海外で死刑判決を受けた日本人リスト




1990年以降、海外で死刑判決を受けた日本人のリストです。
リンク先には、事件の概要等を載せています。
新聞記事を参考としているため、リストに載っていない日本人がいる可能性があります。
戦後から2009年末まで、海外で刑事犯として死刑判決を受けて執行された日本人はいないとされています【注1】【注2】
(注)記載している年齢は、参考文献や新聞記事から誕生日を推定して計算しているため、実際とは異なっている可能性があります。
(注)判決後の状況については、最新の情報ではない可能性があります。



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 2015年10月15日、マレーシア連邦裁判所は危険薬物取締法違反(不正取引)で一・二審死刑判決を受けた竹内真理子被告の上告を棄却した。死刑が確定する。

氏   名
裁判国
一 審
二 審
最高裁
罪 名
備 考
日本人男性(名前不明) 中 国 01. 7. 
瀋陽市中級人民法院
執行猶予付き死刑
02. 1. 
瀋陽市省高級人民法院
執行猶予付き死刑
(二審制) 殺人罪(傷害致死?) 2年間の執行猶予期間が過ぎた2004年1月、北京市の刑務所に移送され、終身刑扱いとなった。
鈴木英司 フィリピン 94.12. 7
バコロド地裁
死刑
03.11.12
フィリピン最高裁
無期刑
(二審制) 麻薬取締法違反(所持) 冤罪を主張。日本人がフィリピンで刑事事件によって死刑判決を受けたのは2例目。判決後はモンテンルパ刑務所収監。2010年6月21日、恩赦により釈放。12月17日、帰国。
武田輝夫
10. 4. 9執行 67歳没
中 国 07. 1.18
大連市中級人民法院
07. 8.20
大連市省高級人民法院
(二審制) 麻薬密輸罪 日本人が中国で執行猶予の付かない死刑判決が確定したのは初めて。
鵜飼博徳
10. 4. 9執行 48歳没
中 国 06.12.28
大連市中級人民法院
07. 8.20
大連市省高級人民法院
(二審制) 麻薬密輸罪 日本人が中国で執行猶予の付かない死刑判決が確定したのは初めて。
森勝男
10. 4. 9執行 67歳没
中 国 04. 2. 3
瀋陽市中級人民法院
07.10.23
瀋陽市省高級人民法院
(二審制) 麻薬密輸罪 中国で執行猶予の付かない死刑判決を受けたのは初めて。
赤野光信
10. 4. 6執行 65歳没
中 国 08. 6.30
大連市中級人民法院
09. 4. 1
大連市省高級人民法院
(二審制) 麻薬密輸罪 1972年の国交正常化以降、日本人が中国で死刑が執行されたのは初めて。
池田研五 タ イ 09. 3.27
パタヤ地方裁判所
被告側控訴中
殺人罪 無罪を主張。
日本人男性(名前不明) 中 国 10.11.29
瀋陽市中級人民法院
執行猶予付き死刑
控訴せず確定と思われる。 (二審制) 麻薬密輸罪
日本人男性(名前不明)(一審判決時70歳代) 中 国 10.12.21
大連市中級人民法院
執行猶予付き死刑
不明。すでに一審判決が確定していると思われる。 (二審制) 麻薬密輸罪
日本人男性(名前不明)(一審判決時70歳代) 中 国 11. 5(日付不明)
大連市中級人民法院
執行猶予付き死刑
被告側控訴中。すでに一審判決が確定していると思われる。 (二審制) 麻薬密輸罪
竹内真理子 マレーシア 11.10.25
マレーシア高裁
13. 3.27
シャー・アラム控訴裁判所
15.10.15
マレーシア連邦裁判所
危険薬物取締法違反(不正取引)
宮崎敦司(一審判決時40歳代) 中 国 11.12.16
東莞市中級人民法院
不明。すでに一審判決が確定していると思われる。 (二審制) 薬物売買罪
岩崎透(一審判決時50歳代) 11.12.16
東莞市中級人民法院
執行猶予付き死刑

日本人男性(逮捕時40歳代)
14. 7.25執行 50歳代没
中 国 12.12(日付不明)
大連市中級人民法院
13. 8(日付不明)
大連市省高級人民法院
(二審制) 麻薬密輸罪
日本人男性(逮捕時40歳代) 12.12(日付不明)
大連市中級人民法院
執行猶予付き死刑と思われる。
13. 8(日付不明)
大連市省高級人民法院
執行猶予付き死刑と思われる。

日本人男性
15. 6.23執行 60歳代没
中 国 (日付不明)
珠海市中級人民法院
13(日付不明)
珠海市省高級人民法院
(二審制) 薬物売買罪  共犯の日本人男性2名は執行猶予付き死刑判決と思われる。
中野英二(一審判決時45歳) 中 国 14.12.16
南通市中級人民法院
死刑

(二審制) 麻薬販売罪


【注1】
 中国では1951年、「山口隆一」氏(47)という日本人男性について死刑が執行されたとされる。
 中華人民共和国が誕生した翌年の1950年1月から、米情報機関は毛沢東主席ら中央指導者の暗殺計画に着手した。元日本の特務(スパイ)で、1946年から米特務機関である戦略情報部門の情報員になったとされる山口氏やイタリア人らが準備を進めた。しかし、山口氏が同年9月に東京の米軍司令部に送った手紙を北京市公安局が入手し、暗殺計画が発覚。関係者全員が逮捕され、事件に使う予定だったとみられる迫撃砲やピストル、手榴弾などが押収された。主犯格の山口氏とイタリア人アントニオ・リヴァ氏(56)が翌年8月17日に北京の天橋刑場で銃殺刑に処された。
 山口氏の夫人は51年5月末に日本へ帰国し、夫の無罪を訴えており、報道もされている。
 中国外務省が公開した外交文書で、2004年7月24日に経緯が明らかになった。
 この事件は刑事事件としてカウントされない、と私は判断している。

【注2】
 2010年4月16日、政府は閣議で、中国で2010年4月に日本人4人へ死刑が執行された件以外の死刑執行について「海外において、日本人が通常の刑事裁判により死刑を執行されたケースは承知していない」とする答弁書を決定している。


【参考資料】
 新聞記事多数

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