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<兵庫歴史研究会>

<兵庫歴史研究会>のホームページへようこそ.

歴史愛好者の会として、歴史の好きな者同士が集い、歴史を語りながら親睦を図り、自由な発想をもとに歴史を研究し、その成果を発表する場を設け、会として出来る限りの支援をします。このほかに、全国の歴史愛好団体との交流を図ることを目的としています。
あなたは↓人目に訪れてくださいました!ありがとうございます。(2015.3.26カウントスタート)

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◇『9月例会ご案内』◇

演 題
「 土 芥 寇 讎 記 ど か い こ う し ゅ う き 」
― 引 越 し 大 名 松 平 直 矩 ―
   詳しくはこちら

日 時 9月3日(日)1330分~

会 場 県民会館 1001号室


参加費 一般 五百円 会員 三百円

講 師  阪 本 信 子 顧 問
 

内容

「 土 芥 寇 讎 記( ど か い こ う し ゅ う き) 」は 元 禄 三 年 、 幕 府 の 要 人 が 隠 密 裏 に 作 成 し た 当 時 の 二 四 三 名 の 大 名 の 人 物 評 価 で す 。 こ の 中 で 異 色 と い え る 大 名 は 多 々 あ り ま す が 、 一 番 ネ タ と な り や す い エ ピ ソ ー ド を 持 っ て い る 松 平 直 矩 を 取 り 上 げ ま す 。 彼 が 有 名 な の は 転 封 の 多 さ で 、 生 ま れ て か ら 死 ぬ ま で 七 回 、 家 督 相 続 し て か ら は 五 回 と い う 記 録 保 持 者 で す 。 転 封 は 幕 府 の 大 名 管 理 の 一 手 段 で す が 、 名 門 な の に ど う し て こ ん な に 転 封 さ れ た の で し ょ う か 。

◇『10月例会ご案内』◇

演 題
「シ ー ボ ル ト は ス パ イ だ っ た の か」詳しくはこちら

日 時 10月1日(日)1330分~

会 場 県民会館 1202号室

参加費 一般 五百円 会員 三百円

講 師  田 村 洋 一 会 員


内容

長 崎 出 島 の オ ラ ン ダ 商 館 に は 医 師 が 一 人 常 駐 す る こ と に な っ て い た 。シ ー ボ ル ト は 、こ の 任 務 の 他 に 、「 日 本 を 調 査 せ よ 」 と い う 特 別 任 務 を 帯 び て 来 日 し て い る 。 シ ー ボ ル ト は 、長 崎 に 着 任 し た あ と 、し ば ら く す る と オ ラ ン ダ 通 詞 宅 で 、 患 者 を 診 療 す る こ と が 認 め ら れ た 。 そ の 後 長 崎 郊 外 の 鳴 滝 に 塾 を 開 き 、全 国 か ら 多 く の 医 学 生 が 集 ま り 、シ ー ボ ル ト の 講 義 を 聞 い た り し て 勉 学 に 励 ん だ 。 し か し シ ー ボ ル ト に と っ て は 、 鳴 滝 塾 は 日 本 の 情 報 を 収 集 す る 場 所 で も あ っ た 。 日 本 の 情 報 を 集 め る 最 大 の 機 会 は 、 商 館 長 に 随 行 す る 江 戸 参 府 で あ る 。 こ の 時 伊 能 忠 敬 が 作 成 し た 日 本 地 図 な ど 、 国 外 持 出 し 禁 止 の 品 々 を 入 手 す る が 、シ ー ボ ル ト 事 件 が 起 き 、こ れ が 発 覚 す る 。事 件 の 内 容 を 説 明 す る と 共 に 、 幕 府 の こ の 事 件 に 対 す る 思 惑 を 考 え る 。


◇ 合 同 散 策 会 の ご 案 内 ◇
大 阪 歴 史 懇 談 会 と の 合 同 散 策 会 を 、
平 成 29 年 11 月 11 日 ( 土 ) に 予 定 し て い ま す 。
行 程 等 に つ い て は「 歴 研 ひ ろ ば 」 10 ・ 11 月 合 併 号 に 掲 載 予 定 で す 。
多 勢 の 参 加 を お 願 い い た し ま す 。
歴研探訪会ご案内

◇ 歴 研 探 訪 会 の ご 案 内 ◇
探 訪 会 を 次 の 日 程 で 企 画 中 で す 。
詳 細 は「 歴 研 ひ ろ ば 」 10 ・ 11 月 号 に 掲 載 予 定 で す 。
・ 日 時 : 11 月 24 日 ( 金 ) 10 時 ~ 15 時
・ 行 程 : 三 宮 駅 → 神 戸 パ ー ル ミ ュ ー ジ ア ム → 神 戸 税 関 ( 昼 食 も ) → 旧 神 戸 生 糸 検 査 所 ( 現 : K I I T O ) → 三 宮 駅

K I I T O で は 「 神 戸 開 港 1 5 0 周 年 記 念 」 と し て
① 日 本 玩 具 博 物 館 と の コ ラ ボ
② 陳 舜 臣 と 神 戸 ミ ス テ リ ー 館
③ 鈴 木 商 店 記 念 館 と の 合 同 企 画 展 が 開 催 中 で す 。

  産経新聞に兵庫歴史研究会が載りました!!

手伝って下さい
印刷手伝い、会誌発送などに奉仕して下さる方を募っています。

内容『歴研ひろば』印刷・発送
日時偶数月の第3木曜日午前10時~
印刷所JR神戸駅前クリスタルビル5F
お手伝いをして下さる方はへご連絡下さい。電話0794850525阪本信子


古文書講座ご案内
日 時 7月3日(日〉午前10時~12
    10月1日(日  〃

会 場 県民会館 B101号室
会 費
  会員 一回 六百円(年会費六千円)
  一般 一回 七百円(年会費七千円)

講 師 丹羽征夫 柴田哲男 先生

テ キ ス ト 『 栄 力 丸 漂 流 次 第 』 ミ ミ ズ が の た く っ て い る よ う な 文 字 は 、 確 か に 読 み に く い 。 し か し 、 古 文 書 読 解 の イ ロ ハ が わ か れ ば 、 日 本 語 で す か ら 読 め る よ う に な り 、 楽 し く な り ま す 。 ど う す れ ば 読 め る よ う に な る の で し ょ う か 。 読 法 の 近 道 は 、 よ く 読 め る 人 に つ い て 指 導 を 受 け る こ と で す 。

古文書講座会員募集!
古文書が読めれば、昔の人の心が読めます! 詳しいご案内はこちら! 古文書会員募集!

現在の「書」は読むためでなく壁面を飾るための「書」になりつつあります。このため、遠い先祖の残してきた書は、いつしか殆ど読めないものとなってしまいました。
「お隙候はば」「お透候はば」の何れも「おひまでしたら」の意味です。「ひま」は「暇」と書いても間違いではないのですが、できれば「いとま」と読めば正しい意味が伝わります。 古文書を読むに秘伝はありません。あるとすれば「馴れ」だけです。古文書学が経験の学と言われるゆえんです。

例会・講演の場所:県民会館
時間:13.30~15:00
古文書講座 講師:丹羽征夫・柴田哲男先生
場所 県民会館
時間 10:00~12:00
例会日時 29/4/2 日)、5/7(日)、6/4(日)、7/2(日)、8/6(日)、9/3(日)、10/1(日)、11/5(日)、 12/3(日)、30/2/4(日)、3/4(日)
古文書講座は例会(講演会)日の午前中に実施します。
『歴研ひろば』6回発行
(4月、6月、8月、10 月、12 月、2月)
『兵庫歴研』 1回発行 4月

お知らせtopic

兵庫歴史研究会は皆さんの研究発表の場を提供します!
詳しくはこちら
お知らせ

会員出版ニュース!


会員の平津豊氏が『イワクラ学初級編』を、「ともはつよし社」から出版されました。記梅村

出版社が付けたキャッチコピーからみて、突拍子もないことが書いてありそうな雰囲気ですが、いたって真面目に書かれています。
「いわくら」という言葉は、「古事記」、「日本書紀」「大祓詞」に載っていますが、私どもは殆んど気付いていないのが実状かと思われます。
ところが平津氏はその「いわくら」入れ込み、各地を訪ね歩き、「磐座」「磐境」「神籬」「神奈備」「石神」という言葉の意味を尋ねた結果、岩石を主体にした神の依り代が「磐座いわくら」であることを知った次第です。古代の日本では、山・海・岬・森あるいは滝そのものが神であり、神の世界とは、この世に存在するものの総称であり、すべてのものの中に霊魂が宿っていると考えました。
従いまして、山そのものが崇拝の対象となり、重要な位置にある岩石が選ばれ、祭祀をおこなったわけです。冬至の夕日の差し込む岩屋、夏至の日の出が反射する岩石なども磐座に選ばれたそうです。

 近所にある磐座がどのような意味をもっていたのか、一読することをお薦めします。 『イワクラ学中級編』を上梓できるかは、売行き次第だそうです。 少部数しか印刷しなかったので、3600円になったそうです。

 

「北村六合光さん逝く

長年、兵庫歴史研究会の副会長、顧問としてご貢献いただきました北村六合光さんが、9月ご逝去されました。(享年87才)。

わが会の古文書教室の創始者でもあり、伊予小松藩会所日記の解読に尽力され、著書は増川宏一さんとの共著『伊予小松藩会所日記』(集英社新書)、単独著作『伊予小松藩会所日記補遺』(友月書房)がありますが、この度共著『小さな藩の奇跡』(角川ソフィア文庫]が発刊されました。
(定価七六〇円税別)

絶筆となったこの本を御紹介致します。記阪本

以下、増川宏一さんの言葉を借りると、

「これは小さな藩(一万石)の記録である。

城も無い、正式な武士はわずか数十人、藩内の人口は一万人余、面積も人口も現在の村か町と同じ規模の藩である。このような小藩の状況が広く知られる事は稀であろう。

しかし、この藩をとおして、江戸時代の仕組みや人々の暮らしを知ることができる」ということですが、まさしくその通りで、前刊を読んだ時、残された情報・資料が豊富な大藩や知名度の高い藩と違って、殆ど知られていない小藩の暮らしが手に取るようにわかったのには驚きで、珍しく大量に残された古文書の解読に携わられた北村さんの業績の大きさを感じています。

しかし、厖大な量の解読済を紙面に載せるのは不可能であり、特徴的な事件のみが記されているのは仕方ないとしても、未だ未解読の古文書も多く、北村さんの解読作業は継続中で、全巻解読を目指しながら半ばにして倒れられた北村さんの無念如何と思うと、余りあるものがあります。
この度は十五年前に出された『伊予小松藩会所日記』で割愛された数篇が加えられており、「座頭への対応」「公儀測量役人」「女性と子供」が新しくつけ加えられている。
特に興味を惹いたのは、嘉永六年、黒船来航以来の小藩小松の動きで、戊辰戦争への参戦は藩始まって以来の本格的にして大規模な出兵です。
官軍方として雑役夫を入れて五十一名ですが、足軽を含めて百余人の藩士ですから、藩としては精いっぱいの大ごとでした。
直接戦闘には参加していないが、一か月半後に戦いは終わり、戦死一名、重傷一名、軽傷一名という結果におわっている。版籍奉還に当たり藩主一柳頼紹よりつぐは小松藩知事に任命されたが、直後に病没した。

頼明が跡目をついだが、廃藩置県で寛永十三年(一六三六)以来、二三五年続いた小松藩は終焉を迎え、頼明には子爵が与えられた。小藩には小藩なりの苦労もあったが、領地も変わらず存続した藩はそれほど多くない。

幕末の藩事情は大藩や、小藩でも敗者となった東日本の小藩なら知るところは多いが、知る人の少ない地方の小藩の真実の姿が、かくも鮮明に描かれているこの本は、一読にも二読にも値するものと思います


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2017年月8月23日
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会 長 森 計 夫
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