死刑確定囚(2010年)



※2010年に確定した、もしくは最高裁判決があった死刑確定囚を載せている。
※一審、控訴審、上告審の日付は、いずれも判決日である。
※事実誤認等がある場合、ご指摘していただけると幸いである。
※事件概要では、死刑確定囚を「被告」表記、その他の人名は出さないことにした(一部共犯を除く)。
※事件当時年齢は、一部推定である。
※没年齢は、新聞に掲載されたものから引用している。

氏 名
金川真大
事件当時年齢
 24歳
犯行日時
 2008年3月19日〜3月23日
罪 状
 殺人、殺人未遂、銃砲刀剣類所持等取締法違反
事件名
 土浦連続殺傷事件
事件概要
 土浦市の無職金川真大(かながわまさひろ)被告は、2008年3月19日午前9時15分頃、自宅近く住む無職男性(当時72)方で自転車の空気入れを借り、男性が空気入れを物置に片付けようと背を向けた際、男性の首を文化包丁(刃渡り約18cm)で刺し、失血死させた。金川被告は当初、同居中の妹を標的に選んでいたが、事件当時は不在。続いて出身校である市内の小学校を襲うつもりであったが、当日は卒業式で人が多かったため断念。帰り道、たまたま屋外にいた男性を殺害したもので、男性とは面識がなかった。
 土浦署捜査本部は現場に乗り捨てられていたマウンテンバイクの防犯登録から金川真大被告を割り出し、21日、金川被告を殺人容疑で全国に指名手配した。
 金川真大被告は19〜22日、東京都内のホテルに宿泊し、23日は秋葉原にいた。22日午後0時42分には、荒川沖駅周辺から携帯電話で「早く捕まえてごらん」と110番し、JR取手駅周辺からも110番に無言電話をしていた。茨城県警は170人体制で警戒、荒川沖駅にも改札口周辺とホーム、西口、東口双方のロータリーに私服捜査員各2人が配置された。
 金川真大被告は23日午前11時5分頃、JR荒川沖駅におり、ニット帽をかぶり、両手に滑り止めのゴム手袋をはめ、サバイバルナイフ(刃渡り約21cm)と文化包丁(同約18cm)を両手に持った。金川被告は改札口から自由通路を東口方面に向かい、男子高校生(当時18)の頸部をサバイバルナイフで刺し、男子高校生(当時16)の左腕を傷つけた。改札口前の自由通路で、サバイバルナイフで私服捜査員の男性(当時29)の額を傷つけ、近くにいた男性(当時50)の頸部を切りつけた。連絡通路を走り、追い抜きざまに女性(当時59)の胸を刺し、すれ違いざまに男性(当時60)の右腕を切りつけた。前に回り込んで女性(当時62)の胸を刺し、ショッピングセンター1階付近で、茨城県阿見町に住む会社員の男性(当時27)の頸部を刺して失血死させた。男子高校生(当時18)と女性(当時62)が重傷、残り5名が軽傷を負った。
 金川被告はその直後、駅西口から約300m離れた交番で土浦署にインターホン電話で「おれが犯人です。早く来てください。犠牲者が増えますよ」と話し、急行した警官が午前11時16分に逮捕した。交番は当時、無人だった。持っていたナイフ等は全て投げだし、抵抗しなかった。
一 審
 2009年12月18日 水戸地裁 鈴嶋晋一裁判長 死刑判決
控訴審
 弁護側即日控訴するも、12月28日に本人控訴取り下げ。検察側控訴せず、1月5日に確定。
拘置先
 東京拘置所
裁判焦点
 金川真大被告は逮捕後の調べで、「7、8人殺せば死刑になれると思った。自殺は痛いからいやだった」などと不可解な供述をしていたため、水戸地検は4月28日、金川真大被告の精神鑑定をするため、水戸地裁に鑑定留置を請求。28日から3ヶ月間認められた。鑑定留置請求の理由を水戸地検の糸山隆次次席検事は、「極めて重大な行為なので念のため慎重を期す」と説明した。さらに鑑定からの要請により、1ヶ月間延長された。
 鑑定で専門医は、極度に自分が重要と思い込む「自己愛性人格障害」だが、責任能力に問題はないと診断した。水戸地検は9月1日に起訴した。
 2009年5月1日の初公判で、金川被告は起訴内容の認否を問われて「いや、大丈夫です」と答え、間違いないかと重ねて問われると「はい」と認めた。
 検察側は冒頭陳述で「(被告は)テレビゲームに興じ、家族との会話はほとんどなかった」と指摘。主人公が剣や魔法を駆使するロールプレーイングゲームに熱中する一方、「現実の自分は才能がなく、希望を見いだせず、毎日がつまらないとの思いを強くしていった」とした。その上で「父親が定年退職すれば、ゲームをする時間を削って働かなければならない」と考え、退職が近づいた昨年1月、「つまらない毎日と決別するため、確実かつ苦しまずに死ぬには死刑が一番で、何人もの人間を殺害する必要があると考えた」と動機を説明した。また、包丁などの凶器や変装用のスーツを準備していたことなどから、犯行は計画的だとし、起訴前の精神鑑定結果を踏まえ、金川被告には「完全責任能力がある」と主張した。
 弁護側は「統合失調症の初期の特徴を呈しており、犯行当時、心神喪失もしくは心神耗弱の状態にあった可能性がある」とし、再鑑定を求めた。鈴嶋裁判長は、新たに精神鑑定を行うことを決めた。
 6月3日の第3回公判で、動機を問われた金川被告は「自殺は痛い。人にギロチンのボタンを押してもらう方が楽だから死刑を利用する」と陳述。遺族や被害者に対する謝罪の思いは「感じない」と言い、「おれを殺さなければ、死刑になるまで(人を)殺し続けます」と早期の死刑執行を望む考えを示した。
 9月3日の第6回公判で、裁判所が依頼した精神鑑定の鑑定人、国立精神・神経センターの岡田幸之精神鑑定研究室長が弁護側の証人として出廷。岡田氏は「自己愛性パーソナリティー障害と診断できるが、善悪の判断能力、行為制御能力への影響はない」と述べ、検察側が実施した起訴前の精神鑑定結果と同じく、完全責任能力があるとの見方を示した。弁護側が金川被告が犯行当時、統合失調症の初期症状があったとの主張については「その可能性はまったく否定する」と断じた。証人尋問で、弁護側は死刑になるために他人を殺しても構わないとの金川被告の強い確信が通常の善悪判断に影響を及ぼしたのではないかと質問したのに対し、岡田氏は「被告の能動的な思い込みであって(善悪や行動の判断をゆがめる)妄想ではない」と答えた。
 11月13日の論告求刑で検察側は、「被告はつまらない人生と決別するため死にたいという願望を抱き、見ず知らずの他人の生命を奪って死刑になることで満たそうとした」とし、動機は身勝手、自己中心的で反省の態度も皆無と批判した。さらに「ゲーム感覚で他人の生命を簡単に奪ってしまう被告の性格を矯正することは不可能」と更生の可能性を否定した。そして「被告は単なる人格障害に過ぎない。完全な責任能力があったことは明白。減軽の余地はない」と述べた。
 同日の最終弁論で弁護側は、「心神耗弱の疑いはぬぐいきれない」としたうえで「死刑を求める被告に死刑を与えるなら死刑が刑として機能しない。強盗に金をやるようなものだ。死刑判決はごほうびを与えるようで無意味。被告に必要なのは治療」と無期懲役を求めた。
 裁判長に意見を求められた金川被告は、弁護側の前に用意された長椅子に座ったまま「無駄ですね」と小さな声でつぶやいた。証言台に立つことを拒否し、弁護士に促されると「何も言うことはありません」とはっきり答えた。鈴嶋裁判長は陳述放棄とみなして結審した。
 判決で鈴嶋晋一裁判長は主文を後回しにして判決理由から朗読を始め、「犯行は人格障害によるもので、行為の是非の弁別性、行動制御能力には影響していない。完全な責任能力がある」と認定。さらに「極めて残忍な犯行であり、死刑願望を満たすという動機は強く非難されなければならない。わが国の犯罪史上、まれな重大な事件。反省の態度も全くない。更生の可能性は極めて厳しい」と指摘した。

 弁護側は即日控訴した。同日、金川被告は読売新聞社の接見取材に応じ、近く控訴を取り下げる意向を改めて語った。
 金川被告は笑みを浮かべ、「完全勝利といったところでしょうか。(死刑願望が)変わることはない」と話した。判決は、金川被告を「浅はかな信念に強く執着」と指弾したが、「常識に縛られている側からみてそう見えても仕方ない」と述べ、「後は(死刑)執行までの時間をいかに短くするか。(国が執行に)動かなければ、裁判に訴える」とした。
 金川真大被告は12月28日、水戸拘置支所に控訴取り下げ書を提出し、水戸地裁が受理した。刑事訴訟法によると、上訴を取り下げた被告は再び上訴できず、控訴期限の2010年1月5日午前0時に死刑が確定した。
備 考
 茨城県警は、指名手配中だった金川真大被告がJR荒川沖駅の改札口を通過したことを捜査員が見逃し、再び事件を起こすのを防げられなかったことから20人体制で検証。2008年4月23日、無線機を携帯し、改札口へ警察官を集中配置すべきだったなどとする捜査の検証結果を発表した。
執 行
 2013年2月21日 29歳没
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氏 名
新実智光
事件当時年齢
 26歳
犯行日時
 1989年2月〜1995年3月
罪 状
 犯人蔵匿、犯人隠避、殺人、殺人未遂、監禁、死体損壊
事件名
 男性信者殺害事件、坂本弁護士一家殺人事件、元信者殺人事件、松本サリン事件、元信者リンチ殺人事件、VX殺人事件、地下鉄サリン事件他
事件概要
●男性信者殺害事件
 修行中の男性信者が1988年9月、死亡した際、教団が宗教法人の認可を得るうえで障害になると考えた教祖麻原彰晃(本名松本智津夫)はひそかに焼却を指示した。1989年2月上旬、この信者死亡事件を目撃していたTさん(当時21)の脱会意向を知った麻原は、「事件のことを知っているからこのまま抜けたんじゃ困る。考えが変わらないならポアしかないな。私は血を見るのが嫌だから、ロープで一気に絞めて、その後は護摩壇で燃やせ」と、早川らに殺害を指示。幹部四人が教団施設内でTさんを殺害し、死体を焼却した。

●坂本弁護士一家殺人事件
 横浜市の坂本弁護士(当時33)は、オウム真理教に入信して帰ってこない子供の親たちが集まって結成した「オウム真理教被害者の会」の中心的役割を果たしていた。TBSの取材でも坂本弁護士は教団を徹底追及していくことを発言。オウム真理教の幹部たちはTBSに乗り込み収録テープの内容を見て殺害を決意。教祖麻原彰晃(本名松本智津夫)は早川紀代秀、村井秀夫、新実智光、中川智正、佐伯(現姓岡崎)一明、端本悟に殺害を命じた。実行犯6名は1989年11月3日、横浜市の坂本弁護士宅のアパートに押し入り、坂本弁護士、妻(当時29)、長男(当時1)の首を絞めるなどして殺害。遺体をそれぞれ新潟、富山、長野の山中に埋めた。
 坂本弁護士が所属していた横浜法律事務所は、オウム真理教が関わっていると主張。坂本弁護士がオウム批判をしていることと、坂本弁護士宅にオウムのバッジが落ちていたことなどが理由である。オウム真理教側は、被害者の会や対立する宗教団体が仕組んだ罠だと反論した。
 1995年3月20日の地下鉄サリン事件発生後、オウム真理教への強制捜査を開始。9月10日までに三人の遺体が発見され、7日に5人が、22日には松本被告と実行犯5名が再逮捕された。村井秀夫元幹部は1995年4月に刺殺された。

●元信者殺人事件
 1994年1月30日、元オウム真理教信者だったOさん(当時29)は教団付属病院に入院している女性信徒を救助しようと、女性の親族であり脱会の意志を示しているY被告とともに救い出そうとしたが、警備の信徒に取り押さえられた。教祖麻原彰晃(本名松本智津夫)はY被告に処刑をほのめかしつつ、Oさんと親族のどちらが大切かを迫り、幹部10数名らにOさんを押さえつけさせ、Y被告に絞殺させた。遺体は教団施設内にて焼却した。

●松本サリン事件
 オウム真理教は長野県松本市に支部を開設しようとしたが、購入した土地をめぐって地元住民とトラブルになった。1994年7月19日に長野地裁松本支部で予定されていた判決で敗訴の可能性が高いことから、教祖麻原彰晃(本名松本智津夫 当時39)は裁判官はじめ反対派住民への報復を計画。土谷正実(当時29)、中川智正(当時31)、林泰男(当時36)らが作成したサリンや噴霧装置を用い、6月27日、村井秀夫(当時35)、新実智光(当時31)、遠藤誠一(当時34)、端本悟(当時27)、中村昇(当時27)、富田隆(当時36)の実行部隊6人は教団施設を出発したが、時間が遅くなったため攻撃目標を松本の裁判所から裁判官官舎に変更。官舎西側で、第一通報者の会社員Kさん(当時44)宅とも敷地を接する駐車場に噴霧車とワゴン車を止め、午後10時40分ごろから約10分間、サリンを大型送風機で噴射した。7人が死亡、586人が重軽傷を負った。

●元信者リンチ殺人事件
 1994年7月10日 元信者のTさんをリンチの末、首をロープで絞めて殺害。遺体を教団施設内にて焼却した。

●VX殺人事件
 麻原彰晃(本名松本智津夫)被告は、教団信者の知人だった大阪市の会社員(当時28)を「警察のスパイ」と決めつけ、新実らに「ポアしろ。サリンより強力なアレを使え」などと、VXガスによる殺害を指示。新実らは1994年12月12日、出勤途中の会社員にVXガスを吹き掛け、殺害した。

●地下鉄サリン事件
 目黒公証役場事務長(当時68)拉致事件などでオウム真理教への強制捜査が迫っていることに危機感を抱いた教祖麻原彰晃(本名松本智津夫 当時40)は、首都中心部を大混乱に陥れて警察の目先を変えさせるとともに、警察組織に打撃を与える目的で、事件の二日前にサリン散布を村井秀夫(当時36)に発案。遠藤誠一(当時34)、土谷正実(当時30)、中川智正(当時32)らが生成したサリンを使用し、村井が選んだ林泰男(当時37)、広瀬健一(当時30)、横山真人(当時31)、豊田亨(当時27)と麻原被告が指名した林郁夫(当時48)の5人の実行メンバーに、連絡調整役の井上嘉浩(当時25)、運転手の新実智光(当時31)、杉本繁郎(当時35)、北村浩一(当時27)、外崎清隆(当時31)、高橋克也(当時37)を加えた総勢11人でチームを編成。1995年3月20日午前8時頃、東京の営団地下鉄日比谷線築地駅に到着した電車など計5台の電車でサリンを散布し、死者12人、重軽傷者5500人の被害者を出した。

 他5事件に関与。新実被告が関与した事件では計26人が死亡しており、松本被告による事件の計27人に次ぐ。
一 審
 2002年6月26日 東京地裁 中谷雄二郎裁判長 死刑判決
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控訴審
 2006年3月15日 東京高裁 原田国男裁判長 控訴棄却 死刑判決支持
上告審
 2010年1月19日 最高裁第三小法廷 近藤崇晴裁判長 上告棄却 死刑確定
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拘置先
 東京拘置所
裁判焦点
 弁護側は、各事件の事実関係をほぼ認めたうえで、坂本弁護士一家殺害事件以降の事件については「松本被告を首謀者とする内乱罪に相当し、指示を受けただけの新実被告を死刑にすべきでない」と主張した。事件について新実被告は法廷で「ポア(殺人)は慈悲の心による救済」「宗教的確信に基づいた殺人」と自説を展開した。判決は「松本被告の空想的企てや願望の範ちゅうを超えない」などと述べ、死刑を首謀者に限定した内乱罪の成立を否定した。
 また、弁護側は、地下鉄サリン事件について「実行役を車で送迎したに過ぎず、殺人・殺人未遂のほう助にとどまる」と主張したが、松本被告や実行役らとの共謀を認め、これを退けた。

 控訴審でも弁護側は弁論で、一連の事件は教団元代表松本智津夫(麻原彰晃)被告による国権奪取を目的とした内乱罪に当たると主張。新実被告は、松本被告の指示に従わざるを得なかったとし、死刑とした一審判決の破棄を求めた。
 判決で原田裁判長は「犯罪史上まれにみる悪質な犯行と言わざるを得ない。被告としては宗教的な確信という動機に基づいた犯行だとしても、死刑を回避すべき事由とは到底なり得ない」「オウム真理教への信仰を正しいものとして保持し続けており、自己の責任を直視する者の態度とは評価しがたく、死刑以外を選択する余地はない」とし、弁護側の量刑不当の主張を退けた。

 2009年11月24日の最高裁弁論で弁護側は、「教祖の指示に従い、犯行を行うしか選択肢がなかった。己の欲望に従って犯罪に手を染めたのではない」と主張。「十分に矯正可能性がある。死刑を科すことは酷。死刑になることを当然として受け入れており、刑罰として死刑を科すことに意味はない」などと訴えた。検察側は「極悪非道な反社会的犯行」として上告棄却を求めた。
 判決で近藤崇晴裁判長は「古参幹部という立場で、松本智津夫死刑囚から指示を受け、大部分の犯行において積極的な実行者として重要な役割を果たした」と指摘。弁護士一家殺害や両サリン事件について「残虐で非人道的な犯行態様と結果の重大性はほかに比べるべき例がない」と指摘。公判での言動については「被害者や遺族への謝罪の言葉は口にするが、独自の宗教観で自己の行為が正当であると述べ、非を真に認めようとしていない」と述べた。そして厳しい被害感情にも触れ「刑事責任は極めて重大だ。各犯行は松本死刑囚の指示に従って行われたものだが、死刑はやむを得ない」と結論づけた。
その他
 2013年12月4日、大阪府警警備部は強要未遂の疑いで、新実智光死刑囚の妻で、アレフ元信者の由紀容疑者を逮捕した。由紀容疑者は勧誘の際、「修行をさせるよう夫から指示を受けた」と説明していた。逮捕容疑は2013年夏ごろ、西日本に住む知人の30代男性に「自分の夫が新実死刑囚。大量殺人事件に関わっていた」などと脅し、アレフへの入信を迫ったとしている。「納得できない」と容疑を否認している。由紀容疑者は新実死刑囚と2012年8月に結婚。自宅からはオウム真理教に関する本、額に入った麻原死刑囚の写真など深いつながりが見つかった。
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氏 名
大橋健治
事件当時年齢
 64歳(逮捕当時)
犯行日時
 2005年4月27日/5月11日
罪 状
 住居侵入、強盗殺人、鉄砲刀剣類所持等取締法、強盗、窃盗
事件名
 大阪・岐阜連続女性強盗殺人事件
事件概要
 新聞勧誘員大橋健治被告はパチンコなどでできた借金返済のめどが立たず、犯行を計画。2005年4月27日、岐阜県揖斐川町のパート従業員女性(当時57)宅に侵入して現金15000円を奪い、女性の首を絞めて殺害した。
 事件直後の4月29日ごろ大阪に移り、ビジネスホテルなどを転々としていた。
 大橋被告はさらに5月11日午後4時20分頃、大阪市旭区のマンションに住む主婦(当時45)の自宅を新聞勧誘員を装って訪問。玄関で女性に果物ナイフを突きつけて「金を出せ」と脅し、抵抗した女性の胸などを6ヶ所刺して殺害した。犯行の1時間前には、現場近くの別のマンションに強盗に入ろうとしていたが、インターホンを押して出てきた相手が妊婦だったため、犯行をやめていた。
 大橋被告は事件直後に京都府南部などで8〜9件の空き巣を重ね、逃走資金を稼いだ。起訴は強盗1件、窃盗2件である。
 現場近くに残された血液のDNA鑑定より、DNAデータベースにあった大橋被告の名前が挙がり、大阪府警が殺人容疑で指名手配。その後、京都府警が窃盗容疑で指名手配した。2005年8月4日午後、潜伏先の大阪市天王寺区のウィークリーマンションに帰ったところを、張り込んでいた旭署の捜査員が逮捕した。その後、岐阜の事件について犯行を自供し、9月22日に再逮捕された。
一 審
 2006年11月2日 大阪地裁 中川博之裁判長 死刑判決
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控訴審
 2007年4月27日 大阪高裁 陶山博生裁判長 控訴棄却 死刑判決支持
上告審
 2010年1月29日 最高裁第二小法廷 竹内行夫裁判長 上告棄却 死刑確定
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拘置先
 大阪拘置所
裁判焦点
 2005年10月31日の初公判で、大橋被告は大阪の事件に関する起訴事実を、追起訴後に開かれた12月22日の第二回公判で岐阜の事件に関する起訴事実をすべて認めた。
 検察側は「被害者に抵抗されれば殺害することを事前に決めていた人命軽視も甚だしい犯行。65歳で反社会的性格は固定しており、更生の余地はない」と述べ、死刑を求刑した。
 弁護側は「殺人にいたったのは偶発的で、真摯に反省もしている」などと死刑回避を求めた。
 判決理由で中川裁判長は、被告がパチスロによる借金のため、1ヶ月に5件の強盗殺人・窃盗事件を起こしたことを指弾。殺害はいずれも被害者に抵抗された末のもので計画性はないことや、金品の被害が少額であることに触れながらも、「規範意識が乏しく、同種犯行を起こしやすい傾向がある」「身勝手な動機から落ち度もない女性を殺害しており、残忍で冷酷な犯行。極刑をもって臨むほかない」などと述べた。

 控訴審にて陶山裁判長は判決理由で、動機について「パチスロにのめりこんだ借金のために犯行に及んだ。自業自得で酌量すべき事情はない」と指弾。その上で、「何らの落ち度もないのに生命を奪われた被害者の無念さは想像に難くなく、いずれの遺族も極刑を望んでいる」「わずか2週間の間に2人を殺害しており、罪責は極めて重大。死刑をもって処断すべきとした一審の判断は是認できる」「殺害自体は計画的でないが、執拗かつ冷酷な犯行で、死刑はやむを得ない」と述べた。大橋被告は急病のため、この日の公判に出頭しなかった。

 2009年12月7日の最高裁弁論で、弁護側は「最初から強盗殺人を計画していたわけではなく、反省している」と訴えて死刑回避を求めた。検察側は「酌量の余地はない」と反論し、上告棄却を主張した。
 判決で竹内裁判長は、「パチスロにのめり込み、借金の返済に窮した末の強盗。2週間という短期間に相次いで行われた犯行で、経緯や動機に酌量の余地はなく、残虐で冷酷。刑事責任は極めて重大で、死刑判決を是認せざるを得ない」とした。
備 考
 
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氏 名
吉田純子
事件当時年齢
 37歳
犯行日時
 1997年〜2001年
罪 状
 殺人、詐欺、強盗殺人未遂、住居侵入、脅迫
事件名
 看護師連続保険金殺人事件
事件概要
 同じ看護学校出身である元看護師吉田純子被告、治験コーディネーター堤美由紀被告、看護師池上和子被告、元看護師石井ヒト美被告は共謀して、以下の事件を起こした。

(1)吉田、堤被告は1997年、同僚看護師から500万円を搾取した。(詐欺罪)
(2)池上被告は、吉田被告から夫(当時39)について「愛人がいる」「保険金目的で(池上被告を)殺そうとしている」などと虚偽の事実を告げられて殺害を決意。吉田、堤、池上被告は1998年、池上被告の夫に睡眠剤入りのビールを飲ませ、静脈に空気を注射して殺害。保険金約3500万円を詐取した。(殺人、詐欺罪)
(3)吉田、堤、池上、石井被告は1999年、石井被告の夫(当時44)に洋酒や睡眠薬を飲ませ、鼻からチューブで大量の洋酒を注入して殺害。保険金約3300万円を詐取した。(殺人、詐欺罪)
(4)吉田、池上、石井被告は2000年、預金通帳を奪う目的で堤被告の母を襲撃した。(強盗殺人未遂、住居侵入罪)
(5)吉田、池上両被告が2001年、夫殺害などを警察に相談しようとした石井被告を脅した。(脅迫罪)

 2002年4月28日、(3)の容疑で逮捕された。
一 審
 2004年9月24日 福岡地裁 谷敏行裁判長 死刑判決
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控訴審
 2006年5月16日 福岡高裁 浜崎裕裁判長 控訴棄却 死刑判決支持
上告審
 2010年1月29日 最高裁第一小法廷 金築誠志裁判長 上告棄却 死刑確定
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拘置先
 福岡拘置所
裁判焦点
 検察側は論告で「人間はうそをつくが、金は裏切らない、という吉田被告の異常なまでの金への執着が最大の原動力」と指摘。巧みな話術や演技で、池上、石井両被告の夫の浮気などのトラブルを信じ込ませ、犯行に引き込んだとした。医療器具や薬物を使った殺害計画書を作成していた点について「計画書は殺人の処方せんそのもの。劇場での女優のように振る舞い、完全犯罪としてゲームのように演じた」と指弾した。
 さらに、論告の中で吉田被告の公判供述を挙げ「事件が発覚しなければ、金目当てに自分の夫の殺害すら考えていた」とも述べた。
弁護側は、2件の殺害事件の起訴事実を認めた上で「決して首謀者ではない」と主張。「夫殺害については妻である池上、石井両被告が抑止力をもつべきだった」「虚言癖などの人格障害が、事件に与えた影響は大きい」と量刑に考慮を求めた。
 谷裁判長は犯行動機について「ぜいたくな生活を維持したいという欲望のため、殺害計画を発案し、強力に推進した」と認定。看護学校の同級生や後輩を犯罪に巻き込んだ手口については「殺害相手を『生きる価値のない人間』と思い込ませ、時にはどう喝し、執ように殺害を迫った。仲間でさえ平気で裏切る驚くべき身勝手さ」と述べた。「金銭欲のため、医学知識を駆使して完全犯罪をもくろんだ冷酷非情で凶悪な犯行。共犯者を虚言で巧みに操り、殺人行為に駆り立てた手口は陰湿かつ非人間的で、酌量の余地はない」として求刑通り死刑を言い渡した。

 弁護側は控訴審で、「事件はそれぞれの共犯者がもつ欲望や意思が起こしたものであり、吉田被告はそのきっかけをつくったに過ぎない」などと、事件の首謀者だったことを否定、無期懲役が相当と訴えていた。
 これに対し、浜崎裁判長は、「異常な金銭欲を満たしたり犯行の発覚を逃れたりするため、ほかの共犯者にうそをついて操った。犯行によって得た利益のほとんどを得ている」「巧みなうそで共犯者を操ったことは明らか」として、ほかの3被告に比べて責任は格段に重いと結論づけた。その上で、「金銭欲のため人命を奪うことをはばからない動機は悪質、冷酷で、人間性のまひは著しい」「被告にはもはや死刑をもって臨むほかはない」と死刑判断の理由を示した。

 2010年2月18日の最高裁弁論で、弁護側は「吉田被告は首謀者ではなく、心から謝罪している。死刑はあまりに重すぎる」と死刑回避を求めた。そして弁護側は、最近になって吉田被告が「主犯」についての説明を始めたと主張。「被告を唆し、多額の利益を得た人物が背後にいる」などと述べ、真相を確かめるため審理続行を求めたが、最高裁は認めなかった。検察側は「案、計画、実行のいずれの段階でも中心となり、利益のほぼ全額を手にした。極めて残虐、冷酷な犯行で自己中心的で、医療従事者の誇りも傷つけた。被告が首謀者であることは明白で、罪責は重大」と述べた。
 判決で金築誠志裁判長は、「動機は強い金銭欲で、勤務先の病院から薬剤を持ち出すなど、周到な計画と準備をした」と指摘。「各犯行を発案、主導して共犯者らを操り、犯罪利益のほぼすべてを得た」と述べ、吉田被告を首謀者と認定した。そして「看護師としての医療知識や経験を生かし、周到な計画と準備をして行われた。殺害方法も執拗で残虐、非道だ」と指摘した。さらに、吉田被告が拘置所内で共犯者に手紙を出して偽証を依頼したことを挙げ、「真摯な反省はうかがえず、死刑を是認せざるを得ない」とした。
備 考
 堤美由紀被告は求刑死刑に対し、2004年8月2日、福岡地裁で一審無期懲役判決。2006年5月16日、検察・被告側控訴棄却。上告せず確定。
 池上和子被告は2004年9月1日、卵巣ガンで死去、公訴棄却。43歳没。池上被告は死刑を求刑され、3月8日に結審していた。しかし6月から体調が悪化したため、福岡地裁は2004年8月3日、病気を理由に公判手続き停止を決定し、同5日に予定していた判決公判を延期していた。
 石井ヒト美被告は求刑無期懲役判決に対し、2004年8月9日、福岡地裁で一審懲役17年判決。2006年5月16日、検察・被告側控訴棄却。上告せず確定。
現 在
 2013年現在、再審請求中。
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氏 名
高尾康司
事件当時年齢
 40歳(2003年時)
犯行日時
 1998年2月11日/2003年12月18日
罪 状
 非現住建造物等放火、現住建造物等放火、殺人、器物損壊、現住建造物等放火未遂
事件名
 館山市一家4人放火殺人事件他
事件概要
 千葉県館山市に住む土木作業員高尾康司被告は、2003年12月18日午前3時半ごろ、酒を飲んで帰宅途中、館山市の男性(当時56)方の玄関先で古新聞などにライターで放火。男性方や周囲の住宅計7棟約470平方メートルを全焼させ、男性と男性の妻(当時52)、長男(当時27)、二男(当時25)の4人を焼死させた。
 高尾被告は同日未明から早朝にかけて他に住宅の勝手口やスーパーの入り口付近など3件の放火をしている。
 また高尾被告は1998年2月11日未明、館山市のキャバレーに放火。木造2階建て店舗兼住宅を半焼させた疑い。2階で寝ていた従業員(当時65)が一酸化炭素中毒で死亡した。この事件では、店内に人がいるとの認識はなかったことで、殺人の罪には問われていない。
 高尾被告は2004年1月6日午前4時頃、館山市のスーパーで放火、外に置かれた正月用のしめ縄飾りなどが入った段ボール箱や外壁の一部が焼けた。午前6時頃、館山市での検問において道交法違反(酒気帯び運転)容疑で現行犯逮捕され、その後放火を認めた。高尾被告は「約10年前からイライラすると放火するようになった」「館山市内で過去に十数回、放火した」と供述している。
一 審
 2005年2月21日 千葉地裁 土屋靖之裁判長 死刑判決
 判決文「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい)
控訴審
 2006年9月28日 東京高裁 須田賢裁判長 控訴棄却 死刑判決支持
上告審
 2010年9月16日 最高裁第一小法廷 横田尤孝裁判長 上告棄却 死刑確定
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拘置先
 東京拘置所
裁判焦点
 捜査本部は、高尾被告が「古い木造家屋なので燃え広がるかもしれないと思った」と供述し、男性方に人がいる可能性を認識していたとして、少なくとも殺人の「未必の故意」があったと判断して、殺人罪で起訴した。
 高尾被告は初公判で「火を付けたのは間違いないが、人がいるのを確かめていない。殺そうと思ってやったわけではない」と述べ、殺意を否認し、殺人罪では無罪を主張した。弁護側も、「犯行は火が燃え上がるのを見るためで、現場が住宅地との明確な認識もなかった」と殺意を否定した。
 一審土屋裁判長は検察側主張を採用。「仕事上の不満などのストレスを晴らすため、酒を飲んでは無差別に放火を繰り返した」と指摘し、「更生の余地を見いだせず、一挙に4人もの尊い命を奪った刑事責任はあまりにも重大。極刑をもって臨むことはやむを得ない」と結論付けた。

 二審で弁護側は放火については犯行事実を認めたが、殺害の意図まではなく殺人罪は成立しないと主張。未必の殺意を認めた捜査段階の自白調書には任意性がないと訴えた。しかし須田裁判長は「放火の状況についての供述は具体的かつ詳細で全体的に自然。自発的な供述もあり、調書の任意性は明らかだ」と退けた。そして「殺意が未必的とはいえ、放火のスリルと快感という自己の欲求満足のために、縁もゆかりもない他人の生命を犠牲にした犯行は悪質きわまりない」「地獄絵を見るがごとき悲惨な事態を招いており、極刑をもって臨むほかない」と述べた。

 2010年7月1日の最高裁弁論で弁護側は「殺意を認めた捜査段階の供述は厳しい取り調べによるもので、任意性がない」と訴え、死刑回避を主張した。検察側は「一、二審判決は正当」と反論した。
 横田尤孝裁判長は判決理由で「スリルと快感を求めて深夜に建物密集地帯で無差別に放火した。生命を軽視した極めて危険、悪質な犯行。真摯に反省し、罰金以外の前科がない、未必的な殺意にとどまることなどを考慮しても死刑を是認せざるを得ない」と述べた。
現 在
 2013年現在、再審請求中。

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氏 名
藤崎宗司
事件当時年齢
 43歳
犯行日時
 2005年1月18日、1月28日
罪 状
 強盗殺人、強盗強姦未遂、住居侵入、常習累犯窃盗
事件名
 鉾田町独居高齢者連続強盗殺人事件
事件概要
 茨城県鉾田町(現鉾田市)に住む漬物工場従業員藤崎宗司被告は、スナックなどでの飲食代の支払いに困って強盗殺人を計画。2005年1月18日午前1時ごろ、近くに住む無職女性(当時75)方に侵入し、女性の首を両手で絞めて窒息死させ、仏壇棚などから現金計7万6700円を奪った。その際、女性に乱暴しようとした。
 10日後の同月28日午前2時半ごろには、鉾田町に住む無職女性(当時79)方に窓ガラスを割って侵入し、女性の首をタオルで絞めて窒息死させた。1月31日に逮捕された。
一 審
 2005年12月22日 水戸地裁 林正彦裁判長 死刑判決
控訴審
 2006年12月21日 東京高裁 河辺義正裁判長 控訴棄却 死刑判決支持
上告審
 2010年10月14日 最高裁第一小法廷 桜井龍子裁判長 上告棄却 死刑確定
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拘置先
 東京拘置所
裁判焦点
 藤崎被告は、起訴事実を全面的に認めている。逮捕時、「独り暮らしの高齢者を狙った。第3、第4の犯行もやるつもりだった」と述べている。
 検察側は「隠ぺい工作をするなど犯行は極めて冷酷非情」とした。
 弁護側は「(藤崎被告は)適切な教育や規範意識が欠如しており、衝動的、短絡的な犯行に過ぎない」と主張し減刑を求めた。
 判決理由で林裁判長は「顔見知りの被害者に通報されることを恐れ、あらかじめ殺害した上で金員を奪うことを企図した計画的で強固な殺意に基づく犯行」と指摘。「好意を抱いた女性が勤めるスナックで飲食したいというだけの欲望を満たすために犯行を計画し、経緯、動機に酌量の余地は全くない」と述べた。また窃盗事件を繰り返していた藤崎被告が成人後の大半を刑務所で過ごしたことに触れ、「十分な矯正教育を受けたにもかかわらず、規範意識は著しく鈍く、犯罪性向はより深化している」と述べた。
 弁護側は情状面で「生育歴や知能程度を考慮すべき」と主張したが、地裁は藤崎被告が犯行後に着衣を洗うなど証拠隠滅を図っている点などから「合理的に行動していることが明らか」と判断した。

 控訴審で弁護側は、弁護側は「被告は知能が著しく低く、犯行当時は心神耗弱だった」として死刑回避を求めていた。
 河辺裁判長は被告について「幼少時から十分なしつけや教育を受けたとはいいがたい」とし、量刑の際に成育歴も考える必要があるとした。しかし、「金品獲得のため破綻を来すことのない行動に及んだ」「冷静に証拠隠滅をした」と認め、一審・水戸地裁の「知能程度の低さや成育歴を過度には評価できない」とした判断はうなずけるとした。そして「まことに身勝手で、酌量の余地はいささかもない」「わずか10日のうちに2人を殺害した凶悪事件で、死刑が重すぎて不当とは言えない」と一審判決を支持し、被告側の控訴を棄却した。

 2010年9月9日の最高裁弁論で、弁護側は「被告は完全責任能力がなく、精神鑑定せずに死刑とすれば正義に反する」と主張。死刑判決の破棄を求めた。検察側は「責任能力があったのは明らか」と反論した。
 判決で桜井裁判長は「動機はスナックでの飲食遊興の金ほしさで、酌量すべき事情はない。犯行は強い殺意に基づく残忍なもので、冷酷。短期間に同じ町内で発生したことで、近隣住民に与えた不安や恐怖も大きい」と指摘。「知能の程度などの事情を考慮しても、刑事責任は極めて重大」と述べた。
備 考
 
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氏 名
尾崎正芳/原正志
事件当時年齢
 尾崎正芳被告27歳/原正志被告44歳
犯行日時
 2002年1月8日/1月31日
罪 状
 住居侵入、強盗殺人、現住建造物等放火、死体損壊、殺人、詐欺
事件名
 替え玉保険金殺人事件他
事件概要
 福岡市の会社役員竹本正芳(旧姓)被告は元従業員で無職竹本正志(旧姓)被告に強盗殺人を指示。2002年1月8日、正志被告は北九州市に住む無職男性(当時73)方に侵入し、男性を刃物で刺殺した上、預金通帳などを奪って放火したし、家を全焼させた。
 竹本正芳被告はまた、正志被告、従業員の男性被告(一審懲役8年が確定)と共謀し、別人を替え玉にして保険金をだまし取る殺人事件を計画。2002年初めまでに山口県内の男性と養子縁組し義理の兄弟になった上、正志被告に計約5000万円以上の生命保険金をかけた。1月31日夜、正志被告、男性被告は大分県安心院町の河川敷の水路で、北九州市出身でホームレスの男性(当時62)に睡眠薬を飲ませた後、顔を水に押しつけて窒息死させた。正芳被告はアリバイづくりのために福岡県内にいた。殺害後、男性被告が同日午後9時半ごろ「男性が川に落ちた」と119番した。しかし、2人の話に不審な点があり宇佐署が追及、犯行を認めたため、2月1日に2人を逮捕した。正芳被告は2月9日に逮捕された。
 当時、正芳被告は、経営するスナックの資金繰りに困っていた。
一 審
 2005年5月16日 福岡地裁小倉支部 野島秀夫裁判長 死刑判決
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控訴審
 2007年1月16日 福岡高裁 浜崎裕裁判長 控訴棄却 死刑判決支持
上告審
 2010年11月8日 最高裁第二小法廷 須藤正彦裁判長 上告棄却 死刑確定
 判決文「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい)
拘置先
 福岡拘置所
裁判焦点
 検察側は論告で、「二件の殺人事件の首謀者は正芳被告」と指摘する一方、「正志被告も正芳被告から遊興費などの恩恵にあずかろうと強盗殺人などを敢行しており、その身勝手さは正芳被告に勝るとも劣らない」とした。
 正志被告側は2事件とも認めた上で「正芳被告から脅され、やむをえず指示に従った」と強調し、減軽を求めた。正芳被告側は北九州市の事件について「正志被告に殺害、放火の指示はしていない」と主張した。
 野島裁判長は正志被告について「自分の利益のため、実行役として不可欠な役割を平然と果たした」と認定した。正芳被告については「殺害と放火の指示を認めた、捜査段階の自白は信用性が高い」と退けた。

 控訴審で尾崎正芳被告の弁護人は北九州の事件について「殺害指示は事前に撤回していた」などと主張。原正志被告の弁護人は「(被告は)従属的な立場だった」としていた。
 判決理由で浜崎裁判長は、尾崎被告を事件の首謀者と認め「原被告を犯行に誘い込み、事件を終始指導した」と指摘。実行犯の原被告については「尾崎被告の指示を全く拒否できない状況にあったとはいえない。自らの利益のため、ためらうことなく犯行に加担した」と述べた。
 そして「他人の生命の尊さを顧みない冷酷非道な犯行であり、死刑に処するのはやむを得ない」として控訴を棄却した。

 2010年10月8日の最高裁弁論で、尾崎被告の弁護人は「北九州市の殺害と放火については指示していない」と主張。原被告の弁護人は「尾崎被告から長期間暴力を受け、恐怖心から言いなりになって犯行に及んだ。死刑は重すぎる」と述べた。検察側は「両被告は自己の利欲のために落ち度のない2人の命を奪い、責任は重大。極刑しかない」と反論した。
 須藤裁判長は判決理由で「尾崎被告が首謀者で、原被告は実行犯だった。2件の殺人はいずれも計画的、残虐で、2名の尊い生命を奪った結果は誠に重大。両被告のために酌むべき事情を考慮しても死刑はやむを得ない」と述べた。
備 考
 ともに事件当時の旧姓は竹本。養子縁組は一審判決後に解消された。
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