10月には女児が誕生。しかし暴力は続き、2010年1月以降、石巻署への相談が再び増加。女性は6日に実家へ戻ったが、9日夜にも少年が女性宅に入り込んで長女に警察を呼ばれて追い出されており、10日に診断書と傷害の被害届を出す予定だった。事件当時、家には男性、男性の母親、次女の娘(4ヶ月)が居たが無事だった。女子高生と知人男性は日頃から姉妹の相談を受けており、この日も相談にのるために居合わせていた。
 少年は市内のアパートで30代の母親と同居したり家出したりを繰り返していた。2009年4月にはアパートの階段で母親に殴る蹴るの暴行を加え、肋骨を折るなど全治約4週間の重傷を負わせた。5月に逮捕され、6月に保護観察処分となり、事件当時も観察中だった。
 共犯の少年は主犯の少年に普段から使い走りをさせられており、事件時も「やらないならお前も殺す」と脅されていた。事件時には殺害現場の部屋の入り口で次女らの逃げ道をふさぐなどし、事件後には「お前が罪をかぶれ」と脅され、凶器の牛刀に指紋を付けさせられ、犯行後には返り血のついたダウンジャケットを着させられていた。
 少年2人は3月4日、殺人、殺人未遂容疑などで再逮捕され、6日に送検された。26日、主犯の少年をは殺人他容疑で、共犯少年は殺人ほう助他容疑で仙台家裁に送致された。4月19日、仙台家裁は共犯少年を殺人ほう助、殺人未遂ほう助の非行事実で検察官送致(逆送)を決定した。21日、主犯少年を殺人他の非行事実で検察官送致を決定した。仙台地検は28日、共犯少年を殺人ほう助罪などで仙台地裁に起訴した。30日、主犯少年を殺人罪などで仙台地裁に起訴した。
一 審
 2010年11月25日 仙台地裁 鈴木信行裁判長 死刑判決
 判決文「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい)
控訴審
 2014年1月31日 仙台高裁 飯渕進裁判長 控訴棄却 死刑判決支持
裁判焦点
 裁判員裁判。被告は事件当時18歳7ヶ月。公判前整理手続きで主な争点は(1)刑事処分ではなく、少年法に基づく保護処分が妥当か(2)殺意の程度(3)略取の故意の有無――に絞られた。
 2010年11月15日の初公判で少年は罪状認否で殺人の計画性や略取など起訴事実の一部を否認したが、殺人などについては「間違いない」と述べ、大筋で認めた。
 冒頭陳述で検察側は、3人殺傷の状況を「無抵抗の長女を深々と牛刀で刺した」などと詳述し「残忍で悪質」と非難。動機に関し「女性との仲を引き裂こうとしている姉を殺そうとした。強固な殺意があった」と指摘した。「被害者遺族の処罰感情がしゅん烈。犯罪性向が根深く、もはや更生の可能性はない」と述べた。
 一方、弁護側は「次女と話したいと思って自宅を訪れた時に殺意はなかった」として、現場で突発的に殺意が生じたと反論。「深く反省し謝罪の気持ちを持っている」と述べ、保護処分が相当で家裁への移送を主張した。
 19日の論告で検察側は「事前に準備した牛刀で、命ごいする被害者をメッタ刺しにするなど残虐で冷酷。共犯者に罪をかぶせようとした」などと指弾。「保護観察処分中に事件を起こしており更生は期待できない。遺族も極刑を求めている」とした。光市母子殺害事件の広島高裁での差し戻し控訴審で事件当時18歳1か月の少年に出された死刑判決を挙げ、「いずれも殺害されたのは2人だが、本件は殺人未遂の1人が加わる」などと量刑判断を説明した。
 弁護側は、3人殺傷を認めたうえで「殺意は犯行直前に突発的に生じた。反省しており、少年は人格がこれから変わり、更生する可能性は十分ある」と述べ、「死刑は、人間の生命そのものを永遠に奪い去る冷厳な究極の刑罰。少年法の理念とはかけ離れている」と極刑の回避を訴えた。そして少年院送致などの保護処分が相当と訴えた。
 少年は最終陳述で「どんなに反省しても、悔やんでも、絶対に帰ってこない。遺族の傷跡は深く、僕のことをずっと恨んで、許せないと思っています」。数十秒の沈黙を挟み、少年は、「僕みたいな最低なことをしてしまう人が現れないように、今後のためにも、厳しく処罰してください」と頭を下げた。
 判決理由で鈴木裁判長は「(最高裁が示した死刑適用基準の)永山基準に照らし、遺族感情に考慮した。事件当時18歳7ヶ月だったことは刑を決める上で相応の考慮は払うべきだが、死刑を回避する理由にならない」と断じた。また少年が否認していた未成年者略取罪などについても全面的に認定した。犯行態様について「無抵抗な被害者にためらいなく牛刀を何度も突き刺し、傷の深さは肺にまで達するなど、極めて執拗かつ残虐で冷酷さが際立っている」と指摘。交際相手の少女を手元に置きたかったとした動機も「身勝手」と非難。3人殺傷の結果も極めて重大とした上で、「被害者や遺族の処罰感情も厳しく、この点も量刑上考慮するのが相当だ」と述べた。別の事件で保護観察中だったことや元交際相手の少女に日常的に暴力を振るっていたことにも触れ、「犯罪傾向は根深く、他人の痛みや苦しみに対する共感性も全くない」と指弾。公判で語った反省の言葉について「自分の言葉で反省していない。事件の重大性を十分認識しておらず、反省に深みがあるとは言えない。更生可能性は著しく低い」と認定し、死刑が相当と結論づけた。

 少年被告は当初控訴に消極的であったが、弁護団の説得に応じ控訴した。控訴審では弁護士15人からなる弁護団で元少年の弁護にあたった。
 2011年11月1日の控訴審初公判で、弁護側は一審判決判決が3人の殺傷が計画的犯行としたことについて、「警察に通報されたと思いこみ、感情のコントロールを失って、強い情動に突き動かされて犯行に及んだ」と反論。量刑についても、「成長発達途上にある少年には、更生可能性があるものと推定されるべき」と述べ、「命を持って償わせるべき事件でないことは明らか」と訴えた。一方、検察側は「犯行後、共犯者らに被害者の身体のどの部分を何回刺したかについて説明するなど、感情のコントロールを失い、強い情動に動かされて犯行に及んだものではない」と指摘。「自己の行為を十分認識しつつ殺害行為を行った」と述べ、計画的な犯行と改めて主張。一審判決は「詳細に検討した上での結論であり、判断は適切」と支持した。
 12月16日の第2回公判で、殺害された長女の司法解剖を担当した男性医師が証人として出廷し、腹部の傷について、「(傷の形は)複数回の牛刀の抜き差しでできるが、確定ではない」と述べた。その上で、「被害者の体が大きく動いた場合にも同様の形になり得る」などとし、「複数回の抜き差しがなかったとしても説明は可能」と指摘した。一審判決では「長女を牛刀で刺した状態のまま、2、3回前後に動かした」とし、犯行態様の残虐性の証拠としている。弁護側は控訴趣意書で「客観的証拠がない」と指摘、控訴審の争点の一つとなっている。
 2012年2月9日の第3回公判では、弁護側の依頼で2011年4〜6月に被告を精神鑑定した医師が証人として出廷した。犯行について医師は、「犯行は突発的な感情の変化による爆発的行動である情動行為で、意識障害に陥った」と証言した。情動行為が起きた原因として、過去の被虐待歴や元交際相手との過剰な共依存関係などを挙げた。一審判決が「更生可能性は著しく低い」とした点についても、更生は可能との見方を示した。
 7月25日の第4回公判で、検察側証人の国立精神・神経医療研究センターの岡田幸之・司法精神医学研究部長は「少年に医学的な意味での精神障害はない」と述べた。
 10月23日の第5回公判で弁護側は、共犯の元少年が2012年1月、自分の裁判の弁護人だった弁護士あてに、「(少年が)『殺す』と言っていなかった場面でも、言っていたことにして証言した」などとする手紙を送っていたと述べた。弁護側は、この手紙を証拠として申請したが、高裁は却下。弁護側は「事件に計画性がないことは明らか。共犯の元少年の供述は検察官の作為によって作り出された」として、元少年を証人申請した。高裁は採否の決定を留保した。
 12月6日の第6回公判における被告人質問で、被告は一審で認めていた殺意を否定した。
 2013年4月26日の第9回公判で、共犯者の元少年が弁護側の証人として出廷し、「被害者宅に入ったのは殺害ではなく脅す目的。被告は突発的に被害者を刺した」などと一審時の証言を覆し、犯行の計画性を否定した。「証人テスト」といわれる検察官との打ち合わせで「被害者を非難するようなことを言ってはいけない」と言われたため、被害者の通報が殺害のきっかけになったと捉えられないよう、一審では偽りの証言をしたという。
 5月30日の第10回公判で、被告は一審で認めていなかった事件直前の元交際相手の次女への暴行などに対して、「共犯が本当のことを言ってくれたから、自分も言う」と前置きし、一転して認める供述をした。
 7月12日の第12回公判における証人尋問で、殺害された知人高校生の父親は「そばにいた交際女性は認識し、刺していない。被害者の体の重要な部分を狙って刺している」と述べ、衝動的な犯行との見方を否定した。大けがを負った友人男性も、「心的外傷後ストレス障害になり、完治していない。死刑を望む」と話した。また仙台高裁は、弁護側による新たな精神鑑定を却下した。
 8月29日の第13回公判で、被告は「償うために生きたい」と訴えた。
 11月21日の第14回公判における最終弁論で弁護側は、共犯の元少年が一審での証言を翻し、「(元交際相手の女性宅に行ったのは)脅すつもりで、殺意はなかった」と述べ、被告も「刺した時の記憶はない」と証言したことを強調。被告を精神鑑定した医師の証言などと併せ、「情動による衝動的犯行」とし、計画性を改めて否定し、死刑判決の破棄を求めた。一方、検察側は「殺傷能力の高い牛刀を共犯者に万引きさせたり、手袋を着けたりした行為は脅し目的とは矛盾する。元交際相手や共犯者は刺しておらず、相手を選別していた」と弁護側の情動説を否定し、控訴棄却を求めた。
 判決で飯渕裁判長は共犯の元少年が、検察官から虚偽の証言を強要されたと主張したことについて、「一審時の証言は十分に信用に値する。証言の強要があったとは認められない」と判断した。殺害の計画性についても、「殺意が(元交際相手の連れ去りを妨害された場合という)条件付きだったとしても、相応の計画性があった」と認定した。そして飯渕裁判長は、最高裁が死刑判断の基準として示した「永山基準」に沿い、被害者を何度も牛刀で刺した殺害方法の残虐さや、若年の3人の男女を殺傷した結果の重大性について強調。被告が当時18歳7カ月だったことや、幼少期に虐待を受けて育ったことなど「酌むべき事情は最大限考慮した」上で「人命軽視の態度は顕著。動機は身勝手で酌むべき余地は全くない。死刑の選択を回避する余地があると評価することはできない」と結論付けた。

 2016年4月25日の上告審弁論で弁護側は、「殺害は衝動的で、犯行時は意識障害があり、記憶がない」と主張。元少年が犯行当時18歳7カ月だった点について「二審判決は少年という特性に配慮していない。未成熟さが背景にある犯行は、死刑選択に慎重であるべきだ」「元少年の更生可能性などに重大な事実誤認がある」などとして、死刑は重すぎると訴えた。検察側は「具体的な計画に基づき、犯行後の記憶もあった。犯行時が少年とはいえ、執拗かつ残忍な犯行で結果は重大だ。極刑をもって臨むほかない」と上告棄却を求めて結審した。
備 考
 裁判員裁判で2例目の死刑判決。少年被告では初めて。判決時少年である被告への死刑判決は1969年2月28日、東京地裁八王子支部で19歳11ヶ月(誕生日1日前)の少年に死刑判決が出て以来41年ぶり(二審で無期懲役に減刑)。
 共犯の無職少年は2010年12月17日、仙台地裁で懲役3年以上6年以下の不定期刑判決(求刑懲役4年以上8年以下の不定期刑)。弁護側は「(元解体工少年の)命令に逆らうと、自分や家族が暴行を受ける危険があった」と、少年法による保護処分を求めていたが、川本清巌裁判長は「弁護人が指摘する点を最大限考慮しても、保護処分は社会的に許容されるものではない」と退けた。そして「(被害者の逃走を困難にするため、事件現場の)寝室の出入り口ドアを閉めるなどして元解体工少年の犯行を容易にした。だが、元解体工少年から服従関係を強いられていた」と述べた。検察・被告側控訴せず確定。
 殺害された長女の祖母は、元解体工の元少年と共犯の元少年に対し、慰謝料など1100万円の損害賠償を求める訴訟を2013年2月7日付で仙台地裁に起こした。しかし祖母は亡くなったため、提訴は取り下げられた。
<リストに戻る>

氏 名
木嶋佳苗
事件当時年齢
 34歳(2009年9月逮捕当時)
犯行日時
 2008年9月〜2009年9月
罪 状
 殺人、詐欺、詐欺未遂、窃盗
事件名
 首都圏連続不審死事件
事件概要
 北海道別海町出身の無職木嶋佳苗(きじまかなえ)被告は、2008年5月から、大学生やヘルパーと偽って自己紹介し、インターネットの婚活サイトを利用して少なくとも20人以上の独身男性に次々と結婚を約束し、「学費」「生活費」などを口実に多額の金を無心していた。2006年10月から2009年8月まで東京都板橋区内にあるマンションに入居。関係者によると、部屋は2LDKで家賃は月13万〜14万円。ピアノの家庭教師をしていると名乗っていた。2009年8月、JR池袋駅に近い14階建てマンションの最上階にある2LDKの部屋に転居。家賃は月21万9000円。外車を所有し、高級調理師専門学校に通っていた。2008年3月〜2009年9月、「かなえキッチン」と題したブログで、周辺の出来事などを約2000回にわたってつづっていた。その過程で、以下の事件を起こした。
  1. 2008年9月〜12月、長野県の50歳代男性に結婚する気があると装って、約190万円を搾取した。
  2. 2008年10月〜12月、静岡県の40歳代男性に結婚する気があると装って、約130万円を搾取した。
  3. 2009年1月10日、都内のホテルで、静岡県の男性(2の人物)に睡眠導入剤を飲ませ、で眠った隙に財布から約5万円を盗んだ。
  4. 2009年1月30日〜31日、交際していた東京都青梅市のTさん(当時53)の自宅マンションで練炭に火をつけ、何らかの方法で眠らせたTさんを一酸化炭素中毒で殺害。出社しなくなったことから2月4日、不審に思った上司が110番通報し、遺体が見つかった。警視庁青梅署は、自室が施錠されていたことや交際相手の木嶋被告が「別れ話のショックで自殺したかもしれない」と証言したことから自殺と判断した。Tさんは死亡する直前まで、木嶋被告の銀行口座に計1700万円を振り込んでいた。
  5. 2009年5月15日午前10時過ぎ、ヘルパーをしていた千葉県野田市のAさん(当時80歳)方の和室に、七輪で火をおこした練炭数個を置き、眠らせておいたAさんを一酸化炭素中毒で殺害した。Aさん方から午後0時30分頃に出火、木造平屋80平方メートルを全焼。その後木嶋被告は、Aさんの口座から2度にわたり計約188万円を引き出した。
  6. 2009年7月13日〜17日、50代の男性に結婚する気があると装って、百数十万円を搾取しようとしたが失敗した。
  7. 2009年7月24日頃、東京都千代田区のOさん(当時41)に結婚する気があると装い約470万円をだまし取る
  8. 2009年8月5日、埼玉県富士見市の駐車場に止めたレンタカー内で練炭に火をつけ、睡眠導入剤で眠らせたOさんを一酸化炭素中毒で殺害
  9. 2009年8月31日〜9月3日、長野県の50歳代男性に結婚する気があると装って、数10万円を搾取しようとしたが失敗した。
  10. 2009年8月31日〜9月3日、埼玉県の30歳代男性に結婚する気があると装って、数10万円を搾取しようとしたが失敗した。
 埼玉県警は8の事件で捜査中、木嶋被告に渡っていた金銭の流れに不自然な点があったことから、9月上旬、木嶋被告から任意で事情聴取。一端自宅に帰された後の9月9日、木嶋被告はブログを閉鎖した。その後木嶋被告は、結婚紹介サイトで知り合った男性宅で同居を始めたが、9月25日、埼玉県警は男性宅で木嶋被告に任意同行を求め、1の詐欺容疑で逮捕した。9月30日、2の容疑で再逮捕。10月21日、9及び10の容疑で再逮捕。11月18日、6の容疑で再逮捕。12月16日、3の容疑で再逮捕。2010年1月12日、7の容疑で再逮捕。2月1日、8の容疑で7回目の逮捕。10月29日、警視庁が4の容疑で再逮捕。自殺と判断し司法解剖しなかった初動捜査について、若松敏弘捜査1課長は会見で「申し開きできないが、もう少ししっかりした(周辺)捜査をやっておけば(よかった)」と述べ、捜査ミスを認めた。12月1日、千葉県警が5の殺害容疑で逮捕。ただし、放火の立証は困難として立件されなかった。

 他に2007年8月には、千葉県松戸市でリサイクルショップを営むFさん(当時70)が2階のベッドで死亡しているのが見つかった。室内が物色されたり、争ったりしたような形跡はなかった。検視で「心臓死」とされ、司法解剖は行われなかった。2009年秋に木嶋被告がFさんから計7380万円を受け取っていたことが発覚し、千葉県警が再捜査をしていたが、練炭や七輪なども発見されず、死因を「病死」と判断し、木嶋被告の関与はなかったと判断した。Fさん死亡後、困窮した木嶋被告は、2008年5月に結婚サイトへ登録している。
 木嶋被告は2003年3月、ネットオークションにパソコンを売ると書き込み、八丈島の男性から10万円を搾取したとして警視庁に詐欺容疑で逮捕され、懲役2年6月、執行猶予5年の有罪が確定有罪判決が確定している。
一 審
 2012年4月13日 さいたま地裁 大熊一之裁判長 死刑判決
控訴審
 2014年3月12日 東京高裁 八木正一裁判長 控訴棄却 死刑判決支持
裁判焦点
 裁判員裁判。殺人などの罪でさいたま地裁、東京地裁立川支部、千葉地裁にそれぞれ起訴されたが、検察側がさいたま地裁での併合審理を裁判所側に請求し、認められた。木嶋被告は逮捕当初こそ雑談に応じていたが、その後は黙秘している。公判前整理手続きは、2010年9月14日〜2012年1月4日に及んだ。
 裁判員と補充裁判員の任期は計100日で、過去最長。公判日程は週2〜4回のペースで、4回の予備日を含め計38回が設定された。証人は延べ63人。
 2012年1月10日の初公判で、木嶋佳苗被告は罪状認否で1件ずつ答え、1と2の詐欺事件では「支援してもらったのは間違いありません。ただ結婚を真剣に考えていました」と話した。3件の殺人事件は、被害男性の名前を挙げて「殺害していません」とはっきり否定。Oさん殺害の事件では、詐欺罪も否認した。他の詐欺事件でも否認した。
 検察側は冒頭陳述で、木嶋被告と複数の男性らが、結婚相手を探すインターネットのサイトで知り合った事件の経緯などの説明資料2枚を裁判員に配布。「木嶋被告にはパトロンがいたが、亡くなり、困窮した。金銭を得る目的で結婚サイトに登録し、男性たちから多額の金銭を受け取り、彼らとの関係を断ち切るために、練炭を使い殺害したということがすべてに共通する事実だ」と述べた。検察側は、3件の殺人事件について「睡眠薬、練炭、コンロを事前に準備し、睡眠薬で眠らせることを繰り返した」「結婚の話が相当進展した場合に、自殺を装って殺害した」と主張。Tさんの事件では、「亡くなる前に練炭16、コンロ6個を購入した。Tさんが亡くなった現場にあったものと同じメーカーで、数も同じ」と指摘した。Tさんから計1850万円を受け取り、ベンツ購入などに充て、Tさんの死後、新たなベンツを購入したとも述べた。
 弁護側は冒頭陳述で、TさんとAさんとは2008年6月にサイトで知り合い、ほかの2人とも同年8月から交際し、「本気で結婚相手を探していた」と主張。「疑わしいだけの場合は被告人に有利にというルールは、事件ごとに守られなければならない」と述べた。TさんとOさんについて「別れ話をした。自殺した疑いがある」、Aさんは「ヘビースモーカーだった。失火による火災で死亡した疑いがある」と主張した。
 10日の冒頭陳述後、Oさんの事件を中心に本格的な審理が始まった。弁護側は、遺体発見現場に被告がレンタカーで行ったことは認め「Oさんに練炭を譲ってほしいと言われ、Oさんが自分でレンタカーに積み込んだ。1万円渡され、一人でタクシーで戻った」と主張。「Oさんは別れ話の後に自殺したと考えておかしくない」などと指摘した。
 23日の第8回公判まで、Oさんが殺害されたとする事件の審理を行った。延べ20人が検察側証人として出廷し、Oさんが死亡する直前の様子や木嶋被告の経済状況などを証言した。
 検察側は、現場に残っていた練炭、七輪、着火剤は木嶋被告が犯行前に購入したものと同一メーカーだと述べている。一方弁護側は、Oさんは木嶋被告との結婚話が破談となり、自殺したと主張。睡眠薬はOさんが自分で飲んだとし、練炭や七輪は、木嶋被告の部屋にあったものをOさんが譲ってくれと言ったので渡した、とした。また、現場の駐車場は殺害するには不自然な場所、とも指摘した。
 24日の第9回公判から2月3日の第15回公判までは、Tさんの事件ならびに2件の詐欺、窃盗事件の審理も合わせて行われた。
 検察側は、木嶋被告がTさんを殺害後、2月1日に外国製高級車を461万円で購入し、翌2日に料理学校の費用73万円や、家賃と駐車場代10カ月分を支払ったと説明。1月25〜30日にTさんから被告の口座に1127万円が振り込まれたとし、「Tさんからもらったお金で支払った」と指摘した。また検察側は、被告が犯行前に睡眠薬や練炭を大量購入し、睡眠薬を犯罪に利用していた状況を詳述。詐欺、窃盗事件の被害男性が出廷し、「被告が持ってきたチョコを食べたら、意識を失った。起きたら、財布から5万円がなくなっていた」と証言した。
 一方、弁護側はTさんが木嶋被告と別れ話になり、その後、自殺した疑いがあると主張した。検察側が主張する1月31日を否定し、2月1日から2日であると主張。弁護側証人である日本医科大大学院教授は豚肉を使った再現実験の結果を基に、弁護側主張を裏付ける証言をした。
 2月6日の第16回公判から、14日の第21回公判までは、Aさんの事件の審理が行われた。
 検察側は被告がAさん宅から絵画数点を無断で持ち出したことや、Aさんから現金300万円あまりを入手したことを指摘した。検察側は、現場に残されていた練炭と同じ成分の炭が、木嶋被告が当日着ていた服と、使った車のトランクから検出されたと主張した。検察側は、当時の千葉県警の捜査についても「明確に誤りで、事件と判断すべきだった」と主張した。
 公判で証人と出廷した民間分析機関の男性所長は、練炭コンロ内の練炭について、成分から、木嶋被告が事件直前に購入したと検察側が主張する製造元の練炭と「近いと思う」と証言した。
 建物火災を研究する大学教授も証人として出廷し、弁護側が主張する「たばこの火の不始末」が出火原因である可能性は「非常に低い」と述べた。
 弁護側は、火災はたばこの火の不始末の疑いがあると主張。木嶋被告がAさんに金を融通してあげたこともあり、188万円のうち100万円は「Aさんから返したいと言われた」もので、残りの88万円はAさん宅に持って行った、と主張している。
 2月16日の第22回公判では被害者遺族の陳述があった。Oさんの母親が検察側の証人として出廷し、被告や傍聴席との間に設けられたついたての中で、「自分が身代わりになれるんだったらなりたい。人の命を取った人は自分の命で償ってほしい」と述べた。Tさんの姉は手紙で、「あなた(木嶋被告)の行為は許される行為ではない。もはや許されるべき人ではない」と述べた。Aさんの長男の「なぜこんなことをしたのか、いったい今どういう気持ちなのか、真相を全て話してもらいたいと思います」との手紙も読み上げた。
 2月17日の第23回公判から3月6日の第33回公判までは、木嶋被告への被告人質問が行われた。17日の公判では、弁護人から、起訴された3件の殺人罪について「殺害しましたか」と聞かれ、木嶋被告は「していません」と改めて無罪を主張した。
 被告人質問では、1993年に18歳で上京し、当初ピアノ講師の仕事をしていたが、1994年からデートクラブなどで月150万円を稼ぐようになったと明かした。19〜26歳の時、20人弱の男性と「愛人契約」を結び、2001年からはリサイクルショップを営む松戸市の男性と知り合い計約1億円を受け取っていたことを明らかにした上で、男性が2007年に死亡する直前、「月100万円以上かかる生活を変えることは難しいと思った。(援助してくれる)男性を探すのが一番と思った」と述べた。木嶋被告は収入の使途について「高級な雑貨や食器を買った。貯金はしたことがない」と説明している。木嶋被告が2008年5月に婚活サイトに登録した際、プロフィル欄に「学生」と虚偽の肩書を記入した理由について、木嶋被告は「結婚相手に経済的支援を求めていた。学生の方が援助してもらいやすいと思った」と説明した。
 3月12日の論告求刑で検察側は、まず冒頭で、3つの殺人事件に直接証拠はないが、間接証拠だけで認定できると説明し、「夜明けに外を見ると一面の雪化粧。雪が降ったのを見ていなくても夜中に降ったことが分かる」との例を挙げた。「疑わしいだけの場合は、被告人に有利にならなければならない」と無罪を主張する弁護側の冒頭陳述に触れ、「誰かがトラックで雪をばらまいた可能性もあるが、そんな必要もないし、健全な社会常識に照らして合理性もない」と述べ、裁判員らに「常識で考えてほしい」とも語りかけた。
 Oさん殺害について、レンタカーの鍵と着火に使ったマッチ箱が現場にないのは、自殺ではない証拠。遺体から睡眠薬が検出されたが、自ら服用した痕跡はない。だまし取った金の返済を迫られる恐れから殺害したと主張。
 Tさん殺害について、別れ話をされた被告に1000万円以上の大金を渡すとは常識的に考えられない。入手した金を自由に使うために殺害したと主張。
 Aさん殺害について、遺体から通常の10倍以上の睡眠薬を検出。多量の一酸化炭素を吸引しており、火事による事故死ではない。殺害当日に年金を入手し、発覚を防ぐため殺害した。以前に口座から金を引き出す際に暗証番号の入力ミスを繰り返し、「頼まれた」との説明は合理的でないと主張した。
 そして、酌量の余地はみじんもない。練炭自殺を装う巧妙、悪質な手口で、何の落ち度もない3人の命を奪った。遺族は厳罰を希望している。被害者から得た金で手にしたものをブログに自慢げに掲載し、法廷では被害者を侮辱する発言をするなど反省の態度や更生の意欲はなく極刑は当然。死刑に処するのが相当だ、と述べた。
 3月13日の最終弁論で弁護側は、3件について「被告には殺害の動機がない」とした上で、別れ話の後で自殺したか、たばこの火の不始末による失火で死亡した可能性があると改めて主張。その上で「疑わしい事件が3つあるからといって有罪にはできない」と述べ、無罪判決を求めた。
 Tさんの事件について、検察側が主張する死亡推定日は、遺体の下の電源が入ったホットカーペットの影響を考慮していない。推定日以降に死亡しており、被告の犯行ではない。遺体発見現場にあった練炭やこんろは実際は押収されておらず、現場写真からは被告が買ったと断定できないと主張。
 Aさんの事件について、遺体から検出された睡眠薬は一般的なもので、被告が飲ませた証拠はない。検察側は、遺体の気道にすすがほとんど付着しておらず、火災前に練炭で瀕死の状態だったと主張しているが、すすが少ない火災の可能性がある。嘘を言ってもらった金は、返済を求められれば別の男性の援助で返すこともできた。殺害の動機にならないと主張。
 Oさんの事件について、自殺を偽装するならレンタカーの鍵やマッチ箱は持ち去らない。警察の捜索が不十分だった。睡眠薬は被告の自宅にある薬箱から入手し、自ら服用した可能性がある。金を詐取しておらず、殺害の動機はないと主張。
 その他の詐欺事件などについて、結婚を真剣に考えていた。複数の男性との同時交際は、よりふさわしい相手を探すためにあり得る。被告はそういう価値観を持っていた。経済援助は結婚の条件。「大学院生」との嘘は援助を受けやすくするためで、他の嘘は相手の気を引くためだったと主張した。
 木島被告は最終意見陳述で、「裁判で自分の考えが間違っていたと気づかされました。数多くの嘘をついたことを深く反省している。今回学んだことをかみしめて生き直したい。ただし、私は3人を殺害していません」と述べた。
 判決で大熊裁判長は、3件の殺人事件で現場に残された練炭と、被告が事前に準備した練炭が同じメーカーのものであり、「偶然とは考えにくい」と指摘。「いずれも被告の犯行と推認できる」と認定した。
 東京都青梅市のTさんについて、「Tさんが練炭を入手した形跡はなく、自殺の動機もない。犯行が可能なのは被告のほかには見当たらない」と述べ、被告の犯行と認定。「練炭は料理に使うために購入した」という木嶋被告の説明は「不自然で信用しがたい」と断じ、弁護側の「Tさんは自殺した」との主張を退けた。
 千葉県野田市のAさんについて、「多量の睡眠薬を服用しており、Aさんが失火により死亡したとの説明は困難。しかも自ら睡眠薬を服用したとは考えがたい」と検察側の主張に沿う認定をした。そして木嶋被告が事前に入手した練炭などから「被告人が犯人であることを裏付けられる」とした。
東京都千代田区のOさんについて、「遺体が発見された車の鍵がなく、Oさんの手に練炭の炭粉がついていなかった」として他殺と認定。その上で「Oさんが死亡した時間の近くまで一緒にいた」「現場となった埼玉県内の駐車場からタクシーで帰宅した」などから、「これだけでも被告人が犯人であると優に認められる」と述べた。
 動機については、被告が3人と金銭目的で交際したとし、「結婚する意思はなく、受け取った金の返済を迫られることを恐れた。ぜいたくで虚飾に満ちた生活を維持するために、受け取った金の返済を免れるための犯行」と指摘して、検察側の状況証拠に基づき認定した。
さらに、詐欺罪などを含め起訴された計10件の事件すべてを有罪と認定とした。
 そして大熊裁判長は、犯行について「3人の尊い命を奪った結果は深刻で甚大。あまりにも身勝手で利欲的な動機であり、酌量の余地など皆無」と断罪。木嶋被告について「約6か月で殺人を3度も繰り返し、生命を軽んじる態度は顕著。不合理な弁解に終始するばかりか、公判廷でも被害者をおとしめる発言を繰り返した。真摯な反省はうかがえず、刑事責任は重大」と述べ、死刑を言い渡した。

 2013年10月17日の控訴審初公判で、弁護側は「いずれも直接証拠はなく、状況証拠だけで有罪が認定されている」と指摘。3人の被害者は自殺や失火で死亡した可能性が否定できず、「被告を犯人とするには合理的疑いが残る」と無罪を主張した。検察側は控訴棄却を求めた。
 2014年1月14日の第2回公判で、埼玉県警科学捜査研究所の職員が証人として出廷し、検察側が申請した被害者の着衣の鑑定結果を証言した。弁護側は被害者の遺体が見つかった現場付近の検証などを求めたが、裁判長はほとんどを却下した。この日の審理で証拠調べが終わった。
 2月6日の最終弁論で、弁護側は3人の被害者は自殺や失火で死亡した可能性が否定できず、被告を犯人とするには合理的疑いが残ると改めて無罪を主張した。検察側は控訴棄却を求め結審した。
 判決で八木裁判長は、(4)の事件について「犯人は玄関の鍵を入手できた者以外考えられず、被告以外にその可能性がある者は見当たらない」と指摘。現場にあった練炭、こんろと同種のものを木嶋被告が購入した事実も踏まえ、被告が犯人でなければ説明できないとして、同被告による殺害を認定した。(5)(8)の事件における殺害の動機については、「無断で口座から引き出したり、だまし取ったりした金銭の返済を逃れるために殺害を決意したと考えても不思議はない」と述べた。以上から、「いずれも自殺の動機はない」と指摘。状況証拠を基に有罪とした一審の認定について、「合理的なもので是認できる」と述べた。
備 考
 2012年4月20日、さいたま地裁は、一審の裁判員裁判で、結審の翌日(3月14日)から判決前日(4月12日)までに評議を10日間行ったと発表した。同地裁によると、裁判員は選任手続きを含めると計47回、裁判所に通ったことになる。
その他
 木嶋佳苗の拘置所日記
<リストに戻る>

氏 名
上田美由紀
事件当時年齢
 35歳
犯行日時
 2009年4月23日/10月6日
罪 状
 強盗殺人、詐欺、窃盗、住居侵入
事件名
 鳥取連続不審死事件
事件概要
 鳥取市の元スナックホステス上田美由紀被告は以下の事件を引き起こした。
  1. 2006年11月15日、鳥取市の知人女性を息子の借金返済のためとだまし、126万円を騙し取った。
  2. 2009年4月4日、借金270万円の返済を免れるため、若桜町のトラック運転手Yさん(当時47)に睡眠導入剤などを服用させ、同県北栄町の海で水死させた。遺体は11日、海底から見つかった。
  3. 4月23日、八頭町の農機具販売会社Aから代金を払う意思があるように装い、トラクター1台(約220万円相当)を詐取した。同じく4月27日、Aから田植え機とトラクター(計約262万円相当)を詐取した。
  4. 6月24日、鳥取市の知人宅に侵入し現金約35万円などを盗んだ。
  5. 8月26日、八頭町の金物店Bから草刈り機など3点(約14万円相当)を詐取した。9月7日、Bから草刈り機など4点(約26万円相当)を詐取した。
  6. 8月31日、鳥取市の自動車会社から軽自動車4台(約113万円相当)を詐取した。
  7. 9月18日、鳥取市の農機具販売店Cから草刈り機など4点(約56万円相当)を詐取した。9月20、22日、Cから草刈り機など4点(約27万円相当)を詐取した。
  8. 10月6日、家電12点の購入代金約123万円の支払いを免れるため、鳥取市の電器店経営Mさん(当時57)に睡眠導入剤などを服用させ同市内の摩尼川で水死させた。遺体は翌日見つかった。
  9. 10月9日、鳥取市の電器店から4回にわたり、家電計9点(約123万円相当)を詐取した。商品は入手翌日に転売するなどした。
  10. 10月29日、鳥取市の機械店Dから除雪機など2点(約51万円相当)を詐取した。11月1日、Dから除雪機1台(約29万円相当)を詐取した。機械は受け取ったその日に市内のリサイクルショップに転売した。
 上田(うえた)被告は1999年ごろから、神族から経営を引き継ぐ形でスナックをオープンしたが、経営不振で2004年ごろに閉店。2005年ごろから鳥取市内のスナックでホステスとして働き始めた。2008年1月ごろから客だった男性と交際を始めたが、2月頃から、実在しない妹になりすました上田被告の電話で「妊娠した」とうそをつかれ、信じ込んだ結果、男性は4月頃に勤務先を退職。家族と別れ、スナックを辞めた上田被告との生活を始めた。男性は上田被告に言いなりになり、借金を重ねるようになった。
 上田被告の周辺では不審死が相次いでいた。
  1. 2004年5月、スナックの常連客だった読売新聞鳥取支局の男性(当時42)が、鳥取市のJR因美線線路内で段ボールに入って横たわり、列車にひかれて死亡した。段ボールには遺書のような文書が書かれていたが、筆跡鑑定の結果、記者の筆跡と一致。司法解剖でも薬物などは検出されず、不審な点はなかったとして自殺と断定された。
  2. 2007年8月、最初のスナックの常連客だった鳥取市の男性警備員(当時27)が鳥取市沖でおぼれ、9日後に病院で死亡した。薬物検査はされなかった。事故と判断されている。
  3. 2008年2月、最初のスナックの常連客だった鳥取県警の男性警察官(当時40歳代)が山中で首を吊って死亡した。当時は雪が降った後で、現場に向かう足跡が1人分しかなく、解剖でも不審な点はなかったことから自殺と断定された。
  4. 2009年10月27日、同じアパートの別棟に住んでいた無職の知人男性(当時58)が自室で死亡した。上田被告が繰り返し錠剤を飲ませていたともされているが、男性は心臓に持病があり、睡眠導入剤服用と死亡との因果関係が解明できなかったことから、捜査本部は立件を断念した。
 上田被告とYさんは別のスナックの客同士で知り合った。Yさんは、死亡する1か月余り前の2月26日、鳥取市内のアパート自室を訪れた上田被告が作った昼食を食べ、車で出勤中、意識がもうろうとなり、自損事故を起こした。同日夜には、部屋にいた上田被告が勧める缶ビールを飲み、眠り込んだ間に布団や壁の一部が焼ける火災が発生、煙を吸って数日間入院した。退院後、Yさんは、自室の押し入れが物色されたうえ、上田被告に貸した270万円の借用書がなくなっているのに気付き、火災当日の経緯を県警側に詳しく説明。県警は、部屋に残されていたビール缶などを押収していた。
 県警は上田被告をマークし、詐欺容疑を重ねていたことをつかんでいたが、Mさん殺人当日は尾行に失敗し、殺人に気付かなかったとの報道もある。
 鳥取県警は11月2日、(1)の詐欺容疑で上田被告を逮捕。同居男性も(3)の詐欺容疑で逮捕された。11月20日、(9)の詐欺容疑で二人を再逮捕。12月10日、(10)の詐欺容疑で二人を逮捕。12月25日、(5)の詐欺容疑で二人を逮捕。2010年1月13日、(3)の詐欺容疑と(4)の住居侵入、窃盗容疑で上田被告を逮捕((4)では男性も逮捕)。1月28日、(8)の強盗殺人容疑で上田被告を逮捕。3月3日、(2)の強盗殺人容疑で上田被告を逮捕。4月12日、(6)(7)の詐欺容疑で上田被告と男性を逮捕した。
一 審
 2012年12月4日 鳥取地裁 野口卓志裁判長 死刑判決
控訴審
 2014年3月20日 広島高裁松江支部 塚本伊平裁判長 控訴棄却 死刑判決支持
裁判焦点
 2012年9月25日の裁判員裁判における初公判で、上田美由紀被告は2件の強盗殺人罪について「私はやっていません」と無罪を主張した。
 検察側は総括冒頭陳述で、2件の強盗殺人事件の共通点について、「上田被告は睡眠導入剤などを入手し、事件当日朝に被害者2人をそれぞれ呼び出して、借金の返済などを免れるために殺害した」と指摘。さらに、「同居男性はいずれも犯行現場近くに迎えに来させられており、上田被告の言いなりで、利用されていた」と述べた。
 弁護側は総括冒頭陳述で、同居男性の犯行とし、「上田被告は犯人ではない」と訴えた。その理由に「被害者から直接、借金などの返済を求められていた」などの点を挙げた。詐欺罪など16件の起訴事実についてはおおむね認めた。
 27日の第2回公判では、(1)(3)(4)の証拠調べが行われた。28日の第3回公判では、(5)(6)(7)(9)(10)の証拠調べが行われた。
 10月1日の第4回公判では、(2)の事件について冒頭陳述が行われた。
 検察側は事件の背景として、Yさんが元交際相手の女性に貸した190万円を巡り、女性の知人として貸金回収の仲裁に入った上田被告が、女性から預かった返済金をYさんに渡していなかったという新事実を指摘した。上田被告は、この190万円を含め計270万円の返済を求められていたとしている。また、事件前の2009年2月、Yさんの自宅で上田被告とYさんが一緒にいた直後にぼやがあったことを示し、Yさんが警察の事情聴取に「誰かに殺されそうになったのかもしれない」と話していたことも明らかにした。その後の事情聴取でも、Yさんが女性に金を貸すために、口座に振り込んだ際の利用明細票をなくしたことについて、「上田被告が持ち出したのかも知れない」と述べるなど、強い不信感を持っていたと主張。弁護側は、これらの点について争いがあるとした。
 Yさんの殺害方法について、検察側は、コンビニエンスストアに立ち寄った際に購入したおにぎりなどの飲食物の一部や睡眠導入剤、風邪薬成分などが遺体から検出されていることに触れ、上田被告が飲食物に混ぜたり、風邪薬などと称して睡眠導入剤を飲ませたりする機会があったとした。さらに、上田被告が肩を貸すなどしてYさんを水中まで引き込んだとする根拠については、「検出された睡眠導入剤を飲めば意識もうろうとなるが、肩を貸して歩かせることは不可能ではない」と述べた。これに対し、弁護側は、おにぎりなどはYさんの朝食として被告が購入したもので、「睡眠導入剤は一切飲ませていない」と反論。元同居人の男性元会社員が海岸でYさんと2人で会った時に睡眠導入剤を飲ませることが可能だとした。
 犯行当日の足取りについて、検察側は、鳥取市内で合流した上田被告とYさんが移動に使った同居男性の車の運転席シートベルトの留め金から、被告のDNA型と一致するDNAが検出されたことや、現場付近に放置されていたYさんの車の運転席の座席位置が、被告の体格に合っていたことなどから、上田被告が途中で運転を代わり、北栄町の砂浜まで来たとした。一方、弁護側は、上田被告とYさん、同居男性が三角関係にあったとし、道中で交際を巡って腹を立てたYさんが、現場付近で被告を車から降ろし、1人で海岸に行ったと主張。上田被告は、「迎えに来て」と携帯電話で呼び出した同居男性の車で海岸付近の空き地までは行ったが、「ちゃんとYさんと話をするけえ」と海岸に向かった同居男性を車の中で待っていたとした。
 犯行後の上田被告らの足取りについて、検察側は、上田被告から北栄町の砂浜に呼び出された同居男性が、ずぶぬれだった被告の着替えを買いに衣料品店に立ち寄った後、上田被告がホテルで服を着替えたと説明。弁護側はホテルには立ち寄ったが、衣料品店には行っていないと反論した。

 4日の第6回公判から(8)の事件のついて冒頭陳述が行われた。
 Mさんが殺害されたとされる日の上田被告らの行動について、検察側は起訴内容の通り、上田被告が睡眠導入剤を飲ませ、川に誘導して殺害したという主張を展開。Mさんと最後に会った人物が上田被告しかあり得ない理由として、複数の間接証拠を積み上げた。川から離れた場所で待機するように上田被告から命じられたという同居男性の証言の通り、当日の午前10時20分〜50分ごろに現場付近のスーパーで防犯カメラに同居男性の乗用車と同型の車が映っていたことを指摘。警察官が、車に乗る同居男性をスーパーで目撃していたことを明らかにした。それまで上田被告と同居男性、Mさんの3人が一緒に行動していたことには弁護側も争いがないため、同居男性がスーパーで待機していた時間帯に「Mさんと一緒にいたのは、被告以外にあり得ない」と説明。同居男性が現場に戻った際には、下半身がずぶぬれになった上田被告がおり、Mさんの行方が分からなくなっていたことから、この間に上田被告がMさんを殺害したと結論づけた。一方、弁護側は上田被告が現場には行っておらず、近くの路上で待機していた間に、睡眠導入剤を飲ませたMさんを同居男性が現場で殺害したと主張。「顔面そうはくでズボンのひざ下がびっしょりぬれている同居男性が(現場方向から)小走りで降りてきた」などとする上田被告の証言も示した。同居男性の乗用車と同型の車が防犯カメラに映っていることについては「事件とは関係のない車だ」と指摘。警察官の目撃証言は「信用性を争う」としており、「同居男性がスーパーに行った事実はない」との認識を示した。
 検察側と弁護側の主張は、動機とされるMさんから購入した家電の支払い状況や犯行に使われたとされる睡眠導入剤の入手を巡っても、大きな違いが見られた。上田被告は元内縁の男性を通じてMさんと知り合った。事件前日、上田被告はMさんに「車の譲渡と代金の支払いは無関係」との内容の書面を作成し渡した。その事実に争いはないが、経緯では対立した。検察側は2009年8月18日以降、上田被告が1人でMさんに取り込み詐欺をしていたと主張。上田被告は「車を譲渡する」などの口実で代金の支払いを免れようとしたため、Mさんは車を譲渡しても代金は支払う旨を上田被告に書かせたと説明する。一方、弁護側は同居男性もMさんから家電を購入し、返済を強く迫られていたと主張。上田被告はMさんに代金の一部を支払っており、その後は請求されていなかったとしている。作成した書面は上田被告が、不在だった同居男性の代わりに作成したとし、車の譲渡で返済を免れようとしたのは元販売員と主張した。
 また、睡眠導入剤は、隣人が処方されていた薬が使用された可能性があることに争いはない。検察側は、上田被告がその処方薬を以前から欲しがっており、同年9月下旬にうそをついて譲り受けたと主張。これに対し、弁護側は「上田被告は(薬を)譲り受けていないし、手に取ったこともない」とし、「同居男性は薬を盗み出す機会がいくらでもあった」と主張し、同居男性が「真犯人」と強調した。

 22日の第13回公判から25日の第15回公判では、同居男性が出廷。2件の強盗殺人事件当時の上田被告の言動や、取り込み詐欺などを上田被告と一緒に重ねるまでの経緯などを証言した。弁護側が2件の強盗殺人事件の真犯人としている点については「事実に反する」と否定した。
 弁護側は、29日に予定されていた被告人質問を行わないことを告げ、期日は取り消された。30日の第16回公判では検察側の被告人質問が行われたが、上田被告は黙秘を続けた。11月1日の裁判官や裁判員による質問は行われないことになった。
 11月1日の第17回公判で、YさんとMさんの遺族2人が意見陳述し、「死刑以外には納得できない」などと訴えた。
 5日の論告で検察側は、Yさんからの借用書があることや、Mさんの売掛帳に被告に売った家電代金約123万円の記載があると指摘。同居売員の男性の証言などを基に、「被告が2人から借金や代金の返済・支払いを強く求められ、殺害によって免れた」と指摘した。また、同居男性の証言と同種の服が被告宅などで見つかったことや駐車場の防犯カメラに同居男性の車が映っていることなどから、証言は信用できると述べた。量刑について、「(上田被告は)2人のかけがえのない命を奪い、逮捕直前まで自己の欲望実現のために他人の人生や生活を破壊し続けた。背後には被告の卑劣で冷酷で残虐な人格があり、犯行は計画的かつ大胆かつ執拗」と強く非難。「人命を軽視した身勝手極まりない犯行で情状酌量の余地はない。更生意欲も可能性もないことは明らかで、死刑を回避すべき事情はない」と述べた。
 同日の被害者遺族による論告で、Yさんの遺族の代理人として出廷した弁護士は、上田被告の弁護側が「同居男性が真犯人」だと展開していた主張を被告の黙秘などを理由に「事実上撤回した」と指摘。「完全に自己矛盾に陥っており、前代未聞の弁護活動といわなければならない」と非難した。Mさんの遺族の代理人は、法廷で黙秘する上田被告について「被害者の最期の様子を知っている被告に本当のことを話してもらいたいという遺族の願いは届かなかった」などと述べた。
 6日の最終弁論で弁護側は、弁護側はこれまで「真犯人」だと指摘してきた同居男性と警察が協力し、上田美由紀被告を犯人に仕立て上げた、という主張を展開した。
 Mさんが殺害された事件について、犯行時刻に現場近くのスーパーで同居男性を目撃したという警察官の証言が信用できないと主張。警察官が上田被告と同居男性の行動を調べていたことを指摘し、「(同居男性の)車を見れば反応してしまう癖がつくほどだったのに、店に入る様子を見ていないのはおかしい」などと数点の疑問点を挙げた。また、上田被告が指示して同居男性をスーパーに向かわせたとされている点について、上田被告は警察官がいると分かっていたはずで、「殺害現場に警察官を引き寄せる結果になりかねず、人を殺す人の心理としておかしい」とした。また、Yさんが殺害された事件では、現場付近で同居男性が合流した際、ずぶぬれだったとされる被告の行動がおかしいと指摘。「寒い。迎えに来て」といった内容の電話から合流まで30分以上経過しているのに「服を絞ったり風をよけたりするという行動を被告がしていないのは不自然だ」などとした。
 主任弁護人は、一連の事件の構造について「(警察が)普通では考えられない被告の行動を並べることで怪物的イメージを作り、(検察側が描く事件の)不自然さをかき消している」と主張。「普通の裁判なら、あの弁護人は何を言ってるんだとなるかもしれない」と前置きした上で「警察官がうそをついている以上、(弁護側の主張が)ファンタジーと言い切ることはできない」と裁判員らに理解を求めた。
 警察と同居男性が協力する理由については、上田被告の周辺で複数の死人が出ていると聞いた警察官に「(上田被告から)同居男性を救い出したいという気持ちが働いたから」などと説明した。
 同日の最終意見陳述で上田被告は、「私はやっていません」と小さいながらはっきりと通る声で訴え、一礼した。
 判決で野口裁判長は、被害者から検出された睡眠導入剤などと、上田被告が別の知人男性から入手した処方薬との成分は同一で、事件当日に被害者に飲ませたと認定。そして上田被告が債務の支払いを免れるため、被害者2人に睡眠薬を飲ませて意識もうろう状態に陥らせた上で、それぞれ海や川で溺れさせて殺害したとした。さらに、「被害者から金銭支払いを強く要求されて対応に困ると、いとも簡単に殺害を決意した」と厳しく批判した。同居男性の証言に虚偽の内容が含まれる可能性も指摘したが、上田被告との共謀関係は否定した。計922万円相当の車や家電をだまし取ったとする詐欺などの罪(計16件)も有罪とした。そして「動機は冷酷、身勝手で、強固な殺意に基づく計画的な犯行。被害者に落ち度はない。味をしめたかのように2件目を敢行した。悪質さが顕著で極刑をもって臨むほか無い」と述べた。

 弁護側は即日控訴した。
 2013年12月10日の控訴審初公判で、弁護側は強盗殺人罪2件について一審同様、「被告は関与していない」と無罪を主張。検察側は被告側の控訴を棄却するよう求めた。
 公判で弁護側は被告人質問を請求し、認められた。2009年4月の事件について上田被告は(1)トラック運転手から借金返済を迫られたことはない(2)現場の海岸には行っていない(3)ずぶぬれだったのは共犯の元同居男性、などと供述し、一審の認定に反論した。
 12月24日の第2回公判における被告人質問で上田被告は、元同居男性は借金の連帯保証人になっており、Yさんから「連帯保証人とはどういうことかわかっているだろう」と責められ、土下座していたとし、自分は返済を迫られていなかったと説明した。またMさんから催促を受けていたことを否定した。
 2014年1月29日の最終弁論で弁護側は、「いずれの事件でも、上田被告に被害者を殺害する動機はなく、犯行の機会もなかった。現場の状況から、犯行の実行は著しく困難。控訴審での被告の供述を基にすれば、一審の事実認定は不合理だ」などと改めて無罪を主張した。これに対し、検察側は、「捜査段階や一審で弁解を拒否していた被告が、控訴審で供述するに至った経緯は極めて不自然。供述内容も、不自然かつ不合理で、証拠に反しており、到底信用できない」と控訴棄却を求めた。
 塚本裁判長は判決理由で、同居していた元会社員の男性の証言などに基づき、「被害者と最後に接触したのは被告と認められ、事前に睡眠薬を入手した上で飲ませ殺害する機会があった」と指摘。男性の犯行を示唆した被告の供述を「不自然で信用できない」と退けた。犯行動機については「被害者から債務の返済を強く求められ、無職で生活に窮した被告が殺害を決意した」として、「被告が強盗殺人事件の犯人と優に認められる」と一審の判断を踏襲した。そして無罪を主張した被告の供述について「客観証拠との整合性を欠き、不合理な虚偽の供述というほかない」と信用性を否定。自らの犯行動機を否定する供述も「一貫性がなく、極めて不自然」と述べた。状況証拠に基づき被告の犯行を認定した一審判決を支持した。

 弁護側は即日上告した。
備 考
 同居男性は2008年11月〜2009年11月、農機具、自動車販売会社などに対し、後払いの約束で商品を受け取り転売する手口で13件の詐欺(被害総額1049万円)を重ねたほか、鳥取市内の民家に侵入して財布を盗んだ、として起訴された。2008年11月の中古車の取り込み詐欺についてのみ、単独犯とされている。2010年10月20日、鳥取地裁(大崎良信裁判長)で懲役3年(求刑懲役3年6月)の判決を受け、控訴せず確定した。
 裁判員選任手続きから判決まで75日間というのは、木嶋佳苗被告の首都圏連続不審死事件の100日間に次ぎ、過去2番目に長い日程。評議は11日間と、これまでの最長となった。裁判員によると、選任手続きや中間評議を含め、裁判所に34回通ったという。
<リストに戻る>

氏 名
筒井郷太
事件当時年齢
 27歳
犯行日時
 2011年12月16日
罪 状
 殺人、住居侵入、窃盗、傷害、脅迫
事件名
 長崎ストーカー殺人事件
事件概要
 三重県桑名市の無職筒井郷太被告は、千葉県習志野市で同居していた女性(三女(当時23))が、家族によって西海市の実家に連れ戻されたと思い込み、家族を殺害して連れ戻そうと計画。2011年12月16日午後6時ごろ、西海市の実家の敷地内にある別宅に窓ガラスを割って侵入し、祖母(当時77)を包丁で刺殺。さらに午後6時20分ごろ、実家に侵入し、母(当時56)を包丁で刺殺し財布などを盗んだ。そして二人の死体を、母のワゴン車に押し込んで隠した。
 2011年9〜10月に習志野市内で女性の顔を殴るなどして約3週間のけがをさせたほか、2011年11〜12月、三女の姉弟や同僚ら8人に「お前は必ず殺す」などとメールを送って脅した。

 三女と筒井被告はインターネットの会員制交流サイトで2010年9月に知り合った。2011年5月から三女の住む習志野市のマンションで同居を始めたが、筒井被告は三女のメールを先にチェックする、勝手に家族や友人たちと連絡をとらせない、勤務中の出来事について10〜15分おきにメールや電話で報告させる、など厳しく束縛した。6月下旬以降、連絡や帰宅が遅れたといった理由で三女の頭や顔を殴る蹴る等の暴行を加えた。「俺から離れたら、絶対にお前の家族を殺す。先輩、友達も殺すし、みんな殺す」などと脅迫した。三女は逃げ出すことも、家族や警察に相談もできない被虐待女性症候群となった。そして三女は事実上の監禁状態にされた。
 2011年10月29日、三女の父親から相談を受けた長崎県警西海署が、千葉県習志野署に通報。30日、三女の部屋に長女、会社上司と習志野署員2人が突入。署員が筒井被告を傷害容疑で任意同行したが、「二度と近づかない」との誓約書を書かせて帰した。三女宅にはその後も筒井被告から電話があった。31日、父親が三女を西海市の自宅に連れて帰った。
 11月1日、父親は西海署に「傷害の被害届を出したい」と相談したが、「事件が起こった場所の警察署へ」と言われた。同日、習志野署は筒井被告に2回目の警告を行った。父親は4日、習志野署に「被害届を出したい」と電話をする。5日、西海署に「無言電話が続く」と相談した。8日、神族が習志野署に「三女の部屋に侵入の跡がある」と通報したが、同署は対応しなかった。13日頃から、筒井被告は三女の知人らに脅迫メールを送り続けた。21日、父親は西海署、習志野署に脅迫メールについて相談。両署とも「被害者の居住地の警察署に相談を」と言うのみであった。そこで父親は桑名署に脅迫メールを伝え「筒井の実家巡回を」と要求。同署は「西海、習志野署に確認する」と回答したものの、その後連絡はなかった。いずれの署もメール内容を詳しく確認しなかった。
 12月1日、三女が習志野署に「被害届を出したい」と電話し、生活安全課は「いつでもいい」と回答した。そこで6日、父親と三女が習志野署で傷害の被害届を出そうとしたが、応対した刑事課の係長は別事件の対応を理由に「被害届の提出は一週間待ってほしい」と伝え、捜査を始めなかった。その理由は、12月8日から10日まで、生活安全課長を班長とする当直勤務のグループ単位で行う北海道への慰安旅行に参加するためだった。他メンバーは刑事課の係長を含む4人、生活安全課、地域課、交通課から2人、警備課の1人で合計12人だった。
 7日、三女の知人が脅迫メールについて県警に相談をしている。8日、桑名市の実家に戻っていた筒井被告は家を飛び出し、翌9日、未明から三女宅のチャイムを鳴らしたりベランダを叩いたりした。父親は習志野署に通報したが、警察官は「顔を確認したのか」「逮捕はできない」と言って帰った。その後、女性の自宅に筒井被告の両親が来て「(息子を)早く逮捕してほしい」と訴え、女性の父親が署に連絡した。刑事課員が「逮捕状が出ていない。現行犯でない限り困難」と説明した後、筒井被告らしき男を自宅前で発見。追跡するも見逃した。刑事課長は筒井被告を電話で呼び出し署で事情を聴くが、暴行を否認。逮捕を検討したが、捜査を先送りして三女への事情聴取が始まっておらず不可能と判断。生安課へ引き継いだ。生安課係長は女性宅周辺を徘徊した人物を筒井被告と確認できず、ストーカー規制法による検挙も断念。警告だけで済ませ、迎えに来た筒井被告の両親に連れ帰るよう指示した。
 12日、習志野署は三女と父親から事情聴取を始めた。14日、習志野署はようやく被害届を受理した。同日夜、桑名市の実家に戻っていた筒井被告は、父親を殴り、母親の携帯電話を奪って家出した。筒井被告の父親が「息子に殴られた」と119番。署員が駆け付けた際には筒井被告の所在は不明となった。なお筒井被告の両親もこれまでに計3回、相談したり通報している。筒井被告は金を持って、長崎に向かっていた。三重県警から連絡を受けた千葉県警は三女の安全を確かめたが、長崎県警には筒井被告の動きを伝えていなかった。
 16日の事件当日、三女と父親は長女とともに東京にいた。午後9時ごろ、学校から帰宅した次男が、室内が荒らされている状況を知り、ワゴン車の荷台から2人の死体を発見した。
 家族らの説明から筒井被告が浮上。捜査員が17日午前9時20分頃、長崎市内のホテルにいた筒井被告に任意同行を求め、事情聴取し、同日、殺人、住居侵入容疑で逮捕した。この日、千葉県警は傷害容疑で筒井被告の逮捕状を取っていた。
 2012年1月、筒井被告を鑑定留置。4月24日、鑑定が終了し、26日に殺人、住居侵入、窃盗の罪で筒井被告を起訴。5月1日、長崎県警が傷害容疑で筒井被告を再逮捕。21日、脅迫容疑で筒井被告を再逮捕した。
一 審
 2013年6月14日 長崎地裁 重富朗裁判長 死刑判決
控訴審
 2014年6月24日 福岡高裁 古田浩裁判長 控訴棄却 死刑判決支持
裁判焦点
 裁判員裁判。筒井被告は逮捕当初、容疑を認め、接見した弁護人に謝罪の言葉を述べていた。しかし起訴後の2012年6月、弁護人に「本当はよく覚えていない」と言い始めた。弁護人によると、供述はその後さらに変わり、最終的には「自分は犯人ではない。自白調書は言ってもいないことを書かれた」との主張に変わった。2013年4月3日に行われた最後の公判前整理手続で、殺人や住居侵入、窃盗罪については無罪を主張する一方、脅迫罪は認め、傷害罪は暴行の回数や程度を争うとしていた。しかし、その後、弁護人が接見した際、筒井被告はすべての罪について、全面否認の意向を示した。
 2013年6月14日の初公判で、筒井被告は、「否認します」と全面無罪を主張した。
 検察側は冒頭陳述で、筒井被告は大学時代から交際相手にストーカーや暴力行為をしており、三女に対しても冷静な判断ができなくなるほど筒井被告が日常的な暴力で支配していた経緯を指摘。三女が千葉県習志野市から西海市の実家に戻った際、家族に無理やり連れ戻されたと思い込み、「三女の家族を皆殺しにして奪い返す」と決意。殺人事件の8日前に包丁を購入し、手袋を準備するなど計画的な犯行だったと指摘した。
 弁護側は冒頭陳述で「被告は三女が病気になった時に看病するなど、三女との関係は良好だった」と反論し、無罪を主張。刑事責任能力についても争う姿勢を示し、今後、被告人質問や三女に対する証人尋問などで立証していく考えを明らかにした。
 検察側は殺人事件の約2か月前、三女が住んでいた千葉県習志野市のマンションで、隣人が被告と三女の会話を録音したという音声を証拠として約10分間再生した。また検察側は、三女の部屋のクローゼットの大きな穴や血痕のついたシーツの写真などを証拠として提出。筒井被告に殴られてできたとする三女の左目付近の打撲痕や頭の切り傷なども写真で示した。
 15日の第2回公判で検察側は、事件翌日に筒井被告が任意同行された際に着ていたコート、ズボンなどから検出した血痕のDNA型が、被害者の二人と一致。所持していた包丁の血痕のDNA型は母と一致したという捜査報告書を提出した。また、犯行現場に残された足跡が、県警科捜研の鑑定の結果、被告が任意同行時に履いていた革靴と一致したとする捜査報告書や、被告のウエストポーチの中から、被害者2人の財布などが出てきたとする写真撮影報告書も調べられた。また、脅迫罪の立証のためとして、筒井被告が使っていたとするソーシャル・ネットワーキング・サービスに関する証拠も提出された。
 16日の第3回公判では、任意同行や凶器、着衣を鑑定した警察官ら5人が出廷し、当時の捜査の様子を証言した。
 17日の第4回公判で、ストーカー被害を受けた三女の証人尋問がビデオリンク方式で行われた。三女は「束縛は厳しかった。手錠をかけられ正座をさせられ、蹴り飛ばされたこともあった」「家族を殺すと言われていたので、死ぬことも逃げることもできなかった」と涙声で証言。また警察に何度訴えても被告が逮捕されなかったことについて「何で誰も守ってくれないのか」と当時の絶望感を振り返った上で、「(被告を)死刑にしてください」と強い処罰感情を訴えた。
 20日の第5回公判で、長女は三女を筒井被告の元から連れ出す3日前、約4か月ぶりに再会したとし、三女は顔のあざを化粧で隠しており、食事中も常に携帯電話を気にしているそぶりを見せ、会話も上の空だったと証言。「この時、暴力を受けていると確信した」と助け出す決意をした経緯について説明した。また、連れ出したときのことについて、「アパート内は、いろんな物が散乱し、壁に血が付いており、監禁部屋のようだった。私も被告から殺されると思い、遺書を通勤カバンに入れていた」などと語った。次女は、被虐待女性症候群症状に陥った三女が、実家へ避難後、無気力になり、なかなか筒井被告の行為を説明しなかったと証言。1、2週間かけて家族全員で三女の心のケアに努めたところ、ようやく語り始めたという。そして「(望む判決は)死刑しかない」と語った。
 21日の第6回公判で、逮捕翌日の2011年12月18日及び23日に行われた検察官と警察官の取り調べの様子を計約1時間にわたり収録したが映像が廷内で流された。三女に配慮し、廷内では音声が全て消され、裁判員らはイヤホンでやり取りを聞いた。被告は落ち着いた様子で取り調べに応じ、包丁を振り下ろして殺害する様子を再現したり、調書に署名したりする姿が映し出された。
 同日の被告人質問で、筒井被告は自白調書に署名した理由を、「刑事から『死ね、くず』とどなられたり、机をたたかれたりして脅され、警察の意に沿う供述をした」と説明した。検察側から、捜査段階で作成された54通の供述調書全てで犯行を自供している点を指摘されると、「『調書にサインしないと、共犯者と疑われて取り調べを受けている女姓やお前の家族が裸にされるぞ』と脅された」などと繰り返した。
 23日の第7回公判で、争点の一つだった捜査段階の自白調書について、地裁は任意性を認め、証拠採用し、検察側が朗読した。検察側は筒井被告が拘置所内で書いたノートも証拠提出した。
 24日の第8回公判における被告人質問で筒井被告は、自白調書はデタラメであると無罪を主張。事件当日の行動については、「夜7時くらいに長崎駅に着いた。三女の父から傷害で訴えると言われ、自分の父を殴って実家を出てきていたので、いろいろと不安な気持ちがあり、駅周辺を歩き回っていた」などとし、犯行を否定した。女性への連絡強要、暴力も全て否定した。
 27日の第9回公判における被告人質問で、被害者とDNA型が一致する血痕が付着したコートや包丁、現場に残った足跡など殺人事件の証拠について筒井被告は「警察が偽造した。全部うそだ」と主張した。女性の顔や足などにアザの痕が残った写真も提示したが、筒井被告は「暴力は振るっていない」と主張した。
 28日の第10回公判では、鑑定留置と再鑑定を行った精神科医が出廷し、「被告は他人の感情に無関心で暴力を振るうハードルが低い『非社会性パーソナリティー障害』。人格障害の一つで、善悪の判断に影響はない。刑事責任能力はある」と述べた。
 6月3日、論告に先立ち、三女の父親は被害者参加制度に基づき別室から「ビデオリンク方式」で意見陳述し、「事件を境に、私たちの楽しい日常が一変してしまった。死刑以外は考えられない」と時折声を詰まらせながら、厳しい処罰感情を訴えた。
 論告で検察側は、被害者のDNA型と一致する血痕が付いた被告のコートなど物証の存在を強調。捜査段階での筒井被告の自白調書を「詳細かつ具体的、合理的」と主張する一方、「証拠を偽造した」との公判での筒井被告の主張を「荒唐無稽」と批判した。刑事責任能力については「非社会性パーソナリティー障害」との鑑定結果から「完全責任能力が認められるのは明らか」とした。動機については「三女を取り戻すため、実家にいる家族を皆殺しにすると決意した」とした。また、「2人が殺害されたのは自分のせいだ」と、三女が事件から約1年半たった今も苦しみ続けていることに触れ、「結果はあまりに重大だ」と指摘。さらに、被告が過去にもストーカー事件を起こしたことを挙げ、「やり直すチャンスを何度も与えられながら、生かさなかった」と述べた。「被告には他人の痛みや苦しみを共感する心が欠如している。被告は現時点でも三女を取り戻したいという願望を持っており、万が一にも刑務所から出てきたら、再犯に及ぶことは確実」と強調した。そして「強固な殺意に基づき、執拗かつ残虐で計画的。更生の可能性はない。命をもって償うべきだ」と述べた。
 同日の最終弁論で弁護側は、「取り調べで『死刑にしてやる』など脅迫的な言葉を言われた」などとして自白調書を「任意性も信用性も存在しない」と主張。刑事責任能力については「心神喪失あるいは心神耗弱状態だった」と訴えた。そして「被告は現場に行っていない」と無罪を主張した。
 最終意見陳述で筒井被告は「警察と検察が都合良く証拠を作り変えている。時間がないのですべては言えないが、犯人は別にいる」と訴え無罪を主張した。また初公判前に裁判長に無罪を訴える100枚を超える手記を送っていたことを明らかにし、「僕の気持ちを細かく書いているので読んでほしい」と訴えた。
 判決で重富裁判長は、被告が事件翌日に被害者の血の付いた包丁を持っていたことや、服に被害者の血がついていたことを「被告が犯人でなければ合理的に説明できない」と指摘。被害者の財布を持っていたことや、被害者宅に被告の靴と似た足跡があったことからも「犯人だと認められる」とした。捜査段階での自白については、殺害の経緯や様子を具体的に述べているとして信用性を認め「脅迫など違法な取り調べがなされた事実はない」と判断。公判での被告の主張は「多くの証拠と矛盾する」と退けた。また、被告には人格障害があるが精神病ではなく、行動は計画的で自己防衛的な言動も多いとして、刑事責任能力があると認めた。その上で「遺族の処罰感情は厳しい。公判では不合理な弁解に終始し、改悛の情は全く見いだせない。何の落ち度も無い2人の命を理不尽に奪った責任は重い。犯行は冷酷、残虐で更生の可能性も低い。死刑を科すほかない」と死刑とした理由を述べた。

 被告側は即日控訴した。
 2014年3月3日の控訴審初公判で、筒井被告は一審に続き「僕は犯人じゃない。自分は誰かに、はめられているとしか思えない」などと無罪を主張した。
 この日に行われた弁護側の被告人質問で、筒井被告は「現場に行っていない。アリバイとなる長崎市内のコンビニのレシートを警察に捨てられた」などと供述。凶器とされた包丁や衣服に付いた血痕、犯行現場の足跡などについても無関係と主張した。女性に対する傷害など他の四つの罪についても「はめられた」と否認した。弁護側は一審に続き、捜査段階の自白の信用性や任意性はないと主張。検察側は「取り調べを録音・録画したDVDでは殺害状況など詳細な内容を自発的に供述している。任意で自由な態度で調べに応じている」と調書の信用性を主張する書面を提出した。一審で争った責任能力については、筒井被告が「自分には責任能力がある」と話したため、控訴審では争点にしなかった。
 4月8日の公判で検察官が、捜査段階で一度容疑を認めた理由について筒井被告に問うと、「刑事に脅され、言いなりになり、認めてしまった」と一審の主張を繰り返した。そして「真犯人を必ず世の中に出す」と話した。「裁判で発言できるのは最後かもしれないが、真実を話さなくていいのか」との問いかけに対しては「本当のことを話している」と反論した。筒井被告からのストーカー被害を訴えていた女性について、古田裁判長が「今どう思っているか」と問いかけると、しばらく沈黙し、「頭が真っ白で分からない」と答えた。検察側は女性の父親の意見陳述書を読み上げた。その中で、父親は元交際相手に殺害される事件が後を絶たない現状に触れ、「反省もせず、人の痛みが分からない人間を生かしておくための裁判をいつまで我慢すればいいのでしょうか」と訴えた。裁判はこの日で結審した。
 古田裁判長は判決で、「被告の服や靴に被害者とDNAの型が一致する血痕がついていたことや、捜査段階の自白は信用できるとして、被告の犯行だと判断した一審に不合理な点はない」と指摘。凶器の所持などを「警察官の捏造」とする筒井被告の主張を、「根拠を欠く荒唐無稽な主張」と退けた。その上で、「強固な犯意に基づく無慈悲な犯行」と批判。捜査段階で認めながら公判で否認に転じたことについて「不合理な弁解で、更生可能性は乏しい」と言及し、「人命軽視の態度は顕著で、その思考と経緯に酌量の余地はない。刑事責任は極めて重く、究極の刑であることを踏まえても、死刑を認めざるを得ない」と結論付けた。
備 考
 2012年2月1日、千葉県警の刑事部参事官ら刑事部、生活安全部の幹部3人が西海市を訪れ、事件を防げなかったことを遺族に謝罪した。
 3月5日、千葉、三重、長崎3県警幹部が、連携不足を認める検証結果を遺族に報告、発表した。父親が11月21日、習志野と西海、桑名の3署に相談した際、筒井被告から三女の知人らに脅迫メールが届いていることを伝えたのに、どの署も内容を確認していなかった点を指摘。その上で、「内容を確認すれば、切迫性があると判断し、早期の事件化を図れた」とした。また、10月30日、三女が習志野市のマンションを借りたまま帰郷したことで、習志野、西海両署がいずれも「管内のことではない」と考え、ストーカー規制法を積極的に適用しなかったことも反省点とした。筒井被告は殺害の2日前に行方不明になったが、この情報を習志野署が西海署へ伝えなかったことも連携不足とした。3県警の合同検証では、習志野署の問題点として、〈1〉ストーカー被害を受けた女性の父親から相談を受けながら、切迫感を持つことのないまま他の事件捜査を優先するなど危機意識が薄かった〈2〉ストーカー規制法に基づき、一歩踏み込んだ対応がなされなかった〈3〉署長が適切に指揮するだけの情報が上がっておらず、生活安全課と刑事課の連携も十分ではなかった−−といった点が指摘された。そして再発防止策も挙げ、男女間トラブルが重大事件に発展することの周知や、組織的対応の徹底などを図るとした。
 同日、警察庁は、再発防止策を都道府県警に通達し、ストーカー事案では初期段階から警察署長が積極的に指揮し、他県警との連絡を緊密にするよう指示した。また暴力に発展する恐れのある男女のトラブルに関する全相談と110番について警察本部と署長が把握して指揮することなどを、全国の警察に通達で指示した。
 しかし22日、習志野署員の慰安旅行が発覚。警察庁は、旅行が捜査に与えた影響などを徹底的に追加調査するよう県警に指示した。千葉県警の幹部は22日夜、一部の遺族に慰安旅行の事実を説明し謝罪した。26日、遺族は第三者機関による再検証を要請した。だが千葉県警は、内部で再検証を行った。
 4月23日、千葉県警が再検証結果を発表。3月に公表した事件対応の検証結果に旅行の事実が盛り込まれなかった点について、「事実を伏せておくような指示や協議はなく、旅行の影響を過小評価していた」として、組織的な隠蔽の意図はなかったと結論づけた。またストーカー被害を受けていた女性に被害届受理の先送りを伝えた同署刑事課係長や、ストーカー対策の責任者である同署生活安全課長が旅行に参加しなければ、「より踏み込んだ対応ができた」と指摘。さらに署長や副署長らも積極的に対応していれば「(殺害の)発生は回避できる可能性があった」と言及し、「幹部としての役割を果たしていない」とした。同日、会見で鎌田聡本部長が遺族へ謝罪するとともに、前回の検証で外部からの評価が欠けていた点や、署全体が最大限対応していれば2女性殺害が回避できた可能性も認めた。
 同日、鎌田聡本部長が訓戒処分を受けるなど千葉県警で21人が処分を受け、7人が口頭厳重注意などを受けた。処分発表と合わせて、警察庁などは生活安全部長を千葉県警地域部長に、刑事部長を警察庁長官官房調査官に27日付で異動させる事実上の更迭人事を決めた。戒告処分を受けた当時の習志野署長は23日付で退職した。
 同日、三重県警は当時の桑名署長(3月23日付、31日に定年退職)に口頭厳重注意、同署生活安全課長と同課の前係長2人に対し、同様の事案について適切な対応をするよう口頭で業務指導した。長崎県警でも数名に口頭厳重注意などの処分がされている。
 千葉県警は、ストーカー事案に対応した習志野署を含む中規模署数か所に、刑事課と生活安全課にまたがるストーカー事案などについて迅速に対応することを目的とした、警視クラスの「刑事官」の配置を2012年9月より始めた。
その他
 裁判で長崎地検は、三女に地検の被害者支援員が付き添い、裁判の手続きや不安などの相談を受けることで精神面のサポートを行った。
<リストに戻る>

氏 名
浅山克己
事件当時年齢
 46歳(2012年1月、逮捕当時)
犯行日時
 2010年10月2日/2011年11月24日
罪 状
 殺人、現住建造物等放火、ストーカー規制法違反、有印私文書偽造他
事件名
 山形・東京連続放火殺人事件
事件概要
 名古屋市の無職浅山克己被告は2010年10月2日午後10時10分頃、元交際相手である男性Aの両親が住む、山形市の木造二階建てに、殺意を持って、建物一階の書斎の外壁と、近くに置かれていたゴミ袋に灯油をまいた上、ライターで火を付けたティッシュを放り投げて放火。住宅を全焼させ、男性Aの父(当時71)と母(当時69)を殺害した。
 同性愛者である浅山被告と男性Aは2008年10月、名古屋市で知人の紹介で知り合い、交際を始めた。しかし浅山被告の暴力に悩んだ男性Aは別れ話を切り出したが、浅山被告から職場に暴露すると脅され、1年半の交際が続いた。男性Aは2010年5月に実家のある山形市に転居すると、浅山被告は電話やメールを送り続け、9月には浅山被告が押しかけ、男性Aを無理やり名古屋市まで連れ帰った。男性Aは「母親の介助をしなければならない」と実家に戻ったが、浅山被告はその後も大量のメールや電話を続けた。さらに放火後も浅山被告は山形市を訪れ、男性Aの自宅のガラスを割るなどした。
 山形県警はストーカー行為を把握していたものの、出火原因の特定には至らず、失火の可能性が高いとして処理していた。

 さらに2011年11月24日、会社員の妻と共謀し、元交際相手の男性Bの母親(当時76)が住む東京都江東区の12階建てマンションの9階にベランダから侵入。帰宅してきた母親を縛った上、大きなたらいをかぶせて炭を燃焼させ、一酸化炭素中毒にして殺害。室内に灯油をまき、全焼させた。
 男性Bは2010年2月以降に計3か月間、浅山夫婦と同居していたが、浅山夫婦からの暴力に耐えかねて逃げ出していた。浅山被告は、9月以降、何度も母親宅を訪れ、男性Bに会わせるように迫っていた。

 浅山被告とその妻は、男性Bの行方を調べようと区役所で長男を装って住民票の写しを受け取ったり、付きまとったりしたとして、2012年1月5日、有印私文書偽造とストーカー規制法違反容疑で逮捕された。1月18日、江東区の事件で殺人、現住建造物等放火などの容疑で逮捕された。
 浅山被告は山形市の事件についても関与を認め、3月7日、殺人と現住建造物等放火の容疑で再逮捕された。
 浅山被告は3月25日、留置場で首吊り自殺を図り、意識不明の重体となった。後に意識が回復し、30日、追起訴された。
一 審
 2013年6月11日 東京地裁 平木正洋裁判長 死刑判決
控訴審
 2014年10月1日 東京高裁 八木正一裁判長 控訴棄却 死刑判決支持
裁判焦点
 裁判員裁判。
 2013年5月9日の初公判で、浅山被告は山形市の事件について「殺害するつもりはありませんでした」と殺意を否認した。東京の事件については起訴内容を認めた。
 検察側は、冒頭陳述で「被害者を死亡させる危険性がある行為と認識して行っていれば、殺意があると認められる。確実に殺害できるとまで考えている必要はない」と説明した。その上で、山形市の事件について「浅山被告は住宅に夫婦がいるかもしれないと思っていた」として殺人罪は成立すると主張。根拠として「生活介助を必要とする夫婦が午後9時には就寝している」と認識し、放火したことなどを挙げた。また、浅山被告は事件当時、「以前、交際していた男性を自分の元に連れ戻すには、両親の存在が障害である」と考えており、夫婦を殺害する動機があったとした。
 一方、弁護側は、「住宅に隣接する(夫婦の)染め物工場を燃やすつもりで放火した。夫婦が在宅していたことや亡くなってしまうことは、想定していなかった」と訴えた。「職場がなくなれば、『仕事が忙しい』と話していた長男が、自分の元に戻ると思っていた。夫婦への恨みはなく、殺害する動機はない」と主張し、殺人罪には当たらないとした。当時の様子を「家や工場に明かりがついておらず、人の気配もなかったため、留守だと思っていた」とも述べた。浅山被告も「母屋の隣の工場を燃やそうとした。敷地内に車がなく、家の明かりもついていなかったので留守だと思っていた」と述べ、殺意はなかったと強調した。
 元交際相手である男性(長男)は初、10日の第2回公判で当時の状況を証言。第2回公判では被害者参加制度を利用して次男が極刑を訴えた。
 13日の第3回公判で、浅山被告の妻が証人尋問で、「浅山被告は放火の理由を『元交際相手の仕事がなくなれば名古屋に戻ってくる』と話していた」と述べた。一方、同性愛者の浅山被告と結婚した理由を問われ、「断ったら飼い犬を殺すと脅された。自分の命よりも大事な犬だったので結婚した。恋愛感情はなかった」と語った。
 14日の第4回公判における被告人質問で、浅山被告は「家に誰もいないと思った」と殺意を否定する一方、「(隣接する工場だけでなく)家も燃えていいと思った」とも述べた。
 21日の公判における被告人質問で浅山被告は、「悪いことをしたので死刑でも構わない」と述べた。
 23日の論告で検察側は、元交際相手が浅山被告に両親の生活パターンを詳しく教えていたことから、「両親がいるかもしれないと思って火を付けた。殺意は明らか」と主張。「元交際相手を支配するため、邪魔になる両親を殺害した」として死刑を求刑した。同日の最終弁論で弁護側は、「自宅に接する工場を燃やすつもりだった。自宅には誰もいないと思っていた」と反論。殺人罪は成立しないと訴えた。浅山被告は最終意見陳述で「本当に申し訳ありませんでした」と、消え入りそうな声で話した。
 判決で平木裁判長は、争点となっていた山形事件での殺意の有無について、家の壁にも灯油がまかれている点を指摘。「死亡した夫婦が身体の具合が悪いことを認識していた」と判断し、「避難能力の劣る夫婦が死亡する危険性が高いことを認識しながら放火したと推認できる」として、殺意を認定した。さらに東京事件については「命ごいを無視して殺害しており、残忍極まりない」と指摘。その上で、「交際相手への強い執着心から山形事件を起こし、その後、別の交際相手の家族への逆恨みから重大事件を再び起こした」と指摘。「全く落ち度のない被害者が3人も殺害され、社会に与えた衝撃も大きい。交際相手を連れ戻したいという願望を実現するために重大な犯行を繰り返しており、犯情は極めて重い」とし、被告が山形の事件以外は罪を認めているといった有利な事情があっても、死刑はやむを得ないと結論付けた。

 2014年5月2日の控訴審初公判で、弁護側は控訴趣意書で、(山県市の事件の)元交際相手は浅山被告に激しい処罰感情を持っており、その証言を基に殺意を認定するのは「危険」と主張。浅山被告は被害者の長男が家業の染物屋を継ぐため、自分のもとを離れていったと考えたと主張。仕事場がなくなれば、戻ってくると思い、被害者の自宅と隣接する染め物工場に火を付けたとして、「被告は両親を排除しようと思っておらず、午後10時頃に電気が消えていて車もなかったことから、家に誰もいないと安心しうる状況だった」と述べた。そして一審判決について「十分な証拠調べをせず(山県市の事件の)夫妻への殺意を認定しており、誤った判断だ。極刑は重すぎる」として死刑回避を求めた。検察側は、弁護側は一審での主張を蒸し返しているに過ぎないなどとして、控訴棄却を訴えた。また、弁護側が浅山被告がうつ病だったとして精神鑑定の実施を申請したが、八木正一裁判長は「理由がない」として却下した。当時の精神状態などを示す書証の取り調べも却下した。次回公判での被告人質問と証人尋問は認めた。
 7月7日の第2回公判で、弁護側は2人が死亡した山形市の放火事件について「殺意はなかった」と主張し、死刑は重過ぎると主張して結審した。被告人質問で浅山被告は「どうもすみませんという気持ちです」と述べた。
 判決で八木正一裁判長は、山形の事件で被告が被害者の生活状況を事前に把握していた点を指摘し、殺意を認定した。しかし、「確定的とは言えず、未必の殺意だった」とも認定した。その上で判決は東京で同様の事件を起こしていることから、「用意周到に計画して完全犯罪をもくろむなど、犯行の悪質さや重大性が際立っている。死刑判決はやむを得ない」と述べた。

 2016年4月15日の最高裁弁論で弁護側は、山形市の事件について「浅山被告は犯行当時、服用した薬の影響で強い緊張感や焦燥感などを持っており、元交際相手から『両親は午後9時頃に就寝する』と言われたことを冷静に考えていたとするのは不自然」とした。また、元交際相手は浅山被告に激しい憎悪を抱いていたと指摘。「両親の生活内容を詳細に浅山被告に話していた」との元交際相手の証言は、捜査当局の誘導や思い込みによる可能性があり、その証言を基に殺意を認定することはできないと主張した。そして「殺人について計画性はなく綿密でもない。悪質性は低い。精神状態が通常ではなく、確定的な殺意もなかった。人が死んでも仕方ないという『未必の殺意』を認定した二審判決は誤りだ」と指摘し、死刑回避を主張した。検察側は、「元交際相手の証言は自然で一貫しており、メールなどの客観的事実とも符合する」と信用性を改めて主張。「危険な態様の連続殺人事件で、死刑とした一・二審の判断は正当で上告する理由がなく、極刑はやむを得ない」と上告棄却を求めた。
備 考
 山形県警の大竹孝幸刑事部長は2012年4月24日の記者会見で、事件当時の捜査は不十分だったとの認識を示した。大竹刑事部長は「当時の捜査では、明らかに放火と断定できる痕跡がなく、放火、失火の両面で調べていた。火元とみていた室内を重点的に調べていたが、屋外を含めた広範囲な鑑識活動を行うべきだった」などと述べた。
 殺人や現住建造物等放火などの罪に問われた浅山被告の妻は2012年11月13日、東京地裁(近藤宏子裁判長)の裁判員裁判で懲役18年(求刑懲役22年)が言い渡され、控訴せず確定した。
<リストに戻る>

氏 名
鈴木勝明
事件当時年齢
 37歳
犯行日時
 2004年12月3日
罪 状
 強盗殺人、窃盗、住居侵入
事件名
 大阪ドラム缶遺体事件
事件概要
 堺市の建設作業員、鈴木勝明被告は2004年12月3日ごろ、和泉市の元カーペット製造販売会社社長方で、元社長の男性(当時74)とその妻(当時73)の頭部を鈍器で殴って殺害し、高級腕時計ロレックス2個や乗用車1台など(計240万円相当)を奪った。
 その後、妻名義の車のトランクに2人の遺体を乗せ、当時住んでいた家に帰った。4日、奪った腕時計を泉佐野市内の質店で現金50万円と換金。遺体を捨てる場所を捜したが見つからず、7日、阪南市の貸ガレージを借り、男性の携帯電話から「夫婦で金沢の温泉にいる。心配するな」というメールを親族に送った。その後、ホームセンターでドラム缶を購入。遺体をのこぎりでバラバラにしてドラム缶に詰め、厳重に密閉した。
 鈴木被告は2003年9月に泉南市の建設会社へ入社。2004年1〜2月の男性宅の工事では、自宅敷地内の会社事務所の新築工事で力仕事を担当していた。鈴木被告が集金した工事代金を社に払い込まないことや、会社事務所や社長宅から高級腕時計や多額の現金がなくなることが頻発。鈴木被告は社長に問い詰められて否定したものの、金銭トラブルを理由に2004年6月に解雇していた。事件当時、鈴木被告は消費者金融などに数百万円の借金があった。
 他に鈴木被告は2003年11月10日ごろ、泉南市の駐車場で、社長の軽自動車内からロレックス(時価40万円相当)を盗んだ。同年11月22日、社長方の庭で妻が置忘れたロレックス(時価30万円相当)を盗んだ。2008年7月14日、堺市の勤務先の建築会社の寮で、同僚男性の部屋に侵入、ロレックス1個とネックレス1個(時価計25万円相当)を盗んだ。
 失踪後まもなく家族が家出人捜索願を提出。大阪府警は自宅で血痕や毛髪を採取した。和泉署で保管していたが、遺体発見後に数点が紛失していたことが判明している。
 2009年11月25日、新しい借り主が決まり、管理者がシャッターを開けて遺体が発見された。ガレージは約5年前に鈴木被告が借りて1カ月分の賃料を払った後、シャッターの鍵を返却せずに駐車場の管理人と連絡を絶って、誰も使っていなかった。鈴木被告が捜査線上に浮上し、27日、社長宅からロレックスや乗用車を盗んだ窃盗容疑で逮捕。鈴木被告は窃盗や夫妻の遺体遺棄を認めたが、殺害の関与を否認。連絡先を知らないヤミ金の知人の2人の男が殺害したと主張した。死体遺棄、損壊罪は3年の公訴時効が成立している。
 12月17日、社長宅からの別の窃盗容疑で鈴木被告を再逮捕。同日、大阪地検堺支部は最初の逮捕容疑について処分保留とした。2010年1月8日、窃盗罪で起訴。9月27日、泉南市の駐車場からロレックスを盗んだ容疑で再逮捕、10月18日に追起訴された。物証がないことから捜査は難航したが、府警は状況証拠などから鈴木被告の単独犯行と断定、12月3日に強盗殺人容疑で鈴木被告を再逮捕した。12月24日、大阪地検堺支部は強盗殺人罪で鈴木被告を起訴した。2011年1月14日、寮での窃盗事件で鈴木被告を再逮捕した。
一 審
 2013年6月26日 大阪地裁堺支部 畑山靖裁判長 死刑判決
控訴審
 2014年12月19日 大阪高裁 笹野明義裁判長 被告側控訴棄却
裁判焦点
 裁判員裁判。大阪地裁堺支部は裁判員の負担を軽減するための区分審理を採用し、3件の窃盗事件については裁判官だけで審理を行った。
 2013年5月7日、3件の窃盗事件に対する初公判があり、弁護側は無罪や、時効が成立しているとして免訴の判決を求めた。15日、畑山靖裁判長は「被告の犯行と推認できる」などとして、有罪を言い渡した。
 5月20日の強盗殺人における初公判で、鈴木被告は「絶対にしていない。別の2人が殺害したと思う」と無罪を主張した。起訴内容の認否で事件に関わったとして男性2人の名前をあげた。
 検察側は冒頭陳述で「鈴木被告は300万円の借金返済のため殺害した」と訴えた。「鈴木被告は遺体が見つかったガレージの借り主で、夫婦が殺害された直後に元社長の腕時計を質屋で換金していた」と指摘した。そして、「鈴木被告が関与を主張する別人は存在せず、鈴木被告が単独で夫婦を殺害した」と述べた。
 弁護側は冒頭陳述で、「真犯人は2人の男と思われる」と主張。事件後、府警が採取した血痕などを鑑定せずに紛失し、取り調べ時に警察官がどなるなど違法な捜査があったなどとして、公訴棄却を求めた。そして「直接証拠はなく、疑わしいというだけで犯人と決めつけないでほしい」と裁判員に呼びかけた。
 6月5日の公判で、被害者の息子と娘が意見陳述。両親への思いを涙ぐみながら語り、極刑を求めた。
 6月10日の論告で検察側は、借金で生活が苦しかった鈴木被告が夫婦から金品を奪おうとしたと指摘。被告側の「殺していない」との主張に対し、(1)被告は遺体が見つかったガレージを借りていた(2)事件後に腕時計を質店で換金した――などの状況証拠を踏まえ、「被告が夫婦を殺害した」と主張した。 そのうえで「犯行直後に奪った腕時計を換金し、借金返済に充てるなど悪質。公判でも反省の態度を示しておらず、極刑で臨むしかない」と指摘した。
 同日の最終弁論で弁護側は「凶器が特定されていないなど、夫婦を殺害した証拠はなく、検察の立証は不十分だ」として無罪を主張。最終陳述で鈴木被告は突然、「ご遺体を損壊し、遺棄したことに関与したのは事実。本当に申し訳ないと思っている」と死体を遺棄したことを初めて認めた。しかし「殺害は絶対やっていません」と訴えた。
 判決は、鈴木被告が(1)夫婦の遺体を遺棄した(2)300万円の借金返済のため夫婦の腕時計を質店で換金した−−と指摘、犯人性を示す重要な間接証拠と評価した。そして、「遺体遺棄の方法は凄惨で犯人でなければしない手口だ。鈴木被告が犯人でないという説明は、もはやできない」として、鈴木被告が殺害に関与したと認定した。鈴木被告側の、夫婦を殺害したヤミ金融業者の男2人から遺体の処理を強要されたとする主張には、「男2人は見つからなかった。架空の人物だ」と断定した。そして、「鈍器で殴って即死させ、遺体をドラム缶に隠匿し、約5年間、平然と生活していた。反省せず、更生の可能性もない」と批判した。そのうえで、「極刑を望む遺族の心情は尊重されるべきだ。犠牲者2人以上の強盗殺人の裁判では、残虐性などの事情があれば極刑が選択されており、今回もこれに相当する」と結論付けた。

 弁護側は即日控訴した。
 2014年7月30日の控訴審初公判で、弁護側は「被告が現場にいたか証拠上明らかではない」と第三者による犯行と主張して一審に続いて無罪を訴え、検察側は控訴棄却を求めた。
 9月26日の第3回公判における最終弁論で、弁護側は「直接証拠はなく、被告を犯人とするには合理的な疑いが残る」と主張、死刑とした一審大阪地裁堺支部判決の破棄と無罪を求めた。
 笹野明義裁判長は判決理由で「鈴木被告は遺体を遺棄し、被害者から奪った腕時計を質に入れて換金し自分のために使っており、被告の犯行とすることに不合理な点はない」と指摘。「第三者が犯行に関与したとはいえない」として、「非人間的で冷酷な犯行で反省の態度もない。2人の命が奪われたことを考慮すれば、極刑をもって臨むほかない」と結論づけた。

 被告側は即日上告した。
備 考
 大阪府警捜査1課と和泉署は、夫婦の失跡当時、採取した血痕と毛髪を部分的に抽出して鑑定。いずれも夫婦のもので第三者の関与をうかがわせる証言などもなかったため、残りは鑑定せぬまま、事件性は低いと判断、捜査を中断した。しかし遺体を発見後、同課が証拠品を再確認したところ、失跡当時に「採取」との記録があった未鑑定の毛髪と血痕の一部、計約10点が見当たらないことが発覚した。
<リストに戻る>

氏 名
林振華
事件当時年齢
 29歳(2012年12月、逮捕時)
犯行日時
 2009年5月1日
罪 状
 強盗殺人、強盗殺人未遂
事件名
 愛知県蟹江町母子殺傷事件
事件概要
 中国籍の無職林振華(りん・しんか/リン・ジェンホア)被告は2009年5月1日午後10時ごろ、愛知県蟹江町に住む会社員の女性(当時57)方に侵入し、金品を物色中、女性に見つかったため、用意したモンキーレンチで頭部を殴って殺害した。さらに帰宅した会社員の次男(当時26)も包丁で刺殺、翌日午前2時半ごろに帰宅した会社員の三男(当時25)の首などを小刀で刺してけがをさせ、現金約20万円を奪った。三男はコードで手を縛られ、長時間にわたって監禁状態に置かれた。三男は「殺さないで」と林被告に請うたため、林被告は殺せなかった。
 林被告は中国山東省出身で、2003年10月に20歳で来日した。京都市の日本語学校を2005年3月に卒業後、奈良市の専門学校に入校。しかし生活は困窮し、万引きなどを繰り返していた。2006年に三重大学人文学部へ入学。三重県の私費留学生奨学金を申請したが成績不良などを理由に認められず、生活は苦しいまま。両親から仕送りを受けつつ、大学近くの飲食店屋工員、建設作業員などでアルバイトをして生活していたが、体を壊して働けなくなった。
 事件の前、津市のスーパーでの2件の万引きで摘発され、罰金命令を受ける予定だった。支払えなければ身柄を拘束され、退学を迫られると思い込み、路上強盗を考えた。事件当日、林被告は住んでいた津市から電車で名古屋市内を移動しながら犯行の機会を狙ったが、周囲に人が多いことなどから断念。林被告はその後、近鉄名古屋線で再び三重県方面に向かい、下車したのが急行電車で最初に停車する近鉄蟹江駅だった。女性宅では猫を飼っており、外にいる猫が帰ってくるために施錠をしていなかった。猫が帰るところを見た林被告は、女性宅に侵入した。女性たちとは面識はなかった。
 林被告は3人を殺傷後、現場に居座って凶器の血痕を拭ったり、血の付いた服を洗うなどしていたが終電車が無くなったためそのまま居座り、台所に残された食事を食べていた。2日正午ごろ、次男の上司が訪問するも応答がなかった。不審に思った上司は近くの交番に届け、12時20分ごろ、上司と県警蟹江署員が女性宅を訪れ屋外から声を掛けた。両手を電気コードで縛られた状態の三男は既に犯人は逃げたものと思い、自力で立ち上がって玄関を開け、保護された。その後、署員が玄関ドアのすき間から屋内をのぞくと、林被告が玄関近くの廊下にうずくまっていたが、被害者の家族と誤解し、署員が携帯無線で署と連絡を取るために目を離した約2分間に、勝手口から逃走した。
 事件後、捜査本部は女性を「行方不明」と発表したが、事件翌日に大量の衣服で隠された押し入れから発見するなど、捜査陣の不手際が目立った。しかも犯人の逃走を公表したのは一部報道があった後の5月8日と、その対応の遅れに非難が集中した。
 林被告は事件後も複数回、中国に帰省したが、親の期待に応えるため、日本に戻って来た。2011年に三重大学を卒業し、三重県内の自動車部品製造会社に就職するも、翌年6月に退職していた。
 2012年10月19日、津市の駐車場で乗用車1台などを盗んだ容疑で、三重県警が林被告を逮捕。三重県警は「余罪が疑われる容疑者」(捜査幹部)として警察庁のデータベースにDNAを登録。11月末、膨大なデータの中から事件で残された遺留物のDNAと一致したため、12月7日、愛知県警が強盗殺人及び強盗殺人未遂容疑で逮捕した。翌日、起訴した。
 林被告は起訴後に精神的に不安定になり、意思の疎通が難しくなったことから弁護側の請求を受けた地裁が鑑定の実施を決めた。責任能力や訴訟能力に問題はないとする鑑定書が2014年1月に名古屋地裁に提出された。
一 審
 2015年2月20日 名古屋地裁 松田俊哉裁判長 死刑判決
 判決文「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい)
控訴審
 2015年10月14日 名古屋高裁 石山容示裁判長 被告側控訴棄却
裁判焦点
 裁判員裁判。
 2015年1月19日の初公判で、被告は大筋で認めた。検察官の起訴状朗読後、林被告が黙り込んだため、弁護人が改めて一文ずつ読み上げて内容を確認し、林被告は「した」「あってる」などと答えた。
 検察側は冒頭陳述で、林被告が万引きをして罰金を支払う必要があったと指摘。「払わなければ大学を退学になり、両親の期待に応えられないと考え、人を襲って金を奪おうとした」。そして林被告が金目的で深夜まで周辺を徘徊し、無施錠の住宅に入ったと指摘し、「金品を取る以外に殺す理由はなかった」と主張。殺傷後は翌朝まで住宅にとどまったとも述べた。
 弁護側は、盗み目的で侵入した林被告が帰ってきた女性らに見つかってパニックになったと主張。「検察側の死刑求刑は確実だが、被告に強い殺意はなく、死刑を言い渡す事情はない」と述べ、殺人罪と窃盗罪の適用を求め、強盗殺人罪の成立については争う姿勢を示した。
 21日の公判で三男が証人出廷し、「死刑を望む。なぜ自分の家だったのか、なぜ殺害までしたのか聞きたい」と訴えた。
 23日の公判で次男の恋人が法廷と別室を中継するビデオリンク方式で証言し、「ずっと悲しい思いを抱えていなければならない私たちと同じように、ずっと自分の罪を反省し、償ってほしい」と語った。林被告は閉廷前、死亡した2人らに対する謝罪の言葉を初めて述べた。
 26日の公判で林被告の両親が中国・山東省から来日して証人として出廷し、遺族に謝罪した。代理人を通じ、謝罪と被害弁償の一部として現金500万円の支払いを申し出ていたが、遺族側に拒否されたことを明らかにした。
 28日の公判で、林被告が遺族や自分の両親への思いを記した手紙を、発声障害のある林被告の代わりに弁護人が代読した。2013年春に名古屋拘置所で林被告が知人や両親らに宛てて事件への公海や謝罪の言葉を便箋66枚にしたためたものだが、当館はされず弁護人が保管していた。
 2月6日の論告で検察側は、万引き事件で罰金を支払う必要に迫られた林被告が、面識のない女性方に侵入したと指摘。「人がいると分かっている住宅に凶器を持参して侵入したのは、攻撃も想定していたからだ。仮に殺害時点で頭が真っ白になっていたとしても、金品を取る目的だったのは明らか。典型的な強盗殺人と言える」と主張した。そして被告が女性をモンキーレンチで繰り返し殴ったうえで首を絞め、次男も包丁が曲がるほどの力で4回刺したなどとし、「強い殺意に基づく執拗で残虐な犯行だ」と主張。首を6か所刺された三男も「一歩間違えば命の危険があった」とした。そして「金品を奪うだけのために2人を殺害し、生命を奪いかねない傷害を1人に負わせた。殺され方は理不尽で残虐的」とも指摘。「3回にわたる殺害行為は強盗殺人の中でも特に悪質で、遺族も死刑を望んでいる」と述べ、極刑が相当と訴えた。
 被害者参加制度を利用して法廷に立った三男は「母と兄の気持ちを考えると、どうしても許すことはできない。死刑を強く望む」と意見陳述した。長男も意見陳述し、裁判員に対し、「裁判が加害者のためでなく、被害者のためのものであることを祈ります」と述べた。
 同日の最終弁論で弁護側は、女性方玄関が無施錠だったことに気付いた林被告が金品を盗もうとして侵入したが、女性らに見つかりパニックになったと主張。逃げようとして殺傷したが、「被告は3人を攻撃して1時間以上たって、窃盗に着手しており、強盗にはあたらない」と反論。「3人を殺傷したのはパニックで冷静な判断ができなかったため。確定的殺意はなかった」と訴え、殺人罪と窃盗罪の適用を求めた。また、反省し謝罪していること、両親が被害の一部の弁償を申し出ていることなども指摘、「可能な限り寛大な刑を」と述べ、死刑回避を訴えた。
 林被告は意見陳述で「被害者に申し訳ない気持ちでいっぱい。自分のやったことが許せない」と謝罪した。
 判決で松田裁判長は、争点の強盗殺人罪の成否について被告が女性方に侵入して女性と出くわした際、逃げようと思えば逃げられたのに女性を攻撃したとして、「当初は窃盗目的だったが、被害者に見つかった際に強盗を決意した」と指摘。その後も被告が三男を襲った後、金がどこにあるかを尋ねたことなどから、強盗の意図を引き続き持っていたとして、強盗殺人罪の成立を認めた。殺意についても、女性の頭部をモンキーレンチで何度も殴るなど、3人を執拗に攻撃しているとし、「冷静さを失っていたとしても確定的な殺意があった」と認定。「強盗や殺人に及ぶことを事前に計画していたわけではないが、包丁が折れ曲がるほど強い力で刺すなど執拗で冷酷な犯行。動機は自己中心的で身勝手だ。公判で不合理な弁解を繰り返し、反省も真摯なものとは認めがたい」と述べ、死刑が相当と結論付けた。

 2015年7月27日の控訴審初公判で弁護側は、「被害者方に侵入したのは窃盗目的だった」として強盗殺人罪の成立を否定し、控訴趣意書で「検察官の一方的な見解の押し付けや誘導で調書が作られた」と主張した。この点を本人に確認するため、弁護側は被告人質問を求めたが、石山裁判長は「取り調べるやむを得ない理由はなく、必要ない」として却下した。弁護側は「窃盗目的で侵入した際に気付かれ、半ばパニックになって殺害した。計画性はなく、無期懲役を選択すべきだ」と死刑回避を訴えた。検察側は控訴棄却を求め、即日結審した。
 判決理由で石山裁判長は「被告は被害者宅に侵入した際、家人と遭遇して騒がれることを予想しており、実際に被害者に見つかったことで、確定的な強盗の犯意が生じた」と、強盗殺人罪の成立を認定した。被害者らが抵抗しなくなっても、持参した工具で繰り返し暴行しており「犯行の態様は執拗で無慈悲」と断じ、「死刑は避けられないとする一審判決の根拠は合理的で不当とは言えない」と述べた。

 被告側は即日上告した。
備 考
 女性の三男は、重大事件の刑事裁判の判決後、賠償額などを審理する「損害賠償命令制度」に基づき、林振華被告に損害賠償を求めた。遺族3人が賠償を申し立て、民事訴訟に移行。その後、2015年10月に2人は請求を取り下げた。2016年3月24日、名古屋地裁は三男の請求を全額認め、林被告に慰謝料など約5600万円の支払いを命じた。死亡した女性と次男が被った損害を計約1億3600万円と算定し、三男の相続分として計約4550万円を認めた。さらに、三男は事件で負傷したとして、慰謝料など約1050万円の支払いも命じた。判決理由で村野裕二裁判長は「極めて悪質、重大な事件で、動機も身勝手で同情の余地はない」と指摘した。三男の代理人弁護士は「請求を認容する判決をいただいたが、実際に被告から履行される可能性がないに等しいことを考えると、誠に遺憾でならない」とのコメントを出した。
<リストに戻る>

氏 名
渡辺剛
事件当時年齢
 43歳
犯行日時
 2012年12月7日
罪 状
 強盗殺人、死体遺棄、詐欺未遂
事件名
 銀座資産家夫婦強盗殺人事件
事件概要
 水産物流通会社社長、渡辺剛(つよし)被告は2012年12月7日、スイス在住で銀座に一時帰国していた資産家でファンドマネジャーの男性(当時51)とその妻(当時48)を栃木県日光市でパーティーがあると嘘を言って誘い出し、ワゴン車中で睡眠薬入りの酒を飲ませて眠らせた後、2人の首をロープで絞めて殺害。クレジットカード入りの財布など計8点(29万円相当)を奪った後、2人を埼玉県久喜市内の空き地に埋めて遺棄した。さらに元部下の男とともに男性名義のクレジットカードで新幹線の回数券50冊(約381万円分)を購入しようとしたが、確認を求められて失敗に終わった。
 殺害された男性は元証券マンで、約20年前に退社後は国内外でファンドマネージャーとして働き、スイスの自宅のほか、都内や海外に複数のマンションを保有していた。失踪時点ではリヒテンシュタインに本社がある投資ファンドのマネジャー。2012年11月下旬にいったん帰国。12月7日に知人からたと東京都中央区銀座のマンションを出た後、連絡が取れなくなった。パーティーは開かれていなかった。夫婦は12月14日からスイスに行く予定だったが、航空券は自宅に残したままで、心配した親族が警視庁に捜索願を出した。
 渡辺被告は1990年代後半に東京都江東区の水産加工物販売会社で働くようになり、2001年に社長に就任。会社はクジラ肉の販売が中心だったが、2007年ごろは海外に進出し、オマーンの複数の大手水産会社から魚介類を輸入するようになった。しかし鯨肉市場の縮小とともに売り上げが落ち、2008年後半から2009年春ごろにかけて急速に悪化。夏ごろからは営業停止状態に陥っていた。渡辺被告は2011夏から宮古島の知人女性宅に身を寄せていた。渡辺被告と殺害された男性は1年ほど前からの付き合いで、渡辺被告は東京と沖縄を往復していたという。なお、逮捕当時は投資で数億円の損をさせられたと供述していたが、それは虚偽だった。なお詐欺事件で共謀した男性は1998年に同社に入社した部下だった。
 死体が埋められた住宅地の中にある空き地やワゴン車は、9月ごろに埼玉県の知人へ現金約300万円を渡して購入を指示。11月10日に契約が完了後、男数人が出入りし、高さ約2mの銀色のフェンスで取り囲み、重機で穴を掘って立ち去っていた。この埼玉県の知人男性は、事件とは無関係である。
 捜査一課は夫婦を乗せたワゴン車を割り出し、2013年1月28日、久喜市の空き地で2人の遺体を発見。敷地内にあった車から男性の血痕を見つけた。1月29日、元部下の男が死体遺棄容疑で、逃亡先の沖縄県宮古島市で逮捕された。渡辺剛被告は元部下の逮捕を知り、同日午後4時ごろ、宮古島市でトイレ用洗剤を飲んで自殺を図ったが宮古島署員に発見された。命に別状はなく、体調の回復を待って30日に死体遺棄容疑で逮捕された。2月20日、詐欺未遂容疑で2人を再逮捕。3月14日、東京地検は詐欺未遂容疑で2人を起訴。5月3日、強盗殺人容疑で渡辺被告は再逮捕された。元部下は殺人事件に関与した証拠はないと逮捕は見送られた。5月24日、東京地検は渡辺被告を強盗殺人と死体遺棄容疑で起訴。同日、処分保留となっていた元部下の死体遺棄容疑について不起訴処分(容疑不十分)とした。
一 審
 2014年9月19日 東京地裁 田辺三保子裁判長 死刑判決
控訴審
 2016年3月16日 東京高裁 藤井敏明裁判長 被告側控訴棄却
裁判焦点
 裁判員裁判。渡辺剛被告は逮捕から起訴まで1人で事件をやったと供述していた。
 2014年8月19日の初公判で、渡辺剛被告は「現場にいたが2人の首を絞めていない。殺意はなく、金品を取る目的もなかった」と述べ、強盗殺人を否認した。死体遺棄罪と詐欺未遂罪は認めた。
 検察側は冒頭陳述で、渡辺被告は被害者の勧めで購入した株で約180万円の損失があり、被害者を恨んでいたと指摘。遺体を埋める穴を掘るなど準備をした上で「ホテルをオープンするので招待する」と夫婦を誘い出し、睡眠薬を混ぜたシャンパンを飲ませたうえで、殺害したと述べた。弁護側は被告が株取引に関して被害者に説明を求めようとして犯行の一部に関与したことは認めたが、「他の人と被害者の首にロープを巻いて脅すつもりだった。被告に殺意や金品を奪う目的もなく、強盗殺人罪は成立しない」と、実行行為は第三者によるもので、被告は傷害致死罪にとどまると主張した。その第三者について、被告が投資資金を借りていた知人の関係者だと説明したが、「詳細は明らかにできない」とした。
 9月1日の公判で渡辺被告は「極刑を望んでいる」と述べ、被害者遺族に対し土下座して謝罪した。しかし検察側が「(被告の主張する)傷害致死罪では(法定刑に)死刑がない」と指摘すると、被告は黙り込んだ。
 9月4日の論告で検察側は、渡辺被告が被害者のクレジットカードの利用方法を事前にインターネットで調べた点などを挙げ、「強盗目的は明らかで、睡眠薬を使うなど確定的な殺意があった」と指摘。「夫婦の首にロープを巻いて脅すつもりで、殺意はなかった」「第三者が実行した」などと強盗殺人罪を否認する被告の主張「客観的な証拠と矛盾しており、公判で弁解を不自然に変遷させ、罪を免れることしか考えていない。第三者の名前を明らかにしないのは不自然。被告が単独で、殺意を持って首を絞めたことは明らか」と批判した。そして「取引で損をした恨みと金を奪うという身勝手で短絡的な動機に酌量の余地はない。強い殺意に基づく計画的で残虐な犯行」と断じた。
 同日の最終弁論で弁護側は、「株を巡ってトラブルになった被害者を脅すことが目的で、強盗や殺人の計画はなかった。被告にとって2人の死亡は想定外だった」として強盗殺人罪ではなく傷害致死罪にとどまると主張した。渡辺被告は最終意見陳述で「自分の命で償います」などと述べた。
 判決で田辺三保子裁判長は、渡辺被告が法廷で、「自分ではない第三者が殺害した」と主張したことについて、「真実味が乏しく、具体的な状況が浮かび上がらないなど、供述は到底信用できない」と指摘。被告が被害者のクレジットカードの利用方法を事前に調べていた点や犯行に使用した自動車や遺棄した土地を知人名義で購入し事前に穴を掘っているなど、「全体として計画性は高く、殺意や財物を奪う目的は優に認定できる」と判断。「寝ている夫妻の首にロープをかけるのは1人でも可能」と、単独犯での強盗殺人罪を認定した。動機については、被害者の言動から値上がりを信じて購入した宝飾品販売会社の株で損失を被り、「恨みやねたみがあったとも考えられる」と指摘した。ただ、「だまされた事実は認められず、量刑で酌むべき事情にはならない」と述べた。また、渡辺被告が法廷で、核心部分の供述を拒否したことなどを、「真剣な反省や遺族らに対する心からの謝罪の念はほとんど感じることができない」と批判した。そして「殺害および死体の処分も予定した高度に計画的な犯行で、悪質性、重大性は際だって高い。信用できない弁解を繰り返し、。真剣な反省や謝罪の念はほとんどない」と述べた。
 田辺裁判長は判決の言い渡し後、渡辺被告に向かって「裁判官、裁判員一同の意見です」と切り出し、「命の重みを無視した身勝手さを顧みて、どのような機会にでも、被害者の遺族に事件の真実を伝えてほしい。遺族の心の痛手を埋めるにはそれしかない」と説諭した。

 被告側は即日控訴した。
 2015年11月20日の控訴審初公判で、弁護側は「殺人をしたのは別の人物であり、渡辺被告は2人を殺害していない。金品強奪が目的ではなく、計画性も高くなかった」などと述べ、改めて強盗殺人罪の成立を否定した。
 判決で藤井裁判長は、殺害に使ったロープを用意し、夫婦を埋めた土地を事前に購入して穴を掘っていたと指摘。事件後に被告が男性名義のクレジットカードを使おうとしたことなども踏まえ、「金品目当てに殺害に及んだ」と結論づけた。「周到な準備を重ねた極めて計画性の高い強盗殺人で、落ち度のない2人の命を奪った結果は重大。死刑以外を選択する余地はない」と述べた。
備 考
 共謀して回数券をだまし取ろうとしたとして詐欺未遂罪に問われた元部下の男は2013年8月9日、東京地裁(田辺三保子裁判長)で懲役2年執行猶予4年(求刑懲役2年)の有罪判決を受けて確定している。
<リストに戻る>